ザコ敵から逃げたらボス部屋に来ちゃった…   作:カナーさん

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泡禍の夢を見てむっさ怖くて目が覚めて、少し放心してた。やっぱ〈アリス〉の安心感は半端ない


04

 『人魚姫』

 

 彼の悪夢。

 本来複数所持が不可能な〈断章〉を少なくとも二つは所持している。

 異形の箱庭においてのイレギュラー。

 

 そんな彼はふうのと同じく至って普通の人間だった。

 日本で普通の家庭に産まれ、普通に学校生活を送り、普通の高校に通った特別でもなんでない、むしろ一般より劣っている環境で育ったと彼は思っていた。

 病んだ姉や幼馴染もいないし、重い病気を患ってもないし、いじめにあってもなかった。

 ごく普通の感性を持ち、将来にとくに希望をもたない、ありふれた高校生だった。

 明日が来ることを疑わず、いつかやってくる死を僅かに恐れながら、数多ある普遍のレールを通ると確信に近い思いがあった。

 

 

 それはある日から唐突に崩れた。彼が持つ〈断章〉の副作用とでもいえばいいのか彼はその大部分を〈食害〉の〈効果〉によって喰われていた。

 

 彼にわかることはあの悍ましい悪夢のような異常現象を〈泡禍〉と呼び、心に残った悪夢の泡の欠片を〈断章〉と呼ぶことを昔、誰かに教えてもらったことと教えてくれた人も〈断章〉をもつ〈断章保持者〉だったことくらい。

 

 故になぜ、複数の断章を所有しているのか朧げにしか覚えていなし、いつ、こんな所に連れてこられたのか、なにが原因でここに連れてこられたのか一切の記憶を〈食害〉に喰われてしまった。

 

 だから彼は〈泡禍〉や〈断章〉について詳しく知らない。

 なぜ蟲が一般の人に見えないのか、どうして記憶を喰らうのか、なぜ泡に触ると溶けるのか、なぜ死んだ家族が毎度夢に現れ溶けるのか、なぜ傷が直ぐに塞がるのか、なぜ鋏を向けると切断してしまうのか。

 

 〈食害〉の女の子は何一つ教えてくれなかったのか、教えていたとしても喰われてしまったのか、彼にはもう判断がつかない。

 

 

 

 

 彼が普通の生活を送っていた頃、彼は泡が怖かった。

 その理由は断言できるほどのものはなかったがなんとなく嫌いのような、曖昧なものだった。

 だから家に帰って来たら手を洗うときに洗剤はつかうし、学校でも食事前にはしっかりと泡で手を洗う子だった。

 

 泡は駆逐だと思っていた。手についたばい菌を殺す良い物だと。けれども歯磨き粉は嫌いだった。手の表面は分厚い皮が守ってくれるからと思っていたが口の中は別だった。唇や口内は直ぐに怪我をする脆いところだった。そんな所に大量の泡を入れるなんて、口内をまるごと溶かす狂気沙汰だと思っていた。

 

 歯茎が溶け、歯が全て抜け、中から頬に穴を開け、喉の奥まで溶かし

肺を胃を体を内から溶かし尽くす、そんなグロテスクなことだと彼は思っていた。

 

 とはいえ、実際やってみるとそんなことはなく、喋りにくいだけで彼が考えたようなことは起こらなかった。それでも口の中に不快感があったため泡は嫌いだった。

 

 それが本格的に意味を持ち始めたのは小学校の頃の身近な人の死だった。

 両親だったのか祖父母だったのかは覚えていないが誰かが一人死んだ。

 癌だった。

 病院漬けで最初は平然と普通に喋っていたのに呼吸器を付け受け答えができなくなり、髪も少しずつ抜け落ちていった。

 中学に上がる頃になればそれが薬の副作用であることがわかるが、当時は違った。

 

 喋れなくなる喉。抜け落ちる髪。そして、焼け落ちた骨のみの体。

 

 それが彼が連想した泡が溶かした体にイメージに重なった。その頃から風呂に入るのが嫌になった。石鹸とシャンプーで泡立て体を、髪を洗うのがなにもかも溶かし尽くしそうで嫌だった。

 それでも親が煩いので嫌々入っていた。

 そして、年齢を重ねるごとに泡に対する考えが増えていた。

 

 その頃になると人生は儚く、泡もまた儚いものだと小中学校で学んだ。

 泡は浮かせて拭い取る。死んだ人と繋いだ手の感触、暖かさすらも。

 人は泡だ。泡のように儚く、死ぬときは泡のようにいっときの感触のみでなにも残せない。

 儚く朧げなら何でも泡に関連付けてしまう。夢なんかが代表的で意識が夢にいたら意識ごと溶かされるんじゃないかと。

 

 そんな思いを有していたが彼は高校生まで家族に一切の片鱗すら見せず過ごしていた。相変わらず歯磨き粉は嫌いだったし、風呂も嫌いになった。散髪も嫌いになった。親が風呂に入れと言うし、チクチクが取れないので、風呂に入るしかないからだ。

 

 親が嫌いな分、兄姉は好きだった。とくに風呂関連についてはなにも言ってこなかったし、中学生の頃に兄が独立し、姉もその数年後に独立したから泡に対する思いを取り繕う負担が減ったのも大きかった。

 

 だから死んだ人の墓参りとかで家族が集まるのは、兄姉に会えるから不謹慎だけど好きだった。

 

 …始まりがなんだったか彼は覚えていない。悪夢のような現実味のないなにかが起こって、なにもかも巻き込んだ。

 

 …肉体を溶かす()が家族を寺を町に出現した。

 それを兄姉が当時彼が知らなかった〈断章〉を駆使し、なぜか居合わせた〈断章保持者〉達の集まりである〈ロッジ〉という組織と解決に協力した。

 事件は無事、町に多大なる被害を出さずに彼の家族と〈ロッジ〉だけに被害を出して解決した。

 

 そう今みたいに、銃に撃たれた箇所が異様に熱くなる感じ。似ている。あの〈泡禍〉の時のように。姉に鋏を向けられ、、床に落ちて汚した体の一部分の断面が見えるほどきれいに寸断されたのに似ていた。

 

 予期しない突然の出来事というのも似ていた。

 

 まさか被験体のふうのに問答無用で銃をぶちかましてくるとは…。それをふうのを押し出して、代わりに風穴あけられた俺も向こうからしたら予想外だろうな…。

 

 撃たれた衝撃で後ろに倒れる彼。仰向けに倒れた彼の瞳に驚いた顔のふうのと少女が写る。

 

 

 

 

 …話はしばらく遡る。

 少女等はヘリポートへ彼を先頭に向かっていた。

 彼の部屋からヘリポートまでは歩くと一時間ほど時間を要するが少女のことを考えると一時間では足りなかった。

 道のりも少女の体の負担のことを考えると近道は出来ないため必然的にふうのが一度通った道を行くことになった。

 あそこなら勾配も緩やかで負荷も少ない見晴らしも林よりはましだろう、とふうのと通った道に、研究島中央駅エリアまで戻っていた。

 荷物は、高校生の野球部を想像して、それくらいが彼自身の限界だと思い、ギュウギュウに入れたから角張って背中に違和感を覚えて、少し嫌そうな顔だった。少女の方はショルダーバッグを一つ。

 

 服装は寒くないのにも関わらず長袖シャツの学生服とジャージで、靴は運動靴と少女にはサイズにあった適当な物を履かせていた。

 これらは彼の成長を見越してある程度在庫が奥に仕舞われていたのを彼が引っ張り出した物たちだ。何故か昔の靴などが捨てられず残っていたので職員の怠慢だろう。それでも少女に履かせる物があるだけ彼は良かった。おかげで探し物には大変苦労したが、それでも少しばかりその怠慢に感謝していた。

 

 少女は彼のお下がりを全身に纏い彼の後をゆっくりと歩いていく。少女も彼も運動ができる環境ではなかったのでその歩みは遅く、だからこそ彼はかなり早めに行動した。

 

 それでも荷物のチェックには難航しており、直前の事を覚えていられない彼はかなりの時間をようしていて、少女が代わらなかったら出発する時間はより遅くなっていた。

 

 だからこそ、それを見つけることができた。

 

 ヘリポートまでの道は他とは違いコンクリートなどで舗装されておらず、地面の肌色が姿を見せていた。その肌は彼とふうのが建物まで歩いた靴跡と足跡が残っていた。そしてヘリポートへ向かっている足跡も一つ。

 

 「……!?悪い、走るぞ!」

 

 それに気付いたであろう彼は少女の弱々しい細い腕を掴み少しだけペースを上げた。

 

 その表情は初めて見る焦った顔だった。脳内が約束した時間に間に合わず、歯を噛み締めどうにかならないかと寝ぼけた頭でフル回転しているような切羽詰まった状況だった。

 

 汗と手袋で手が蒸れ、嫌な感触に余計思考を奪っていき焦りを助長させる。体全体にも焦りが伝わり、それが余計、汗と焦りを増やしていく悪循環が生まれていた。

 

 林は夏だとしても涼しい風貌なのにも関わらず、彼だけは暑い真夏に晒されているかのように汗を垂らし、涼しさなど感じさせなかった。

 

 少女の方は訳のわからないまま、彼に手を引かれ、引きずられるように後追っていた。ゴツゴツとした地面が足裏に鈍痛を響かせ、一歩毎に弱った靴を削り切り、足裏を削っていく。小さな小石がサボテンのようにトゲが刺さって歩けば歩くほど傷を増やして、傷口を作り、小石さらに刺さり、中を抉っていく。

 

 「______!!」

 

 少女の顔が痛みに歪むが声は押し殺していた。口に空いている手を当て、声を漏れるのを必死に我慢していた。

 歩けば歩くほど痛みに足が痙攣して体が飛び上がる。

 それでも彼の邪魔をしないように必死に静めていた。少女には彼の真意はわからなかったが、あの女の子のことだろうと思った。それなら、と納得していた。

 それなら邪魔をしてはいけない。私を助けようとわざわざ自分の身を顧みず来てくれたのだから、その子に危険があるならこれくらいは我慢しよう。これくらい彼処より遥かにマシなのだから…っ。

 

 それでも痛みは敵わないようで涙目になりながら目を細め、奥歯を噛みしめる。

 

 そんな少女のように気付いていないが走るのを彼は止めた。

 そして、音楽を流していないヘッドホンを外す。すると濁流のように蟻のような蟲が彼の耳から溢れ出してきた。満タンのバケツを蹴り飛ばしたように、地面を覆っていく蟲の群れ。

 

 それが一瞬重なった。彼の、姉さんによってズタズタにされた兄さんだった(・・・)モノに、吹き出た血に重なった。

 

 「……………………………くっ!」

 

 一気に血の気が引く。暑かった体を悪寒が巡り、暑さから流した汗とは別種の嫌な汗が流れ出る。奥歯を砕くかというほどギリっと噛みしめ、グッと両手に力を込める。

 

 「いたっ!」

 

 瞬間覆っていた悪寒が霧散し、一瞬のうちにバッと手を離す。

 ハァ…はぁ…と荒れた呼吸を戻そうと試みるがなかなか整わない。

 

 「……ゴメン…手…大丈夫か…?」

 

 暑さによるものか眩んだ視界に頭を手で抑えながら、なんとか言葉を絞り出す。

 

 「うん…だいじょ…うぶ、だい…じょうぶ…だから…。それより…コレは?」

 

 少女は心配そうに、彼が頭を抑えている手を握りながら、自身の痛みを微塵も悟らないよう話を逸らすために、溢れ出た蟲を見ながら聞いた。

 

 「あぁ…コレね、目印。俺がきついから君はもっときついだろう…?だから俺だけ先に行こうと思ってね…コレは(おれ)を中心に拡がるから目印にちょうどいいかなって」

 

 「えっ」

 

 少女は察して、握っていた彼の手にグッと入れた。

 

 「…置いて行くつもりはないよ。でもこのままじゃ何もかもが間に合わない。…わかってくれ」

 

 申し訳なさそうに顔を沈める。彼とてそんなことはしたくない。

 目印にちょうどいい?そんな訳あるか、こんな悍ましいモノを出すだけでこんな、なのに。

 言葉にない思い。

 それでも嫌な顔をしてまで蟲を出しているのは苦渋なのが少女は理解できてしまった。

 

 「………………うん」

 

 だから少女は頷くしかなかった。

 それが彼の内心なのかは確かめようがないが、そうじゃなくても彼を少女は留められなかった。元々彼によって生かされているのだから、駄々をこねても意味がない。家族に会いたいならそれくらい我慢できる。

 

 ゴメン、と一言残して彼は走り出した。その彼を中心に蟲を蠢いてその音がより不安を煽る。

 

 少女は走り出した。

 彼の速さに敵わない速度だが、それでもやはり置いていかれるのは…取り残されるのは嫌だった。

 だから必死こいて走った。足裏が雨の日ように血でビチャビチャに濡れて、不快感と鈍痛を主張してくる。刺さった石が地面を踏みしめるたび、グチュグチュとさらに奥深くの筋肉を引き裂いて新たな血を溢れさせる。もはや足裏には踏みしめた地面の感触などなく、昇ってくる石と痛みだけ。

 

 頬はビクついて面白くないのに笑ったように意思に反して上がり、涙に視界を歪められ、疲れ切った体が暑くって、歪められた視界にある蜘蛛みたいな蟻が、脳に氷塊を打ち込んでくる。

 

 何もかもが滅茶苦茶だった。

 

 縋れるのは家族のことだk…喰われたようにもう顔も思い出せない人達を?

 思考すら迷走中で脳がシェイクされたみたいだ。

 主張を抗議しあっている脳内をその中でも一際嫌な意味で目立っていたのは離れていく蟲だった。

 

 疲れ切って息が荒くて暑いのに、あの蟲を見ると冷水を頭から被ったみたいに鳥肌が立ち、体が震えてしまう。

 少女の周りだけを避けたように風はなく、ただただ歯が擦れる音だけが漂っていた。それなのに生い茂った植物が囲うように少女を責め立ててくるようにガサガサと乱雑に蠢く。

 それがあの蟲のようで、迷走中の頭を強制的に覚醒させられる。

 

 だから彼といたときのように必死にさでなく、追い立てられるに死に物狂いで走った。

 

 もう何も感じなかった。そんな余裕はなかった。絶え間なく突き刺す痛みに全て掻き消えた。

 

 だから…新たに足を登ってくる蟲に気付くのは、無数の蟲が下半身を越え、臍を越えようとしている所だった。

 

 逃げていた恐怖に纏わり付かれた。全身の温度を奪われ、バクバクと心臓の音が煩い。振り払おうとするも震えた腕は言うことを聞かない。

 

 ポトッ

 

 少女の耳を目指していた蟲達が殺虫剤を浴びたように落ちていき、足首辺りにいたのも登るのを止め、少女を逃がさないように囲み、グルグルと辺りを旋回していた。

 

 「急いで来なくても良かったのに…」

 

 彼の言葉が聞こえた。目の前にいることすら錯乱した少女にはわからなかった。

 そして彼の先には少女は名前の知らない…ふうのがいた。

 

 「俺と君のことは気付いていない。近くに来たときから蟲と並列させていたから。取り敢えず見つけたのはいいけど、どう切り出すべきか考えてなかったな…。その前にその紅い靴みたい血に濡れた足を診ようか」

 

 「あっ…」

 

 そこで自身の足に視線をやった。

 指は完全に染まって、血と砂が混ざった汚い色合いが踝まで点々と、水溜りに足突っ込んだように汚していた。

 

 「……………っ!」

 

 それに正しく痛みが届いたのか、停滞していた痛みを消し飛ばして削った痛みと切った痛みが脳を揺らす

 その有様に気がついたからか、それとも安心したからか、疲れ切った足は震えに震えてもう体を支えられずそのまま彼に体重を預けた。

 

 

 

 

 彼は足を診よう少女を座らせるとふうのからガチャガチャと物騒な金属がぶつかる音が聞こえた。

 

 バッと背後のふうのを、その奥の集団(・・)がいやに目についた。

 全身黒の重装備でこちら…正確にはふうのに銃口を向けた集団。

 

 彼は瞬間的にふうの向かって走った。

 考えなんてなかった。銃に太刀打ちできるはずがない。それでも少女と自分自身の身が危険であることはわかっていた。

 だから蟲のフィールドを抜け出してふうのを押し出して目標の突然、移動させて相手にとって予想外な状況を作り出そうとした。だがそれはあまりにも鈍すぎて、結果彼は無数の穴を体に刻まれた。

 

 

 

 

 風穴を無数に穿たれた、そのまま後ろに倒れる。

 腹からなにかが登ってくる感覚。空気が抜け、喉元に突っかかり、声をあげることすらできなかった。

 撃たれた所が暑い。

 空いた傷口から血が流れ出し、皮膚の中に残った銃弾が硬いしこりとして筋肉が動くと擦れてピリッと皮膚の下が痛む。

 

 長袖シャツがみるみる自身の血で真っ赤に染まっていく。

 異様に静まり返った辺りの空気をふうのと少女の呼吸音だけが響く。

 

 

 

  




力尽きたのでここまで。

補足ですが彼はふうのを置いてヘリポートへ向かおうとはしていません。ふうのが通った道を使って戻ろうとしていたところで痕跡を見ました。
プレイした方にならヘリポートに続く、あの犬が出る林といえば伝わるかな?三匹の争奪戦にまわされた人もいるかな?


唐突に少女の細腕を掴み走り出す男…年齢制限いるな
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