伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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今回は存在だけ明らかになっている伊井野家家政婦を、独自の解釈で登場させています。
少しでもオリ要素が苦手な方はご注意ください。


第4話 伊井野ミコは贈りたい

私はとあるプロの家政婦。

この伊井野家にもう10年勤めさせてもらっているベテラン。

……と言っても、ご主人様は高等裁判所に勤務しているが故、全国8箇所を転々としているし、

奥様も国際人道支援団体に勤めていて海外を忙しく飛び回っており、殆ど会った事は無い。

勤め先のマンションで会うのはいつも、一人娘の、高校生になる女の子だけ。

 

え、私の名前?そんなのはどうだっていいじゃない、あなたに教える気は無いわ。

そんな事よりも大事なのは、その一人娘がもう完璧少女って感じで可愛げが無い事よ。

幼い頃から見てきてるけど、まあ優等生を絵に描いたような感じで、何というか世話の焼き甲斐が無い。

学校の成績もトップを取り続けてるようだけど、喜んでるようにも見えないから褒める気もしない。

料理くらいかしらね、やり甲斐が有るのは。小さな体に見合わずもりもり食べてくれるし。

 

そうそう、料理といえば、もうすぐバレンタインデー。

毎年、バレンタインデーには一応その娘に手製のチョコを作ってあげている。

友チョコでもなければ義理チョコでもない、何と言ったらいいかは分からないけど、

まあとりあえず美味しそうに平らげてくれるから作る意味は有るでしょう。

 

……それにしても、この娘もいわゆる『華の女子高生』になったってのに、

『あげる側』になれるような相手、居ないのかしらね?

……いや、そんな相手が居て当然とか思ってしまう辺り、自分ももうすっかりオバさんってところか。

高校生じゃ、まだ誰しもがそういう気持ちになれる相手って居るもんじゃないわよね。

 

まあ面白味は無いけど、それがあの娘なんだもの。

私はプロとして、家政婦の使命を全うし続けていくだけ――――

 

と、思ってたのに。

バレンタインデーが翌日に迫った、日曜日の今日。

 

「あ……あのっ!良かったらその……

チョコの作り方、教えてくださいっ!」

 

――――なんか、凄く珍しく面白そうな事が起きたじゃないの。

 

 

 

【バレンタインデー】!!

 

時は、2月も中旬に入った折。

この時期には、思春期の男女ならば誰しもが意識させられてしまう、悪魔のようなイベントが存在する!

そう、バレンタインデーである!!

男子は貰ったチョコの数(出来るだけ本命が望ましいが、義理でも数合わせ程度にはなる!)がある程度のステータスとなる為に貰える数を内心気にし、

女子は『◯◯ちゃんが△△に渡したらしいよ~』などと恋バナに花を咲かせ、或いは『友チョコ』で友情を深めたり、料理の腕をアピールし合う!!

程度の差こそあれど、若い男女ならば誰しもが内心気にかけているであろう一大イベントなのである!!

 

だが、今までの伊井野ミコの人生の中で、バレンタインデーというモノは殆ど関わりも関心も無かった。

チョコを贈りたい相手なんて居ない。女子力をこれ見よがしに競い合うような相手も居ない。

第一、チョコを口実に告白があちこちで多発するとなれば、風紀の乱れる原因ではないか。

風紀委員の仕事が増える、面倒な日――――それが、伊井野ミコのこれまでのバレンタインデーの認識だった。

 

だが、人は誰しも、今までの認識が些細なきっかけで変わる機会が訪れる事があるというものだ。

自室で、勉強中にふとカレンダーに目をやったミコ。

今年もバレンタインデーデーが、もう2日後に迫っている事に気が付いた。

……また、この日が来るのか。

自分には贈りたい相手など居ない。家政婦さんが美味しい手作りチョコを作ってくれるけど、良い事はそれだけ。

自分には、殆ど関わりの無いイベント――――そう、思っていたのに。

頭の中に、ふとある人物の顔が浮かんできた。

 

今までは、手のかかる不良のクセに上から目線でこっちにあーだこーだ言ってくる腹立たしいヤツだと思っていたのに。

実は自分を陰ながら励ましてくれて、実はたまーに、たまーにだけど、気を遣ってくれる事が分かった、アイツが。

 

「(ど……どうしてアイツが浮かんでくるのよ。バカじゃないの、私……)」

 

バレンタインデー。近頃は贈る相手も意味合いも多様化してきたが、一番主たる趣はやはり『女子が好意を持っている男子にチョコを贈る』事だろう。

そんな日の事を考えている折に、何故かアイツの顔が浮かぶ。これでは、まるで……

 

私は……アイツの事を……?

 

いやいやいやいや!!絶対有り得ない!!

そりゃ、アイツは『ステラの人』で。

この前だって、寝ちゃった私に服を掛けて、少しだけ寝かせてくれるよう気遣ってくれたりはしたけど!

校則違反の常習犯で、勉強も出来なくて、こっちの気持ちも知らずに腹立たしい事をしょっちゅう言ってくる事には変わりないじゃない!

そんなアイツの事を……す……す……

 

……いや、そもそも。

仮にその気持ちを、100歩、いや1000歩、10000歩譲って認めたとしても。

今更私がそんな気持ちを抱いたって、どうなるというのだろう。

私は知っている。アイツは、もうあの人に……

 

 

じゃあ、何もしない?

せっかく、バレンタインデーという『贈り物をしても不自然じゃない日』が来るというのに。

何でもない日にいきなり贈り物をするより、『バレンタインデーだから』という建前が通用する日の方が、不自然さは控え目になるのではないか。

……というかそうよ、そもそも。

アイツに贈るとしたら、それは決して変な意味がある訳じゃなくて、ただの『お礼』よ、お礼。

それ以外の何物でもない。

 

だが、ミコの脳内の冷静な部分が冷たく囁く。

お礼ならもう、期末考査へ向けての勉強を教えるという形でしているじゃない。

それ以上のお礼などをしようものなら、変に鋭いアイツに妙な事を疑られてしまう――――。

 

いや、しかし。

 

そう、この前アイツは、寝てる自分に制服を掛けて、寝れなかった私を気遣ってくれたじゃない。

今度は、それに対してのお礼をするだけ。

そう、あくまでただの『お礼』。

親切にされた事に対してはしっかりと礼を返すべきだという、自分の中の正義に従うだけなんだから……。

 

かくして、『この前のお礼』という建前の元、

ミコの人生で初めてのバレンタインデー作戦が幕を開ける事となったのである。

 

 

両親より家政婦と過ごす時間の方が長いミコだが、ミコは正直彼女を苦手に思っていた。

30代後半ほどの、眼鏡をかけた美人だがクールな女性。

その見た目通り、人柄は決してとっつきやすい方とは言えず、

口数少なく、淡々と事務的に家事をこなす彼女を、ミコはあまり好きにはなれなかった。

 

しかし、この件の相談相手はこの人しかいない。

毎年バレンタインデーの日に作ってくれるお手製チョコの美味しさを、ミコはハッキリと覚えていた。

家庭科も優秀な成績を修めているミコである。独学でも、ある程度のモノは作れるであろう。

だが、もしこの人に教われば、自分では作れないようなより良いモノが作れるのではないか?

やるからには、しっかりきっちり、ベストを尽くしたい。

そう考えたミコは、意を決して家政婦に相談するに至ったのだ。

 

 

「それで、ミコ様」

 

「は、はいっ!」

 

緊張した面持ちで、やや勢いの良すぎる返事を返すミコ。

 

「どういった方にチョコをお渡しになるのですか?」

 

「はいっ……はいっ!?」

 

「いいですかミコ様。昨今は必ずしも『好きな異性』に贈るとは限らなくなったチョコです。渡す相手やその意図によって本気度を調整しなくてはならないのですよ」

 

「ちょ……調整?」

 

意味が分からず、困惑するミコ。

 

「例えば、本気で好きな異性に対して好意を全開にして渡したチョコがテキトーな手間で作ったチョコなら、そのチョコは効果が薄いと言えましょう。

 逆に、義理チョコと宣っておきながらさながらプロのような手作りチョコを渡せば、要らぬ勘違いを生んでしまうでしょう」

 

「(な、なるほど……!)」

 

家政婦の言葉に、ミコは猛烈に納得してしまった。

 

確かに、『義理なんだからね』と言いながら、気合いの入ったチョコを渡してしまおうものなら!

 

『(伊井野……この前のチョコ、義理とか言いつつなんか凄いチョコだったな……

 勉強に忙しい伊井野が、たかが義理にしては随分手が込んでたな?

 伊井野がそんな見え透いた嘘つくなんて……

 やっぱり今までの態度はただの照れ隠しだったんだな……へえ……へえええぇ……)』

 

「(とか言われそう!凄い腹立つ顔で!!)」

 

相変わらず、生徒会の先輩達同様の取り越し苦労をするミコであった。

 

「……で、どんな方なんです?」

 

お可愛い被害妄想を脳内で繰り広げていたミコが、家政婦のその言葉ではっと我に返る。

 

「え……えっと……

 私、去年の途中から生徒会で役員をやっているんですけど……

 そこでお世話になった人に、お礼に、と思って……」

 

嘘ではない。他人に表面的に説明するなら、こんな感じで合っているだろう。

だが……

 

「ふむ……では、『義理チョコ』とか『友チョコ』に近い手合いという事でよろしいでしょうか」

 

「……えーっと……その……」

 

「?いかがなさいましたか?」

 

「……どういう相手って言っていいのか、分からないんです」

 

「とおっしゃいますと?」

 

「……正直、仲はそんなに良くなくて……友達って訳でもなくて……

 けど、お礼がしたいって事で……その……」

 

遠いからこそ、逆に心の内を吐露出来るという事もある。

きっとミコがこの発言をもっと親しい人に言えば、『えっ、それってひょっとして石上の事?ミコちゃんってひょっとして……』などと言われてしまう可能性は低くは無い。

が、ミコの学校での交友関係などノータッチであるこの家政婦相手だからこそ、正直に複雑な想いを吐露出来るという所があった。

 

「かしこまりました。では、そんな相手に丁度良い手合いのチョコを作る手順、レクチャー致しましょう」

 

そんなミコの嘘偽り無い気持ちが届いたのか、家政婦は至って真面目そうな雰囲気でクイッと眼鏡を吊り上げ、姿勢を正した。

 

「は、はい!お願いします」

 

「ちょうど私も、明日に向けミコ様へのチョコを作ろうとしていた所です。今から少々準備しますので、お部屋にてしばらくお待ち下さい」

 

「は、はい」

 

そう言ってミコを下がらせ、家政婦は台所にて機材や素材を準備し始めた。

 

それから、数分後――――

 

準備を整えた家政婦と、エプロンを着けて教わる準備万端のミコ。2人の女が、キッチンに立っていた。

 

「では、始めますよミコ様。まず……」

 

「……まず!」

 

「こちらのカカオ豆を洗ってフライパンに移し……」

 

「えっそこからですか!?」

 

ミコの中の想像では、まず市販のチョコを温めて溶かす所からがスタートだと思っていただけに、思わず驚きの声を挙げてしまった。

 

「何を驚いているのですかミコ様?きょうび、本命ではなくてもこれくらいの手間は常識なのですよ」

 

眼鏡をクイッと釣り上げ、知的な雰囲気を醸し出しながらこともなげに述べる家政婦。

 

「えっ……そ、そうなんですか……すみません」

 

「いえ、解っていただければ結構です」

 

 

嘘 で あ る

 

 

『手作りチョコ』!

 

市販のチョコを渡されるよりも、『手作りチョコ』を渡された方が遥かに嬉しいと感じる男性は少なくはない!

たとえ、原材料が安物のチョコだったとしても、である。値段の問題などではなく、

『自分の為に手作りという手間をかけて頑張ってくれた』という点に、価値と喜びを見出すのである!!

それが、『常日頃料理を作っているワケでもない女子』が、『大層な手間をかけて手作りした』となれば、

より特別感が浮き彫りになり、嬉しさも増すというものである!!

 

そういう観点から言えば、『普段料理など作っていないミコが、わざわざカカオから手作りしたチョコ』など、

もはやド本命中のド本命相手に贈るような特別感に満ち満ちたモノである事は言うまでも無い!

 

先程のミコの釈然としない返答を見た家政婦!

家政婦はこう思った。

 

あっ、これやっぱり面白そうなヤツだ、と。

 

この家政婦も同年代の女性のご多分に漏れず、他人の噂話、特に恋バナに関しては関心が強い!

娘くらいの若い女子の不器用な恋心など、彼女らの欲求の格好の餌となってしまうのである!

きっと渡したい相手は、悪くは思ってない(むしろ割と良く思っている)のに、何故か素直になれずに互いにギスギスし合ってしまうというような関係なのだろう。

そんな男に、丹精込めて作ったチョコを『あくまでお礼』などと言って渡せば。

その男の鋭さ次第では……面白い事態に発展しそう。

 

やれやれ、ここはひとつ歳上の私が、不器用なこの娘の為に一肌脱いであげましょうか?

 

お節介心という仮面を被った悪戯心に火の点いた家政婦は、

直球ド本命なチョコの作り方をミコに伝授する事に決めたのであった!

 

「ではこうして、洗ったカカオ豆をフライパンで焙煎し……」

 

「はい!」

 

「冷ましたら外の皮をこのように剥いて……」

 

「はい!」

 

「こう、麺棒でひたすらに砕いて潰します。もっと、文字通り粉になるまでです!」

 

「はい!はあ、はあ……」

 

「そして湯煎をしながら砂糖を加えて!」

 

「は、はいっ!!」

 

 

――などと、家政婦の悪ノリが多分に乗った熱血指導チョコ作りをやってるうちに!

半日が過ぎた!

 

「頑張りましたね、ミコ様」

 

「は……はい……!はあ、はあ……」

 

家政婦の恣意的な指導の元、義理と言うにはやたら手間を時間をかけて作ったチョコが、遂に完成した。

 

「味もバッチリ、仕上がりも上々。そして何より、ミコ様の努力が込められた一品です。これなら、渡される相手も喜ぶでしょう」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

あくまで義理というスタンスで作る予定でいたはずのミコも、すっかり家政婦の指導の熱にあてられ、

手間をかけた料理がカタチとなった事実に喜んでしまっていた。

 

「あとは、明日の登校まで冷蔵庫で保管しておきましょう。ラッピング用紙などを机の上に置いておくので、それをお使い下さい」

 

「はい!……あ……えっと……」

 

「?」

 

「いつものお仕事と違うのに……私のわがままで時間を取らせてしまってすみません。作り方を教えてくれて、ありがとうございました」

 

申し訳無くて少し言いにくそうに、謝罪と感謝の言葉を述べるミコ。

 

「……普段わがままを言うお人ではないですので、今日このくらいの事なら家政婦の業務としての範疇です。ミコ様が気にかける必要は有りません」

 

眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げながら、家政婦が淡々とした口調で返す。

 

「さて……もうこんなお時間です。今からすぐお夕飯をお作りしますので、ご自分の部屋にてお待ち下さい」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

そう言うとミコは頭をペコリと下げ、自室へと戻っていった。

 

 

手際よく夕食を作る準備を整えながら、家政婦が思いに耽る。

 

「(……さて、どうなるのかしらね?相手の石上とかいう男)」

 

断じて、ミコが家政婦相手に『渡す相手』を明かした訳ではない。

だが、チョコ制作の過程で、夢中で取り組むミコの口から漏れていた独り言を、家政婦は聞き逃さなかった。

 

『(石上の好みって……)』『(感謝しなさいよ、石上……)』等である。

 

あの娘、私の前じゃカンペキ優等生、恋のこの字も興味無いって顔を装ってるだけで。

意外と可愛い所も有るんじゃないの。

 

石上……石上、ねえ。

 

……イニシャルは『M・I』のままか。

 

って、何考えてるのよ。いくら何でもそこまで行くかどうかは分かんないでしょ。

あーやだやだ。考えがすぐこういう方向に行っちゃう辺り、私ももうすっかり下世話なおばさんってカンジね。

 

まあ、あの娘がどうなろうと、私はこの伊井野家の家政婦として働いていくだけ。

だけど……今後はちょっぴり、この娘に親しみってものを感じられそうね。

 

手際良く食材を切り刻みながら、微かに口元を緩ませる家政婦であった。

 

 

――――そして、翌日――――

 

 

昨日の『達成感による謎テンション』から醒めていたミコは、一抹の不安を覚えていた。

そして、念には念を、と、ここ最近喋るようになったクラスメイトや同学年の女子に、それとなく聞いてみた。

『こういう日の手作りチョコって、どれくらい手間をかけるものなのか?』と。

 

大仏など、親しい友人にそんな事を聞けば『え?ひょっとして誰かにチョコ渡すの?』と悟られてしまう可能性が高い!

だが、ちょっと喋るようになっただけの相手なら!

 

「ちょっと聞きたいんだけど……本命じゃない相手に渡すチョコって、どれくらい手間をかけるものなの?」

 

「え?そりゃまあそんなには……って伊井野さん、ひょっとしてチョコ渡す相手とか居るの?」

 

「居ないわ!知識として知っておきたいだけよ」

 

「あー伊井野さん、頭良いもんねー!知識欲が沸いたって感じ?」

 

――――とこのように、普段の勉学の優秀さにものを言わせた建前が通用するのである!

 

そんな感じで、十数人に聞き取り調査を行ったのだが……

 

結果!

 

「(……騙された……騙されたのね……!)」

 

とうとう真実に辿り着いてしまい、ミコは頭を抱えた。

 

そう、返ってきた答えはこんな感じである。

 

『(え?市販の安過ぎないチョコを渡す程度じゃない?)』

 

『(チョコ溶かして、好きな形にするとか?あーでも、男に渡すチョコにそこまでやったら本命っぽいかなぁー)』

 

そう、『本命でもないけど、渡さないのもなんだか忍びない』相手にかける手間など、普通はその程度である。

原材料となるカカオ豆をどうこうする段階から作ったチョコなど、異性に渡そうものならド直球本命モノの手間である!

 

しかも、ラッピングもよくよく考えてみると。

 

程良い高級感を醸し出すラッピングに、紐代わりに可愛らしく巻かれたリボン。

そしてリボンを留める小さなテープは、ハートを象っていた。

 

ポケットに忍ばせてあるチョコを思い浮かべながら、ミコは冷や汗を流す。

――――こんな……こんなチョコを、石上に渡そうものなら!

 

『(いや伊井野……コレがただのお礼って無理が有るだろ?

 こんな手間のかかったチョコをくれるなんて……伊井野って僕の事そういう風に思ってたんだな?

じゃあ何?やっぱり今までの態度って大仏の言う通り照れ隠しだった訳なんだな?へぇ……へえええぇ……)』

 

――――ってなるはず!

 

ミコ、突然の窮地。

『ただのお礼』と言って渡すつもりだったのに。こんな『手間のかかったもの』を、どう言いながら渡せば良いんだろう?

……とりあえず、それとなく他の人を参考にしてみようかな……

 

場面変わって、昼の生徒会室。

 

「はい、会長!バレンタインチョコです~」

 

生徒会書記であり、ミコの尊敬する人物・藤原千花が、ニパーッと笑顔を浮かべながらいつものノリでチョコを渡していた。

恐らく形状から見るに普通の市販のチョコだと思われるが、本人を象徴するような可愛らしい花柄のラッピングで包まれている。

 

「お、おう。ありがとな」

 

藤原からチョコを受け取った白銀が、複雑そうに一瞬チラリと視線を向けたその先には。

今や白銀と恋人となったかぐやが、人として見ていないかのような視線を藤原に向けていた。

その恐ろしさたるや、周囲に黒いオーラが発散されているのが確かに見えてしまうレベルである。

 

こわい。ヒーリングミュージックききたい。

きっと四宮副会長も、会長にチョコを渡そうとして先を越されたんだろう……

 

「はい!石上くんもどーぞ!」

 

ミコが驚いて藤原に視線を向け直したその先では、会長に渡したものと同様のモノを石上にも渡していた。

 

「今年のバレンタインデーはチョコ無しで泣く事も無いんですよ石上くん!この名プレゼンター千花に感謝してくれてもいいんですよ~?」

 

藤原が、いつぞや見たようなドヤ顔で実に恩着せがましい事を石上に言っていた。

渡した藤原の方に、照れの要素など一切見当たらない。紛うことなき義理チョコであろう。

 

「えっ……ああ、ありがとうございます」

 

受け取った石上も、思ったより大きなリアクションを見せない。

 

なるほど、こういう風に渡せば良いんだ。さすが藤原先輩!

 

尊敬する先輩が見事に不自然さ無くチョコを渡し遂せたのを目の当たりにし、早速参考にしようと考えたミコ。

ところが。

 

「(えっ?でも待って。私が今の藤原先輩のように渡したら……)」

 

自分が藤原のように、ニコニコ笑顔で石上にチョコを渡す絵図を頭の中に浮かべる。

 

「(はい石上!バレンタインチョコだよ~)」

 

……不自然過ぎる。絶対に呆然とするだろう。

そもそも、この渡し方は普段の藤原先輩のキャラが有ってこその自然さなんだ。

私がやったら普段と違い過ぎて不自然過ぎる!

じゃあ、私はどうやって渡せば良いんだろう?

ミコが、再び脳内で思案を巡らせ始める。

 

だが、石上が不意に放った一言で、ミコの思案は何処かへ吹き飛んでしまった。

 

「けどすみません……僕、既にひとつ貰ってたんで」

 

「「ええっ!?!?」」

 

藤原とミコが、同時に驚きの声をあげた。

 

「……藤原先輩はともかく、何で伊井野まで驚いてんだよ」

 

石上が何故か声をあげたミコの方を振り向く。

 

「え……えっいやっそのっ!い、意外だっただけよ、別にそれだけなんだから」

 

慌ててプイッと顔を石上から背けながらミコが返す。

その顔がほんのり赤くなっている事は、石上からは見えてはいない。

 

「……まあいいや。藤原先輩、この前みたくどこのゲームだとか言う前に、ほら、コレ」

 

石上が学ランのポケットから、ひとつの箱を取り出した。

包み紙の一部を折って蛇腹のような、もっとロマンな言葉を選べば孔雀のような飾りを作った、

立体的で華やかさのあるラッピングをされた箱が石上の手のひらの上に有った。

 

「えーーーーっ!?誰なんですか?石上くんにこんな気合いの入ってるっぽいチョコをあげたゲテモノ好きな人は!?」

 

「名前を出すとゲテモノ好き認定されてしまうのが可哀想なので、黙秘します」

 

藤原の容赦ない言葉を、慣れた様子で躱す石上。

 

だが、ミコにはなんとなくその贈り主が分かる気がした。

ラッピングを留めているリボンが、どことなく新体操のリボンを彷彿とさせるようなものに見えたからだ。

 

「……すみません、失礼します」

 

突然声のトーンが落ちたミコが、少し顔を下に向けながら生徒会室を出て行った。

 

「あら……どうしたのかしらね伊井野さん」

 

「いや……俺にも分からん」

 

怪訝そうな顔のかぐやと、心からサッパリ分からないといった顔の会長。

 

「…………」

 

石上は、伊井野が閉めた生徒会室の扉をジッと見つめていた。

 

 

足早に教室へ戻ろうと歩を進めるミコ。

自分より先に、もう二人も石上にチョコを渡す人が居たなんて。

自分も、早く渡さないと。

『幾つか有る内の1つ』としてしか受け止めてもらえなくなるかもしれない……

 

……けど、どうやって渡せば良いの?

自分には、藤原先輩のようにごく自然になんて渡せそうにない。

いったい、誰を参考にすれば……。

 

そんな事を考えながら廊下を歩いていると、後ろから急ぎ早な足音が聞こえてきた。

その音にミコが振り向くと、石上が小走りで後を追ってくる様子が目に入った。

 

「えっ、ちょっ、石上?ろ、廊下は走っちゃ……」

 

長年の条件反射のようなもので、つい石上に校則違反を指摘してしまうミコ。

 

違う。今はそんな事してる場合じゃないのに……

 

「伊井野、どうしたんだ?またお前様子が変だぞ」

 

自分を気遣って追って来てくれたのか。

また……私の事を気遣って。

やっぱり、ちゃんと渡さなきゃ。

ミコは、石上に悟られぬよう辺りに目を配り、周りに人が居ない事を確認した。

 

誰もいない……渡すなら、今のうち!

 

「い、石上っ!」

 

「?何だよ」

 

「えっと……その……バ……バ……ッ」

 

ここまで言って、ミコは後悔してしまった。

何の気無しに、石上と視線を合わせてしまった事を。

覇気に欠けるが、物事をよく見透せそうなその視線が、ミコの視線を捉えて離さない。

どうしよう?何て言って渡せば良いの?

こうして悩んでる間にも、コイツの眼は私をしっかり見てて。

私の考えが、ひょっとしたら見透かされて……

 

動揺で思考が乱れていき、頬が紅潮していくのを嫌でも感じ取れてしまう。

その頬の紅潮からくる焦りが、更なる思考の乱れを呼び。

血迷ったミコの口から出てきたのは、その場を誤魔化す事しか出来ない言葉であった。

 

「バ……バッカじゃないの!?ちゃっとチョコ貰ったくらいで調子に乗っちゃって!くれぐれも勉強の力を抜くような事にはならないように!」

 

そう言って、ミコは石上から背を向けて走り出した。

 

後に残された石上は、当然訳が分からないと言った表情である。

 

「……廊下は走っちゃダメなんじゃないのかよ」

 

ここ最近の伊井野は、どこかおかしい。

原因はよく分からないけど、そもそも女の心なんて分かりきらなくて当然。まして、あの伊井野なら尚更だ。

まあ、この前みたく寝不足でもないならまあ体調は大丈夫なんだろう、きっと。

理不尽な警告というか暴言であったが、殆ど気にかける事もなく石上はその場を後にした。

 

 

そして、放課後。

 

夕暮れ時の教室で、動揺の果てに『やらかしてしまった』ミコが、机に突っ伏して腑抜けていた。

 

「(やっちゃった……どうして……どうして)」

 

どうして、チョコをプレゼントしようとして理不尽な暴言をプレゼントしてしまったんだろう。

チョコを貰えば大抵の男は喜ぶだろうけど、いきなり暴言を貰って喜ぶ男なんてほんのひと握りの変人くらいしか居ないじゃないか。

 

でも……もし。

あのチョコを石上にあげた人が、自分の想像通りの人だとしたら。

今更私なんかがあげて、何の意味が有るというんだろう?

好きな人にもう貰ったのに、仲の悪い、突然憎まれ口を叩いてくるような人間に貰っても、喜ぶどころか、お礼になるかどうかすら怪しいんじゃないだろうか?

ポケットからチョコを取り出し、机の上に置くミコ。

騙されてノセられたとはいえ、随分な手間をかけて作ったこのチョコ。

渡せぬまま。渡す意味も意義も失ったまま、終わるのだろうか……

 

間違ってたのかな。

『お礼』なんて言って、一人で勝手に張り切ってこんなモノを作ったこと自体が。

 

ここ最近色々有ったけど、別に自分と石上の関係は変わった訳じゃない。

『仲の良くない同級生』、『生徒会役員同士』。そこから変わっていない。

 

――――なのに、こんなモノを渡そうとした事自体が間違ってたんだ。

 

落胆のまま、ミコの思考は全てを諦める事を選択した。

机の上に置かれたチョコをポケットへと仕舞い込んだ。

そして鞄を持ち、席を立とうとした――――その時。

 

教室の扉が開き、石上が入ってきた。

 

「あれっ、伊井野……何でまだ居るんだよ」

 

ミコの姿を見つけるなり、ミコの方へ歩み寄っていく。

反応と言葉からして、自分に用が有って来たわけでは無さそうだ。

 

「そ、そっちこそ何でまだ居るのよ石上。今日は生徒会の仕事無いはずでしょ」

 

「僕は忘れ物取りに来ただけだけど」

 

そう言いながら、机から教科書とノートを取り出す石上。

 

「伊井野こそ、何でまだ居るんだよ」

 

「ど、どうだっていいでしょ。考え事してただけよ、それだけ」

 

また……またこんな言い方をしてしまう。

けど、正直に言えるはずもない。チョコを渡しそびれて落ち込んでた、なんて。

 

「考え事……か。まあいいや、じゃあな」

 

石上は鞄を肩に掛け、教室を後にしようとした。

 

が、扉の前でふと歩みを止めた。

 

どうしたんだろう。そう訝しむミコの方へと向き直り、また歩み寄ってくる石上。

 

「なあ、伊井野」

 

「な……何よ」

 

「僕の勘違いかもしれないけど……そんなに悩むような事が有れば、誰かに相談しろよ」

 

――――やっぱり、ある程度見透かされてたんだ。

そう、自分は今悩んでいるからこうしている。

……きっと、その内容までは分かってないんだろうけど。

 

でも、やっぱりコイツは。

あんな事言った後でも、自分の事を気にかけてくれるんだ……

 

「……ってまあ、僕に話せる訳無いだろうけど。藤原先輩とか、あんなんでも相談に乗ってくれるくらいはしてくれるんじゃないか?四宮先輩とかも、怖い所あるけど真剣に聞いてくれそうだし」

 

……違うの。

確かに、アンタには言えない悩み。

けど、それは当然。

『石上がステラの人だと知ってから、石上の事が違って見えてきちゃってどうしよう』だなんて。

アンタに、言える訳無いでしょ……。

 

それでも、ミコは萎みかけていた決意を新たに固めた。

 

別に好きでもないはずの私を、恩着せがましく無く、さりげなく気遣ってくれるコイツに。

お礼をしないままってのは、やっぱり間違ってる。

喜ぶかとか、そういうのはもうどうだっていい。

『優しくしてくれた相手にはちゃんとお礼をするべき』。

私の中の正義に、従うだけなんだから。

それに、これはきっと確かな事。

ステラの人だと知った今だからこそ、確信を持って言える。

――――コイツは、私の頑張りを笑うような奴じゃない。

 

「じゃあ、早いとこ帰れよ。風紀委員がいつまでも居残ってたら立場無いだろうしな」

 

そう言いながら、ミコに背を向け、扉を開け、教室を後にしようとする石上。

 

ここしか、ない。

 

ミコの身体は、考えるより先に動いた。

教室から出ていこうとする石上の制服の袖を、懸命の勇気を振り絞りながら、クイッと掴み。

石上の手の中に、チョコを握らせた。

 

「え……?」

 

箱の感触を感じ、後ろを振り返る石上。

窓から差す夕焼けに染まり、表情のよく見えないミコがすぐ後ろに立って、自分の手を握っていた。

 

「こっ、コレ!この前制服貸してくれたお礼だから!あくまでお礼よ!勘違いしないように!」

 

一気に早口でまくし立て、石上が何かを言う前に。

鞄を肩に掛け、脱兎の如くミコは教室から出て行った。

 

「…………………………………………」

 

今しがた起こった現実をすんなりとは受け入れられず、しばらく鳩が豆鉄砲を食らったような表情でその場に突っ立っていた石上。

手の中の感触を感じ、現実に引き戻された。

 

「……伊井野が、僕に?」

 

可愛らしいラッピングとリボンで彩られた箱が手の中に有る事が、今起こった事が虚構ではない事を如実に示している。

 

その後、石上は何を考えて帰路についたのかは覚えていない。

今まで、申訳程度の義理チョコ程度しか貰えていなかった石上にとって、気合いの入ったチョコを2つも貰えた事は喜ばしい事実であった。

それが、片方は今自分が片想いしている相手から貰ったモノなのだから尚更である。

 

だが、もう片方は自分を好いていないはずの、腐れ縁の人間から貰ったモノであるという事には動揺を隠せない。

ふと気付いた時には、自室にてそのチョコのラッピングを、破れないよう丁寧に解き、

箱からチョコを取り出して、手に取っていた。

箱に入っていた数個のチョコのうちの一つを、手にとってまじまじと見る。

こんな特殊な形、自分の知る限りは市販では売っていない。

という事は……このチョコは。

いや、まさか。

困惑しながらも、とりあえずひとつ口にしてみる。

美味い。自分は食のウンチクなんて持ち合わせてないから、具体的な表現なんて出来ないが、

とにかく、美味いと感じさせる一品である事は確かだった。

 

確かに、アイツは家庭科もA評定なんだからある程度料理が出来るのだろうとは思っていた。

けれど、アイツが日常的に料理をしているという話は聞いたことがない。

そんなアイツが……僕に、こんなモノを作ってくれたのか。

 

バレンタインデーに、異性に贈る手作りチョコ。

それの意味するところは、石上もよく知っていた。

しかし、贈られた相手が相手だけに、自分の中では素直にその結論に結びつける事は出来なかった。

だが、目の前にあるこの手間のかかったであろうチョコの存在が、その結論へ辿り着く事を後押ししていた。

 

「(伊井野……どういうつもりで、こんなのを)」

 

困惑を隠せない石上の掌の上には、贈り主を表すかのような小さく可愛らしく、それでいてどこか存在感のあるチョコが乗っていた。

そしてそのチョコは、どこかで見たような花のカタチを象っていた。




伊井野家家政婦は、ミコが他人からの褒め言葉に渇望しているところを見ると、多分普段はミコを褒めるような性格では無いのだろう……と思い基本はクールそうなキャラにしました。
今後出るかどうかは不明です。

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