Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔、降臨せし時③

先陣を切る一郎の、猛々しい咆哮が響き、

怯んだ隙を逃がさない左馬刻が、鋭牙の如き猛攻を喰らわせ、

援護に入ろうする周りを乱数が、嘲るように薙ぎ払う、

地に伏せ苦し気に呻く相手に寂雷が、救い(とどめ)の牙を突き立てる。

 

湧き上がる歓声に、沸き立つ興奮。

会場内の熱は最高潮を迎えていた。

『最終決戦』と高らかに叫ぶ司会の声に、四人はふと上を見上げる。

 

その視線の先には、最上階にあたる席の手摺に腰掛ける一人の男がいた。

 

 

「ハハッ、そんな目で見るなよ。

達しそうになるだろ」

 

 

造作の良い顔が獣性を剥き出しにして歪む。

四人もまたそれぞれの笑みを浮かべた。

交差する瞳は、極上の獲物(main course)を捉えるようにぎらりと輝いた。

 

 

「はっ……文字通りこの俺様がイかせてやるぜ、地獄になァ。

高みの見物なんざ止めてさっさと降りて来やがれ」

 

「あはっ!安全地帯(てんごく)より舞台上(じごく)の方が好きなんでしょ?

早くおいでよ。その羽根千切って二度と飛べなくしてあげる」

 

 

にいと口角を釣り上げた左馬刻と、星のようなそれに仄暗い色を滲ませた乱数が、ベリアルを舞台上へと誘う。

些か乱暴な誘い文句(エスコート)だが、ベリアルは愉快そうに目を細めた。

 

 

「いいねえ、キミたちもギンギンに昂っているんだろう!!

だが寸止め(ストップ)だ。前戯で達してもらっちゃ困るんでね。

そういきり立つなよ。たっぷり溜めてから来な」

 

 

くつくつと喉を鳴らして笑ったベリアルが、遠回しに休憩を促す。

いくら四人に余力が残っていようが、全力でなければつまらない。

ステージ上に転がる者たちも、準決勝まで上り詰めるだけの実力は持っていたのだ。

全くダメージを受けていないといえば、嘘になるだろう。

 

燃え滾るようでいて冷たい悪魔的(ふじゅん)な瞳を輝かせたベリアルは、そう言って奥へと消えた。

悪魔に『魅了』された人間の目が、その背中を追い駆けていく。

 

一拍を置いた後に、我に返った司会の声が休憩を告げたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

華奢な細い指先が包装を剥くと、ぷくりと丸い桃色の飴が顔を出す。

桜を想わせる唇がそれを咥え、吐息と共に甘い香りが控室に満ちる。

くつくつと煮え立つバトル熱がそれぞれの顔に浮かんでいた。

 

静まり返った控室だが、そこに冷たさはない。

むしろ滾る熱により、心地の良い高揚感に包まれていた。

 

 

「……漸く、此処まで来たんだ。

あの変態野郎なんざ、蹴散らして泣かせてやらァ」

 

「さ、左馬刻サン、……兄ちゃんを、そんな風に呼ばないで下さいよ」

 

「あァ!?誰に向かって口答えしやがる……!

どう見ても変態野郎だろうがっ!」

 

 

すっかり毒されやがって、と吐き捨てた左馬刻は、冷たさを感じるほどにうつくしい紅を細める。

その紅にベリアルの持つ色を重ねた一郎は、その温度差に小さく息を呑んだ。

左馬刻の瞳は、怒り以外の感情をあまり映すことはないが、その奥にあたたかなものがあることを知っている。

しかし、あのベリアルは違う。いくら温度を取り繕っても、芯から凍り付いたそれを隠すことは出来ないのだ。

そのことに気が付いた一郎の背中を、ぞくりと撫でたものは、恐怖かそれとも。

 

怪物と戦う者は、その過程で(Wer mit Ungeheuern kämpft, )自分自身も怪物になることのないように(mag zusehn,dass er nicht )気をつけなくてはならない(dabei zum Ungeheuer wird)

深淵をのぞく時、(Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, )深淵もまたこちらをのぞいているのだ(blickt der Abgrund auch in dich hinein)

 

「じゃ、寂雷さん?」

 

「フリードリヒ・ニーチェの、善悪の彼岸146節の言葉だよ。

怪物と戦う者は、自分自身も怪物になることのないように。

何故ならば深淵を覗く時、「深淵もまたこちらを覗いているのだってヤツですよね!!俺、それなら知ってます!!」」

 

 

椅子に凭れてその長い足を組んだ寂雷の流暢なドイツ語に、首を傾げた一郎が問い掛ける。

すると一郎へと瞳を流して、にこりと微笑んだ寂雷が日本語訳を口にすると、一郎は瞳にきらりと星を散らせた。

アニメのキャラクターが言ってたんです、と嬉々として語り始めた一郎を横目に、乱数が口内で飴を転がした。

ころりと音を立てた乱数は、何かを思うように視線を宙へと投げる。

 

 

「怪物、ね。……あのオニーさん、そんな生易しいものじゃないと思うよ」

 

 

ベリアルと相対した時にみせつけられた、圧倒的な何か。

それは人智を超越した堕天のもの故のもの。

一応制御はされているようだが、その性質は隠しきれない。

バトルとなるとそれが顕著になるのだから、隠す気はないといったほうが正しいのかもしれないが。

 

け、と吐き捨てた左馬刻は眼光を鋭くする。

彼にとっては、あのベリアルが何であろうとも構わないのだ。

全力でぶつかってもなお、立ち塞がるような、あの精神力(強さ)が左馬刻の血を滾らせるのだから。

 

 

「……」

 

 

それぞれの様子を見て、柔和な奥行きのある瞳を細めた寂雷は、足音を立てて近付いて来る時間に静かに微笑む。

 

 

人でも動物でもない生物(だてんし)解剖(ゼク)は、はじめてだが……。

一体何が詰まっているやら。……興味は尽きないね」

 

 

かちり、と時計の針が弾んだ瞬間。

四人の男たち(The Dirty Dawg)は立ち上がった。

 

 

 

***

 

 

 

そうして開かれた幕が再び閉じるまでは、一瞬であった。

しかし、その一瞬の時の間に繰り広げられたバトルは、決して満たされることのないベリアルの胸を、熱く震わせたのだ。

 

頬を滴り落ちる汗に痛み始めた喉など、気付きもしなかった。

身を削りつつも放ち続けた言霊は、幾百か、幾千か。

一人、一人と膝を付いても、最後まで抗おうと噛みついて来る人間の姿に、ベリアルは哄笑を上げた。

 

ベリアルは、この世に溢れる有相無相は、何かしらに偏っているからこそ意味があると見做すもの。

だからこそ参加者の中でも飛び抜けて、勝利に拘り傾倒する彼らが魅せる、一種の狂気に興味を抱いたのだ。

 

 

「お楽しみはここまで、かな?」

 

「……っく、……そ、が」

 

 

蝙蝠の翼を模したカスタマイズがなされた黒いガイコツマイクを、赤い舌が這う。

色を滲ませたその動作は、彼にはまだまだ余裕が残されていることを表していた。

 

予定時間を遥かに越して行われたバトルを、誰もが固唾を呑んで最後まで見届けた。

 

蠱惑の毒を潜ませたベリアルの言霊(こうげき)を、寂雷の純潔なる言霊(まもり)が弾く。

一郎と左馬刻の怒涛の特攻を躱し、放たれた言霊(ついげき)を、乱数の惑いの言葉が攪乱させた。

 

繰り返される攻防(ことだま)と、瞳孔を見開き衝突し合う奏者たち、そして……。

他の参加者も見学者も、見るもの全てを巻き込んだ、激戦であった。

上がる声援、歓声。彼らは観客であり義勇軍でもあったのだ。

 

最高級の舞台を、彼らはつくり上げた。

だからこそ、この日の、このバトルは、伝説として刻まれたのだ。

 

 

「ありがとう、堪能させてもらったよ」

 

 

それは、紛れもない賛美の言葉であった。

人間の足掻きを、そして限りある生の力を、久しぶりに感じた堕天司としての。

 

そして、全力を尽くし仰向けに倒れた一郎が、

力が入らない足でなおも立ち上がろうとする左馬刻が、

悔しげに顔を歪め床に拳を叩き付ける乱数が、

床に髪を広げ倒れこむ寂雷が、

 

本当の『くやしさ』を知った瞬間(とき)であった。

 

これ程までにその言葉を噛み締めたことは、ない。

それは、純粋な敗北への思いであると同時に、もっとこの男に喰らい付いていたかったという、ベリアルとのバトルに対する思いでもあったのだ。

 

 

「……っ、ま、て……!」

 

「ハハッ、まだヤる気かい?

いいねえ……その目。ゾクゾクするよ」

 

「ふ、……ざけ、」

 

「オレを、絶頂させる(ころす)のだろう?左馬刻クン。

必死に抜け出そうと足掻いている、キミのモノ(やみ)はしゃぶりがいがありそうだ。

だから、キミに更なる憎悪(バイブ)を贈ろう」

 

「な、に……?」

 

「キミはキミ自身を蹂躙(レイプ)されることを、何よりも嫌っている。

まるで聖女の聖域(処女膜)のようにね。

ならば、キミが先に引き金となれば良い。

……破る前に、破ってしまえば、怖くないだろう?」

 

「てめえ、……なにを、いってやがる」

 

「ハハッ、そう怖い顔をしないでくれよ。

今此処で凌辱(おか)したくなる」

 

 

膝を付いて睨み上げる左馬刻を、うっとりと愉悦を味わう瞳が見下ろす。

その姿はまさに悪徳の天使(だてんし)であった。

 

 

「……堕天司(このオレ)からの受胎告知(サービス)さ。

キミ達は実に、イイ顔をする。

此処で終わらせるには、勿体ないからね」

 

 

喉を鳴らし狂的に高々と嗤ったベリアルは、彼らに背を向ける。

魅入られるように四人と一人のやり取りを見ていた司会が慌てて引き留めようとするも、ベリアルは一度も振り返ることはなかった。

 

 

万雷の拍手喝采(オーガズム)には、まだ早いが……。

中々の愉快なバトル(エクスタシー)だったよ」

 

 

ぐと唇を噛み締めた寂雷は、遠ざかるその背中に……蝙蝠の六羽を見た。

 

 

「あ、……あの、ゆ、優勝の、特典として」

 

領地獲得(退屈なこと)に興味はない。

彼らに全て、譲ろう」

 

「え、」

 

「チームとは歯車だ、歯車に個は必要ない。

……だがキミたちは個を求める。

その歪みが亀裂となった時、きっと役に立つ筈さ」

 

 

意味深な口振りで言葉を残したベリアルは、そのまま会場を出て行った。

テレビの取材陣が我に返り、慌てて背中を追うも、もうその姿は何処にもなかったのである。

 

 

 

***

 

 

 

星が瞬く夜の帳を、ぎらぎらとしたネオンの光が打ち消している。

会場内に配置されたモニターには、メインのステージが映し出されているため、ベリアルが出て来ることはわかっていたのだろう。

優勝者を一目見ようと群がる、肉眼(ひと)レンズ(かめら)の視線に一瞥をくれると、擦り抜けるように人波を突破して、外へと出た。

 

冷たい夜風が、熱を帯びた肌を撫でる。

体や頭に上っていた熱も下りていき、少しずつ冷静な意識が覚醒していくのを感じた。

それでも冷めやらぬ心を持て余しながら、男はふと溜息を吐いた。

 

 

「……」

 

 

陳腐な言葉だが、凄いバトルであった。

今思い出しても、身が痺れ、鼓動が激しくなる、熱いバトルであった。

他人事だと言われてしまうだろうが、ベリアルという人格は、男であって男ではない。

 

あのチームは、一人一人が凄まじい精神力(パワー)を持っており、それぞれの持つ力を全力でぶつけて来た。

互いが互いのことを良く理解しあっているのが、良くわかった。

フォローし合いながら織り成されるラップのレベルの高さは、参加者たちの中でもずば抜けていた。

 

非常に巧妙な駆け引きを得意として、相手を惑わせ魅了するベリアルの放つ言霊は……まさにその名の通りのものだ。

確かに力も精神力も申し分ないが、発する言葉全てがあらゆる意味でギリギリな為に困惑も招いた。

ラップにもスラングは多くあるものの、それとはまた意味合いが異なるのだ。

バトルに聞き入って惚けていたあの報道関係者たちは、きっと編集作業に追われることだろう。

 

男は段々と冷えてきた頭で、一日のことを振り返っていたが、はたと気が付いた。

そういえば自分の家などはどうなっているのだろうか、と。

優勝賞金も全て置いて来てしまったのだ。

今日一日は凌げたとしても、流石にずっと生活をしていくだけのものはない。

何せ持ち物は、財布と携帯の二つだけなのだから。

 

男の思考がこれからのことに移行したと同時に、図ったかのように携帯が振動する。

ふと明るくなった画面を見ると、そこには朝の時と同じような、淡々としたメッセージが表示されていた。

 

 

『△△駅 △△ホテル』

 

 

どうやら今度はそこに行けば良いらしい。

しかし、ホテルということは……。いつか出てかなければならないし、金銭面も不安である。

くるくると嫌な方向へと回っていく思考を一度止めると、小さく溜息を吐いた。

 

今男がいるこの場所は、知っているようで知らない場所なのだ。

兎に角、行ってみるに越したことはないだろうと、駅へと足を向けた時であった。

 

 

「あ、……あの……!!」

 

 

聞いたような声と似たような響きを持つそれが、後ろから聞こえた。

たたた、と走り寄る音から自分に用があるのかと振り返ると、そこには色合いの異なる宝石(ひとみ)が四つ並んでいた。

黄水晶(きいろ)翠玉(みどり)を持つ垂れ目の少年と、翠玉(みどり)蒼玉(あお)を持つ勝気そうな少年が、男を見上げている。

 

おそらく兄弟であろう。顔つきの似た少年たちは、濁りのない瞳を煌めかせていた。

しかし、男にはそれが複雑な色を宿しているようにも見えたのだ。

 

 

「あの、ベリアルさん……ですよね?」

 

 

男に声を掛けた少年ではない方の、首にチョーカーをしている少年が男にそう尋ねた。

 

 

「ああ、そうだが……?」

 

「あの僕たち、いち兄の……。

山田一郎の兄弟で、」

 

「俺、二郎って言います!!

あのバトル……、正直悔しいけど、ちょー興奮しました!!」

 

「ばっ、ばかっ、二郎!!僕がベリアルさんと話してんだろっ!!

僕、三郎です。その、バトル……凄かったです。あんなバトル見たことない。

一生忘れません……!」

 

 

ジャケットを羽織った中学生ぐらいの二人は、あの一郎の弟らしい。

ならばあの一郎は中学生だと思っていたが、高校生であろうかと男は考えた。

一郎とよく似ている顔を交互に視線をやると、ほんのりと頬を染めた二人が、はにかんだ笑いを浮かべた。

成長期前かそれとも最中か、まだまだ男よりも低い目線を上げて、少年たちは勢い良く口々にそう言った。

 

 

「兄ちゃんもカッコ良かったしな」

 

「ああ、それには同意する。

あの最初のラップとか、それに中盤のベリアルさんが躱した時とかそれに」

 

「三郎のクセに、わかってんじゃねえか!

だが、やっぱ終盤の言い回し(フロウ)が、さいっこうにイケてた!」

 

 

頬を紅潮させたまま勢い良く言い合う言葉に、この弟二人が兄を慕っていることがありありとわかる。

その陶酔ともいえる表情は、神を慕う天使のそれにも思える。なんていう思考が回ったのは、ベリアルに感化されているのだろうか。

 

男の目の前で、あれが良い、あれが最高だと、兄とベリアルの鬩ぎ合いについて事細かに語り合い盛り上がり始めた少年たちに、ふと笑みを浮かべる。

 

 

「キミ達も、ラップをするのかい」

 

「は、はい!……いち兄に憧れて」

 

「なら……。愉しみだ」

 

 

ゆるりと細められた赤い瞳に、少年たちの頬が一気に赤く染まった。

元々ベリアルの悪魔的な魅力は、柔い年若い少年たちを蝕むものである。

本人が意図しようがしまいが、そういうように造られているのだから、男にはどうしようもないことだ。

 

 

「おにーさんを、待っているのかい?」

 

「兄ちゃんは、この後打ち上げ行くみたいなんで。

俺たちはこのまま帰ります」

 

 

残念だけど、と言いつつも明るい笑みを浮かべた二郎と三郎であったが、突如鳴り響いたぐぐという低い音に慌てたように表情を崩した。終了時間が延長した所為もあり、もう夜遅い時間である。

ずっとバトルを見ていたのならば、昼から何も食べていない筈なので、無理もないだろう。

 

 

「なあ、君たち。おにーさんと楽しいことしようか」

 

 

弧を描いた唇に、きょとんとした表情をした兄弟は顔を見合わせる。

そして、男の紡いだ次の言葉に、ぱあと顔を輝かせた。

 

 

 

 

 

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