雲雀は月夜を咬み殺さない   作:さとモン

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黒曜編
9.火の粉


月明かりの下に夜歩きをするのは、桂木にとっては日常である。

彼の頭と体には、並盛の細かい地理情報が叩き込まれている。夜の暗闇であっても、彼が迷うことはない。

今日も肩にウサギの大福を乗せながら、夜も始まったばかりの閑静な住宅街を悠々と歩いていたが、不意に覚えのある匂いが彼の鼻孔を通った。

先程まで大人しかった大福が、落ち着きをなくす。

桂木の足が止まる。

 

(これは……)

 

大気に分散してほんの僅かしか感じ取ることが出来ないが、鉄臭い、血液の独特の匂いだった。

目を閉じ、その僅かな匂いを辿る。耳に入る、何かの呻き声。

十数歩して、気配を目前に把握する。

目を開けると、見慣れた黒い制服が倒れていた。

 

「風紀委員?」

 

桂木は目を丸くさせる。そして、動揺を隠しながら風紀委員に近づき、あることに気付いて、思い切り顔をしかめた。

 

「……酷いな」

 

開かれた口から見えたのは赤。

本来そこにあるはずの歯は一つもなく、代わりに涎のごとく血が流れていた。簡潔に纏めるなら、歯が全て無理矢理抜かれていたのだ。

痛みによるショックからか、その風紀委員は意識がなかった。

 

「誰がこんなこと……」

 

並盛近辺において、風紀委員は畏怖される存在である。風紀委員──雲雀恭弥の怖さを知る人間は風紀の腕章を掲げる人間に対して攻撃などしない。

考えられるのはそれを知らない人物、もしくは知っていてわざと風紀委員を狙ったか。

桂木は思考を巡らせながら、携帯で救急車を呼ぶ。それと同時にハンカチで止血を試みるが、状況は芳しくない。

とりあえずは救急車が来るまで待機か、とその辺りに座り込もうとした。

 

「うわぁぁぁぁ!!」

「!!」

 

桂木の耳に、恐怖に染まった野太い叫び声が入った。確かなことはわからないが、距離はそこまで離れていないように思われた。

 

「大福!」

 

フードの中のウサギを、道に放つ。

一般的に、兎は優れた聴力を持っているとされている。桂木のウサギといえど、それは変わらない。その聴力を利用して、叫び声の方へと案内させているのだ。

闇夜に映える白い小動物を先導させて、迷うことなく桂木は走っていた。

足音を忍ばせ、気配を断ち、角を曲がる。

待宵の月に照らされて映るのは、二つの黒い影。その足元には這いつくばる男の姿。───風紀委員だ。

桂木は、息を吸い込んだ。

 

「火事だ、逃げろ!!」

 

切羽詰まったような大きな声で、叫んだ。辺り一体に響かせるように。二つの影に確実に聞こえるように。

 

「な、なんら!?」

「めんどい……」

 

影がどよめく。

一人は状況を理解しているのだろう、桂木の想定より冷静だった。

 

「犬、逃げるよ」

「なんでら柿ピー! あれくらい……」

「人が集まる」

 

影の片割れがそう言えば、次第に周りの家々の玄関から灯りが点り始める。

彼らがどういう人物であれ、大勢の人間に目撃されるのは避けたいはずだ。

 

「ちっ……」

 

二つの影が動いた、向こうの方へ小さくなっていく。

去っていく影の姿を、桂木の目は詳細に捉えていた。影のどちらもが着ていた深緑の学ラン、それを彼は知っていた。

 

「黒曜中……!」

 

隣町の黒曜にある、黒曜第一中学校。通称、黒曜中。実行犯は、その生徒であると。

倒れている風紀委員に近付く。ざっと様子を見て、先程と同じように歯が抜かれていることに気付いた。

難しい顔をする。

あぁ、助けられなかったのだ、と。

 

「………」

 

桂木を囲んでいた家々の明かりが、パッと唐突に消えた。

誰も、異変には気付いていない。

 

 

 

 

 

並盛は荒れに荒れていた。

ここ数日、並盛で発生した謎の事件。

土日に風紀委員が七人。そして、昨晩から一般生徒が十二名も被害にあっている。

当初、被害にあっていたのが風紀委員だけだったことから、風紀委員会だけを狙った犯行だと思われていた。が、昨晩から状況は一変。無差別に襲われているのではないかと疑念を抱いた一般生徒は、次に襲われるのは自分なのではないかと震えていた。

そんな時、桂木は並盛中央病院のソファに早朝から腰掛けていた。

怪我人が運びこまれる病院は、被害者が誰であるか確認するのにちょうど良い場所だったからだ。

既に彼はちょっとしたズルをして、入院している並中生を把握している。病院といえどここは並盛。ツテを使って恐喝──交渉すれば、院長は簡単に桂木に情報を教えてくれた。

周りでは、被害にあった者たちの見舞いに来た生徒たちが青い顔をしている。

 

「病院に並中生ばかり──!?」

 

病室の並ぶ廊下の方から、大きな叫び声が聞こえてきた。

桂木がやや緩慢な動きで顔を動かすと、そこには顔を驚愕に染めた綱吉がいた。

綱吉はつい先程病院に担ぎ込まれた、笹川了平の見舞いの帰りだった。

確かに、彼が病院に駆け込んできたときには、まだ人が少なかったが、ここ数十分で急に人が増えだした。今日は平日で、かつ今の時間は授業があるはずなので、ここに来ている生徒は学校をサボって来ていることになる。

桂木は大きくため息を吐いた。

狙われている人間はなんとなく想像がついたが、首謀者の目的がわからない。不良の道楽と言うには、どうにも計画的で残忍だ。首謀者は聡明でかつ冷徹な人間だというのも分かる。

組織的な犯行であることは間違いないし、私怨の類でもないことは明らかだ。

桂木は頭を悩ませていた。

彼には一連の事件が目的ではなく、手段に思えてならなかったのだ。

 

 

「では、委員長の姿が見えないのだな」

「ええ、いつものようにおそらく敵のしっぽをつかんだかと……これで犯人側の壊滅は時間の問題です」

 

手が、ぴくりと反射的に動いた。

二人の学ランを着た中学生が桂木の視界に入る。リーゼント髪のその格好は並中生なら誰もが知る風紀委員のものだ。

桂木は二人のうちの左側の人物をよく知っていた。

 

「草壁」

 

桂木が声を掛けると、草壁はすぐに気づき、そして頭を下げた。

 

「……桂木さん、ありがとうございました」

 

周りの空気が冷たくなる。風紀委員は基本的に桂木明袮を敵視しているというのに、副委員長の草壁が桂木に頭を下げたのだから、それは当然のことだった。

あまり知られていないことだが、当人同士の仲は決して悪くない。

 

「別にいい。人間として為すべき行動をしただけだ。情報だって、こっちも貰ったんだからお互い様だろ」

「ですが、風紀委員の者が助けられたのは事実です」

 

桂木が遭遇したのは、一番初めの事件だった。

歯が全部抜かれた場合、失血死する恐れもあったというが、発見が早かったためか、特に命に別状はなかったらしい。経過観察も問題がないと聞く。

草壁が頭を下げたのは、こういう経緯があったからだった。

だが、桂木としては場の空気が悪くなるのは居心地が悪い。

 

「お前は風紀の副委員長で、俺は委員長様に歯向かう不届きものだ。簡単に頭なんて下げてくれるな」

「恩人にあたまを下げるのは当然のことです。それに雲雀は、歯向かうこと自体には怒りを示していません。あの人が怒っているのは──」

「なぁ、草壁」

 

草壁は思わず閉口した。いや、それ以上の言葉を紡げなかったのだ。

眼前の少年が放つ、鋭い殺気に。

 

「──それさ、今必要あんの?」

 

眼鏡の奥の、琥珀を焦がしたような冷たい瞳。常日頃からつり上がっている口角はその面影を感じさせない。

草壁は思い出す。

それは、触れてはいけない過去からの話だった。

二人が何年も口を閉ざしてきた、草壁すら立ち入ることを許されない領域。

 

「す、すいません」

 

草壁は早急に立ち去るべきだと、咄嗟に謝り、出入り口の方へと足を向ける。

無遠慮に彼の繊細なところに足を踏み入れたのは自分の方だ。敬愛する雲雀も、その話を仄めかすだけで機嫌がたちどころに悪くなるのだ。

彼等が互いに負ったものがなんであるかは、昔も今も草壁には分からないが、並々ならぬことがあったのだろうことは承知している。

 

「………気を付けろよ」

 

背後から、桂木の声が響く。

草壁は態度にこそ出さなかったが、心の中で首をかしげた。

雲雀恭弥が殲滅に出たというのに何故、彼だけは難しい顔をしているのだろうか。

雲雀恭弥は並盛の秩序だ。彼の愛する並盛を害するものは、何人たりとも咬み殺されてきた。

桂木明祢がそれを知らないはずがないというのに。

疑問を浮かべたまま、草壁は部下を伴って病院を出た。

 

その十数分後の話である。

 

「また並盛中がやられた!!」

「風紀副委員長の草壁さんだ!」

「病院出てすぐにやられたんだって!」

 

つい先程出ていった筈の草壁が、移動式ベットに横たわって戻ってきたのは。

 




黒曜編突入!

2話を書いてる辺りから黒曜編の最初の方は書いていたんですが、気に食わなくて八割以上書き直しました。
書き直し前は明祢くんがやけに暗かったし、草壁さんの出番は殆どなかった。

今回の話全く関係ないことですが、ディーノさんの日常編における登場率が多すぎて、本当に仕事できる人なんだなぁと常々思います。じゃなかったら、あんなにイタリア離れられない。
部下さえいれば、完璧なのになぁ……。でも、それがディーノさんのいいところですよね。

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