Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔の共犯者Ⅱ

 

 

 

結局その上質な洋紙へとペンを滑らせたのは、自分の中の好奇心に負けたのであって、まさに悪魔の囁きとも誘惑ともとれる言葉に屈したのではない……と思いたい。

 

今日も今日とて慣れ親しんだ布団へと身を投げる。

同時に枕元に置いた携帯に手を伸ばし、日課をこなすためにホームボタンを押した。 

その時である。不意に鼻を擽った香りに、はっと辺りを見回そうとして……――。

 

 

「やあ、特異点。逢いたかったよ」

 

 

気が付いた時には、寝転がっていた筈のベッドも手にしていた携帯も無くなっていた。

目の前で小馬鹿にしているようにも、笑っているようにも見える、その二つのルビーが輝く。

 

 

「うん?不思議そうな顔をしているね。

ああ。フフフ……これは失礼。

とあるヒューマンと同じ顔をしていたものでね、ついそう呼んでしまっただけさ」

 

 

くつくつと、意味深な笑みが零れる。

それにしても此処はどこであろうか。

前とは異なる場所であることは、一目見てわかった。

 

照度の低めに調整された広い部屋に、光沢のあるカウンターテーブルと脚の長い椅子が並んでいる。

所々に置かれた蝋燭の淡い光が、薄暗い部屋をシックな雰囲気へと飾り立てていた。

テーブルの向こうに立つベリアルの後ろの棚に並ぶ瓶といい、バーのような場所である。

顔を合わせて直ぐに誰かと間違えられたらしい。

悪びれる様子もなくそう言うと、彼は椅子に座るように促した。

 

 

「オレのことが気になって仕方なかった?

それは悪かったって。でも……キミも、イケないんだぜ。

あまりに濃厚なモノをたっぷりとくれるもんだから、吟味(あじみ)に少々時間が掛かってね。

まあその分、ゆっくりと舌先(せんたん)から根本まで、咥えて、しゃぶって……フフフ、堪能させてもらったさ」

 

 

透けるような……いや、むしろ青白い指先に白い紙が挟まれていた。

それは自分の中の好奇心に敗北して、書き出してしまったものであった。

 

 

「さて……。散々焦らしてしまっただろうから、早速ヤろうか。

オレも限界が近いんだ」

 

 

背中を緩やかに曲げてテーブルに頬杖を付いたベリアルは、此方に視線を合わせる。

浮かべる笑みは何処ぞの不思議な国に出て来る猫を連想させるものだ。

 

 

「ねえキミは、自分が自分である証拠って何だと思う?

……ああ、突然過ぎたかな?

他の人間と何が違うのか、考えたことは?」

 

 

空のワイングラスを指先で掴んだベリアルは、意図のわからない質問を口にした。

 

 

「キミがオレのことを何処まで知っているかはわからないが……。

オレは狡知を象徴とし司るモノだ。

即ちオレがオレとして個を成す理由は、創造主から与えられた役目があるから。

それに……純粋無垢(むち)乙女(てんし)なんてツマラナイと思わないかい?」

 

 

小さく溜息を吐くと、再び口元に笑みを刻む。

 

 

「何故オレが、狡知であるのか。何故狡知(オレ)狡知(オレ)なのか。

フフフ……。それはオレが、気持ち悦いことが好きだからさ」

 

 

くつくつと喉が鳴る。

その言葉の意味は、わかるようでわからない。

 

 

「ああ、そうだ。言い忘れていたケド、これは一問一答にしよう。

オレの回答に満足できない(イけない)なら、何度でも相手してあげる。

イイだろう?キミとの会話を、長く愉しみたいんだ。

ん?……狡いって?だって狡知だもん」

 

 

此方の回答に、ベリアルが答える。

だが再び質問したいならば、もう一度あの紙に書いて送らねばならないようだ。

効率が凄く悪い気がするのが……。

 

 

「なあ?別に疑問だけじゃなくてイイから、付き合ってくれよ。

そうだ、悩み相談にでも乗ってあげようか。

こう見えてオレはカウンセラーなんだ」

 

 

それを察したように、小さく首を傾げて、じいと見つめる。

ヒトを惑わす悪魔というのは、本当に性質が悪いらしい。

 

 

「ふふ、アリガトウ」

 

 

まだ何も言っていないのだが、と言ってもきっと聞いてはくれないのだろう。

そんなことを思っていると、ベリアルは突然自らのドレスシャツのボタンに手を当てた。

 

 

「そうだ、キミはこの服をどう思う?

オレは元の世界ではデザイナーでね。中々センスがイイと思うのだけど……。

露出が多い?そうかい?だって服は飾りだろう?

知性なき獣と区別するため、秩序を保つため、……『敬語』と同じさ。

一枚脱ぐ度に本能を取り戻していくんだ」

 

 

わざとらしい動きをする指先が、視線を誘う。

 

 

「要するに、オレはこの服を気に入っているんだ。

此方の世界でもそう目立つものではないし……。

え?目立つって?なら、キミがデザインしてくれるかい?

……なんて、冗談さ」

 

 

片目をぱちりと瞑ってみせると、おもむろに体を起こしたベリアルは、後ろの棚にある瓶を何本か取り出した。

 

 

「キミの好きな飲み物(モノ)は?」

 

 

並べられた瓶のラベルを見て、その中の一つを指差す。

 

 

「回答だけじゃ、退屈だろう?

――乾杯しようじゃないか」

 

 

洗練された、という表現はこういう時に使うのだろう。

優雅な手つきでワイングラスへと注ぐと、此方へとグラスを差し出す。

 

 

「キミは『主人公(カレ)』の正体について、非常に興味を抱いている。

オレとの関係性、オレが抱いている感情……。コレが気になるんだろう?

素晴らしい(イやらしい)審美眼(モノ)を持っているじゃないか。

うん?貶してなんかいないさ。褒めているんだよ」

 

 

うっとりと目を細めたベリアルは、くるりとグラスを回した。

そのグラスに入った血のような色の液体が、重々しく揺れる。

 

 

「カレは、欠片さ。オレにとってとても大事なもの。

そう。……共犯者(キミ)と同じくらいね。

嘘臭いって?そいつは酷いな」

 

 

そう言って目を伏せると、グラスの淵を指でなぞる。

 

 

「フフフ、キミはオレのことを良く知っているようだ。

カレの中にいるのが……ファーさんだと思っているのだろう?」

 

 

常に張り付けられていた軽薄な笑みが、一瞬消えた。

 

 

「キミがその考えに至った理由を、当ててあげようか。

一つ、オレのカレに対する態度

一つ、カレの言動

一つ、……カレの変化」

 

 

ぺろりと、その液体のように赤い舌が己の唇を這う。

それを見ていると、頭の中に蛇が浮かんできた。

 

 

「だがどれも確証がない。中途半端で……もどかしい。

今キミは寸止め状態ってワケさ。つらいだろう?だが、それがイイんだ」

 

 

ぎらぎらと赤い瞳が、燃えるように輝く。

 

 

「そしてキミは、オレにとってファーさんがどんな存在かを知っている。

だからそんなキミに提案があってね」

 

 

視線。その視線が、有無を言わせてはくれない。

 

 

「勝負をしよう。ルールはシンプル。

カレの正体が明かされるまでに、決定的な証拠を掴んでオレにぶち込むことが出来たら……キミの勝ちだ。

その時はそうだな……。キミの望みを一つ叶えよう。

安心してくれて構わないよ。悪魔は契約(やくそく)には煩いからね」

 

 

喉奥に隠した笑みが、時折零れ落ちる。

信用できない、いや信用してはいけないのだろうその甘やかな言葉の裏には、何が隠されているのだろう。

 

 

「ああ、そうだ。

この世界のニンゲンは、また違った面白さがあると思わないかい?」

 

 

勝手に進行していく話に溜息を禁じ得ない。

問いかけておきながら、此方に決定権はないのだろう。

 

 

「お気に入りはいるのかって?

フフフ、オレは元々子犬のようなタイプが好きでね。

擦り寄って来るように懐柔して、ある日突然突き放す。

するとどうだ、戸惑いながら泣きそうな顔をして追い駆けて来るんだ。

ああ、ぞくぞくする。なんて哀れで、――馬鹿なんだろうってね」

 

 

ふと浮かべたその……愛でるような、慈愛の瞳。

だけども、背中に走るこの寒気は何だろう。

 

 

「キミのおすすめは?

……ああ。カレか、趣味が合うじゃないか。

最も、オレが共犯者(パートナー)に選ぶくらいのニンゲンなんだから、当然かな?」

 

 

くすくすと笑ったベリアルは、再びテーブルへと頬杖を付いた。

 

 

「さて、名残惜しいが……。

そろそろ乾杯(フィナーレ)の時間だ。

キミがこの時間を気に入ってくれたようで、嬉しいよ」

 

 

目の前の二つのルビーは、終始奥深い何かを浮かべていた。

 

 

「続きはあるかって?

言っただろう、キミとは長い付き合いになるとね」

 

 

ベリアルはワイングラスを手にすると、此方へと向ける。

 

 

「では……また、夢で。サヨウナラ」

 

 

――かしゃん、とグラス同士のぶつかる音が、小さく大きく耳に響いた。

 

 

 

 

 

*終わり*

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