伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~ 作:めるぽん
前々から書くと言っていたものですが、記念日に合わせて投稿する事にしました。
むつこさん(https://twitter.com/tokitomutsuko)の絵を挿絵として使用させていただいております!
秀知院学園生徒会・会計・石上優。
同じく秀知院学園生徒会・会計監査・伊井野ミコ。
数年に渡る両想いを経て、石上の乾坤一擲の告白により、2人が結ばれてから……1ヶ月の時が過ぎていた。
長年の『もしも』の憂いも解消され、この日生徒会室に向かう石上の足取りも軽やかだった。
万が一誰かに見られる可能性を考慮して、スキップしそうになる足を抑えつつ……生徒会室の扉の取っ手に手をかけようとした、その時。
生徒会室の中から、不穏な声が聞こえてきた。
「や……やぁっ……痛い……そ、そんなところダメっ……ああっ……」
部屋の中から聞こえてきたミコの声に、石上の脳内で嫌な光景が過った。
ま、まさか伊井野が!?誰かろくでもない奴に、ろくでもない事……赦し難い事をやられているんじゃ……!?
石上の全身に力が入り、生徒会室の扉が勢い良くバーンと開いた。
「伊井野!?何が有った!?」
最悪の自体を想定し、扉が開くやいなや中に駆け込んだ石上。
──しかし、そんな彼の目に入った光景は、予想の範疇の外で、且つずっと平和なものであった。
勢い良く部屋に飛び込んた石上の目に入ったものは。
『ひろってください』と乱雑に書かれた紙と、空のダンボール。
そして、そのダンボールの中身であったに違いない、バタつく子猫を抱き抱え、困った表情を浮かべている彼女──伊井野ミコの姿であった。
「…………え?」
一瞬、眼前の光景がのみ込めずフリーズした石上であった。
が、彼とて生徒会を3年間経験し、且つ、伊井野ミコという人物をよく知る人間である。
すぐにおおよその事情を察し、自分の想像していたような不埒な出来事で無かったことにひとまず安堵した。
「──まあ、とりあえず、平和な事で良かったわ」
ほっと胸を撫でおろしつつ、石上がミコのそばに歩み寄る。
「で、どういう事情でこうなってるんだ?」
短い手足をぱたぱたしてもがく子猫を、なんとかなだめようとしているミコが、ぎこちない手付きで子猫を撫でつつ石上に視線を向けた。
「さっき、校門の前にこの子が置かれているのを1年の子が見つけたらしいのよ。それでどうしようか悩んで、『生徒会の人なら頼りになる』って友達に言われたらしくて、それでここに持ってきて……」
「で、たまたま生徒会室に居た伊井野が引き取って奮闘中、って事か」
ミコの姿を見れば、『奮闘中』という言葉がぴったりであった。
何せ、いつも絹のように整っているミコの髪は、暴れる子猫に引っ張られたりしたのか、あちこち乱れている。その上、顔には少々の引っかき傷が有った。
仮に傷を付けたのが無垢な子猫の仕業でなければ、傷を付けた相手をどんな手段を使ってでも報いを受けてもらうところであった。
「伊井野、僕が代わるわ。伊井野は購買にでも行って何かコイツが飲み食い出来るものを──」
「ふにゃぁぁぁぁん!」
ミコから世話役を代わろうとした石上の申し出は、ひっかきという返事で子猫に拒否された。
ミコにもあまり懐かない様子の子猫であったが、石上には尚の事拒否反応を示すのだった。
「…………何か買ってくるのは僕がやるか」
「そうね……」
小さい引っかき傷の付いた石上が諦めの境地でそう言うのを、ミコは小さく苦笑を浮かべながら応えた。
「ただいまー」
「お帰り。ほら見て、ちょっとは落ち着いたみたいよ」
数分後、パックの牛乳を買って戻ってきた石上に、ミコは子猫をちょっと突き出して様子を見せた。
心なしか少しぷるぷると震えているように見えるが、確かに先程までのようにジタバタと暴れてはいない。
「まあ、子猫だし体力だってそんなに無いんだから、いつまでも暴れてられないだろ。んじゃ、今の内に──」
石上は、生徒会室の戸棚の中から適当な小皿を取り出し、パックの牛乳を注ぎ込もうとした。
だが、それを遮る声がひと声。
「──ちょっと待って。そういえば牛乳って、そのまま子猫にあげて大丈夫なの?」
ミコの疑問に、石上は目を丸くする。
「……いや、大丈夫だろ?猫ってミルク大好物なイメージだけど」
「そうね。でも、動物に人間用のものを上げると色々と不都合な事が有ったりするらしいわ。塩分が濃すぎるとか、上手く消化できないとか……石上、一応調べてみてくれない?」
「……ん、分かった」
言われてみれば確かに、と思った石上が、スマホを素早く操作して検索してみると……
「え、牛乳だめじゃん」
ネットで調べてみた結果、人間用の牛乳は子猫にとっては『乳糖』が多過ぎる為、上手く消化出来ず体調を崩してしまうそうだ。
「ほら、そうでしょ?もう、気付けたから良かったようなものの──」
憤慨するミコの言葉は、子猫から漏れ出た生暖かいものによって遮られた。
「ちょっ、えっ、え?あ、あーーっ……」
子猫がジタバタするのをやめ、妙に大人しく、かつ少し震えていたのはこれが理由だったのか、と石上もミコも理解した。
ミコに両手で抱きかかえられた子猫から、数滴の『おもらし』がミコの制服にぽとぽとと落ちた。
「……やられちまったな。ほら、ウエットティッシュも買ってきたから。ホントはコイツの身体を拭く為に買ってきたんだけど、買ってきて大正解だったな」
すぐに石上が、購買で牛乳と一緒に買ってきたウエットティッシュでミコの制服を拭いた。
「……ありがと。はぁ……どうしよう」
ミコも石上も、ペットを飼った経験など無く世話の勝手が分からない。
悪戦苦闘ぶりに、ミコはため息をついた。
「まあ、さっき購買に行くついでに、萌葉ちゃんに子猫用のペットフードとか諸々買ってきてもらうよう頼んどいたから。もう少し待てば来るだろ」
3年間生徒会の業務をこなし、有能な先輩方から色々な事を学んだ石上は、バックアップを用意する事も忘れていなかった。
ペスというペットを飼っていてペットショップの勝手を知っていそうな萌葉に、LINEで助っ人を頼んでいたのであった。
数分後。
「石上せんぱいこんにち殺法〜。ん?何ですかその傷?伊井野せんぱいと痴話喧嘩して引っかかれました〜?」
生徒会室の扉の外で、生徒会の後輩・藤原萌葉がニマニマしながら尋ねてくる。
「……いや事情話したでしょ。子猫に引っかかれたんだよ」
「ぷぷっ。『子猫』って。今どき女の子を『子猫』ってww」
「はいはい」
どうしてもソッチの方向に持って行きたがる萌葉を慣れた様子で軽くあしらい、彼女が持参したグッズ諸々を受け取る。
「ありがと、助かったよ」
「はい、確かに渡しましたよ〜。んじゃ、私はこれで」
「え?ちょ、ちょっと」
てっきり居残って手伝ってくれると思っていた石上が面食らう。
猫ではなく犬とはいえ、ペットの飼育経験がある萌葉が居てくれると心強いのだが。
「え?だって私も今日はペスの世話が有りますし。そ・れ・に〜〜」
「な、何だよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらにじり寄ってくる萌葉に後退りする石上。
「……将来の『予行演習』として、お二人で頑張るべきじゃないですか〜?」
「な、なっ……」
石上は、萌葉の言わんとする事を理解してしまった。
というか、先程から頭の片隅で少しチラついている『心当たりの有る事』だけに、すぐに分かってしまった。
萌葉の言う『予行演習』とはつまり。
幼い命を、2人で協力して育てること。それ即ち……
「あ、ちょっと顔赤くなってますよせんぱ〜いww」
「う、うるさいなぁ。と、とりあえず後は僕達でなんとかするから、ほら」
頬をツンツンしてイジってくる萌葉を強引に背中を向けさせ、背を押してその場から去らせようとする石上。
「はいは〜い分かりましたよ。じゃあお二人で『子育て』頑張ってくださ〜い♪」
「ちょっ……」
とうとう包み隠さずダイレクトに言い放ちその場から去っていく萌葉の言葉に、石上はしばしその場で立ち尽くしていた。
それから数分後。
「みゃう……うみゅう……」
ミコが抱えた子猫に石上が子猫用のミルクを与えた事で、お腹が膨れ大人しくなった子猫。
だが『大人しくなった』と言っても、不安そうな鳴き声をあげて周りをキョロキョロしている。
「……やっぱ不安なのかな」
知らない広い部屋に連れてこられれば、人間だって多少は不安になる。子猫なら尚更の事だろう、と石上は理解した。
「そうね。それもあると思う。でも……」
「でも?」
ミコは、子猫のそんな様子を見て、ひとつ思うところが有った。
「……きっとこの子、寂しいのよ」
あちこちキョロキョロしているのは、知らない場所を探索しようというものでは無く。
きっと、探しているんだ。
産まれてそう時間も経っていない自分のそばに居るはずの、自分の親を……
「……伊井野」
ミコに言われて、石上も何となくそうであるという気がしてきた。
不安そうな声は、寂しそうな声にも聞こえる。
一応目は開いているが、まだ開いて間もないような子猫だ。きっと、親が恋しいだろう。
「みゅう……みゃ……」
ここには居ない親を探していると思うと、いたたまれなくなってくる。
だが、やがて子猫は疲れたのか、それとも満腹のせいなのか……歩みを止め、身体が船を漕ぎ始め……その場でごく小さな寝息を立て始めた。
「……寝ちゃったわね」
子猫が眠りについた様子を見て、ミコは一時的に肩の荷が下りたように一気に脱力した。
涙目の1年生の後輩から引き取って今に至るまで、なんとかこの子の面倒を見ようと一際注力していたのは彼女であった。
緊張感が解け、疲れが彼女の小さな身体にどっと押し寄せ……その疲れは、ミコにも子猫と同じく、眠気をもたらした。
「……で、これからどうするよ」
飼うつもりが無いのであれば、保健所に預けるなり、飼い主募集の広告を打つ等の処置をすぐにでも取らなければならない。
だが後者の場合、見つかるまでは一時的に誰かが預かって世話をしなければならないのだ。そうするには準備も色々と必要で、それはなるだけ早い方が良い。
「もちろん、しばらくは私が預かるわよ。私の家なら……私以外誰も居ないし」
父親が高等裁判所裁判官で殆ど単身赴任状態、母親が国際人道団体の職員で殆ど海外に居るが故に、ほぼ常にマンションの一室で独りきりのミコ。
彼女が『寂しさ』という感情を深く理解している事は、想像に難くない。
「……ぜったい、この子に寂しい思いはさせない」
まどろんだ眼でそう言うと、ミコは子猫を起こさぬよう優しく拾い上げ、生徒会室のソファに横になり。
「ほら……私がママの代わりになってあげるから……さびしくないよ……さびしく……ない……」
まるで、寂しさの内に眠りについた子猫に、全てに同調するかのように。
子猫の頭にそっと手を置いたまま……手の中の子猫と同じように、船を漕ぎながら眠りについた。
石上は、そんな様子に何も言わずに、生徒会室に備え付けの毛布をそっとかけて。
ソファに横になるミコと、彼女の手の中の子猫を見守った。
「……疲れてたんだな、きっと」
慣れない子猫の世話に奮闘するのは、きっと心身共に疲れてる事のはずだ。
小さな命の為の、自分の彼女の頑張りに、どこか誇らしさと微笑ましさを覚え、石上の心は充足していた。
────そして、そんな彼女の様子をしばし見守り続けて、数分後。
(……やっば。可愛い)
すやすやと寝息を立てるミコの寝顔を見て、石上は愛情をとめどなく胸から溢れさせていた。
『伊井野ミコは可愛い』。そんな事はもう、とっくの昔から気付いて、分かっていた事だ。なんなら、今でこそ認められる話だが──1年生の頃から気付いていた。
それをなかなか認められない日々が続いていたが、付き合っている今なら、素直に受け止めて認められる。
伊井野ミコは可愛い。それが、子猫というほぼ無条件で非常に愛らしい存在とセットになっているのだから、その威力は計り知れない。
何だ?何だこの状況。
可愛さが渋滞してるよこの空間。可愛さの密度が異常なんだが?可愛さが混ざり合ってビッグバン起きるぞこれ。
可愛さの奔流に流されそうになっている石上の頭の中には、何故か猫耳を生やして『にゃ〜ん』と鳴くミコの姿が浮かんだ。
……いや待て待て、落ち着け、落ち着くんだ石上優。
今までも、こういう場面でひっそり見られてたなんて事がいくつか有った。
もし、こんな風に悶えてる所を誰かにこっそりと撮られでもしたら?
当分はからかいの対象になること請け合いだ。
何せ、僕が伊井野と付き合っている事は既に『見守り隊』の皆様方によって周知済みだ。
これまでがこれまでだけに散々からかわれてきて、最近ようやっと落ち着いたばかりなのに、また再燃してしまう。
……よし、気を引き締めるぞ。
伊井野は、こいつをしばらくは引き取ると言った。
勿論、僕も協力する。だからこれから、子猫の世話の仕方とかを急いで覚えないといけない。
子猫の為にもというのは勿論だけど……伊井野の気持ちに、寄り添ってやりたい。力になってやりたい。
石上は、気を引き締めると同時に新たな決意を固め、反対側のソファに腰掛け子猫の世話について色々と調べ始めるのであった。
────だが、結論から言えば、その知識が役に立つ機会は訪れなかった。
ミコと子猫が目を覚ましてから、約一時間後のこと。
「そういう訳なんです!どうか、私にもう一度チャンスをください!」
石上と、子猫を抱き抱えるミコの眼前で、整った身なりの初老の男性が、涙目で土下座をしていた。
その隣では、ぷりぷり怒った様子の初等部の秀知院女子学生が立っている。
事の経緯はこうだ。
この女子学生が飼っている猫が、どこかのオス猫との子供を産んだ。
だが、『とても子猫たちの面倒まで見きれない』と、女子学生の祖父──この男性が判断。
なんと、子猫達を女子学生に無断で外に捨ててしまったのであった。
しかも、複数匹では引き取られにくいだろうという打算で、1匹ずつに分けた上で、あちこちに捨てて行った。
しかし、その所業を知った女子学生と、その親は激怒。
息子と孫に怒りをもって説き伏せられ反省した初老の男性は、孫と共に子猫の回収に赴いていた。
ある意味幸いな事に、誰にも拾われずに居た子が殆どであったが──今ミコの腕の中にいるこの子だけは、例外だったというわけだ。
「……そんな、勝手すぎますよ」
怒りをなんとかして抑えようと震える声で、ミコが反論する。
「それは承知しております。一度捨てた人間に任せる事に不安を覚えるのも分かっているつもりです。ですが……なんとか、もう一度チャンスを与えてはくださらないでしょうか?
息子や孫に説き伏せられたのもそうですが……子猫が居なくなって、家中探し回る親猫の様子を見て……私もいたたまれなくなって……」
声の調子から、その男性の後悔が嘘ではない事が分かった。
「でも……でも…………」
腕の中で自分を見上げる子猫を見て、ミコは返事に窮する。
やっと、懐いてきてくれたのに。
私なら、この子の気持ちを分かってあげられるのに。
今更出てきて、そんな事を言うなんて。
ミコの胸の中に、やるせない気持ちが充満する。
「おねえちゃん。わたしもちゃんとおせわするから。おじいちゃんにもちゃんと言うから。だから……」
ミコのスカートの端を小さくクイクイと引っ張りながら、初等部の女子学生が懇願する。
──ミコにも分かっていた。
親と会えない悲しみというものが。親と離される寂しさというものが……
今、ここで返してあげれば。
この子はまた、親にも会える。きょうだいにも会える。
寂しくなんか、なくなる。
────それなら、自分のやるべき事は…………
ミコは、意を決した。
「…………伊井野」
「…………何よ。あー、せいせいしたわ。あの子、なかなか懐かなくて大変だったわ」
飼い主に子猫を渡して、子猫一匹が居なくなっただけにしては妙に広く感じるようになった、生徒会室の中で。
伊井野ミコは、らしからぬセリフを吐いていた。
「伊井野……」
「……な、何よ?言っとくけど本当よ?髪も乱されて、引っかき傷も出来ちゃって。あーもう、ほんとどうしてくれるのよ」
そんなつんけんとした事を言うミコの声は、震えていた。
石上には、全てが分かっていた。
石上は、ミコのそばに歩み寄って行き。
後ろから、そっと……ミコを抱き締めた。
「ちょ、ちょっ……」
「伊井野。僕の前では強がらなくて良い。強がり方も嘘も、昔から下手なんだから、分かるぞ、伊井野」
石上の言葉に、ミコは身を震わせた。
ミコがあの子猫を引き取ると言ったのは、何も甲斐甲斐しさだけではない。
自分と同じ、親と会えない寂しさを持った、可愛い生き物。
自分なら、この子の寂しさを分かってあげられる。
この子なら、いずれ私を親として甘えてくるようになってくれる。
私も、家に居る時の寂しさが紛れる……
そんな打算も有って、という事を否定は出来ない。
なのに。
こんなにすぐ、離れることとなってしまった。
本来の飼い主の元に戻ったのは、あの子にとって幸運な事に違いない。
あのお祖父さんも、もう二度と勝手に捨てるような真似はしないだろう。
一度は離されてしまった親にもまた会える。きょうだいとも一緒に暮らせる。
あの子にとって、何も後腐れの無いベストな結末。
────でも、私は。わたしにとっては…………
「……………………さびしい。何よ……こんなの……さびしいじゃない…………」
あの子猫の不運に付け込むようで後ろめたい部分は有ったにしろ、自分の家で過ごす新しい家族が増える、と思っていた。
石上も協力してくれるなら、きっと上手く行く、と思っていた。
それなのに。それなのに……
ミコの眼からは、涙が溢れていた。
そして、ミコはそんな自分に嫌気がさしていた。
あの子のベストな道を、心から100%に喜べない自分が。自分の寂しさが故に後ろめたいた打算が有った自分が。
「私……わたしは……
石上……っ」
寂しさと自己嫌悪で、ミコは涙が止まらなかった。
ダメよ。ダメ。
こんな、後ろめたい打算が有る女じゃ。
石上は、きっと嫌いになってしまう。
でも、私はもう心の内を吐露してしまった。
石上は、昔から妙に察しが良い。気付いちゃう。私の心の中も……
だが、そんなミコの不安を他所に。
石上は、ミコの腰に回していた両手の内右手を、ミコの頭にそっと置いた。
「伊井野。僕が、寂しい思いなんてさせない。これから沢山、ずっと、お前のそばに居るから」
「えっ……?」
「そ……それにさ。もし、もしもだぞ?もしも……一緒に……その、暮らす、なんて事になったら。その……出来るだけ、早くさ……その…………子ど……いや、ペットとかでも良くて。そう言う意味じゃなくて、伊井野が寂しがらないようにって意味で、その」
かつて石上の恋愛相談に乗っていたあの先輩が聞いていれば、冷や汗をかきながら『気色が悪い』と断じそうな言い回し。
本人も途中で気付いて、慌ててしどろもどろに釈明し出す始末。
そもそも、まだ2人は付き合い出したばかり。同棲も、早いし、『子ど(略)』が出来るような行為にもまだ至ってはいない。
あまりに気の早い事を持ち出した事に、慰めるつもりの石上本人も慌て出してしまった。
……だが、そんな冴えない慰めも。
ミコの心には、しっかりと真意が届いた。
石上は、自分の事を分かってくれている。
私の寂しさを、分かってくれている。
そう。そうよ。
石上は……いつだって、私の事を────
「……ふふっ」
いつの間にか涙が止まっていたミコが、笑みを漏らした。
「な、なんだよ」
「……バッカじゃないの。一緒に暮らす……とか、こ、子ど……とか、早すぎるでしょ。なに言ってるのよ、あんた」
そう言いながら、ミコは石上をぐいぐいと引っ張っていき、一緒にソファに座る。
「い、いや僕はお前を……」
「ありがとね、石上」
石上の意図は、全て分かっている。
石上の言葉を遮るように、ミコは頭を石上の胸元にもたげ、心安らかそうに目を閉じた。
「すき。石上。だいすき」
ミコはシンプルに、万感の思いを込めて伝えた。
────先程の、子猫と共に眠る姿の可愛さの奔流。
そして、この自分を殺しにかかってくるかのようなエモい言動。
あまりの多幸感に脳の処理が悲鳴を上げ、この日の石上の記憶がここで途切れたのは、余談である。