ドラゴンクエストV 天空の俺   作:az

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第23話

 野を越え山を越え、一路東を目指す。旅は道連れ、世は情け。人生楽ありゃ苦もあるさ。

 

 旅慣れているパパスやリュカと違って、俺はあくまでも一般人だ。ボーイスカウトの経験もなければ山伏の経験もないので、長時間歩き続けるのは辛い。最初の一日は元気に行進していたが、二日目からは既に足が鈍っていた。

 

 ゲームの中ではサンタローズから一日歩けば到着した距離だったはずだが、実際に歩いてみると全然違う。すぐにラインハットに着くだろうと思っていた俺だが、見通しが甘すぎた。これが噂の孔明の罠というやつか……!

 

「パ、パパスさん……。そろそろ、休憩しませんか?」

「うん? ユートはもう疲れたのか?」

 

 先頭を歩く威風堂々とした偉丈夫、その名もパパス──が足を止めてこちらを振り返る。

 

「ユート、どうしたの~?」

 

 鼻歌でも聞こえてきそうな上機嫌な声。父親と一緒に旅が出来るのが嬉しいのか、パパスの隣を歩くリュカは元気いっぱいだ。

 

「まだ村を出てから一日しか経っておらんぞ。ユートはもうちょっと体を鍛えた方がいいな」

「そ、そんなこと言われても……」

 

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら答える。

 

 足は筋肉が張ってパンパンだ。誰か、溜まりに貯まった乳酸を削ぎ落としてくれ。

 

 道程は平地が多いのだけは幸いだったが、それでも疲れは蓄積される。

 

 パパスはまだ一日と言うが、体感気分的には半年以上旅を続けてきたような感じだ。そう、例えるならば……。十二月の末に歩き出して、八月くらいまで経過したような──。俺は一体何を考えているんだろう。

 

「ふむ。まだ先は長いがユートが疲れたのならば仕方ない。ここらで一旦休憩に……む?」

 

 突如、パパスが言葉を止めて周囲に鋭く視線を走らせた。

 

「魔物の群れが来たようだッ! リュカ、ユート! 油断するな!」

 

 一声注意をすると、パパスは地を蹴って飛び出した。

 

 さすがに魔物の前で棒立ちはまずい。疲れたのなんだの言うのは後回しだ。

 

 俺は慌ててブーメランを取り出すと、魔物の気配へ向かって構えた。

 

「よし!」

 

 気持ちも切り替えた。準備は万端だ。

 

「さぁ、いつでも来い!」

 

 ……しかし、何も起こらなかった!

 

「あれ?」

 

 魔物の姿が、ない?

 

「どうしたの、ユート?」

 

 リュカが不思議そうに小首を傾げて聞いてくる。

 

「魔物は?」

「もう終わったよ。ほら」

 

 リュカが指さす方向には、血か体液か、何やら液体的な物がこびり付いた愛剣を布で拭うパパスの姿。

 

「あ、もう終わったんだ」

 

 そうですか。もう終わりですか。早いですね。俺構えただけで何もやってないのに。

 

「パパスさん、お疲れ様です」

 

 とりあえず、労っておく。今の俺にできることはそれくらいしかない。

 

「魔物と言っても、たかがホイミスライムが数匹程度だったしな。この程度なら軽い物だ」

「でも、ホイミスライムってホイミをつかうからたいへんだよね」

「その通りだ。やつらが大量に出てきた時は回復されて長期戦にならぬようにせねばな」

「うん! ぼくも気をつけるよ!」

「まぁ、どんな魔物が相手だろうと、回復される前に全て一撃で倒してしまえば何も恐れることはないがな。わっはっは!」

「お父さん、すごーい!」

 

 笑い合う親子。そんな力業で解決できるのは、パパスさん、あなただけじゃないでしょうか。

 

「俺なんてブーメランで遠距離からコツコツ当てるだけなのになぁ」

 

 こう、クイッと投げてパコンとやるような。擬音で表すとそんな感じ。貧弱な坊やである俺にはそれが精一杯だ。一応接近戦用にブロンズナイフも持っているが、これはあくまでも緊急時の護身用。まかり間違ってもナイフ一本で敵を相手に十七分割して無双してやろうなどとは思わない。

 

 豪快に戦える人がうらやましい。でも、俺だっていつかは……!

 

「いつか……いつの日か高レベルになったら、バッサバッサと敵を倒しまくってやる……!」

 

 俺の言葉に同意するかのように、足下にいたゲレゲレが「にゃおーん」と一鳴き。

 

「あ、ゲレゲレ。お前いたの?」

「ふにゃあ……」

 

 ふて腐れたようにゲレゲレが鳴く。今のを翻訳するとしたら、

 

「そりゃないぜ旦那……てな感じか?」

「がうッ」

 

 右に左に尻尾を振りながらゲレゲレが答えた。赤い炎のような飾り毛がゆらゆらと揺れる。意訳したニュアンスは大体合ってたようだ。

 

「なんか、気が抜けてしまったな」

 

 ふと空を見上げてみる。穏やかな日差しが目に眩しかった。

 

 世界は平和である。

 

 ──今のところは、まだ。

 

 

 

 

 

 旅立ってから今日で五日目。野宿を重ね、魔物を倒して進む日々。これまでの記録をダイジェストで送ろうと思う。まずは初日。一日目。

 

「うおおおおおお!」

 

 ダンスニードルの群れをパパスが一人で倒した。まる。輪切りになったダンスニードルの姿は、なんだか滑稽だった。

 

 二日目。なんか魔物の群れが出たと思ってたら、俺がブーメラン構えてる間にパパスが全部一人で倒してた。敵はどうやらホイミスライムだった様子。

 

 三日目。

 

「どりゃああああ!」

 

 メラリザードの群れをパパスが一人で倒した。途中、メラを放ってきたやつもいたが、パパスは「ふんッ!」と剣を一閃させた風圧だけで炎をかき消していた。チートってのはこういう人のことを言うんだなぁ、と思った。リュカも加勢しようとしたようだが、特に何もすることがなかった。

 

 四日目。

 

「ぬおおおおおお!」

 

 おばけねずみの群れをパパスが一人で倒した。先に魔物を発見したのはゲレゲレだったが、気が付くと全部パパスが倒していた。ゲレゲレは何もできずに唸っていただけだった。

 

 そして今日は五日目。

 

「はああああああ!」

 

 現在、スカンカーの群れをパパスが一人で倒している最中だ。もちろん俺は隅の方で大人しく見ているだけだ。歩きづめで疲れている体を動かす必要もなく、非常に楽なんだが……。

 

「暇だな、おい」

「そうだねー」

 

 リュカも同意してくれた。やることがないので、ゲレゲレでもいじることにしよう。

 

「おいでませ、ゲレゲレー」

「にゃー」

 

 我が家のお猫様はきちんと躾が行き届いているので、呼べばすぐにやって来るのだ。足下に小走りでやって来たゲレゲレを片手で抱き上げてやる。

 

「結構重いな、お前」

「がうがう!」

 

 別に褒めた訳ではないのに、何故かゲレゲレは自慢気な顔をしていた。こういう顔をドヤ顔というのだろうか。

 

「よーしよしよしよしよしよし!」

 

 次は高速で頭を撫でてみる。最初は気持ちよさそうに身を委ねていたゲレゲレだったが、俺の手の平が熱くなってきた辺りで暴れ出した。

 

 抱き辛いことこの上ない。仕方ないので地面に下ろしてやったら、どこかへ走り去って行ってしまった。俺の愛は激しすぎたようだ。

 

「ユート、ゲレゲレをいじめたらだめだよ」

「ごめんなさい」

 

 リュカに怒られてしまった。反省。さて、次は何をして暇を潰そうかと思った時、

 

「リュカ、ユート。そろそろ行くぞ」

 

 パパスが声をかけてくる。スカンカーの始末が済んだようだ。

 

 そんなこんなで五日目も問題なく過ぎていき、六日目に。今日も代わり映えのない日になるのかと思っていたが、ようやく変化が現れた。

 

 歩く途中で、頬に湿気を感じたのだ。すわ雨でも降るのかと思いきや、歩き続けていると不意に視界が開けた。

 

「う……わぁ……」

 

 思わず声が漏れる。

 

 緩やかな坂を登りきった向こう側には、大きな河が流れていた。激しい水流があちこちで飛沫を上げている。かなり流れの激しい河のようだ。

 

「でっかいなぁ」

 

 しばらくぼんやりと河を眺める。水の発するマイナスイオンを浴びたおかげか、疲労が抜けて体が軽くなってきた気がする。プラシーボ効果だろうが疑似科学だろうが、効果があるならそれでいいのだ。

 

「ようやくここまで来たな。これが有名なヘルライン河だ。この河の向こうからは、ラインハットの領土だぞ」

 

 パパスの説明に、リュカが目を輝かせた。

 

「あとちょっとで、ラインハットなんだね!」

「厳密には、この河からすでにラインハットなんだが……まぁ、リュカに言ってもまだ分からんか」

「うーん?」

 

 疑問符を頭上で乱舞させている息子に、パパスは苦笑して説明を止めた。もちろん俺は理解できていたが、知識をひけらかす必要もないと思い無言を貫く。

 

 しばらく河のほとりで休憩してから一行は出発。この河には橋がないので、検問所の置かれた地下通路を進まなければいけない。大河の下にトンネル通すよりも、普通に橋を架けた方が労力的に楽なんじゃね? 落盤したらどうすんだろうとか思ったが、口には出さないでおいた。俺は空気が読める男なのだ。

 

 途中、立派な槍を構えたラインハット兵との問答があったが、パパスが名乗るとあっさりと通してくれた。かなりのVIP待遇だ。それだけ世間にパパスの名が広く知られているという証なのだろう。

 

「ご苦労様であります、パパス殿! こちらがラインハットへの道となっておりますので、どうぞお通りください!」

 

 兵士達の隊長らしき人に体育会系の暑苦しい見送りをされながら、通路を抜ける。急に崩れてきやしないかと、頭上の様子が少々心配だったが何事もなく行くことができた。

 

 出口のすぐ先では、河の流れに国の行く末を重ねて見ているという爺さんとも遭遇したが、特筆するほどでもない。お節介なパパスが「ご老人、風邪を引かぬように」と注意していたが、それだけだ。

 

 問題があったとすれば──。

 

「パパスさん、そっち違う。そっちはサンタローズです」

「ぬ? これはしまった。危うく道を戻るところだったぞ、わっはっは!」

 

 老人に声をかけた後のパパスが、うっかり道を間違えそうになったくらいだ。相変わらず笑っているパパスだったが、額に少し汗が浮いていた。どうやら、笑って誤魔化しているようだった。

 

「……ここからラインハット城までは、どれくらいかかるんですか?」

 

 気を遣って俺は話題を変えた。再度言うが、空気の読める男なのだ、俺は。

 

「ん、ここまで来たらもうすぐだぞ」

「すぐですか」

「ああ、すぐだ。あくびでもしている間に着いてしまうぞ」

「なるほど」

 

 そうか、あと少しか。ならば、もうちょっとだけ頑張ろう。

 

 そんな風に思って出発したが、結局ラインハットの街に到着したのはそれから三日後のことだった。

 

「うぉーい、どこがもうすぐなんだぁ……」

 

 騙された。大人はいつだって汚い。

 

 疲労困憊で声を出すのも億劫の俺は、喉の奥から絞り出すように呻いた。鏡があれば、きっとげっそりした顔が映るだろう。

 

 もうすぐと言って三日もかかるとか、大雑把すぎる。時間間隔が日本の田舎町に住んでいる人達並……いや、それ以上だ。

 

「にしても、人が多いなぁ」

 

 牧歌的だったサンタローズと違って、ここは完全な都会といった感じだ。畑もなければ、牛や馬といった家畜もいない。

 

 煉瓦造りの建物が多く、入り組んだ街路には天幕が張り巡らされている。辺りを見回すと、そこらかしこで商人達の呼び込みの声。人々の熱気と喧噪が空気を焦がす。

 

 この街は、かなりの規模で市場が広がっているようだ。もしかすると、人口は万単位でいるのかもしれない。さすがは城があるような街だ。ゲームでは数十人しかいなかったのなぁ。

 

「ユート、あっち見て! おしろ、おしろがある! すごいよ!」

「んー? 城だって?」

 

 興奮したリュカの声に釣られるように俺もそちらを見やる。街を貫くように、中央道にびっしりと整備されて敷かれた石。

 

 急勾配の丘の向こう側。そこには、巨大な白亜の城がそびえ立っていた。テレビ映像や写真でしか見たことのない、西洋風の城だ。

 

 あれが──ラインハット城。今後の俺の運命を決めると言っても過言ではない城。いつの間にか、俺はごくりと喉を鳴らして唾を飲み込んでいた。

 

「では、早速王に会うため城に……行くのは止めておくか」

 

 顔を上気させ、おおはしゃぎしながら歓声を上げているリュカを見た後、俺に目を移したパパスはそう言った。俺は城を見ていただけなのだが、その様子に何か感じ入ったことでもあったのだろうか。もしかして、物凄く疲れて立ちすくんでいたように見えたとか? いや、実際に疲れているのだけれども。足は棒のように硬くなっていますけれども。

 

「とりあえず今日のところは宿を取って休もう。なに、急ぐこともない。城へは明日行けば構わん」

「いいんですか? 大事な用なんじゃ……」

「構わんと言っただろう? 子供が細かいことを気にせずとも良い」

「はぁ、そうですか……って、うわ!?」

 

 適当に返事をした俺の視界が、突如高くなった。パパスが俺を持ち上げて肩車したのだ。

 

 おおぅ、懐かしい高さだ。意外といい眺め……じゃなくて、

 

「パパスさん、何を!?」

「わっはっは。疲れているだろうから、宿まで私が運んでやろうと思ってな」

「いや、恥ずかしいんですけど!」

 

 中の人は三十路前なんです。こっちに来てから子供っぽい言動多かったけど、それでも中身は大人なんです。

 

「あー! ユートだけずるい! お父さん、ぼくも! ぼくも!」

「おお、リュカもか。いいぞ、ほれ」

 

 パパスは一瞬だけ屈むと、リュカも軽々と担ぎ上げる。右肩に俺、左肩にはリュカという出で立ちだ。

 

「がうッ!」

「む?」

 

 不満そうな声に気付いたパパスは、視線を下に向けた。

 

「ゲレゲレか。悪いが、私の腕は二本しかないのでな。お前は諦めろ」

「ふにゃ……」

 

 ゲレゲレは激しく振っていた尻尾を力なく垂らすと、無念そうに顔を伏せた。

 

「では、行こうか!」

「おー!」

 

 リュカの返事に合わせてパパスが歩みを進める。結局、俺はされるがままに任せてパパスに連れて行かれた。恥ずかしかったが不快ではなかったからだ。武技の達人らしく重心が安定しているのか、肩の上でも揺れはほとんどない。

 

 ふと、胸の奥に燻るような火が点った。なんだか懐かしい気分だ。そう、この気持ちは──遠い子供の頃に感じた覚えがある。

 

 ずっと昔、父親に肩車された微かな記憶を思い出しながら俺は目を瞑った。宿屋に着くまでのしばしの間、こうして休ませて貰おうか。

 




ここまでがArcadia様での連載分となります。
続きは時間に余裕ができればといった感じですので、気長にお待ち下さい。

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