Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔、降臨せし時②

 

 

その男が現れた時、一郎は世界が止まったような不思議な感覚に囚われた。

左の二の腕を飾る羽根を想わせるファーがふわりと揺れ、深紅の双眸が一郎を映す。

一郎が尊敬する一人である左馬刻とも、一郎が持つ片目とも色合いが異なるそれは、宝石のようなうつくしさに悪魔的(ふじゅん)な魅力を混ぜ合わせたような輝きを持っていた。

 

筋肉質ながらもすらりとした、長身に黒いドレスシャツを着こなした男は、人目を惹き付けつつも圧倒するような雰囲気を纏っていた。仕草や表情の一つ一つが蠱惑的で、性別関係なく人を魅了する。

一郎も例に違わず、その男に魅入ってしまう。

 

これは全て『虚飾の美しさに溢れる悪辣で淫らな存在(ベリアル)』が、『狡知』を以て生命を誘惑するモノであるに由来するのだが、本人すらまだ無自覚である。誰も知りようのないことであった。

 

年頃ということもあってか、一目見ただけの男をただ純粋に『かっこいい存在』として認識した一郎は、去ろうとした男を引き留めた。折角出会った存在と、此処で別れてしまうのは勿体ない気がしたのだ。

 

夢中になって話しているうちに時間が過ぎてしまったらしい。

男に会場まで一緒に、と誘われた時は、自分でも驚く程に心が躍った。

 

 

「よお、一郎。随分遅かったじゃねえか……あァ?

この俺様を待たせるとは、随分いい度胸してるじゃねえの」

 

「さ、さーせん!!左馬刻サン!」

 

「ごめんなさいだろ、このクソガキ!!」

 

 

だから、集合場所に一番最後に遅れて到着した一郎の顔を見たメンバーから不審な目を向けられようが、怒りを浮かべる左馬刻に睨み付けられようが、ふわふわとした心が萎むことはなかった。

 

 

「んん~?なあんか、ご機嫌だねえ一郎。遅刻した癖にぃ」

 

「…わ…悪いって、乱数」

 

「どうしたんだい、一郎君。君が遅刻とは珍しいじゃないか」

 

「寂雷さん!!聞いて下さいよ!!」

 

 

集合場所として決めていた、会場の入り口付近にあるベンチに見慣れたメンバーの姿を見つけた一郎は、慌てて駆け寄る。するとまず初めに、腕を組んで仁王立ちをした左馬刻に阻まれた。

ベンチに腰を掛けたピンク色の髪の少年が、飴を片手に頬を膨らませる。

乱数と呼ばれた、可愛らしいという言葉が似合う容姿の少年は、じとりとした目で一郎を見上げた。

必死に謝りる素振りを見せつつも、いつもと違う雰囲気を窺わせる一郎に、寂雷と呼ばれた白衣を着た長身の男が首を傾げた。

 

寂雷がそう尋ねた途端に、燦然と一郎の瞳が輝く。

そんな一郎の様子に、余程嬉しいことがあったらしいと察した寂雷は、ゆるりと微笑んだ。

 

 

「ふむ……とても興味深い話が聞けそうだ、が。

それは、歩きながらにしよう」

 

「もう一郎ってば、暢気なんだから。

受付開始時間、とっくに過ぎてるんだよっ?」

 

「けっ。ガキが浮かれやがって。

ちったあ空気読みやがれ」

 

 

ごつん、という強い衝撃を頭に感じて思わず手で押さえる。

痛みで呻いた一郎を鼻で嗤うと、左馬刻は背中を向けて歩き出した。

大丈夫かい、と苦笑いを浮かべながら一郎を覗き込んだ寂雷に、呆れた顔をした乱数が溜息を吐いた。

 

待たされることを嫌う左馬刻が、苛つきながらも辛抱強くそこにいたのは、何だかんだいって兄弟分として一郎を可愛がっている証であろう。

ならば、尊敬する兄貴分を待たせた罪はちゃんと受けるべきだと一郎は、ぐっと文句を飲み込むと、左馬刻の背中を追い駆けた。やれやれと可憐な顔を歪めつつも、乱数もそれに続く。

 

彼らの背中に笑みを深めた寂雷は、吹き荒れる風に紫と灰の髪を靡かせながら、ゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 

 

声を弾ませ唇を動かし続ける一郎の話をBGMとして、受付へと足を向ける。

一郎の隣でうんうんと相槌を打つ寂雷と、欠伸をしながらも話半分に聞く乱数、そして興味なさげにしながらも一応は聞いているらしい左馬刻……といったように各自程度は異なるが一郎の話に耳を傾ける。

 

話を簡潔にまとめると、このラップバトルの参加者の一人であるベリアルという男に助けられたらしい。

そしてその男をすっかり気に入ってしまった、ということだ。

 

 

「だっせえ話だなァ、一郎よ。財布なんざスられやがって。

てめえがポーっとしてんのが悪ぃんだろうが」

 

「っう……い、急いでたんスよ!!」

 

「だから時間には気ぃ付けろっつったんだ、ばーか」

 

 

はあ、と呆れた顔を浮かべた左馬刻が一郎を見下ろす。

すると直ぐに青筋を立てて噛み付く一郎に、若いねえと寂雷が笑った。

そのやりとりを見ていた乱数が、見えて来た受付の方に何気なく視線を向けると、雰囲気がおかしいことに気が付いた。

 

 

「ねえねえ、寂雷。アレ見える?」

 

「ん?……おや。何か揉め事が起きているようだね」

 

 

メンバーの中で一番身長の高い寂雷に声を掛けて指を差す。

寂雷は乱数が指を差した方に視線を移すと、スーツの男と、黒いシャツを着た男が相対しているのが見えた。

険悪な雰囲気が流れてはいるが、スーツの男がまくし立てているだけであった。

黒いシャツの男は涼しい顔を見ると、どうやらそのスーツの男が一方的に絡んでいるようにも見える。

 

口喧嘩をしていた左馬刻と一郎も、それに気が付いたらしく眉を顰めた。

 

 

「うるせえ!!いちゃもん付けやがって、俺様を誰だと思ってんだ!!」

 

 

スーツの男が吠え立てる。

周りは様子を窺うだけで、特に止めるような動作は見せない。

何もバトルが始まる前から争わなくとも、と寂雷が困ったような顔を見せたと同時に、一郎が声を上げた。

 

 

「あ!……兄ちゃん!!」

 

「あァ?てめえに、兄貴なんざ……」

 

「ほら、今まで話してた…ベリアルさんっス!!」

 

 

ふわふわと羽根のように揺れるファーを飾り、心底面倒臭そうな表情を見せているのが、どうやら先程から一郎が熱を上げているベリアルという男らしい。

一郎が顔色を変えて助けなきゃ、と駆けだそうとした、その時である。

 

 

「カッカするなよオッサン。キミじゃあ何も感じない。

……前戯以下だ」

 

 

それは、豹変という言葉が似合っていた。

赫々と輝いた瞳が、場の空気を全て奪い去り魅了する。

まるで本性を現したように存在そのものを変えた男に、先程の勢いは何処へやら、スーツの男がたじろいで顔を青くした。

それでも周りの目がある今、簡単に引くことが出来ないと思ったのだろう。

スーツの男が、ヒプノシスマイクを取り出したのが見えた。

 

それに低い音を立てて嗤った男が、同じようにマイクを取り出す。

蝙蝠を想わせる六枚の羽根を飾ったマイクに、男の唇が近づけられたその時、完全に停止していた時間がやっと動き出した。

 

 

「ば……、バトルは……っ、会場内で、お願いします……っ!!」

 

 

武器が禁止された世界では、本物の殺気を浴びることはないに等しいだろう。

張り詰めた空気から滲んでいたのは、まさにそれであった。

男の余裕に溢れる表情からするに、本気ではないことが窺える。

 

声と手と、全身を震わせたスタッフが何とか絞り出した声に、男はまた表情を変えて頷いた。

そうして男があっさりと中へと入っていくと、周囲にいた幾人もの人が腰を抜かして地面へと座り込んだ。

それほどまでに、あの男が放った威圧感は強かった。脅威とも言えるだろう。

化け物だ、と誰かが呻き声を上げたが、誰も否定するものはいなかった。

 

 

「は……ははは、はははははっ!!

おもしれえ、おもしれえじゃねえか、一郎!!

ベリアルっつたか、あの男……」

 

 

そんな中、一郎の隣で一連の流れを見ていた左馬刻が、高らかに笑った。

男のそれにあてられたように、熱を帯びた赤い瞳が煌々と輝く。

血の気が多く強い者を好む左馬刻は、久々に目にする極上の獲物に、にいと唇を歪める。

 

その顔を見た一郎は、顔を青褪めさせた。

腕っぷしもラップも自他共に認める腕前を誇る故に、彼は常に餓えている。

一度目を付けたものは、誰であろうとも完膚なきまでに潰す。

そしてそれを自分の血肉として、また強さを手に入れていくのだ。

 

 

「あっれ~?左馬刻、どこ行くの?」

 

「野暮用だ。先行ってろ」

 

 

凶悪ともいえる笑みを浮かべながら左馬刻は、雑踏へと消えた。

何処に行くかを察した乱数と寂雷は、仕方ないとその背中を見送る。

 

 

「……それにしても、凄いね彼」

 

「あんな感じじゃ、……なかったんスけど」

 

「あはは~!何言ってんの。

ちょーアヤシイじゃん、あのオニーさん、

……いかにも、隠してますって感じ~。

もしかしていちろー、ビビっちゃったの?」

 

「っな、わけないだろっ!!むしろ、なんつーか、超カッコよかった……」

 

「ふふ……」

 

 

興奮に頬を赤らめた一郎に、寂雷は口では微笑みながらも目を細める。

あの男は毒であると、彼は思った。

魅惑の毒を振り撒き、地に伏した者(弱者)を踏み付けて、地に立つ者(強者)を炙り出す。

一郎が慕っているので口にはしないが、あの男の本質が『善』ではないことに、寂雷は気付いていた。

 

チームの年長者であり医者という職業柄もあってか、人間に対する観察力及び洞察力が人一倍以上に優れる寂雷は、物事に対して俯瞰した見かたをする。

だからこそ、その男の本質を一目見ただけで見抜いた。

それが例え表面をなぞっただけで、男の深淵までは見えていなかったとしても、寂雷の『変人が好き』という性質を擽るには充分値するものであった。

 

 

「……ああ、……確かに、興味深いね」

 

 

左馬刻が向かっていった方に視線を向けると、寂雷はうっそりと微笑んだ。

 

 

 

***

 

 

 

開幕が告げられるとほぼ同時に鳴り響き始めた軽快な音楽は、さながら始まりのゴングであり、男にとっては死を告げる晩鐘にも等しい。

賽は投げられた今、男に残された選択肢は、断行かあるいは逃避のみである。

それぞれの対戦相手は既に決められているので、自分の番が来るまでは各自待機だ。

試合を見るもの、外に出るもの、携帯ゲームに勤しむもの、それぞれ好きなことに時間を使っている。

 

とはいえ、長時間に及ぶバトルもあれば、あっさりと終わってしまうバトルもあるので、あまり悠長には構えていられないだろう。

個性的にカスタマイズを施されたマイクから流暢に流れるラップに、会場が沸き立つ。

段々と熱を帯びていく会場内を一番上の階から見下げる男は、溜息を吐いた。

 

しかし何故だか、絶望感はない。

 

ラップに関する知識も、経験もない。今だって聞き取れない部分も多くある。

それに韻を踏む(ライム)というのも、母音を揃えるということはわかっているが、皆のように咄嗟につくり上げる自信もない。

 

しかし何故だか、高揚感がある。

 

くつくつと沸き立つ心臓が、煩い。今にも叫び出しそうになる衝動すら感じる。

こんなにも血が騒ぐことは、一度たりともなかった。

『死』を経験してから、こんなにも『生』を感じることになるとは、皮肉でしかないだろう。

しかし、汗ばむような興奮の中で、確かに男は『生』を実感していた。

 

 

「……」

 

「あー!!さっきのオニーさんだ!!」

 

「……?」

 

「ねえねえ、キミが一郎の言ってたヒトでしょお?」

 

「一郎……。ああ、一郎君か」

 

 

手摺に凭れていた男は、後から聞こえたトーンの高い声に振り向く。

そこには見覚えのないピンクの髪の少年がいた。

黒い帽子に可愛らしくカールしたサイドの髪、身長の低い体に白い上下の服を着た少年は、男の視線にぱちりと片目を閉じて笑った。

 

 

「僕は飴村乱数、いちろーくんのオトモダチだよ!」

 

「乱数君……ね」

 

「ふふ、オニーさんは?」

 

「……一郎君から聞いてないのかい?」

 

「一郎君から聞いたのはベリアル……オニーさんのMCネームだけなんだよねえ。

ねえ、オニーさんの本名を教えて欲しいなあ」

 

「……」

 

「ふうん。お口チャックって感じ?

なあんか、事情があるのかなー?

……そうだ!!良いこと思いついた」

 

 

まるで男の目をカメラとしているように、常に目線と仕草を『最高のもの』としていることが、何となくわかった。

対象となる相手の目線に合わせて、細やかな角度調整をしているとしたら、相当な曲者であり拘りの強い人間だろう。

可憐な容姿とは裏腹に、何を考えているかいまいち読めない少年だと、男は目を細める。

 

ぱあと青い瞳を輝かせた乱数は、ぐと体を近付けるとお手本のような上目遣いで、男を見上げた。

 

 

「僕がオニーさんに勝ったら、教えて欲しいな?」

 

 

ネオンブルーの宝石(パライバトルマリン)を想わせる瞳が、何かを含んだように深みを増す。

それを見た男は、目の前の少年はただ男に興味を持ったから、という単純な理由で此処にいるのではないことに気が付いた。

 

 

「……何が、目的だい」

 

「あは!オニーさんに『イイネ』あげちゃう!

でもダーメ。まだ教えてあげなーい」

 

「……」

 

「ああ、でも……イッコだけ教えてあげる。

……ねえ、オニーさん」

 

「……なに、かな」

 

 

一つの動作を行う度に乱数の周りに、きらきらとした星が飛んでいるような錯覚に陥る。

にこりと笑みを浮かべた乱数は、男の赤い瞳越しに自分自身の姿を見ているようだ。

男を見ているようで、見ていない青の瞳が、ゆるりと歪む。

 

 

「僕の(モノ)になってよ」

 

 

綺麗に磨かれた爪先が、男へと伸ばされる。

ぞくりとする程の深い青の瞳と少年の色香が、男を誘う。

 

それは、男が『普通の男』であれば、その甘美な手を取っていたかもしれない程、魅力的であった。

 

しかし、男は『傲慢を司る悪魔(ベリアル)』という堕天のモノ。

 

ゆえに、男は『人を導き時に陥れるもの』であり、人に仕えるモノではない。

 

乱数のしなやかな指が男の腕に触れる前に、男はその手を掴み低く笑い声をあげる。

それはバトルの時と同じ、感覚であった。

自分のようで自分ではない。しかし、それは悪い感覚ではない。

むしろ心地の良いものだと、ぼんやりとした意識の中で男は思った。

 

 

 

 

「ハハハッ!面白いことをいうねェ、君。

お兄さんちょっと興奮しちゃったよ。

……でも残念、今の君じゃあ勃起まで至らない」

 

 

 

 

長身を曲げて、乱数の顔を覗き込んだその表情は、先程とは別人であった。

先程の男が理性的なそれであるならば、この男は本能的なそれを煌々と輝かせている。

 

 

「イケナイ遊びをお考えかい、おチビちゃん。

いいねえ、少年性愛(パイデラスティア)と行こうか?

……って言いたいところだが、お楽しみはもう少し後にしておくことにするよ」

 

 

低い嗤い声が、会場を満たす歓声を掻き消す。

鮮やかな赤が、会場に蔓延る人間を掻き消す。

伸びる指先が、巡らせていた思惑を掻き消す。

 

乱数の世界に再び音が戻った時、そこに男はいなかった。

 

 

「……っち」

 

 

全てを忘れて惚けてしまった自分に、口汚く舌を弾ませる。

魅せる側である自分が、あの男に魅せられた。

それは乱数にとって、この上ない屈辱であり、この上ない愉悦でもあった。

 

がりっという音を立てて、口にした飴を力いっぱい噛み砕く。

 

 

「あはっ……」

 

 

少年は去って行った男の姿を思い描いて、可憐さなどかなぐり捨てたような笑みを浮かべた。

 

 

 

***

 

 

 

決勝戦の駒を進めていくたびに、男は段々と自分の状況がわかるようになって来た。

基本的にステージに足を踏み入れるもしくは、ヒプノシスマイクを手にすると、それがスイッチとなるように『自分ではない自分』に成り代わるらしい。例外は多々あるが。

 

『自分ではない自分』は、随分と好き勝手にバトルを掻き回すのだ。

 

マイク越しにぶちまけるのはまさかの、NGワード(コンプラ)瀬戸際の際どい言葉たち。

煽り文句も、初対面のしかも男性に向かって……。思い出すのも阻まれる言葉を平然と羅列していくのだ。

男が自分の体に慣れて来たからなのか、不思議なことに、次第にその記憶は残るようになって来た。

これに関しては、正直忘れたままでいさせて欲しかったと男は思う。

 

そして何よりも恐ろしいのが、いくつかのバトルを終えてエンジンが掛かって来た口の制御が出来なくなって来たことであろうか。

 

午前中のバトルを終えた男は、昼休憩も兼ねて会場内の自動販売機エリアを訪れた。

この頃になると一通りの試合が終了しているので、バトル内で力を示した者の顔は割れていた。

特に色々な意味で目立ってしまった男に向けられる数多の視線は、おかしなことに何故か色を帯びていた。

 

これに関しては、ベリアルという存在が放つモノの所為であることに間違えはないので、男にはどうしようも出来ない。『ヒトを魅了』するのは『悪魔』の特権であろう。

それを考えると、自分が此処にいて良いのだろうかという疑問が込み上げてくる。

 

だが加減がなされているのか、相手が戦闘不能になる程ではない。

勝敗はあくまでもラップで付いている筈なので、バトルは公平に行われている……と思うのだが。

 

 

「おや……君は」

 

 

お昼時ということもあり、休憩用に設置されているソファーやベンチは満席状態である。

仕方なく壁に背中を預けて、購入したペットボトルの蓋を開けたと同時に、正面から歩いて来た長身の男と目が合った。見知らぬ男だが、真っ直ぐに此方に向かって来る様子から、どうやらまた『一郎君』繋がりであることが考えられた。

 

 

「……君も、一郎君のオトモダチかい?」

 

「ふふ……。流石にもうお見通しかな。

神宮寺寂雷、以後お見知りおきを……堕天使さん」

 

 

純白の衣を翻して、男の前にやって来た男はそう名乗りを上げる。

ふわりと柔らかな微笑みは、物腰柔らかな寂雷に良く似合っていた。

だが、ちゃっかり男の隣を陣取った長身痩躯の男もまた、一癖ありそうだと男は溜息を吐く。

 

 

「……今日は男に良くモテるな。

それで、君は何の用だい。寂雷サン?」

 

 

『外見の』年齢はそうは変わらないだろうと、判断した男は何気なく名前を呼んだ。

一本に結った薄紫と灰を帯びる長髪を流し、同色の瞳を優雅に動かすと、寂雷は困ったように眉を寄せる。

 

 

「やだなあ、もう少し気軽に呼んでもらって構わないよ?」

 

 

唯さえ年の近い友人はいないに等しいからね、と言った寂雷を見る。

身長も大体同じくらいであろうか。目線が非常に近い。

 

 

「オーケイ、寂雷。君の用件を教えてくれないかい」

 

「別に用があったわけじゃあないよ。

偶々噂の男(ベリアル)の顔を見かけたから、つい」

 

「……ふうん」

 

「それに、私自身……非常に君に興味を持っているからね」

 

「観察対象としてだろう」

 

「ふふ、語弊だよ。純粋な興味さ」

 

 

交わす言葉が乱数と話していた時よりも砕けていることは、気付いていた。

言おうとする言葉は選択出来るが、口調は制御できないらしい。

だがバトルの時のような言葉遣いではないので、ある程度の自制は出来ているだろうと、缶コーヒーを開けた寂雷を横目に思考を巡らせた。

 

人柄故なのか職業柄なのか、人の話を聞き出すこと(ヒアリング)が非常に上手い。

寂雷のペースに合わせていると、要らぬことまで話しそうになるのだから、意識的か無意識的かは置いておくとしても、性質が悪いとも言えよう。

 

交わされる他愛無い言葉に、交わされる読めない視線。ふと面倒そうに溜息を吐いた男は、微笑む寂雷に肩を竦めた。

 

 

「……君とはお友達にはなりたくないね」

 

「おや、寂しいことを言うね。

君と私はもう、オトモダチだろう?」

 

 

くすくすと上品な笑い声を上げた寂雷から、男は視線を逸らす。

こうして貴重な昼休みは、過ぎていったのである。

 

 

 

 

 

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