伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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『高級おせちを事前に見せられて期待してたらグルーポンだった』。
……何の事かは敢えて言いません(^_^;)


第13話 石上優は頑張りたい

伊井野ミコの尽力により、石上優の新たな事件及び、過去の汚名が解決したあの集会から、2週間が経過した。

 

石上優の秀知院学園高等部での生活は、所々様変わりしていた。

まず、クラスメイトや同級生からの睨めつけるような視線が無くなった事だ。

気軽に話しかけてくれる同級生も出来たし、石上も出来るだけ快く応じることにしていた。

今まで受けてきた仕打ちを考えると綺麗サッパリ水に流す事は出来ないが、かといって突っぱねていても良い事は無いからだ。

そしてそれに伴い、石上を生徒会副会長として認める風潮が出来つつあった。

これまでは『何でこんな奴が副会長に?』と疑問視する声が多数であったが、

誤解が解けてしばらくすると、『生徒会3期連続就任』というこれまでの実績が色眼鏡無しで評価され始め、

『生徒会の勤続経験が長いからこその副会長選任だろう』という、客観的に見た時に納得出来る落とし処が生まれたのだ。

 

第二に、石上を救う事となった新米生徒会長・ミコへの評価が急上昇した事。

特別『頼れそうにない』という訳ではないが、他者を畏怖させるほどのカリスマ性を持っていた前生徒会長・白銀御行に比べ、

『本当に頼れるのか』『口うるさいだけの存在ではないのか』という懸念の声もちらほら存在していたミコであったが、

今回、濡れ衣を着せられそうになり、更に2年前の事件でも濡れ衣を着せられ苦しんでいた石上を救うに至った事で、

いみじくも選挙の演説にて石上が述べたように、『理不尽に苦しむ人を減らす』という事を結果を以て示してみせた事で、生徒達、教師達からの評価も確実に良くなっていった。

 

……と、ここまでは石上にとってもミコにとっても、悪い話ではなかった。

 

だが、石上の耳には決して看過出来ぬ噂が更に2つ入っていた。

まず1つ目に、どうも一部の男子生徒を中心に、『伊井野会長を見守り隊』などというファンクラブのような物が結成されつつあるという事だ。

同級生からそのような組織の存在を聞かされた時には、石上の胃はキュッとなった。

聞くところによれば『かわいい頑張り屋の伊井野会長を見守ろう』というのほほんとした集まりであり、

4割ほどは女子生徒らしいので基本的には温厚で害の無い集まりらしいのだが、

やはり皆思春期真っ只中。伊井野ミコのような美少女に対し、邪な事が浮かばない男子生徒ばかりではないということだ。

近頃、元からそこそこ有った胸がなおも順調に成長している事もあり、『ロリ巨乳かわいい』だの『全身むにむにしたい』だの、変わったところでは怒られたいだの怒鳴られたいだの、

つい拳を振るって追い払いたい衝動が湧き出てくるような事をのたまう、やや過激派なメンバーも居るようだ。

 

……つまりどういう事かと言えば。

『伊井野ミコはモテ始めている』という事なのである。

 

これは、マズい。

早いとこ、何とかしないと。

もし、先に誰かがアイツに告白なんてしようものなら。

アイツが僕以外に対してチョロいのはよく知ってる。

もし、先を越されたりしたら……

 

『(は?アンタから告白されても困るのよ……ただの生徒会役員同士ってだけで、全然そんな気無いし。

そもそも私、もう付き合ってるのよ……ほら、この人。この前のデートなんて素敵だったわ。ディナーも美味しかったし、夜は夜景の見える綺麗なホテルで……)』

 

それだけは、それだけはダメだ。

早く、なんとかしないと……

 

しかし、石上の頭を悩ませたのはこちらの方ではなかった。

いや、多少なりは悩ませてはいるが、

今の所『過激派』は少ないようだし、単純に低身長な見た目の伊井野が一生懸命わちゃわちゃと頑張る姿を見守ってあげたいという純粋な集まりである側面が強い。

……だが、もうひとつの新しいグループはそんな事は言っていられなかった。

石上は、生徒会の仕事の一環で1年生の廊下を訪れた際、2人の女子の会話の内容が聞こえてしまった。

 

『生徒会のお二人を応援し隊』などという集まりが結成された、と。

 

最初はミコだけではなく、自分もセットで応援してくれる、むず痒くて恥ずかしいけどどこかありがたい集まり……などと思っていた。

だが、話を聞く内に、『応援』というのが生徒会の活動に対してのものではないと気付いてしまった。

その『応援』の意味とは。

 

「伊井野会長と石上副会長ってー……」

 

「イイよね〜!絶対お似合いだよね〜!!」

 

そう、その集まりは。

石上優と伊井野ミコの『恋仲』を応援する集まりであった。

 

戦慄を覚えた石上は何とか情報を掴もうと、生徒会副会長としてマスメディア部部長・紀かれんに調査を依頼した。

『副会長として実情を把握しておきたい』『全然そんな関係では無いから頑張っている伊井野の耳に入ったら困る』などと適当な建前を用意して調査を依頼した所、妙に快く引き受けられた。

 

そのかれんが潜入捜査をしたところによると。

今までも、『仲が悪いと言いつつ何かと一緒に居る』とか『土曜日に一緒に出掛けてるのを見かけた』とか。

特に混院の1年生の数人からは、『パンフレットに並んだ2人の姿が載っていた』という声もあがっている。

そう、実は最近の2人は、校長に写真を撮られた時のあの容姿にかなり近くなっていたのだ。

石上は切った髪がだいぶ伸びたものの、以前のように前髪で目を隠すような事はせずきっちり分けており。

そしてミコも、つい最近からあの先端を短めに結んだおさげをやめ、あの写真のように髪を下ろすようになった。

……ちなみに石上はすぐその変化に気付き、それとなく理由を尋ねてみたが答えは返って来なかった。

だが、ある日生徒会室に相談という名目で1年生の女子グループが訪れた際、その1年生達からまるで歳下を可愛がるかのように撫でられるという出来事が有った翌日からそうなったので、石上は大体理由を察してはいた。

 

やや話が逸れたが、つまり、一部の間で話題には挙がっていたものの、石上の評判が芳しくなかった事により、それを声を大にして言うのは憚られていた。

しかし、この度石上の名誉が回復した事。またそのきっかけが『ミコが石上の為に動いた』事であった為、

『愛する石上副会長の為に動いたに違いない!』と、抑圧されていた声が勢い良く噴出。

根拠の無い確信を得て、その勢いのまま会の結成に至ったそうだ。

 

ただでさえ勉強ばかりの秀知院であるが、通う生徒達は名家の子息令嬢も多く、

そういう立場にある学生は、家の都合で自らの自由恋愛を許されていない場合も有る。

そして自らの恋愛の欲を満たせない分、他人の恋愛に関心とエネルギーを注ぎ込む、いわゆる『カプ厨』と化す生徒も少なくないのだ。

 

……そんな経緯を聞かされた事を思い返しながら、今石上は自室で頭に手をやって少し痛んだ頭を抑えた。

 

何だよ、ソレ……

一緒に居ただけでそんな風に思われるのか?おめでたい暇人多過ぎだろ。

好奇心全開な目で『で、実際の所どうなのですか?』って聞いてきた紀先輩には『全然そんな事は無い、伊井野の耳に入ったら大変だ』と言っておいたけど。

あんまり信用してなさそうな目つきだったような……

 

……いや、正直な事を言うと。

こういう噂をされるのは……悪くない。

今まで、僕に関する噂といえば例の濡れ衣に関する事だけだったんだ。

それが、妙におめでたい視点とはいえ『伊井野とお似合い』なんて言われるなら。

正直な所、悪くは思わない。

 

……けれど。

実際のところ、僕は伊井野とそういう関係な訳でもないし。

『伊井野とお似合い』では無いと思う。

だって、アイツはずっとこの秀知院で成績1位をキープし続ける天才で、自らの努力で生徒会長の座を勝ち取った。

僕はといえば……成績もどん底から中位に這い上がってみせた程度で、

3期連続生徒会所属と言ったって、それは白銀先輩や伊井野に求められて居るだけにすぎない。

伊井野とは、全然釣り合ってはいない。

――だからこそ、僕は決心した。

『伊井野と釣り合ってる』。他人からも、自分でもそう言えるような人間になる、と。

その為には――。

 

 

「は?石上また応援団やんの?」

 

2-Aの教室で小野寺が、意外そうな顔で石上を見つめる。

 

時は10月。石上とミコにとって高校生活2度目の体育祭の開催が、刻々と近付いていた。

 

「どうして?今年はもうつばめ先輩も居ないわけだし……ぶっちゃけアンタ居辛そうにしてたっしょ?」

 

「去年だって、つばめ先輩目当てで入った訳じゃないし。それに……」

 

「それに?」

 

「……いや、何でもない」

 

「…………まあ、良いけどさ」

 

小野寺は深く追及するタイプではない。何か言うには恥ずかしい事が有るのだろう、と自分の中で納得するに留めた。

 

去年は『自分を変えたくて』という動機、そして小野寺に言ったように『怖くても戦えるような人間になりたい』という動機で挑戦した。

そこだけを見れば、悪評の払拭された今、再び無理して陽側(ライトサイド)の巣窟に混じって応援団を務める理由はあまり無いと言えた。

……だが、石上にはそれとは別にやりたい事が有った。

 

もし、去年の自分のように『場違いな所に迷い込んでしまった』ような後輩が居たりしたら。

同じ側の人間として、手を差し伸べてあげたい。

 

それは、石上が子安つばめから学んだ『尊敬出来る面倒見の良さ』であった。

 

もちろん、容姿端麗で学力優秀でコミュ力の塊のようなつばめ先輩のように出来る自信は全く無いし、頼りになる度合いは彼女よりも遥かに下だろう。

それでも、僕はやってあげたい。

あのつばめ先輩の優しさに、僕は救われた。

今の自分はもう2年生、半年後にはもう3年生だ。

生徒会副会長という、自分にそぐわないほどの立派な立場も有る。

だったら、つばめ先輩のような分け隔てないあの優しさを。

後輩に伝えていけるよう、頑張るべきだと思う。

もしそんな人間が居なければ、端に僕の杞憂で済むし。

陽側の人達に混じって騒ぐのも、なんだかんだでちょっとは楽しく感じられるくらいには慣れたから問題は無い。

 

 

そういう思惑が有り、石上は今年も応援団を務める事となったが、

そこでのお話は、次の機会(次回投稿の番外編)に語る事にする。

 

 

そして、石上の活動は当然応援団の活動のみに留まらない。

生徒会副会長として、体育祭の設営・運営進行にかかわる仕事も当然存在する。

また、最近は陸上部にも復帰した為、放課後は練習漬けの毎日を送っている。

ここ最近は学校に居る間、暇という言葉とは無縁の生活を送っていた。

 

 

そして、体育祭の開催が数日後に迫った、ある日の事。

 

「……ねえ、石上」

 

「……………………」

 

「……石上?」

 

「!?あ、ああ、悪い」

 

ミコと2人で、生徒会室にて作業を行っていた石上であったが、

ソファに座ったままうつらうつらとしていて、ミコの呼びかけにすぐには気付けなかった。

 

「やっぱり最近アンタ、寝不足なんでしょ。目の下のクマが凄いし」

 

ミコの問いに、石上は少し考え込んでから慎重に口を開く。

 

「……まあ、前よりは寝る時間が減ったのかもな。これ言うと怒られるかもしれないけど、最近ハマってるゲームが有ってさ。ついつい夜更かしするんだよな」

 

石上の言う通り、『ゲームで夜更かし』など、それが真実であれば確かに優等生のミコにとっては受け入れ難い事実である。

事実、石上の言葉を聞いたミコはじとーっと石上を見つめている。

 

「みんなの模範となるべき生徒会の副会長が、睡眠不足になるまでゲームなんてしてクマ作ってたら示しが付かないじゃないの……はい、コレ」

 

「ああ、サンキュ」

 

咎めながら、石上に一枚の資料を渡すミコ。

 

「…………けど、寝る前の勉強も度が過ぎるのは禁物よ」

 

「ああ…………えっ?」

 

資料に目を通しながら、半分上の空で返事をした石上は、ミコの発言の不自然さに気付くのに一歩遅れてしまった。

慌てて資料から面を上げ、ミコの顔を見ると。

『やっぱりね』といった、やや呆れた表情がそこにはあった。

 

「…………お、お前、どうして」

 

「初めてのことなら分からなかったかもしれないけど、アンタ、前も隠そうとしてたでしょ。そもそもゲームの徹夜なら、アンタ慣れてるでしょ」

 

こともなげに言い放つミコ。

 

「ほんと、何で勉強してる事を隠したがるのよ。逆なら分かるけど」

 

「……僕はやっと真ん中から上に行けた程度だぞ。不動の1位の伊井野に大っぴらに『勉強してるわー』だなんて、どの口でも恥ずかしくて言えねえっての」

 

「……それはまあ、そうかもしれないけども」

 

ミコとて、今までの人生で全て努力が実ってきたわけではない。

今年はやっと成就したものの、去年までは生徒会長選挙は落選し続けてきたのだ。

自分の望むような結果の出ていない事に対し、『自分は頑張っている』と他人にアピールする事の気恥ずかしさを、ミコもよく知り得ていた。

 

「と、とにかく。生徒会役員がみんなの規範にならなきゃいけないのは本当なんだから。寝不足で倒れたりしないように、気を付けなさいよ」

 

「…………ああ、分かってる」

 

石上は、あまり気のこもっていない返事で答えた。

 

だが、ミコの思いは石上には届いていなかった。

 

学校でも忙しくなった石上であるが、

今の彼は、むしろ学校ではなく自宅に居る時の方が気を張り詰めて頑張っていた。

秀知院では、他者への評価として『テストの成績』はかなり大きなウェイトを占めている。

かつての最下位一歩手前の成績から、現在の真ん中少し上まで持ち直した石上のテストの成績は、順調に改善していると言えた。

だが、石上自身はもうそんなレベルでは満足出来なかった。

 

秀知院で、本気で『伊井野とお似合い』と言われるには。

本気で、伊井野を支える副会長でありたいなら。

少しでも、伊井野の地位に近付かないといけない。

伊井野から1位を奪う、なんて大それた事は言わない。それは、これまでの積み重ねの差から言っても無理が有るだろう。

でも、1位とまでは行かずとも。

順位表で、アイツの名前の近く。出来れば、その隣に居れるようになれたら。

皆も、僕自身も。

胸を張って、伊井野の隣に居れるようになるはずだ。

2度も僕を救ってくれたアイツを支える為に。自分でも『僕とアイツは釣り合っている』と心から認められるようになる為に。

もう、一分一秒でも無駄になんかしたくはない。

クマが出来てる?上等だよ。

白銀先輩なんか、もはやクマが無い方が違和感が有るってくらいクマが定着してただろ。

白銀先輩は生徒会長の仕事も熟し、プライベートでは勉強だけじゃなくバイトまでやってたんだ。僕はバイトが無いだけマシじゃないか。

……今思えば、あれも四宮先輩に並び立てるよう、白銀先輩も必死だったのかもしれない。

だったら、僕だって同じように頑張らないと。

まだ、白銀先輩に比べたらこの程度はヌルい。

もっと、もっと努力して。

もっと、もっと、もっと結果を出せるようにしないとダメなんだ。

 

結局のところ、ミコの警告は素直に受け入れられず、

石上の努力のペースは、落ち着くどころか更に苛烈さを増して行った。

 

 

――――そして、体育祭当日。

 

「…………石上、大丈夫なん?なんか調子悪そうに見えるけど」

 

応援団として石上の隣に立つ小野寺が、隣の石上の顔色を覗き込みながら言った。

 

「……ああ、別に大丈夫だよ。声だってちゃんと出てるだろ?」

 

「まあ、そうだけどさ」

 

確かに、声はちゃんと出てはいる。

だが顔色といい時折ふらつきかけるのといい、どこか無理しているように小野寺には見えていた。

 

「あんま無理すんなよ?最近ずっとクマ出来てるし、寝れてないんじゃないの?」

 

「だから大丈夫だって。……じゃあ僕、そろそろ出番だから100m走行ってくる」

 

「はいはーい」

 

小野寺は、そこまで石上に入れ込んでいる訳ではない。

確認した上で石上が大丈夫と言った以上、引き止める理由は無かった。

 

 

「位置について……よーい……」

 

その言葉に続き、銃声が鳴り響き石上はスタートラインから猛然と駆け出した。

他の走者に、陸上部は居ない。

陸上部に復帰した石上の敵足り得る者は居なかった。

 

「おー……石上速えな!」

 

「やるじゃん石上ー、イメージと違うー」

 

ほぼぶっちぎりと言える1位着の結果に、同じ赤組の人間から賛辞の言葉があがる。

同じ1位でも、何の反応もされなかった去年とは大違いだ。

 

ははっ……良かった。陸上部に復帰して、放課後は必死こいて練習したもんな。

こうやって、どんどん結果を出していけば。

皆に、褒められる人間になれれば。

伊井野とだって、釣り合うはずだ。

その為にも、次ははやくもどって。

アカ組の……応え……ん……を…………

 

 

学校では真剣に授業を聞き、生徒会の仕事を熟し、陸上部と応援団の練習も欠かさず。

家では、是が非でも成績を伸ばす為に睡眠時間を削っての猛勉強。

これまでを遥かに超える努力に、身体が悲鳴をあげない筈が無かった。

石上は、不意に意識が薄れていくのを感じると。

抵抗する間もなく、ふらついた末にグラウンドに倒れ込んだ。

 

「石上!?」

 

「おい、誰か倒れたぞ!」

 

「救急車!救急車呼んだ方が良くない!?」

 

倒れた石上の周りで、人がざわめき始めた。

 

 

「…………う、うーん」

 

倒れた石上が次に目を覚ました時に目にしたのは、あまり見慣れない天井であった。

だが辺りを見回すと、自分は今、保健室のベッドに寝かせられているという事実にすぐに気が付いた。

 

「おお、お目覚めかい?」

 

石上に声をかけてきたのは、秀知院学園高等部の保険医。

凹凸のハッキリとした身体を包む着崩した白衣と凛々しさを強調する眼鏡がよく似合う、男子生徒からも密かに人気が高い20代後半のお姉様である。

 

「……僕、倒れてここに運び込まれたんですか」

 

「ああ、最初は救急車を呼んで、来るまでここに寝かしておくだけのつもりだったんだがな?私も救急隊員も、『ただの一時的な貧血』という見立てが一致したので、また何か有ったらすぐ連絡してくれと釘を刺された上でこのまま安静に、という訳さ」

 

……やらかしてしまった。

100m走で1位を取れても、こんな事してみんなに迷惑かけてたら台無しじゃないか。

 

「……まだ体育祭は続いてるんですか?」

 

「ああ、今は昼休憩が終わって、午後の部が始まって間もなくと言ったところだ。しかし石上くん、念の為に今日はもう参加は控えたまえよ?ゆっくり休みたまえ」

 

「いや、そういう訳には……」

 

挽回の機会がまだ残っているなら、絶対にこの失態を取り返さないと。

病院に行く事もないレベルの一時的な貧血ってんなら、大丈夫だろう。

反対されようと、押し切ってやる。

 

だが、保険医は反論はせず、やれやれと言った苦笑を浮かべながらカーテンの向こうに話し始めた。

 

「やれやれ、全くキミの言う通りの反応だな?なあ、伊井野ちゃん」

 

「えっ……」

 

石上が驚いて視線を向けた、その先には。

カーテンをサッと開け、憮然とした表情のミコが立っていた。

 

「……先生、コイツは私が説得します。なので救急テントに戻っててください」

 

「おお、頼めるか?流石は生徒会長だな、信頼しているぞ」

 

そう言いながらミコの頭を二度三度軽く撫でると、保険医は保健室を出て救急テントに戻って行った。

 

2人きりになるとすぐに、石上が口を開いた。

 

「伊井野、何でここに……今、競技中だろ」

 

「こっそり抜け出してきたから構わないわ。生徒会副会長が突然倒れて、生徒会長が放っておくわけにはいかないでしょ」

 

「……もっともらしいようなそうでもないような」

 

生徒会役員は体育祭当日も進行に携わる仕事がある程度有るというのに、大丈夫なのだろうか。

 

「それよりも!……アンタ、全然分かってないじゃないの」

 

「な、何がだよ」

 

「学校では生徒会の仕事と陸上部と応援団の練習を頑張って。家では寝不足でクマが出来るくらい猛勉強。いきなりそんなハードな事したら、遅かれ早かれこうなるに決まってるでしょ」

 

反論出来なくて、石上は黙り込んだ。

確かに、今までの自分と比べたら『頑張り過ぎ』と言えるかもしれなかった。

だが…………

 

「……僕にだって、理由が有るんだよ」

 

石上は、ミコから目を逸らしながら呟いた。

 

「……どんな理由よ」

 

「……………………」

 

石上は、ミコから目を逸らして俯いたままだ。

 

正直、やってしまったと思った。

だって、そうだろ?

言えるはず無いだろ。

『お前と並び立てるように頑張ってる』なんて……

もう告白同然だろ、そんなの。

 

「……いや、大体分かるわ。アンタの事だから」

 

その言葉に、ミコから目を逸らしていた石上がギョッとして振り向いた。

 

「アンタ、この前のあの事件の事で私が任命責任を問われそうになった事を気にかけて。

で、疑いが晴れた今は副会長として、色々と成果を上げるために張り切ってるんでしょ?」

 

……微妙に当たってはいる。

 

「それも嬉しいけど。アンタが、私に感謝してくれてるのは分かってるつもりだから嬉しいけど。でも……」

 

ミコは言葉を切り、もじもじし始めた。

そして、意を決したかのように瞳に強く決意を灯らせ、言葉を続けた。

 

「そ、それでアンタが頑張り過ぎて倒れたりしたら!

私も悲し……じゃなくて!

ね……寝覚めが悪いでしょ」

 

石上は、ミコが言いかけて慌てて訂正した言葉を聞き逃さなかった。

 

そうか。そうだよな。

コイツと並び立つ為に。コイツに受け入れて貰えるように頑張ってたのに。

それでコイツを悲しませたら……ただの度を知らないバカじゃないか。

今回はこの程度で済んだけども。

こんな事を続けてたら、いずれは……という可能性も、無くはない。

……だったら。僕が選ぶべき道は。

 

「……分かったよ、伊井野。今日は無理せず、このまま休むわ」

 

石上の言葉を聞き、ミコの表情が一瞬だけぱあっと明るくなる。

が、慌てて取り繕いつんけんとした表情に戻る。

 

「そ……そうよ。頑張り過ぎは逆効果よ。アンタは100m走で1位取ってるんだし、充分成果は上げてるわよ。だから、後はみんなに任せて休んでなさい。良いわね?」

 

「……ああ、分かった。じゃ、僕の分も……後は頼んだ」

 

「任せときなさい。アンタは安心してそこに寝てれば良いわ。じゃあ、また終わってから、ね」

 

「……ああ」

 

保健室から、ミコが出て行った。

一人になった石上は、もう休むと決めた以上はどうせなら、と眠り込む事に決めた。

保健室からではまともに応援も出来っこないし、ここの所、しっかりとした睡眠が取れていないのは事実だったから……

 

 

 

「……そろそろ起きたまえ、石上くん。体育祭、もうすぐ終わるぞ」

 

「……うーん……」

 

2時間程経っただろうか。

眠りについていた石上は、保健室に戻って来た保険医に揺り起こされた。

 

「ふふ、しっかり寝ていた所を見ると、伊井野ちゃんの説得はしっかり受け入れたようだな?人間素直が一番だぞ、うんうん」

 

一人で勝手に何か満足し頷く保険医。

 

「いやぁ……しかし、若いとは良いな!これぞ愛の力、という奴かな?」

 

「……は?」

 

「今更惚けても無駄だぞ石上くん。証拠はばっちり揃っているのだよ」

 

そう言いながら、保険医は自分のスマホの画面を見せて来た。

そこには……

 

『石上!石上!お願いしっかりして!石上!目を覚まして……!』

 

そこには、ベッドに横たわる石上の手を握り、必死に呼びかけるミコの姿が映っていた。

 

「ちょっ……なっ!?ええ?伊井野!?」

 

「ふふん。随分献身的な彼女をお持ちじゃないか?やはり最近一部の女子生徒の間で噂されている事は本当だったという事かなぁ?」

 

驚く石上に対し、保険医が勝ち誇ったような笑みを浮かべながらうりうりと石上の脇腹を突く。

 

「い、いや、僕と伊井野はそういうのじゃないですし……」

 

少し顔を赤らめ、保険医から目を逸らしつつ石上が否定する。

 

「ほお、では伊井野ちゃんの片想いなのかな?良い娘だな伊井野ちゃんは、貰ってやれよ?頑張り屋で可愛い娘じゃないか」

 

「……違いますよ。アイツは優しいだけです。好きでもないはずの僕を2度も助けてくれるような……見返りの無い優しさを行える、それかアイツなんです。僕なんかとじゃ……不釣り合いですよ」

 

石上は自虐するように微かに笑った。

 

だが、そんな様子を見て保険医は確信を得た。

 

「なるほどな。キミの方の片想いだったというワケだ」

 

「えっ!?い……いやそんな。有り得ないですって。い、いつもぎゃいぎゃいうるせーし、何だかんだで危なっかしいですし、僕はアイツなんてべ、別に……」

 

不意に図星を突かれて、石上は目に見えて大慌てする。

 

「照れるな照れるな、よく知っているのを白状しているようなものだし、天の邪鬼に否定しているようにしか聞こえないぞー?」

 

「い、いや、ですから……」

 

「石上くん、吐いて楽になる事もあるぞ?私は口が堅いぞ?というより、口が堅くないとクビになりかねない立場だからな、保険医というものは。

第一、熱も無いのに真っ赤になったその顔が答えを言っているようなものだぞ?さあ吐け、吐いて楽になったらどうだい石上くん?」

 

「……………………」

 

石上は黙り込んだ。

今までお世話になった事のなかった高等部の保険医がこんな人柄であった事に呆れると同時に、彼女の言う事に間違いが無いのも痛感していた。

自分の頬をさっと触ってみると、確かに熱かった。

 

……もう、否定しても無意味かもしれない。

 

「……………………まあ、ちょっとは……気になってます」

 

寝起きなのに、いつ終わるかも知れない問答を続ける気にはなれなかった石上は、とうとう観念して渋々認めた。

 

「ふふふ、良いな、若いというものは……キミが認めたから言う訳ではないが、キミが倒れるほど頑張ったのも、おおかた彼女に認められたくて、喜んでもらいたくてやったのだろう?」

 

そこまで見抜かれていたのか。ならば、認めてしまって正解だったかもしれない。

 

「…………ええ、まあ」

 

「ふふ、それは伊井野ちゃんには言えないよなあ。だが、素直に彼女の忠告を受け入れたワケだな?そういう柔軟さと理解の良さがあれば……まあ、おおかた上手く行くだろう?

さ、もう閉会式も終わる頃だ。充分眠ったはすだ、さっさと起き上がるがいい」

 

「……嵐みたいな先生ですね」

 

「こうでもなければ、多感な年頃のキミ達を相手にしてられないさ。そんな口が利けるようならもう大丈夫だ。ほれほれ、行った行った」

 

 

こうして、石上にとっての高校生活2度目の体育祭は幕を閉じた。

ちなみに今年も無事赤組が勝利し、応援団の打ち上げに参加する事となった。

 

 

そして、数日後。

 

「……え?陸上部また辞めたの?」

 

生徒会室で、ミコが驚きの声をあげる。

 

「えぇ!?運動部辞めたら、また引きこもり系ニートボー「藤原先輩は無視するとして」

 

ナチュラルに言葉のナイフで切りつけてこようとした藤原の言葉を遮りつつ、石上が言葉を続ける。

 

「まあ僕には、何足もわらじを履く事は難しいという事だったんすよ。だから生徒会と、テストの成績に絞る事にしました」

 

「そうですかー。まあ軟弱系な石上くんがまた倒れちゃう可能性が低くなったので喜ぶべきですね!」

 

「ええ、まあ喜んでください。それに……」

 

石上は言葉を切り、ほぼ無意識に、ミコの方をちらりと見た。

 

「……心配かけすぎて悲しませたくないヤツ、居るんで」

 

どことなく格好を付けたようなセリフだが、石上が心から純粋に言った言葉であった。

 

「…………おやおや〜?今微かに恋バナの香りがしましたよ?

石上くん、その悲しませたくないヤツって誰なんですか?ラブ探偵チカに白状しなさ〜い!」

 

「い、嫌ですよ!言ったら藤原先輩永遠にからかいネタにしてきそうですし!そもそも探偵なんだから白状させるんじゃなくて推理するもんでしょ!

ちょっ……藤原先輩近い、近い!悪い、見てないで助けてくれ、伊井野、小野寺」

 

だが、ミコは何故か頬を赤らめ下を向いたまま動かないし、小野寺は『それも生徒会の仕事って事で。頑張れ〜』と返すに留まった。

小野寺は、『どうせその悲しませたくないヤツは近くで顔赤くしてるその人でしょ』と頭の中で文章を完結させるオマケ付きだ。

 

やっとの思いで無自覚にグイグイその身体を押し付けて迫ってくる藤原を押しのけて落ち着かせつつ、石上は頭の中で改めて考える。

 

伊井野。確かにお前の言う通り、頑張り過ぎは良くないけれど。

それでも僕は、絶対なってみせる。

お前と、堂々と並び立てるって言える人間に。

そして……そうなれた時には……

 

石上は頭の中で、誰にも悟られず、新たな決意を固めるのであった。

 




作中にある通り、次回は石上の2度目の応援団活動を、1話限定のオリキャラからの視点で書く予定です。

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