雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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43.逃走と

──キュ……ウプ

 

「………」

 

匣から出てきたのは、雲雀の印象からは遠く離れた小動物。針鼠だった。

 

「ゲプッ」

 

立ち上がろうとするも、重そうに崩れ落ちる。背にある針は、よく見ると伸び縮みを繰り返していた。

その姿を見て、雲雀はおもむろに片膝を着くと、優しく針鼠に手を差しのべたのだった。

良かった。そういえば雲雀は、動物自体は嫌いではなかったのだった。

針鼠は雲雀の存在に気付くと、嬉しそうに近づいていき──背にあるその針は、雲雀の手を貫通した。

 

「……」

 

その程度では、当然雲雀の顔色は変わらないが、針鼠からすればそうではなかった。

彼はその顔を青く染め、それから、増殖した。

 

「なんなんだこれは……!?」

 

棘だらけの球体が急速に巨大化し、増殖していく光景に、この世の終末かと思わんばかりの声を出す。

 

「これは……暴走による超増殖!! 主を刺してしまった精神的ショックと今まで注入されたことのない量の雲の炎によって、雲ハリネズミは増殖能力を制御できなくなってるんだ……」

「説明してる余裕があるんなら、さっさと逃げるぞ! さもなきゃ大穴空けるか、ぺっしゃんこだ!」

「えぇ……幻騎士を退けたまではいいですが、このままでは我々までが犠牲になる!!」

 

そう言っている間に、幻騎士と呼ばれる男の元へ行こうとする雲雀へ声を掛ける草壁を背に、動きづらい体で出口を探す。

万全ならば、草壁が背負っている四人のうちの誰かを引き受けたいところだが、感覚全てが鈍っているこの体では、自分一人で精一杯だ。

 

「クサカベサン!」

「あっちに道あるよ!」

 

小さな子供たちが指差す方を見る。その先には、この部屋と同じような空間が広がっているのが見えた。

 

「よし、とりあえずそこへ!! ──っと」

 

草壁が直ぐに気付き、出口へ向かおうとした時、草壁が担いでいた一人である獄寺の体がずり落ちていくのを見た。

彼は僅かに意識はあるが、満身創痍で自分では体を動かすことが出来ない。

急いで駆けつけようとするも、体はあまりに愚鈍で、無事に彼を出口へ連れていくのは不可能だった。

だが、獄寺を受け止めた者がいた。

 

「!」

「きょうっ!?」

 

恭弥だ。その衝撃たるや、二度目でなければあまりの驚きに崩れ落ちていたかもしれない。以前にも、恭弥が獄寺に肩を貸すのは目撃している。

 

「この男には借りがあるからね。それにここで君に死なれたら咬み殺せない」

 

……あぁ、雲雀らしい言い分だ。

こうして、俺達は無事に別の部屋へと辿り着いた。絶対に安全とは言いがたいが、一時の危機は脱したようだ。

 

「明さんもですが、彼等はもう戦えません。最悪の場合は彼等を連れて脱出を……」

 

その時、枷が外れたような大きな音が背後から聞こえた。

 

「なん──っ!?」

 

殆ど反射的に振り返れば、目の前で先程通った道が封鎖されていくのを目の当たりにする。

続いて大地が揺れ、地響きのような音が鳴り響く。いや、違う。これは。

 

「壁が迫ってくる!!」

「また押し潰される危機か……」

 

他の部屋へと行く通路は閉ざされ、壁は急速に迫ってくる。一難去ってはまた一難。この時代に来てからロクなことがない。

 

「獄寺さんが、この基地は可動式で入江正一の意思で部屋を動かせると言っていた……これのことか! 恭さん、他に匣兵器は!!」

「もうないよ」

「なら、俺のを使え!」

 

雲雀に狼の匣兵器を投げ渡す。俺と雲雀の属性は雲で、匣の属性も雲なのだから、雲雀でも開けられる筈だ。

雲雀は何も言わずに受け取ると、紫の炎を注入した。

開いた匣から、勢いよく、炎を纏った狼が飛び出して壁に衝突する。

けれど、それは壁を貫通することは叶わず、少しの深い傷を作るにとどまった。

 

「耐炎性のナノコンポジットアーマーの壁!!」

「くそっ、こんなところで……!!」

 

逃げ場はない。逃げられない。

そうして、もう無理だと悟ったとき、いきなり視界が白に包まれたかと思うと、強制的に意識は底へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

この清涼で美しい世界に、覚えがあった。

自分の意識は現実にない。だが、意識ははっきりとしていて、これは夢だというのに、明晰夢ではないと分かっている。

以前にも、こんなことがあった。記憶にやや真新しいそれを思い出して、いるであろう人物の名前を呟く。

 

「六道?」

「……その呼び方は、随分懐かしいですね」

 

あの時と同じように、霧のようにして目の前に現れた男は、自分の知っている少年よりも髪が長く、大人だった。その瞳には、どこか情のようなものを感じるが、自分には全く覚えがない。

十年。その短くも長い月日が、二人の間を断絶しているようにも感じられた。積み重ねられたものがない自分は、彼のことを殆ど知らない。当然、彼のどこか穏やかな表情の理由も分からない。

 

「無事に成功したようで何よりですが……、今は時間がない。手短に済ませましょう」

 

……成功した? それは、一体何のことだ?

疑問が湧く。俺を見ただけで、成功したと断じることができる要素があるということだ。

それは、十年後の俺との入れ換わりのことか? だとするなら、六道はこのことを知っていたのか?

そんな考えをよそに、六道は構わず話を続ける。

 

「君からの伝言です」

「俺……?」

 

俺──つまり、十年後の桂木明祢が、六道に託したものだということだ。

そういえば、俺がこちらに来たとき、足元には指輪と匣があった。俺が来たのは入江正一と偶然的に出会ったからで、計画に組み込まれていたことではない筈だ。なのに、何故十年後の俺は武器を用意していたのだろう。

それはまるで、俺がここに来ることを予期していたようではないか……?

 

「まさかっ!」

「余計なことを話すつもりはありません」

「そんな……」

 

何もかもが分からない。分からないまま、この時間は終わろうとしている。

だが、六道は真剣だった。俺に分かる僅かなことは、俺が気になっていることを余計と断じることが出来るほどに、この時間は短いということだった。

目を合わせる。今優先すべきことは、伝言を聞くことだと理解した。

 

「『ユニを守れ』」

「ユニ……?」

「僕もそれが最善だと思いますが、君の意図はそれとは別にあるようです。本当に絆されていたのか、また別の理由があったのかまでは分かりませんが」

「いや、お前が何を言ってるのかがよく……?」

 

そう呟くと、面倒だとばかりに睨まれる。どうやら、余計なことは言うなということらしい。

 

「既に君は、僕の知る桂木明祢とは違う。精々、出来る限り足掻けばいい」

「あ、ありがとう……?」

「……」

 

感謝を述べると、六道は苦虫を噛んだような渋い顔を見せる。

俺は何か言葉を間違えたのだろうか。

 

「ろ、六道?」

「……どうやら、もう時間のようです」

 

ぐらり、といきなり世界が揺れ始める。

 

「時間がないのはお前の方ってことか!?」

「いえ、お互いですよ。……それでは、Arrivederci(また会いましょう)

「おい、六道!」

 

六道の姿が霧散する。

以前に六道と夢で会った時とは違い、落ちていくような感覚と共に、みるみるうちに目の前が白く染まっていく。

ユニとは何なのか。この時代の俺は何がしたかったのか。それらを考える暇さえなく。

夢のことには詳しくないが、何となく察した。どうやら、強制的に目覚めさせられるのだと。




お久しぶりです。リアルでバタバタとしておりました。多分これからもバタバタとしています。

この時期の骸の状態が分からないので捏造しています。
白蘭に負けた後にフランに救出されたものの、万全ではないため長時間はいられないということにしています。
その時間と、明祢が目覚めるまでの時間が殆ど同じだったようです。
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