伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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『失恋』の意味は、最後まで読み進めていただければ分かります。

(※)決して妙な展開にはなりませんのでご安心下さい(^_^;)


第10話 不器用な2人の夏休み 『失恋』の夏祭り編

【夏祭り】!

それは夏の季節に行われる定番イベントの1つである!

そして、年頃の微妙な距離感の男女を急接近させるきっかけとしても有名過ぎるほど有名なイベントである!

 

そんなイベントを数日後に控えたある日!

秀知院生徒会会計監査・伊井野ミコは今!

 

自室でひとり、先日の海での出来事を死ぬほど後悔していた!

 

「あああああああああああああああああもうどうしてどうしてどうしてあんな事しちゃったのよおおおおおおおおっ!!!」

 

ベッドの上で、小さな身体をゴロゴロとのたうち回らせているミコ。

 

先日の海へのバカンスでは、アクシデントも有り石上に胸を一瞬ではあるが触られ、そして見られた。

それも赤っ恥な思い出の1つではあるが、今ミコが後悔しているのはそれではない。

今、ミコが後悔しているのは1つ。

 

水着の上が取れた状態で、石上に密着してしまった事である。

 

あの時は、近くから他の人間の声が聞こえてきた為、『見られたくない』という一心で石上に自身を隠してもらうべく、ぎゅっと密着した。

だが、今になってその行為を思い返してみれば……

水着の上を飛ばされ、その身に着けているのは布面積小さめのフリル付きの下1枚のみという、ほぼ半裸の状態で!

同じく肌を出している男子に、その身をダイレクトに密着させるなどという行為!

それはまるで……

 

「(まるで……ち、ちちちちちち痴女みたいじゃない!!??)」

 

ミコが、旺盛な興味から……いや風紀委員の仕事の一環である『没収物のチェック』として、嫌々仕方なく観てきたいかがわしいビデオの中で行われていた、

男性の肉体を求め、いやらしい言葉を囁きながらその身を密着させてくる『痴女』と呼ばれるそれに殆ど近い……とミコは考えていた!

 

どうしよう?

石上は、あの時の自分の行動をどう思ったんだろう?

石上とは数日後、嫌でも夏祭りの日に会う事になる。

もし、ヘンな風に受け取られてたら……!

 

『(うわっ……半裸で胸押し付けてきた思春期風紀委員が来たよ……

普段風紀にうるさいのは自分がドスケベであるが故の裏返しだったんだな……へえ……へえええええぇ……)』

 

などと思われてしまうかもしれない!!

しかし、思われていたなら思われていたで、もうどうしようもない。

時間は戻せない。これから挽回していくしかないのだ。

そう考えたミコの出した結論は……

 

 

 

 

そして、夏祭り当日!

生徒会メンバーの5人は、定められた集合時間の10分前には全員到着していた。

今回は早坂が常に帯同する事と、少し離れた位置からお付きの人間数人がご一緒するという条件付きで、かぐやも参加出来ている。

ちなみに早坂の素性については、事前にかぐやから生徒会メンバー全員に明かしてある。

せっかくの夏祭り。護衛として常に帯同する早坂から『皆の前で素性を隠すための演技をさせる』という荷を降ろさせ、少しでも一緒に楽しんでほしい……というかぐやの気遣いである。

 

「集まりましたね!今年はみんな一緒で居れて嬉しいです!」

 

かぐやの隣で、満面の笑みを浮かべる藤原。

 

「ええ、かぐや様も今日という日を実に楽しみそうに首をながーくして心待ちにしておりましたよ」

 

他の者の前でギャル擬態をする必要が無くなった早坂は、侍女モードでの口調である。

 

「ちょ、ちょっと早坂!バラさないでちょうだい!……まあ、否定はしませんけど」

 

早坂にバラされて慌てふためくかぐや。

石上やミコにとって、同年代の人間にからかわれて慌てふためくかぐやはどこか新鮮であった。

 

「ミコちゃん、浴衣姿もカワイイ♪」

 

藤原がミコの隣に立って、ミコの浴衣姿を頭を撫でながら褒める。

 

「は……はい!ありがとうございます!」

 

藤原に褒められて満足げな表情を隠せないミコ。

 

「ほらほら~、男子共もそう思うでしょ?」

 

白銀と石上を交互に見て、男子からの意見を求める藤原。

 

「ああ、似合ってるぞ」

 

かぐやと一緒に見て買った浴衣を着た白銀が、軽く頷きながら言う。

 

「あ、ありがとうございます」

 

ミコも軽くペコリと頭を下げてお礼を返す。

そして、石上は……

 

「……まあ、『馬子にも衣装』と言えなくもないですかね」

 

ぎりぎり『褒め言葉』と分かるというレベルの返答であった。

が!

 

嘘 で あ る

 

この男 素直に褒められないでいる!

 

ミコの浴衣姿は、石上が想像していた以上に似合っており、可愛らしかった。

石上の中では、不覚、またしてもミコに対して『可愛い』という感想を抱いてしまった。

だが、もしそんな事を悟られようものなら!

 

『(アンタみたいな痴漢野郎にそんな事思われても嬉しくないんだけど?

やっぱりそういう目で見てたのね……今度はどこをずり下ろそうってのよ?

ほんと……生理的に無理)』

 

くらいは言われるかもしれない!

そう、石上の方もまた、あの海での出来事を気にかけていたのである。

 

そんな石上の精一杯の『褒め言葉』に対する、ミコの反応は……

 

「…………」

 

無言で、プイッと顔を背けるだけであった。

 

「……伊井野?」

 

石上がミコと顔を合わせようとする。が……

 

「…………」

 

またも、反対方向にプイッと顔を背けてしまう。

 

石上は何かを察し、それ以上追及はしない事にした。

石上には、ミコの態度の理由が分かった……いや、分かったような気がしていた。

 

「(……やっぱ、怒ってるよな)」

 

あの場では『会長と四宮先輩の為に』とこちらが言った事でひとまず許してくれはしたものの、

やはり僕自身の事は許しきれないんだろう――――それが、石上の推論であった。

 

だがそれは間違いである!!

 

確かにミコは石上に対して、いつも以上に素っ気ない態度……いや、避けてすらいる。

だが、それは決して石上が嫌いでやっているワケではない。

むしろその逆!

石上の前で、これ以上変に思われるような事をやってしまいたくはないという意識の表れ!

石上に好意を抱いているからこその行為!俗に言う『好き避け』である!!

そう、あの海での一件で『やらかしてしまった』と自覚していたミコの決断は、

『いつも以上に石上に素っ気なく接するようにして、絶対にボロを出さないようにする』事であった!

そんなミコの思惑など石上は露知らず、2人の夏祭りが始まっていく――――。

 

 

だが、出店を皆で見て回っている時も。

金魚すくいや射的に興じる時も。

出店で買った綿菓子を食べている時も。

他の人間には楽しそうな表情を見せるにも関わらず、

石上と目が合うと、ミコは途端に無表情になりそっぽを向くのであった。

 

「(……やっぱ避けられてるよな、僕)」

 

そんなミコの姿を見て、石上は少し気落ちしていた。

 

……まあ、このお祭り自体『会長と四宮先輩の日本での思い出作り』の為に来ているのであるから、

会長や四宮先輩には普通の態度である以上、その目的には支障は無い。

けど……

やっぱりなんか、モヤッとする。

自分としては、誠意を込めて謝ったつもりだったんだけど。

やっぱり……僕はそんなに嫌われてるんだろうか。

 

勉強教えてくれたり、明らかに手作りのチョコをくれたり、『優しい』と言ってくれたり……

少しは見直してくれたんだろうか、と思っていたのは……自分の勘違いだったんだろうか。

 

否。石上にいつも以上に素っ気ない態度を取るミコからしても、今の態度は『苦肉の策』である。

 

海であんな『大胆な事』をやらかしてしまった以上、もうこれ以上石上に『変な娘』だと思われたくない。

これ以上、アイツの前であたふたして変な態度を取りたくはない。

 

真っ正直に生きてきたミコにとって、白銀やかぐやのように、想い人を眼前にしながら普段の態度を崩さぬ『仮面』を不自然無く被る事は、未だ上手くこなせない事であった。

不器用な恋する少女の、ぎこちないやり方であった。

 

こんな辛い事……やりたくない。

ほんとはもっと、自然に接したいのに。

なまじ親しい人がそばにいるせいで……絶対ボロを出す訳にはいかない。

こんな、こんな辛い事。

 

「(……早く、終われば良いのに)」

 

そんな事を考えながら、グループの最後尾を歩いている最中であった。

 

「……ぐすっ……ええええぇん……」

 

「?」

 

後ろの方から、子供が泣きじゃくる声が聴こえたような気がして、ミコは振り向いた。

ミコの眼に飛び込んできたのは、幼い顔を悲嘆で歪ませ、とめどなく溢れる涙を両手で拭おうとしている一人の幼い男児であった。

 

冷静に考えれば、ミコはこの時点で前を歩く他の5人を呼び止めるべきであった。

だが、眼前に飛び込んできたこの幼子を救わねばという心がはやり、ミコは男児に駆け寄った。

 

「……大丈夫?迷子なのかな?」

 

泣きじゃくる男児の前に行き、屈んで目線を同じ高さに合わせてからミコが話しかける。

男児はその声に反応し、顔を上げる。

しばらく、目の前に居るミコをじっと見つめる。

ミコは不安がらせないように、努めて優しい笑顔で見つめ返す。

そうしていると、男児がたどたどしく口を開いた。

 

「……おかあさん……いなくなっちゃった」

 

やはり迷子だ。一緒に来た母親とはぐれてしまったのだろう。

 

「おかあさん……えっ……ひっく……」

 

再び泣き始める男児。

 

幼い子供にとって、親という存在は心の拠り所である。

その親と、こんなに人が多く広い場所で離れ離れになる心細さと寂しさが、ミコには痛いほど伝わってきた。

幼少時から親と一緒に過ごす時間の少ない日々を過ごしてきたミコには……

 

「お母さんとはぐれちゃったのね?寂しかったね……よしよし」

 

普段は他人から撫でられる事の多いミコだが、この時ばかりは逆であった。

泣きじゃくる男児を、ゆっくりと優しく、愛おしむように撫でる。

 

「寂しいよね……辛かったよね。お姉ちゃんが一緒に居てあげるから、ほら、泣かないで?」

 

子供は、言語から他人の気持ちを推察する能力に劣る分、

他人から伝わる感情を察する事には長けている。

ミコの嘘偽り無い労りの感情が伝わったのか。男児は、泣き止んでミコの目をじっと見つめた。

ミコは、この時点で自分がやるべき事を心に決めた。

 

「もし良かったら……お姉ちゃんが一緒に、お母さんを探してあげる。どうかな?おいで?」

 

ミコは右手を差し出し、男児がその手を取るのを待った。

強制してはいけない。手を取るかどうか決めるのはこの子であるべきだ。

心細い時に信頼出来ない大人に連れ回されるのは、幼子にとって恐ろしい事である。

だが、それは杞憂であった。今、頼る者が他に居ない男児は、ぎこちなくもぎゅっとミコの手を握った。

 

「ありがとう。よし!じゃあお姉ちゃんと一緒に探そ?」

 

そう言って、男児と共に歩き出そうとした所で……ようやく、ミコは気付いてしまった。

自分もまた、一緒に居た5人とはぐれてしまった事に。

 

「あっ……」

 

5人を呼び止めなかった失態に気付き、ミコは左手を頭にやる。

 

「どーしたの?おねえちゃん?」

 

右下の方を向くと、男児が不安げな顔でミコを見つめていた。

 

……いや、自分はどうとでもなる。

今は、この子の事に集中すべきだ。

この子を、自分の事情で不安がらせてはいけない。

 

「……何でもないよ!さっ、一緒に探そう?」

 

「うん」

 

手を繋いだ二人は、母親を探して歩き始めた。

 

 

「迷子を探してる人を見ませんでしたかー?さかきくんのお母さーん!」

 

「おかあさーん!おかあさーん!」

 

男児と一緒になって声を張り上げるミコ。

『さかき』とはこの男児の名前である。探すにあたって、名前を呼ぶ為に知っておくべきだと考え聞いてみたところ、すんなりと教えてくれた。

 

しかし、共に探し始めて20分程経ちはしたものの、成果は得られない。

この方法で探すには、人手が足りない。

だが周りの人間も、自分のお祭りを楽しみたい、助ける義理は無い……等の様々な思惑により、二人に救いの手を差し伸べる者は現れなかった。

母親も、母親を見かけたという人も見付からず、ミコにも焦りの色が見え始めてきていた。

……と、その時。

 

「ねえ、さっきから誰かを探してんの?」

 

声と同時に、肩に手を置かれる感触を感じ振り向くと、

垢抜けた雰囲気の……平たく言えば『イケメン』な青年が1人、ミコの肩に手を置いていた。

彼の後ろには、同じような雰囲気の男が数人並んでいる。

本人は認めたがらないが面食いの傾向があるミコは、思わずドキリとしてしまう。

 

「えっ……!えっとその、は、はい」

 

しどろもどろになりながらも答えるミコに、男はにっこりと笑いかける。

 

「じゃあさ、俺達も手伝ってあげるよ!大人数で探した方が良いでしょ?な、お前ら?」

 

後ろに居る他の男達も、賛同の声をあげる。

 

「ホントですか……?あ、ありがとうございます!」

 

困っていた所に、心強くてカッコいい味方が出来た。

ミコにとっては、まさに『渡りに船』という状況であった。

 

……だが、男達が協力を申し出て、共に行動をし始めてから数分後。

ミコは、明らかな違和感を感じ始めていた。

この男達、『一緒に探す』と言って、不安そうな男児に対してもひと言二言声聞こえの良い言葉をかけはしたものの。

それからはずっと、ミコの事ばかり聞いてくるのだ。

『学校どこ?』『何やってる娘?』『ちっちゃくてかわいいね、身長いくつよ?』等々……

普段なら、こういったイケメンな面々にそういう事を聞かれれば素直に喜んでしまうミコではある。

しかし今は、この子の母親を探す事が先決であり一番大事な事なのだ。

正直、自分の事をあれこれ聞かれたり褒められてもそんなに嬉しくは思えなかった。

そんなミコの心情など露知らず、最初に声をかけてきた男が、とうとうこう言ってきた。

 

「ねえ、俺らと遊び行かない?雰囲気イイ所知ってんだよね」

 

そう言って、自信有りげにウインクをしてくる男。

だが、この迷子の母親を探す事に協力してくれるどころか妨げてくる彼らに対し、とうとうミコの堪忍袋の緒は切れた。

 

「……あの!さっき『この子の母親を一緒に探してくれる』って言いましたよね?私の事はどうでもいいですから、この子を助ける事に協力してくれませんか?」

 

ミコは、自らにあれこれ聞いてくるだけの男達をキッと一瞥し気炎を吐いた。

だが、こぢんまりとしたミコのそれは迫力に欠けていた為、男達は相変わらずへらへらと笑っている。

 

「えぇー、そんなんどうでもいいじゃん?俺らにもキミにもカンケー無いし?」

 

「そうそう、他の奴に任せてさ、俺らと他行こうぜ?」

 

――――なんて、心無い人達なんだろう。

こんな幼い子が困っているというのに。

親とはぐれて、寂しい思いをしているというのに!

いくらちょっと顔が良いからって、こんな人達に絶対に靡いてたまるものか。

 

もはや一緒に行動する意味は無いと判断し、ミコは男児の手を強めに引き男達から離れて行こうとした。

だが……

 

「待てよ、下手に出りゃ良い気になりやがってさあ」

 

男達の内の一人が、ミコの腕を容赦無く掴んだ。

 

「ちょっ……」

 

戸惑うミコを、男達が数人で囲っていく。

 

「まあ、車まですぐそこだから強引にでも連れてっちゃうけどね?」

 

「そうそう、んで後は連れ込んじまえば万事オッケーっしょ」

 

「たまにはロリ系も良いよな。結構胸有るし楽しみだわー」

 

「で、写真の1つや2つも撮れば『平穏に』終わるっと。完璧じゃね?」

 

ミコは、男達の意図を察し絶句した。

『本』や『ビデオ』の中でしか見なかったような輩が、ほんとに居るなんて。

嫌だ。怖い。

こんなのって……

私は、この子を助けようとしただけなのに。

どうして、こんな事になるの?

こんな事になるんだったら……こんなお祭りなんか……

 

状況が好転する訳もない事は分かっていながら、ミコは恐怖できゅっと目を閉じた。

 

来なければ良かった。

――――誰か、助けて――――。

 

その時であった。

ミコの耳に、あの声が飛び込んで来たのは。

 

「……おい、何してんだよ」

 

聞き覚えのある声が聞こえ、ミコが目を開けると。

そこには、顔に静かに怒りをたたえながら、男達の一人の腕を強く掴む石上が立っていた。

 

「は?何だよお前、いってーな離せよ」

 

石上に対して逆ギレの様相を見せる男。

 

石上は、脳内でこの状況を一番すんなり打開出来る策を模索した。

石上はその気になれば案外喧嘩も出来るが、人数差を覆せる程ではない。

ならば……頭を使って何とかするしかない。

 

「そいつの親、裁判官だぞ。下手なことしたら、お前ら全員刑務所行きだぞ」

 

石上の言葉に、男達の半数が少し怯んだ様子を見せた。

だが、最初にミコに声をかけた男はどこ吹く風と言葉を返してくる。

 

「は?『下手な事』にならないから。『同意』って事になれば何も問題ねーから。つーかてめぇ何様よ?陰キャがいちいちしゃしゃり出て来てんじゃねーよ引きこもってろよ」

 

……こういう奴らは、後先を考えもしないのか。

心底呆れ果てた石上は、再び思考を巡らせた。

 

……そして、出した結論は。

 

あー、やっぱコレしか無いか。

けど、こう言うのが一番効きそうなんだよな。

僕には、このクソみたいな奴らをボコる力は無い。

だから、こうやって小賢しくウソをつくしか出来そうにない。

 

「……僕は……」

 

石上が、ひと呼吸置いた。

 

悪い、伊井野。

お前にとっては嫌なウソだと思うけど……今だけは、我慢してくれ。

 

「…………そいつの彼氏だよ」

 

石上の、決然とした表情での『ウソ』に対して。

ミコの心臓が、ドキリとときめいた。

「えっ?」という言葉が喉元まで出かかったが、何とか飲み込んだ。

ミコも、石上の意図を察したからだ。

ここで驚いてしまえば、台無しになる。

何とか、さも本当であるかのように振る舞わないと……

 

「ちなみに、そいつの親公認の仲だからな?お前らが強引に連れ去ろうものなら、刑務所まで特急だな」

 

『裁判官と繋がりのある彼氏持ち』という事実(ウソ)を突きつけられては、強引な手段に移ろうとしていた男達も、諦めざるを得なかった。

 

「……ちっ、ハズレ引いちまったな」

 

最初に声をかけた男が『行くぞ』というサインとして頭をクイッとやりながらその場を離れて行くと、他の男達も捨て台詞を吐きながら追従し、去っていった。

ミコと男児は、無事悪質な男達から解放された。

 

「……で、伊井野。いつの間にはぐれてたんだよ」

 

石上が、ぽかんとしているミコに声をかける。

 

「なっ、何っ!?」

 

努めて必死にボロが出ないように繕っていたミコは、石上の声に驚く。

 

「……もうちょいしっかりしろよ。危うくあんなクソ野郎に連れてかれる所だったぞ」

 

「し……仕方ないじゃないの。この子が迷子になってたから……それにアンタ!さ、さっき……」

 

ミコは照れ隠しに、先程の『ウソ』を指摘した。

 

「……悪い。ああ言えば引くと思ってさ。お前にとっては嫌だったよな、悪い」

 

そんな事、言わないで。

助ける為に言ってくれた事くらい、分かってる。

それに……ウソはウソでも、あれは……

 

「……ありがと、石上」

 

あんなに素っ気ない態度を取ったのに。

勝手にはぐれてしまった自分を探しに来てくれた事。

窮地に陥っていた自分を助けてくれた事。

ウソでも、『彼氏』と言ってくれた事……

溢れ出る嬉しさをやっとの思いで抑え、ミコは簡潔なお礼の言葉を、笑顔で述べるに留めた。

 

「えっ」

 

まさかお礼の言葉を言われるとは思っておらず、面食らう石上。

だが、石上が面食らったのはそれだけが理由ではない。

ミコの笑顔が、妙に眩しく見えたからだ。

 

「何よ?私がお礼言ったら変?」

 

「……いや、別に」

 

まあ、数ヶ月前にも何かは知らないけどお礼言ってきた事も有ったし。前例が無い訳じゃない。

けれど……今のは……

 

石上の心が、ざわつき始めた。

 

「……って、おい。その子の母親探さねえと。さっき、迷子のお知らせの放送有ったの聴いてたか?迷子探してる母親が迷子センターで待ってるって言ってたぞ」

 

「えっ?そうなの?」

 

実はミコが男達に怒りを表している最中に、迷子のお知らせの放送が流れていたのだ。

 

「……えっと、さかき君で合ってるかな?」

 

石上がしゃがみながら男児に目線を合わせ尋ねる。

 

「うん」

 

男児が小さく頷く。

 

「間違いないな。迷子センターの場所は分かってる。届けてやろう、伊井野」

 

石上が立ち上がり、迷子センターのある方角を向いた。

 

「う、うん。……良かったねさかきくん!お母さん、待ってるって!」

 

「……ほんと?」

 

不安げな表情でミコを見つめる男児。

 

「うん!お母さんに会えるよ!頑張ったね!えらいえらい」

 

「うん!」

 

満面の笑みで男児を撫でるミコと、朗報にぱあっと笑顔が広がる男児。

そんな様子を見る石上の心のざわつきは、どんどん大きくなっていく。

 

「じゃあ、行こう、石上」

 

ミコが、石上に声をかける。

だが、石上からの返事は無い。

 

「……石上?」

 

ミコが石上の顔を覗き込もうとする。

すると、石上の手がそっと伸びてきて。

空いているミコの左手を、そっと掴んだ。

 

「……えっ?」

 

突然の出来事に、ミコの中の時が一瞬止まった。

 

どうして、石上が。

私の手を……

 

「わ、悪い。けど、この人混みだし。またはぐれたらマズいだろ?だから……しばらくは我慢しててくれ」

 

ミコの方を振り向かないまま、石上が呟く。

 

「……う、うん……」

 

「おねーちゃん、かおまっかー」

 

母親が待っていると聞き元気を取り戻した男児が、紅潮したミコの顔を見ながら無邪気な声でからかう。

 

「しー!しーっ!」

 

両手を握られていて人差し指を前に出せないが、ミコが慌てて男児を諌める。

 

「……じゃあ、行くぞ」

 

手を繋いだ3人は、男児の母親が待つ迷子センターへ向かって歩き出した。

 

 

……ああ、何やってんだろ自分。

確かに、またはぐれたらマズいのは確かだ。

けど、だからって手を繋ぐのって……

 

理屈より、『こうしたい』と思ってしまった。

この子に笑顔で語りかける、コイツを見て……

 

何で、そんな事を思う?

 

自問する石上。

……だが、聡い彼の頭の中では、既に答えは出かけていた。

 

 

そして、そんな石上と手を繋ぎながら歩くミコは。

決して、恋人同士の繋ぎ方ではないし、そういうシチュエーションでもない。

この子の事を思えば、一刻も早く母親の元に送り届け、この状況は終わらせるべきなんだ。

 

――――なのに……

心のどこかで、こう思ってしまうのをミコは否定出来なかった。

 

『ずっと、このままで居れたら良いのに』と――――。

 

だが、そんなささやかな誘惑の声に反し、終わりの時は訪れた。

ミコの目に、迷子センターのテントが見えてきた。

 

若い成人女性が、ミコの手に繋がれている男児を捉え、一目散に走ってきた。

 

「さかきちゃん!ああ、良かった!」

 

「おかあさーん!」

 

駆けてくる母親の姿を目に捉えた男児は、ミコの手を離し、母親と同じように全力で駆けて行った。

それと同時に……手を繋ぐ大義名分の大半を失った石上のミコ、2人の手も離れる。

 

「あっ……」

 

喜びの声をあげる親子とは裏腹に、思わず残念そうな声がミコの口からは漏れた。

その声を聞いて石上が振り向くが、ミコは慌てて何でもないような顔を取り繕った。

その内、気のせいかと石上は視線を逸らした。

 

「あのね!あのおねえちゃんがずっといっしょにさがしてくれたの!」

 

男児が、笑顔でミコを指差す。

それを受けて、母親が何度も頭を下げてミコにお礼を述べる。

 

「いえ、良いんです!この子が困ってたから、ほっとけなくて!」

 

半泣きで繰り返しお礼を言ってくる母親に困惑しながら、ミコがお礼の言葉を受け取る。

 

「それに……お礼なら、この人にも言ってあげてくださいますか?」

 

ミコが、右手をスッと石上の前に差し出す。

 

「私とこの子が変な人達に絡まれてるのを助けてくれたんです。無事に送り届けられたのは、彼のおかげでもあるんです」

 

「ちょっ、伊井野……」

 

突然功労者である事をバラされ気恥ずかしい石上に対し、親子がお礼の言葉を述べてきた。

 

そうしている内に、この親子の身内だろうか。祭りの雰囲気にはあまり似つかわしくない、どことなくビシッとした身なりの初老の男性と、旦那と思われるこれまた凛々しい若い男性がやってきた。

親子がその2人にも事の顛末を話し、2人からもお礼を言われた後。

迷子の男児を送り届けた石上とミコは、やっとお礼の嵐から解放された。

 

「ばいばい!おねえちゃん!」

 

「うん!もう迷子になっちゃダメよ!ばいばい!」

 

無邪気な笑顔で手を振る男児に対して、同じく笑顔で手を振り返すミコ。

やがて、一家の姿は遠のいていき、見えなくなった。

 

……ちなみに、この迷子の子供が区長の孫であり、

『赤坂新聞』の投書欄に『見上げた若いカップルが迷子を助けた』という投書が為された事と、

ちょっかいをかけて来たろくでなし共が、これまでの行為のツケを払わされた事になったのは余談である。

 

「……お前ってさ、つくづく凄いよな」

 

石上が、ミコに語りかける。

 

「えっ?」

 

「自分の楽しみより……困ってる人を助ける事を優先してさ。後夜祭の時といい、今日といい……」

 

どこを見るというワケでもなく、視線を宙に浮かせたまま石上が呟いた。

 

「そんで、それを自慢するワケでもなく、助けただけの僕を引き立てたりもして……

たまには自分の事を優先しても良いのに。そういう事出来る奴って……なんだかんだ言って……凄いと思うわ」

 

ミコの胸が、今間違いなく、再びきゅんとときめいた。

石上から素直に褒められたのは、別にこれが初めての事ではない。

しかし……石上への想いを自他共に認めてからは、初めての事であった。

 

今やミコの頭の中に、『失態を恐れて石上に素っ気なく接しなくてはならない』という考えはすっかり失せていた。

あんなに素っ気ない態度を取ったのに。

勝手にはぐれてしまった自分を探しに来てくれた事。

窮地に陥っていた自分を助けてくれた事。

ウソでも、『彼氏』と言ってくれた事。

そして、自分が断り無くやった行為を理解し認め、褒めてくれた事……

嬉しい気持ちで満ちたミコの頭の中に、躊躇いというものは無かった。

 

「んじゃ、会長達と合流するぞ。今会長に連絡取るから……」

 

石上が、白銀に連絡を取ろうとスマホを取り出した。

だが。

 

「……待って」

 

スマホを操作しようとする石上の腕を、軽く掴んだ。

 

「?どうしたんだよ、伊井野」

 

ミコの行為を訝しむ石上に、ミコが、ゆっくりと、一言ひとことを噛みしめるように喋り出した。

 

 

「じゃ……じゃあ……

私も……自分のワガママ、言っていいのかしら?」

 

「?何だよ?」

 

伊井野の事だから、かき氷だの焼きそばだのを奢ってくれ、とかだろう……石上は、そう楽観視していた。

だが、ミコの口からはその予想を大きく外れた言葉が飛び出してきた。

 

「ここで、花火を見たいの」

 

その言葉の意味する所に、一瞬だけ石上の胸が高鳴った。

だが、すぐに思い直し、脳内に疑問符を浮かべる。

 

「どういう事だ?会長達と合流しないのか?」

 

石上の当然の疑問にも、学年1位をキープし続けるミコの脳内では完全な受け答えが用意出来ていた。

 

「……あの子と一緒に歩き詰めで、歩き疲れちゃったの。今から白銀会長達に合流してたら、花火、少し見逃しちゃうでしょ」

 

そう、花火が打ち上がりだすまで、もうあと2分とまで迫っていたのである。

 

『歩き疲れた』ミコと一緒に歩いて合流していては、花火の一部を見逃す事になるだろう。

 

「……だったら、僕がおぶって行こうか?嫌なら、っていうか嫌だろうけど、会長達の方にこっちに来てもらうとか」

 

「おぶったら、アンタが花火見れないでしょ?それに私のせいで迷惑かけてるのに、白銀会長達がこっちに来てくれなんて、言えないわよ」

 

ミコの言うことも一理あるだけに、石上は頭を悩ませた。

 

「だから、ここで見るの。私……いえ、私達は」

 

そう言って、ミコは石上としっかりと視線を合わせた。

 

「ぼ……僕もか?」

 

「置いてく気?またさっきみたいな奴らが来たら困るでしょ。アンタは臨時のボディーガード。べっ、別に一緒に見たいとかそういうんじゃないから。居てもらわないと困るってだけよ。

それに、たまには自分の事を優先しろって言ったのはアンタでしょ?……で、どうなの?」

 

ミコは、石上の優しさをよく知っていた。

この少しのわがままに対する石上の答えは、おおよそ見当が付いていた。

 

「……まあ、伊井野がそれで良いってんなら」

 

はっきりとはしないが、それはミコの要望を受け入れる答えであった。

 

「けど、会長達に連絡は」

 

「私からしておくわ。四宮先輩に言っておく。石上と合流出来ました、って」

 

そう言ってミコはスマホを取り出し、優等生にはあまり似つかわしくない迅速な手付きで操作し始めた。

自分の想いを知っているかぐやなら、自分の真意を理解してくれるだろう。

 

石上から良い返事を貰えた事で口元が緩みかけるのを必死でこらえつつ、スマホを操作するミコ。

そうしている内に、空に乾いた音が鳴り響き……打ち上げ花火が、開始された。

 

「わあ、綺麗!」「お、始まったな」「たーまやー」

 

あちこちから、花火に対する反応が聞こえてくる。

 

かぐやへのメッセージを送信し終えたミコも、次々と打ち上がる花火に目を奪われていた。

 

「……きれい。ね、石上」

 

ほぼ上の空で、隣に居る石上に同意を求めたミコ。

 

「……だな」

 

だが、上の空だったのはミコだけではなかった。

花火に夢中なミコは気付かない。

隣に立つ男が、花火ではなく、それを夢中で見ている自分の横顔を見つめている事を。

 

綺麗なのは、花火だけじゃない。

自分の都合や楽しみをなげうってまで、皆の為に、困っている人の為に動ける。そういう人間の心が……綺麗だ。

 

 

『何で、そんな事を思う?』かだって?

実に簡単な話だった。

いつからかは分からない。

しかし、間違いなく今はそうだと言える。

もう自分を騙し続けるのも、馬鹿らしくなった。

 

この、クソ真面目で、融通が利かなくて不器用で、いちいち突っかかってきて、承認欲求激強で、危なっかしくて、小さいくせに大食いで。

――――けど、まっすぐで、とても頑張り屋で、見返りを求めず他人の為に動けて……そんで、ちょっとだけ胸も大きくて、ちょっとだけ可愛い所もあるコイツを。

 

僕は――――コイツの事を――――……

 

 

 

 

色とりどりの花火が打ち上がっていく中。

ミコは、本人の預かり知らぬ所で失恋した。

 

……そう、これもある意味『失恋』なのだ。

『恋が終わりを迎えた』のだから。

……そう、『片想いという恋』が。

 

ミコの預かり知らぬ所で、今この時を以て、『片想いの恋』は終わりを告げ。

『両想いの恋』が、石上とミコの歴史の中で、新たな時を刻み始めたのだ。




ここからやっと、2人が同じ想いを抱くようになります。ここからが本当のスタートと言えるのかもしれません。
次回から、2年生2学期編が始まります。
男児の名前『さかき』は、竹取の翁の名前から拝借しました。

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