伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~ 作:めるぽん
13話中で予告した通り、石上の応援団での活動内容をオリキャラ達を交えて書いてます。
後輩オリキャラが数人出てきてガッツリ絡むので、オリキャラNGな方はご注意ください。
秀知院学園高等部の体育祭。
クラス毎に赤組白組に分かれ、競技の点数を競い合う、他の学校でもよく見られる形式である。
そして、有志の生徒で結成される応援団が存在するのも、他の学校と同じ形式である。
今年も、高等部赤組の応援団が結成されたのであるが────。
「もしかして赤団アゲてっちゃうぅぅうううう!?」
「「「「「わしょーい!!」」」」」
「「「「「ウェ────────イ!!」」」」」
今年もまた、パリピなウェイ系リア充共の巣窟と化していた。
しかし、そんな中で……
「(う、うぅ……なんで私、こんな所に来ちゃったんだろ……)」
自分が場違いなのを自覚し、非常に居辛そうにしている、1人の少女が居た。
その少女は前髪で完全に目が隠れており、悪く言えば暗い、良く言えば大人しい雰囲気を醸し出す、見た目通りの分かりやすいキャラの少女。
そんな彼女が何故応援団に参加する事になったのかといえば、
だがその誘った張本人たる友人達2人は、他の
誤解の無いよう断っておくが、決してこの友人2人は冷たいわけではない。
ただちょっとだけ、
そんな訳で、この内気な少女は今、応援団の集まる一室で心もとなく孤立していたのであった。
「(うぅ……帰りたい……どうしてこんな事に……っ)」
周りがフルフルでLINEの交換を始めている中、少女は一人、全力で自らの気配を消そうと奮闘していた。
そうしていると……
「ひゃっ!?」
少女が驚きの声を挙げた。
不意に肩を軽くポンポンと叩かれたからだ。
恐る恐る、叩かれた方を振り向くと……
「……大丈夫、かな?」
一人の男子生徒が立っていた。
その男子生徒は、何というか、自分と同じ香りがするというか、この光あふれる地に居るには少しイメージの違う人物に見えた。
だがその顔をよーく見てみると……
「……あっ!?もしかして、石上副会長……ですか……?」
そう、自分に声をかけてきたこの男子生徒は。
先の生徒会長選挙で新会長の応援演説を務め、自らも副会長に選任された2年生の先輩・石上優であった。
「えっ、えっとその、あの……っ」
あわわ、どうしよう。
『自分と同じ香りがする』なんて、失礼な事考えちゃったよぉ……ば、バレてないかな?
「慌てなくてもいいよ。僕の思い違いだったら申し訳ないけど……なんか、窮屈そうに見えたから」
「うぐっ」
石上にいきなり図星を突かれ、少女は息詰まる。
やっぱり、見る人が見ればバレちゃうよね……うう。
「……隣、良いかな?」
石上がそう言いながら彼女の隣の椅子を引くと、少女は更に慌てふためく。
「いいいいいいいやあのその無理ですっていやそういう意味じゃなくて石上副会長が私の隣になんて畏れ多いと言いますかその!」
「……そんな風に言ってくれる人は初めてかな」
石上は戸惑いながらも苦笑しつつ、引いた椅子に腰掛けた。
「差し出がましいと思ったら悪いけど……なんか、去年の自分を見てるみたいでほっとけなくて」
「へ?」
石上の言葉に、呆気に取られる少女。
石上はそんな少女に対し、自らのスマホを差し出す。
「あの……もし良ければだけど、連絡先交換しようか?応援団の活動に関して相談相手にでもなれればと思って。あ、LINEが無いならメールアドレスでも良いから」
想定外の申し出に、少女は隠れた目を丸くしながらしばしの間固まった。
やがて、意識を取り戻したかのように途端に慌てふためきながら答える。
「ふぇっ!?そ、そんな畏れ多いというかなんというか……私なんかに教えて良いんですか?」
「僕の連絡先なんて全然価値無いよ。むしろつい最近まではゴミ同然だったかな」
自嘲する石上に対し、少女は困惑する。
本当だろうか?
あの生徒会の副会長であるこの人の連絡先がゴミ同然だなんて、私からしたら考えられないけど……
「だから、こんな僕が役に立てるのかどうか分からないけど。もし良ければ、相談相手にでもなれれば……」
「そ、そんなこと!是非、お願いします!」
こうして、孤立しかけていた少女は、石上からの救いの手を得たのであった。
──その翌日──
「なるほど……友達に声をかけられて断れず、か……」
生徒会室にて、その少女──椿が、石上に対して『場違い』な応援団に参加した経緯を話していた。
「は、はい……」
椿が、なんだか申し訳無さそうに縮こまってうつむきながら返事をする。
「えっと……椿ちゃんはどうしたい?あまりに居辛いようなら、辞めるって選択肢も有るけど。言い辛ければ、僕から言っても良いし」
『友達2人からは名前呼びされていてそれに慣れているので、先輩も下の名前で呼んでください』と強く頼まれたので、石上は恐らく生まれて初めて女子を下の名前で呼んでいる。
ちなみに、友人2人の名前は小春と愛衣である。
「はい……それも考えました。けど……せっかくだし、何か……その……なんというか、こんな私でも……」
「良い機会だし、自分を変えてみたくなったって事……かな?」
「は、はい!けど、その……思った以上に……えっと……」
「思った以上に周りがリア充ばかりで面食らった、ってところかな?」
「……はい。やっぱり石上副会長は凄いです。全部見透かされてるみたいで……」
大半が髪に隠れぎりぎり見える目から尊敬の眼差しが向けられている事を感じ取り、石上は思わず苦笑いした。
「まあ、去年の僕もそんな感じだったからね」
えっ?
石上先輩にも、そんな事が有ったの?
椿の疑問はダイレクトに表情に表れた為、石上がそれに答えるように言葉を続ける。
「応援団のヤツら、楽しそうだなあって。僕もそういう一員になれたらとか思って参加したら……昨日のアレみたいな感じだよ」
苦笑いしながら、『気の迷いで大変な事しちゃったとか思ってた』などと自虐する石上の姿を、椿が戸惑いながら見つめる。
はわわ……どうしよう。
これ、結構なヒミツだと思うんだけど。
私なんかが、聞いちゃって良かったのかな……?
「でもさ、何だかんだ有って……参加して良かったと思える結果になったから。
僕としては……椿ちゃんにも頑張ってほしいというか、頑張ってみる事をお勧めするというか……あんま上手く言えないけど、そんな感じかな」
石上の言葉に、椿は俯いたまましばらく黙り込み……
やがて、絞り出すように言葉を述べた。
「……私でも、馴染めるんでしょうか?あの人達に……」
思い詰めた椿の言葉が、静かな生徒会室に響く。
だが、石上は自然な笑顔で答えた。
「大丈夫だと思うよ?何故なら──」
「?」
それから、数日後。
石上からのアドバイス兼励ましを受けた椿は、応援団の練習に参加していた。
人見知りで控えめながら何とか馴染もうとし、恥ずかしながらも精一杯声を出すように心掛けた。
そのひたむきな姿勢が受け入れられないはずもなく、椿は徐々に他の団員からも受け入れられ、馴染んでいけていた。
そんな、ある日のこと。
練習の休憩中にひと息ついていた椿の元に、3人組の女子が近付いてきた。
見るからに派手でユルそうな感じのギャルグループといった体の3人組。
椿とはとても縁が無さそうに見えるグループであったが……
「よお、お前……応援団なんか〜……」
「お前なんかに応援されても〜……」
「もしかして……○○クンにアピールしようって腹?目障りだからさっさと……」
遠慮も容赦も無い言葉を次々に浴びせる女生徒達。
「………………っ」
そんな彼女達に対し、椿はひたすら黙って俯き辛そうに耐えているだけであったが、
少し離れた所で談笑していた椿の友人2人が、女生徒達と椿の間に割って入った。
「ちょっと!あんたらまた椿に!」
「そういうのやめよーよー。ダサいから」
割って入った椿の友人2人に、気の強そうなグループのリーダー的存在の女子が一瞬何か言い返そうとしたが、
「はーいみんなそろそろ休憩終わり!再開しよっか!」
団長が休憩時間の終了を大声で告げた事により、チープな捨て台詞を吐き捨てて去っていくに留まった。
「っとにアイツらさあ!大丈夫、椿?」
「う……うん…………」
椿は、ただひたすら苦しそうにうつむき続けるだけであった。
その日の夜。
椿は、自室でひとり思い悩んでいた。
あの人……瞳ちゃん。
小等部までは、向こうから気さくに話しかけてきてくれて、仲良くしてくれてたのに。
中等部の途中くらいから、ずっとあんな態度を取り始めて……
どうしてだろう?
でも、これは私の問題。
石上先輩達は、本当に良い人。
私が言えば……助けてくれるかもしれない。
けれど、赤の他人ならまだしも……これはきっと、私と瞳ちゃん達の問題。
私の事で……石上先輩達に迷惑をかける訳にはいかない。
じゃあ……私に出来ることは……
椿の目に、悲しい決意が宿った。
明くる日から、椿は応援団の練習に参加しなくなった。
気にかけた石上が椿の友人2人にそれとなく理由を尋ねてみたところ、『これ以上私の問題で皆さんに迷惑をかけたくはないから』との事だそうだ。
そんな事、気にしなくて良いのに。
どうして横着な輩のせいで、あの子みたいな何も悪くない大人しい子が犠牲にならなきゃいけないんだ?
……ここは、なんとかしてやるべきだろうか。
だが、石上にはひとつの懸念が有った。
椿とは、つい最近知り合ったばかりの、まだまだ浅い関係。
そんな椿の為に、自分が動く事は……果たして、適切な事なのだろうか。
何か、変な風に思われないだろうか?
例えば……
(『石上先輩……お気持ちは嬉しいんですけど、どうして私のことをそんなに助けてくれるんですか?
もしかして……私に気があるんですか?
私が困っているところを利用して距離を縮めようと……
ごめんなさい……生理的に無理です……』)
石上の脳内で、引いた顔と申し訳無さそうな顔が同居した椿が言葉を述べた。
つばめのような純然たる陽キャ側な人間が考えもしない、憂慮と言える懸念。
自分のような陰キャが動く事で、あらぬ勘違いをされてしまわないかという懸念であった。
はっきりいって『考えすぎ』なのだが、石上の場合、なまじ自分があれこれ気をかけてくれたつばめの事を好きになってしまった経験も有るが故に、その逆も充分有り得る事である……と、石上の中では確かな説得力を持ってしまっていた。
……しかし、自分は、去年の自分のような人間がもし居た場合に何か手助け出来れば……という理由で、今年も応援団に入ったのではなかったのか。
自分の考えは、単なる『逃げ』ではないのか。
ここで動かずにいたら……結局何も手助けにならないのではないか?
しかし、椿自身が『迷惑をかけないように』と身を引いたのに、自分が引き戻すような真似をして良いのだろうか?
距離感など無視して、引かれても良いので椿を助ける為に動くか。
椿自身の意思を優先して、もう関わらずにいるか。
石上は、応援団の練習が終わった後、陸上部の練習に参加しながらそんな事を考え悩んでいた。
すると……
「────あの、すいませんセンパイ。ちょっと、聞いてほしい事が……」
「?」
石上に、一人の男子生徒が声をかけてきた。
そして、体育祭当日。
100m走にエントリーしている椿の番が来た。
実は椿は女子陸上部に所属しているのである……尤も、最近は同じく陸上部員であり、あの女子グループのリーダー的存在である瞳とのいざこざであまり顔を出せなくなってはいるが。
浮かない表情の椿に、案の定あの女子グループらが追い打ちをかけるような言葉を浴びせてくる。
「転んじまえよ!」
「いや、あいつ逃げ足だけは速いから案外行けちまうんじゃね?嬉しくねーけど!」
「派手に転んで○○くんの前で恥かいちゃえ!」
その言葉は、否が応でもしっかりと椿の耳に入ってくる。
よく通る罵声に対し、応援の声は全く聞こえて来ない。
元々交友が少ないだけに、応援の声が大きく聞こえてくるはずもない事は分かっていたが……友人2人の声すらも聞こえて来ない。
自分の精神状態が、応援の言葉を耳に入らなくしているのか。
それとも、あの2人も応援してくれていないのか……
寂しい。辛い。
確かに、立ち向かえないのは私。逃げる道を選んでるのも、私自身。
でも……やっぱり……
感情に揺り動かされた椿の涙腺が、一滴の涙を生みだそうとしていた、その時。
「頑張れー!椿ちゃーん!」
「応援してるよー!」
大きく覇気のありよく通る声が、確かに椿の耳に入ってきた。
「!?」
椿は驚いて、声の聴こえてきた方を振り向く。
そこには──。
「つばきー!負けるなー!頑張れぇー!」
「私達はゼッタイ味方だからねー!」
「椿ちゃーん!俺達がついてっぞー!」
「応援団のれんしゅーサボったのおねーさん許さないぞー!けどこの後から参加してくれるなら許しちゃうぞー!?」
「なあ、やっぱバラバラじゃ何か締まらねーからみんなでやろーぜ?」
「だよな!俺ら応援団だもんな!つー訳で団長!」
「おう!んじゃ行くぞお前ら!せーの!フレー!フレー!つ、ば、き!」
途中から練習に行かなくなった、応援団。
その応援団の皆が、思い思いの応援の言葉を贈った後、皆で一斉にエールを送ってきた。
その中で何故か石上は、額に手をやりながら『やらかしたな』と言わんばかりのアクションを取ってはいるが……
椿の涙腺からは、とうとう一滴といわずとめどなく涙が溢れてきた。
だが、その理由は先程までとは全く違った。
みんな……先輩達も……
こんな、私の為に。
来なくなった、私なんかの為に……
大音量の声援に、女子グループ達は驚き戸惑い、ヤジを飛ばす事も出来なくなった。
椿の頭の中に、もう鬱屈した感情は無くなっていた。
ちょっと……いや、とってもびっくりしたけど。
今の私には、こんなに応援してくれる人が居るんだ。
だから……まけるわけには行かない。
全力で、頑張らなきゃ。
強い決意を宿した椿は、陸上部でもない他の女子では全く相手にならなかった。
100m走をぶっちぎりの1位でゴールした椿は、競技を終えてすぐに応援団の元へ駆け寄り、お礼を述べようとした。
すると、応援団の集まりの中から、椿には慣れ親しんだ姿だが、応援団員ではないはずの男子生徒が駆け寄って来た。
「椿!」
「えっ……?こーちゃん?」
駆け寄ってきたこの男子生徒・航弥。
男子陸上部員の1年生であり、椿の幼馴染の男子である。
『幼馴染』という事は……察して然るべきである。
「椿!よく頑張ったよ!やっぱすげーよお前!」
そう言って、椿をぎゅっと抱き締める航弥。
「ふぇぇっ!?ちょ、ちょっとこーちゃん、みんな見てるよ!」
だが、航弥は驚き慌てふためく椿を、更に驚かせるひと言を言い放った。
「椿!好きだ!!付き合ってくれ!!!」
「……………えっ?ふぇ、ふぇぇっ!?」
椿の中で止まる時間。
周りから聞こえる、ヒューヒューという囃し立てる声。
全てが驚きと戸惑いで埋め尽くされる出来事であったが……椿の方も、抱いていた想いは航弥と同じであった。
向こうから、いきなり、こんな場面で言ってくるなどとは夢にも思ってはいなかったが……
椿は、真っ赤になった顔で「うん」と、小さく頷いた。
「おめでとぉー!」
「椿ちゃんやるじゃーん!案外スミに置けないってやつ?」
「良いね良いねぇー!おねーさん祝福しちゃう!」
「ふぇっ!?え、えっとその……あ、あはは……」
押し寄せてくる応援団からの祝福の声に、戸惑い苦笑いを浮かべながら対応する椿。
なんだか、色々ありすぎて、自分でもよく分からないけど……
ありがとう、応援団のみんな。
こんな私を、こんなに受け入れてくれて。
あの時、石上先輩の言った通りでした。
『心配要らない。真のリア充は性格も良いから』って──。
だが、その石上が途中で倒れてしまった事には椿も大いに慌てた。
石上先輩、どうしちゃったんだろう?
救急車に運ばれなかったって事は、そんなに悪くなかったって事かな?
けど……やっぱり気になる。
石上の体調が気がかりであった椿は、航弥と共にこっそりと保健室の様子を覗きにやって来た。
しかし、そこには先客が居た。
「石上!石上!お願いしっかりして!石上!目を覚まして……!」
真剣に石上に呼びかけるその女子生徒は間違いなく、先日新生徒会長となった2年生・伊井野ミコであった。
その隣では保険医が、「ただの軽めの貧血だ。時間が経てば目を覚ますから落ち着きたまえよ」と苦笑いしながら諌めている。
それでもミコは、「だって、コイツ無茶して!心配で……」と動揺している。
「(……マジかよ。あれって伊井野会長だよな?)」
「(うん……すごく必死に呼びかけてる……)」
「(生徒会長として副会長が心配……ってレベルじゃないよな、アレ)」
「(うん。もしかして、伊井野会長って……)」
その先は、言わずとも2人とも分かっていた。
あれだけ異性を真剣に心配するという事は、つまり……
「(あの噂、マジだったって事かな)」
「(まだ分かんないよ……けど、こーちゃん。これは私たちだけの胸の中にしまっとこう?)」
「(まーそうだよな。石上センパイには世話になったしな)」
「(えっ……?どういう事?)」
疑問の表情を浮かべる椿。
そう、今保健室のベッドの上に横たわっている石上。
本日の出来事は、勿論彼の密かな働きが大きく関わっていたのだ。
数日前、石上に声をかけてきたのは航弥であった。
明るくノリの良い航弥は、陸上部に復帰したばかりの石上にもすぐに絡んできた。
生徒会副会長という肩書に素直に憧憬の眼差しを送り、なおかつ混院への差別意識も全く持たない石上を航弥は尊敬しており、
石上もまた、ちょっとノリは合わないものの可愛げのある後輩として、航弥の事は悪くは思っていなかった。
そんな両者だが、航弥は幼馴染である椿が最近元気が無く、珍しい事にソリの合わなさそうな応援団に入ったと思ったら途中で突然辞めてしまった事を気にかけて、石上に相談したのだ。
最近出来た後輩2人に意外な繋がりがあった事に少し驚きはしたが、
その時は『これ以上迷惑をかけられない』という理由で辞めた事しか聞き及んでいない石上は、あまり適切なアドバイスは送れなかった。
だが、『元気の無い椿を何とかしてやれないか』という後輩の頼みを、安易に出来ないと断るような真似はしたくなった。
そこで、応援団員の皆に力を借りる事を思い付いたのであった。
突然来なくなるまでは真面目にひたむきに練習をしていた椿は、応援団の皆、特に2年3年の先輩達には好意的に思われていた。
来なくなった事に心配していた皆に、体育祭当日、各自思い思いのエールを送ってもらうことにした。
なまじ自分がそういうタイプであるだけに、『いきなり全体の応援が飛んできたら逆に恥ずかしがったり萎縮してしまうのではないか』と考えた石上は、敢えて応援団の形式に則らずに各自で思い思いの応援をしてもらう事を提案していたのだ。
結果的には、ノってしまった応援団員たちは結局応援団の形式に則ったエールを始めてしまったが。
石上の懸念を他所に、椿にはしっかりとその気持ちは届く事となった。
「(……そっか。そんな事が有ったんだね)」
『幼馴染』から、今日更に一歩踏み出した関係となった航弥の言葉を聞いて、椿は目を閉じて石上へと思いを馳せた。
ありがとう、石上先輩。
もし、応援団に入ったあの日、石上先輩が声をかけてくれていなかったら。
私だけの力じゃ、こういう風には絶対ならなかったと思います。
明るくて、元気で、私に優しいこーちゃんも好きだけど。
クールで頼りになって、面倒見の良い石上先輩も……私は……
「……ってな感じの事が、応援団であった訳だけど」
体育祭が終わって数日が過ぎた日。
生徒会室にて、小野寺がミコに応援団での活動の顛末を話していた。
「そ……そう。い、良いんじゃない?迷える女の子……いや後輩に手を差し伸べて力になってあげる。生徒会副会長として、り、立派な事だと思うわ」
納得していますよ、という言葉ではあるが、それはまるで自分に無理やり言い聞かせているように小野寺には見えた。
うーっわ、分かりやすっ……
「……伊井野もさ、石上に言ってみたら?『困ってるの……助けて欲しいの……』ってさ。身長差有るから、上目遣いも不自然じゃないよ?」
「な、何で私が石上にそんな事!?」
「え?いや私てっきり、石上に構ってもらえた椿ちゃんに嫉妬しt「ばばばばばばばばバカな事言わないで!そ、そんな事無いから!」
小野寺の指摘を、ミコが大慌てしながら遮った。
バレバレなんだよなあ……と心の中で呟き、ため息をつく小野寺。
石上……早いとこ伊井野の事、もらってやりなよ?
多分もう、受け入れ準備万端だと思うからさ……
小野寺は、この場に居ない一人の男に思いを馳せた。
──と、まだこの話はここで終わりではない。
なりたてとはいえ『名門・秀知院の生徒会副会長』である石上が、
『皆の応援でなんとかする』という、いわば精神論的な事のみを頼りに解決を図ったなど、有り得ない事である。
それとは別に、根本的な対処をする算段を立てていたのだ。
あの日、相談を持ちかけてきた航弥から『昔は椿と瞳は仲は悪くなかったはずなのに』という言葉を聞き疑問を持った石上は、改めて椿の友人2人に話を聞いたところ……
「アイツ、中等部の終わりら辺から突然椿にイチャモンつけ始めてきたんですよ」
「そーそー。そう言えばその頃から、アイツ航弥くんの事が好きなんじゃなかったっけ?」
「そういやそうよね。けどアイツ、航弥くんには全く相手にされてなかったよね。眼に入ってないというか」
石上は、顔には出さずとも心の中で呆れ返った。
それって、どう考えても原因はただひとつじゃねーか。
リア充はアホなのか?こういう事に関しては著しくアホになるのか?
心の中で毒づく石上は、冷静になって考えを巡らせる。
きっと、恐らくだけど。
自分に自信が無くて、『いかに相手から嫌われずに済むか』という思考を巡らせる事が前提の自分達と違って。
自信満々で、『自分は好かれるはず』という思考が前提のリア充達は、『相手の考えや気持ちを考え読む』という事は疎い場合が多いんだろう。
まあ、それはさておき。
そうなれば、打てる手は有る。
石上は、頭の中で計画を練り始めた。
そして、ある日の生徒会室。
石上のみの生徒会室の扉が開き、そこに入ってきたのは。
「……副会長サマが、何の用すか?いきなり呼び出すとか、ショッケンランヨーって奴じゃねーの?」
椿に容赦無い言葉を浴びせていた、あの女子グループのリーダー的存在・瞳であった。
「ああ、突然呼び出してごめんね。そこに掛けてよ、お茶出すから」
ぶっきらぼうな態度の瞳に対しても、平然とした態度を崩さない石上。
「……で、何で呼び出したんすか?センパイ一人しか居ないこの部屋に?なんかヘンな事しようってんじゃないっすよね?」
短いスカートにもかかわらず足を組んで座る瞳。
当然、ふとももが露わになりその先も……であるが、石上は努めて見ないようにしていた。
「ああ、椿ちゃんの事で、ちょっとね」
椿の名が出た途端、瞳は聞こえよがしに舌打ちをした。
「あーあー、椿に泣きつかれたってワケですか?アイツもだらしねぇな……自分じゃ解決出来ねぇからって生徒会に泣きつくとか。で?やめないとセンコーにチクるって事だろ?」
ところが、石上の返答は違った。
「いや、イジメの解決となると、それはもう生徒会の仕事というより教師の仕事の領分だからね。僕からはあまりとやかく言うつもりも無いし、言える筋合いも無い。けど……」
石上は言葉を切り、瞳の様子を見た。
今瞳は、出されたハーブティーを勢い良くゴクゴクと飲みながら話半分に聞いているといった様子だ。
「……好きな男が自分じゃなくて椿ちゃんの事を好きだからって、八つ当たりするのはどうかと思うんだよね」
石上の言葉に、瞳は勢い良く口に含んでいたハーブティーを吹き出した。
慌てて口を拭いながら、瞳が真っ赤になって反論する。
「ちっ、ちちちちちげーますですよ!?こーくん……いやアイツの事なんか、すすすすすす好きなんかじゃねーですよ!?」
もはやツッコむ気も起きないが、言い逃れ出来ないよう追い込むプランを叩き込む事にした。
「あっ、そうか、変な事言って悪かった。陸上部の後輩だけど、何しろアイツなんて、鈍感で日和見でバカでアホだからなあ……あんな奴に惚れる人なんて居ないよな」
すると瞳は石上をキッと睨みつけ、反論の言葉を述べ始めた。
「んな事ねーし!こーくんはイケメンでカッコ良くて……」
「ふんふん、それで?」
「しかも誰にも優しくて、最近背も伸びてますますカッコ良くなって……って、あ、ああっ!?」
瞳は、やっと自分がノせられた事に気付いた。
「あっ、いやその、今のはちげーっていうか……あ、あうぅ……」
もはや茹でだこのように真っ赤になり、恥ずかしさで縮こまる瞳の姿に、石上は心の中で『案外可愛げが有る』と微笑んだ。
「ま、やっぱり僕の考え通りというか。けど、厳しい事を言うようだけど……いつまでも片想いしてても、キミにとっても辛いだけじゃないかな?キミも多分見てたでしょ、あの告白?」
ちなみに、あの告白も石上が唆した結果である。
瞳が椿を詰ってくる原因に気が付いた石上が、航弥に『お前が何とかして守ってやれよ』と言ったところ、航弥があのような行動に出たという訳だ。
「うっ……」
瞳は返事に窮した。
当然、瞳も知っていた。
片想いしていた航弥が、とうとう椿と一緒になってしまった事を……
「もうくっついた人を想い続ける人、僕知ってるんだけど……しょっちゅう辛そうにしてて、見てていたたまれないんだよね……」
石上は、頭の中に某ツンデレな先輩を浮かべながら、名前は伏せつつ彼女の事を伝える。
「じゃあどうしろって言うん……いや、てか、私がアイツの事好きな前提で話進めんなよ!ぜんぜんちげーし!センコーにチクらねえってんだったら椿の事はそのままだな!」
まだ認めないか、と石上は苦笑したが、勿論素直に認めなかった場合の案も用意済みだ。
「そっか。じゃあマスメディア部に調査を依頼してみようかな。僕部長とは面識があって、この前ネタ欲しがってたんだよなぁ……恋愛ネタって需要有るだろうなぁ……」
「なっ……!?」
瞳は絶句した。
あの敏腕と噂される紀部長が率いるマスメディア部の調査力を以てしたら。
本当の事がバレてしまうかもしれない。
もし、記事のネタにでもされてしまったら……
「ちっ……チクショウ……あー分かったよ、好きだよ好き!大好きだよっ!これで文句ねぇだろ、この腹黒副会長!」
瞳は、逆ギレしながらも認める事にした。
「で?どうすりゃ良いってんだよ!?もう椿にカラむのはやめてやるよ、けど……私は……私の気持ちは……どーなるんだよ……」
瞳の声が、だんだん小さく、涙声混じりになっていく。
椿に対してひどい言葉をかけ続けてきた前科は有るが、この子もある意味では悲恋の『被害者』だ。
アイツが率いる生徒会の、副会長として。
一応、この子も……救ってあげるべきだと思う。
「僕にはハッキリとこうしろとは言えない。新しく好きになれる人ってそう簡単に見つかる訳じゃないと思うから……けど、もしキミが良ければ……今後も相談くらいには、乗れると思う」
正直なところ、石上は乗り気ではなかった。
瞳はどう見ても石上の苦手な気の強いギャル系だし、自分だって恋愛が上手く行っている訳ではないのに恋愛相談などそう上手くこなせる自信は無かった。
しかし、ここまで事情を知ってしまった以上、見過ごせないという思いもあった。
椿の為、そしてついでではあるが航弥や、もっとついでではあるが瞳の為。
生徒会副会長として、自分に出来る事は頑張ってみようと決意したのであった。
瞳は、石上の言葉に目を丸くした。
両親からも放任され気味で、友人にも恋心を打ち明けられなかった瞳は、長らく救いの手を差し伸べられていなかった。
「…………えっと、その……良いんすか……?」
「あんま上手く出来る自信は無いけどね。けど、たまに誰かに話すだけでも違うみたいだし。僕で良ければ、聞き手くらいには……」
「……すみませんでした!」
「えっ?」
突然瞳が叫びながら頭をグイッと下げたので、石上は面食らった。
「私、石上センパイの事誤解してました!めつちゃ良いセンパイじゃないっすか!今までの事は謝ります!椿にも謝ります!だからどうか今後もよろしくお願いします!」
「……あ、ああ、うん」
以降、瞳はちょくちょく生徒会室を訪れ、石上に相談を持ちかける事になったそうだ。
なにはともあれ、石上の密かな働きにより、椿の周囲の根本的な問題は解決されるに至った。
そして……石上の知らない間に、『生徒会のお二人を応援し隊』のメンバーが新たに3人、増えることになったという。
重ね重ね、遅くなって申し訳ありませんでした(^_^;)
椿と友人2人の名前は最近読んだ某小説から引っ張って来てます。性格的には和紗さんがぴったりなのですが、あっちは3人組感がやや薄いし、後輩キャラという事で……
おバカワイイユー○ルやリコ○スが割と好きです(笑)
本編はいよいよ私のSSとは決定的に相違が出来つつ有りますね……クリパの濃さとかステラバレ前に惚れたりとか、どうでもいいところではベッドの有無とか(笑)
ただ、既に投稿した分は今から本編に合わせて修正するような事はないのでご了承ください。