デート・ア・ビルド(更新休止中)   作:砂糖多呂鵜

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桐生「と!言うわけで、今日で平成も終わるわけだけど!令和になっても、このデート・ア・ビルドを応援してくれよな!」

士道「いやいやいや待て待て待て!今日五月一日だぞ!今日からだぞ令和!もう昨日に平成終わったぞ!」

桐生「バカお前言わなきゃ気づかれなかったのに!」

士道「いやでも気づくわ!」

万丈「まあ実際は作者が時間なくて書ききれなかったからあの雑談会でお茶を濁したらしいけどな」

桐生「マジで?しっかりしてよねー作者。折角みんなでパーっと祝おうと思ってたのに。ていうか、こういう時って大体、全員集合ーっ!って感じで集まるんじゃないの?」

万丈「ああ、十香たちなら新元号になったお祝いだーって言って、なんか温泉旅行行くってよ」

桐生「え何それ聞いてないんだけど!士道なんか聞いてる?」

士道「いや知らん。家主の俺も知らん」

万丈「つまり俺たちは置き去りにされたってわけか」

一同『ハッハッハッハッハッハッハッハッハ!』

一同『………………』

一同『俺たちも温泉行きたーいッ!!』

桐生「よしお前らすぐ行くぞ!万丈場所聞いたか!?」

万丈「おうあいつらメモ書き残してたぞ!これで行ける!」

士道「オッケー!あ、第35話どうぞ!いざ行くぞ温泉ーッ!」





第35話 ラストデートの始まり

六月二十二日。

士道達は先日購入した水着やバスタオルなどを詰めた鞄を背負って、天宮市から少し離れた場所にあるテーマパーク、オーシャンパークへと来ていた。

本来であれば今日は、士道と琴里が二人でデートをし、戦兎達が陰でそれをサポート………という流れになるはずだったのだが、十香と四糸乃と共に、戦兎達も参加した方が今回は都合が良いとの事で、同行することになった。

 

オーシャンパークは屋内アトラクションのウォーターエリアと屋外遊園地のアミューズエリアの二つで構成されており、夏休みでは遠方からも沢山の家族連れやカップルが訪れる人気スポットだった。

とはいえ今は六月半ばであるため、人の入りはピーク時のそれよりも明らかに少なかった。まあ、その方がこちらとしては好都合であるのだが。

 

そんな事を考えつつ、士道達は着替えを終え、屋内プールへと移動した。ちなみに万丈の水着はちゃんとした水着である。

まだ女性陣は着替え中のようで、士道達は辺りをぐるりと一望した。

 

「うぉーっ!凄っげーッ!」

 

「おお………結構凄いな」

 

「ああ。こういうとこ来たことなかったけど、結構楽しそうじゃんか」

 

戦兎がそんな風に言う。そう言えば、記憶喪失だったんだっけ。それなら、寧ろこうして連れてこれたのは良かったかもしれない。かく言う士道も、広大なプールや岩山のようなウォータースライダーなどが見え、冒険心をくすぐられていた。

 

『はしゃぐのも結構ですが、司令のことを忘れないでくださいよ?』

 

と、窘めるように神無月の声が響いてくる。

 

「わ、分かってますって。ていうかこのインカム、水は大丈夫なんですか?」

 

『……ああ。完全防水仕様だ。耳から外れないようにだけ気をつけてくれたまえ』

 

と、令音が答えたのと同時に、士道達の背に元気な声がかけられた。

 

「シドー、セント、リューガ!待たせたな!」

 

士道達が振り返るとそこには、着替えを終えた十香と四糸乃、そして琴里の姿があった。

十香と四糸乃は、先日士道と戦兎が買ってやった水着を着ていて、予想通りの装いだった。二人とも同じ格好の人が大勢いるからか、以前と違って恥ずかしがる様子もなく士道達の方へと近づいてきた。

 

「お、おう」

 

「来たな。似合ってるじゃんか」

 

士道が小さく手を上げて返し、戦兎が二人の格好を褒める。

十香も四糸乃も、それぞれ『絶世』だの『傾国』だのついてもおかしくない美少女なので、危うく琴里そっちのけで見惚れていたかもしれない。一方の戦兎は確かに少し赤くはなっていたものの、特にどうということはなく二人と接していた。こういう時彼が実年齢大人なのが羨ましく思えてしまう。

 

と、そんな様子など露知らず、十香が大きく声を上げた。

 

「おおお!凄いなこれは!建物の中に湖と山があるぞ!」

 

それに次いで四糸乃が、珍しく興奮気味にふんふんと鼻息を荒くし、頰を紅潮させた。左手のよしのんもパタパタと手を動かしている。

 

「み、水がいっぱいです………!」

 

『はー!テンション上がるねこりゃー!』

 

「シドー、あの湖には入っていいのか!?」

 

「ああ。ていうか、それがメインの楽しみ方だしな」

 

十香の問いに答えると、十香が目を更にキラキラと輝かせ、声を上げる____その前に。

 

「よっしゃ!行くぞお前ら!」

 

「おおーッ!」

 

万丈が、十香と張り合うくらいにテンションを上げて一緒にプールへ駆け出していった。

 

「ったくあいつ、子供じゃないんだから」

 

その背中を見て、戦兎が苦笑する。まあ、最近は神大やクラウン、狂三の件も重なって疲労が溜まっていた頃だ。偶にはいいだろう。と、戦兎が思っていると。

 

「あ、あの………」

 

「ん?」

 

戦兎の水着の裾を、四糸乃がチョイチョイと引っ張っていた。

 

「どした、四糸乃」

 

「あ、その………せ、戦兎さんも、一緒に遊びませんか………?この前の約束の…………デート、です………」

 

四糸乃が恥ずかしげにしながらも、戦兎に言ってくる。恥ずかしがり屋の四糸乃の事だ。きっと、緊張して声をかけてきたのだろう。それに、約束は守らないといけない。

 

「………分かったよ。じゃあ、俺も今日は目一杯楽しむかな!」

 

「!……はい………!」

 

戦兎が笑って言うと、四糸乃も笑って、プールへ行くように促して来た。

 

「悪いな、士道。何かあったら連絡してくれ」

 

「……ああ。そっちも気をつけろよ?」

 

士道に伝えると、戦兎も四糸乃達の後を追ってプールの方へと向かった。そういえば『葛城巧』はいざ知らず、『桐生戦兎』としては初めてのプールである。戦兎にとっても、少なからずテンションが上がった。

 

そして後ろでは、士道と琴里が話していた。あの様子なら大丈夫だろう。

そう思って戦兎は、サポート役という役目を忘れないようにしつつ、目一杯プールを楽しもうとした______

 

 

 

 

その、三十分後の事である。

 

 

「………で、よしのんが流れるプールに流されて、慌ててしまったと」

 

戦兎達がプールで遊び始めてから十数分後。四人で遊んでいるうちに、四糸乃が流れるプールに興味を持ち、遊びたいと言ってきたのだ。そこで戦兎がオーケーをして、先に四糸乃を行かせたのが間違いだった。

 

その後に目に入り込んできたのは、スケートリンクのように凍ったプールサイドと、その余波に巻き込まれて全身を冷やされた万丈(ギャグ補正により死にはしなかった)、その中心でわんわんと泣く四糸乃の姿だった。

 

その後に事件は収束し、プールも先程までの賑わいを取り戻しているものの、四糸乃はしょんぼりと肩を落とし、十香は背を丸くして、万丈は椅子に体育座りになって丸くなり、バスタオルに包まってガタガタと震えていた。

 

「ご、ごめん……な、さい………」

 

「むう……面目ない。私が付いていながら………」

 

「気にすんなって。元はと言えば、俺が先に行かせたのが原因なわけだしな」

 

ば、ばあでったい、そでが、げういんだよだ(ま、まあ絶対、それが、原因だよな)。ハ、ハックショイッ!さ、さぶい(寒い)…………」

 

「………哀れね」

 

「大丈夫か万丈?ほら、コーヒー飲めって」

 

戦兎が二人に声を掛けると、すっかり冷え切って歯をガタガタ鳴らしながら万丈が言葉を零し、琴里が哀れみの視線を送り、隣に座っていた士道が自販機で買ってきたコーヒーを取り出した。戦兎はそれを見て、石動が出したコーヒーを飲まずに缶コーヒーを飲んで石動がカウンターの隅で凹んでいた光景を思い出した。

ちなみに戦兎は先程から、四糸乃の左手に装着されたよしのんにドライヤーの温風を送って乾かしている。

 

「よし、そろそろ乾いただろ。大丈夫か、よしのん」

 

戦兎が言ってよしのんの頭をかくと、よしのんは犬のようにブルブルっと全身を震わせ、手を胸元においてハァハァと息を荒くした。

 

『や、やー………奇妙な冒険をしてしまったねー。死ぬかと思ったよー』

 

「ごめんね……よしのん」

 

『ああ、大丈夫大丈夫。また無事に会えたんだし、結果オーライよ四ー糸乃』

 

「うん………」

 

よしのんに頭を撫でられ、四糸乃がこくりと頷く。そんな様子を見て、琴里が肩を竦めた。

 

「……ま、勝手がわからないのも無理はないわ。確かあっちに浮き輪をレンタルしてるカウンターがあったから借りてきましょうか」

 

「?うきわ?」

 

「百聞は一見に如かずよ。直接見た方が早いわ。行くわよ」

 

言って琴里が歩き出すと、十香と四糸乃、戦兎が後をついて立ち上がった。

 

「っと、待てってば」

 

士道がドライヤーを仕舞って歩こうとした、その時。

 

「え?」

 

万丈が震えながら士道の手を掴んでいた。ちなみに士道があげたコーヒーは、もう片方の手で大事そうに持っている。

 

「ど、ドライヤーを………」

 

「え?」

 

「ドライヤーを………貸して………くれ」

 

「…………」

 

そう言って震える万丈の姿が、あまりにも不憫だったため、士道はしまったドライヤーを手渡し、その場を後にした。

 

 

 

 

「おう士道、来たか…………どうして鳩尾を押さえている?」

 

「き、気にすんな。ちょっと持病の偶発性鳩尾ズキズキ症候群が発症しただけだ」

 

「………深くは追求しないでおく」

 

道中琴里と一悶着ありながらも、三人は既に浮き輪やビーチボートの並んだカウンターの前におり、貸し出しの手続きをしていた。

 

「あれ、そういや万丈は?」

 

「あ、ああ、アイツなら………」

 

と、士道が指差した方角には。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

万丈がコーヒー片手に、全身にドライヤーをかけて暖を取ろうとしている光景が映し出された。

 

「………哀れだ」

 

「………哀れだな」

 

思わず二人揃って口に出す。まあ顔色も良くなっているし、しばらくしたら復活するだろう。そう結論付けて、二人は方向転換した。と、そこでフラクシナスからの通信が入り、士道と戦兎の鼓膜を震わせた。

 

『……シン、セイ、ストップだ。既にそちらにはラタトスクの機関員が多数紛れ込んでいる。試しに少し、仕掛けて見ようじゃないか』

 

「仕掛ける、って言うと?」

 

『……そうだね。ベタだが、ナンパ集団に絡まれたところにヒーローが颯爽と登場、っていうパターンなんてどうだろう』

 

「……それ逆に相手が返り討ちに遭わないか?」

 

令音からの提案に、戦兎が思わず言った。あの戦闘力が振るわれた暁には、ナンパ集団が漏れなく病院送りになるだろう。そこまでの反撃はしないと思うが。

すると、神無月が自信満々といった調子で返してきた。

 

『大丈夫ですよ。女の子はどんなに気丈に振舞っていても、心のどこかでは白馬の王子さまを待っているものなんです。私もよく分かります』

 

「神無月さん男じゃないっすか」

 

『たまに女装しますので』

 

「…………」

 

何やら妙なカミングアウトを耳にした気がするが、戦兎は全力で聞かなかったことにして琴里達の方を向いた。すると、そこに三人の男集団が近づいてきた。脱色された髪に小麦色の肌、見るからに遊び慣れた容貌の集団である。

 

「こんにちはー。ねえねえ君達、どこから来たの?」

 

「三人だけ?勿体無いなぁ」

 

「もし良かったら、ちょっと俺たちと遊ばない?」

 

などと、古代文献レベルの典型的なナンパ文句を並べ立ててくる。

 

「む。なんだ貴様ら」

 

「………っ、そ、の………」

 

男達の登場に、十香が不審そうに眉をひそめ、四糸乃が十香の陰に身を隠す。

まあ急に知らない人に話しかけられれば、そんな反応にもなるだろう。むしろ、琴里のように冷めた目で男達を見ている方が珍しい。

 

『……さ、シン、セイ。出番だ』

 

「は、はあ……」

 

と、令音が言ったところで、一人の男が手を士道達の方に回し、ちょいちょいと手招きをしていた。早く止めに来い、ということだろう。

 

「っ、仕方ねえ、行くぞ、士道」

 

「お、おう。______おい、悪いけどそいつらは______」

 

と、士道が声を上げた、その瞬間。

 

「______淡島文雄三等執務官、手代木良治三等官、川西孝史三等官」

 

「え______」

 

琴里が、男達の顔を見てそう言い、男がビクッと肩を揺らした。しかし琴里はさして得意げな顔もせず、続けた。

 

「悪くない変装よ。及第点を上げるわ。ただセリフがいまいちね。台本は誰?」

 

琴里が半眼を作りながら言うと、男達が顔中汗を浮かべて後ずさった。

 

「な、なんで俺たちみたいな末端の_____」

 

「末端?何それ。ラタトスクに在籍してわたしの部隊にいる以上、それは家族も同然よ。子供の顔を忘れる親がいてたまるものですか」

 

『…………っ!!』

 

琴里の言葉に、男達はその場に膝をつき、涙を流し始めた。

 

『し、司令………っ』

 

「暑苦しいわね。下がりなさい」

 

『はっ!』

 

琴里がひらひらと手を動かすと、三人は先ほどのいい加減さからは考えられないくらい綺麗な敬礼をして、もと来た方向へ戻っていった。

十香と四糸乃が、不思議そうに首を傾げる。

 

「むう。何だったのだ、今のは」

 

「琴里さん……凄い、です」

 

琴里は気にしないで、という風に小さく首を振った。

 

「………え、ええと」

 

「………まあ、言っても機関員だしな」

 

と、士道と戦兎は反応に困り、気まずげに頬をかいた。

 

「(しっかし……いくら自分の隊員だからって、こんなに細かく覚えてるものなのか?)」

 

戦兎は頭の隅でそんなことを考え、琴里に少し敬意を表した。

 

 

 

 

その光景を、遠目で眺めている、人影が一つあった。

 

「ふぅん……面白そうな事になっているねぇ」

 

その男はこの時期にとっては暑苦しいことこの上ない長髪に、サングラスと麦わら帽子、そして半袖のジージャンに、何故か厳ついフォントで『ブルルルラァァァ!』と文字が印刷された水着を着て、ビーチチェアに座りながらクリームソーダを飲んでいた。完全に夏を楽しんでいるスタイルである。

 

「プリンセスにハーミットに、イフリート………ASTが見たら卒倒しそうな光景だねえ、これは」

 

しかしその口にした単語が、彼がただプールを楽しみに来た客でないことを証明させる。男______神大針魏はサングラスを少しずらすと、彼らのいる方をじっと見据えた。

 

「……まあ、後で仕掛ければいいか。私ももう少し休みたいしねぇ。……それに、放っておいてもクラウンが見逃すはずもないしね」

 

そう独りごちると、神大は再びサングラスをかけ直し、チェアに横になってクリームソーダに口をつけ、雑誌を読み進めた。

 

 

 

 

あれからしばらく経って、時刻は二時十分。

士道は席を立ち、トイレへと向かっていた。

先程まで遅めの昼食を摂っていたのだが、その前後から、琴里の機嫌が異様に悪かったのである。士道は妹だから他の精霊より御し易い、という自分の考えを呪った。どこが御し易いものか。寧ろ、ラタトスクからのサポートがあることが筒抜けなので、好感度が冷めきっているようである。

 

そして琴里がトイレで席を立った後、十香達から自分が緊張していると指摘され、いてもたってもいられずにその場から立ち去ってしまった、と言うわけである。

なお余談だが、万丈はすでにある程度回復し、今はテーブルでカップ麺(マッチョラーメン下龍という商品名)を啜っている。

 

「………俺、そんなに緊張してたのかな」

 

言いながら、わしわしと頭をかく。なんとも情けなかった。

 

「令音さん、精神状態のモニタリングって、俺の方もやってるんですか?だったら、数値教えて欲しいんですけど………」

 

インカムに向かって問うが、何故か言葉が返ってこず、代わりに別の声が聞こえてきた。

 

『ああ、士道くん。申し訳ありませんが、村雨解析官は少し席を外しています』

 

「あ、そうなんですか」

 

どこに行くかと聞こうとしたが、先程その件で琴里に咎められたことを思い出し、すんでで言葉を止めた。

仕方なく、そのままトイレの方へと向かった。すると、その道中で士道は足を止めた。

 

「ん………?」

 

トイレの手前にある自動販売機、その後ろから、何やら話し声のようなものが聞こえてきた気がするのである。耳を凝らしてみると、その声の中に、なにやら聞き慣れたものが混じっている気がした。

 

「なんだ………?」

 

不審に思い、足を向けてみる。するとまるで士道の行動を止めるように、神無月の声が響いてきた。

 

『士道くん、そこは_____』

 

だが、神無月が制止するよりも早く、士道はそこを覗き込んでしまった。

 

「________」

 

そして、言葉を失う。

 

自販機の裏にできた、ポケットのような空間。そこに、二人の人間がいた。

 

一人は、ビキニに白衣というプールに似つかわしくない格好でその場に膝をつき、傍に黒い鞄を携えた、村雨令音。

 

そしてもう一人は_______壁にもたれかかるようにして地面にへたり込み、苦しげに頭を押さえる琴里だった。

 

「……大丈夫かい、琴里」

 

「ええ………なんとかね。でも、危なかったわ。_____お願い」

 

琴里が片腕を令音に差し出す。しかし令音は、躊躇うように唇を噛んだ。

 

「……今朝の時点でもう既に、通常の五十倍もの量を投与しているんだ。これ以上は命に関わる恐れがある」

 

「ふふ……精霊化した今の私なら、薬程度で死にはしないわよ」

 

令音が渋面を作る。しかし琴里は、荒い呼吸の合間を縫うように口を開いた。

 

「……お願い。士道との………おにーちゃんとの、デートなの」

 

「………っ」

 

それを耳にして。士道は、息を詰まらせた。

 

今までの緊張なんか一笑に付されるくらい、心臓が早鐘のように打ち付け、鼓動を刻む。痛いほどに。軋むように。

 

唾液を飲み下すと、いつのまにか渇ききっていた喉がぱりぱりと悲鳴をあげた。指先が震え、足が震える。全身が凍えるかのように微細に震えていく。

 

知っていたはずだ。聞いてもいた。覚悟だってしていた。

 

霊力を取り戻した琴里が、押し寄せる破壊衝動と戦っていること。司令官の琴里が、艦内の厳重な隔離エリアに一人軟禁されていることを。

 

琴里が耐え切れるのが、今夜までであるという事実を。

 

士道は、教えられていたはずなのに。

 

「ぁ………」

 

思わず、声が漏れる。それは極々小さなものだったが_______内部から自身の脳を叩くには十分だった。

 

知って、聞いて、覚悟した。その筈なのに。

士道の心の内には、確実に、どこか油断が、甘さがあったのだ。

 

いつものように悠然と、傲岸に、不敵に士道を翻弄してみせる黒いリボンの妹に、心のどこかで安心していたのだ。

 

こんなに強い琴里が、精霊の力に呑まれる筈がないと。

 

何の根拠もなく、思ってしまったのだ………!

 

「_____ね、お願い。もしかしたら、これが最後かもしれないの。もし失敗したなら、今日で、私は私で無くなる。____その前に、おにーちゃんとのデートを、最後まで」

 

「…………」

 

令音はしばし目を潜め、逡巡のようなものを見せたが、小さく息を吐くと同時に、傍の鞄の口を開け、中から注射器を取り出した。

 

「……ありがとう。恩にきるわ」

 

「……いや。しかし、これが最後だよ」

 

言いながら、令音が琴里の左腕を取り、注射針を刺す。すると数巡後、琴里が大きく息を吐き、だんだんと呼吸が落ち着き、顔色も良くなっていった。

 

「悪いわね。……助かったわ」

 

言って琴里が立ち上がろうとし、再びその場に尻餅を突いてしまう。

 

「……無理はいけない。少し休むべきだ」

 

「大丈夫よ。早く戻らないと、デリカシーのない士道に変な詮索をされちゃうわ」

 

「……駄目だ。少し待っていたまえ。水を買ってくる」

 

「はいはい……わかったわよ」

 

令音が立ち上がり、こちらに歩いてくる。士道は慌ててその場から立ち去ろうとしたが、そこで令音と目が合ってしまった。

 

「……ぁ_____」

 

令音がピクリと眉を動かすと、そのまま自然な動作で士道の肩を掴み、自販機の表側に引っ張っていった。

そして士道に顔を近づけ、琴里に聞こえないくらいの声量で話しかけた。

 

「……どの辺りから聞いていたんだい?」

 

「や、えと。多分、最初から」

 

令音が無言になる。士道は一瞬開けて言葉を開いた。

 

「令音さん。……琴里は、いつからあんな状態だったんですか?」

 

士道が問うと、令音は数秒の間逡巡してから返してきた。

 

「……霊力を取り戻した瞬間からだ」

 

令音の言葉に、士道は下唇を噛んだ。

予想できていなかった訳ではない。だが、それがはっきりと明示されると、やはり動機は一層強く速くなっていった。

 

「なら、なんで」

 

「……琴里の希望だ。シン達には話さないで欲しいと。本来なら、今日がタイムリミットだという事も明かさないで欲しいと言われたのだがね」

 

「なんで……そんな」

 

士道が震える声で問うと、令音は息を吐いてから言ってきた。

 

「……君に、同情や憐憫でデートをして欲しくなかったんだろう」

 

「___________」

 

歯を噛みしめる。歯茎から出血したのか、僅かに血の味がした。

 

「……だから、頼む。今のは見なかったことにしておいてくれ。_____琴里のためにも」

 

「………」

 

「……シン」

 

「……分かりました」

 

士道が大きく深呼吸をし、踵を返して十香たちの方へと舞い戻った。

そして、令音がどこへともなく口を開く。

 

「……盗み聞きはいい趣味じゃないよ、セイ」

 

「…………」

 

するとトイレのすぐそばの物陰から、戦兎が出てきた。その顔には、苦しげな表情が浮かんでいる。

 

「……そういう、事だったのか」

 

「……ああ。セイ、君もこの事は_____」

 

「言わないですよ。偶然、トイレに行こうとしたら、何か話してるのを聞いたってだけで、どういう内容かまでは聞き取れませんでしたからねー」

 

と、明らかに演技と分かる調子で言葉を発する。

 

「……ありがとう」

 

令音は短く礼を言うと、琴里の方へと戻っていった。戦兎もフードコートへ戻り、十香たちの元へと向かった。

 

 




ごめんなさい。
平成最後の投稿にするつもりが、令和最初の本編の投稿になり、前回が平成最後となってしまいました。

というか、アンケート開始してから一日くらいしか経ってないのに、もう大分投票してくれて、ありがとうございます!
そして圧倒的な万丈率………やはりあのネタでいくのは少し反則技だったか。

それでは次回、『第36話 五年前のアヴェンジャー』を、お楽しみに!

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