伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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第3話 伊井野ミコは教えたい

三学期末 定期考査!

 

秀知院学園高等部に於いて 年5回行われる試験のラストを飾る試験であり

当然その年度の内申点にも大きく作用する 極めて重要な試験である!!

 

ここ偏差値77の秀知院学園に於いて 成績を気にしない生徒など居ない!!

誰しもが執念と事情が有り その高い学力を有している!

知力のみならず情報・人脈・財力全てを用いるのは当然の選択!!

秀才共が知力の限りを尽くして行う仮想戦争……それが期末テストなのである!!

 

それ故に、今まで下位に沈んでいた者が上の順位に上がる為には、並大抵の努力ではままならない。

『努力』とは、漠然と出来る物事ではない。

ひとくちに『努力』と言っても、人に無理強いされ渋々行う努力と、

何か明確な目標を抱き、自らの意志で血の滲むのも惜しまずに行う努力とでは実質別物であり、

後者の方がより良い結果を出せる傾向にあるのは、火を見るよりも明らかである。

 

秀知院学園高等部生徒会会計・石上優は、どちらかというとこれまでは前者のタイプであった。

彼の人生は、辛口に表現するなら『失敗の連続』。

結果の伴わない現実に直面し、努力というモノに対して、半ば希望を捨てていた。

 

……だが、今は希望を捨てている場合ではない。

自分の面倒を見てくれる怖いけど何だかんだ優しい先輩と、

学力とそれに伴う成績・そして自信を付け、振り向かせたい先輩が居る。

 

お世話になった先輩の気持ちに応える為。恋い焦がれている先輩に認めてもらう為。

石上は、来月に迫った三学期末試験に向け、今までよりも遥かにやる気を持って望む所存で居た。

本番までまだひと月以上有るが、本気でやるならそれくらい前からは勉強しておかねばならないというのは常識である。

 

そして都合の良い事に、生徒会役員の特権として、自習室を優先利用出来るというモノがある。

生徒会室ではワ◯ワ◯パ◯ックなあの人が居るし、自分の部屋では何かと誘惑も多い。

あまり独占するワケにもいかないが、今まで利用してこなかった自習室、少しは利用してもバチは当たらないだろう。

 

そういった経緯もあって、石上は今日も放課後、自習室にて勉強をしていた。

秀知院学園の自習室は様々なタイプが有り、完全個室のタイプや、数人で教え合いながら利用できる大きな卓のタイプも有る。

石上は今、後者のタイプを利用していた。

……そう、彼は一人でここに来ているワケではないのである。

隣には、彼の勉強を見てくれる存在が居るのだ。

それは勿論、今まで石上の勉強を見てきた副会長・四宮かぐや!

 

……ではなく!

 

「ほら、ここ間違ってるわよ石上。この前の授業でやったばかりでしょ、ここ」

 

秀知院学園高等部1年4期連続1位の才女にして、生徒会会計監査・伊井野ミコであった!

 

「(……どうしてこうなったんだろ)」

 

かぐやではなくミコが石上の勉強を見る事になった経緯は、数日前に遡る――――――――

 

 

月が変わり、2月へと突入した伊井野ミコの高校1年生としての学園生活。

今、彼女は重大な問題に直面していた。

 

常日頃取り締まってきただらしのない不良(少し前までのミコ評)・石上優が、

密かに思い続けてきた『ステラの人』であると気付いてしまったのだった。

どうすれば良いか分からず、とりあえずは『今まで通りの態度でいる』事に決めたのであったが、

この前の一件で、それは無理なことであると悟ってしまった。

 

今までより、石上の事が良く見えてしまう。

前髪が長すぎるけど、その奥から見える視線。

その視線が、実は今まで自分の頑張りをしっかりと見ていてくれた事を知ってしまった今となっては、その視線をどうしても意識してしまう。

 

どうしよう。どうしようどうしようどうしよう?

このまま、石上の事を意識していって。

もっと石上の事が良く見えてしまってきて。

……もし、もしも!前まで『ステラの人』に抱いていたのと同じ感情を、抱くようになってしまったら!?

 

そうなったら、私はどうすれば良いんだろう。

――――だって、石上にはもう……

 

自宅の自室で、激しく気落ちするミコ。

その気落ちはストレスとなって思考を乱し……

翌日、そんな思考からミコの頭脳が導き出した新たな答えは!

 

 

「(……そもそも、本当に石上がステラの人なの?)」

 

 

コペルニクス的転回!

 

『石上優がステラの人ではないということにする』事であった!

 

確かに、あの日生徒会室の外で石上と四宮副会長が、かなり核心に近い話をしていたのは聞いてしまった。

……だが、本当に『石上が自分にステラの花とメッセージカードを贈った』んだろうか?

 

それはひょっとして、他の悩める女子に贈ったとかで!

私に贈ってくれたのは、別の人かもしれない!

 

――そう、可能性は有るわよね!?

そう、まだ『石上が自分にステラの花をくれた人』と信じるには早かったのだ。

 

ここはやはり、何とかして確かめなくてはならない。

 

しかしどうしよう?どうやって確かめよう?

 

……一番良いのは、石上に直接『アンタが中等部の頃私にステラの花とメッセージをくれたのよね?』と聞いてしまう事。

だが、もし『そうだ』と答えが返ってきた場合、本人を目の前にして、どんな反応をすれば良いのだろう?

ガッカリするのも失礼だし、喜んだら変な勘違いをされてしまうし……

 

ここはやっぱり、自分一人のみが気付けて、石上含む他の人には気付かれないような方法で調べてみるしかない。

それならば……

伊井野の頭脳は、最適解を導き出す為に激しく回り始めた……

 

 

 

そして。

 

 

「えっ?伊井野さんが石上くんの勉強を見る?」

 

場面変わって、生徒会室。

今しがたのミコの発言にキョトンとしているかぐやと、『突然何を言い出すんだ』といった表情の石上が居た。

 

「ええ、違う学年の四宮副会長よりも、同じ学年の私が見る方が無駄が無くて適切だと思うんです」

 

この提案は、元々計画していたものではない。

たまたま生徒会室に立ち寄った時、中から石上とかぐやの声が聞こえてきてハッと立ち止まり。

少し開いていた扉の隙間から、石上がかぐやに勉強を教わっている様子が見えてしまったのだ。

その光景を見た時に、ミコの脳内で妙案が浮かんだのである。

 

「伊井野さんに任せる……ですか」

 

かぐやにとって、それは悪くない話であった。

断っておくが、断じて面倒になった訳ではない。

天才少女たる四宮かぐやにとって、石上の勉強を見てあげる事自体はそれほど重荷ではない。

……だがかぐやには、どうしても渡米前に果たしたい野望が有った。

 

『一度でいいから、会長に試験の点数で勝ちたい』。

 

本気を出して尚、試験の点数で一度も白銀に勝てていないかぐや。

スタンフォードに行っても、きっと共に切磋琢磨する事になるのは予想が付くこと。

だが、それとは別に……どうしても、高校在学中に白銀に試験の点数で勝っておきたい。

プライドの問題だけではない。この先も、白銀御行を隣で盤石に支え続けられる女であるという事を証明してみせる為にも、一度でいいから、勝ちたい。

 

それには、一分一秒の勉強時間も惜しい。

そうなると、決して言い訳にはしたくないのだが……学年の違う石上の勉強を見る事は、多少のロスになる事を否定し切れない。

もし、もしまた敗北してしまった時、『石上の勉強を見ていなければひょっとして』などと振り返ってしまうのは嫌だし情けない、と心のどこかで思っていた。

 

――――ただ、四宮家たる者、一度引き受けた事はそう易々と撤回したくはないし、

何より自分本位な理由で、なんやかんやで可愛い後輩の学習を適当な人間にバトンタッチしたくはない……と心に決めていたのであった。

 

だが、目の前に居るこの後輩・伊井野ミコならばどうか?

4期連続1位を堅守する程の才女であり、石上と同学年かつ同クラス。

それだけ見れば、適任な事この上無いと言えよう。

『石上との仲』という無視出来ない不安要素は有るものの、自分から申し出るくらいだ、そこは上手くやる見立てがあるのだろう。

 

一度試しに任せてみて、やはり上手く行かないようならまた自分が担えば良い……

 

「……そうですね。では伊井野さん、お任せしてみても宜しいですか?」

 

「ええっ!?」

 

石上が抗議の叫び声を挙げる。

 

「あら石上くん、あなたと同じ1年生の伊井野さんなら、私より効率良くあなたに教えられると思いますよ?それに……」

 

ほぼ真顔だったかぐやの表情が、ニッコリ笑顔に切り替わる。

 

「私の見立てを、信用出来ませんか?」

 

怖い怖い怖い怖い。

生徒会一の洞察力を持つ石上には、その笑みの奥に潜む威圧感がハッキリと感じ取れた。

逆らったらアカンやつだ、コレ。

 

「……分かりました」

 

かぐやが同意した以上、従う他道の無かった石上であった。

 

「決まりですね。じゃあ私、自習室の予約取ってきます」

 

決まるや否や、ミコは生徒会室を後にし自習室の予約を取りに走っていった。

 

 

という経緯が有り、現在に至る。

 

 

 

「……で、伊井野」

 

「?何よ?」

 

「どうして僕の勉強見るなんて言い出したんだ?」

 

「…………せ、生徒会の一員であるアンタが情けない点数じゃ皆に示しが付かないでしょ。生徒会役員はみんなの模範にならなきゃいけないんだから、下手を打って留年なんかしたら目も当てられないわよ」

 

石上としては、すんなりとは納得出来ない理由であった。

先日知った通り、自分の高等部進学に関して陰ながら働きかけてくれていた事は事実だ。

だが、試験勉強について何かしら世話を焼いてくるような素振りは一度も見せて来なかったはずだ。

それに……

 

「あんまり僕と生徒会の仕事以外に一緒に居ると」

 

「それは気にしてない。勉強って、自分との戦いなんだから。周りの雑音を気にしたらダメ。アンタも、気にしなきゃいけないのは周りの雑音よりも自分の点数でしょ」

 

「……まあそうだけどさ」

 

流石学年1位、勉強に関しては言う事が……って、違う違う。

心配してるのは、それだけじゃない。

 

四宮先輩は……思ってたよりも色々とアレだけど、能力で言えばスーパーエリートそのもの。

きっと自分の勉強を見る事も、自分が思っているほど負担にはなっていないのだろう、と思えた。

 

だが、隣に座るこの同級生はどうか?

学年1位を堅守し続けている所は確かに尊敬出来るが、

随所で『根を詰めすぎ』感が見え隠れしていて、死ぬ寸前に縋るような妙な音源に癒やしを求める危なっかしい奴だ。

そんなコイツが、僕の勉強を見る余裕があるのだろうか?

……まあ152位の自分が、1位の人間を心配する事などおこがましい事かもしれないが。

 

「ほら、私の心配してる暇が有ったら、教えた通りさっさと解きなさいよ」

 

こっちの気も知らないで。

石上は心の中で少しムッとしたが、まあ勉学に関してはやはりこちらが心配するような事は無いのかもしれない、と思い直す事にした。

 

 

「……やっべここ、全然分かんねえ」

 

「もう、コレもこの前の授業でやったばっかでしょ。ここはこういう意味で……」

 

「あー、そういう事だったのな。あの先生、言い回しが独特すぎて半分くらい何言ってるか分かんねーんだよ」

 

「アンタの学習意欲が足りないだけよ、もっと真剣に授業に取り組めば……」

 

 

 

――――などと、2人がごく自然な『放課後の勉強会』をやるようになってから。

 

数日が過ぎた!

 

その間 特に何も無かった!

 

……いや、これまでの2人の関係を考えれば、

『特に何の問題も無く数回勉強会を行った』事自体が『何か起こった』も同然かもしれない。

 

分からない箇所を聞く石上。

時々石上の学力に対してぼやきながらも、実に的確な教えを授けるミコ。

 

『石上の勉強を見る』というミコの計らいは、ここまで実につつがなく進行していた。

 

……が、ミコが考えている『本当の思惑』は、未だその影を見せていなかった!

石上は、頭の片隅に『何か別の思惑が有るのではないか』と未だ訝しんでいた。

だが、これまでのミコに怪しげな点や不可解な点は微塵も見られなかった。

この前の『熱が有った』時のように、妙なリアクションも無く、普段通りのツンツンした、それでいて義理堅く真面目な態度。

 

「(……本当に僕が心配で言い出してくれたのかな?)」

 

警戒心が強く洞察力の鋭い石上も、だんだんと心の中の疑問は薄らいできていた。

 

 

――――ミコの思惑通りに!!

 

そう、ミコはしっかりと真の思惑を為し遂げている最中であった!

 

「じゃあ、今日もやるわよ。はい、コレ。制限時間は10分ね」

 

もう手慣れたものと言わんばかりに、ミコがお手製の一枚の用紙を石上に渡す。

それは……

 

「はー……漢字、僕苦手なんだよな……興味持てないというか、細かく覚えなくてもパソコンで充分というか」

 

漢字テスト!!

 

石上はいわゆる『5教科』の中では、強いと言えるのは数学のみ。

それ以外は不得手としているが、特に真逆に位置する国語や英語は壊滅的であった!

それ故、ミコがこうして毎回のようにお手製の漢字テストを石上に解かせている。

それ自体は、何ら不自然な事では無い。

 

が、その中に出題されていた問題にこそ、ミコの思惑が隠されていた!

 

 

10分後。

出された問題を解き終わった石上が、ミコに用紙を見せる。

 

「はい。じゃあさっきやった英単語のテストとも合わせて採点するから、ちょっと待って……」

 

「伊井野」

 

「な、何よ」

 

「……何で毎回、わざわざ別のところに行って採点するんだ?」

 

「あ、アンタが隣に居ると採点に集中出来ないからよ。アンタの特に苦手な分野なんだし、万が一採点ミスなんてして間違って覚えさせたら大変でしょ」

 

「……一理あるような無いような」

 

このミコの言い分。真面目な彼女の事である、もちろん……

 

 

嘘 で あ る

 

 

この女 本当の思惑を隠している!!

いくら最近石上の事を気にしてしまうような出来事が有った彼女でも、自分の出題した小テストの採点など別に問題無く出来る事である。

当然、ミコには本当の思惑が有った。

 

自習室から、少し離れたとある部屋。

ここには、生徒なら誰でも無料でいくらでも(と言っても、暗黙の了解で限度というものは有る)使用出来るコピー機が有る。

自習室から離れたミコは、採点前の石上の解答用紙を、周囲の視線に気を張りつつコピーしていた。

石上に採点して返す用紙とは別に、コピーされた用紙をこっそりと、制服のポケットに忍ばせた……

 

そして、数分後。

 

「はい。まあ、0点じゃないだけマシって感じかしらね……」

 

優等生のミコからすれば、半分にも満たない点数など0点とさほど酷さに違いは無いという認識であった。

 

「……まあ、いくつか簡単なのも有るからな。今回ならこの『君』とか……」

 

ミコの体が、一瞬ビクッと反応した。

……ような気がしたが、表情はいつもと変わりないように見える。気のせいだったのだろうか。

 

「む、難しい問題ばかりじゃ、何が出来て何が出来ないか、アンタの理解度のラインが分からないでしょ。だから簡単なのも少しだけ混ぜて判断してるの」

 

自分のレベルの低さに応じて、そこまで考えてくれていたのか。

石上は、今度はすんなり納得してしまった。

 

だが、この理由ももちろん……

 

 

嘘 で あ る

 

 

いや、あながち嘘とは言い切れないかもしれない。

確かに、やるからには成果を出させたいという事も有るし、理解度のラインを探るという思惑も、なくはない。

だが、隠された別の思惑こそが、ミコの本命であった。

 

「じゃあ、時間も遅くなって来たし今日はここまでよ。家でもしっかり……とまでは期待してないけど、少しくらいは勉強しなさいよね」

 

「言われなくても心配ねーよ。頑張らなきゃこれ以上……順位上がらないしな」

 

 

本 気 で あ る

 

 

この男 前回以上に本気で試験に取り組む所存である!

 

自分の事を嫌っているはずで、自分の勉強も手一杯のはずの伊井野が。

こうして、ちゃんと放課後律儀に勉強に付き合ってくれている。

これでもマシな順位を取れないようであれば……自分の本気や学習能力に、いよいよ希望が持てなくなってしまう。

それに……勉強を見てくれた伊井野の顔にも、ドロを塗る事になってしまう。

 

頑張り屋のアイツが、自分のせいで悪評を受けるような事は有ってはならない。

今回は何としても、真ん中以上の順位を狙う。

『出来る』と『出来ない』で大雑把に2つに区切った時、ぎりぎり前者に滑り込めるのが『真ん中以上』という位置である。

『出来る』と言える位置に滑り込む事。全体的に言えば志は高くない目標であったが、石上にとっては大きな目標だった。

 

 

かくして、その日の勉強会は幕を閉じたのだが……

 

その晩。

 

ミコは、自室の机の上に、ここ数日の間にこっそりコピーして持ち帰ってきた、石上の漢字小テストの用紙数枚を広げた。

そして……あのメッセージカードをその上にそっと置いた。

『君の努力はいつか報われる』と書かれた、ミコがステラの花と共に大事にしているあのメッセージカードである。

 

ミコが出題した漢字テストの中にいくつか含まれていた、他の問題と比べたら簡単な問題。

例えば、1回目の小テストではこんな感じであった。

 

 

【次の()内のカタカナを漢字で記入しなさい。】

 ・

 ・

(3)会社の(カイケイ)処理を任される。

 ・

 ・

 ・

(7)(ドリョク)が実を結ぶ。

 

 

 

また、2回目にはこんなモノが有った。

 

【次の()内のカタカナを漢字で記入しなさい(送り仮名がある場合は、送り仮名も書くこと)。】

(1)(リョウリ)を沢山食べる。

 ・

 ・

(4)頑張りが(ムクワレル)。

 

 

3回目のはこんな感じであった。

 

 

【次の()内の漢字の読みをひらがなで記入しなさい。】

 ・

 ・

 ・

 ・

(5)試験(勉強)を頑張る。

 ・

 ・

 ・

(9)(何時)か旅に出てみたい。(※『なんじ』ではない)

 

 

 

 

……もう、お気づきであろう。

ズバリ、『石上の勉強を自分が見る』と言い出した、ミコの本当の思惑は!

 

『漢字テストで筆跡鑑定作戦』である!!

 

本当に、あのステラとメッセージカードを贈ってくれたのが石上なのかどうか。

ミコは、ハッキリとした確信を得たかった。

一番良いのは、本人に聞いてしまう事だが、それは結果次第では気まずい事になりかねない。

ならばと思い付いたのが、『石上にもう一度同じ内容を書かせてみる事』。

だが、これも慎重にならなくてはいけなかった。

もし、直接的に『君の努力はいつか報われるって書いてみて』などと頼もうものなら、いくら何でも気付かれてしまうだろう。

 

ならば、どうすれば良いか?

そう悩んでいた時に、生徒会室の開きかけていた扉から、かぐやが石上の勉強を見ている事を知ってしまった時に思い付いたのがこの方法!

『テストという題目で書かせる』法であった!!

 

それも、ただ書かせるだけではない!

複数回に分け、順番をバラバラにして、ダミーとしてより簡単な問題を1、2個混ぜておく!!

石上の妙なところの鋭さを最大限警戒し、ゆっくりと焦らず、しかし着実に事を運んでいたのであった!!

 

そして、今日の漢字テストで最後のパーツを埋め、いよいよ『照合』の時と相成った。

じっくりと、しっかりと見比べること数分。

ミコの出した結論は。

 

 

 

……いや、こうなる事は解っていた。

当たり前の結果すぎて、むしろ笑えてくる。

 

『確かめたかった』なんて建前だ。

もう、今までのような目でアイツを見れなくなるのが嫌で。

もう、今までのような態度でアイツと接する事が出来なくなるのが怖くて。

『まだ100%決まったワケじゃないから、アイツがくれたワケじゃないかもしれない』という大義名分を、自分の心の中で掲げたかっただけ。

そうしないと、またアイツの前で……疑われるようなリアクションを取ってしまいそうだったから。

 

 

――――バラバラに書かれた石上の回答と、あのメッセージカードの字は、

偶然と言うにはあまりにも無理が有るというほど、筆跡が酷似していた――――

 

 

 

そして、ミコが改めて現実を思い知らされて迎えた翌日。

時は放課後。またも石上とミコは、自習室の卓に着いていたのだが……

 

 

「……なあ、伊井野」

 

「……なによ」

 

「お前、寝不足だろ」

 

石上ほどの観察眼を持ち合わせていなくとも、その事実は察する事が出来た。

目の下にクマらしきモノを作り、いつもの元気も無く、少しフラついている。それが今日一日のミコであった。

 

当然である。心のどこかで否定したかった事が、改めて現実であると確たる証拠で思い知ってしまったのだ。

早めに床についたミコであったが、頭の中はこれからの悩みで満ち満ちて、一睡たりとも出来てはいなかったのだ。

 

「今日は僕一人でやるから、お前早く帰って……」

 

「……だめよ。あんたそんなこと言って、じぶんじゃ勉強しないでしょ」

 

改めて、石上があの『ステラの人』であると悟ってしまったミコ。

だが、だからと言って石上を避けるような事はしたくなかった。

 

『ステラの人』だから、一緒に居るのは何だか複雑。

けれど、『ステラの人』だからこそ……何か恩返しをしたい。

向こうが、気付かなくても良い。

自分が恩返しをしたいだけ。自分の自己満足なだけ。

 

――――決して、これからどうにかなりたいワケじゃない……

 

「はい……これ今日のぶんね……いつも通り制限じかんは10分」

 

ミコが、またお手製の漢字小テストを渡す。

本当の思惑が達成されたからといって、いきなり辞めては不自然に思われてしまうかもしれないと考えたからだ。

 

「はいはいっと……じゃ、やるとするか」

 

石上は、渡された漢字の小テストに取り組む。

 

あれ、今日は昨日までみたく妙に簡単な問題が混じってないな……

出来る出来ないのラインは測り終えたって事か?

まあ、僕は出来る事をやるだけ。毎日教えてくれてるコイツの為にも、少しはマシな点を取ってみせないと……

 

 

そして、時が経つこと数分。

これまでは、石上が小テストを解いている間はスマホのストップウォッチアプリにて時間を計りつつ、自分の勉強をしていたミコ。

だが、今日のミコはもう、そのどちらもまともに出来ない状態であった。

小等部から今日に至るまで、毎日規則正しい生活をし、勉学へのモチベーションを以て勉強に取り組めていたミコ。

そんな彼女が、一睡たりとも出来ていなかった事など今まで一度も無かった。

だが、今日はその一度も無かった事を経験してしまった。

元々体力が平均的女子の半分ちょっとしかない彼女が、不本意な初めての徹夜などしてしまった場合どうなるか。

明白である。ここに来てとうとう、眠気の限界が来ていた。

ペンを動かす事も、残り時間を確認する事も出来ず、本能のまま閉じようとする瞼を、半分寝ている頭で必死に開こうとしていた。

だが、人間の三大欲求の内のひとつと言われる睡眠欲には、抗う事は容易ではない。

小テストに集中している石上は気付けなかったが、

隣に座るミコの頭が、ふらり、ふらりと揺れ始めてきていた。

 

そして……

 

「(……おかしい、まだ時間が有るか?体感的には16分くらい経ってるような)」

 

いつもはスマホのストップウォッチアプリのアラームが鳴り、ミコが『はい、そこまで』とタイムアップを告げてくれるのだが、今日はその声がなかなか聞こえてこない。

思い出せそうで思い出せない漢字を思い出そうと必死で思考を巡らせていたが、ふと気付くと、今日はどうにも制限時間が長い気がする。

……何だか眠たそうだったし、ひょっとして時間のカウントを間違えたりしてないか?

そう思って、隣に座るミコに声をかけた。

 

「なあ、伊井――――」

 

 

コトン――――

 

 

石上の言葉が、そこで途切れた。

とうとう睡魔に呑まれ、その場で眠りについてしまったミコの頭が、

今まさに、石上の右肩に柔らかくもたれかかって来たのだ。

 

 

「(……ちょっ……待っ……おまっ……)」

 

石上の脳内の歯車が、各自好き勝手に互い違いに動き始めたかの如く乱れる。

 

これ、アレじゃん。アニメやラノベとかでデートの帰りに電車内とかで遊び疲れたカップル(大抵女側)がやるやつじゃん。

いきなり何やってんだよ?どんな不意打ちだよ。宝箱開けたらいきなり竜に津波されたアレくらいのレベルの不意打ちだわこんなん。

 

歯車の狂い始めた石上の思考が乱れていく。

当然、男女交際どころかそもそも女子との関わりが少ない石上にとって、少女が自分の肩に頭を預けてくるなど初めての経験である。

ヲタクである石上は当然このようなシチュが含まれた作品もいくつか見ているし、そういうシーンに嫉妬したり、或いは憧れたりする事も有った。

こんな自分にも、いつかこういう事する相手が――――と、夢想を頭の中で広げた事も一度か二度くらいはある。

だが、その相手を思い描く時、流石に伊井野ミコをモデルに選ぶような事は決して無かった。

 

だって、コイツはいつも僕の生活態度を目の敵にして、ぎゃいぎゃいうるさく言ってくる奴で。

僕の事は不真面目な不良程度にしか思ってないはず。絶対、そんな仲になる事など有り得ないだろう。

 

だが、現実には今、その伊井野ミコが、自分の肩に頭を預け、すやすやと寝息を立てている。

 

何故かは分からない。だが、石上の視線はミコの顔に釘付けになっていた。

普段なら、こんなまじまじと見つめれば顔をムッとさせて『何よ?』と突っかかってくるだろう。

しかし今のミコはそんな事はなく、彼女の真面目さが表れているかのような綺麗なリズムで静かに寝息を立てている。

 

何だコレ。どうすりゃ良いんだコレ。

ていうか最近のコイツどうしたんだ一体。突然お礼言ってきたり、こんな事してきたり……って、コレは意図的じゃないだろうけど。

……ていうか、何で……何で僕は……

 

実際、伊井野ミコは客観的に見ても『そう見える』だろう。

綺麗なさらさらの髪。大きくて力強い意志の込もった目。幼さが少し残る端正な顔立ち。保護欲とでも言うべき使命感も湧くような、『女子だからこそアリ』と言える小柄さ。

文化祭では、他校の遊び慣れてそうな男子共にナンパもされていた。

 

だが、小等部からという長い付き合いであり、かつこれまで互いにギスギスし合ってきた石上からは、なかなかそうは見えなかった。

――――いや、ひょっとして。

いつぞや会長に対して『無くはない』などと言ってしまった辺り……そう見えてても、認めたくなかったのかもしれない。

 

今、自分の肩に頭を預け静かに眠るこの、綺麗でさらさらの髪で、目が大きくて、幼さが残るが端正な顔立ちの小さなこの少女に対して。

『かわいい』という感想を抱いてしまった事を、否定出来なかった。

 

「(いやいやいやいやコレはそのアレだ最近のコイツのおかしさが僕にも伝染っただけというか眼科行くべきかそれとも脳外科行くべきかていうか死にたいというかあーもうあああああああ)」

 

僕には今、好きな先輩が居るのに。

アレだぞ?僕の事を嫌ってる、クソマジメで融通の利かないこっちのフォローにも気付かない(そこは僕もそうだったけど)あの伊井野だぞ?

それがちょっとこうして来ただけでかわいいと思うとかどうよ?

まるでアレじゃん。好意がふらつくラノベのハーレム優柔不断野郎じゃん。んで叩かれるヤツじゃねーか。

 

あーないない。伊井野がそんな風に見えるとか有り得ない。っつーか有ってはならない。

 

落ち着け落ち着けと、石上は懸命に自己暗示をかける。

そして、徐々に冷静になっていき……思考も、彼らしいモノが戻ってくる。

 

「(……っていうか、心配するべきは僕の心情なんかじゃないわな)」

 

冷静になって、今自分とミコが置かれている状況を思考する。

こんな光景を、他のヤツらが見たら……

 

「(……ちょっとアレ、何?あの2人)」

 

「(何か最近、放課後いっつも居るよね、あの2人)」

 

「(マジ?じゃあ伊井野さんって石上なんかと……?)」

 

あーほら、ちょうど聞こえてきたよ。

僕の事『なんか』って言うからには同じ1年だろ。普段の僕と伊井野の関係見てるだろお前ら。お前らの中ではくっついてたら無条件でカップルか。

 

……でもまあ、こうして噂というものはひれを付けて回っていってしまうものだ。

嫌っている僕なんかと出来てるなんて噂流されたら、伊井野は絶対困るはず。

ここは起こすべきか?

だけどなあ……コイツ今日は明らかに睡眠不足だったし。

いっつもいっつも根を詰めすぎってくらい頑張ってるんだから、少しくらいは寝かせてやっても……

 

……でも、もし起こさなかった事が後でバレたら!

 

『(ちょっと石上。なんで起こしてくれなかったの?

 ひょっとしてアンタ……私と噂されたかったの?

 うわっ……いくらキモくてモテないからってそんな……

 やっぱり……生理的に無理)』

 

石上の脳内で、ミコが真顔で鬼のように罵ってくる。

 

これは当然として……っていや、やっぱキツい。

普段のコイツの様子を見れば、このまま少しくらい寝かせてやりたい。

けど、起こさなかったら変な噂立てられるし後でキツい事言われそうだし。

 

どうすれば良いのか……?石上は地頭の良さを最大限フル稼働させ、この場の突破方法を模索し始めた……

 

 

――――1時間後――――

 

 

ピピピピ……ピピピピ……

 

ミコのスマホから、ストップウォッチアプリのアラームが鳴り響く。

 

「……ふあっ!?あっ……!私、寝ちゃって……」

 

いつの間にか、机に突っ伏して眠ってしまっていた。

なんて失敗だろう。学校は勉強する所であって、寝る所なんかじゃないというのに。

慌てて起きて辺りを見回すミコ。

時間も遅くなった為、もう周りに殆ど人は残っていない。

そして、自分の隣に居たはずの石上も……居なくなっていた。

 

「(アイツ……私が寝ちゃったのを良いことに帰ったのね!)」

 

あのサボり魔め、と心の中で石上に毒突くミコ。

 

が、ここでミコは自分の状況に気付いた。

身体を動かした時の感覚が、何かいつもと違う。

ふと、自分の身体を見てみると――。

 

「(あれ?これって……)」

 

ミコの身体には、男子用の制服と思われる学ランが掛けられていた。

 

これって、もしかして……。

 

そして、机の上をふと見てみると。

記入を終えた小テストの上に、ノートを千切って作ったと思われる書き置きが1枚、置いてあった。

そこには……

 

【アラーム設定して起きれるようにしとくけど お前タフじゃないんだから睡眠はしっかり取れよ】

 

……どうして。

どうしてこんな事するの?

そもそも誰のせいで、寝不足になったと思ってるのよ。

 

でも……

 

名前こそ無いし、書き置きにそう書いてあったワケでもない。

しかし、この学ランは石上のモノだろうという確信が、ミコには有った。

ちょっと前まで石上が着ていた事による確かなぬくもりが、その身に伝わってくる。

そして……石上が『ステラの人』と知ってしまった、今なら分かる。

ぬくもりだけではなく、『風邪をひかぬように』という気遣いが込められた、石上の優しさも伝わってくる事が……。

 

やっぱり、アイツはそうなんだ。

いつも腹立つ事言ってきたり、生活態度がだらしなかったりするクセに。

私の気付かない所で……優しい。

 

これって。こういうのって。

 

『(見返りを求めないピュアな想い……これこそが本当の愛の形なのよ!)』

 

少し前の自分の発言を思い出すミコ。

石上優が、知らず知らずの内に自分にしてくれていた気遣い。

それはまさに、少し前の自分が力説していたそれと正に同じではないだろうか。

 

どうしよう。どうしようどうしようどうしよう?

一番辛かった頃、私を励ましてくれたアイツ。

今も、裏では私を気遣ってくれてるアイツ。

 

私は、アイツを……

 

――――これから、どう思えばいいんだろう。

 

だって、アイツには、もう……

 

様々な想いが、ミコの脳内に満ちてゆっくりと渦を巻いていた。

 

 

 

 

一方、時は少し遡り――――

 

 

「(……アイツが寝不足だなんて、珍しい事も有るもんだな)」

 

なんとか窮地(?)を脱してみせた石上が、ひとり帰路を辿っていた。

 

結局、あの状況で出した結論は。

自分の肩に預けられたミコの頭を、ゆっくりと動かし机に伏させる形にして、しばしの間そのまま寝かせてやる事を選んだ。

もちろん、適当な時間に起きられるよう、止まっていたストップウォッチのタイマー(ちなみに、残り35秒の所で止まっていた。ウトウトして手が触れて止まったんだろう)を1時間に設定し直した上でだ。

 

石上にとっては、綱渡りの作業だった。

何せ、頭を動かそうとした瞬間に目を覚ましでもしたら!

 

『(……うわ、アンタ、私の頭持ち上げて何しようとしてたワケ?

  いくらモテないからって、寝てる女子の無防備な所を狙うなんて……

  やっぱり……生理的に無理)』

 

「(……みたいなキツい事言われずに済んで助かったわ……ってか、やっぱり寒いな)」

 

寝ているミコに、学ランを掛けていったのも当然彼である。

今は2月。学ラン無しでは、やはり少し寒い。

けど、自分の勉強を見てくれたアイツが風邪を引くよりは……

 

しかし、最近の伊井野はなんというか……様子がいつもと違う事がちょくちょく目立つ。

熱出して僕にお礼言ってきたり、寝不足の果てにあんな事してきたり……

 

石上の脳内で、ここ最近の『様子のおかしい伊井野』の姿が浮かんでくる。

顔を赤らめて、少し詰まりながらもお礼を言ってくる伊井野。

自分の右肩に、頭を預けて眠りこける伊井野……

 

そうしたミコの姿を思い浮かべた時。

石上の頭の片隅に、またもおかしな感想が浮かぶのであった。

 

いやいやいやいやいやいやいやいや。だから何でこんな事思う?

そりゃ、確かに伊井野は……多分、悪くはない見た目をしてるとは思う。

けど、あんなに小うるさいヤツを。単に僕を手間のかかる不良くらいにしか思ってないはずのアイツを。

何でちょっとでも『かわいい』とか思うんだ?

思ってどうするんだ?

 

第一、僕には好きな先輩が居るってのに。

そういう気持ちは、一筋じゃないと。

あっちこっちに好意を向けても許されるのは、ラノベの中のハーレムチート主人公くらいだってのに。

リアルでやったら、ただの浮気者じゃんか。

 

いや、これは違うって。

僕の高等部進学を手助けしてくれていたって事実を知ったのと、

僕の勉強を見てくれるだなんて気遣いを見せてくれた事が重なって、変な補正でそう見えただけだろ、多分……

 

「(……っていうか、今そんな事考えてる場合じゃないんだよな、多分)」

 

そう。せっかく、睡眠不足を押してまで自分の勉強を見てくれているのである。

余計な事を考えて勉強出来ず、またロクな結果を出せませんでした、では、アイツの努力も無駄になってしまう。

そうならない為にも。そして、あの人に少しでも自信を持って告白する為にも。

 

期末考査は、意地でも、絶対に結果を出さなければならない。

 

帰ったら、今日の授業で聞いた所と、伊井野に教わった所を復習しよう。

アイツの頑張りが無駄じゃなかったと証明出来るのは……僕が結果を出す事以外に無い。

 

石上は、自分と、そしてもう一人の為に決意を新たに固く誓った。




・『ここ偏差値77の』~『それが期末テストなのである!!』は、ご存知の通り原作30話9ページ目・10ページ目からの引用です。
・あのタイプの女子制服にポケットが有るかどうかはわかりませんが、有る事にしておいてください(笑)
・肩に頭を預けちゃうシーンは当初は入れる予定は無かったのですが、某絵から発想をいただきました。ありがとうございました!

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