伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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今回は1年生編にてスルーした石上の誕生日のおはなしです。


第16話 伊井野ミコは祝いたい

【誕生日】!

それは誰しもに年に一度必ずやってくる、特別な日である!

そしてこの【誕生日】には、その日を迎えた人に対して親しい間柄の人間が祝ってあげるという風習が存在する!

反応の大小に差こそあれど、やはり祝われた側は悪い気はしないというのが大半である!

故に、恋路を行かんとする者は相手の誕生日を正確に把握し、心を込めて祝う事が勝利への大事なプロセスの1つなのである!

 

今、時は2月下旬。もうすぐ3月に入る頃合いである。

そして、3月に入って間もなく、とある人物の誕生日が控えている。

一人は、我らが珍妙生命・藤原千花。

そして、もう一人。

秀知院学園生徒会長・伊井野ミコが密かに(と本人は思い込んでいる)惚れている相手……石上優である。

この2人が、何とも奇妙な偶然として同じ3月3日を誕生日としているのである。

尊敬する先輩と、恋している相手。

その2人が同時に誕生日を迎えるという、伊井野ミコにとっては肝心要な日であった。

もっとも、去年は互いにそれどころではない精神状態であった為に、祝う事は出来なかった。

しかし、今年は違う。

数ヶ月後の『約束の時』に向けて、互いの関係を少しでも深めておく事が肝要なのである!

 

しかし、そこに至るまでには2つの懸念が有った。

まず1つ目の懸念点として……

『自分が石上の誕生日を祝う意味について』である。

まず『誕生日を祝う』と言っても、『周りの親しい人間を巻き込んで祝う』場合と、

『自分一人で祝う』場合の2つに分かれる。

しかし自分は普段、周りには『石上はあくまで単なる生徒会役員同士、嫌いだけど役員歴が長くて使えるから仕方なく一緒に仕事している』という体で通している。

そんな状況で、周りの人間に『石上の誕生日を一緒に祝おう』などと言い出そうものなら!

 

『(えっ……?ミコちゃん石上くんの誕生日祝ってあげるんですか?

普段散々嫌いとか生理的に無理とか言っておきながら?

もしかしてアレって……ただの照れ隠しだったんですか?お可愛いですね〜)』

 

ミコの脳内に、ニマニマ笑顔の藤原が浮かぶ。

 

やはり、一人でこっそりと祝うべきか。

しかし、そちらもそちらで違う問題が出てくる。

 

『女が男の誕生日を一人で祝う』という行動には、何らかの意味が出る。

 

──意味!『女が男の誕生日を一人で祝う意味』!

例えば意中の男に対し、他の女達から抜け駆けしてポイントを稼ぎたいといった意味。

そして、『誕生日という特別な時間を独り占めしたい』という意味というものがある!

……もし、後々になって『自分が石上の誕生日を一人でこっそり祝った』事がバレたら!

 

『(あーね……そういう事だったんだ?一人だけ抜け駆けして石上の特別な時間を独り占めしたいっていう……

とりま面白そうだしシェアするわ。まずは同じクラスの……)』

 

ミコの脳内に、スマホを弄って『拡散体制』に入る小野寺が浮かんだ。

 

そしてそもそも、このように本人にも勘違いされる恐れがある!

 

『(へえ……伊井野……お前一人で僕の誕生日を祝ってくれるんだな?

皆には内緒で……僕の特別な時間を独り占めしたいって事だよな?

伊井野……お前ひょっとして僕の事を……へえ……へぇぇぇえ……)』

 

それだけは。それだけはダメだ。

 

そして、この問題を乗り越えて『石上の誕生日を祝う』と決めたとしても、もう一つの由々しき問題が有る。

 

『一体何を贈れば良いのか』という問題である!

 

これまで、あまり他人との交流をしてこず、恋愛だって今が初恋のミコ。

当然、男子の誕生日プレゼントに何を贈れば良いのかなどという事はすんなり解るはずもなかった。

 

……もし、自分のプレゼントが気に入ってもらえなかったら。

 

『(うわっ……伊井野コレ何だよ?こんなもの贈られても困るんだよな……

こんなもの贈ってくるような女だとは思わなかったな……

伊井野……この前の『約束』、いったん忘れてくれないか?)』

 

────ぜったい、絶対やだ。

 

そんな事にならない為にも、石上の誕生日を祝うにあたっては万全を期す必要が有る。

その日を10日後に控えた今日、ミコは決意を固めるのであった。

 

 

熟慮の末、ミコは石上の誕生日を祝う正当な建前として。

『藤原先輩のついでに祝ってあげる』という事にした。

生徒会では、藤原先輩を祝いつつ。

皆が居なくなった所で、自分だけで石上を祝えば良い。

そうすれば、後々何らかのきっかけでバレても『藤原先輩を祝ったのに、同じ日で同じ生徒会の石上をスルーするのはあまりに薄情だから、生徒会長の義務として』という建前が出来るし。

一人で祝う事にも、『生徒会長の義務に他の役員を付き合わせる訳には行かない』という言い訳もつく。

我ながら完璧なロジックだ──と、ミコは心の中で胸を張った。

……既に「察している者』から見ればバレバレなのであるが。

そして先日、小野寺が修学旅行の下見での顛末をうっかり漏らしてしまった事で、

『石上&ミコ』の組み合わせに気付き始めている生徒が激増しつつある事を、ミコは失念していたが……その点は触れてあげないでおこう。

 

そして、『何を贈ってあげれば良いか』という問題についても。

悩めるミコの元に、奇跡的な『渡りに舟』が、やって来ていたのであった。

 

石上の誕生日を翌日に控えた、とある日曜日。

ミコは、とある犬の像の前で、ある男と待ち合わせていた。

ミコが待ち合わせる男と言えばもちろん石上────

では、なかった。

 

その几帳面な男は、ミコが待ち合わせ場所に来るより少し早く来ていた。

待ち合わせ場所にその男の姿を見付けると、ミコは小走りで駆け寄って行った。

 

少し寝癖の付いた頭に、整った顔つきの中で目立つ鋭く悪い目付き。

自分が待ち合わせているあの人に間違いない。

 

「お待たせしました……白銀先輩!」

 

そこには、去年10月にスタンフォードへ行く為にアメリカへと経っていったはずの、秀知院学園高等部の前・生徒会長、白銀御行が立っていた。

 

「ああ、俺もさっき来たばかりだから大丈夫だぞ伊井野」

 

小走りで慌てて駆け寄ってきたミコを落ち着かせるように白銀が声をかける。

 

ミコが、『たまには帰郷して家族に顔を見せねば』と帰国していた白銀を街中で見かけたのは、まったくの偶然であり幸運であった。

石上の事をある程度知っており、且つもし石上との現在の距離感を悟られてしまったとしても面白がって周囲に漏らしそうにはない人物として、

今回の事を相談するにおいて白銀はまさに最適な人物であった。

 

「で、今日は……石上の誕生日を祝う為の相談、だったか?」

 

「はい、そうです」

 

多少のリスクはあったが、ミコは目的を『ほぼ』素直に話す事を選んだ。

『気になる男子が』などと言えば自分が恋愛中である事が露見し、そこから探られて石上への気持ちに辿り着かれてしまうかもしれない。

ならば、この前思い付いた『同じ日の藤原先輩のついでに』という建前とセットで、正直に『石上を祝ってあげたい』と言えば良い。

これ以上自分の気持ちを悟られてしまわないよう、リスク管理はしっかりしなければいけない。

……もし、白銀先輩にも自分の想いが知られてしまったら。

 

『(なんだ伊井野……藤原のついでなどという建前を述べておきながら本心は違ったのだな?

石上にあれほど散々に言っていたのは照れ隠しだったんだな?お可愛い奴め)』

 

などと言われてしまうかもしれない!

しつかりと相談しつつも、この気持ちがバレてはいけない。

ミコは、心の中で兜の緒を締めた。

 

────もっとも、それは既に無駄な気苦労である事を、ミコは知らなかった。

 

「(……しかし、あの伊井野が石上を、なぁ……)」

 

そう、ミコの懸念を他所に、白銀は既にミコの石上への想いを知っていた。

 

街中で偶然ミコと遭遇し、必死な面持ちで『石上の誕生日プレゼント選びを手伝ってほしい』と頼み込まれた時。

その様子に思う所のあった白銀は、かぐやに連絡を入れ相談していた。

そしてその時に、かぐやからミコの恋心を聞かされていたのである。

 

あれだけ散々に言っていた石上に去年から好意を抱いているのは、意外も意外であったが。

関わった期間はそれほど長くないにしろ、かわいい後輩の為に力になってやらねばなるまい。

石上も、もし伊井野と一緒になれば良い事もあるだろう。

 

白銀は、ミコのサポートをしっかり務めてやろうと気合いを入れていた。

────結論を言えば、この日のミコと会長のプレゼント選びは、滞りなく、納得の行く結論を出す事が出来た。

途中のランチでミコの食事量に改めて白銀が驚かされたり、学年1位経験者同士、お互いの勉強法の話に花を咲かせたり。

 

だが、今回の話はそこではない。

待ち合わせにて合流し、事前に目星を付けておいた店に向かって歩き出す白銀とミコの姿を。

あの男が、しかと目に焼き付けていたのだ。

 

 

 

『白銀御行と伊井野ミコが2人で談笑しながら街を歩いていた』。

 

偶然目の当たりにした光景に衝撃を受けた石上は、その日おぼつかない足取りで帰路を辿り自室のベッドに倒れ込んだ。

 

どうして。

どうして、あの2人が?

伊井野は、海外に居るはずの白銀先輩といったい何をしていたんだ?

客観的に見て、生徒会で一緒だった時もそんなに仲が良かった訳ではなかった。

それなのに、どうして。

休みの日に、2人で並んで街中を歩いていたんだろうか?

 

石上の頭に、最悪の考えが過る。

 

────まさか、あの2人は。

 

普通に考えれば有り得ない話である。

だが、ネガティブ思考が身に付いている石上にとって、その考えは『有り得なくはない』考えであった。

 

学年1位を堅持し続ける秀才の伊井野。

自分と同じくらい、いや自分以上に勉強が出来る人に惚れる事は、何も不自然な事じゃない。

会長だってそうだ。

四宮先輩とくっついたのは知ってるけど、向こうに行ってから案外上手く行ってないのかもしれない。

そんな時に、最近……ちょっと、いやほんの少しだけど、魅力的になってきた伊井野に出会って。

『つまみ食い』してしまいたくなる衝動が、湧き上がってきたのかもしれない。

伊井野だって、勉強に限れば四宮先輩に負けないくらい優秀なんだ。白銀先輩がそこを気に入っても、何らおかしくはない……

 

石上の胸の中に、ドロドロとした黒い感情がもやとなって止めどなく溢れ出てくる。

 

こんな事、考える方が間違いだ。

こんな気持ちになってはいけないんだ。

『女々しい』とは言うが、今の自分と一緒にされるのは女性にも失礼だろうと言いたくなるほど、今の自分は後ろ暗い感情に塗れている。

 

片想いの相手と、尊敬出来る先輩。

その2人に、一気に裏切られたような気持ち。

 

だが、石上は一人自嘲した。

 

『裏切られた』なんて、自分本位な言い草だ。

確かに片想いしていたし尊敬もしていたけれど。

それが、2人の関係が深くなる事を否定出来るものには決してならない。

伊井野が、僕なんかよりずっと勉強出来てカリスマ性が有って尊敬出来る人を選んだだけ。

白銀先輩だって、実はもう四宮先輩とは別れていて、それで帰国していた所に伊井野と再会したのかもしれない。

……何も、自分が堂々と割り込める大義名分なんて無いんだ。

 

だから、今自分の胸を締め付けているこの暗く冷たい感情なんて。

一刻も早く、忘れ去るべきなんだ。

──そう、一眠りすれば、少しは気が紛れるかもしれない。

石上は、深く暗い失意のまま意識が落ちるのに身を任せて行った。

 

 

 

 

睡魔に身を委ねた石上が目を覚ました時には、石上は17歳へと一つ歳を重ねていた。

3月3日。誕生日を迎えていた。

 

まだすっきりしない頭で、石上は漠然と考える。

 

────やはり、直接聞いてみるしかない。

いくら自分一人で考えていたって、悪い考えが止めどなく溢れてくるだけだ。

もう、直接聞いて疑いを晴らすしかない。

石上は、一抹の不安の中決意を固めた。

 

 

そして、その日の昼。

 

「藤原先輩、おめでとうございます!」

 

「ありがとーミコちゃーん!」

 

生徒会室で、藤原の誕生日を祝うささやかな会が行われていた。

 

事前に自身がリクエストしていた、ミコおすすめの店のケーキを渡されご満悦な表情の藤原が、ミコを撫で撫でする。

 

「えへ……」

 

藤原の『藤原千花』な面を見て、出会った当初よりは度合いは落ちたものの、

未だに尊敬の意を抱いている先輩に撫でられ、ミコも頬が緩む。

 

「……マスコット系生徒会長」

 

その光景を眺めていた小野寺が、いつものクールな表情で一言呟いた。

 

「ちょっ!?マスコットじゃないよ麗ちゃん!」

 

心外な一言を言われ頬を膨らませ反論するミコだが、

その可愛らしさはやはり小野寺の表した一言を肯定せざるを得ないようなものであった。

 

「いいじゃないですか〜ミコちゃん。ミコちゃんカワイイですし」

 

ご機嫌な藤原がミコをやんわりたしなめる。

 

「えっ……まあ、藤原先輩が言うなら……」

 

「(認めるのかよ)」

 

相も変わらぬミコの『藤原信者』っぷりに、石上は心の中で独りツッコんだ。

 

そんな様相で、会はつつがなく進行していき終わりを迎える。

ちなみに藤原と小野寺も、石上もまた誕生日である事は知っているが、

尋ねた所、『僕はそういうのいいですよ』とやんやり断られた為言及はしていない。

 

事実、石上はそう特別に『誕生日を祝われたい』とは思っていなかった。

何せこれまでがこれまでだけに、家族以外に誕生日を祝われてこなかった(去年落ち込んでいた時、白銀とかぐやに遠慮がちに祝われたのは別として)石上。

『誕生日を祝われる』ということ自体、何だか少し照れ臭くてむず痒い気がしていた。

……それに、もし祝ってくれる人が居るのなら。

祝われたい人間は、アイツ1人しか居ない。

 

「んじゃ藤原先輩。片付けは僕がやっときますんで」

 

「あっ……じゃ、じゃあ私も」

 

片付けを名乗り出る石上に、便乗するミコ。

小野寺も名乗り出ようとしたが、先にミコが名乗り出た事と、両者の表情をチラリと見て何か思う所があったのか、身を引く事にした。

 

それから数分後。

片付けがほぼ終わり、先に出て行った2人も忘れ物などの理由で戻ってくる気配は無さそうな事が分かった頃。

石上は、どう話を切り出そうかと思案していた。

トークが上手い人間なら、何気無い世間話からさり気なく質問へと持っていく事も出来ようが、自分にはそんな話術は無い。

真似事をしようとすれば、きっとボロが出てしまうはず……

 

だとしたら。

もう、ストレートに聞いてしまうのが一番だろう。

ロクな精度の無い変化球で勝負しようとしたって打たれるだけだ。

なら、精一杯の力を込めた直球を投げ込んでみるしかないんだ。

 

石上は、すうっと大きく深呼吸をすると、少し離れた所にいたミコに────

 

「なあ、伊井野」

 

「わっ!?」

 

「うわっ!?」

 

声をかけた石上も、かけられたミコも驚いた。

何故なら、少し離れた所にいたはずのミコが知らない間にすぐそばまで近付いてきていたからだ。

 

「……な、何よ石上」

 

「……あ、あのさ」

 

何故近付いて来ていたのかは分からないが、ここで怯む訳にはいかない。

直球で行くと覚悟を決めたんだ。簡単に覚悟を緩めてはいけない。

 

「き……昨日、街歩いてたらさ。白銀先輩と2人で歩く伊井野を見かけたんだよ。先輩は今アメリカに居るはずなのに、あれ何してたんだ?」

 

「えっ……」

 

石上にもはっきりと分かるほど、ミコの顔が曇った。

それと同時に、石上にとってはありがたくない事がその表情から伝わってくる。

 

……これは、後ろめたい事を突かれた時の表情だ。

 

「えっ……見てたの?えっと、あれは……その……」

 

言い難そうにもじもじし、即答出来ないミコの姿に……石上の気持ちは急速に落ち込んでいく。

 

「……答えられないようなこと、してたのか?」

 

信じたくはない。

白銀先輩だって伊井野だって、真面目な人間のはずなのに。

そんな事をしてるとは思いたくはない。

だが……現に目の前の問い詰められた少女は、問い掛けには答えずに居心地悪そうにしているではないか。

 

「……な、何でそんな事アンタに言わなきゃならないのよ」

 

ミコからすれば、ただの苦し紛れの逃げのひと言。

だがそのひと言は、石上にとっては決定的なひと言であった。

 

即答して欲しかった。

別に何てことはない事だよ、と言ってほしかった。

 

けど、現実はこうだ。

────答えられないからって、逆ギレ気味の言い逃れかよ。

 

「……いや、もういいわ。悪かった伊井野」

 

石上は、無念さと空虚さが顔に出てしまわないよう必死で取り繕いつつ。

大股かつ早足で歩きつつ、生徒会室を後にした。

 

「ちょっ……!!そんな……」

 

予想外の事を聞かれ、戸惑っている間に去られてしまった。

密かに謀を腹に抱えていたミコは、まさかの斜め下の展開にがっくりと肩を落とした。

 

 

 

なんて。

なんて、虚しい誕生日なんだ。

ここ最近の誕生日は、こんなのばっかだ。

去年は、失恋で落ち込んでて。

今年は、片想いと尊敬する先輩の両方が一度に自分の元から去って行って。

 

……誕生日に、こんな事が起こるというのは。

『僕なんか生まれるべきじゃなかった』という啓示なんだろうか。

 

誕生日を祝われて無邪気な笑顔を見せていた藤原の笑顔が時折ちらついて、自分との対比に嫌気が差す。

 

────そう気落ちしている石上の様子を。

数個離れた席から、小野寺が眺めていた。

 

あー、2人ともなんか企んでそうなカオしてたからさっきは2人きりにしてみたけど。

どうも、上手く行かなかったぽいね。

てっきり、石上も今日誕生日だからさ。

2人きりん時に伊井野が恥ずかしがりながら祝ってやって、グッと来た石上と距離が縮まって面白い事になりそうだと思ってたけど……

アレ、あんなに落ち込んでるの……去年つばめ先輩にフラレた時以来じゃね?

もうこの世の終わり、みたいな顔してさ。

まさか……伊井野にフラレた?

いやいや有り得ないっしょ。あんな石上好き好きオーラ出してる伊井野がフるわけないじゃん?

それに、伊井野の方もなんか『あーやっちゃった』みたいな雰囲気出してるし。まあそれはそれで謎なんだけどね。

 

どういうワケかさっぱり分からないけど……とりま、聞いてみるのが早いか。

 

 

その日の放課後。

 

 

「……おい。おーい」

 

人の居なくなった教室で、小野寺は机に突っ伏す石上を揺すっていた。

絶望に浸っていた石上はやる気を無くし、そのまま眠りに落ちていたのだが……

 

「おーきーろー」

 

「……ん…………」

 

流石に何度も呼びかけて揺すれば、目を覚ますというものである。

 

……だが、ここで小野寺はひとつミスを犯した。

最初は少し離れた位置から手で揺すっていた程度であったが、なかなか起きない石上に業を煮やし、いつの間にかかなり石上に近付いて強く揺り動かしていた。

小野寺の立ち位置は、机に突っ伏す石上の正面。

机に深く上半身を預けていた石上の頭に、彼女の短めのスカートの端がかかっていた事には気付かなかった。

寝ぼけ眼のままゆっくりと頭を上げた石上の目に飛び込んで来たのは。暗い布に覆われた、瑞々しいふとももと純白の三角形であった。

 

「…………はっ!?!?」

 

慌てて飛び退いて顔を上げると、目の前には。

ドン引き極まれりといった表情の小野寺が、短いスカートを押さえつつ立っていた。

その様子を見て石上は、今しがた自分が見たものが何であるかを悟ってしまった。

 

「い、いやあの小野寺……さん!?今のは違うっていうかそn「変態」

 

石上の必死の弁解は、小野寺の強烈なひと言によって遮られた。

 

「アンタってさあ、実はどちゃくそムッツリだよね?草食系ですみたいなフリしてエロみがエグいって」

 

そう言いながら、小野寺は2歩ほど後退りした。

 

「い、いや今のは事故というか「まあそれは置いといてさ」

 

再び石上の弁解を遮り、小野寺が本題に入る。

 

「アンタさ、昼からめっちゃ落ち込んでるけどどしたん?伊井野と何かあったん?」

 

「…………いや、その」

 

答えたくない石上は、言葉を濁し顔を背けた。

だが。

 

「『い・し・が・み・が・ス・カー・ト・め・くっ・て・き・て・パ・ン・ツ・見・ら・れ・た』っと……」

 

「話させていただきます」

 

おもむろにスマホを弄りだした小野寺に、石上は深く頭を下げて白状せざるを得なかった。

 

 

 

そして数分後。

 

「……もう、僕が口出し出来る話じゃないんだよ」

 

ひと通り話し終えた石上は、辛そうに下を向いた。

 

小野寺は石上が話す間は何も聞かず、ただ相槌を打っていたのだが……

 

「…………なんつーか、意外だね」

 

「……伊井野と白銀先輩がくっついた事がか?」

 

共に優秀極まりない人間同士、別に意外では無さそうなものだと石上は訝った。

 

「違うって。石上って案外伊井野の事信用してないんだねってのが意外」

 

「…………え?」

 

小野寺の予想外のひと言に、石上は目を丸くする。

 

「ただ白銀先輩と一緒に居ただけでしょ?まだそういう関係って決め付けるの早くない?何か白銀先輩に用事があっただけじゃないの?」

 

「いや、けど伊井野は何してたかを答えてくれずに……」

 

「そう何もかもアンタに話せる事ばっかじゃないでしょ。アンタだって伊井野に何もかも話せる?

例えばさ、この前の下見旅行の時私にスキー教わってたじゃん?アンタがアレを伊井野に聞かれたら、素直に伊井野に話せる?」

 

小野寺の言葉に、石上はハッと醒めた。

 

確かに……自分があの事を聞かれたら、素直に答えられないかもしれない。

『スキーが上手く出来ない』事を暴露する事になり、やはり少し躊躇してしまう。

 

伊井野だって、同じじゃないか?

恥ずかしくて、僕に素直に言えない事で何か白銀先輩に相談してたのかもしれない……

 

「白銀先輩だってさ、あんな両想いバレバレだった四宮先輩とそう簡単に別れる?アメリカまで一緒に行っておいてそれはないでしょ」

 

石上の考えに先回りするかの様に、小野寺が補足を加える。

 

……だよな。そうだよな。

あんだけむず痒い両想い期間を経てくっついたあの2人が、そう簡単に別れるものだろうか?

ひょっとして、たまたま故郷が恋しくなって帰国していただけかもしれないじゃないか。

 

「…………伊井野」

 

己の中で考えを改めつつある石上に、生気が戻ってきた。

 

「ほら、ちゃんと聞くなら今の内じゃね?多分伊井野まだ生徒会室に居るから」

 

「…………分かった。聞いてくる。えっと……その、ありがとう、小野寺」

 

「どーいたしまして。TG部に居る藤原先輩は抑えとくから」

 

「わ、悪いな」

 

そう言って石上は、鞄を引っ掴みつうダッシュで教室を後にした。

 

「…………意外だねぇ」

 

小野寺が意外、と思ったのは、石上のミコに対する不信感だけではない。

たまたまオトコと一緒に歩いていたというだけであそこまで疑い落ち込む、石上の嫉妬心についても同様であった。

 

嫉妬深すぎでしょ、アイツ。

そういうのは伊井野の領分だと思ってたけど。

アイツもアイツで、嫉妬心と独占欲深くね?

あの2人くっついたら……お互いがお互いに激しく絡み合って、二度と離れなさそう。

まー、まずはくっつく所まで行けるのかどうか、なんだけどね。

 

「……さ、藤原先輩引き止めに行くか」

 

今度こそ面白くなりそうなのに、藤原先輩を乱入させたら台無しになってしまう。

宣言通り、藤原先輩が私が引き止めとかないとねー。

 

 

 

バタンと勢い良く、生徒会室の扉が開かれた。

 

「えっ?」

 

中では、急に勢い良く扉が開けられた事に驚くミコが生徒会長の席に座っていた。

その目は、扉を開けた主……石上をじっくりと見据えている。

 

「ど、どうしたのよ石上」

 

息を切らして駆け込んで来た石上の様子に戸惑いを隠せないミコ。

 

「……伊井野、悪かった」

 

息を整えつつ、石上が謝罪の言葉を述べる。

 

「えっ?」

 

「昼間、途中で出て行って悪かった……お前を信じ切れてなかったんだ」

 

そう言いながら石上は、ミコの座る生徒会長の席へと近付いていく。

 

「……たぶん、僕に言えないってだけで、大したことじゃなかったんだろ?」

 

「…………」

 

ミコは、近付いてきた石上の目を見つめつつ急速に頭脳をフル回転させた。

 

なんだか分からないけど、石上の落ち込みは治ったみたい。

……やるなら、今しかない。

誰も居ない、今の内。

 

「……石上」

 

やがて口を開いたミコは、ゆっくりと制服の内側に手を伸ばした。

 

「今日、誕生日でしょ?はい……コレ」

 

ミコは制服の内ポケットから、綺麗にラッピングされた細長い包みを取り出し。

少し震える手で、石上の目の前に差し出した。

 

「…………えっ?」

 

「何よ?あ、アンタだけ祝われないんじゃ可哀想でしょ、だから生徒会長として私が……その」

 

ここに来てやっぱり恥ずかしくなり、もにょもにょと言い訳をするミコ。

だが、石上は目の前に差し出された包みに目が釘付けとなったまま、思考が停止していた。

 

家族以外には殆ど祝われてこなかった誕生日。

それが今、こうして素直ではないが祝われている。

しかも、好きな人に、プレゼント付きで、だ。

 

とてつもなく喜ばしい事実に不意打ちされ、石上の思考は止まっていた。

 

「……ちょっと、早く受け取りなさいよ」

 

違う意味で手が震えてきたミコが、石上に受け取りを促す。

 

「あ、ああ」

 

呆然としたまま包みを受け取り、しげしげと眺める石上。

そして、思考が戻って来た石上は、ミコが白銀と一緒に居た理由を遂に察した。

 

もしかして……コレを選ぶ為に?

何をあげて良いか分からないから、白銀先輩と一緒に?

それなのに、自分ときたら。

勝手に勘違いして、絶望して……

 

石上は、自分の頬が急速に上気していくのを感じ思わず背を向けた。

 

ヤバい。ヤバいって僕。

アホすぎだろ!嫉妬深すぎだろ!?

本当は僕へのプレゼントを選んでくれてたのに!

勝手に『デキてるんじゃないか』とか勘違いして!

絶望して!……嫉妬して。

ヤバいヤバいヤバい!恥ずかし過ぎる!イタすぎるだろ僕!!

 

「……石上?」

 

背を向けて少し身悶えしている石上を不審がり、ミコが声をかける。

 

「はいっ!?」

 

不意にミコに声をかけられて、上ずった声でくるりと振り向いて答える石上。

 

「……開けてみないの?」

 

「い、良いのか?じゃあ……」

 

石上は促されるまま、包みを丁寧に開けていく。

現れた細長い箱を開けると、そこには……

 

「……何だこれ」

 

中に入っていたのは、1本のボールペン。

ただし、ひと目で高級と分かる作りをした美しい光沢の黒塗りのボールペンだ。

……ただ、ノック部分にはその豪奢な作りにはかなりミスマッチな、とても小さな人形が付いていた。

キリッとした表情ではあるがデフォルメ調なのでどこかかわいらしい人間が、平安貴族のような服を着ている。

 

「……このキャラは何だよ」

 

「ミチザネくん」

 

「何だそりゃ」

 

「学問の神様よ。最近のアンタなら知ってるでしょ?」

 

「…………えぇー……」

 

ミコのプレゼントは、一体どこから見つけて来たのか。

学問の神様・菅原道真を象ったキャラクターのミニ人形が付いたボールペンであった。

 

──────昨日──────

 

「……とまあ、色々見て回ったが」

 

石上へのプレゼント選びにと、ミコと共にあちこち見て回った白銀が切り出した。

 

「石上の好きなものという分野で勝負するのも結構だが。『伊井野が贈りたいもの』という分野でも良いんじゃないか?」

 

「えっ……?」

 

石上の好みが分からず、プレゼント選びに難航して困っていたミコが顔を上げる。

 

「その方が伊井野の気持ちも伝わるかもしれんし、石上もそういう意趣を無下にはしないだろう。伊井野の気持ちはどうなんだ?」

 

白銀がミコに問いかける。

 

「私は……その」

 

石上への気持ちは、勿論決まっている。

いつも自分を見ててくれて、陰ながら助けてくれている事への……異性としての好意。

 

けれど、それだけじゃない。

最近アイツは、とても頑張っている。

生徒会副会長として恥ずかしくないように、生徒会の活動も、勉強も……

 

それならば。

 

「私は……アイツを応援したいです。アイツ、副会長になってから凄く勉強頑張ってて……」

 

と、その時。

ミコの目に、とあるモノが留まった。

 

ショーケースの中に入った、高級そうなボールペン。

そのデザインに不釣り合いな、ちびキャラのような人形が着いている。

説明書きのポップには『学問の神様・菅原道真がモチーフのミチザネくんボールペンです!学業成就を願うあの人に!』と書かれている。

調和性を考えていないミスマッチさに、普通の人間なら贈り物としてはあまり格好がつかないと考えたかもしれない。

しかし。

 

「……これ……良いかも」

 

「おお!学業成就祈願か!石上が今勉強を頑張っているのなら、良いんじゃないか?」

 

共に偏差値77の学園で1位をキープし続けてきた『勉強の虫』である2人には、素晴らしい一品に見えていた。

 

 

────そして、ここに至る訳だが……

 

 

なんだこれ。

ボールペン高級そうなのに、先っちょの人形で台無しだろ。

企画通した人間どうなってんだよ。

色んな意味で使いにくそうだぞ、コレ。

 

……けれど。

 

石上の胸の中は、そんな些末な問題などよりも。

ミコが、自分の頑張りを応援する気持ちを込めたプレゼントをくれた事への嬉しさで満ち満ちていた。

 

ヤバい。

嬉しい。嬉しすぎる……

 

先ほどとは違う理由で、ミコから顔を背ける石上。

今の表情を、見られたくなかったから。

嬉しさが溢れ出てにやけそうになる今の表情を、見られたくなかったから……

 

だが、幸せに浸れる時間は長くは続かなかった。

 

「……ん?アンタ、ひょっとして」

 

ここでミコは、ようやく石上が昼から機嫌を損ねていた理由にふと気が付いた。

 

「私と白銀先輩が……何か深い関係とか思い込んでたんじゃないでしょうね?」

 

「………………………………」

 

石上は答えなかった。

いや、答えられなかった。

 

だが、その気まずそうに口をもにょもにょとする表情は、暗に肯定を表していると取られても仕方が無かった。

 

「はぁ……あのね、白銀先輩は向こうで四宮先輩と仲良く続いてるって言ってたわよ。日本に居たのは、久々に家族に顔見せする為に帰国してただけ。私が四宮先輩から白銀先輩を盗るワケないでしょ。そんな恐ろしい事出来ると思う?」

 

「……思わない」

 

生徒会の中ではかぐやの恐ろしさを最もよく知っていた石上は、ミコが無理やりかぐやから白銀を奪うなど到底有り得ないと結論付けた。

 

「末恐ろしい勘違いはよしてよね。罰として残りの資料整理を手伝いなさい。アンタが来るまで私一人でやってたんだから」

 

「あ、ああ」

 

赤っ恥な勘違いを見抜かれ気恥ずかしそうな石上であったが、もうバレたのなら仕方が無いと切り替え言われるがままに手伝う事にした。

小野寺……は、藤原先輩を抑えてるはずだから、当分2人きりのはず。

急に仕事を振られるのだって……そう考えれば、悪くはない、か。

 

 

 

ちなみに、今回貰った珍奇なボールペンは自宅で愛用する事になったのだが。

貰った翌日のみ浮かれてうっかり学校に持ってきてしまい、それを『生徒会のお二人を応援し隊』の人間に見られ。

たまたまミコがあのボールペンを購入する所を見ていた別の隊員の証言により、『応援し隊』のメンバーがしばらく大盛り上がりになったのは、余談である。

 

 

 

 

 

 




ヤキモチ妬きなのはミコの方だというイメージが強いかと思いますが、
石上も負けず劣らず、いやひょっとしたらミコ以上にヤキモチ妬きで独占欲強いんじゃないかなあと思い石上が嫉妬する話を書いてみました。

これにて、2年生編は終了です。次回から3年生編が始まります。

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