伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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冒頭のシーンで第7話に登場したオリジナルキャラ・唯と海心(みこ)が出ております。
こいつら誰よ?という方は7話を読んでいただくとすんなり入ります。


第18話 生徒会のお2人はデートしたい

「ねえ、最近うちの義弟とはどうなのかな〜?」

 

「えっ?」

 

時は6月。

『約束の時』まで、あと半年に迫っていた。

 

秀知院学園高等部の生徒会室では、今。

OG訪問をしに来ていた、石上優の義姉・唯が、応対中のミコと歓談していた。

 

「い、いや別に!!石上とは別に何も無いですよ!?」

 

口ではそう答えるも、妙に慌てふためいて両手をわたわたさせるミコの真意は火を見るより明らかである。

屋上で大事な約束を交わしたり。

寒空の下で互いを暖め合ったり。

お互いの誕生日を祝い合ったり。

とてもじゃないが、『何も無い』とは言えなかった。

 

「ん?私も『石上』だけど?『石上』じゃ、誰の事か私分からないなぁ〜」

 

唯が、ちょっと意地悪なニヤニヤ笑顔を浮かべながらミコの頬をつんつんする。

 

「う……そ、その……ゆ、ゆ……優くん……とは、何も……」

 

名前を呼ぶだけでこんなにもじもじ恥ずかしがっておいて、どこが『何も無い』なんだろう。

どうやら自分の思っている通り、いやひょっとしたらそれ以上にこのむず痒く微笑ましい関係は進んでいるのだろうと唯は考えていた。

 

でも、まだまだ、ってところかな?

2人目の『いしがみみこ』になるまでには……

よーし、ここはお姉さんがひと肌脱いじゃうかな?さっき、丁度良いモノが手に入ったしね。

 

「ねえ、ミコちゃん。ミコちゃんは動物って好き?」

 

「えっ?まあ好きですけど……」

 

「実はね……さっきスーパーの福引でこんなのを貰ってね?」

 

そう言うと唯は上着のポケットからある物を取り出した。

 

「じゃーん。『西文動物公園』のチケット〜」

 

唯が得意げな顔で出したのは、1枚のチケットであった。

 

「『西文動物公園』っていうと……」

 

ミコの目に、好奇の光が宿る。

西文動物公園とは、その名の通り動物園と、更に遊園地も併設された総合レジャーランドである。

老若男女楽しめる人気スポットとして有名な場所だ。

 

「当たったは良いけどさ、ちょっと予定が合わなくてこのチケットの期限内に行けそうに無いのよね。だから、もし良ければミコちゃんにあげようと思うんだけど……どう?」

 

「えっ!?そんな、悪いですよ」

 

そう言いつつも、ミコの目はチケットに釘付けである。

人には言っていないが、おっきな動物が好きなミコである。動物園とは彼女の好きな場所のひとつであった。

 

「うふふ、目が欲しいって言ってるわよ?エンリョせずに受け取っときなさい」

 

そう言って、ミコにチケットを渡そうとする唯。

……だが、ピタリとその手が止まった。

 

「……あー、けどそう言えばコレ。実は、『ペアチケット』なのよね」

 

そう言うと唯は、ポケットからもう一枚のチケットを取り出した。

 

「これ、2人組じゃないと使えないのよねー……ミコちゃんが誰かと一緒に行ってくれると良いんだけど……」

 

妙にニヤニヤしながら言う唯に対し、ミコは一抹の胸騒ぎを感じた。

もしかして……

 

「そういえば、優くんも動物好きだってあの人が言ってたなぁー。うんうん、丁度2枚、渡したい人も2人。ぴったりじゃないかなー」

 

や、やっぱり!

 

「という事でー。ミコちゃんが優くんを誘ってくれるって約束するなら、コレをあげても良いって事にするかなー?」

 

唯が、勝ち誇ったような笑みを浮かべながら2枚のチケットをひらひらさせる。

 

「そ、そんな……!」

 

動物園には、確かに行きたい。

けど、石上を誘うなんて。

石上と2人で、行くなんて。

それって、もう……デ、デー……

 

ミコの脳内に、園内を2人で並んで歩く自分と石上の姿が浮かぶ。

 

『(ねぇ、見て石上。あのゾウさ……ゾウ、かわいいわよね)』

 

『(ああ、かわいいな。けど……)』

 

石上が、自分の方を振り向く。

 

『(伊井野の方が、ずっとかわいいよ)』

 

『(えっ!?)』

 

『(かわいすぎて……もう、離したくない)』

 

そう言って石上が、自分を優しく、ぎゅっと抱きしめてきて……

 

 

って、違う違う違う違う!

何考えてるのよ、私!?唯さんの目の前よ!?

 

ミコはいつの間にか赤くなっていた顔を、ぶんぶんと横に振って邪な考えを振り払った。

 

「ミコちゃん、何を想像してたのかな?」

 

「違っ!?な、何にもヘンな事は考えてません!」

 

また両手をわたわたと動かしながら必死に否定するミコの姿が、唯にはとても微笑ましく見えた。

 

あーほんと、分かりやすくてかわいいわ、この娘。

こんな娘が義理の妹になってくれたら、凄く嬉しいし楽しそうなんだけどなー。

 

と、そんなやり取りをしていると。

噂をすればなんとやら。生徒会室の扉が開き、あの男が入ってきた。

 

「ちわーす。えっ、あれ?義姉さん、来てたんですか」

 

生徒会副会長・石上優が生徒会室にやって来た。

 

「あら優くん。ちょっと、ミコちゃんとお話したくてね?でも今終わったから大丈夫よ。じゃ、オジャマ虫はこれでサヨナラするから、後は思春期のお2人で仲良くね〜」

 

そう言うと唯は、ミコのポケットに素早くサッと2枚のチケットを滑り込ませ、

小声で「頑張ってね」とミコの耳元で囁くと、そそくさと退室していった。

 

が、頑張って、って……!

どうしよう?どうしよどうしよどうしよ?

い、いきなりそんなことを言われても……

 

別に、石上とどこかに出掛けた事が無い訳じゃない。

けれど、それは他の人が一緒だったり、『交流会の準備の為』っていう名分が有ったから平気だった。

けど、今度のコレは……!

2人きりで、特別これといった名分も無い。

もう、完全に……デ、デー……ト、じゃない。

しかも、ペアチケットだなんて。

もし、これをそのまま渡そうものなら!

 

『(へぇ……伊井野は僕とデートしたいワケか?わざわざペアチケットなんてカップルめいたものまで用意して……

伊井野ってそんなに僕の事を……へぇ……へええええぇ……)』

 

駄目よ、ダメ!

は、恥ずかし……すぎる。

 

「で、伊井野?義姉さんと何話してたんだ?」

 

「へぇっ!?!?」

 

悶々と考え込んでいたところに急に石上から声をかけられ、ミコが驚く。

 

「そ、そんなに驚くことないだろ」

 

予想以上のリアクションを目の当たりにして、石上が若干尻込みする。

 

「え、えっとその……た、大した事じゃないわよ、うん。そ、そう!みーちゃんの事について話してたのよ!最近の写真とか見せてもらったり、ね」

 

そう言いながらミコは、唯からスマホに送ってもらった海心の写真を見せた。

そこには、唯の腕に抱かれてご満悦な様子の海心が写っていた。

 

「なんだ、それだけか。伊井野も気になってるんだな」

 

「何よ、気になっちゃ悪い?だってみーちゃん……か、かわいい……でしょ」

 

「まあな」

 

短く肯定した石上は、ソファに座り込む。

 

ど、どうしよう。渡すなら今よね?

けど、どうやって。

どうやって渡そう……。

 

ううん、余計な事考えるからいけないのよ。

そう、普通にやれば良いのよ、普通に。

だって、そうでしょ?

みんな、やってる事だもん。

好きな人を……で、デートに、誘う事くらい……。

 

「ね、ねぇ、石上」

 

ミコが、精一杯の勇気を振り絞って声を出した。

 

「どうした、伊井野?」

 

呼び掛けに反応した石上が振り向く。

 

「え……えっと……その……」

 

言い出したはいいが、続く言葉に詰まってしまう。

既に右手は、ポケットの中のチケットを握り締めているのに。

言葉が。続きの言葉が、出てこない。

 

「……どうした、伊井野?」

 

石上が、なかなか続きを喋らないミコの顔を心配そうに覗き込む。

 

コイツはしょっちゅう頑張り過ぎるからな。

ひょっとして、体調が悪いのに『早退なんて出来ない!』とかで言い出せない、とかかもしれない。

 

石上は、間違った解釈をしていた。

 

「伊井野。言いたい事があるなら無理せず言えよ」

 

そう言いながら石上は、左手を自分の額に当てると。

右手を、ミコの額に当てた。

 

不意に石上の手が額に触れた事で、ミコはあわあわと慌てふためく。

だが石上は目を閉じて熱を比べており、それには気付かない。

 

「うーん……熱は無い……あれ?なんか熱くなってきてないか?伊井野、やっぱりお前……」

 

石上の手が。

自分の小さな手よりずっとおっきくて、暖かい手が。

私のおでこを……触って……!

 

ただでさえデートの誘いを言おうとして上昇していたミコの恥ずかしさゲージは、これにより易々と限界を迎えてしまった。

 

「なっ……なななななななな何でも無い!それじゃ、さよなら!さよなら!!さよならっ!!!」

 

石上にこれ以上赤くなる顔を見られないよう、プイっと顔を逸らしつつ、ミコはカバンを引っ掴んで生徒会室を後にした。

 

 

「……何なんだよ」

 

少し熱くなってきてたように思えたし、あいつが心配だ。

 

 

────だけど。

どうしてだろう。

体調が悪いのかもしれないから、本当はこんな事考えたら申し訳無いのに。

もじもじしてるアイツは……なんだか、可愛く見えた。

 

「……勉強しすぎの知恵熱かな」

 

伊井野に追いつく為、睡眠削って勉強してるもんな……

 

石上は、妙に邪な考えが浮かんだ頭をスッキリさせようと、頭を横に振った。

 

 

 

 

その翌日。

 

ミコと石上は、再び生徒会室で一緒になっていた。

ちなみに1年生2人は学年集会、小野寺は用事で少し遅れるとの事だ。

つまり……しばらくは2人きりである公算が高い。

ミコにとって、昨日の失態を挽回するセカンドチャンスであった。

 

昨日、誘えず逃げだしてしまった事をベッドの中で悔いたミコは、睡眠時間を削りネットでデートの誘い方を調べまくった。

その中で見つけた、良さそうな方法は……

 

『何気ない会話から、デートに持っていく』方法であった。

いきなりデートを切り出しては、好意がある事がバレバレである。

なので、日常会話から『あっそうだ、そういえば』みたいな感じで、流れに沿って自然に。

そう大した事でないような風に誘えば、不審がられないはず……

 

ミコは、その優秀な頭脳をフル回転させて話の切り出し方を思案していた!

 

だが!!

 

「(……どうしよう。どんな事を話せば良いのよ)」

 

上記の方法は、どちらかと言えば喋り上手な人間向けの方法である。

だがミコは、交友関係はそう広くない為、どちらかと言えば喋り下手な部類に入る。

違う角度から切り出すにしても、それはそれでどう切り出すか悩んでしまうのが現実であった!

 

──どうしよう。何を話せば良いのよ?

 

悩むミコは、とりあえず生徒会室を見渡してみた。

何か、何か話の種になりそうなものは無いか。

藁にもすがる思いで、ミコは素早く辺りを見回した。

 

すると……

 

「……何やってるのよ、石上」

 

これ幸いに、という訳ではなく、思わず素で尋ねてしまった。

何故なら、石上が花瓶に花を活けていたからだ。

 

「何って、花を活けてるんだよ。ほら、この生徒会室って割と殺風景だろ?だから何か自然な飾り気が有っても良いと思ってさ」

 

そう言う石上の手には、花瓶に挿された一輪の花が握られている。

 

「てっきり、萌葉ちゃんか圭ちゃんの仕業だと思ってたわ」

 

「何でだよ、冬休み明けから飾ってたろ、その……い、イベリスの花」

 

……あっ。

言われてみれば、そういえば冬休み明けから有ったっけ。

でもその時は、藤原先輩の趣味かな、と思ってたのよね……

 

「でも、今は花を変えたのね?」

 

確かに思い返してみれば冬休み明けから春休み明け頃にはイベリスの花が生けてあったが、今花瓶に挿されている花は違う。

確か、あれは……

 

「それ、ダリアの花?」

 

ミコも石上ほどではないが、花には少し詳しい。

中学の頃石上からステラを貰ってから、花に興味を持ち調べるようになったのだ。

 

「よく知ってるな。そう、ダリアの花」

 

ミコに花の種類を言い当てられた石上の様子は、どこか嬉しげだ。

 

鮮やかで丸々として、優しい感じの白いダリアの花。

 

えっと、確かダリアって、色で花言葉が分かれてるのよね。

白のダリアって、確か────

 

 

 

ミコの脳内に、まさしく天啓とも言うべき閃きが舞い降りて来た。

それはまさしく、天から『デートへ誘う道標』が示されたかのような天からの贈り物。

 

これなら……行けるわ!

 

ミコは、一瞬で成功へのプロセスを脳内で組み立てた。

 

「た、確か白いダリアの花言葉って、『感謝』なのよね?『感謝』って大事よね、『感謝』の意を示す事で、人間関係の構築がスムーズになるって言うし。『感謝』、大事よね」

 

「お、おう」

 

花言葉は合ってはいるが、やたら『感謝』を前面に出してくるミコの様子に石上は違和感を覚えた。

 

「そ……それでね!ふと思ったんだけど!あの……アンタも、日頃頑張ってるじゃない?3期連続で生徒会を務めるって、とても頑張ってると思うわ。だ、だから……たまには、私も……私をバックアップしてくれてるアンタに、感謝を示さなきゃいけないと思うのよ」

 

時折噛みつつも、やや早口で一気に捲し立てたミコは、震える手でポケットからチケットを取り出した。

 

「こ……これ。唯さんから、アンタ動物とか好きって聞いたし……日頃の労いと感謝って事で、その……」

 

石上は、目の前に差し出された西文動物公園のチケットを目を丸くして見つめていた。

 

「……え?ま、まあ、ありがたいけど……」

 

日頃そんな事は言わないのに、突然どうしたんだ、コイツ。

まあ良いや、受け取って欲しい事は確かだろうし、とりあえず受け取るか……

ん?

 

「伊井野、これ……2枚有るぞ」

 

「……あっ」

 

突然大事な何かを思い出したかのような短い一言が漏れ出たミコを尻目に、石上は受け取った2枚のチケットをまじまじと見つめる。

 

「って、これ。ペアチケットじゃん」

 

「………………」

 

ミコは、著しい失態を無言の内に悔いていた。

そう、ミコは失念していたのだ。

『石上にチケットを渡す』事ばかりを考えていて。

『自分も一緒に行く』流れに自然に持っていく事を、失念していたのである。

 

どうしよう?どうしよどうしよどうしよ?

 

慌てふためくばかりで、何も良い考えが浮かばない。

 

 

そんなミコを、石上は横目で見ていた。

 

伊井野。ひょっとして……

いやいや、僕の考え過ぎか?

まさか、伊井野は……

いやいや、もし違ったら自意識過剰の痛すぎるアホだ。

 

……けれど……

 

これって、チャンスだよな。

もし、そうだとしたら。

半年後のアレに向けて、成功に向けての大きな一歩になるんじゃないか?

 

石上は、チケットから目を離しミコの方を見た。

 

『違うの、あの、その』などとあたふたしているミコを見て、石上は思わず心の中で独り笑みをこぼした。

 

──そうだよな。

こういうのって、男の方から言ってやるべきだよな。

その上今回は、向こうがお膳立てしてくれてるんだ。

ここで言ってみなきゃ……男じゃないだろ。

 

石上は、意を決してミコに話しかけた。

 

「なあ、伊井野。何でペアチケットなのかは知らないけどさ……もし、伊井野が嫌じゃなかったら。ていうか、もしその日空いてたら……良かったら、その、えっと……い、一緒に行くか?」

 

「えっ?」

 

あわあわしていたミコの表情が、意外そうな表情へと変わった。

 

「い、嫌か?迷惑だったか?」

 

心配そうな石上の言葉に、ミコは慌てて首を横に振った。

 

「そ、そんな事ないわ!そ、そうよね!一人で行くんじゃ、アンタがかわいそうだもんね!?仕方ないから、一緒に行ってあげるわ!」

 

ミコは、今にも舞い上がって喜びそうになるのを、必死にツンツンする事でなんとか抑えていた。

 

そんな今のミコの心情は、たった一言に集約されていた。

 

『やったあ!』

 

 

 

 

 

 

 

そして、当日。

西文動物公園の開演15分前である9時45分に、2人は待ち合わせていた。

 

 

「待った?」

 

先に来ていた石上の元に小走りで駆け寄って来るミコ。

 

「いや、10分くらいだから大丈夫」

 

石上は、去年の交流会の買い出しの時の失態を鑑みてひと足早く来るようにしていた。

ミコは逆に前回早く来すぎて石上に気を遣わせてしまった為、逸る気持ちを抑え少し遅く来るようにしたのだが、

それでも2人が合流したのは9時35分。待ち合わせの時間より10分早かった。

 

「んじゃ、門の前行くか」

 

「う、うん」

 

期待による胸の高鳴りを抑えきれないミコに対し、石上はどこか冷静であった。

 

3期連続で秀知院生徒会を務めてきた経験が、彼に余裕と落ち着きというモノをもたらしていた─────

 

 

というのは、嘘である!

 

この男、何でもないフリをして目の下のクマをコンシーラーで塗り隠している!!

 

石上が今日という日が楽しみ過ぎて一睡も出来なかった事など、今更言うまでもない!

何せ、想い人であるミコとのデート。

しかも、向こうがお膳立てをする形で成り立ったのだ。

これは、かなりの脈アリなのでは?

そう考えて高揚してしまうのも、無理はない話であった。

ただし、一睡も出来なくなる事を見越して、デートが決まったその日にコンシーラーを購入しておいたのは流石というべきである。

そして落ち着いているように見えるのも、前日一睡も出来なかった為に

活力が不足気味なだけというのが真相であった。

 

いやいや、そんな事言ってる場合じゃないよな。

今日は、何としても失敗出来ない。

伊井野との、デート。絶対、良い思い出にしてみせる。

 

実物はもし見られた時のリスクを考慮して持ってきてはいないが、この日の為にデートプランもばっちり考案してノートに逐一記して暗記していた石上。

そんな彼が人知れず気合を入れ直し、いよいよ、2人のデートの幕が開ける────

 

 

 

①伊井野ミコは触れ合いたい

 

石上とミコの2人がまずやってきたのは、『小動物ふれあいコーナー』。

犬や猫、ウサギといった人気の高い小動物達と心行くまで触れ合える、老若男女問わず人気の高いコーナーである。

 

「はあ……」

 

「ふわあ……」

 

石上とミコの2人は、愛くるしい小動物達の放つ癒やしの波動に夢見心地で浸っていた。

ここの小動物達は、全て優秀な飼育員達が丹精込めて育てて来ただけあって、とても人懐っこい。

初対面である2人にも、躊躇い無く身を預けに来る無防備さだ。

そんなこんなで、石上は小型犬を。ミコはウサギを、その腕に抱き抱えていた。

 

「見てよ、石上。この子、可愛いわね」

 

「ああ。でもこいつも可愛いよ」

 

小動物達のアロマテラピーに癒やされて普段より優しい表情になった2人が、自分の抱き抱えている動物を褒める。

普段の2人なら、こんな自然に和やかに会話する事は少しばかり難しい。

だが、間に入ってそれを自然にさせてしまう力を持つのが、幼い子供であったり、小動物であったりするのだ。

まさに、『可愛いは正義』である。

 

「そうよね。けど、やっぱりこの子の方が可愛いわ」

 

ミコは、腕の中で思い切り甘えてくるウサギを愛おしそうに撫でながら呟く。

 

「いや、確かにそっちも可愛いけど。やっぱコイツの方が可愛いって」

 

石上も、腕の中のミニチュアダックスを2本指で優しく撫でている。

 

「……何よ。この子の方が可愛いでしょ?」

 

ミコは、何故かむっとした表情で石上を見た。

大方の人間が、そう思うのだ。

『自分に懐いてくれるこの子が一番可愛い』と。

 

ミコは今、まさにその境地に入っていた。

 

「……何だよ。こいつの方が可愛いだろ?」

 

石上は、指でミニチュアダックスを撫で続けながらミコに返す。

 

「見ろよ。コイツ上目遣いのうるうる目で見上げてくるんだぞ?こんなんされたら放っとけないだろ」

 

「それは分かるけど、やっぱりこの子よ。飼育員さんの話だと、この子臆病で寂しがり屋なんですって。放っておけないじゃない」

 

「はあ?小さな足でちょこまか元気に動くコイツの方が可愛いだろ、飼育員さん言ってたけどコイツ頑張り屋なんだってさ」

 

「何よ!?それを言うならこの子なんてもっとスゴいわよ!?仲間の為に敵に立ち向かってぼろぼろになってた所を保護されたんですって!私そういうの好きよ!」

 

「はぁ?それを謂うならコイツだってそうだろ。いつもちょこまか張り切って動いてるけど、たまに親を思い出して寂しそうに鳴くんだって。そういうギャップが可愛いだろ!?」

 

……後に、この光景を見ていた他のカップルが言い表すには。

 

『喧嘩しているようでその実互いの好きな所を挙げてイチャついてるようにしか見えなかった』という……

 

 

 

 

②伊井野ミコは騎乗したい

 

妙な議論を繰り広げてしまい、空気が危うくなるか……と思いきや。

2人の元にレッサーパンダーの『雷太くん』がよちよちと歩いて来て2人を和ませた為、その場は事無きを得た。

 

「どの子もかわいかったわね……」

 

「ああ」

 

妙な『推しのアピール合戦』を繰り広げてしまったが、終わってみればの子も甲乙付け難い癒やしの塊。

順位なんて付ける必要は無い、かわいければそれで良いじゃないか……という形で落ち着いた。

 

「で、今はどこに向かってるの?」

 

ミコは、今回のデートコースは石上に頼り切ってしまおうと考えていた。

 

あんまり頼りなかったら、私が頑張らなきゃとは思うけど。

こういう時って、その。やっぱり……男の人の方から……引っ張ってほしいというか、その……。

 

そんなミコの内心の期待は知らずとも、当然ミコを楽しませる為にあれこれ思案している石上が向かっている先は────。

 

『ン゛エ゛エ゛エ゛ヴアアア゛ア゛ア゛』

 

圧倒的な生命感を感じさせる、少し変わった鳴き声が示すこの生き物は……

 

「ら、ラクダだ!」

 

視線の先にその動物を目に捉えたミコが、その目を輝かせる。

 

「いらっしゃいませ!このコーナーでは、ラクダの騎乗体験が出来ます!挑戦してみますか?」

 

受付のお姉さんが、営業スマイル……と言っても、あまり営業感を感じさせない自然な明るい笑顔でにこやかに語りかけてくる。

 

ミコは、無言のまま石上の方を振り向いた。

言葉で言わずとも、キラキラ輝く目が『やってみたい!』と訴えていた。

 

「ああ、やってみろよ」

 

石上が小さく頷くと、ミコは『うん』と短く答え、手続きに走った。

 

数分後。

 

「わあ……」

 

生まれて初めてラクダに騎乗したミコは、その乗り心地に感動していた。

正直、ラクダの乗り心地自体は揺れが大きく、あまり褒められたものではない。

だが、その予想以上に大きな身体……具体的に言えば、馬並みの身体に乗った時の、視線の高さが。

普段、その小柄さ故に低い視線でモノを見ているミコに、新鮮さをもたらしてくれた。

 

「いかがですかー?メルカくんはおとなしいので、馬に比べて振り落とされる心配が低いんですよー!」

 

「はい!きもちいいです!」

 

満面の笑みで会話する係員のお姉さんとミコ。

 

石上はと言うと、自分はあまりラクダの騎乗には興味が無いので、せっかくなので……こっそりと、スマホでミコを撮る事にした。

 

石上のスマホの中には、ミコの写真は殆ど無かった。

素直に撮る事の恥ずかしさも有るし、もし何かの拍子で他人に見られたら……という事も懸念した上の結果である。

だが、今日撮ってすぐにPCにでも移せばリスクは少ないし。

他人にも……伊井野にも、バレずに済む。

 

石上は、ミコの視線に気を配りつつ、そっとカメラをラクダに乗るミコに向けていた。

 

視線が高くなったせいなのか、楽しそうな笑顔の絶えないミコ。

そんなミコの笑顔に……石上は、否が応でも惹かれざるを得ない。

 

ほんと、好きなんだな、大きな動物。

自分が……その、小さいというか、大きくない反動ってやつなんだろうか。

 

ふと、石上は数ヶ月前の冬の出来事を思い出した。

うっかり締め出されてしまった寒空の屋上で、互いに薄着で暖め合った、あの日の夜。

真正面に抱き合った時、伊井野の顔は、自分の胸に埋まっていた。

 

伊井野的に、満足なのだろうか。

僕との……身長差は。

 

もっと、『おっきく』なった方が良いのか、否か。

妙な事で悶々とし、悩み始める石上であった。

 

 

すると、その時。

 

「あっ、あっ!メルカくん、落ち着いて!」

 

飼育員のお姉さんの慌てた声が石上の耳に入る。

振り向くと、先程までとても大人しかったラクダのメルカが、まるで何かを嫌がるようにその巨体をじたばたさせていた。

 

「えっ、ちょっ……」

 

騎乗しているミコも、突然の事に対応しきれず焦りの色を隠せない。

 

────後から聞いた話だが、どうも鼻に虫が飛び込んでしまった為に、たまらなくなって暴れてしまったらしい。

 

その光景を目の当たりにした石上の判断と動き出しは、素早かった。

そしてその素早さは……結果的に、ミコの身を救う形となった。

 

「あっ…きゃあっ!」

 

ラクダの激しい動きに耐えきれなくなり、ラクダから転げ落ちそうになったミコを。

駆けつけてきた石上が、間一髪で抱き止めることが出来た。

 

「はぁ、はぁ……大丈夫か、伊井野?」

 

「……う、うん」

 

息を切らしながらミコに問う石上。

ミコは、そんな石上を少し赤らめた顔できょとんと見つめている。

 

「あー!あー……ありがとうございます!まさかメルカくんがいきなり暴れるなんて、私!『彼氏さん』が助けてくれてなかったら、お、お客様にケガをさせてしまう所でした!」

 

普段なら、そんな非礼な言い回しはしないこの飼育員の彼女。

しかし、予想外の出来事が起きて慌てふためいた事で、思わず、うっかり素が出てしまった。

 

彼氏さん。

『彼氏さん』。

 

石上とミコの2人の脳内を、今1つの単語が満たしていた。

 

そして、その単語が脳内を駆け巡り、何を言うべきかを導き出して言葉にするまで、かかった時間は同じであった。

 

「「彼氏じゃないです!!」」

 

意図せずして、否定する声がハーモニーしてしまい。

『あっ……その、失礼しました』と表面上では謝ったお姉さんの口元が微かに緩んでいるのを、2人は見逃さなかったと同時に。

今自分達が周りからどう見られているかを改めて実感してしまい、その胸中は嬉しいやら何やらで複雑であった……

 

 

 

 

③石上優は耐え切りたい

 

癒やしと動乱の午前を終え、ミコが照れ隠しのように昼食をドカ食いした後。

石上とミコは、遊園地コーナーに来ていた。

コーヒーカップやメリーゴーランド等、定番の乗り物を巡り終えた後、2人がやって来たのは……

 

「……伊井野。その、違うんだ。別に嫌とかじゃないんだけど。ここよりも、ほら、あの観覧車なんて良くないか?」

 

本当に『嫌とかじゃない』のかどうなのか、既にバレバレな様子の石上を尻目に、ミコが見つめているのは。

国内最大級のジェットコースター、『メタルタイガー』である。

 

そう、ミコは意外と、ジェットコースターが好きであった。

勢い良く、高所から猛然と走り滑っていく、あの感覚。

日頃のストレスや悩みも、全てちっぽけなもののように勢い良く吹っ飛びそうな感覚が、ミコは好きだった。

 

「そ、そうだ。身長制限とk「これは制限140センチよ!私そこまで小さくないわよ!バカ!」

 

苦し紛れに回避の建前を探す石上に、ミコがピシャリと言い放った。

 

先程から、どうも石上の様子がおかしい。

ミコは、1つの懸念が浮かんだ。

 

いや、まさか。

けど、もしかして……

 

「石上。アンタひょっとして……」

 

「いや違う違うそういうのじゃねえから。ほら、行くぞ伊井野。乗りたいんだろ?ほら、僕も付き合うから」

 

指摘しようとしたところ、突然早口で捲し立てられ圧倒されるミコ。

 

ちょっと気になるけど……うん、石上自身がそう言うんだから、信じてあげるしか、ないわよね。

 

ミコは、石上と並んで胸を高鳴らせ順番待ちの列に並んだ。

 

 

 

 

そして、16分後。

 

ミコの疑念は、今彼女が手にしている1枚の写真にハッキリと証拠が写されていた。

 

「……ふふっ、ふふふふ」

 

写真を手に、笑いが堪えきれない様子のミコ。

そんなミコとは裏腹に、石上は憮然としている。

 

「笑えば良いだろ。くそっ、笑えばいいだろ……くっ」

 

石上が不貞腐れてるのも無理はない。

ジェットコースターお決まりの、特定の瞬間をスナップした写真。

そこに写っていたのは、目を閉じつうどこか楽しそうな表情のミコと。

白目を剥き、だらんとしている石上の姿であった。

 

そう、石上はジェットコースターが大の苦手であった。

まだ小学生くらいの頃、兄と共に乗ったジェットコースターがトラウマとなっており、今でもこの乗り物は苦手なのだ。

 

「……ごめん。けど、アンタ、そんなに苦手だったら言ってくれれば良かったのに」

 

「……言えるわけ無いだろ」

 

石上はそれきり、何も答えなかった。

しかし、ミコにはその言葉が含む2つの意味はしっかりと受け取れた。

 

石上が、乗りたがる自分の為に我慢して付き合ってくれた事。

そして……きっと、自分に幻滅されたくなかったであろう事を。

 

「……ありがと、石上」

 

ミコは、石上にも聞こえないほど小さな声で、ぼそりと呟いた。

 

アンタは、いつもそう。

いつも、私の事見ててくれて。気遣ってくれて。

勉強でも、こういうのでも。

苦手な事でも、私に合わせようと頑張ってくれて……。

 

ミコの胸の中に、優しい幸福の感情が湧き溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、夕方────

 

「……い、伊井野」

 

「何?石上」

 

石上は、今日のデートの出来が気になって仕方が無かった。

ふれあいコーナーでは謎の議論を繰り広げてしまったし、ラクダの騎乗では予想外のハプニングで転落しかけ、ジェットコースターでは情けない様を見せてしまった。

 

とてもじゃないけど、ちゃんとエスコート出来た自信は無い。

果たして、今日伊井野は楽しめたのかどうか? 

石上は今ひとつ、自信が持てないでいた。

 

「……どうしたのよ、石上」

 

夕暮れの中、ミコは隣を歩く石上に問い掛ける。

隣の石上が、明らかに難しそうな顔をしていたからだ。

 

「えっ!?いや、その……な、なんでもない」

 

「なんでもないなら、そんな難しそうな顔する訳ないでしょ。今日、楽しかったのに」

 

『楽しかった』という言葉に、石上は敏感に反応した。

 

と同時に、それを悟られないように一瞬で何事も無かったかのように繕った。

 

「……?どうしたのよ、石上」

 

「……いや、なんでもない。それなら、良いんだ」

 

石上にも分かった。

 

さっきの言葉は、決して僕を気遣って出た言葉じゃない。

伊井野の、素直な気持ちから出た言葉だって。

 

ジェットコースターでは、あんな体たらくだったけど。

伊井野が、笑ってくれたのなら。

伊井野が、楽しいと思ってくれたのなら。

 

『終わり良ければ……』とやらで、〆ても良いか。

 

石上が、ひとりでそう満足に落ち着きそうなその横で。

ミコは、その小さな身体を一瞬ぶるっと震わせた。

 

「……今日、寒くない?」

 

時は6月。本来なら、そう寒い時期ではない。

しかし、この日は偶々気温が低目で、風も強かった。

あまり防寒を意識してこなかったミコのその身を、寒気が容赦なく冷やし付ける。

 

「……確かに、ちょっと寒いな」

 

そう答えた石上の脳内に、ある1つの光景とプランが浮かんだ。

しかし、それはすぐに却下された。

 

いやいや、駄目だろそれは。

そういうのは、恋人同士がやるイメージだ。

まだ付き合ってもない僕らが、やる事じゃない……

 

「てぶくろ、てぶくろ……ああ、持ってきてないかなあ」

 

ミコは、小さなカバンの中をごそごそと探っている。

石上には、その仕草が嘘ではない事は何となく分かった。

 

どうしよう。流石に、気持ち悪がられるか?

引かれたらどうしよう。拒絶されたらどうしよう。

 

石上の脳内に、そんなマイナス思考が駆け巡る。

 

だが、『それ』を今日やっていないのも確かなのだ。

デートには欠かせないはずの、『それ』を……

 

今なら、『暖める』という建前の元、行けるんじゃないか?

 

石上は、様々な思いを逡巡させた。

そして……

 

ジェットコースターでは、あんなザマを見せたんだ。

最後くらい……『男』になれ、石上優。

 

石上は、自らに気合を1つ入れ。

かじかむミコの、小さな柔らかい手を……そっと、握った。

 

「えっ」

 

ミコは、隣を歩く石上の顔を見上げる。

 

「いや、その。別にそういうんじゃないからな。寒いだろ?だから、せめて分かれ道になるまでは……その、暖めてやるから」

 

気恥ずかしさでミコと目を合わせられない石上が、まっすぐ前を向いたままミコに答える。

 

石上の手。

自分よりおっきくて、ゴツゴツしてて……それでいて、どこか優しさを感じる、手。

 

胸の高鳴るミコの神経は今、石上と繋いでいる右手に集中していた。

 

それは、石上も同じこと。

さて、そうなれば自然と血流はそこに集まり……2人の手は、もはやわざわざ暖め合う必要は無いくらい暖かく、いや熱くなる。

 

しかし、2人の手は。

どこかおそるおそる、引かれないか、嫌われないか、このまま繋いでいて良いものか。そんな思いが込められた繋ぎ方の、2人の手は。

分かれ道に入るまで、確かに繋がっていたという。

 

 

 

 

 

……そして、そんな2人の様子を、完全に偶然に目の当たりにした、とび色の髪の美少女が。

 

その殺人級の尊さに『ゴラーン(殺人者の逃れの町)!』と叫んで真後ろにぶっ倒れたのは、完全なる余談である。

 

 

 

 




お待たせして申し訳ありませんでした。風邪めっ……(泣)
作中で登場した『生徒会室の花』、これは後々重要な役目に……!?
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