Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔、降臨せし時⑫

 

 

 

社会という権力者のエゴが渦巻く世界で、溺れるように生きて来た。

生きるために身体を擦り減らすこの生活は、冷静になって考えれば下らないことかもしれない。

だがその冷静さすら摩耗され、気が付けば此処まで来ていた。

それだけの話だ。

 

 

たとえ、情けないと蔑まれても、『溺れる者(じぶん)は藁をもつかむ』ような生き方しか出来なくて。

 

だけど、醜態を晒しても、社会にしがみ付く日々を送っていた。

 

自分の、在り様に疑問に感じたことはいくつもある。

 

生き方、なんて流れに乗っている内に考えることを止めてしまったけど。

 

好き(すき)に、自由に、生きてきたいなんて間違いだったのだろうか。

 

流転(るてん)し、いつか輪廻の時を迎えたなら。次はきっと……。

 

花の様になんて……、理想(ゆめ)を抱くことすらも忘れてしまった。

 

 

幼馴染である一二三は、まるで白鳥のようだ。

磨きに磨き上げたうつくしい純白で、湖面を優雅に泳いでいる。

自分は、その水面下で繰り広げられる彼の努力を、苦悩を、葛藤を、全て見て来た。

 

だからこそ彼には、自分がこんなことで悩んでいるなんて知られたくなかった。

自分が情けなくて死にそうになるから。

全てを吐き出すには、下らないプライドが邪魔をした。

 

これは先生にも同じことだ。

先生は常に自分の心に寄り添ってくれる、天使のような人だ。

柔らかく受け止めながら、そっと背中を押そうとしてくれる。

だが優しいだけではない。

筋の通った一本の筋を持ち、信念を持つ強い人である。

尊敬しない筈がなかった。

 

とても最低な自白をしよう。

俺には二人が眩しすぎた。

一二三も、先生も、木もれ日をいく人だ。

でも俺は……。どう頑張っても、片陰にしかゆけない。

あたたかな二人の言葉は、時に毒となって俺を蝕んでいたのだ。

それが、自分がどんなに矮小で、意味のない人間か、思い知らされているようで。

二人の強さと、俺の弱さに押し潰され、吐いたこともあるほどだ。

 

だから……。

その人に魅かれたのかもしれない。

光の中にいながらも、形を保ち続けるその人に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オハヨウ、お目覚めかい?」

 

「…………?」

 

「フフフ……。まだ夢見心地のようだね」

 

「……っ!!なっ!!なっ、べ、べべべべ……ベリアルさん!?」

 

 

ぼんやりとした視界に、朧な人影が映る。

どうやら自分を覗き込んでいるらしいそれの、輪郭が段々と浮き立つ。

それと共に覚醒へと向かう意識が、不意に鮮明なものとなった時、独歩は思わず身を跳ねさせた。

 

 

「気分はどうかな?」

 

「え?……え、え……。

なんか、すごく……軽い……?」

 

「なら良かった」

 

 

ゆるりと細められた瞳は、とても優しいもので。

まるで木もれ日の中を揺蕩うような、温かさを感じた。

 

 

「独歩ちん!!良かった、大丈夫!?

身体、痛くない?ベリさんになんもされてない!?」

 

「ひ……っ、ひふみ……」

 

「ふむ。先日よりも顔色が良くなっているね」

 

「せっ!!せんせい……!?」

 

「ああ、起き上がらなくて良い。

先ずは診察を済ませてしまおう」

 

 

ばん!と勢い良く開いた扉に、雪崩れ込むように入って来た一二三は、目を開けている独歩の姿を見ると、ベッドサイドへと駆け寄った。続いて入って来た寂雷も、独歩の顔を見ると安心したように微笑む。

同居人である一二三は兎も角、まさか寂雷が家にいるとは思っていなかったので、独歩は驚愕に目を剥いた。

慌てて体を起こそうとした独歩を止めると、寂雷は聴診器などの商売道具を取り出す。

ベリアルは、独歩の部屋に置かれたクッションの上に腰を下ろし、その様子をじっと見ていた。

 

 

「……うん、問題はなさそうだ。

今日はこのまま寝ていると良い」

 

「う……す、すみません、俺、」

 

「良いんだよ。それよりも、独歩君。

君は知らなくてはならない」

 

「え……?」

 

「自分の身に何が起きたのかを、ね。

そうだろう、ベリアル」

 

「わかっているさ、センセイ。

だからお寝坊さんのお目覚めを待っていたんじゃないか」

 

 

ベッドに背を預けて寛いだ姿勢のまま、ベリアルは喉を鳴らして笑う。

その様子を見た寂雷はベリアルの傍へと座り、一二三はベッドに腰を下ろした。

 

 

「せ、先生、ベリアルさん!お話ならリビングでも……!

お二人を地面に座らせるなんてそんな恐れ多い……っ!」

 

「いいや、私もベリアルも構わないよ」

 

「なんならオレの上に座るかい?」

 

「ぶっ!!」

 

「ちょ……!独歩ちん!大丈夫?

もうベリさん!純情(ピュア)なんだから揶揄っちゃダメって言ったでしょ!」

 

「フフフ……」

 

 

慌てて上半身を起こした独歩に、ふわりと寂雷が口元に笑みを飾る。

安心させるような寂雷の心遣いも、ベリアルの一言で打ち砕かれた。

 

 

「……さて、何から話すのが良いか」

 

「先ずは独歩君の症状について話してくれないかい」

 

「ふむ、そうだね。

病名を言うとすれば『悪魔憑き』ってトコかな」

 

「はぁ!?ベリさんマジで言ってんの?」

 

「オレはいつも真実しか口にしないのさ」

 

「嘘でしょ?」

 

「フフフ……」

 

 

突拍子のないベリアルの言葉に、一二三は眉を顰める。

疑うわけではないが、始めから信じられる話ではなかった。

少し考え込んだ寂雷は、ベリアルに視線を合わせる。

 

 

「要するに、トランス及び憑依障害ってことかい?

確かに極度の興奮、トランス状態、睡眠時遊行(夢遊病)、パニックなどといった症状も見られたけど」

 

「現代医学というのは、実に夢がないね。

まあ仕方のないことかもしれないが……」

 

「先生もベリさんも、もーちょいわかりやすく言ってくれる?」

 

「ふふ。なら、『精神的に汚染された』というべきかな。

最近ヤバい人間に接触したことはないかい?」

 

「ヤバい……?」

 

「ベリさんそれ、抽象的過ぎない?」

 

「あっ!……あり、ます!」

 

「……あるんだ」

 

「つい最近、中途採用でやって来た新人がいるんですけど……。

なんかいつも怒ってるっていうか、態度がすごく悪くて。

それを注意すると、どうしようもなく暴れるんです。

……その時の、彼、なんか目がおかしくて」

 

「目がおかしい?何かの疾患かい?」

 

「なんていうか、病気とかそういうのではないと思います。

目がつり上がるというか、兎に角凄い形相になって」

 

「……ふむ。なんか不動明王のようだね」

 

「そう!まさに、そんな感じなんです」

 

 

何となく話が読めて来たような気がして、一二三は独歩を見た。

ヒプノシスマイクという非肉体的な武器が出回った日から、この世界が武力から精神的な支配に切り替わったことは周知のことである。その結果、精神的に屈強な人間が勝ち上がり、脆弱な人間が地を這うことになる。武力から精神力に変わっただけで、実質歪んだ争いも支配も、何一つ変わらずに行われているのだ。

 

それだけではない。弱り切った人間が、精神的な支配を受けることもある。

違法マイク、という非正規のものも出回っているが、精神的攪乱に特化したマイクを持つ者もいる。

それらを悪用した犯罪が、横行していた。

 

 

「キミたちもヒプノシスマイクを持つ身なら、わかるだろう?

精神を武器として戦う、キミたちなら……ね。

相手を惑わす能力(モノ)を持っていても、おかしくはないんだ」

 

「……なら、独歩ちんは操られていたってコト?」

 

「少なくとも、影響は受けている筈さ」

 

「でも、ベリさんは植え付けられたって」

 

「その相手が、どのような能力を持っているのか……。

はっきりさせないことには、確証は言えないけどね。

キミたちの支えが無かったらきっと……自我を保つことすら、出来ていなかっただろう」

 

「……っ!ベリさん……それって、どういうこと?」

 

「精神的な支えがあったということだよ。

信頼できる親友(ともだち)と先生の存在。

あと、センセイの癒しの力も進行を遅らせたということさ」

 

 

ベリアルの言葉に、独歩はぱっと顔を上げる。

じわじわと迫り来るあの何とも言い難い焦燥感、劣等感が全て怒りに変わった瞬間を、独歩は鮮明に憶えていた。それから、だ。

時折記憶が飛ぶようになり、時と場所を問わず荒れ狂うようになったのは。

 

それに耐えきれず、一二三に同行してもらいながら、寂雷のもとへと通った。

そうすることで、一時的であっても怒りが消失し、自分に戻ることが出来たのだ。

自分は守られていたのか、と込み上げる何かに独歩は再び顔を伏せた。

 

 

「でも、元凶がそのままじゃ……独歩ちん仕事に戻れないんじゃ」

 

「君のことだ、何か考えがあるのだろう。ベリアル」

 

「フフフ……。一つだけ、提案があるんだ」

 

 

一二三と寂雷の視線を受けて、ベリアルはその笑みを深めたのであった

 

 

 

***

 

 

 

狭く深い都市、東京。

区間を通る交通網は非常に発達しており、移動には事欠かない。

男は電車を降りると、様々な店が立ち並ぶ通りへと足を向けた。

モードにパンクス、アメリカンカジュアル……。

色とりどりの服に身を包んだ若者たちが行き交う。

今日は休日であったので、私服に身を包んだ人たちが多いようだ。

 

道沿いに並ぶ店を横目に、気が向くがままに歩いていく。

そしてふと、とあるものが目に入ると、自然と足がそちらを向いた。

 

 

「いらっしゃい、ま……せ……」

 

 

すっきりと落ち着いた店内に似合いの、上品な恰好をした女性スタッフが顔を上げる。

淑やかな化粧の施された顔が一瞬硬直したが、直ぐに佇まいを正した。

洒落たスーツが並ぶ棚を颯爽と抜け、店の外から見えたそれに近付く。

 

男はこうした服に、特にこだわりは持っていない。

こうなる前だって、仕事着には頓着していなかったのだ。

だが、今の体の持ち主は案外選ぶらしく、その審美眼は中々のものであった。

 

 

「そちらは、今人気の若手デザイナー様がデザインしたものでございます。

もしよろしければ、ご試着なさいませんか?」

 

 

控えめなヒールの音が、男の後ろで響いた。

シックなデザインのスーツだが、内側に施された『遊び心』が堅苦しさを感じさせない。

所謂抜け感というやつであろうか、とファッションに疎い男は内心で首を捻る。

非常に腹立たしい話だが、このベリアルという男の体は、基本的に何でも着こなせるのだろう。

 

 

「なら、試着させてもら「あーっ!!オニイサンじゃん!なんで此処にいんのっ!」」

 

 

男が店員に視線を向けようとした、その時である。

店の自動ドアが開かれたかと思うと、聞き覚えのある声が掛けられた。

顔をそちらに向けると、鮮やかなピンクの髪が視界に焼き付く。

 

 

「……やあ、奇遇だね」

 

「うんうん、まさかオニイサンが僕の仕事先にいるなんて。

し・か・も、そのスーツ、僕がデザインしたんだ!」

 

「キミが、かい?良いセンスをしているね」

 

「でしょ~?自信作なんだ。

オニイサンちょっと着てみてよ!

絶対、似合うから!」

 

「ははっ、それじゃあ……そうさせてもらおうか」

 

 

少年のようにも見える青年、飴村乱数を見た途端に切り替わった意識に、男は溜息を吐いた。

この乱数に、ベリアルは何かしらの興味を抱いているのだろうか。

あの最終決戦では、相手を撹乱するラップを武器とするため、ただただ厄介な男であったことを記憶しているが、それ以外に特に変わった印象は抱かなかったが。

腰から垂らしたベルトといい、何処か胡散臭さを感じる点といい、確かに似てはいる。

そう考えを一巡させた男であったが、やはり答えは出なかった。

 

 

「わー!すっごいかっこいい!!

流石オニイサン……!

ねえ、ベリアルって呼んで良い?いい、よね?

僕……ベリアルのために、デザインしてあげてもいいよ?」

 

「ほお、それは随分贅沢な提案だね。

それで……キミの望む報酬は何だい?」

 

「あははっ!バレちゃった?

うーんとね、それは……。僕のアトリエに来てくれたら教えてあげちゃう」

 

「キミの?……大胆なお誘いだが、ナニをされるかわからないぜ?」

 

「ふふふっ、何をしてくれるのかなあ?」

 

 

 

質の良い素材を使用したシャツに、スーツは、ベリアルの持つ妖艶さと見事にマッチした。

普段の言動があまりにも先行しているため、そちらに目を奪われがちだが、均整のとれた体と造作の良い顔は浮世離れしたうつくしさを体現するものである。

自らデザインした服に袖を通したベリアルに、乱数は目を輝かせた。

それは、紛れもない彼の本心からの行動で、この時乱数は自分の理想を描き出したような人物の存在に、興奮を隠しきれなかったのだ。

 

 

「このおねーさんとお仕事をしてくるから、終わるまで待っててよ。ね?お願い」

 

「……構わないよ。オレは待つのは得意でね」

 

「ほんと!?良かった~。じゃあ、ちょっと待ってて!

直ぐに終わらせてくるから!」

 

 

天真爛漫な笑みと言動に滲む快哉(かいさい)の色に、ベリアルは笑みを深める。

乱数に急かされて、慌ただしく店の奥に消えていく二人を見送ると、図ったようなタイミングで携帯が鳴った。ぶるぶると身を震わす携帯をポケットから取り出し、液晶に浮かぶ名前を見る。

そうして、幾分か考える素振りを見せると、ベリアルは通話ボタンをタップした。

 

 

『あ、あの……観音坂独歩、です』

 

「ああ。キミか。何かあったのかい?」

 

『……い、いや、その、……ベリアルさんの、コトが、なんていうか……。気になって』

 

「フフフ……。それは嬉しいね。

キミがオレのことを考えて(ズリネタにして)くれるだなんて。

それで、どう?スッキリしたかい」

 

『ずっ!!??……な、なななそんな恐れ多いことできません!!』

 

「冗談だよ、俺なりの愛撫(マッサージ)さ」

 

カチカチに強張った声に、電話の向こう側の男の緊張が伝わる。

ベリアルからすればリップサービスのようなものだが、生真面目な独歩は真摯に受け止めてしまったらしい。動揺に震える言葉に、ベリアルは愉快そうな笑みを口元に飾った。

 

 

「問題ないさ。キミも体調を戻しておいてくれよ。

何せ、キミがいなければ始まらないパーティーなんだから」

 

『は、はい……。俺、頑張ります……!』

 

「詳細はまた、連絡する。

何かあったらいつでも言ってくれ」

 

『あっ、あの!……』

 

「ん?」

 

『あの、……明後日、もう一度会えませんか?』

 

「明後日?構わないけど」

 

『……その日、一二三が一日いないから……。その』

 

「フフフ……。そんなイイ方されると、期待しちゃうな」

 

『ちっ、違っ!!お話したいことが、……あって」

 

『隠さなくたって良いんだぜ?」

 

『う、うう……ほんとに、違うのに……っ』

 

「明後日、ね。わかったよ。

キミの家に行かせてもらおうか」

 

 

口遊む戯れの言葉を一通り吐き出したベリアルは、独歩の誘いを受け入れた。

独歩という男は、思慮深いが、自分の思いを伝えるのが極端に下手なのが致命的であった。

そして『あの場』でも、何かを話したそうにしている仕草をベリアルは、何度も見かけていたのだ。

 

 

「それじゃ、また」

 

「誰と話していたの?」

 

「……ふふ。オトモダチさ」

 

「ふうん」

 

 

悪戯にリップ音を弾ませると、電話越しに慌てたような声が聞こえる。

予想通りのリアクションに満足げに笑いベリアルが電話を切ると、ぼふんと腰に軽い衝撃が走る。

ベリアルに抱き着くような体勢で上目遣いに見上げる乱数の瞳が、一瞬、鋭い光を滑らせた。

 

 

「ねえ、どんなヒト?」

 

「そんなに気になるのかい」

 

「そりゃ、ベリアルのオトモダチなんでしょ?

……きっとおもしろいヒトだろうな~って」

 

「お褒めの言葉として、受け取っておくよ。

そうだね、……『ただ自生する花の様』な、男さ」

 

「……なにそれ?意味わかんないんだけど」

 

「ふふ……。謎掛け(たわむれ)だよ。

さ、キミのアトリエ(おうち)に招待してくれるんだろう?」

 

「あっ!!そうそう、そのためにお仕事すっごく頑張ったんだから」

 

「エラいエラい」

 

「でしょ~?って、もう、ベリアルったら……!

もうちょっと真剣に褒めてよ!」

 

「ハイハイ、……はあ、オレはいつもワガママを聞く役だよ」

 

 

眉を下げて溜息を吐いたベリアルの表情に、爛漫な笑みを見せた乱数はふわりと服の裾を翻し、店の外へと向かう。そして、仕方なさそうにその背中に続いたベリアルも、スクランブルの雑踏に姿を消していったのであった。

 

 

 

 

 

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