伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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一ヶ月も待たせてしまい誠に申し訳ございませんでした!
内容で色々悩んだのとスマホがぶっ壊れるというトラブルが有りこれだけ伸びてしまいました(;一_一)

途中辛い内容となりますが、
無論そのままでは終わりません。


第12話 石上優は乗り越えたい

『塞翁が馬』ということわざが有る。

『人間の幸福と不幸は変転し定まりの無いものである』……という意味である。

……そう、幸福だと思っていた事から、不幸が訪れてしまう事も有るのである。

ちょうど、このとある1人の高校生のように……

 

第69期・秀知院学園生徒会副会長兼会計・石上優は、そこそこに幸せと思える日々を近頃は過ごしていた。

前期生徒会の解散と共に途切れてしまうと思っていたミコとの繋がりが、引き続き保てられた事。

昼の時間や放課後に、『生徒会の活動』という名分ではあるがミコと共に居られる事を、少しだけ幸せに感じていた。

 

……もっとも、そんな事は決して口に出してはならない。

もし、そんな事を口にしてしまおうものなら!

 

『(うわっ……私と一緒に居るだけで幸せ?気持ち悪い勘違いをしないでよ……アンタとはあくまで生徒会役員として一緒に居るだけなのに……

ほんと……生理的に無理)』

 

などと言われかねない!

 

……が、よくよく思い直してみれば、『今回は』そこまで言われる可能性は低いかもしれない。

何せ、自分が副会長兼会計として今こうしてここに居るのは、他ならぬミコからの頼みが有ったからこそなのだ。

本当に一緒に居るのも嫌なら、そんな事を頼んでくる事も無いはず。

 

……いや、むしろ。

ひょっとして。ひょっとして……

伊井野も、僕の事を……?

 

しかし、石上は頭の中に浮かんだおめでたい考えを振り払う。

 

あくまで伊井野は、『一緒に仕事するくらいならまあ良い』程度の認識なのかもしれない。いや、確実にそうだろう。

ここで変な勘違いをして痛い目を見たバカな男が、どれだけ居た事か。

自分は、その轍は踏まない。『勝って兜の緒を……』いや、まだ勝ってもないけど、とにかく気を緩めずに、じっくりチャンスを伺っていくんだ。

 

 

生徒会室。

第69期生徒会の面々は、雑多な資料の整理を行っていた。

 

「うん……こんなもんで良いかな。どう、伊井野?」

 

作業を一区切り付けて目を上げたのは、第69期生徒会にて庶務となった、石上とミコの同級生・小野寺。

ミコと距離が近い人物であり、『まあやってみても良いかも』という理由で新たに生徒会に加入する事となった。

 

「麗ちゃんお仕事早いですね~!飲み込みが早いです!」

 

周りにお花をぽわぽわと浮かべて小野寺を褒めるのは、3期連続で生徒会書記を務める事となった藤原。

ミコの尊敬の対象である彼女は、『卒業まで』という条件で生徒会役員を続投する事になった。

 

「うん、ありがとね麗ちゃん」

 

「藤原先輩、小野寺さんを褒めるのも良いですけど手を動かしてくださいよ」

 

そして、生徒会長を務めるミコは会計監査を兼任。

そんなミコを補佐する石上も、会計を兼任しての布陣であった。

小野寺以外は全員前期から続投する形となり、生徒会の仕事の経験を積んでいる為、

石上とミコの兼任も大した負担にはなっていなかった。

 

 

「石上。同級生なんだからさ、『さん』付けしなくても良いよ」

 

小野寺が、眼力の強いぱっちりとした目で石上の顔を凝視する。

 

「えっ……でも」

 

いきなりそう言われても、と戸惑う石上。

ご存知の通り、石上は交友関係が狭く、女子とあらば尚の事である。

どこか違う世界の神の視点を持つ住人(どくしゃ)たちからは『ハーレム』などと言われる事もしばしばであるが、

確かに彼と関わりのある女子はそこそこ居るものの、

藤原にかぐや、眞妃にかれん、つばめ……と、先輩にあたる存在が多数を占めるのである。

彼にとって、敬語を使わず普通に話せる(最近は少し意識してしまいどぎまぎする事も有るが)女子というのは、伊井野ミコただ1人であったのだ。

自分がいわゆる『陰キャ』である事を自覚している石上が、ウェイ系リア充ギャルな小野寺に対して腰が引けてしまうのは致し方ない事であり、『さん』付けで呼んでしまうのも当然の事であった。

 

「だって、伊井野の事は呼び捨てで呼んでるじゃん?……あっ、まさか、そういう?『石上の中では呼び捨ては特別』って事?」

 

「「そんなんじゃないって(わよ)!!」」

 

石上とミコ、2人が慌てて否定する声が重なる。

 

「息ぴったりじゃん。ほらそういう所だって」

 

「うっ……」

 

石上が反論に窮する。

息ぴったりと言われるのは今やどこか嬉しいところではあるが、

それをこの場で認めてしまえば、ミコへの淡い思いを曝露する事も同然である。

 

「えっ?石上くんとミコちゃんはそんな意味深な仲じゃないですよ?この前もミコちゃん、『石上には監視の意味も含めて仕方なく入ってもらう』って言ってましたし」

 

これだから恋愛にニブチンな自称『ラブ探偵』は困る……と、石上は心のなかで大きめのため息をついた。

いや、普段はこのニブさが助け舟になるのかもしれないけど、今は困る。

……ていうか、やっぱり伊井野は単にそういう意味で自分を誘ったのだろうか。

いや、単に対他人用の建前かもしれない、いや十中八九そうだろうけども……言葉にして改めて聞かされると、やっぱり若干凹む。

 

「ほら、そういう訳じゃないんでしょ?だったら呼び捨てくらい別に何ともないでしょ。てか、さん付けとか逆にむず痒いから」

 

そう言われても。

どうしてこういうウェイ系な人は、距離の詰め具合が急なんだよ。

……けど、ここで無理に拒否したら。

言う通り、『呼び捨ては特別』であると言っているようなものではないか。

仕方無い。悟られてしまわない為にも。

ここは……呼び捨てなんて何でもないよという体を装わなければならない。

 

「わ、分かったよ、お……小野寺…さ」

 

「おーい」

 

「う……お……小野寺」

 

「……なーんか無理無理言い切った感有るけど」

 

小野寺は言葉を切り、ミコの方をチラリと見た。

何もないような表情を装ってはいるが、小野寺は見逃してはいなかった。

石上が自分以外の同級生の女子を呼び捨てで呼んだという事実に、どこか複雑そうな表情をしていたミコの顔を。

 

「まあ、いっか」

 

色々と期待していた物が見れてひとしきり満足した小野寺であった。

 

「えっへへー、同い年で理解のある人が増えて良かったですね石上くん」

 

藤原が周りに花がぽわぽわ浮かぶような満面の笑みで石上に問いかける。

 

「石上くんはちょっと根暗でセクハラくんで先輩に対する敬意が欠けてる所も有りますが、決して悪人じゃあないですからね〜」

 

……せっかくの理解が粉々に砕け散るような言葉は勘弁してほしい。

そもそも敬意云々は自業自得な気がするのだが……

 

「せ、セクハラ?藤原先輩石上にセクハラされた事有るんですか!?」

 

ミコが驚愕の表情でスッと立ち上がった。

 

「いや待て伊井野、それは「忘れてないですよ石上くん!私のおっぱいを指して『確実にDカップ以上』とか言いながらこんな風にしてたのを!」

 

石上の弁解を遮り、藤原が石上の過去の過ちを曝露しつつ両手を胸に当てゆさゆさと揺らすような仕草を見せた。

 

「「うーーっわ」」

 

ミコと小野寺の、ドン引きを一切隠さない声が重なった。

 

その目は勿論、一部の特殊な人々なら逆に喜んでしまいそうな軽蔑しきった目である。

 

「いやアレはですね!会長と思春期男子のトークが加熱しちゃった末の過ちというか!ていうか藤原先輩散々あのハリセンで叩いたでしょ!アレでスッキリして忘れてくださいよ!」

 

小野寺は勿論の事、ミコすらも知らなかった黒歴史をいきなり曝露されて慌てて弁解する石上。

しかし、ミコと小野寺の軽蔑の視線は変わらずであった。

 

「……し、死にたいので帰ります」

 

何だかとっても居辛くなり、その場から退散しようとした石上。

だが、そんな石上をミコが引き留めた。

 

「ダメよ、ここに居なさい。藤原先輩の胸を見てそんないやらしい事を考えるアンタを野放しにしたら、その辺の女子に何をするか分かったもんじゃないんだから」

 

……ああ、マジで死にたい。

半分、いやどうか100%冗談であってほしいが、伊井野にあらぬ勘違いをされてしまってるし。

ていうか、あのおっぱい見てやらしい事考えるなって無理だろ。いくら中身が珍妙生命だからってあのおっぱいに罪は無いだろ……

ってな事考えてたら、まるで本当にセクハラ野郎だ。ああ、本当に消えてしまいたい。

 

「ちょ……ちょっと外の空気吸ってくる」

 

これくらいなら許されるだろう。なんかもう色々と居辛いし少しは逃げさせてくれ。

 

「ちょっ……だからダメだって!」

 

小野寺の方から半強制させたような形とはいえ、

ミコの知る限り、石上が自分以外の同級生の女子を初めて呼び捨てにした事は事実。

口が裂けても言えないが、その事でミコの中には少し焦りのような気持ちが生まれていた。

そしてその感情は、今生気の無い顔でこの場から逃げて行こうとする石上の手を、自らの手で引き留める事に繋がった。

 

「「あっ……」」

 

咄嗟に出したミコの手が石上の手を包むと同時に、2人の口から漏れる声。

誰に示された訳でもないのに、互いに互いを見合わせ顔を見つめ合う2人。

そして、その互いの顔は、みるみる内に赤く染まっていき……

 

「い、伊井野」

 

「……あっ、うん……」

 

しばしの間時が止まっていたが、このままでは色々とマズいと判断した石上が軽くミコの手を振り解いてそれは終わった。

そして無言でそそくさと生徒会室を後にした。

 

そんなあからさまな様子を見ても何も感じない自称ラブ探偵の隣では、小野寺がいつものクールな表情を保ったまま1人考えに耽っていた。

 

あいつら、いつからだろう……

 

 

生徒会室から離れた石上は、早足で歩きながら今しがたの出来事に思いを馳せていた。

 

なんだ?何だよアレ?

何で、ちょっと手を握られた程度で。

あんなに、恥ずかしいというか、照れるというか、なんというか……

 

そもそも、伊井野の方も何で僕と同じで顔赤くしてるんだよ?

 

……いやもう、これやっぱりアレじゃないか?

やっぱり、伊井野の方も……

そうじゃなきゃ、普通すぐ怒るか、サッと手を解くだろ。

 

……いやいやいや、落ち着け落ち着けよ僕。

ちょっと不意に手を握った時にちょっと予想と違った反応が返って来たからって『もしかしてだけど』とか、思い込みの激しい男子中学生じゃねぇんだからさ。

 

……いやでも、向こうから生徒会に誘ってきた訳だしやっぱり少しは。

……いやいやいやいや、さっきも言ってただろ、監視の意味も含めて、とか。

アレが本音かもしれないだろ?だとしたらちょっと残念というかショックだけど。

 

決してミコと『くっついている』訳ではないとはいえ、

アイツ自分に惚れてるんじゃないか、いやいや待て待て……などと言うことで悩める事は、恋真っ盛りな者の特権として、ある意味で幸せな事であった。

 

そう、石上はここの所、幸せであった。

つばめからの失恋を乗り越えた後は、何やかんやで伊井野や先輩達との思い出も作れているし、

一度は離れようと思案したが、理由はどうあれミコが必要としてくれた事で、(生徒会役員』という名分のもと、ミコと引き続き一緒に居れる事となった。

 

……だが、人生には、幸運の波と不幸の波というものが有る。

幸運が来れば、その後に不幸な事が来るのは、ある意味で自然な事であった。

 

校舎の陰になっており、人目に付きにくい場所。

生徒会の面々と一緒に居る時以外は1人で居る事が多かった石上の足は、自然とそこへ向かっていた。

いつも人の居ない、静かで落ち着くその場所は、石上のお気に入りの場所であった。

 

だが、今日は少し様子が違った。

何か、妙な音が聞こえる。

 

「〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 

押し殺されたような、ぐぐもった叫び声のような音。

そして、何人かの若い男の、下卑た調子の話し声が聞こえてきた。

 

「やっべ、マジ柔らけぇわー」

 

「もう諦めて大人しくしろよ、全員と1発させてくれれば良いからさ」

 

「んな事いっても聞こえてねーべ?目隠しの後ソッコーで高級耳栓突っ込んだしな」

 

「だな、じゃあ時間いっぱい楽しむとしますか」

 

……自分の勘違いだろうか。

いや、どうか勘違いであってくれ。

勘違いというなら、僕がただの、伊井野のことを責められないほどのエロ妄想野郎だって事になるだけだから。

 

……しかし、石上の目に飛び込んできた光景は、彼の想像が間違っていなかった事を示すものであった。

覆面を被った私服の3人の男と、彼らに目隠しと耳栓をされ口にガムテープを貼られ、

衣服を乱され、露出した部分をあちこち乱暴に触られている女子が激しく抵抗していた。

 

石上は、正義感の強い男である。

強すぎると言っても過言では無い程だ。

そんな彼がこの光景を見た時に取る行動は、1つであった。

 

「おい!お前ら何してんだよ!」

 

出せる限りの大声を出し、石上は暴漢3人に食ってかかった。

 

「!?やべぇ、見られた!」

 

「落ち着け、顔は見られてねえから逃げ切れば大丈夫だ!」

 

逃す訳ねぇだろ。全員捕まえて先生に突き出してやる。

 

元陸上部のエースであった脚を活かして、石上は素早く3人との距離を詰めた。

だが、こういった悪事を行う人間は、得てして悪知恵が働くというものだ。

 

「バーカ!」

 

既に逃げ出す態勢を取っていた3人の中の最後尾の男が、落ちていた石を3つ矢継ぎ早に投げつけてきた。

 

「いっツ!」

 

それらは全て石上の頭にヒットし、石上はよろめいてその場に倒れそうになった。

 

「よっしゃ今の内!」

 

その隙を見逃さなかった暴漢達は、あっと言う間にその場から走り去ってしまった。

倒れそうな所を何とか踏ん張った石上であったが、3人を取り逃がした事を認識するや否や、やり場の無い激情を迸らせた。

 

「クッソ!アイツら……ふざけんなよ!」

 

顔も見れていないから、誰なのかも分からないあんな卑劣な奴らを野放しにしてしまった。

絶対、ここで捕まえて先生に突き出すべきだったのに……

だが、こうして逃してしまった以上、今は他にやるべき事が有った事に気が付いた。

そばで目隠しとガムテープ、耳栓をされて恐怖に怯えている被害者の女子を助ける事だ。

衣服がはだけており、思春期真っ盛りの男子高校生には少々目の毒な姿ではあったが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

石上はまず、耳栓を外す事にした。

声が聞こえるようになればやり取りが可能となり、手助けするにも意思の疎通が出来ればスムーズに行くはずだ。

 

……だが、後から思えば、この判断がまずかったのかもしれない。

石上が、恐怖で震える女子生徒の耳から耳栓を外したその瞬間。

 

「おい石上!てめぇ何やってんだよ!?おーいみんな!石上のヤツが!」

 

どこからか、叫び声が聞こえてきた。

この声は、聞き覚えがある。

というか、さっき聞いた。

この人を襲っていた暴漢達の内の1人だ。

辺りを見回すも、奴らと思わしき姿は発見出来なかった。

その代わりに……その叫び声を聞きつけてやって来た他の生徒達の姿が、ひとり、また一人と姿を現し始めた。

 

「は……?おい、石上!何やってんだてめぇ!」

 

「えっ、ちょっと何アレ……?石上の隣に服脱げかけた女子が居るんだけど!?」

 

叫び声に寄せられて集まって来た生徒達は、目の前の『犯行未遂』を、石上が行ったものだと勘違いしている事は明白だった。

 

「てめえざっけんなよ!この変態野郎が!」

 

駆け寄って来た男子生徒の1人が、問答無用で石上に殴りかかった。

 

「ちょっ……ふざけんなよ!これは僕がやったんじゃなくて……」

 

「どう見てもお前だろうが!お前じゃねえって証拠でもあんのかよ!」

 

更に駆け寄って来た他の生徒に羽交い締めにされた石上に対し、吠える男子生徒。

 

「犯人は3人だったぞ!この人に聞けば……」

 

そう言いながら被害に遭った女子の方を向いたが、そこで言葉は途切れた。

石上は気付いてしまったのだ。

そう、この女子が目隠しと耳栓をされ、何も見ても聞けてもいないという事実に。

更に言うならば、この女子が耳にしたのは、石上が耳栓を取った直後、犯人と思わしき輩が発した、石上を名指しした叫び声だけなのだ。

犯人は別に居ると明確に言えるのは、石上自身のみであった。

 

「……私、耳栓されてたから聞いてない……誰かが皆を呼ぶ叫び声しか、聞いてない……」

 

恐怖で震える女子生徒が、石上にとっては嫌な現実を突き付ける。

 

「なるほどな。見ても聞いてもいないのを良い事に犯人をでっち上げか石上?」

 

「てめえ中等部であんな事しといて、大人しくなったと思ったら高等部でもこんな事すんのかよ!」

 

そう言いながらまた一発、石上の顔に拳が入る。

 

「……ざけんな。僕を名指ししてお前らを呼び寄せた奴こそが犯人で僕はただ……」

 

「黙れよ。誰がそんな事信じるかよ」

 

「そうよ!中等部の頃大友さんや荻野くんにあんな事しといて!」

 

「あんたの方が居なくなれば良かったのに!最低!」

 

 

石上は、目を背けたくなるような現実に改めて気付いてしまった。

最近は、ほんの少しずつではあるが身の回りに理解者が増えてきていたから忘れていた。

――――この場所は、自分にとって敵ばかりであるという事実に――――。

 

 

 

 

こういう時、『前科者』は不利なのだ。

一度罪を犯しているだけに、次にまた疑われるような事が起これば、話すら聞いてもらえずにクロと認定されてしまう事が少なくない。

……だが、厳しい言い方をすれば『前科』を犯したその者の自業自得と言える部分も有る。

 

石上にとっての悲劇は、本当はやってもいない事で『前科者』として扱われ、そのせいで全く身に覚えの無い濡れ衣を着せられてしまった事だろう。

あの後、石上は数人がかりで引っ張られて職員室まで連れて行かれた。

教師達も中等部時代の事件をある程度知っているだけに、石上の否定の声よりも紛らわしい部分のみを目にした他生徒達の声を信用してしまった。

石上にはひとまず休学が言い渡され、数日後の理事会で議題に上がり処分が決定するとの事だが、

『ほぼ間違いなく退学になる事を覚悟しておけ』と念を押された。

 

今度は、石上家が仲違いする事は無かった。

大友を庇う為に否定しなかった中等部の時と違い、今回は終始強く否定していただけに、家族は味方となってくれた。

石上の両親は学校に無実を直訴しに赴いたが、零細玩具メーカーの一家である石上家に、秀知院に働きかけて決定を覆すような力は無い。

石上は今、暗い自室の中で、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる最後の刻を、無念と諦観にまみれながら待ち続けていた……

部屋の中では、まるで息をしている者など居ないかのように痛々しい程の静寂が流れていた。

が、そんな静寂を破る音が部屋のドアから鳴り響いた。

 

コンコンと控えめに戸を叩く音がした後、聞こえてきた声は。

 

「……石上、入っていい?」

 

休学を食らった石上の様子を見に来た、ミコのものであった。

……だが、部屋の中から返ってきた返事は冷たかった。

 

「…………伊井野。帰ってくれ」

 

そう返されるのを全く予想していなかった訳ではないミコは、少しムッとした気分をすぐさま落ち着かせて話しかけた。

 

「……石上。私はアンタがそんな事をやっただなんて信じては――」

 

「もう金輪際僕に関わるな!!」

 

石上の悲痛な叫び声が、ミコの言葉を遮った。

 

「ど、どうして!?」

 

まさか、金輪際関わるなとまで言われるとは予想はしていなかった。

 

「……やっと生徒会長になれんだろ。こんな、信頼も評判も地の底な僕に構い続けてたらお前の評判だって悪くなるだろ!

今回だって、副会長に任命した事でお前も責任が問われるかもしれない。

……僕を生徒会に入れた事自体が、間違いだったんだよ」

 

元々卑屈気味な性格であった石上だが、今や言葉の端々に自虐の念が滲み出ていた。

 

「そんな……そんな事、無いわよ!アンタは2期も生徒会を務めてる経験が有るじゃない!客観的に見ても間違ってなんか――」

 

「伊井野!!」

 

石上の大きな声で、驚いたミコは閉口した。

 

「……僕はもう、あそこには戻れない。元々一部の人以外は敵だらけで陰口が当たり前だったのに、今はもう僕を見たら殺しにかかりかねないレベルの敵だらけさ……秀知院に、僕の居れる場所はもう……無いん……だ……」

 

とうとう、言葉に嗚咽が交じるのを隠せなくなった。

ドアに隔たれていようと分かる。部屋の中に居る人物が、今どれほど苦しくて、悲しい思いをしているかという事が。

 

「伊井野……わざわざ来てくれてありがとう。けどもう、僕に関わらないでくれ……僕に構い続けた事でお前が生徒会長から降ろされたりしたら……僕だって……余計に苦しくなるだろ……」

 

不器用な石上が、涙声混じりで話すその言葉に嘘偽りは無かった。

ミコの胸中を、扉の向こうにいる人物と同じような悲痛な感情が満たした。

頬に一筋の涙の跡を滴らせ、居ても立ってもいられなくなったミコは。

石上の部屋の戸の前から離れ、階段を降りて行った。

扉の前からミコが居なくなった事を感じ取った石上は、心の中の穴が更に大きくなった事を確かに感じ取りながら、その場に目を閉じて倒れ込んだ。

 

 

――――それから、数日間。

藤原からの励ましているのか何なのかよく分からないメッセージや、かれんからの校内新聞で擁護の記事を書いた事を知らせるメッセージをLINEで受け取りはしたが、

今の石上には、彼女らの好意にツッコむ気も応える気も起きなかった。

 

少ない理解者が動いたところで、殆どの生徒からしたら自分はストーカー野郎であり、強制わいせつ未遂犯だ。

退学は、もう免れないだろう。

……会長や四宮先輩が与えてくれた、『生徒会』という居場所。

結構好きだったし、学校の運営に関わって行く事で学校のより色んなところを知れたし。

……ちょっと、ほんのちょっとは、あの学校を好きになれたと思ったのに。

理不尽な理由で、僕は追い出される。

ゲス野郎共から救おうとして、どうしてこうなるんだろう。

自分の善意からの行動は、全て悪しき結果を生み出すのだろうか?

自分は追い詰められ、伊井野も、僕を任命した事について責任を問われるかもしれず……

そう考えると、もう何もする気は起きない。

そうだ。良かれと思ってやっても、結局こうなるんだ。

僕は……何もしない事こそが最善なのかもしれない。

こうして、自分の部屋で独りで居れば……これ以上、誰も不幸にならないだろう。

そうだ。こうして孤独に、誰とも関わらない方がみんな幸せなままなんだ……

 

石上の目から、一筋の涙が頬を伝って落ちた。

ここ数日は、もう1日の半分以上を眠って過ごしている。

起きていれば、こうして悲惨な現実を自覚させられ、悲しい思いをするだけだからだ。

石上は喪失感に身を焦がしながら、ゆっくりと目を閉じて眠りにつこうとした。

 

……その時。

スマホから、LINEに着信が有った事を知らせるSEが鳴り響いた。

興味は無かったが、眠る前にとりあえず見るだけ見ておこうと思い、差出人を確認すると。

メッセージの差出人は、金輪際関わるなと言っておいたはずのミコであった。

 

【3日後に、今回の件について学年集会が開かれるわ。私に任命の責任を問うんだって。

けど、私は逃げないわ。石上は絶対やってないもの。

だから石上も……逃げないで】

 

嫌な想像が、当たってしまった。

副会長に任命したばかりの『前科持ち』の男が、学内で強制わいせつ未遂を犯した(と取られている)のだ。『何故そんな男を任命した』と言われるのは不自然では無いだろう。

 

……だが、こうなる事をある程度予想していた石上の覚悟は、既に決まっていた。

どうせ追い出されるような僕の事で、伊井野に迷惑をかける訳には絶対にいかない。

……それなら、僕が全て罪を背負えば良い話だ。

簡単なことだ。『伊井野は進んで任命したのではなく、僕に弱味を握られて否応なしに任命した』と言う事にすれば良いんだ。

それこそ、ストーカーの末に隠し撮りした卑猥な写真を盾に、ばら撒かれたくなければ……と脅した、という事にでもすれば良い。

僕に関する悪い事なら、みんなすんなり信じるだろう。

どうせ、もう評判なんて地獄の底まで落ちてるんだ。

こうなった以上、それが最善だ。

 

――――絶対に伊井野への責任など、問わせはしない。

 

自分の尊厳を擲つつもりの石上が、悲痛な覚悟をその目に宿した。

 

――――そして、学年集会が開かれる当日。

石上は、己が更に有りもしない罪を被りミコを救う為に『敵地』へと赴いた。

 

参加する以上、求められるのは贖罪の言葉だろう。

……だけど、お前らの思い通りになんてならない。

僕はお前らが思っている以上に最低な人間である事を自白し、全く反省もしない、最悪の男としてここを去るんだ。

……それでこそ、伊井野は『最低なヤツに不運にも弱味を握られ脅されていた被害者』として、晴れて許される事になるんだ。

 

集会は体育館で行われるが、石上は担任と生徒指導の教師に付き添われ、他の生徒とは離れた、壇上と繋がっている別室で待機する事となった。

そこに移動する僅かな間にも、周りの生徒からは容赦なく敵意のこもった視線と言葉が飛んでくる。

だが、石上はもう気にしてはいなかった。

こんな理不尽に耐えるのも、もう今日で最後であると分かっていたからだ。

 

……やがて、いつの間にか壇上に上がっていたミコの声がマイクで拡声され、学年集会が始まった事が分かった。

 

「……皆さん、今回の事件について。私が任命した生徒会副会長・石上優が皆様を怖がらせてしまった事、深くお詫び申し上げます」

 

淡々とした調子で話すミコ。恐らく、前もって練習したのだろう。

だが、石上にはその言葉は、無理矢理読んで心がこもっていないように感じ取れた。

……今この瞬間にも、僕の潔白を信じ切って、この『紛糾集会』に対する嫌悪を隠せないのだろう。

……少なくとも、ここまではそう感じ取れた。

だが、次の言葉からは、誰が見ても明らかにハッキリと、ミコの言葉には力がこもっていた。

 

「……ですが、石上は無実です」

 

「!?」

 

驚いて思わず、用意された椅子からガタンと立ち上がった石上を、担任の先生が諌める。

が、その担任の教師も、そばにいる生徒指導の教師も少し驚いた表情をしている。

つまり、教師にとっても予想外の発言だったようだ。

 

「はぁ?何言ってんだよ!?石上がやったんだろ?」

 

そのヤジを皮切りに、あちこちからざわめきが聞こえてきた。

意味が分からないだとか、責任逃れのつもりか、伊井野さんがそういう事するとは思わなかった……等だ。

 

おい、伊井野。

今更僕を庇ったって、お前の評判が僕に引きずられるように落ちていくだけだぞ?

そんな事が分からないお前じゃないだろ……?

 

だが、石上の心配を余所に、ミコはすぅーっと大きくひとつ深呼吸をし、更に力強い口調で話を進めていく。

 

「まず、皆さん思い出して下さい。誰も、石上が被害者の女子生徒を襲おうとしていた所を見ていないのに、『誰か』が叫んだ叫び声を聞いて来て見た場面だけを見て石上を犯人だと言うことにしています……ここまでは確かですよね?」

 

「石上が目隠しされて脱がされかけてるあの子のそばに居たんでしょ?それだけでクロじゃないの?」

 

一人の女子生徒が反論する。

 

「確かに、そこだけ見ると少し怪しいかもしれません。けど、私が被害者の女子生徒に聞き取りを行った所、こう言っていました。

『耳栓をされて、犯人の声は聞こえず、誰かが石上を名指しして叫んだ声からしか聞いていなかった』と。

……皆さん、よく考えてみて下さい。石上が犯人だとしたら、『途中』で耳栓を外す理由が、有りますか?」

 

「……あっ?」

 

「……言われてみれば?」

 

ミコの推論を聞いた他生徒達が、またざわつき始める。

進行役の教師が困惑を隠しきれない声で静まるようアナウンスした事で、ざわめきが収まりミコが再び口を開いた。

 

「そして、他の生徒数名にも聞き取りを行ったところ、2つの証言が取れました。

まず1つ目に、皆が『誰か』が石上を名指しした叫び声を聞く前に、もう1つの大きな叫び声を聞いたそうです。『お前ら、何してんだよ』と。そしてその声は石上の声に似ていた、との事でした。

……石上が犯行に及ぼうとしていたのなら、周りに聞こえてしまうような大きな叫び声をあげる理由が有りますか?

そして2つ目に、取り押さえられた時の石上はこう言っていたようです。『犯人は3人だった』と」

 

今度はざわめくのとは逆に、周囲は固唾を飲んでいるかのようにシーンと静まり返っている。

皆、ミコの推論を自分の中でじっくりと咀嚼し受け入れようとしているのだ。

 

「つまり、石上は犯人ではなく、彼の言う通り3人の真犯人が別に居て、石上は彼らから被害者を助けようとしてその場に居た……そう考えるのが、適切ではないですか?

中等部時代の『噂』は、私も知っています。ですから、皆さんが石上を疑う気持ちも考えも理解出来ます。

ですが……皆さん、『噂』だけで物事を判断するという事は、時に判断を曇らせます。どうか今一度、今私が言ったことを考慮して思考し直してみては、貰えませんか?」

 

今度はまた、周囲がざわつき始めた。

隣の人や友人に、『どう思う?』とか、『石上が犯人じゃないって事?』などと相談し合っているようだ。

 

「じゃあ、石上以外に犯人が居るってのかよ?証拠は有るのか?」

 

一人の男子生徒が壇上のミコに向かって声をあげた。

だが、それに応えたのはミコではなかった。

 

「それは俺から答えてやろう」

 

応えたのは、警視総監の父親を持ついわゆる『VIP枠』の一人であり、剣道部部長を務める男子生徒・小島であった。

 

「この数日間、生徒会長や俺達は聞き取り調査を行いまくった。そして断片的な情報を掻き集めて、1つの結論に達した。

昼休みに全速力で走り、覆面を慌てて取ろうとしていた3人組を見かけたという事。ポケットから、雑多に押し込んだ覆面らしきものが見えていた生徒が居たという事実を、突き止める事が出来た……おい、入れ」

 

小島の声に合わせ、体育館の戸が開くと。

顔に生傷を沢山こさえて悲壮な顔をした3人の男子生徒が入って来た。

 

「真相は、お前ら自らの口で言え。俺に話した事と同じ事を言うんだぞ。嘘をついたら、今回の事を親父に話す用意が有る」

 

核内のトラブルとしてではなく、刑事事件として扱う用意があるという容赦無い宣告。

顔に傷の出来た男子生徒3人の内1人が、ゆっくりと口を開き、小島から渡されたマイクに向かって喋った。

 

「……俺達がやりました」

 

体育館中がどよめいた。

集会が始まるまで、思ってもみなかった『真犯人』が居た事が、今ここに確定したのだから。

 

「石上に犯行未遂を見られたお前らは、逃げ遂す中で石上を名指しで叫び、罪を擦り付けようとした。間違い無いな?」

 

小島からの圧力に震えながら、一人が『はい』と頷いた。

 

「それで、その胸糞悪い考え方はお前らが思い付いた訳では無いと白状したな。誰から吹き込まれたんだったか?」

 

小島からの質問に、一人が声を震わせながら答えた。

 

「イタズラがバレそうになった時は、人気の無い適当な陰キャに押し付ければみんなすんなり信じてくれるって……前に、荻野君から聞いたんだ」

 

予想外の名前が出た事により、辺りの生徒が驚愕の声をあげた。

 

「えっ、荻野ってあの……中等部の頃石上に殴られて居なくなったヤツだよな?」

 

「うそ……荻野くんがそんな事……?」

 

「待てよ、じゃあ中等部の頃石上がストーカーしてたってのももしかして荻野が……?」

 

「2日前に出てた校内新聞の記事の推理、合ってたって事?」

 

とうとう、真相が明かされた。

 

進行役の教師やその他の教師も、もはやざわめく生徒達を強く諌められないほど困惑していた。

代わりに、小島が『そろそろ静かにしてくれ』と頼んだ事により徐々に落ち着いてきた。

 

「中等部の頃の石上の『噂』は、アイツも強く否定しなかったから真実とされてきたが……被害者とされた荻野が下衆じみた考えを他人に平気でのたまうヤツだった事を考慮すると、再考の必要が有るだろうな」

 

そして、それまで壇上で静聴していたミコが言葉を発した。

 

「……皆さん。石上は、私の応援演説をしてくれた時に、こう言ってました。『理不尽に辛い思いをする人間を減らして行ける』って」

 

ミコはここで言葉を区切り、そして、意を決して言葉を続けた。

 

「皆さん、知らないと思います。アイツが、好きでもない女子が周りから孤立して辛かった時、名前を告げずこっそりと励ましてくれるようなヤツだって事を。

そんな事が出来るアイツが、理不尽な事で苦しくて悲しい思いをしなきゃいけないようであれば……私が生徒会長になった意味は無いと思います」

 

今や呆然としながら壇上から聞こえてくるスピーチを聞いていた石上は、この言葉で我に返った。

 

――――伊井野、知ってたのか。

僕が昔、あのメッセージと花を贈った事。

……いつから、気付いてたんだよ。

それに、四宮先輩なんかは『気色悪い』って一蹴したのに。

伊井野は……まるで、良い事のように受け取って……

 

「先生方、事前に話を通さず申し訳ありませんでした。生徒会長としての私の独断をお許し下さい。

そして、なるだけ早く……石上の休学を解除して、アイツが復帰出来るようにしてあげて下さい。校長先生には、既に話をしてありますので。

それでは、当初と予定は随分違う形となりましたが……これで、臨時の学年集会を終わりたいと思います」

 

ミコは、傾聴する生徒達に向かってペコリと頭を下げた。

 

ミコが壇上から退いたが、生徒達は何の反応も示す事が出来なかった。

今まで正しいと思い込んでいた事を、根底から覆された事を受け入れるには、誰しも多少の時間が必要であった。

事の成り行きを素直に飲み込めない石上も、同じく困惑した生徒指導の教師に『今日はもう帰りなさい』と言われ、予定していた『出番』の無いまま、そのまま帰路に着く事になった。

 

 

そして、2日後。

『真犯人』の存在と裏付けが取れた事で、集会の翌日には学校から休学の解除の通達が来た。

真犯人達は、中等部時代から素行は悪かったもののスポーツで優秀な成績を残してきた分で目を瞑られてきたが、

怪我や新戦力の台頭により立場を失いエネルギーを持て余し、素行の悪さがエスカレートしてしまった輩達であった。

当然、かつての荻野と同じ処分が下った事は言うまでもない。

 

石上は、様々な思いを脳内で巡らせながら秀知院学園高等部2-Aの教室へと歩を進めていた。

 

絶対に退学は免れないと思っていたのに、伊井野が集会で立証してくれた事で僕はは助かったみたいだ。

……だけど、僕はこれからどうなっていくんだろうか。

『僕が犯人ではなかった』事は証明された。

僕が助かった事を、皆はどう思っているだろうか。

『居なくなれば良かったのに』と、残念がられている可能性だって充分に有る。

……結局、絶対零度まで落ち込んだのが真冬のロシアの気温程度に持ち直した、という程度だろう。

一部の人を除いて敵だらけ、という事実は変わらない。

――――そんな事を考えながら、いつの間にか辿り着いていた教室の戸を開けた。

 

すると、戸が空いて石上の姿を見るなり、一人の男子生徒が急いで駆け寄ってきた。

 

「石上!悪かった!俺を殴り返してくれ!!」

 

「えっ?」

 

いきなりの事に面食らった石上が寄ってきた男子の顔をよく見ると、あの日石上を何度も殴りつけてきた男子生徒だった。

A組ではない、別のクラスの生徒である。わざわざ別クラスを訪れて石上が来るのを待っていたのだ。

 

「俺、アイツらの声に騙されてお前だって決め付けて殴って……悪かった!許してくれ!殴ってくれ!!」

 

「い、いや殴らないけど」

 

石上は、特にこの男子の事は恨んではいなかった。

それこそ、騙されて辛く当たってきたのはこの男子生徒に限った話ではない。いちいち一人ひとりを恨んでいたら精神が持たないからだ。

その男子生徒の後ろには、一様に気まずそうな顔をした他の生徒が並んでいる。

 

「……俺も悪かったよ。今回のも、中等部のも、俺達まんまと騙されてお前を悪く言ってたんだな」

 

「マスメディア部の記事と伊井野さんの話を聞いて……石上くんが濡れ衣を着せられてただけだって思うのが一番納得出来ると思ったの。今まで、ごめんなさい」

 

「…………」

 

石上は、次々に繰り出される謝罪の言葉に対して無言であった。

……だが当然、何も感じていない訳ではなかった。

 

もともと、小島が真犯人達から『考案者』を聞き出したのは、もしノウハウを伝授した『指南役』が居て、そいつが野放しになっていてはマズいと考えた為であった。

だが結果として荻野の名前が挙がった事で、中等部時代の事件の頃に処理仕切れなかった負の遺産を廃する事が出来ただけでなく、

荻野への加害者とされていた石上も、荻野に濡れ衣を着せられた被害者であるという説に説得力をもたらす事となった。

 

声が震えるのを必死で抑えながら、石上は相次ぐ謝罪の言葉を遮り言葉を発した。

 

「…………わ、悪い……来る前に、トイレ……行き損ねたから……」

 

足も震えないように必死で気を持ちながら、石上は席を立ち教室を後にした。

 

「……やっぱ、そう簡単に許してくれないよな……」

 

「あたしら、色々言ってきたもんね」

 

石上が出て行ったのを、拒否の意志と捉え心配そうに話し合う生徒達。

だが、様子を見ていた小野寺が。

 

「まあ……大丈夫じゃない?アイツは許してくれないような奴じゃないでしょ。多分、違う理由で出てったんだと思うよ?」

 

「えっ?どういう事?」

 

女生徒からの質問に、少し間を置いて……

 

「うーん……まあ、男には見られたくない所、有るってもんでしょ」

 

応援団からの付き合いを経て、他生徒よりはずっと石上という人間を理解している小野寺は、石上が出て行った理由も大体察する事が出来た。

 

 

人気の無い、男子トイレの個室。

石上は、壁に手を付いてこみ上げてくる激情を必死で抑えていた。

……だが、もう堪えることは出来なかった。

その為に、ここに来たのだ。

 

辛くないはずがなかった。

ほんの一部の理解者を除き、ストーカーと暴行を犯したどうしようもないクズとして、容赦の無い言葉をかけられる日々。

例え、優秀な先輩達という頼れる理解者が居ても、彼らと過ごせない時は苦痛でしかなかった。

それも、成績不足を理由に秀知院を去る事となった大友を自己満足で守る為に真実を告発しなかった事による『自業自得』で有ると言えるのかもしれない。

そう、自分に言い聞かせてきた。

 

『塞翁が馬』ということわざが有る。

『人間の幸福と不幸は変転し定まりの無いものである』……という意味である。

……そう、不幸だと思っていた事から、転じて幸が訪れる事も有るのである。

学生にとっては長い、約2年という時を経て、やっと。

思いがけない形で、石上優の背にのしかかつてきた呪縛は、解けたのだ。

 

石上優の両の眼から、大粒の涙が零れ落ちるのも、至極当然の事であった。

 

「…………うぅ………ううっ…………」

 

何だよ、あいつら。

伊井野に諭されて、急に掌返して。

そんな簡単に返すなら、あんな事やこんな事言ってくるんじゃねぇよ。

僕が今までどれだけ……どれだけ……。

 

けど、もう。

苦しまなくて、良いのかもしれない。

徐々に、生徒会長を補佐する、副会長として認めてくれるのかもしれない。

 

この約2年、胸の中にずっとつかえていた大きくて悍ましい異物が。

やっと、解けて消えていったような感覚がした。

 

 

 

「(……石上……)」

 

石上が隠れて泣いている、男子トイレの入り口。

誰よりも石上の気持ちが分かっていたミコが、容易に想像出来る中の様子に想いを馳せつつ、心配そうに覗き込んでいた。

 

そんなミコに、背後から声をかける者がひとり。

 

「伊井野さん?お気持ちは分かりますけど、殿方のトイレの入り口を覗くところを他の人に見られたら破廉恥な人扱いされてしまいますわよ」

 

「ひゃっ!?」

 

驚いてミコが振り向くと、マスメディア部3年で、実は今年からマスメディア部長となっていた、紀かれんが苦笑いしながら立っていた。

 

「石上へんしゅ……いや副会長、そこにいらっしゃるのですわね?」

 

かれんが、トイレの入り口に一瞬だけ視線を送る。

 

「は、はい……」

 

「様子を見に来てみましたら、男子トイレを覗き込む伊井野さんを見つけましたので。きっとそういう事なのかなあって」

 

そう言うかれんの手には、1枚の校内新聞が握られていた。

 

「こちらも、少しはお役に立てたでしょうか?」

 

「はい。多分、役に立ったと思います……あの、ありがとうございました」

 

ミコがぺこりとかれんに頭を下げる。

 

「いえ、生徒会長様からの頼み事ですから。それに……」

 

かれんが、少し遠い目をして上を見ながら思い返すように呟く。

 

「伊井野さんにあんな風に頼まれては、お力添えをしない訳にはいきませんわ」

 

かれんは、数日前の事を思い返していた。

 

 

校内の、とある一室に集められた面々。

親が大きな社会的影響力を持つ『VIP枠』の生徒達と、マスメディア部長であるかれんも呼ばれている。

そして、彼らを集めたミコが、メンツが揃ったと同時に口を開いた。

 

「皆さん。今日は緊急の招集にもかかわらずこうして集まっていただき、ありがとうございます」

 

ミコが、集まった面々に対しまずはお礼の言葉を言いながらぺこりと頭を下げる。

 

「固っ苦しいのは良いよ、色々頑張ってるアンタの呼びかけに応えないような薄情者は居ねえからさ。早いとこ本題入ろうぜ」

 

女子としては些か羞恥心の欠ける座り方をしつつそう答えたのは、広域指定暴力団の親を持つ3年生女子・龍珠桃。

 

「ありがとうございます。ある程度事前にお知らせしましたが……今日集まっていただいたのは、先日学内で起きた例の『事件』についてです」

 

そう言ってミコは、事件の概要と現在の進捗を説明した。

一貫して否定の意思を示すも、誰からも信用されず石上が停学処分を受けている事を説明し終えた時には。

ミコの声は震えを隠せなくなり、目からは数雫の涙が零れ落ちて来ていた。

 

「……目撃される数分前に生徒会室に居たあいつに、そんな周到な犯行が出来るはずないんです。あいつは……ずっと否定してます!

なのに!みんなも先生も……誰も信じてなくて……!

どうして……どうしてあいつばかり、やってもない事で責められなきゃいけないんですか!?

あいつは今、凄く苦しんでます……自分の部屋にこもりきりで!それでも……っ、私に責任が行かないように気遣って……!

お願いします……皆さんの力をどうか貸してください……

何もやってないあいつが……これ以上理不尽に苦しめられるのを……もうわたし、見てられない……」

 

静かな狭い一室に、ミコの悲痛な嗚咽混じりの訴えが響いた。

 

集まった面々は皆、生徒会長になる前からのミコの頑張りを良く理解していた。

いささか融通の利かない所は有ったにしろ、彼女が地道な努力を続けている事はここに居る聡明な面々は誰もが理解していた。

そんな彼女の、自分の為ではなく、他人を思っての、たっての頼みを断るという選択肢は、元よりここに集まった時点で持ち合わせてはいなかった。

感情論抜きにしても、無実の人間が何年も苦しんだ末に追放されるなどあっては、名門たる秀知院の名折れとなる。

 

こうして、ミコ達生徒会役員とVIP枠の面々で綿密な聞き取り調査が開始され。

マスメディア部長であるかれんが、石上の以前からの『噂』を否定する記事を執筆する事となったのであった。

VIP枠の持つ影響力により聞き取り調査は滞りなく行われ、

かれんの書いた記事も、『石上を重用した白銀とかぐやの目に狂いは無い』といった、彼女らしい視点ではあるがある種の説得力を持つ記事を書き上げた。

 

中等部時代、生徒指導の教師に直談判をして石上の進学を助けたミコは。

今回もまた、彼の窮地を救う事となった。

 

「(……伊井野……)」

 

ひとしきり涙を流し終えた石上が、今回のミコの詳細な働きを知る事となるのは先の話である。

が、立役者がミコである事は石上にも分かっていた。

 

伊井野。大勢の人前で話すの、苦手だったはずなのに。

あの演説では、一切の滞り無くはっきりと力強く話せていた。

……僕を助ける為に、練習したんだろうか。

 

石上の胸には、ミコへの止めどない感謝の念と。

どこまでも理不尽を嫌い、どこまでも頑張り屋で、他人の為に本気で動ける、伊井野ミコという人間に対する恋慕の感情が、勢い良く湧き上がっていた。

 

この日より、石上は何が有ってもミコをサポートしていく決意を、改めて強く固め。

同時に、『ミコに自信を持って並び立てる人間となる』事を、強く決意する事となった。

 




やはり大勢に祝福されてくっつけられたらなあ……と思い、それには石上の名誉挽回は必須だなあと思ったので1話使って書いてみました。
いくら功績を残しても『でも中等部時代は……』といつまでも引きずるのはかわいそうだと思いましたが、
私にはこれ以上の方法は思いつきませんでした。あかせんせーならつばめとの関係の一区切りといいもっと上手くやれるんだろうなあ……

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