早朝の並盛のとある家。
ある違和感に気付いた家の住民は冷や汗を流した。
「わぁ、大変だ」
呑気な声とは対照的に、住民は足早に家を飛び出た。
綱吉は、足元の白い生物をどうするべきなのか悩んでいた。
白いふわふわな毛並み。長い耳に短い尻尾。赤い瞳はアーモンド型で、見るものの8割が可愛らしいと形容するもの。
──兎である。
白い兎が耳を立てながら、綱吉をじっと見つめている。
「兎なのなー」
隣の山本がにかっ、と笑う。
「なんでこんなところに?」
次いで獄寺が上から覗くようにして兎を見た。
彼等がいるのは夕方手前の住宅街のど真ん中。この辺りに野生の兎はいない。
「どっかの家から脱走してきたのかな?」
「もしかして、まだ子供じゃねーか?」
山本が兎を抱き上げた。
綱吉はもう一度しっかりと兎を見る。
言われてみると、自分がよく知る兎よりも一回りほど小さい。
ひくひくと動く鼻は、なるほど確かに可愛らしいものだった。
おそるおそる触れてみると、予想通りふわふわとしている。
「……飼い主の人を探そうかな」
まだ子兎なら、飼い主は相当心配している筈だ。気が気でないかもしれない。
「流石十代目、なんとお優しい心をお持ちだ!!」
「獄寺くん……」
そんなに煽てられるほどのことじゃない。と綱吉は思う。
道徳的に考えれば当然のことだ。
困っている人物に手を伸ばすことと大して変わりない。
「とりあえず近所を聞いて回るしか──」
「そこの二年、避けろ!」
突然、前方から怒鳴るような大声が聞こえた。
──避けろ?
綱吉が疑問を浮かべた途端、顔にとんでもない衝撃が加わった。
「ぐふぇ!?」
「十代目!?」
「ツナ!!」
気付いたときには、綱吉は地面に放り出されていた。
視界の端には、白い兎が駆けていく姿。
頭がぐらぐらして視界が安定しない。
綱吉は、子兎に蹴られたのだ。
「悪い、沢田」
桂木が顔の前で手を合わせて謝った。
「悪いじゃすまねーだろうがコラ!」
「ご、獄寺くん……」
「まーまー、先輩も謝ってるし取り敢えず話を聞こうぜ?」
互いに簡単な自己紹介を済ませた後、桂木は焦りぎみに説明した。
桂木の家では、先祖代々昔から兎を飼っている。
これは、桂木の家で信仰する神の使いが兎であると信じられているためだ。
とにかく、桂木家は兎をそれは大事に育てていたが、何故か桂木家で産まれ育ったウサギは、べらぼうに強かった。
それはもう、おかしなくらいに強かった。
大人のウサギなら、餅つきの杵を持たせたら、地面にクレーターが出来あがるくらい恐ろしかった。
被害を恐れた桂木家は、ウサギをしっかりと躾することを決意。ついでに護衛になったら一石二鳥。
そうして、ウサギを護衛とするおかしな家が誕生した。
「あの子ウサギは桂木のウサギ。下手な扱いをすると、さっきみたいに蹴り飛ばされる」
なんてものを逃がしてくれてんのこの人!?
あ、でも、だから避けろって言ってたのか……。
綱吉は桂木に対して怒りを覚えていなかった。
これは、彼の元来の気質によるものである。彼はマフィアのボス候補にしては、人間として甘かった。
「ちょうどいいな。ウサギ一匹捕まえられねーマフィアなんて三流だ。お前ら、ウサギ捕獲を手伝ってやれ」
「リボーン!?」
無茶苦茶の無理難題を言う小さい悪魔。死神な家庭教師。
リボーンは面白いものを見つけたとばかりに笑っている。
綱吉は恐怖から、体を震わせた。
あんな危険なウサギ、ハッキリ言って関わりたくない。
発端にリボーンが関わっていないとは思うが、リボーンがいるとロクなことがない。
だが、目の前の桂木が困っているのも事実である。
「赤ん坊、これは遊びじゃないんだ」
真剣な顔をして桂木が言う。子ウサギのことをよく知る彼が言うのだから、間違いなくやめた方がいいのだろう。
だが、それで諦める赤ん坊なら、綱吉は体を震わせなどしない。
「じゃあ聞くが。ヒバリとウサギ、どっちがやべーんだ?」
「そりゃあ雲雀に決まってるだろ」
「なら大丈夫だ。ツナはヒバリを叩いたことがあるからな」
──嘘だろ!?
綱吉はとうとう頭を抱えた。
それはヒバリさんと初めて会ったときだけど、あれは死ぬ気弾で死ぬ気になっていたからだし、だいたいそうなったのはリボーンのせいだし。
普通の状態でやったわけではない。
あれは綱吉であって、綱吉ではないのだ。たぶん。
というか、
「わぁ、そうなのか。なら安心だな」
──なにも安心じゃありませんけど!?
悲しいかな、綱吉はリボーンには逆らえない。
その上、頼み事を断ることが出来ない性格なのだ。
「困ってるならしょうがねーのな!」
「リボーンさんが仰るなら……!」
山本と獄寺は既に承諾している。
最早、綱吉に味方はいなかった。
──でも、桂木さんには前に助けてもらったし。
少しくらいなら、力になろうと思ったのだ。
「基本は罠だぜ」
山本が言った。
皆の視界の先には、急造でこしらえた罠がある。
紐がくくりつけられた籠と、その下にあるにんじん。
まさしく、典型的な罠だった。
それを、遠くから見ているのだ。
「あれで来るのかな?」
「うちのウサギはけっこう馬鹿だから……」
草むらから、ガサガサという音がする。
「来たっ!」
現れたのは、白く小さな体躯。
先程の子ウサギだ。
ホントに来た。
「しっかりやれよ野球馬鹿!」
「おう!」
子ウサギに気付かれないように、小声でやり取りをする。
にんじんを見つけた子ウサギは、鼻をひくひくとさせながら、徐々に罠に近づいていく。なかなかに用心深い。
そして、数分を要した後、罠の中に入り、にんじんに食らいついた。
「今だ!」
山本が縄を引っ張り、籠が落ち、子ウサギの体を包み込む。
籠はガサガサとしばらく動いた後、静かになった。
四人は、籠を取り囲んだ。
「いいか、俺が籠を上げるから、それとと同時にお前らは馬鹿ウサギを捕まえてくれ」
桂木がそうっと籠に触れ、目で三人に合図をする。
「せーのっ!」
桂木が籠を勢いよく上げる。
一斉に三人が子ウサギを捕まえにかかる。
「捕まえたぜ!」
獄寺が腕を掲げた。あどけない顔をしてにんじんを咥えた子ウサギは、自分に何が起こっているのかあまりわかっていない様子だ。
「よし、そのまま……」
桂木が獄寺から子ウサギを受け取る。
その瞬間。
ぺっ、とにんじんを吐いた。
それも、すごい勢いで。
「んなっ──!?」
その拍子に、獄寺の腕の力が抜ける。
それを見計らってか、子ウサギは獄寺の手から逃亡する。
気付けば、ウサギは彼等から数メートルのところにいた。
「待て馬鹿ウサギ!」
「ここで逃がしたら、次はないかもしれねーぞ!」
四人が一斉に走り出す。
ウサギとの距離はあまり縮まらない。
「全然追い付かないよ!どうしよう……」
「とにかく今は追いかけ続けろ!」
「で、でもっ!!」
綱吉は叫んだ。
「ごたごたうるせーぞツナ。マフィアのボスならウサギくらい死ぬ気で捕まえろ」
リボーンが一息付く間もなく、拳銃を構え、そして、撃った。
その弾丸は綺麗な曲線を描き、綱吉の眉間を貫いた。
「復活(リ・ボーン)!!」
彼が撃ったのは死ぬ気弾。
後悔持つものをリミッターを外した状態で生き返らせる特殊な銃弾。
「なっ……!?」
「死ぬ気でウサギを捕まえる!!」
桂木は自らの目を疑った。
さっきまで気弱だった少年が、オレンジ色の炎を灯して、パンツ一丁で、凄まじい速度で子ウサギに追い付かんとしている。
何が起こったのか。
世にも恐ろしい奇妙な赤ん坊に銃で撃たれて死んだかと思いきや、突然半裸になるとはこれいかに。
桂木は死ぬ気弾を知らない。
「捕ったぁああ!!」
そうしてあれこれ考えているうちに、あの生意気な子ウサギは、綱吉の手の中にあった。
「やりましたね十代目!」
「やったな、ツナ!」
追い付いた友人二人が、功労者を称える。
彼等の友人関係がありありとわかるような一面だった。
桂木は子ウサギを見た。
綱吉の溢れんばかりの覇気に獣の本能が気圧されたのか、少しばかり震えている。
「えっと、桂木さん……」
綱吉の死ぬ気モードが解かれる。先程の気迫は消え去り、普段の気弱な少年に戻った。
再確認させられるその差異に、桂木は内心相当驚いていたが、目の前の自分の家族とも呼べる存在を前にそれを一先ずは置いておくことにした。
「まったく」
桂木はそうっと子ウサギを抱いた。
穏やかに優しく笑み、毛並みを撫でる。
「今度こんなことしたら非常食だからな」
「えっ」
にこやかに、けれどけして目は笑わずに、桂木は明日の天気を訪ねるかのような温かさで、そう言い放つ。
ひやり、という冷たい汗を三人は感じた。
大捕物までして捕らえたウサギを、目の前でそうも平然と食糧扱いされるのは彼等にとってなかなかにショッキングなことだった。
明日のウサギの安否を心配する。
「ははっ、ジョーダンに聞こえないッスよ先輩!」
山本が持ち前の明るさで、冷えた場を温めようとする。
「冗談じゃないからな」
「………」
嘘だろ、と三人の心が一つになる。
前にこういうことがあって、既に食事として食べたことがあるんじゃなかろうか。
そう言われても、何故かすんなりと信じられる自信があることに彼等は戸惑った。
「ありがとう沢田、山本、獄寺。俺一人だったら、こいつを捕まえることは出来なかった」
綺麗な所作で、桂木は頭を下げた。
「い、いえ……」
「今度は逃がすなよ」
「けっこうおもしろかったなー!」
三者三様の反応は、桂木には愉快なものに見えた。彼等の性格が一目で比較できるからだ。
「お前らに免じて、非常食は止めておくよ」
それは免じなくてもやめてあげてください。
綱吉には彼に抱えられている子ウサギの瞳が涙で潤んでいるように見えた。
残念ながら子ウサギは実際には泣いていなかった。それ以前に、自分がどういう立場にいるのかわかっていない様子だ。
「今度、礼でもさせてくれ」
桂木が笑う。
こうして感謝されるのなら、たまには死ぬ気になるのも悪くはないと、綱吉は思った。
背後で、ボルサリーノを被った赤ん坊が笑っていることに、誰も気付いていない。
──それは手の届かない光のようだった。
死ぬ気弾を撃たれてるところを、普通の人が見たら卒倒してもおかしくはないと思う。
ツナくんには何年たってもあのままでいてほしいと同時に、ボスとしての風格をもってほしいという思いがあります。