夏は嫌いだ。
熱い、汗ばむ、熱い、喉が乾く、熱い。
許容できるのは、アイスの冷たさと水の冷たさだろう。
暑い夏は、火薬の臭いを思い出す。
「なんで君達、屋台なんかやってるんだ?」
先日の七夕で山本が壊した公民館の壁の修理費を賄うため、屋台を出店した綱吉達の前に、少し馴染んできた声がした。
「桂木さん!?」
「放っとけ」
「あはは、色々あったんすよ」
それぞれ三者三様の反応を示し、それを見て桂木は笑う。
深くは追求しないが、なんとなく彼は察している。
「一本くれ」
「まいどっ!」
山本から受け取ったチョコバナナに、早速パクつきながら、桂木は屋台を見る。
「ショバ代は乗りきったみたいだな」
祭りにショバ代などという無粋にもほどがある言葉が浮かぶのは、この辺り一体を取り締まっている風紀委員。ひいては雲雀恭弥のせいである。
風紀委員の活動費としてショバ代五万を強制的に徴収しているのだ。
綱吉たちはというと、やはりとうにそれを目の当たりにしている。
「疑問なんですけど、風紀委員って何者なんですか……」
「並盛町を支配下にしている雲雀恭弥の手足かな」
「並盛町そのものを支配下にしてるんですか!?」
それは初耳である。
雲雀恭弥といえば、学校はおろか並盛中央病院ですら手中においているのは知っていたが、まさか町全体とは。
綱吉は自分の学校の先輩がもっと恐ろしくなった。
「本当に規格外な奴だな……」
「すげーな……」
獄寺も山本も冷や汗を流しているが、綱吉は君らも大概規格外だよ、という心の声を飲み込んだ。
今更過ぎるし、一方に至っては元々殺し屋である。
綱吉は嘆く。リボーンが来てからというもの、綱吉の生活は平凡からかけ離れてしまっている。
「なんでもかんでも力で解決っていうのはどうかと思うけど」
「それがヒバリのスゲーところだぞ」
「赤ん坊、だから誰も逆らえないんだよ」
桂木はそういう雲雀の側面が好きではなかった。町の治安を守ろうとしているのは認めるが、彼自身が治安を脅かすという問題があるからである。
やっぱり、やってることはヤクザと変わらない。いや、下手をするとそれ以上に危ない。
権力を持つものは寛大でなければならない。
雲雀恭弥、彼の辞書に果たしてノブレス・オブリージュはあるのか。
桂木の口角は上がっているが、目は明らかに遠いところを見ている。
(桂木さんも色々大変なんだな……)
綱吉にとって、周りが飛び抜けているせいか、比較的常識的な桂木は雲雀のことを除けば、それなりに頼れる先輩になっている。
「つーかテメェはいつまで店の前にいる気だよ」
「獄寺君!?」
綱吉は瞬間的に思い出す。獄寺にとって、年上は全て敵だったことを。しかし。
「……ん、長居してたか。悪いな」
不良に属する獄寺の威圧感というのは、一般人には耐え難いものだが、雲雀恭弥を前にして平然と出来る桂木明祢にはあまり意味がない。
「美味しかった」
彼自身は穏やかな態度で、来たときと同じような軽さで屋台から離れていった。
祭りの騒がしさから、外れたところを行く。
手にはチョコバナナの串。肩には白いウサギを乗せて。桂木は薄暗くなってきた町を歩く。
「なぁ大福、俺は彼等が羨ましいんだ」
大福と呼ばれたウサギは、アーモンド型の瞳を、自らの主たる桂木に向ける。勿論、ウサギなので返答はできない。
「ほら、俺には友達がいないから」
カラカラと軽薄に笑い、串を振る姿は、彼をよく知るものが見れば滑稽といわざるを得なかっただろう。
桂木明祢はよく笑うが、本心から笑うことは少ない。彼が数年のうちに身に付けた処世術は、彼の体に染み付きつつある。
「………あれでマフィア、ね」
謎の赤ん坊が、度々口にしていたその言葉。一度や二度は聞き過ごしたが、拳銃の件といい、その雰囲気といい、間違いなく──。
ドン、という音と光が届く。
やおら顔をあげ、はっと息を吐いた。
「……はじまったか」
夜の闇に花火が上がる。
目に入る光が、過去の光と重なる。
「……行かないの?」
縁側に近付くと、そう言われた。
祭りの喧騒は遠くてここには届かない。
鈴のように鳴く姿の見えない虫の声と、俺たちの声だけが響いている。
「一人じゃさみしいから」
「ふぅん」
黙りこんでしまったソイツを無視して、手に持っていた袋から線香花火を取り出して、足元の蚊取り線香で火をつけた。
突き刺さっていた視線が、手元に移ったのを感じた。
ゆっくりと、火が玉になっていく。次第に飛び散るように火花がパチパチと舞い、じりじりと身を削りながら、その勢いは増していく。
だが、ほのかな風に揺らされながら、火球はしだいに勢いをなくし。
「……あっ」
最期までの生を正しく使いきったかのように、火の玉は吸い込まれるようにして落ちていった。
二人で玉が落ちた地面を見つめた。
「これのどこがいいんだろう」
ぽつり、と呟かれる。
大分一般から離れていたソイツは、感性も一般のそれとは異なる。自分には綺麗に見えるものも、彼にはまた違った形に見えるのだろう。
自分は、先日公園で騒ぎ合う高校生が笑いながら言っていたことを思い出した。
「人の一生みたいに儚いのがいいんだってさ」
「……人間ってやっぱり変だね」
ソイツはもう輝くことのない線香花火を見て、眉を潜めた。
「自分も人間だろ」
こいつは時折、自分を他の人間と違う生き物のように言う癖があった。人間なのか疑うこともあるが、こいつが人間なのは事実である。
今度は本人にやらせてみようかと、袋から追加の線香花火を取り出そうとした時。
背後で、パンという何かが弾ける音が聞こえた。
「うわ」
振り返ると、木々と家々の隙間から光輝く炎の花が見えた。
もう始まってしまったのか、と思った。
「花火、ちょっと遠いなぁ」
「これくらいがちょうど良いよ」
そう言うそいつの顔は、心なしかいつもより和らいでいるように見える。
赤だったり、緑だったり、とりどりの色で咲いては散っていくそれは、考えようによっては人生と捉えることもできるかもしれない。
線香花火と違い、一瞬で駆け抜けていく閃光の瞬き。
花火の音が遅れて聞こえてくるのが、なんだか可笑しかった。きっと、あまりに速すぎて音がついていけないのだと思った。
それは科学的にいえば正しい。けど、いいたかったのはそういうことじゃない。
「多分さ」
俺達の時間なんて、大きな世界で見たらほんの少しの時間に過ぎないだろう。
けど、大きな花火と手元の花火を見比べて、それから隣の少年を見て、そんなことはどうでもいいんだと思い知らされる。
「お前はどっちでもないんだろうな」
「なにそれ」
「だって、早死にも老衰もしなさそうだから」
「話がよくわからないんだけど」
一気に機嫌が悪くなったから、直ぐ様ごめんと笑って謝る。それでも、機嫌は少しも直ってくれなかった。
「……君はネズミ花火だね」
「え、あんな暴走したことないけど」
火花を文字通り撒き散らしながら暴れ回る、恐ろしい花火を想像する。あれで一度火傷しかけたことがあってから、どうにも苦手だった。
「邪魔をするんだから一緒だろ」
「全然違うからな!?」
俺が言い返せば、したり顔でソイツは笑った。単純にからかわれただけだったらしい。珍しいこともあったもんだ。
その間も、破裂音は響き続ける。
金色の光が枝垂れ桜のようになるのが好きだった。それを誰かと一緒に見て、共有しているというのが嬉しかった。
花火を見ていると、奇妙な感覚に襲われることがある。
自分が外界から隔離されたような、世界が全て幻想であったような錯覚を起こすのだ。浮わついた、現実感の薄い夢のような時間。
「来年も、ここで見たいな」
「来年も来るの?」
「駄目か?」
「……仕方ないね」
他者を自らのテリトリーに入れることを許容する。それが彼にとっての最大限の譲渡であることを俺は知っている。
幻想に包まれたまま、夜空の大輪が全て散るまで、俺達は他愛もない話をした。
時間は砂時計のように流れていく。
次の年、俺達が二人で花火を見ることはなかった。それどころか、共に遊ぶことも同じ時間を過ごすこともなくなっていた。
余った線香花火は、とっくの昔にゴミとなった。
けれど、あれは今も忘れられない一夏の思い出。
感想がほしい(切実に)
原作読み返してて、初期の雲雀さん(というか風紀委員)怖すぎだなぁと思いました。
ショバ代を伝統って言ってる辺り長年やってるのは推測に難くないわけですけど、一体いつからなのか。
草壁さんは風紀委員会の良心なのかもしれないと考えています。多分あってる。