Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔、降臨せし時⑲

ざああああ、と激しさを増していく雨脚に、ちらちらと雷鳴が混ざり始める。

薄暗い診察室の備え付けられたベッドの上で、ぐったりと身を横たえた一郎が眠っていた。

厚い雲に絡むように雷光が点滅し、その度に一郎の白い頬に陰影が浮かぶ。

 

穏やかな眠りとは程遠いであろう顔で、眠る一郎をじっと見る影があった。

ベッドに腰掛け、足を組んだその男の、赤い瞳が暗い部屋に浮き上がる。

 

 

「もう少し育ててあげても良いケド……。

少しオイタが過ぎるんだよねえ、キミ」

 

 

欲が欲を呼び、欲が悪魔を呼ぶ。

人間は欲がなければ死んでしまう生き物であるが、身に余る欲によって溺死することもある。

ベリアルからすれば、人間は善と悪の間に置かれた天秤だ。

どちらかに傾倒する人間も、上手くバランスを取る人間もいる。

その中でベリアルが好むのは、完全に傾いたものであった。

 

人間に特別興味があるわけではないが、どうせ関わるのならば面白い人間の方が良い。

あくまでも獲物を引き寄せるための撒き餌に過ぎないが、退屈はしていないのも事実であった。

 

 

「まあ、今回は運がなかった。ということにしようか」

 

 

ベリアルはその手を一郎の胸へと翳す。

すると紫掛かった黒い靄が、ベリアルの手を包み込んだ。

 

 

「グ……、」

 

「オハヨウ、お目覚めかい。

じゃあ死んでくれ(オヤスミ)

 

 

淡々と言葉を紡いたベリアルは翳していた手を、そのまま振り下ろした。

間一髪のところで身を翻したそれは、高く跳躍すると、ベリアルの前へと降り立つ。

 

 

「ほう?大分ニンゲンの体に馴染んでいるじゃないか。

さては相当お愉しみだったようだね」

 

 

左右異なる色をしていた瞳が、不気味な赤色に輝く。

人のそれとは異なる禍々しいそれが、ベリアルを睨み付けた。

それをふと鼻で笑うと、激情を湛える瞳とは真逆の赤が、冷やかに流される。

底冷えをするような瞳に、一郎の形をした悪魔は身を強張らせた。

 

 

「き、さま、……!ベリアル、ナゼ、ニンゲンを庇う……!

ワレラを裏切るつもりか、」

 

「フフフ、下級悪魔(キミら)と一緒にしないでくれよ。

そもそもキミらのボスが厄介なことを仕出かしてくれたのが原因なんだぜ」

 

 

本能ではわかってはいた。かつて天司たちを統括した男の片腕として、君臨していたこの堕天司に敵うことはないと。しかし同時に解せなかった。この世界に散らばった『七つの大罪』は、ベリアルには関係はしない筈だ。態々世界を越えて、しかも人間を助けるような真似さえしている。それには何かしらの企みという名の理由があるのだろうが……。

 

 

「だが実に、好機よ……。

貴様のことは、以前より気に食わなかった。

天界(そら)の存在でありながら、神に抗い地に堕ちた貴様らが、地の底でも好き放題しおって……!かねてより魔界()を治めし我が王を追放し、あろうことか地の底へと封じ込めた!」

 

「……そうだっけ?

二千年ちょっとばかり寝不足が続いている所為で、記憶が曖昧でね」

 

「キサマ……!何処まで我らを侮辱すれば……!」

 

「まあまあ落ち着きなよ。キミにはもう用はないんだ」

 

 

肩を竦めながら、興味がないと言わんばかりに視線を逸らしたベリアルに、それは憤怒の表情を示した。

怒り一色に染まった瞳を嘲笑うように見下ろす、一人の悪魔。ちかちかと点滅する雷鳴が、その顔に影を落とす。ぐと奥歯を噛み締めた『それ』は、苛立ちをぶつけるように床を踏み鳴らすと、ぎろりとした目でベリアルを見据えた。震える手に力を籠めると、人間の爪がまるで鷹のように鋭利なものへと変わる。薄く開いた唇から覗くのは、獰猛な獣のような牙で。

 

――雷鳴が轟いた、次の瞬間であった。

ぴかりと放たれた雷は目を眩ませ、微かな隙を生じさせる。

その隙を突くように、床を蹴り上げた『それ』は、その爪を、その牙を、剥き出しにしてベリアルへと飛び掛かったのである。

 

 

「シね……!」

 

 

眼前に迫るのは、肉を削ぎ落し内臓を抉り出すほどの鋭さを持った悪魔の爪と牙。

眉一つ動かさずに、ただ足を組み替えたベリアルは、ゆるりとその口角を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

――かちゃん、

 

ピアニストのような指から、零れ落ちたチップがテーブルの上でくるくると踊る。

自然と手から擦り抜けていったそれに、何か嫌な予感を憶えるのは、落とし主がジンクスを信じるタイプの人間であるからであろうか。

 

明け方に近い時刻。客のいないカジノに一つの人影があった。

肩に掛かるほどに長い夜空色の髪を流した男の、その明るい色味の(ひとみ)は、照度の落とされた部屋の中で浮き立つ。落ちたコインを拾い上げた帝統は、一つ息を零すと、暗い空を仰ぎ見た。

 

ヘブンツリーは、何処にいても空を見ることができる構造となっている。至る所に張り巡らされた、特別性の窓に天気が良ければ、果てのない大空がうつくしく広がる。ヘブンと聞くと、多くは天国という意味で用いられるが、大空という意味もある。

その名に相応しい空と共に在る塔だが、生憎この夜は暗澹とした雲に包み込まれていた。

 

 

「……昨日も帰らなかったしな」

 

 

小さな呟きと共に、磨き上げたチップを一つ、一つ、積み上げていく。

自分以上に風来坊で神出鬼没な彼の雇い主は、先日ふらりと帰って来たかと思うと、『拾い物』を置いてまた何処かに行ってしまった。『拾い物』は昏々と眠り続けており、目を覚ます素振りすら見せない。

帝統は特に命じられたわけではないが、時折その様子を見に行っていた。

 

何かが、起こっている。

ベリアルや寂雷の様子を見て、帝統はそう確信していた。

しかし何が起こっているのか。それを問おうにも、本人が不在ならどうしようもない。

それに、ただではきっと教えてはくれないだろうことも予想が付いていた。

ベリアルという男は無知を嫌う。彼と行動してそれだけはわかっていた。

 

だから、帝統は契約通り『情報』を集めた。

そもそも彼がこのカジノで働き始めた目的は、それであった。

このカジノを訪れる人間は、何かしら重要な立場にいる人間たちである。

ゲームの間に、そしてゲーム前後に交わされる会話は、とても重要な意味のある会話が殆どであった。

もちろん、それらは他言無用が暗黙の了解であるが、帝統は彼らの話を記憶し、ベリアルに報告していた。所謂スパイのような業務内容だが、報酬も良く、尚且つ気紛れ勤務で構わないとのことであるので、彼にぴったりな仕事であったのだ。

 

何気なく働いているうちに、いつの間にか気紛れ勤務が普通の勤務へと変わっていった。

目の前で繰り広げられる熱いゲームも、狡猾な駆け引きも彼の興味を誘うものであったし、帝統の目を盗んで行われるイカサマも見応えがあった。良くイカサマの共犯になってくれとチップを握らされた時もあるが、そこは相手の手腕を見抜いた上で対応していた。これについて、ベリアルから言われたことは『尻尾を掴まれなければ、ご自由に』であった為にそうしているのだ。言い換えれば、尻尾を掴まれた瞬間ゲームオーバーとなる為、共犯になるにせよリスクが伴うので、慎重に選択しなければならなかった。

 

そうしている間に、帝統の洞察力及び観察力は鍛えられていた。

元来優れていた直感力も、嗅覚もより鋭くなったと思う。

これは久々にゲームをしに行った時に気付き、自分でも驚いたものだ。

 

 

「なーんか、つまらねえんだよな」

 

 

帝統が明け方のこのような時間に仕事場にいるのは、(ひとえ)に眠れなかったのである。

自室として許された部屋から出た帝統は、ベリアルが帰って来ていないのを確認すると、何気なくこの場所へ足を向けた。そして積み重なるチップの輝きが鈍いことに気が付いて、磨き始めた。

 

ちまちまとした地味な作業は好きではないが、ギャンブル道具であり仕事道具となれば話は別である。

その器用な指先を動かして、無心にチップと向き合っていた彼は、そうして自分の心の整理を付けていた。

 

コンクリートの地面を打つ雨音が激しさを増していく。

今の空模様のように、晴れない心の原因がわかった気がした。

 

 

「……兄ちゃん、いつ帰ってくっかな」

 

 

読み切れてしまうゲームほど、退屈なものはない。

それならパチンコでもスロットでも、機械を相手にしていた方がマシである。

だが対等の、いやそれ以上の相手であるならば、これほど興奮して熱くなれるものはないだろう。

 

もしも今、ベリアルにリベンジしたら前よりは良いゲームが出来るのではないか。

そう考えると、彼の中にあった退屈が段々と薄れていく。

手にしていたチップを重ねた。積み上がったチップは綺麗に磨かれており、シャンデリアの控えめな輝きを反射して鋭く光る。それに満足げに笑った帝統は、少しずつ感じ始めた眠気に、再び部屋へと戻ろうとした。

 

 

「お?……こんな時間に電話か」

 

 

ポケットに入れていた携帯が振動し、帝統はその足を止める。

そして表示されたその名前に、彼は慌てたように指を動かしたのであった。

 

 

 

***

 

 

 

ぽたり、ぽたぽた――。

血肉を抉り突き立てられたそれの間から零れ落ちる赤が、青白い肌へと流れていく。

そうして落ちる赤が、黒に染み入り呑まれていくのを、ベリアルはただ見ていた。

 

 

「いいモノを持っているじゃないか。

キミのその太いモノの所為で、オレの大事なトコがぐちゃぐちゃだよ」

 

 

剥き出しの首筋に、その牙を突き立てたそれは、勢いのままに首にある太い血管(コード)を噛み切った。この程度で殺せはしないだろうが、相応のショックを与えることは出来る筈だと考えたのである。動きを停止させることぐらいは可能であろう、そう思っていた。

“余裕ぶって抵抗しない”様子のベリアルに無意識に挑発されていたのだろう。

何故避けようともしなかったのか。それを考えるには、頭に血が上りすぎていた。

 

 

「オレをイかせることは出来なかったようだが、良い目覚ましにはなった。

フフフ、お礼代わりに一つ教えてあげる」

 

 

何やら嫌な予感がした『それ』は、牙を引き抜こうとするも、ベリアルの手によって頭を抑え込まれ身動きを封じられる。抉り取った肉から次々と血が溢れ、舌先から喉奥へと流れていく。吐き出そうにもできず、鉄の味のそれを喉を上下させて飲み込んだ。人間の血肉であれば糧となり力となるが、悪魔の、そして極めて上級のそれは、毒にしかならないのだ。

 

次第にぼんやりと波打ち始めた意識に『それ』は、悲鳴を上げようとするも、それすら封じられている。

動くこともできず、淡々と口から毒を流し込まれ……殺される。はじめからそれが狙いであったのかもしれない。やはり敵う相手ではなかったのだと、白んでいく視界に『それ』は目を閉じた。

 

 

「思考を停止させた奴ほど、操りやすいものはないのさ。

天司だろうが、悪魔だろうが……人間だろうがね」

 

 

蔑むような嗤い混じりのその声は、消えていく『それ』に届いただろうか。

悪魔の牙から人間の歯に戻り、爪も同様に貝殻のようなそれに戻る。

傷口を抉っていたものが抜けたことで、ベリアルの皮膚は再生を開始した。

 

一郎の口周りに散った血を服の袖で拭う。

薄く開いた口内や歯には、ベリアルの血が残っていたが、起きたら自分でどうにかするだろうと、そのままベッドに寝かせた。染み込んだ血によって固くなり、血の匂いを漂わせる上着を脱ぐと、壁に掛かった鏡に視線を映した。下級とはいえ、悪魔によって傷付けられたそこは少し治りが遅い。だが問題なく組織が塞ごうと蠢いているので、時期に元通りになるだろう。

 

 

――コン、コン、コン、

 

結局一歩も動くことはなかったベリアルは、そのノック音を聞いてそこで体を動かした。

 

 

「ベリアル?……入る、よ、……!」

 

「ああ、キミかい。もう問題はないさ。

……暫くは、ね」

 

「っ、!いや、それは良かったけれど、どうしたんだい?

ひどい怪我じゃないか……!」

 

「問題ないよ。直ぐに塞がる」

 

「そんなわけな、っ……!?」

 

 

結わいた紫混じりの灰の髪と、真っ白な白衣が先ず視界に飛び込んでくる。

ドアを開けた寂雷は、ベリアルの首を見て盛大に顔を顰めた。

一般人であれば失神していたかもしれない、グロテスクな光景が突然現れたのだ。当然の反応であろう。寧ろそこで悲鳴を上げなかったのは、流石若くして熟練した医者というべきであろうか。

ベリアルの首は、その半分が抉り取られ欠損していた。首には脳へと至る太い血管があるが、それも見当たらない。肉の合間から骨のようなものが見えており、それが頚椎であることを寂雷は察した。

 

さっと顔色を変えた寂雷はベリアルへと駆け寄ったが、ふと違和感を覚える。

血が、少ないのだ。人の急所である血管が完全に千切られているのにも関わらず、飛び散ったであろう血は僅かであり、傷周りは赤く染まっているものの、それ以外に血痕らしきものは見当たらなかった。

それにこれだけの傷を受けながらも、何事もなかったかのように座り、首を動かして、会話までしている。

 

寂雷は目を細めると、その生々しい傷口を覗き込んだ。

 

 

「……!塞がって、いる……?」

 

 

逆再生でもしているように、肉と肉がくっ付いていき、血管が再生されていく。

ありえないその光景に、目を見開いた寂雷だが取り乱すことはなかった。

 

 

「……ベリアル、」

 

「言っただろう。すぐに塞がるってね」

 

「君は、……人間では、」

 

 

じくじくと元に戻っていく組織が、皮膚によって閉じられる。

失われた首の半分はもう再生が完了し、傷は何処にも見当たらなかった。

ありえない。ただただ寂雷は茫然とした考えを巡らせていたが、同時にまるでパズルがぴたりと嵌ったような、漠然とした直感を噛み締めていた。

 

 

「さて、本来であれば此処でご退場願うか、記憶を奪うところなんだけど……。

キミはニンゲンにしては有能だ(つかえる)し……」

 

 

ベリアルがこの世界にいる条件として、『この世界の人間には手出し無用』が絶対である。

それにベリアルの傷が塞がる過程を目にしている時の、寂雷の『目』は実に好みであったのだ。

とある男を彷彿とさせる『研究者』のそれは、ベリアルを案じ駆け寄った医者が見せた、好奇心という名の純粋な欲望を忠実に表していた。

 

神宮寺寂雷という男の本質は間違えなく善である。

しかしその深淵(なかみ)までがそうであるとは、限らない。

 

ベリアルには、彼の中で揺れる天秤が見えていた。

そして傷口を覗き込んだ瞬間、その天秤がとある方へと傾いたのが……。

 

 

「キミの質問に答えよう。

ご明察の通り、オレはニンゲンではない」

 

「……」

 

「ふふ、驚いているようで驚いていないね。

勘付いていたということかな?」

 

「いや……。わからないが、納得している自分がいるんだ。

今まで君が見せた言動から、只者ではないとは思っていたけれどね」

 

「ふうん?」

 

「ベリアル、ひょっとして君は天使なのか?」

 

「……」

 

「……ベリアル?」

 

「うふふふふ……、はははははっ!

天司ね、オレがそう呼ばれるのは、何千年ぶりだろう」

 

「……!」

 

「ああ、本当にキミは勘が良い。

今のでわかっちゃったかな?」

 

「……君の名前は、……まさか、本当に?」

 

「答えを出すのは、いつだって人間の役割さ。そうだろう?」

 

 

まさか本名だとは思っていなかった。

『悪魔の中で最も狡猾で、うつくしく、悪徳に満ちた堕天使』

そう謳われた悪魔が、目の前の男なのだろうか。

 

寂雷は乾いていた唇を舐める。

そうだとすれば、惑わすような言動も、誘うような仕草も、このベリアルの本質なのだ。

 

 

「フフフ……。警戒しているのかい?」

 

「何故、悪魔が悪魔を追う?」

 

「ほう、素晴らしい柔軟さだ。彼とは大違いだ」

 

「彼……?」

 

「ふふ、オレの空の玩具(おともだち)さ」

 

 

人の形をしておきながら、人ではない存在。

とんでもない事実をすんなりと飲み下した様子の寂雷に、ベリアルは目を瞬かせる。

人が悪魔に抱く感情は、大きく分けると畏怖と嫌悪であろう。それは、天使は善い存在で、悪魔は悪い存在だと誰しもが教わっているから。

 

しかし寂雷の、その瞳は凪いでいた。

畏怖に震えるわけでも、嫌悪に騒ぐわけでもなく。

ただ事実を事実と受け止め、ベリアルを見据えていた。

 

ふとベリアルの口元が弧を描く。

反吐が出るほどの真っ直ぐなそれには、憶えがあった。

 

 

「手に入れたいものがある。

これは大サービスだぜ、センセイ」

 

 

そう言って立ち上がったベリアルは、寂雷に背を向けた。

知らなくて良いことを教え、人間を惑わせるのは古来からの悪魔の手口である。

嘘に一滴の真実を混ぜればそれは嘘ではない。ベリアルは嘘と甘言の中に、微かな真実を投げ落とすのを好んでいたが、その言葉は紛れもない真実そのままであった。

 

 

「もう寝ると良い。きっとイイ夢が見れるだろう」

 

 

首だけを動かして振り返ったベリアルは、そう言って笑った。

そうしてそのまま扉の向こうへと姿を消したのである。

 

 

 

***

 

 

 

「……ふ」

 

 

残された寂雷は、ゆっくりと顔を上げると空を仰ぐ。

稲光がその顔に光と影を落とし、その瞳をぬらりと輝かせた。

 

 

「ふ、ふふふふ……。ああ、本当に……」

 

 

恍惚を滲ませた声を上げ、寂雷は笑う。

 

 

「君には興味が尽きないよ、ベリアル」

 

 

寂雷の脳内に、あのグロテスクな傷口が、それ自体が一つの生き物のように再生されていくシーンが何度も何度も再生される。

 

 

「……君ならば、私に答えを齎してくれるんだろう。

その為に私は……。君の駒になると言ったんだ」

 

 

憑き物が落ちた顔でぐっすりと眠る一郎を見下ろして、寂雷は呟く。

傷一つないその体を見て、彼はまた一つ答えを見つける。

 

 

「例え君が悪魔と呼ばれる存在でも、それが悪とは限らない」

 

 

一郎の体に毛布を掛けると、寂雷は立ち上がる。

そして一郎に「おやすみ」と声を掛けると、彼もまた扉の外へと出て行った。

 

 

 

 

 

「……」

 

 

彼はそう言ったが、間違えなくベリアルの本質は悪なのだ。

目的の為に手段を選ばず、平気で他者を貶める、まさに悪魔そのものである。

 

もし寂雷が、求める答えの為に手段を選ばず、他者を顧みなくなった時。即ち天秤が完全に傾いたその時――。ベリアルは手を差し伸べる代わりに、彼を地へと堕とすのだろう。

 

 

「……」

 

 

近くで、雷の落ちた音が轟いた。

闇を切り裂くように落とされた一筋の光が、眩く地上を照らす。

強烈な雷光に、その影は照らし出される。

 

澄んだ青の瞳が、瞬きを忘れたようにそこにあった。

 

 

 

 

 

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