伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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第21話 『だいすき』

秀知院学園高等部の校舎内、とある一室。

何故か暗幕が張られ薄暗くなっているその一室には、長机が並べられ、数十人の生徒が着席していた。

そして議長席に座るのは、瞳を妖しく光らせた鳶色の髪の美少女──。

その少女の隣に、一人の男子生徒がどこからともなく馳せ参じて跪く。

 

「隊長……明日に向けての準備は整いました」

 

男子生徒の報告を受けて、隊長と呼ばれたその女子生徒は重々しく頷く。

 

「ご苦労さまです。さあ……皆さん。いよいよ、この時が来ましたわ」

 

『隊長』は部屋をぐるりと見回しながら、全員に呼びかける。

 

「明日の文化祭……絶対に、『アレ』を成功させますわよ!」

 

「「「「おぉ─────っ!!!!」」」」

 

『隊長』の呼びかけに、部屋に居る数十人の生徒達が拳を突き上げ叫び応えた。

 

秀知院学園高等部・2学期末。

例年行われる文化祭を明日に控えた今、とある一室では怪しげな謀略が人知れず渦巻いていた────

 

 

 

 

秀知院学園高等部・元生徒会副会長にして、現会計・石上優。

同じく、元生徒会会長にして、現会計監査・伊井野ミコ。

2人は、今から丁度1年前、ある『約束』をした。

生徒会役員しか入れない、時計台の屋上。

眼下にキャンプファイヤーに興じる生徒達を一瞥出来、夜風が心地良く吹くこの場所で、石上はある約束を持ちかけた。

来年、ちょうど1年後、同じ場所で。

その日、トラブルが有って伝えられなかった大事な事を、改めて伝えたい。

とある伝説のある、奉心祭の期間内でないと意味が無い、とても大事な事……

 

年若き学生にとっては長い、1年という期間待ってくれという、ともすれば重いとも言える石上の申し出を、ミコは承った。

 

そしてその1年、2人の間には色々有った。

修学旅行の下見で、お互いにピュアな一夜を明かしたり。

お互いに勘違いをしながらも、誕生日を祝い合ったり。

初めて、何の建前も無しに2人きりで出掛けたり。

ナイトプールで、肩を寄せ合い幻想的な夜を過ごしたり。

進路を同じくする事を明かしたり……。

 

 

もう、いいんじゃないか?

もうこれ以上、『待つ』理由なんて無いんじゃないか?

 

昔、ツンデレ先輩に言った事がある。

『好きになったらさっさと告るべきだ、相手も同じ思考ならずっと進まない』と─────。

 

僕の痛々しくて恥ずかしい思い違いでなければ。

きっと今、僕と伊井野は同じ状況、同じ思考に陥ってるんだろう。

 

僕が失敗しない限り、伊井野とは同じ大学に進むから、

そういう意味では、一応僕たちにはまだ猶予も時間も有る。

だけど。

『秀知院学園高等部』としての生活は。

会長や四宮先輩、藤原先輩が色々と世話を焼いてくれた生活は。

小野寺や大仏が色々と気に掛けてくれたり、萌葉ちゃんや圭ちゃんがなんだかんだ出来の良い後輩として接してくれた、この高校生活は。

あと数カ月で、終わりを迎えてしまう。

これだけ色々な人が関わってくれたこの高校生活を。

伊井野との関係に答えを出す前に、終わらせたくはない。

傍から見れば、単に僕の妙なこだわりかもしれないけれど。

でも、こういう大事な事に関しては。

自分の意思・気持ちを尊重したい。

 

だから、もう僕は動くんだ。

1年前のあの日、せっかくのジンクスにあやかれず機を逸したあの日のリベンジを。

明日こそ、成し遂げてみせるんだ。

電灯を消し、月明りのみが部屋を照らす中、

石上優は、明日に向けての決意を、自己暗示の如く固く、固く固めていた。

 

 

そして、時を同じくして。

石上優が思いを馳せる相手──伊井野ミコもまた、自室の窓から空に輝く月を見上げ、眠れぬ夜を過ごしていた。

 

明日は、奉心祭。

1年前、石上が……『大事な事を伝えたい』って『約束』を持ち掛けてきた日。

聞いた時には、1年も待てって、重すぎでしょ、長過ぎでしょ、って思ってたのに。

いつの間にか、もうその時は明日にまで迫ってきてしまった。

 

あまり噂とか好きじゃない私だって、知ってる。

奉心祭の伝説。

好きな人にハートを象った物を贈ると、永遠の愛が約束されるという、ロマンチックな伝説……。

 

あれから、何度も考えた。

石上の伝えたい大事な事って、何だろうって。

でも、何度何度考えても。

どうしても、1つの答えに辿り着いてしまう。

あの時、後夜祭が終わった直後に。

1年も待ってくれと頼む、大事な事。

つまり、どうしても『奉心祭の期間中に伝えたい事』。

私の、痛々しい勘違いじゃなければ。

石上は……私に…………

 

でも、本当にそうなのかな?

小さい頃から、ずっとつんけんした態度を取ってきた私に。

全然、石上に対して素直になれてない私に。

石上は……本当に…………?

 

もし、もしも。

本当に、私の想像どおりだとしたら。

私は、どう答えるべきなんだろう。

 

ミコは、脳内で『その時』の返答をシミュレートし始めた。

 

『(ま、まあ、アンタがどうしてもって言うなら、付き合ってあげても良いわよ?)』

 

……ダメよ、ダメ。

いっとき流行ったツン……のテンプレみたいだし、バレバレじゃない。

──それに、こんな答え方じゃ失礼じゃない。

 

……でも…………やっぱり、恥ずかしい。

そりゃ、『先に言って来る』向こうよりは恥ずかしくないかもしれないけど。

それはそれでも、やっぱり恥ずかしい。

『私も、同じ気持ちです』って答えるのは……

 

だって、私達、今までが今まででしょ?

お互い、影でしてきた事を知らずに。

私は石上に何かと突っ掛かって、石上はそんな私を疎ましそうにして。

そんな私が、今。

どの面を下げて、『私もあなたの事が……』って言えるんだろう?

 

もし、もしも。

そんな事が、何かのきっかけで人に知られてしまったら……

 

『(あーね。伊井野ってそうだったんだ。やっぱ石上への態度はゴリゴリのツンデレだったって事ね?お可愛いんだ〜)』

 

『ほらやっぱりね。石上とは好きの裏返しであんな態度だったんだ。私に11回も聞かせたステラの人の話は実は惚気だったって事だよね?お可愛いんだ〜)』

 

ミコの脳内に、普段の表情を崩さず痛い所を突いてくる友人2人の顔が浮かぶ。

 

「(ダメ。ダメよダメ!!)」

 

浮かんで来たバッドなイメージを払拭しようと、ミコは頭を左右にぶんぶんと振る。

 

いったい、私は。

明日、どういう風に答えれば良いんだろう……

 

そして、期待と不安が入り交じる中でも、時は冷静にいつも通り針を進めていき。

とうとう、奉心祭当日の朝を迎えた。

 

とは言っても、2人とも分かっている。

『事が起こる』のは、今夜……後夜祭の時である、と。

それに、2人には去年程ではないが生徒会役員としての仕事も有り、それに去年同様、またも業務と休憩の割り当てで別々になってしまった。

石上が午前、ミコが午後に業務に入るシフトとなっている。

どの道、後夜祭まで2人が一緒になれるタイミングは存在しないのだ。

『その時』が来るまで、ただ2人は静かに待つ────つもりだった。

が、そうすんなりとは行かないのがこの2人の運命であった。

 

 

 

①【伊井野ミコは信じたい】

 

今年の3-Aの出し物は、祭りの出店に有りそうなゲームを集めたブース。

具体的には、射的・金魚掬い・輪投げ・ヨーヨー釣り等だ。

色々意見は出たものの、結局のところはこういう定番の出し物に落ち着いた。

ルールが単純で、誰でも楽しんで遊べるゲーム達。

来客として来る父兄達、幅広い年齢層が遊べるラインナップとなっている。

『定番』となっているモノには、やはりそれなりのクオリティーが有るという事である。

しかしそれだけではなく、例えば幼少の子供やあまりゲームが得意でない客が来た時には隣で指導したり、得点しやすいようにハンデを与えたり。

逆に腕に自信が有る客には、希望すれば3-Aの中でもゲームが得意な学生達と対決形式で遊べるような仕組みも導入されている。

誰でも遊べるように取り計らいつつ、より幅広い難易度調整を取り入れたシステムに仕上がっていた。

 

午前中、ミコはフリーの時間を小野寺と大仏……そして、OGとして高等部を訪れた藤原と共に校内を回って過ごしていた。

……だが、ミコと共に回っていた3人は気付いていた。

ミコの様子が、どうにも『心ここにあらず』といったものであるという事に。

傍から見れば、両手に食べ物を沢山抱えて歩くミコの様子は『いつも通り』に見えるかもしれない。

だが、ミコと付き合いの長いこの3人は気付いていた。

────他人からは沢山に見えるその量は、ミコにとっては普段の半分程度しか無いという事実に。

 

時間が1秒、1分、1時間と進んでいく度に。

胃腸が、何かに緩やかに締め付けられていくような感覚を覚えるのだ。

 

どういう事?

どうしたっていうのよ、私。

おいしいごはんも、いつもに比べて喉を通らない。

────もしかして、もしかして、私……

もう、緊張してきてるっていうの?

『その時』が来るまで、まだ何時間も有るっていうのに。

こんなんじゃ……こんなんじゃ、私……

 

ミコの脳内に、『その時』を迎え、石上の前で緊張のあまり激しい震えが止まらない自分の様子が浮かぶ。

 

『(うわ……伊井野震え過ぎだろ。せっかくのムードが台無しだよ。伊井野ってそんな臆病だったんだな……へぇ……へぇぇぇぇぇぇえ……)』

 

続けて脳内に浮かぶ、冷めた表情で言い放つ石上を、ミコはぶんぶんと頭を振って頭の中から追い払う。

 

バカじゃないの。

石上は、絶対そんな事は言わないのに。

勝手に想像して、怯えて……バカみたい。

 

と、どっぷり迷いの中に浸かるミコの肩が叩かれる。

 

「どうしたんですか?ミコちゃん?」

 

「藤原先輩……」

 

叩かれた方を振り向くと、何も知らなさそうな、きょとんとした藤原の顔がそこに有った。

 

「先輩、きっと伊井野は私らと回るより、自分のクラスの誰かさんが気になってしゃーないんですよ」

 

「ちょっ、麗ちゃん……」

 

突然図星を突かれたミコが慌てるも、時既に遅し。

説明を受けた藤原は、「はは〜ん?」と何かを察してしまったちょっぴり黒い笑みを浮かべていた。

 

「そうですかー。そうなんですねー。ミコちゃんは私達との女の友情よりも、Iくんとの恋にお熱ってワケですね〜」

 

「そ、そんな事ないですよ藤原先輩!い、石上となんて別に……」

 

「ミコちゃん、先輩は『Iくん』とは言ったけど『石上』とは一言も言ってないよ?」

 

「……………………あっ」

 

大仏からの鋭い指摘に、ミコはしまったというように声を漏らしてフリーズした。

……みるみる内に真っ赤になっていく顔を除いて、である。

 

「もぉ〜〜〜〜!そういう所がカワイイんですよミコちゃぁ〜ん!!!!」

 

ニッコリ笑顔でミコに抱き着き撫でる藤原。

 

「か……からかわないでください……」

 

消え入るような可愛らしい声が、ますます藤原の庇護欲を掻き立てる。

 

「元生徒会長とは思えないよね」

 

「ほんとにね」

 

その様子を、呆れるような顔で見つめる小野寺と大仏であった。

 

 

 

 

そして、数分後。

ミコ達は、自分達のクラスの入り口……の傍、ギリギリ中の様子を覗けるような位置に立っていた。

何やかんやで、ミコの意を汲みクラスの様子を見に来たのだ。

 

「さーて、伊井野の旦那様は上手いことやってるかな?」

 

「だ、誰が旦那様よ!?私達まだそんなんじゃ……」

 

「うん、『まだ』、ね、『まだ』」

 

「…………もうやだぁ……」

 

大仏に揚げ足を取られ、下を向いて恥じ入るミコの背中を、藤原が優しく押す。

 

「ほらほら〜、そんな下を向いてちゃ石上くん見えませんよ?ほらほら〜」

 

「ちょ、ちょっ……」

 

半ば強引に押される形で、ミコは中の様子を覗き込んだ。

 

果たして、そこに有ったのは────

 

「…………っと。大丈夫ですか?」

 

「…………あ、あぁ……」

 

恐らく客として来ていた、他校の制服の見知らぬ女子高生の腰を抱き支えている石上の姿であった。

 

金髪のロングヘアーで、釣り目の気の強そうな女子。

スカートもかなり短いし、髪飾りやブレスレット、アクセサリーも些か華やか過ぎる。平たく言えば不良女子である。

周りの同じような女子がヒヤリとした表情をしているのを見るに、恐らく転びそうになったところを石上が助けたのだろう。

 

「……けどよ。そろそろその左手……そこから離してくんねぇかな」

 

「あっ」

 

助けられた女子が、笑顔を浮かべながらも額に青筋が走っているのを見て石上は漸く気付いた。

石上の右手は彼女の腰に回っていたが、左手は……彼女の胸部を無意識の内に掴んでいた。

 

「てめぇ!どさくさに紛れて姐さんに何て事!」

 

「しかも姐さんが転んだのもてめぇらが床にスーパーボール落としたままだったのが原因だろ!このタコ!」

 

取り巻きの不良女子達が石上に突っ掛かってくる。

 

「やめな。わざとじゃねぇし、助けてくれたからチャラだよ」

 

助けられた女子が、落ち着いてスッと右手を挙げながら制した。

 

「……ま、まぁ何だ、今後気を付けろよな。ガキだって来てるんだから転ばねぇように気を付けるのは義務だろ」

 

「はい、申し訳ありませんでした」

 

向こうが落ち着いていたのもあって、石上も落ち着いて彼女の言葉を受け止める事が出来た。

 

……案外、このやり取りにおいて一番落ち着きが無かったのは。

入り口から一部始終を覗いていて。

尚且つ、去っていく女子の頬が少し赤くなっていたのを見逃さなかった、この人かもしれない。

 

「(うーっわ……お、小野寺さん、その……)」

 

「(ま、そりゃこうなりますよね)」

 

恐れ慄く藤原と、いつものクールな表情を崩さない小野寺が視線を向けるその先には。

先程の女子に負けず劣らず……いや、もっとハッキリと青筋を浮かべた、ミコのどこか恐ろしげな笑顔が有った。

 

「み、ミコちゃん?その、石上くんは……」

 

「え?何ですかぁ?」

 

恐る恐る声を掛けた藤原の方を振り向いたミコは、いつもよりニコニコ笑顔。

しかしその声はいつもより不自然にトーンが高く、笑顔は明らかに無理して作っている感が否めない。そして、額には大きな青筋が浮かんでいる。

 

「私、石上が何をしようと別に良いですからぁー。石上とは別にぜーんぜんなーんにも無いんですよぉー?あんな、スカート短くてちょっと胸が大きい人に鼻の下伸ばす変態の事なんてどーでもいいですから!」

 

心にもない事を連々と述べ切り、フン!と顔を背けるミコの本心は、ここに居る3人には火を見るより明らかなものであった。

 

何よ。

何よ、石上。

私、知ってるんだから。

アンタ、胸のおっきい人好きなんでしょ?

つばめ先輩といい、藤原先輩といい。

おっきな胸をチラチラチラチラ見てるの、知ってるんだから。

 

……ひょっとして。

私の事も……

ここ2年くらいで、コレが……大きくなってきたから?

 

ミコは、ここ2年で藤原と同レベルまで成長した自らの胸を、軽くユサッと持ち上げた。

 

どうしよう。

もし、そんな事が理由なのだとしたら。

私──私は…………

 

 

と、見当違いの事を悩むミコの隣で。

ずっと教室の中の様子を観察していた大仏が、独り言を呟いた。

 

「ま、石上はそんなんじゃないんだけどね」

 

「え?」

 

「ほら、見て」

 

呟きに反応したミコに、大仏が再び教室の中を見る事を促す。

複雑な胸中で覗いた、その視線の先には────

 

「ほら、これをこう構えて、ね……」

 

「おにーたん、こう?」

 

石上が、新たな客として来ていた3、4歳くらいの男の子に、小さなモデルガンを握らせて射的の指導を行っていた。

 

「ほら、あの赤くて丸いのをよーく見て……グイッと!」

 

「ぐいっと!」

 

石上のかけ声を真似しつつ放たれた柔らかいふわふわのゴム弾は、狙った的に見事命中した。

 

「やったー!ままーできたよー!」

 

「見てたわよ!ほら、おにいちゃんにありがとうして?」

 

喜びを顔いっぱいに広げ、年若い母親の足元に抱き着く男児と、幸せそうな笑顔でそれを受け止める年若い母親。

 

「おにーたん、ありがと!」

 

「どういたしまして」

 

まだ舌っ足らずながらも頑張ってお礼を述べる幼子を、石上は笑顔で頭を撫でた。

 

「………………」

 

その様子を、ミコは無言で見つめていた。

その表情は、もう貼り付けたような笑顔ではなく、額の青筋も当然浮かんではいない。

石上を一心に見つめるその表情は、ぽーっと放心したような表情であった。

 

「(ま、こうなるよね)」

 

「(やっぱ伊井野は伊井野だもんね)」

 

「(ま、石上くんも良い所があるって事ですよ〜)」

 

大仏達は、収まる所に収まったとでも言わんばかりの表情で頷きあった。

 

 

 

そう。そうよ。

石上は、優しい。

私にだけじゃなくて、色んな人に。

 

私にだけじゃない、というのが、正直な事を言えば……ちょっと、ほんとにほんのちょっとだけだけど、妬ける……かもしれない。

 

でも、それはつまり『見返りを求めてない』っていう証。

私に好かれたくて、私に優しくしてる訳じゃない。

見返りを求めずに、優しい事をしてる。

そんな、そんな石上だからこそ。

私──私は…………。

 

 

 

ミコの手が、今も懐に仕舞ってあるステラの栞を、無意識にぎゅっと握った。

 

 

 

 

 

 

【石上優は押してみたい】

 

午前の部が終わり、午後組とシフトを交代し。

ミコが業務に入り、石上が自由時間となった。

石上は、一人で校内を回っていた。

一緒に回る友人が居ない訳ではない。だが、午後に入り『その時』がいよいよ目前に近付く為、それまでは一人でゆっくり思考を整理しながら居たかったのだ。

だが、今の石上の足は、自分のクラスへと向かっていた。

どうしてもミコの様子を……という訳ではない。

ただ、何か嫌な予感が胸を過ったからだ。

足早に他のクラスを通り過ぎ、自分のクラスの戸口へと辿り着く。

そして、こっそりと中の様子を除くと……

 

「えー!お姉さん石上のお義姉さんなんですか!?」

 

「そうよー!ミコちゃんとも仲良しだもんね、ね?『みーちゃん』?」

 

石上の兄の嫁、つまり義姉の唯が、娘の海心と共に客としてやって来ていた。

 

迂闊だった。義姉さんの事を忘れていた。

しかも、伊井野の事をわざとらしく『みーちゃん』って。

自分の子供と同じ『みこ』だからって……

 

そのミコの足元に、よちよち歩きも板についた海心がぎゅーっと抱き着いている。

 

「みーねーたん!みーねーたん!」

 

恐らく唯が「みーねえちゃん」と教えてるのが、可愛らしく舌足らずになった単語を連呼しながらミコの足元に抱き着いている。

 

「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』。まさかミコちゃんがそんな上手いことやるとはねー」

 

「!?ちょっ、こばちゃん!?」

 

いつの間にかミコの隣に居た大仏が、感心したように頷きながら言う。

 

「伊井野、石上の義姉さんと仲良いだなんて一言も言ってなかったじゃん?まず周りから固めるってことね、やるじゃん伊井野」

 

「麗ちゃんも!?だ、だから違うって……」

 

「え、そうなの?私期待してたんだけどなー、ミコちゃんが2人目の『いしがみみこ』になるの……」

 

唯が、いかにも残念そうな表情を繕いながら大袈裟なトーンで言い放った。

 

「きゃー!『いしがみみこ』って!?」

 

「え?なになに伊井野さんアイツと結婚すんの?」

 

「しかももう親族の同意済み!?」

 

周りの女子生徒達が、そんな事を囃し立て始めた。

 

「ち、ちっちちちちちち違います────っ!!!!」

 

 

 

顔を真っ赤にして叫ぶミコであったが、石上は割って入る事は出来なかった。

むしろここで割って入れば、火に油を注ぐようなものだと分かっていたからだ。

 

すまん、伊井野。

僕の義姉さんを許してくれ……悪い人じゃないんだ、悪い人じゃ。

あどけない笑顔で抱き着いてる海心に免じて許してやってくれ……頼む。

 

石上は、心の中で手を合わせ祈っていた。

 

 

と、その時。

 

「大変!隣のクラスでなんか揉めてるみたい!」

 

入り口に立った女子生徒が、クラス中に聞こえるように叫んだ。

 

「わ、私が行きます!」

 

窮地に追い詰められていたが、ここから脱出する口実を得たミコが脱兎の如くその場から走り去り教室から出て行った。

 

 

 

隣の教室、3-Bのクラス。

このクラスでは、ボタン押下による早押しクイズ大会を開催していた。

 

「オイ!絶対俺の方が早かったろ!?」

 

「はぁ?絶対オレだね!オレの方が0.1秒早かった!」

 

どうやら揉め事というのは、どちらが先にボタンを早押ししたかという件らしい。

 

「はぁ?お前の周りだけ時間歪んでんじゃねーの?」

 

「アホ吐かせ!ていうかお前どうせ答えても無意味だろ、間違えるから!大人しくオレに譲れよ!」

 

子供じみた言い争いがヒートアップしつつあったちょうどその時、3-Aの教室からミコが急ぎ足で参上した。

 

「風紀委員です!そんな事で揉めるのはやめてください!」

 

ミコが、首から提げた笛をピッピーと吹き鳴らしつつ2人の間に割って入った。

 

「は?なんだよお前急に……って、元生徒会長か」

 

ミコの乱入を見て、揉めていた男子2人は途端に大人しくなった。

 

「もう、子供じゃないんですから、変な事で揉めるのはやめてください。それじゃ私は……」

 

そう言って立ち去ろうとするミコの腕を、男子の片割れがギュッと掴んだ。

 

「ちょっ……」

 

不意に腕を掴まれて驚くミコを、その男子はじろじろとなめ回すように見ていた。

 

「……まあ、確かにもう『子供じゃない』よな」

 

今やその視線は、ミコの胸部に厭らしく釘付けになっていた。

 

「ちょ、ちょっと……」

 

「まあ、確かにな。オイ、こんなくだらないクイズ大会やめて遊び行かね?俺らと3人でさ」

 

「いいなそれ、ホラ、俺らの仲直りの印としてさ。元生徒会長も立ち会って欲しいなーっていうか」

 

「そうそう、元生徒会長みたいなカワイイ人が居れば俺らの間の空気も和らぐなーってな」

 

────そんな陳腐なナンパをかましている所に、遅れて石上がやって来た。

 

石上の脳裏には、2年前の奉心祭での風景が想起されていた。

チャラ男に顔を褒められ、『ちょっとだけなら』とついて行きそうになった、あの日。

 

ま、マズいぞ。

伊井野は褒め言葉に弱い。『カワイイ』なんて言われたら、ホイホイとついて行って……

 

だが、褒め言葉を受けたミコの反応は。

石上の憂いが、杞憂であると証明するのに充分なものであった。

 

「困ります。今、隣のクラスで仕事中なので」

 

石上の予想とは裏腹に。

ミコは、目を瞑りながらゆっくりと首を横に振り否定の意を示した。

 

石上は、そんなミコの後ろ姿を唖然とした顔で見つめていた。

 

伊井野が。

あの、褒め言葉に弱すぎた伊井野が。

まったく、動じてないなんて……

 

 

い、いや、感心してる場合じゃない。

助けに入らないと。

 

 

石上が、ミコの隣に駆け寄る。

 

「すいません、コイツ今隣のクラスで仕事中なんすよ。ここで揉めてるって聞いて突っ走ってきちゃって、すみません」

 

「あぁ!?テメェ割り込んできてんじゃ……」

 

他の男に割り込まれる形となり、案の定ナンパ男は不快感を顕にする。

だが、その時。

 

「…………ハァー……カレシ様のご登場かよ」

 

「「えっ?」」

 

もう一人の男子が溜息混じりに言い放った一言に、石上とミコは揃って素っ頓狂な声を上げた。

 

「ハァ?どういう事だよオイ?」

 

「知らねーのお前、コイツらデキてんだよ。割と有名だろ?」

 

「……あー、そういや聞いたことあるな、仲悪いフリして実はイチャこいてる生徒会カップルってなぁ」

 

「い、いやあのちょっと……」

 

「あー白けた!まあいいわ俺達帰るから!悪かったわ!あとは2人でよろしくやっててくれや!行くぞ!」

 

訂正しようとする石上の言葉にも聞く耳持たず、揉めていた男子2人は足早に立ち去って行ってしまった。

 

勝手にカップル認定された石上とミコは、暫しの間ぽかんと男達の出て行った方を見つめていたが……

 

「あー!ありがとうございます!助かりましたよ、アイツらくだらない事で揉め始めて困ってたんで!さすが生徒会カップルですね!」

 

法被のような格好からして、恐らくクイズの司会を務めていたであろうB組の男子がにこやかな顔で駆け寄ってきた。

 

「べ、別に構わないですけど、わ、私達カップルじゃ……」

 

「そうだ!お2人を見て思い付きました!次の回の大会は急遽!ペアの参加による回にしたいんですが、是非お2人も参加してくださいよ!ねっ、ねっ!?」

 

司会役の男が2人にグイグイと迫ってくる。

 

「い、いや僕はともかく伊井野は仕事中……」

 

「あ、それだけど石上くーん。A組の方今ちょうどヒマになったんだってー。伊井野さん頑張ってるし、小休憩くらいあげるよーってA組の人言ってたよー」

 

くそっ!?なんか妙にタイミング良いな?いや、良いのか悪いのか……

 

「じゃあ問題ないですね!では次回があと16分後に始まるので、そのまま暫く待っててください!!」

 

 

かくして、石上とミコは半ば強引にクイズ大会にペアで出場させられる羽目になった。

 

 

そして、16分後。

 

「じゃあ早速参りましょー第1問!ここに日本地図が有りますが、どこかおかしな点が2つ有ります!2人で相談してー……」

 

急遽決定した『ペア限定クイズ大会』が開催され。

早速司会の男子が問題を読み上げていたのだが……述べている途中で、ボタンが押された。

 

「四国がオーストラリアに置き換わってますね。同じように、九州がアフリカになってます」

 

キリリとした表情のミコが地図を凝視しながら冷静に回答を述べた。

 

「せ……正かーい!早い!早いぞ!さすが元生徒会長!その溢れんばかりの知性を早速見せつけてくれましたぁー!」

 

は、早っ。

確かに僕もひと目であれっ?とは思ったけど、そんな一瞬で何に置き換わってるかまでは分からなかった。

これが、積み重ねの差か……

 

石上は、隣で少しだけ口元を緩めたような気がしたミコの横顔をまじまじと見つめていた。

と、石上の視線を感じたのだろうか。ミコが不意に振り向いたので、石上は慌ててミコから顔を逸らし周囲を見回し始めた。

他の参加者は、実は全員顔見知りだ。

去年の体育祭の応援団で少し世話を焼いた、後輩の航弥・椿。

そして、OBOGとして遊びに来ていた、『神ップル』こと翼&柏木コンビだ。

どちらも正真正銘カップルの為、石上は妙な居心地の悪さを覚えていた。

 

何というか……

この並びに居ると、本当に僕達もカップルとして見られているような気がしてならないんだが……

 

「んじゃあドンドン行きます第2問!」

 

おっと、悩んでばかりいても仕方が無い。

ぶっちゃけ、伊井野の様子を見るに僕の力なんて要らないかもしれないけれど。

一応僕も問題を聞いておくくらいはしないと。

 

石上は、司会の読み上げる問題に耳を傾けた。

 

 

「今の『ロケットモンスター』、総数は何匹!?」

 

『はい!1435匹!……って、はぁ!?」

 

ゲーマーな石上は思わず条件反射的にボタンを押したが、1問目が普通に勉学の知識を問う問題だっただけに自分でも面食らった。

 

な、何で急にゲームのクイズが?

 

「はい正かーい!流石は元副会長!こういった知識にも精通してらっしゃる!」

 

 

そんな調子で、クイズ大会は進行していった。

勉学の知識を問う問題と、何故かゲームの知識を問う問題が交互に出題され。

前者はミコ、後者は石上が即回答する事で、結果的に石上ミコペアは他の追随を許さない圧倒的な優勝を収めてしまった。

 

 

「凄いっすよ先輩!オレ椿の前で良いところ見せようと思ってたのに全然敵いませんでした!教養知識を伊井野先輩が、ゲームとかの知識を石上先輩が答える!互いに補い合って二人三脚息ピッタリって感じっスよ!」

 

航弥が興奮気味の口調で石上とミコを褒めちぎる。

 

「も、もうこーくんってば……なんかすみません、先輩」

 

相変わらず大人しくて控え目そうな椿が、可愛らしくぺこりと頭を下げる。

 

「い、いやいいんだよ椿ちゃん」

 

 

石上が慌てて頭を上げるよう椿に請う。

 

「まあ、石上さんが何気に凄いのは確かだけどね」

 

椿達の背後から、翼と柏木カップルが近寄って来た。

 

「伊井野さんもね。相変わらずトップを維持してるんだよね?凄いなぁ」

 

柏木が、どこか超然たる余裕を含んだ笑みを浮かべながらミコの背後に回る。

 

「(でも……石上くんとはお勉強程スムーズには行ってないんだよね?)」

 

柏木が、どこかゾクゾクする囁き声でミコに耳打ちした。

 

ハッとした顔になったミコが、柏木の方を振り向く。

 

何だか、周りはやたらと(特に今日は)カップルだなんだと持ち上げてるけど。

やっぱり見る人が見れば、そうじゃないって分かるんだろうか。

 

「(石上くん、良い人だから……逃しちゃ駄目だよ?頑張ってね、伊井野さん♪)」

 

ミコには、柏木には一生敵わない何かがあると痛感せざるを得なかった。

 

 

そして、数分後。

 

「やっと解放されたな……」

 

「う、うん……」

 

クイズ大会も終え、カップル達からも解放された2人の表情には疲れの色が見えた。

 

 

────っていうか、どうしてくれるんだ、この状況。

今日は、『その時』が来るまで、なるべく会わないようにしてたのに。

散々『生徒会カップル』とか持ち上げてきて。

どうしてくれるんだよ、この雰囲気。

 

……っていうか、僕の方がどうにかなりそうだ。

あんだけカップルとかなんとか囃し立てられて。

意識しない訳、無いだろ。

────僕が、こんな奴と……ほんとに釣り合うのかどうかって。

意識せざるを得ないだろ。

 

石上は、隣でばつが悪そうにもじもじしている少女への胸の高鳴りを、意識せずにはいられなかった。

 

「あ、あの、石上?」

 

「ッ!な、何だ伊井野!?」

 

ああ、クソっ。

返事するだけで声上擦ってるし。恥ずかしいったらねぇよ。

 

「わ、私、まだ仕事あるから……」

 

「あ、ああ。またな、伊井野」

 

手短にそう言い、小走りでその場から去っていくミコの背中を、石上は見つめていた。

 

まあ、事情を話せば伊井野が咎められる事は無いだろう。

それに……今、僕が最も気にしなきゃならない事は。

 

石上は、スマホの時計で時間を確認した。

時計の数字は、後夜祭まであと3時間と示していた。

 

 

そろそろ、だな。

 

石上は、最後の準備に取り掛かる事を決意した。

 

 

 

そして、とうとう『その時』は訪れた。

 

後夜祭が始まって数分後。

ミコのLINEに、石上からのトークが入った。

 

【あの場所に、来てくれ】

 

たったこれだけの、短い一文。

だが、ミコにはそれで充分であった。

 

ちなみに、今年は去年の二の舞にはならない事は分かっている。

今年は後夜祭の時間中、迷子を保護するボランティアを数十人体制で動員しているのだ。

ボランティア部だけでは到底足りない人数ではあったが、何故かすぐに必要人数に達する応募が集まった為、迷子へのケアはバッチリだ。

これで、例え途中で迷子を発見したとしても、各フロアを巡回しているボランティアに引き渡せば後は彼らが装備するインカムで連携を取り、素早く保護者を見つけてくれる。

 

 

 

髪に乱れはないか。

服装にも、乱れはないか。

その他に、ヘンな所はないか。

 

ミコは今、鏡の前で、期待と不安……様々な感情で逸る鼓動を必死で抑えつつ、最後のセルフチェックを行なっていた。

 

……もう、心は決まってる。

石上が、私の予想通りの事を言ってくるのだとしたら。

私の答えは……1つしかない。

 

意を決したミコは、あの『約束』の場所……時計台の屋上に向かった。

 

屋上に続く扉のノブを握り、ゆっくりと回す──

 

やっぱり、生徒会役員しか解錠できないここの鍵が開いている。

 

きっと、この扉の向こうには。

石上が、待っているはず────

 

心音が聞こえるほど鼓動が逸る胸を抑えつつ、ミコは扉を開いた。

 

ほら、やっぱり居た。

あの、ガタイの良い……

 

え?ガタイの良い?

ちょっと待って、石上ってあんなにガタイ良かったっけ?

それに妙に大きいような……

 

ミコが困惑していると、その先客はミコの方を振り向いた。

果たしてそれは、痩せ型の石上とはとても似つかない、大柄な筋肉質体型の男子生徒であった。

 

だが、ミコは彼の顔に見覚えがあった。

 

「あ、あれ?あなた……1年の種垣くんよね?」

 

確か……風紀委員の1年の後輩で、ラグビー部の期待の新人って言われてる、種垣くん……よね?

彼が来ると、大抵の揉め事は勝手にすぐ収まっちゃうっていう、あの。

 

「ハイッス!えっと、実は自分、ここで張っ……いやいや、ここの鍵が開いてるので不審に思い調べようとしたら、石上先輩が居て!

『後で伊井野が来たらコレを渡してくれ』って頼まれたッス!伊井野先輩、確かに渡しましたよ!」

 

種垣が綺麗に腰を折りながら、両手で手紙入りらしき封筒を渡して来た。

 

「う、うん、ありがとね」

 

当惑しながらも、それを受け取るミコ。

 

その手紙には……

 

【嘘だと思うなら信じなくてもいいけど、

既にここはバレバレだと思うから、

とてもじゃないけどここでは話せない

いいか、これをよく読んで

本当に僕の言葉を受けるのか

しっかり考えてくれ

伊井野、急な話でごめん

後でいくらでも謝るから、その時に

蹴るなり何なり好きにしてくれ

おべっか使って誤魔化すのは好きじゃないから、

テキトーなことは言わず、

一旦自分を落ち着かせようと思う

えっと、とりあえず

しっかりと休んでくれ】

 

 

まるで、あの『約束』をここに来てすっぽかすかのような内容がそこにはあった。

 

「……………………」

 

「あ、あの、伊井野先輩?」

 

種垣が恐る恐る声を掛けるのも仕方がないほど、ミコの表情は曇っていた。

だが、内容が内容だけに仕方が無い。

1年。今を生きる学生にとって、あまりにも大きく長い時間。

それだけ待ったその1年を、こんな土壇場で不意にされた悔しさたるや。

 

────と、普通の生徒ならそう思い悲しみと怒りに明け暮れるところである。

しかし、彼女は違う。

曲がりなりにも、この秀知院学園で何年間も同学年トップを維持し続けた女傑である。

そして、今の彼女には──石上への、多大な信頼が有った。

 

 

ミコの瞳は、真っ直ぐ曇り無き瞳に変わっていた。

ミコは、無言のまま時計台の屋上から出て行き。

ゆっくりと、ある部屋を目指し歩き始めた。

 

 

 

 

 

そして、10分後。

ミコが開けた、扉の先には────。

 

 

「……来たか、伊井野」

 

本来なら、時計台の屋上で待っていた筈の男・石上。

その彼が、生徒会室のソファに腰掛けていた。

 

ミコは、石上の姿を確認すると。

扉をしっかりと締め、ソファに座る彼に向き直った。

 

「……あんた、あんな回りくどい事して。私がわからなかったら、どうするつもりだったのよ」

 

だが、ミコのお咎めの言葉に対し石上は首を横に振った。

 

「書いた通り、何かあの場所が誰かにバレてる気がしたからさ。伊井野なら、あれくらい分かるだろ?」

 

石上は、ソファからゆっくり立ち上がり。

扉の近くに立つミコに、ゆっくりと歩み寄った。

 

「あとはまあ……正直なところ、あの時計台の方がムードが良いかななんて思ってた。

けどさ。僕達が3年間一番長く過ごした場所って……この部屋だろ?」

 

石上……と、それに釣られるようにして。

ミコは、生徒会室の中を見回した。

 

……確かに、そうかもね。

私達にとって、一番の思い出の場所は。

あの、夜空とキャンプファイヤーが綺麗な時計台の屋上より。

先輩達や、麗ちゃん達と過ごしてきた……この部屋なのかもしれない。

 

そうして目を瞑って思いに耽るミコの顔を、石上はずっと見つめていた。

 

 

僕は。

僕は。

 

今から、この伊井野に。

チョロくて大食いで、変な趣味持ちまくってるけど、物凄い頑張り屋で、正義感に溢れてて、小さくても強くて……少し、ほんの少しだけど……か……可愛い、コイツに。

今から、とんでもなく大それたことを言うのかもしれない。

傍から見れば、不釣り合いかもしれない。

僕のしてきた努力なんて、こいつに比べれば微々たるものかもしれない。

 

────けれど、もう、限界なんだ。

お前への想いを抑えるのはもう、辛抱出来ない。

本当は、1年前にはもう限界だったんだ。

それを、変にビビって、一年も延ばして。

 

本当は、恥ずかしい。

そして、ちょっと悔しい。

 

だって、そうだろ?

1年の頃までは、『あんな恩知らず』とか『ぎゃいぎゃいうるせぇ奴』って言い合ってたのに。

今更、実は……だなんて。

どこのツンデレキャラだよ。男のツンデレキャラなんて大きな女性のお友達にしかウケねぇぞ。

 

────でも。でも。

もう、そんなちっぽけなプライドなんてどうでも良くなるくらい。

僕は────お前の事が────

 

 

「……伊井野」

 

石上は、人生最大の決意を心に決めて、ミコに声をかけた。

声をかけられたミコは、夢想を止め目を開き、大きく、潤んだ瞳で石上を見つめる。

 

 

「……僕は、信じてる。お前なら……お前なら。きっと、僕の事は分かってくれる」

 

緊張と不安で、震え出した声を絞り出しつつ、石上は……ミコの眼前に、一輪の花を差し出した。

 

 

「伊井野。僕の一生を賭けて言う。

これが……僕の、伊井野への気持ちだ」

 

 

そう言って、石上が差し出した花。

それは、一輪のステラの花。

石上優と、伊井野ミコ。

2人の間を結び付け、この恋の始まりのきっかけとなった、あの花であった。

 

「…………これは……」

 

ミコは、目の前に差し出されたステラの花を受け取る。

 

……けれど、どういう事だろう。

この花には、別にハート型の何がなんて入ってない。

 

どういう事?

じゃあ、なんで今日を選んだの?

もしかして……これは、告白なんかじゃないって事?

 

ミコの脳裏に、様々な考えが去来する。

だが、石上はやや緊張の面持ちで真っ直ぐミコを見つめているだけだ。

 

……きっと、これにもまた何か意味が仕込まれてるのね。

良いわ、考えて、当ててみせる。

それが……私に出来る、私らしい答え。

見ててよ、石上。

伊達に、秀知院でずっとトップをキープしてた訳じゃないんだから。

アンタの言いたい事……伝えたい事。

絶対、当ててみせる。

 

ミコの脳は、『最適解』を導き出す為、フルスピードで回り始めた。

何か。何かこの部屋にヒントは無いだろうか?

ミコは頭のギアを総動員で回しつつ、部屋の様子を探った。

その時……ミコの目に留まったのは。

キキョウの花が活けてある、花瓶であった。

何故か、いつもと違う妙に目立つ位置に置いてある。

 

 

……そういえばコイツ、去年くらいから急にこの部屋に花を飾り始めたわよね?

確か……最初はイベリスの花。

次に、ダリアの花。

最近は、キキョウの花に変えて、

そして……今、ステラの花。

 

イベリス……ダリア……キキョウ……ステラ……

 

ミコの脳内を、4つの花の名前が駆け巡る。

 

イベリス……ダリア……キキョウ……ステラ……

 

イ……ダ……キ……ス……

 

 

 

 

あっ。

 

 

 

えっ?

 

も、もしかして……

 

そうなの?そういう事なの?

 

暫し目を瞑って考えていたミコが、ハッと目を開き石上の目を見つめる。

 

『イ』べリス。

『ダ』リア。

『キ』キョウ。

『ス』テラ。

 

4つの花の、頭文字を並び替えると……

 

 

 

「……ふふっ、ふふふふっ」

 

ミコの疑問は、緊張感と共に氷解してしまった。

そして、胸の中に拡がった暖かい何かをもって……ミコの表情が、柔和な笑顔になった。

 

「な、何がおかしいんだよ」

 

まさか笑われるとは思っていなかった石上が、ミコに尋ねる。

 

「だ……だって、アンタ……こんな事、1年かけて仕込んで。普通、今日ならハート型の何かを贈った方が早いでしょ?こんなまわりくどい事するの、アンタくらいなもんよ?私が分からなかったらどうするつもりだったのよ?

それでいて、花瓶をいつもと違う目立つ所に置いたりして。恥ずかしいけど気付いてくれってのが見え見えで……ふふっ」

 

「う…………」

 

何だ?

何だよ、この反応?

一年かけて。清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、伝えたのに。

もしや、伊井野は────。

 

思ったよりも芳しくないミコの反応に落胆し、石上は俯き下を向いた。

 

「────でもね」

 

声の調子が変わったミコが、下を向いた石上の頬にそっと両手を当て。

視界に一瞬だけ入ったミコのつま先が、めいいっぱい伸びて精一杯つま先立ちしているのを理解した瞬間には、それは既に行われていた。

 

 

石上優が、これまでの人生で味わった事のない感覚。

柔らかく、潤っていて……そして、今日の出店で食べたモノだろうか?ほのかに、マンゴーの味がする。

そんな、伊井野ミコの唇が……彼の唇に、重なっていた。

 

 

石上。私、嬉しいよ。

私、アンタの事……

ううん、私『も』、アンタの事が……

校則守らなくて、おっぱい好きのムッツリスケベで、こんな回りくどい事しちゃう。

 

でも、そんなアンタが────

 

 

「『ダイスキ』よ、石上」

 

 

数秒間重ねた唇を離したミコが、今までにないとびきりの笑顔で。

石上の、一年の歳月を掛けて仕込まれた『告白』に応えた。

 

石上は、もはや今の心境を表す言葉は思い付かなかった。

 

心の何処かで、怯えていた。

自分は好きでも、伊井野はまだ『嫌ってる』んじゃないかって。

ほんの、ついさっきまで。

ずっと、ずっと怯えてた。

 

だけど、もう怯えなくていいんだ。

伊井野は、こんな僕の気持ちを、伝えたい事を。

分かって、好きと言ってくれた。

 

石上は、万感の思いを込めて。

ミコをやや強引に抱き寄せ、再びその唇を重ねた。

 

「んっ!ん……っ……」

 

ミコも驚きはしたが、すぐに満更でも無さそうな、蕩けた表情に様変わりする。

 

そう、今ここに、「会長×かぐや様に続く生徒会カップルが────って、きゃっ!?」

 

2人だけの世界に入っていた石上とミコも、声と物音に驚いて聞こえた方を振り向いた。

果たして、そこには……

 

「ちょ、ちょっと名誉団長!あまりに興奮なさるから開いてしまったじゃありませんか!?」

 

「えっ!?ということはまさか……あ、あっ!!」

 

そこには、元マスメディア部長・紀かれんを先頭とした、数十人ほどの生徒の群れがドミノ倒し的に転がっていた。

そしてその内の何人かの顔は、石上には見覚えがあった。

昼間、B組のクイズ大会で揉めていた男子2人と、司会の男子生徒。

クイズ大会で一緒に出場した航弥と椿、それと同じく後輩の瞳。

遊びに来ていた翼と柏木、そして藤原。

屋上の扉の所にいた種垣。

そして……『生徒会のお二人を応援し隊』の存在を仄めかしていた、1学年下の女子生徒2人に、

後夜祭の迷子案内ボランティアに志願した生徒たちなどだ。

 

……って。ちょっと待て。『名誉団長?』

つまり……

 

「あなたが黒幕だったんすか紀先輩!?」

 

去年、『応援し隊』の実態を探るよう依頼した相手である彼女こそが、この集まりを作った張本人である事。

そして、今日のアレコレがほぼ全て、彼女たちに仕組まれていたという事実に、事ここに至ってようやく気付かされた。

 

「……いやそれよりも、何で此処に居るんですか!?」

 

持ち前の観察眼で、事前に怪し気な気配を察知したからこそ、誤解されかねない程の暗号を用いてまで場所を変えたのに。

その石上の疑問には、応援団で関わった後輩・瞳が前に進み出て答えた。

 

「あー、石上センパイ。あたし、あーいう暗号解くの好きなんすよ。あと、有力なスジから『石上センパイは頭文字を使った暗号が好き』って聞いてましたから。

アルファベットに直して、各行の頭文字のアルファベットを下から読んでいくだけだったんで、やっぱ即興で思い付いた暗号って限界が有るんすね〜」

 

い、意外な伏兵!

ていうか『有力なスジ』って!それ知ってるの絶対あの人しか居ないだろ!

いつの間になんてことタレこんでるんですかS先輩!

 

「……ってことは。も、もしかして……」

 

恐る恐る尋ねる石上、隣でみるみる内に頬が上気してきているミコ。

2人が最も恐れている答えを、かれんは笑顔でウインクしながら事もなげに言い放った。

 

「ええ、お2人の尊っっっとい瞬間は全員でバッチリ見ましたわ!決定的瞬間も複数媒体で記録済ですの!」

 

リーダーのかれんの言葉を皮切りに、他の『隊員』が次々に祝福の言葉を述べ始めた。

 

「ミコちゃん石上くん、おめでとうです〜!」

 

可愛がっていた後輩が結ばれ、喜色満面の藤原。

 

「石上さん、とうとうやりましたね!」

 

「伊井野さん、これからしっかりね♪」

 

ガッツボーズをする翼、どこか怪しげな笑みを浮かべる柏木。

 

「先輩、おめでとうっス!」

 

「あ、あの……お似合いだと思います」

 

「まあ、生徒会カップル?めっちゃサマになってるじゃん?」

 

三者三様の祝福を述べる後輩トリオ。

 

「『熱々尊死生徒会カップル第2号爆誕』!次の校内新聞の1面、楽しみにしててくださいな♪」

 

人差し指を立てて小悪魔的にウインクするかれん。

 

次々に繰り出される祝福の言葉に……ミコの顔から、ボンっという音と共に湯気が吹き出した。

 

「ば……バカ。バカ!バカ!!バカ─────っっ!!!!」

 

ゆでだこのように赤くなった顔で、ちっとも痛くない威力で石上の胸をポカポカと殴りつけるミコ。

 

「な、何でだよ!先にキスしてきたのはお前だろ?」

 

「きききききききキスとか言わないでよ人前で!恥ずかしいでしょ!バカっ!バカバカバカ────っっ!!!!!」

 

めでたく結ばれたその瞬間から、数十人もの人間にバレてしまい恥ずかしさが爆発したミコ。

そんなミコを困惑しながら諌める石上。

 

そんな2人に対し、『応援し隊』のメンバーから『伊井野さんカワイイ〜』『末永くお幸せにね〜』『ツンデレケンカップル……ああっ尊い……』等と、祝詞が次々と贈られたという。

 

 

 

 

 




例によって散々延びてしまい申し訳ありませんでしたm(_ _)m
石上の告白方法は予想出来た方はそれなりに多いのではないでしょうか?(笑)

告知していた通り、ここで一旦節目を迎えます。
ただこれを最終回にする予定は無く、最低でもあと1話投稿して〆とします。

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