Paradise Lost Division   作:陽朧

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悪魔、降臨せし時⑨

伏せていた瞼を開ける。

暫く眠っていただけあって、開かれた視界というのは随分久しぶりな気がした。

体を動かすと、ふと視界に映った手に違和感のような懐かしさを感じて、良く良くと自分の体を見る。

 

 

「……」

 

 

幾分か低い目線に、就職祝いに仕立てたスーツと、愛用の腕時計。

それはあの日に身に着けていたものであった。

視界を染めるオレンジの光に、辺りを見回す。

何処かの廃城だろうか、至る所に瓦礫が散乱し荒れ果てても、尚悠然と立つ残された柱たちを見上げる。

元々は白亜の、立派な柱だったのだろう、荒廃という名の色に染まったそれらは、すっかり時の流れに呑まれていた。

神殿のようにも見えるこの建物を、沈みゆく陽が、退廃的な雰囲気を鮮やかに映し出す。

 

 

「オハヨウ、やっと目が覚めたようだね」

 

「……お前、は」

 

 

ファンタジーの世界にでも迷い込んだかのような、見たことののないうつくしさに見入っていると、上の方から声が落とされた。男が声の聞こえた方向を見上げると、そこには見慣れたようでそうではない姿があった。

柱の上に座った男の背中には、蝙蝠を想わせる六つの羽が生えており、黄昏の光を受けて地面に影を描き出している。

そのシルエットは、まさに悪魔というところか。

悪魔の持つ赤の瞳が、観察するかのような色を以て、男を見下げていた。

 

 

「ベリアル」

 

「お目覚めかい、マイ・ダーリン。

キミは良くやってくれているよ、想像以上だ」

 

「何が、したい?」

 

「そうがっつくなよ、何せ久しぶりの再会だろう?

感動的にいこうじゃないか」

 

「久しぶりだと……?」

 

「……ああ、そうかい。

キミの記憶は……」

 

 

甘さを含んだ少し擦れた声と、濡れたような瞳は、男が鏡越しに見るものとは異なっていた。

例え外身(にくたい)が同じであっても、中身(せいしん)が異なるのならば、視線のやり方も仕草も、全て違うものとなる。それがはっきりとわかる瞬間であった。

ベリアルの言葉に眉を顰めつつも、男は彼の表情を注視する。

 

 

「まあ、良いさ。そろそろキミと話をしないといけないと思ってね」

 

「……随分遅い挨拶だな」

 

「そうカッカしないでくれよ。その身体で感じるのが一番だろ?

それにオレだって、ナカに入れる相手は選ぶさ」

 

「お前の中にいると考えただけで、吐き気がする」

 

「フフフ……。中々便利なカラダだろう?

感度良好なうえに、なにより質がイイ」

 

「ただそう造られているだけだろう」

 

 

にい、と口角を上げたベリアルが、艶やかに瞳を光らせた。

艶美ともいえるその仕草は、確かに魅力を通り越して毒である。

だがそれに誘われて行きつく先は何とやら。

悪びれる様子無く言われた言葉に、男は溜息を吐いた。

 

 

「にしても、ストイックな男だな……キミは。

少しぐらい味見をするかと思ったのに、一度も手を出さないなんてね」

 

「どのことを言っているかは知らないが、俺はお前とは違う」

 

「……ふうん?」

 

 

揶揄うような言葉を、男は一蹴した。

だが、それに対して意味深な笑みを浮かべたベリアルに、男は違和感を憶える。

 

 

「ベリアル?」

 

「さて、前戯は此処までにしておこうか。

キミを俺のナカに挿れた理由について、話そう」

 

「下らんことを……。さっさと話せ」

 

「気が早いなあ、相変わらず。

そんなトコもイイんだが」

 

「……」」

 

「つれないな。オレとしては、もう少し前戯を愉しむのも「話せ」」

 

 

元々の性質なのか、それとも堕ちた影響なのかはわからないが、ベリアルという堕天司に対して、まともに会話をしようとすればするほど、そのペースに呑まれることはわかっている。

翻弄され攪乱され、いつの間にかベリアルの掌中で踊らされているのだ。

睨むようにベリアルに視線を投げると、彼はその赤い舌を己の唇に這わせた。

 

 

「ああ……ぞくぞくするね、やはりキミのその目が一番クる」

 

「……」

 

「わかったわかった。よせよその目。

話どころじゃなくなるだろ」

 

「さっさとしてくれ」

 

「焦らしプレイは嫌いかい?」

 

「ベリアル」

 

「……!」

 

 

男からすれば『いい加減にしろ』と目で訴えただけであるが、放たれた言葉とその瞳にベリアルは動きを止めた。

見開かれた瞳に、ベリアルの驚愕が表れている。

予想外の反応に、男は訝しげにその顔を見ると、逃げるようにベリアルの顔が逸らされた。

 

 

「おい、どうした?」

 

「……なんでもないさ。話を進めよう」

 

「お前が滞らせてただけだろ」

 

「キミを招いた理由は、オレがこの世界に干渉する理由でもある」

 

「つまり、お前の目的の為に俺は巻き込まれたということか」

 

「そういうことになるね。

オレとしてもこのやり方は不本意だったけど……」

 

「……お前の意志ではないと?」

 

「いくら堕天司といえど、世界を越える力は持たない。

オレの役割は……此処の世界でも体を張ることさ」

 

「雇われ、ということか」

 

「全く嫌になるけど、今回の条件は悪くなかったからね」

 

「条件……?」

 

「さあて、それは今は内緒にしておこう。

どうしても知りたいというんなら「いや、良い。それより目的について話してもらおう」」

 

 

直ぐに調子を取り戻したベリアルは、男を呼んだ理由について話始める。

世界を越えることの出来る力を持った雇い主からの、命令らしいが、どうも曖昧だ。

ワザと暈しているのかと、問い詰めようとしたが、取り敢えず話を先に進めることを優先させることにした。

 

 

「この世界で『違法マイク』と呼ばれるものが流行っていてね。

殆どが取るに足らない小物だが、その中の『七つ』にヤバいものが含まれている」

 

「違法マイクは話に聞いていたが……。

その七つというのは?」

 

「此方の世界から無断で持ち出されたもので、悪魔憑きの(のろわれた)道具さ」

 

「……何故それを、お前が?」

 

「こっちも色々あるんだ。

別にオレじゃなくても良いのに、全くヒト使いの荒い連中だよ」

 

「お前はヒトではないだろう」

 

「フフフ……。七つの大罪を知っているかい?」

 

「……」

 

「人間の悪を分類したものと思ってくれれば良いさ。

負の感情を七つに分けて、戒めとして封じたもの。

それぞれ象徴とする悪魔がいてね。

守護者によって、封じられていた筈なんだけど……。

どうやら逃げ出したらしい。しかも厄介なことに、異世界に」

 

「異世界、というとこの世界のことか」

 

「如何にも。厄介なことにこの世界は、キミも知っての通り、力ではなく精神がものを言う世界だ。

悪魔には居心地の良い世界でね。ヒプノシスマイクに寄生した悪魔たちが、好き勝手人間を操っているってわけさ」

 

 

ベリアルの世界で封じられていた悪魔たちが、此方の世界に逃げ出した。

それらの回収を命じられた為に、彼は此方の世界に干渉している……。というのが事のあらましであるようだ。

その悪魔というのは、七つの大罪に対応するものらしい。

 

とある書物通りだとすれば、“人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指す”ものが七つの大罪とされ、『傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲』に分けられている。

 

まさにファンタジーといえる内容のベリアルの言葉に、男は小さく息を吐いた。

 

 

「それでオレが回収役として、来たというワケさ。

だが、回収方法が難しくてね。

オレの世界なら、文字通り殺してでも奪い取れるんだが……。

何せ別世界だ。当然ながら理も、神々(管理人)も違う」

 

「他所の世界で、簡単に暴れられないと?」

 

「下手すればこっちがヤられちまう。

凌辱には慣れているが、存在すら消されるのは、いくらオレでも御免だ」

 

「だから、俺を利用したのか?」

 

「悪魔に憑かれているかはわかっても、悪魔を引き離すことが出来なければ意味がない。

だが、オレが人間の心というものがわからなくてね」

 

「……」

 

「そこで、死にかけていたキミを引っ張って来たというワケさ」

 

「俺のような普通の人間を取り込んだところで、役には立たないだろう」

 

「おいおい、そう謙遜するなって。

キミは『本質を捉える目と嗅覚』を持っている。

それを使わずに死ぬなんて、勿体ないだろう?」

 

 

確かに、非現実的すぎる言葉たちを受け入れるには『経験』が必要であっただろう。

あの日死を味わってから、現実離れの連続であった男には、もはや抵抗はなくなっていた。

 

 

「それで、俺にどうしろと?」

 

「いいねえ、従順なところもそそられる。

キミの役目は至極簡単なことだ。

オレが見つけ出した悪魔憑きを、キミが口説き落とせば良いだけ。

後の処理はオレがやるさ」

 

「……それを、俺にやれと?」

 

「方法は一任しようじゃないか。

なんなら口だけじゃなく、カラダも使ってもらって構わないぜ」

 

「面倒だ」

 

「ああ、そういえばキミってヴァー「黙れ」」

 

 

強制的に関与させられた今、自分に拒否権などはないことはわかっていた。

しかし、この悪魔相手に、言われるがままではいられない。

このベリアルという悪魔は、一言でいえば底なし沼だ。

言動は変態的だが、その裏に潜むのは情け容赦ない闇である。

『人の心がわからない』という言葉の通り、彼は他者に対する情を持たない。

あるのは、目的を遂行する為に、如何に己を満たせるか、それだけである。

 

いくら死んだ身だとはいえ男は、自分の尊厳すら投げ捨てて、この悪魔に付き合う気はなかった。

男は目を鋭くしてベリアルを睨むが、当の本人は更に笑みを深めるだけだ。

 

 

「目的を果たした後は、どうなる?」

 

「ああちゃんと、導いてやるさ。

そこは安心してくれて構わない」

 

「……悪魔(おまえ)の言葉を信用しろと?」

 

「酷いなあ。こう見えて約束は守るタイプなんだぜ」

 

「まず自分の顔を見てから言え」

 

 

膝を立てて柱に腰掛ける悪魔にそう吐き捨てると、不意にぐらりと頭が回る感覚に襲われた。

ちかちかと点滅を始めた視界に、身体が揺れる。

男の様子を見たベリアルが、そろそろ時間のようだ、と呟いた。

それを問い返す間はなかった。力が抜けていく体が崩れ落ちるのを感じた時はもう、瞼が閉じられていたのだ。

 

そのまま意識を失った男は、柱の上にいたベリアルが降り立ち、あろうことか男の崩れ落ちる体を支えたことなど知る由もなかったのである。

 

 

「これでキミとオレは一心同体であり、一蓮托生だ。

堕天司に魅入られたが最後、キミはもう楽園へと還れないのさ」

 

 

低く喉を鳴らした悪魔は、意識を失った男にその顔を近付ける。

 

 

「共に堕ちようじゃないか。

さあ……失楽園を、始めよう」

 

 

高らかな哄笑が、荒廃に沈んだ神殿に響く。

悦に浸るような悪魔的表情を浮かべたベリアルは、男を抱えたまま背中の翼を羽搏かせた。

 

 

 

***

 

 

 

再び訪れた覚醒と同時に、疲労感に襲われる。

最悪の目覚めといっても過言ではないかもしれない。

好き勝手しやがって、とあの造作だけは完璧な顔を殴っておけば良かった。なんて物騒な思考が頭を過った。

 

朝焼けと共に眠りに就いたので、時刻は朝と昼の間ぐらいだろう。

睡眠を必要としない体であるために、肉体的な疲労はなく、身体を起こすのは容易であった。

こういうところは、便利な体である。

 

 

「……」

 

「っ、!」

 

 

態々短時間の睡眠の為に布団を用意してもらうのも、気が引けたので、結局ソファーを借りた。

一二三が選んだというソファーは、彼らしく洒落た色をしていて、柔らかい。

体を起こした男は、ソファーに腰掛けて髪を軽く整えていると、何か視線のようなものを感じる。

そちらに顔を向けると、赤髪の痩身の男の疲れた目と視線が交差した。

驚いたように見開かれた瞳に、その男が昨日ベリアルが珍しく拾った男だということを思い出す。

 

 

「気分はどうだい、おニイさん」

 

「えっ、あ……、頭が痛いぐらいで……」

 

「そう、ならもう少し休んでいると良い。

二日酔いに効くものを作ってあげよう」

 

「あ、あ、あの……!す、すみません……貴方は?」

 

「あれだけ酔っていれば記憶にない、か」

 

 

疲労の滲む顔に、男が思わずそう声を掛けると、戸惑ったような表情が返って来る。

疲れが溜まっていたところに酒を入れたからであろうが、ベリアルにぶつかり、そのまま意識を飛ばすぐらいだ。

記憶が曖昧でもおかしくはないだろう。

そう思って、男が口を開こうとした途端嫌な予感が走り、一度口を閉ざした。

 

 

「まあそう警戒しないでくれ。昨日カラダを委ねた仲だろう?」

 

「……は?」

 

「記憶にないかもしれないが、キミから凭れて(さそって)来たんだぜ」

 

「ちょ、ちょっ、と待て!……俺、もしかして……」

 

「ははっ、中々刺激的な一夜だったよ」

 

 

艶やかに吊り上げられた唇は、良からぬことを想像させるには充分であった。

絶句といった様子で口を開けたその男に、ベリアルは低く喉を鳴らす。

疲れと酒の抜けきれない頭は、処理能力が遅くなっているのか、赤毛の男が慌てふためくまで、少々時間を要した。

慌てて視線を彷徨わせる男に、ベリアルが再び口を開こうとすると、微かな足音と共に煌びやかな金髪が姿を現したのだ。

 

 

「おっはー、あれ?どったの、独歩ちん?」

 

「ひっ、ひふみ……!どうしよう、俺……。とんでもないことを……!!

慰謝料いや、賠償金、ああ俺もう逮捕されてくる……」

 

「わっ、落ち着けよ!あーもう……ベリさん!

独歩ちんイジメたでしょ!」

 

「そんな愉しいことはしていないさ。

昨日のことを話しただけだよ」

 

「ほんとにぃ?」

 

「お、俺……!ちゃんと、責任取りますから……!」

 

「ほう?」

 

「あ、あの……名前は」

 

「……ベリアルと呼んでくれて構わないよ」

 

「べ、ベリアルさん!俺、ベリアルさんに嫁ぎま「はーい、独歩ちんそこまで。このおにーさんにそんなコト言ったら、最後よ?」」

 

「オレは構わないけどね」

 

「俺っちが構うの!全く、独歩ちん意外と純情なんだから、あまり揶揄わないでちょーだい」

 

 

眉を下げて動揺を見せる赤毛の男を、一二三は手慣れた様子で宥める。

そして大体のことを察したのか、呆れた表情でベリアルを見た。

肩を竦めたベリアルは、残念だと呟くと、再び赤毛の男へと視線を移す。

 

 

「嘘は言っていないさ」

 

「はあ……。独歩ちん。

昨日飲み会だって言ってただろう?

何処まで記憶があるかわからないけど、

泥酔した独歩ちんが、ぶつかったのがこのおにーさん。

そのまま気を失った独歩ちんを連れて来てくれたってわけ」

 

「あああ……俺なんてご迷惑を、す、すみません……」

 

「ほんとぶつかる相手は選ばなきゃダメ。

俺っちも、手遅れかと思ってた」

 

「お前には言ってないだろ!

それに、ベリアルさんは俺の恩人だぞ……!?

あんまり失礼なことを言うなよ」

 

「……恩人、ねえ。独歩ちん純情(ピュア)過ぎない?」

 

 

いくら日本とはいえ、新宿はあらゆる人間が集まる街だ。

路上で無防備に倒れた人間を助けようとする者もいれば、助けるフリをして悪さをする者もいるだろう。

顔を青くした独歩に、何とも言えない顔をした一二三。

二人の反応を見て、ベリアルは目を光らせた。

 

 

「何ともなくて良かったよ、独歩クン。

今にも死にそうな顔をしていたからね。心配だったんだ」

 

「そ、そんな心配なんて、俺には勿体ないです」

 

「いいや、キミの顔を見ればわかるさ」

 

「ひえ……っべ、ベリアルさんそんな近いです!」

 

 

少し肌は荒れているが、その表情は実にベリアルの好むものである。

遠慮なしに近づいたベリアルは、疲れと焦燥が浮かび陰鬱さを感じさせる瞳を覗き込む。

上手く隠されているが、仄かにかおる狂気の気配に思わず唇が緩んだ。

その表情をどう捉えたのか、独歩は体を強張らせたが、引き付けられるかのようにベリアルの赤い瞳に見入る。

 

 

「……そうか、キミが」

 

 

ぽつりと呟かれた言葉に、一二三の眉が動く。

ベリアルは体を離すと、再び独歩に向き直った。

 

 

「独歩ちん、シャワー浴びてくれば?

昨日酔い潰れてそのまんまだろ?」

 

「あ、ああ……そういえば」

 

「ほらほら、さっさと行った行った。

その間に昼食用意するから……な、ベリさん」

 

「何なら一緒に浴びようか?」

 

「え……い、いいん「ベリさん、アンタはさっさとこっちだ」」

 

 

一二三に腕を引っ張られ、強制的にキッチンの方へと連れて行かれるベリアルを、独歩はぼんやりと見つめる。

ベリアルの纏うその雰囲気が、いやに馴染むような、心地好さを感じたのだ。

自分を見つめるその視線に気が付いていたベリアルは、含むような目で、視線を返す。

絡み合うようなその瞳に、はっとした表情を見せた独歩は、慌てて浴室へと向かった。

 

 

「それで、独歩ちんがどうかした?」

 

「……ああ。気付いていたかい」

 

「とーぜん。ナンバーワンホストを舐めたら痛い目に合うぜ」

 

「今朝の話、憶えているだろ?

彼……大分摩耗しているようだけど」

 

「そりゃ、独歩ちんの仕事がハードだから……」

 

「いや、それだけじゃない。

彼……。植え付けられているね」

 

「……詳しく、教えてくれ。ベリさん」

 

 

明るい色の瞳が真剣なものに切り替わる。

一二三は、ベリアルの言葉に思い当たることがあった。

少し前から、独歩の体調と精神が安定していなかったのだ。

 

不眠症に食欲不振、増えた独り言に、澱み始めたその瞳。

 

見ているだけでも痛々しいものだが、一二三がいくら言っても、独歩は病院にも行こうとしなかった。

最も信頼する幼馴染である彼は、一二三にとって家族同然の存在である。

彼以上に彼を心配した一二三は、やっと今日予定を合わせて、最も信頼する医師である寂雷のもとへ行くという約束を取り付けることに成功したのだ。

 

一二三の頼みに、ベリアルは考える素振りを見せた。

 

 

「今日、寂雷のもとへ連れて行くんだろう?」

 

「……そうだけど。

あれ、ベリさん、せんせーのこと知っていたの?」

 

「対戦相手のことぐらいは、憶えているさ」

 

「あ!そっか……そーいうことね」

 

「取り敢えず、彼に診てもらうと良い」

 

「えー。ベリさん何か知ってんだろ?」

 

「オレは医者ではないからね」

 

 

緩やかに笑みを浮かべたベリアルに、一二三は唇を尖らせる。

だが、ベリアルはそれ以上その話題に触れることはしなかった。

焦れた一二三が、もう一度問いかけようとしたのだが、間の悪いことに独歩がシャワーを浴びて出て来てしまったため、彼もまた口を噤むことになる。

 

 

「ねえベリさん。せんせーの話聞き終わったら、話してくれる?」

 

「……良いよ。その代わり寂雷が何て言ったか、教えてくれるかい」

 

「わかった」

 

 

視線を交わさずになされた密約に、男は心の中で溜息を零す。

ベリアルという悪魔は全貌を明かさなかったが、これは随分長い任務となるであろうことだけは、男にもわかった。

ふと視界に入った林檎を手にする。

真っ赤に熟れたその実は、何処かベリアルの瞳を彷彿とさせた。

 

 

 

 

 

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