Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔、降臨せし時④

ラップバトルは、大会によって形式は違うが、今回のバトルは領地争いの真髄といえようものであった。

シンジュク、シブヤ、イケブクロ、ヨコハマの四つの代表を決める為、ヒプノシスマイクを手にする多くの男たちが集結した。

日本の中でも有数の、聖地ともいえるその場所の代表となれば、ハイレベルなバトルが要求される。

よって、今日行われたバトルの全てはどれも手に汗握るもので、初戦から目が離せぬものであった。

 

二郎と三郎も、兄として敬愛する一郎のバトルを是非見たいと、参加するためのチケット争奪戦に奮励した。

チケットの獲得には二種類の方法が設けられており、一つ目は抽選、二つ目はラップバトルによるものである。

各地域や各県で開かれたチケットを巡るラップバトルにも、多くの人間が押し寄せたという。

 

二人は抽選に外れた為に、ラップバトルに参加しチケットを入手したのだ。

一郎の背中を見て育った弟たちもまた、優秀なラッパーとして、実力を持ち合わせていたのである。

 

 

「すっげぇ……!!さっすが、兄ちゃん!!次、決勝戦……!

これに勝てば、兄ちゃんが、代表になるんだ!」

 

「いち兄……、かっこいい……!

でも、……次の相手、って」

 

 

The Dirty Dawgの決勝進出が決まった瞬間、会場が沸き立つ。

ステージ上にいる兄に対して、興奮したように叫んだ二郎に、三郎はふと声を潜めた。

 

すると、いつからそこにいたのだろう。

最上階に位置するが、その中でもステージを俯瞰出来る丁度良い席に座る二人は、手摺りに腰掛ける一人の男に気が付いた。

 

 

「ハハッ、そんな目で見るなよ。

達しそうになるだろ」

 

 

良く通る声は耳朶に馴染む心地の良い低音で、所々に艶っぽさを秘める怪しい音色でもあった。

くつりと笑うその男は、次に兄と戦う相手でもあるのだ。

しかしこの男のバトルは、データ不足な部分も多い為、その実力は不明瞭であった。

 

巧妙な話術で相手の心を揺らし、一瞬でバトルを手に取る。

後は舐るように、例えるなら蛇のように相手をじわじわと追い詰めていく。

耐え切れなくなったその殆どが自滅に近い形で、勝負を降りていくのだから、そのバトルスタイルも言動もあらゆる意味で厭らしい男であった。

 

 

「はっ……文字通りこの俺様がイかせてやるぜ、地獄になァ。

高みの見物なんざ止めてさっさと降りて来やがれ」

 

「あはっ!安全地帯(てんごく)より舞台上(じごく)の方が好きなんでしょ?

早くおいでよ。その羽根千切って二度と飛べなくしてあげる」

 

 

そのような相手に対しても、揺らぐことなき左馬刻と乱数の、好戦的な声が響く。

それすらもスパイスだというように会場が沸き立ち、煽りを含んだ声援で満ちる。

この頃になると、観客も何となく応援したい相手が決まっており、まるでライブ会場のような熱気に包まれていた。

 

 

「いいねえ、キミたちもギンギンに昂っているんだろう!!

だが寸止め(ストップ)だ。前戯で達してもらっちゃ困るんでね。

そういきり立つなよ。たっぷり溜めてから来な」

 

 

観客、そして対戦相手の機微を読んだように、高らかに笑った目の前の色男の言動は、一々人を惹き付ける。

発言は非常にあれだが、単なる不埒者として片付けられないのは、それが原因となっているのだろう。

 

手摺りから体を下した男が踵を返すと、二人はその赤い瞳と目が合った。

その麻薬的な艶やかさは、見るものを魅了する、悪魔のもの。

魔性の男は、ぼんやりと自分を見上げる二人を見て愉快そうに笑うと、そのまま会場を出て行ったのである。

 

 

それから休憩を挟んで、幕を開けた最終決戦を、二人は……いや、バトルを見届けた者たちは一生忘れることはないだろう。

 

 

舞台の上に立つ、その人は悪魔だった。

蝙蝠の羽がカスタマイズされた、骸骨マイクが、その人のヒプノシスマイクで、

白い円盤に紫の魔法陣のようなものが刻まれた、その人のヒプノシススピーカーであったのだ。

(後にそれが完全体ではなかったことを、身を以て知ることになるのだが、この時はまだ思いもしなかった)

 

男の毒を含んだ言霊(こうげき)から、仲間を守り続けた寂雷が崩れ落ちたことが、大きかった。

それでも、最後まで吼え立てた彼らの言霊(こうげき)は、男を崩すことは出来なかったにしろ、伝説と名付けられるに相応しい激闘を見せたのだ。

 

 

「う……ぁああ、兄、ちゃん」

 

「いち兄、……もう、もう良いです、もう」

 

「馬鹿言うな、三郎。兄ちゃんは男だ。

最後まで、精神が擦り切れても……諦めない。

いや、諦めきれねえんだよ」

 

「そんな、……でも、そっか、それが……」

 

 

寂雷に代わり魔性の言霊(こうげき)を受けていた乱数が倒れ、左馬刻が一郎を背に庇い地に伏す。

残された一郎は、倒れた仲間たちの意志を引き継ぎ、最後まで戦い続けた。

 

その姿を見ていた二人は、頬を伝う涙を隠すことなく、その雄姿を見届けた。

もはや勝敗など関係なかった。戦い続ける兄の強さに、ただ二人も応援に声を上げたのだ。

 

そんなバトルであったからこそ、一郎が倒れた時、会場は拍手喝采となった。

それは、勝利者を称える意味だけではなく、戦い抜いた者たちへの讃美の喝采である。

 

 

「……っ、再挑戦(avenge)だ!!

オイ、てめぇら!!この戦いを、忘れんじゃねえぞ!

The Dirty Dawg(おれら)の、この雪辱……何千倍にしても返してやらァ!!」

 

 

左馬刻の、ぎらついた眼光と共に放たれた鋭い号令に、仲間たちは身を起こす。

そして合わせられた拳が、彼らの口惜しさを物語っていた。

 

彼らを燃え上がらせたのは、男が最後に残した言葉と戦利品である。

優勝者が退屈だと蹴った『領地獲得』という賞品と、賞金は丸々彼らに送られることになったのだ。

それを渋々であるが、プライドを曲げてでも受け取ったのは、男の言葉が頭に残っていたからであろう。

 

こうして、噛み締めた苦みと共に伝説は始まりを告げたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「それで、兄ちゃんは……あの左馬刻サンとつるむようになっちまって」

 

「でもあれは、僕たちの為ですから。

それにいち兄には、そろそろ自分の好きなことをして欲しいんです」

 

 

偶然にも、男が宿泊する予定のホテルと彼らの家がある駅は同じであった。

方向も大体同じであるので、その近くで適当に食事でもと誘った男は、気が付けば二人にすっかり懐かれていたのである。

 

初めこそ緊張して、しどろもどろな態度を取っていた二人は、男と言葉を交わす度に打ち解けていった。

ステージ上にいた時の蠱惑の毒を含んだ表情も言葉も無い、男は、『話しやすいお兄さん』として認識されたのだ。

それ故に、二人は人には話せない心の胸の内を、ぽろぽろと口にしていた。

一郎には話しにくいが、信頼できる大人を知らない二人にとっては、救いであったのかもしれない。

 

 

「背伸びをしたがるお年頃、ってワケか。

……なら、キミたちも戦えるだけの力をつけないと、話にならないな」

 

 

一郎が庇護する二人の雛鳥は、もう翼を得ている。

しかし、その未熟な羽ではそう遠くには飛んでいけないだろう。

それに簡単に手折れる羽など、退屈なだけだと、男は言葉を返した。

 

それでも、暗さの残る顔を見て男は、二人が気にしているものを察した。

生きる為には、そして教養を得るには、先立つものがいる。

この世は不平等で、不公平だ。

彼らがこの先好きなことをして生きていく為には、傾きゆく天秤を戻すだけの金がいるのだろう。

 

男は気付かれないように思考を巡らせていたが、不意に耳を打った声に路地の方へと視線を移した。

夜でも煌びやかな光が絶えない大通りから、一つ外れただけで世界は変わる。

都会の賑やかさと、静けさが共存するのが、この場所の特徴でもあった。

 

 

「…あァ?兄ちゃん、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!!」

 

「さっさと有り金出せよ。そうすりゃ、ひでー目を見なくて済むんだぜ」

 

「ったく、時間とらせんなよなァ」

 

 

如何にも、といった風貌の三人の男に囲まれたのは、年若い青年であった。

筋肉質な巨体によってその青年の顔は見えないが、どうやら絡まれているらしいことが、聞こえてくる怒鳴り声によりわかる。

揉める声と共に、振り上げられる足と手に、男はどうするかと悩んだ。

ベリアルという男の体を以てすれば、喧嘩だろうが戦争だろうが、何でもありだろう。

しかし、二人がいる前であまり派手なことは出来ないし、見捨てるのもどうかと思ったのだ。

 

見てしまったものは、仕方がないと、男は二人に近くのコンビニで待つように言い付けた。

この場合最悪なのはこの二人を巻き込んでしまうことだろうと、判断したのである。

 

 

「……さて、迅速にイこうじゃないか」

 

 

ベリアルは自分の唇に舌を這わせると、路地へと入っていく。

するとベリアルの気配を感じてか、三人の男が一斉に顔を上げた。

 

 

「なんだァ、兄ちゃん?……正義の味方にしちゃ、よわっちいなァ」

 

「ハハッ、そんな退屈なものじゃあないさ。

オレは……しがない、腐ったものたち(きみたち)の天使サマ。

昇天させて(イかせて)あげるよ、偶にはそういう遊び(プレイ)も悪くはない」

 

 

薄っすらと光が差し込む、路地に突然現れたベリアルの、赫々とした瞳に男たちは圧倒される。

ぐと慄きそうになるのを堪えたのか、男たちは次々と口汚く言葉を吐き捨てた。

 

 

「お、いいねえ。どんどん言ってくれ」

 

「邪魔をするなら、てめえもだ。

自業自得ってやつだ……恨むならてめえを恨むんだ、な!!」

 

「……やっぱ微妙だったか。

キミたち相手じゃ、オレのサディズムもマゾヒズムも全然擽られない」

 

 

やれやれと肩を竦めたベリアルは、その長い足を振り上げると飛び掛かってきた男たちを次々と薙ぎ払う。

あっという間に路地のコンクリートに顔を伏せた人間たちに溜息を落とすと、ベリアルは来た道を戻ろうとした。

 

 

「ちょ、ちょっと待て!!」

 

「……ああ、そういえば……。

キミ、大丈夫かい」

 

 

忘れかけていたが、人助けの為にこの路地に入ったのだ。

思い出したように自分を呼び止めた青年に視線を移す。

夜空を想わせる紺碧を乱雑に伸ばした、赤みを帯びた瞳の、青年は立ち上がると、ベリアルの服の裾を掴んだ。

 

「アンタ、あれだろ!!幸運の天使さまだろ!!」

 

「あー。そう呼ばれるのは萎えるな」

 

「そういうなって!俺めっちゃツイてるぜ。

まさか、絶体絶命のピンチにこんな色男に助けられるとはな」

 

 

人懐っこい性格なのだろうか。青年はベリアルを見上げ、にかりと笑う。

 

 

「アンタ、喧嘩も強いんだな。ベリアルさんよ」

 

 

俺も会場にいたんだぜ、と勢い良く話し掛けてきた青年は、どうやら観客の一人であったらしい。

山田兄弟と同じような目をした青年は、有栖川帝統と名乗った。

刺激を好むという彼もまた、何処か偏りのある人間のように感じたベリアルは、ふと唇を歪めた。

 

 

「悪いことは、オレの領分(とくぎ)さ。

キミもあんまり弾けると……食べられてしまうよ」

 

 

見透かしたような強い光を宿す瞳が、帝統の顔を覗き込む。

心の臓を撫でるような冷たさに、ぞくりと背中が震えた。

ギャンブルで感じるものとは、全く異なるその刺激(スリル)に、帝統はゆるりと瞳を溶かす。

 

 

「べ、ベリ兄ぃ……だ、大丈夫か?」

 

「おいおい、コンビニで待ってろと言っただろう」

 

「だ、だって、僕たち、ベリ兄が心配で」

 

 

随分帝統と話し込んでしまったようで、中々戻らないベリアルを心配したのだろう。

路地の入口から伸びて来た二つの影に、男が顔を上げると、バツの悪い顔をした少年たちが口々にそういった。

 

 

「ま、良いか。さっさと行くぞ」

 

 

目的は果たした、と男が踵を返して路地を出る。

そして、その背に続いた三人と共に、歩き出したのである。

 

 

「え、えーと。お兄さん、誰っすか」

 

「あ、俺、有栖川帝統ってんだ。

ベリアルにーちゃんのオトモダチ」

 

「ベリ兄、知り合いだったんですか?」

 

「いや、全然。さっき拾った子犬クン」

 

「……はぁ!?じゃあなんで、アンタくっ付いて来てんだ!!

ベリ兄は俺たちと、『楽しいこと』するんだよ!」

 

「んー、二郎クン。この町中でそんな大胆なコト言われたら、おにーさんちょっと辛いかな」

 

「ははっ、ならいーだろ?

俺もおにーちゃんと『楽しいこと』してぇし」

 

 

当然のように付いて来る帝統に、二郎と三郎がじとりと睨み上げる。

手を差し伸べたのは自分なので、付いて来るというのならば止めないが、町中で叫ぶのは辞めて欲しいと男は内心で頭を抱えた。

 

 

「にしても、にーちゃん人格変わり過ぎだろ!

おもしれーけどよ。驚いたぜ」

 

「ステージで豹変するなんて、珍しいことじゃないだろう」

 

「確かに、いち兄たちはあまり変わらないですが、他のグループとか激変する人沢山いましたね」

 

 

他愛のない会話を交わす度に、帝統もまた馴染んでいく。

こうして四人は向かった先で食事を終えると、連絡先を教え合う仲となり、次の約束まで交わすことになるのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「あ、俺たちの家、此処です!」

 

「ベリ兄……。今日は色々ありがとうございました。

……あ、あの、また……会って、くれますか?」

 

「あ!ずりィぞ、三郎!!

ベリ兄、俺も!!」

 

「構わないよ。いつでも連絡してくれ」

 

「おーい、お二人さん。俺も忘れんなよー!」

 

「てめえはどーせ勝手に付いて来るんだろーが!」

 

「おっ、じろークンわかってるじゃん!」

 

「ざけんな!!ベリ兄に迷惑かけたら、わかってんだろうなァ!?」

 

 

山田三兄弟が住まう場所まで送っていくと、二郎と三郎は名残惜しげに男を見上げた。

だが、その隣に立つ帝統が快活な笑みを浮かべながらちょっかいを出す。

すると、主に二郎が目を尖らせて食い付くので、それを更に帝統が揶揄うのだ。

 

 

「まあまあ、そんなに喧嘩するなよ。

まとめて遊んでやるさ」

 

 

ふと笑みを浮かべた男がそう宥めると、三人は渋々言い合いを止めた。

そうして兄弟を見送ると、男と帝統は再び歩き出した。

 

 

「なあなあ、にーちゃん」

 

「なんだい」

 

「今日、泊めてくんねー?」

 

 

あの兄弟につられたのだろう。気が付いたら、帝統にそう呼ばれるようになっていた男は、隣で揺れる紺色の髪に視線を移す。事情は聞いていないが、至る所を転々としているらしい。

留まるという行為を、好まないのか、または嫌っているのか。それを聞くのは無粋という奴だろう。

 

 

「構わない、が……」

 

「マジで!?ちょーラッキー。

やっぱ、にーちゃんは、俺の幸運だな」

 

「ハハッ、そう言われるのはハジメてだな」

 

 

断る理由も特にないので、男は快諾する。

バトルや喧嘩の時ぐらいしか、ベリアルという人格は出てこない……筈であるので、万が一にでも間違えが起こることもないだろう。

にかり、と明るく笑う青年に、男はコンビニへ寄ることを提案した。

 

 

「必要なもの、買ってから行こうな」

 

「悪ぃ、にーちゃん。マジ助かる」

 

 

男にしても、突然知り合いのいない世界に連れて来られた身であるので、知り合いを作って置くことは重要な意味を成す。

例え年下だろうが、心強いことには変わりはない。

財布の中身は確認済みで、カードも使えた。なら口座も存在するだろうと踏んだのだ。

一通りの買い物を終えた二人は、ホテルまで向かう。

そうして、チェックインを終えて部屋に向かおうとした、時であった。

 

 

「ベリアル!……驚いたよ、君もこのホテルに泊まるのかい」

 

「……寂雷」

 

 

聞き覚えのあるその声に振り向くと、そこには激闘を繰り広げた一人である寂雷の姿があった。

ほんのりとアルコールの匂いを纏っているが、顔色に変化はないようだ。

男がそう思うと、察したように寂雷が柔らかな笑みを浮かべた。

 

 

「打ち上げがあってね。だが……今日はあまり、飲みたい気分じゃなかったんだ」

 

「あれ、おにーさんて、あのThe Dirty Dawgの寂雷せんせー?」

 

「ああ。そうさ、今日この堕天使に打ち負かされた、神宮寺寂雷。

君は?」

 

「有栖川帝統、しがないギャンブラーだ」

 

「有栖川君、か。ベリアルの友達かい?」

 

「さっき拾った子犬さ。途中で懐かれてね」

 

「そう……。ベリアル、君は意外と面倒見が良いんだね」

 

 

男の傍に立つ帝統に気付いた寂雷は、驚いたように目を瞬かせる。

そして、閃いたと言わんばかりに瞳を輝かせると、寂雷は男に詰め寄った。

 

 

「そういうことならば、私も、ご一緒させてもらおうかな」

 

「あ、……ああ。まあ、別に構わないが。

広い部屋に、しないとな」

 

「俺は別に、狭くてもかまわねーが」

 

 

屋根があってベッドがありゃ、天国だしな。とマイペースに笑う帝統に、男は視線を流す。

 

 

「こういう時ぐらい、ゆっくり寝な。

寂雷、部屋変えて来てくれるかい」

 

「勿論。構わないよ。私の我儘だしね」

 

 

ぱたぱたと走って行った寂雷がフロントで手続きを行い、丁度開いていた広い部屋へ三人は向かった。

部屋に辿り着くと、時間も時間なので、交互にシャワールームへと入っていく。

そうすると、余程疲れていたのか、それとも元々寝つきが良いタイプなのか、眠そうに目をこすり始めた。

 

 

「髪、乾かさないと痛むぜ」

 

「めんどー」

 

「仕方ないな、来な」

 

「にーちゃん、やってくれんの!?」

 

 

シャワーを浴びている寂雷が出たら、ドライヤーを使うだろうことは予想が付くので、早めに済ませる必要がありそうだ。

なので、ぐだぐだとしている帝統のペースに合わせてはいられない。

濡れた儘の髪で寝られるのは、ベッドは別とはいえ、なんとなく嫌な気がしたので、男は彼を手招いた。

すると、面倒そうな表情は何処へやら。飛んできた帝統の、水気を含んだ髪にドライヤーをあて始めた。

 

夜を想わせる色の癖毛の髪は、意外にも柔らかくふわふわとしている。

彼のことを子犬と例えたが、強ち間違えではなさそうだ。

丁寧にブラッシングをしてやると、タイミング良く寂雷がシャワールームから出て来た。

 

 

「ふふ、楽しそうなことをしているね。

私にもしてくれないかい」

 

 

190を超える身長の大半を覆うその髪は、言うまでもなく長い。

手入れも大変だろうに、彼の背中を泳ぐそれはさらさらと滑らかであったことを思い出す。

ソファーに座り、帝統の髪を梳いていた男は、隣に腰掛けた寂雷の濡れた髪に触れる。

 

薄紫と灰が混じった髪は、帝統のものとは異なり固めだ。

柔らかく見えてその芯は頑固であるこの、寂雷という男を良く表しているようで。

やってやるから横を向け、と寂雷に言うと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

「……君は、不思議な男だ」

 

「どうしたんだ、突然」

 

「ふふ……あのステージの上での君は、淫靡そのものだ。言動も、雰囲気もね。

だが、今は全く違う。人を惹き付けるそれは変わりないが、取って喰らおうとする欲は見えない」

 

「ハハッ、そう見えたのかい」

 

「少なくとも、あのバトルを知るものには……そう見えるんじゃないかな」

 

「ふうん。……それで、もしオレが『そう』しようとしていたら、キミはどうする?」

 

「……ふふ、さあ……どうしようか」

 

 

ベリアルという男はどうかはわからないが、男は普通の男性である。

どんなに発言がアレであろうとも、男の意識があるうちは行動に移すことはまずありえない。

そう考えながら、乾いた髪を毛先まで丁寧に梳いてやると、寂雷はくすくすと上品な笑い声を上げた。

 

 

「終わりだ。ほら、さっさと寝な」

 

 

いまいち何を考えているかを読めない寂雷に、男は溜息を吐く。

横を向いて寂雷の髪を乾かしていた男の背中に、凭れるようにして微睡んでいた帝統にも声を掛けた。

 

 

「皆、君に会いたがっていたよ」

 

「皆……?」

 

「ふふ、君が打ちのめした……The Dirty Dawgのメンバーさ。

勿論私も含めてね」

 

「それは怖いな。リベンジか?」

 

「さあ、て。意味合いはそれぞれ……かな。

ちなみに私は、友人として君に会いたかっただけさ」

 

 

カーテンの掛かっていない窓から差し込む、町の光に照らされ寂雷の端正な顔に陰影が出来上がる。

一見透明に澄んでいるように見える瞳が、何処となく何かを含んでいるようにも見えるのは、彼が纏う雰囲気の所為であろうか。

 

 

「光栄だね。……それで、キミの目的は果たされたというワケかな」

 

「いいや、これからだよ。ベリアル」

 

 

押し寄せる波のように広がっていく寂雷の声に、男は静かに立ち上がる。

 

 

「なら、……キミの目的は、何だい」

 

 

見下ろす赤い瞳が、寂雷を捉えた。

同時に、寂雷に浮かんだのは……うつくしい夢の中にいるような、恍惚(うっとり)とした表情であったのだ。

 

 

 

 

 

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