伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~ 作:めるぽん
【修学旅行】!
言わずと知れた、青春のイベントの1つである!
秀知院では、2年の2月下旬、4日間にかけて行われる。
そして、秀知院学園生徒会にとっても非常に関わりの大きいイベントであると言える!
何故なら、当代の生徒会役員達は5人中3人が2年生。
会長と副会長という主要の役職に就いている人間が該当している為、
通常なら、当該期間中は生徒会の運営は休む事になる。
……はずだった。
だが、今回は違っていた!
会長・副会長・書紀の3人が修学旅行にて学園を離れているこの期間中にも、生徒会は動いていたのである!
そう、修学旅行とは関係の無い、1年生の生徒会役員の2人が。
会長代理・副会長代理として臨時に働いていたのである!
今、その『代理』2人で動かしている生徒会室は!
「……こんなに大変だったのね、生徒会長の業務って」
「あぁ……」
死にかけている2人の、後悔の念が渦巻いていた!
事ここに至るまでには、数日前に遡る。
「さて来週の予定だが、俺達3人が修学旅行で欠ける為生徒会はその間休みとなる」
2年生の修学旅行が次週の火曜と迫った金曜日の午後。
生徒会会長・白銀御行が、役員全員に向けスケジュールの説明を行っていた。
「行ってらっしゃい、普段激務っすからね、ゆっくり羽伸ばしてきてください」
笑顔で会長達に送り出す言葉を言う石上。
「そうですよ〜、普段激務の私達が羽伸ばせる数少ない機会なのでめいいっぱい楽しんできますね〜」
「いや藤原先輩は普段から羽伸ばしっぱなしというか、伸ばし過ぎて謎の物体に変化してるというか」
「ちょっとおおお石上くーん!?後輩が先輩へ向けるべき尊敬の態度ってモノを知ってますかぁ!?」
「いや、不思議と藤原先輩にはそういうの沸かないっていうか」
「ひっどおおおおおおおおおい!!」
正論で藤原を殴る光景も、もはや生徒会お馴染みのものである。
ただ、もう一人の『後輩』は、言いにくそうな事が有るかのようにもじもじとしていた。
「?どうした、伊井野監査」
それに気付いた白銀が、ミコに声をかける。
「あ……あの……そのっ」
「?どうしたんですかミコちゃん?何か言いたい事があるなら言っちゃって大丈夫ですよ♪」
自分を慕うミコには(基本的には)優しい藤原が、珍しく先輩らしいところを見せる。
「えっと……じゃあ、その!
修学旅行の間、私に代理で生徒会長を務めさせていただけませんか?」
「「ええっ!?」」
ミコの口から出てきた驚きの提案に、藤原と石上が驚く。
「あら……伊井野さん、なかなかにとんでもない事を仰るのですね」
かぐやがミコをじっくりと、品定めするような視線で見つめながら述べる。
「だ……ダメですか?」
ミコが心配そうな表情で白銀を見つめる。
「いや、ダメとは言わんが……今会長である俺自身が言うのもアレだが、大変だぞ」
白銀もまた、心配そうな表情でミコに答える。
「何より、俺達が居なくなる事で生徒会は2人になる。まあ教師や生徒もある程度気を遣ってくれるとは思うが……保障は出来んぞ」
だが、ミコは怯まない。
「か、覚悟の上です!それでも経験しておきたいんです、会長職というものがどんなものか、少しの間だけでも!」
「……会長、コイツは一度こうなったら折れませんよ」
ミコの意志の強さを熟知している石上が、半ば諦めのような雰囲気を漂わせながら白銀に提言する。
「…………」
しばらく考え込んでいた白銀。
だが、ミコの強く決意の込もった眼を見て、遂に口を開いた。
「……分かった。では、来週は火曜日から、伊井野に代理として会長を務めてもらおう」
「は、はい!頑張ります!」
良い返事が返ってきた事で、不安そうだったミコの顔がパアッと明るくなる。
「ではその間、流石に伊井野さん一人に任せる訳にはいかないので……石上くん、私の代理を務めて頂けますか?」
「ええ、解ってます」
元々かぐやからの頼みとあれば断れない(畏怖的な意味で)石上だが、ミコが無理を言い出してから元よりそうするつもりであった。
流石に、伊井野一人に任せる訳にはいかない。
そして、火曜日が訪れた!
生徒会長代理伊井野ミコ・副会長代理・石上優の2人による代理の生徒会運営の幕が、切って落とされたのである。
が……
現実は想像以上に過酷であった!
秀知院学園・生徒会長!
偏差値77のこの学校、その実質的トップに位置する事となる生徒会長へかけられる信は、教師・生徒かかわらず非常に大きい!
各催しに係る事務処理に始まり、果ては運営資金の寄付金集めまで任されてしまう幅広すぎる業務!
『それだけの事を任せても問題無い』と思われるだけの信を置かれている!それが秀知院学園生徒会長という立ち位置なのである!
副会長代理となった石上と共に資料の山との格闘に勤しむ事となった……のであるが。
ミコと石上の苦難は、それだけではなかった!
「伊井野さん、代理で生徒会長やってるんだって?頑張ってね!」
「ミコちゃん、頑張ってるんだね~!お姉さん応援しちゃう♪」
来訪者!!
普段の生徒会長・白銀御行は、その優秀さからもたらされる圧倒的カリスマを誇っている。
が、そのカリスマ感に一役買っている目つきの悪さは、同時に親しくない者を遠ざけてしまう威圧感を放っている為、
彼の本質を知る者や、どうしてもエリートたる会長の力を借りたいという者以外にとって、
生徒会室とは白銀やかぐやらスーパーエリート達が、独特のオーラを漂わせる近づき難い空間……と認識されていた!
その点伊井野ミコという人間は、
少しおカタくて真面目という事実こそ知れ渡ってはいるが、
小柄で可愛らしく、それでいて頑張り屋である点彼女は、
『近付きやすさ』という点では、白銀に勝っていた!
その為、普段は『生徒会室にお邪魔してみたいけどオーラが凄くて近づき難い』と感じていた生徒達が、
興味本位でちょくちょく来訪しに来るのであった!
ミコが代理で生徒会長を務める事は敢えて公布はしていなかったものの、どこからか話が漏れたようで、
珍しいモノ見たさかはたまた純粋な応援か、ちょくちょく来訪者がやってくるのだ。
正直、仕事の手間を考えれば対応する手間も惜しく感じてしまうのも仕方のない事。
だが、こうしてわざわざ訪れてくれるという事は、少なからず良く思ってくれている人間……ひいては次期の生徒会長選挙での支持者になってくれる可能性が高い人間であるので、無下な応対は禁物である。
はたして、ミコにそういう計算高さが有ったのかは分からない。だが、ミコは来る人みんなに真摯な対応をし続けていた。
あまり友人が多くないが故、普段喋らない同学年の生徒や、まるで妹感覚のように頭を撫でてくる3年生などにはしどろもどろになる事も有りはしたものの、
根底に真摯な姿勢が有れば、上辺の見栄えは良くなくとも案外失礼とは取られにくいものである。
それが要因となったのか、1日目は僅かだった来訪者が2日目以降には倍になり。
更には、普段白銀には色々と相談しにくい事を持ち込んでくる1年生の女子もちょくちょく現れるようになった。
スーパーエリートな上に、2期連続で会長・副会長を務めている白銀とかぐやなら、これでも難なくこなしてしまうのかもしれない。
だが、その2人に比べればまだまだ至らぬ点が多い上、初めての経験であるミコと石上にとっては、既にキャパシティオーバーな業務量となっていた!
そして今、来訪者が去って、書類の整理がひと段落付いた所で、ミコが珍しく弱音を吐いたのであった。
「……って、伊井野がそういう事言うのって珍しいな」
普段は周囲に涼しい顔を見せ、さっきまでも同学年の来訪者に毅然とした態度を取り続けていたミコ。
なのに、今しがたちらりと見えたミコの表情は、紛れもなく疲れを隠しきれていない表情であった。
珍しいミコの様子に、石上が少し驚く。
「う……うるさい。ちょっとだけよ、ちょっとだけ。ちょっとだけ大変だと思っただけよ」
心の中でしまった、と悔やみつつ、慌てて顔を背けるミコ。
これまでミコは、出来るだけ弱音を他人に見せる事は殆どしてこなかった。
自分が、他の皆からどう思われているのか分かっているから。
きっと弱音なんて吐いたら、嘲笑されるだけのはず。
それ故、幼少からの親友であり、決して自分を笑いはしない大仏くらいにしか弱音など見せてこなかった。
なのに、何で今自分は石上に対して弱音を見せてしまったんだろう。
思わず口から零れ出た言葉を、心の中で悔やむミコ。
そうきっと、思ったより大変で予想以上に疲れてしまって、想像以上に気が緩んでしまっただけ。
だから、弱音なんて言ってしまったんだ。
そう、だから、違う。違うんだから。
コイツなら……私の事を笑わない。きっと、気を遣ってくれる。って思ったから……なんてのは、絶対に違うんだから。
おかしな考えを追いやる為、頭を左右にぶんぶんと振って気を取り直すミコ。
「……まあ、どっちにしろ大変なのは確かだけどな」
追及しても不毛な為、すぐに落とし所を差し出す石上。
実際、そうである。ミコの疲れ具合など、いくら気配りが出来る石上とて完全に理解することなど不可能だが、
少なくとも自分の疲れ具合はなかなかのものである。
生徒会長を補佐する、副会長。今2人しか居ないところも大きいとはいえ、こんなに大変だったとは。
白銀とかぐや、2人の先輩の偉大さを身にしみて、改めて感じていた。
とはいえ、実は今の状況は、石上が想定していた程悪くはなかったのであった。
ミコのサポートを申し出たあの日の夜、石上は自宅の自室にて思いに耽っていた。
もしかして……来週の『代理期間中』は、生徒会室で伊井野と2人きりという事では?
最近の伊井野は、どこか様子がおかしい。
突然何に対してか分からないお礼を言ってくるわ、珍しく寝不足で居眠りし出すわ。
この前のバレンタインデーなんか、ただのお礼と言いつつ明らかに手作りなチョコを渡してくるわ……
しかし。
その『様子のおかしい』ミコの事を頭の中で想い返すと、ある種の感情が湧き出てくる事を石上は自分の中で否定しきれないでいた。
お礼を言ってきた時の、赤く染まった顔。
自分の肩に頭を預けて来た時の、安らかな寝顔。
この前のバレンタインデーで、チョコを渡す時、後ろから弱々しく袖をクイッと掴んで来た仕草。
いやいやいやいやいやいやいやいや。有り得ない。だから有り得ないって。
どうして、今自分は好きな人が居るのに。
他の女子を。しかも、よりによってあの伊井野を。
少しでも、『可愛い』とか思ってしまうのだろう。
もし、こんな事が他人にバレたりでもしたら。
例えば、以前『伊井野を結構フォローしてやっている』などと言ってしまった会長などにバレてしまいでもしたら。
『(何だ石上……お前伊井野の事をそんな風に思っていたからフォローしていたんだな?
それなのに普段はあんな態度を取って誤魔化しているだなんて……拗らせぶりが半端ではないな?
お可愛いヤツめ)』
とか言われても仕方ないよなあ……
だから、絶対に違う。
僕は、頑張ってるヤツが報われずバカにされるのが理不尽で大嫌いだから、アイツの手助けをしているだけで。
そこに、ほんの少しでも邪な気持ちが有ってはいけない。
だから、様子のおかしいアイツの事を……そんな風に感じてはいけない。
思い返しては、妙な感情を抱き、必死になって否定する。そんなループを、ここしばらくの石上は定期的に繰り返していた。
そんな現状で、4日間も生徒会室にて2人きり。一体、どう過ごしていくべきか、と悩んでいたが……
予想以上の仕事量で、他の事を考える余裕も無く。
ちょくちょくやってくる来訪者のおかげで、2人きりの時間は案外少ない。
ある意味『仕事に追われている』現状は、余計な事を考える暇がないという意味では石上にとってありがたかった。
尤も、そう感じているのは石上だけではなかった!
ミコもまた、生徒会長代理を買って出たあの日の夜に、自室でひとり悩んでいた。
石上が、自分のサポートをすぐに了承してくれた事は、内心嬉しかった。
だが、よく考えてみれば……。
もしかして、期間中は生徒会室では石上と2人きり?
石上が『ステラの人』であると知ってしまってから、何度も思い悩み、それでも石上への『お礼』を不器用ながら重ねてきたミコ。
だが、最近は石上の視線を意識してしまって、もう目を合わす事すら憚られる現状。
そんな中で、4日間放課後しばらくは石上と2人きり?
そんな……そんなの。
いったい、何度アイツと目を合わせる事になるんだろう。
どうやって、平常心を保てばいいんだろう。
などと考えてはいたが。
予想以上に大変だった生徒会長の業務。
ちょくちょく来る来訪者。
そのお陰で、石上を変に意識する暇すら無いというのはある意味ミコにとってはありがたかった。
そんなこんなで、代理期間3日目に入った今日、木曜日。
今また、新たな来訪者が生徒会室を訪れた。
コンコン、と、扉をノックする音が部屋に響く。
「はい、どうぞ。生徒会室へようこそ!」
不慣れだが真摯な歓迎の声を出しつつ、ミコが生徒会室の扉を開ける。
扉を開けた先に、立っていたのは。
「ミコちゃん、手伝いに来たよ」
「やっほー、伊井野。元気でやってる?」
ミコの幼少からの親友・大仏こばち。
それと、文化祭実行委員会での活動を経て仲を深めた、同級生の小野寺麗であった。
「こばちゃん?麗ちゃん?手伝いって……?」
「あのね、藤原先輩に頼まれてたの。『3日目くらいから疲れてくるかもしれないから、良ければミコちゃん助けてあげて?』って。やっぱ凄いよね、藤原先輩」
『藤原先輩にそんな事が出来たのか』という言葉が喉元まで出かかっていたが、石上はグッと飲み込んだ。
『藤原信者』であるミコと大仏の前でそんな事を言えば、何かと面倒な事になりそうだし。
「つー訳で、手伝いに来たの。伊井野、何か手伝える事ある?」
「あ……ありがと。じゃあ、こっちに来て。一緒に資料の整理を……」
2人に資料を渡しながら、ミコが説明を始める。
そんな様子を、石上はじっくりと観察していた。
ここ数日で思った事だが。
多分、伊井野は『白銀先輩のような会長』には成り得ないだろう。
四宮先輩と共に歩けば、その溢れ出るカリスマオーラに他の人が畏怖する現生徒会長・白銀御行。
あの人のオーラは、あの何でも卒なくこなせる(恋愛はそうでもないっぽいけど)優秀さと、あの泣く子も黙らせそうな目つきから来るものだ。
それに比べ、伊井野が出してるオーラと言えば、せいぜい頑張って吠える小型犬のようなオーラだ。
どう逆立ちしても、会長のオーラに敵うはずがない。
会長のようなカリスマ性は出せないだろう。
けど、伊井野が一つ勝っている所が有るとすれば。
それは、『助力を得る力』だと思う。
多分、伊井野は一人じゃ生徒会長なんてこなせやしない。
不器用だし、真面目過ぎて勉強以外の事は空回りしがちだし、とてもじゃないけど学園のトップに立つ器には見えない。
それで、今までアイツはその空回りっぷりを他の奴らに笑われてきた。
だけど、あの選挙の日以来。
アイツの信念と努力を、認めてくれる人が少しずつ増えつつある。
だから、例え努力が空回りしようとも。
アイツの事を分かってくれる人間が、力を貸してくれるはず。
皆に支えられる……いや、さながら小型犬のように皆に飼われる、マスコットみたいな生徒会長?
だって、昨日来た3年の女子の先輩なんて殆ど伊井野の頭撫でっぱなしだったし。
まあ威厳も何も有ったもんじゃないとは思うけど。
そんな生徒会長も、やっていけるのであれば……それはそれで、有りなのかもしれない。
そんな事を考えながら、ミコを見つめていた石上だが、
ふと気付くと、小野寺がこちらをじっと見ていた事に気付く。
石上は慌てて視線を逸らしたが、小野寺はその場で軽く考え込む仕草を見せると、
不意にとんでもない事を口にした。
「ていうかさ、前々から思ってたんだけど。アンタ等って、実は仲良いんじゃない?」
「「はぁ!?」」
石上とミコが、全く同時に抗議……と、困惑の意が込もった声をあげる。
「息ぴったりだね」
資料に目を通したまま、いつもの無表情で大仏が合いの手を入れる。
「な、何言ってるの麗ちゃん!?」
「そうだぞ、ていうか大仏まで……」
「いやだってさ、アンタ等ペアで居る事多くない?文実の時といい、クリパの時といい、最近は自習室で一緒してるって噂だけど?」
石上とミコの反論に、小野寺が冷静に根拠を示し出す。
「そ、それはたまたまというか、流れというか」
「そうよ!生徒会役員のコイツの生活態度がアレだったり成績悪かったりしたら、生徒会のイメージが悪くなるでしょ!?だ、だから手助けしてあげてるだけで……」
「……ふーん」
小野寺はそれ以上追及せず、形の上では納得したような雰囲気を出して手元の資料に視線を戻した。
しかし発言の内容が内容なだけに、後にはどこか気まずい沈黙が流れた。
互いにチラリ、チラリと視線を一瞬送るも、視線が合わさってしまう前にすぐ手元の資料に視線を戻す、その繰り返し。
だが、共に仕事をしている以上、互いに押し黙ったままという訳にはいかない。
ふと手元の資料を見ると、会計に関わる内容のモノであったため、仕方なしにミコは石上に声をかける。
「は、はい、石上。これアンタの分ね」
「……うん」
ややぎこちない面持ちで、ミコから資料を受け取ろうと手を伸ばす石上。
その時。
2人の手が、少しだけ触れた。
「「あっ……」」
互いに驚いて、すぐに手を離す。
時間にすれば、ほんの一瞬の事であった。
だが、その一瞬の出来事は、2人の海馬にしっかりと、くっきりと刻まれた。
お互いの触れた指の感触がまだ手に残る中、石上とミコは慌てて他の2人をチラリと見た。
「(お……大仏や小野寺さんにバレてないよな?)」
「(ど、どうしよ……こばちゃんや麗ちゃんに見られてないよね?)」
2人をよく知る大仏は言うまでもなく、小野寺もついさっきあんな事を言ってきたばかりである。
もし、今のシーンを見られていたら!
『(うっわ……やっぱめっちゃ意識しまくってんじゃん?手がちょっと触れただけで慌てちゃってさあ……
アンタ等……マジ卍~)』
などと言われるはず!
という危機感で、ミコと石上の脳内は一致していた。
そして、互いにこんな事を考えているのも同じ事であった。
今、なんだかドキドキしているのは、急に手が触れたから驚いただけにすぎない。
決して、最近なんだか妙に意識してしまうからでは、決してない……。
そんな事も有ったが、なんとか2人(と助っ人2人)は、3日目の代理での生徒会運営を乗り切った。
そして、代理での生徒会運営最終日である、4日目。
この日は、大仏は体調を崩し休み、小野寺も妹が風邪をひいた為早めに帰ってしまっていた。
だが、最終日であるこの日は、前日まで頑張って業務に取り組んだ事で仕事の量も残り少なく、
2日目・3日目に比べて来訪者は殆ど居なかった。
……いや、正確に言えば、この日の来訪者はただ一人であった。
昨日、小野寺にあんな事を言われた直後に偶然手が触れ合ってしまい。
この2人きりの空間で、互いを妙に意識しつつも、仕事以外の事では話しかけられない、そんな雰囲気。
そんな雰囲気を破ったのは、この日ただ一人となる来訪者であった。
「こんにちは!優くん、ミコちゃん、居るかな?」
扉をコンコン、とノックする音が響く。
上品というよりも、どこか快活さが表れたような小気味の良い音だ。
2人とも、その声の主はすぐに分かった。
特に、石上はその声を聞いた瞬間心が躍った。
当然の事である。自分が、今まさに片想いしている女性の声なのだから。
「やほー!優くん、ミコちゃん、遊びに来たよ―」
開けられた扉から入ってきて姿を見せたのは、
3年生のマドンナにして、石上優が恋焦がれている先輩・子安つばめであった。
「つつつっつ……つばめ先輩!?どどどどうしてここに……」
突然のつばめの来訪に、浮き足立つ石上。
「だから遊びに来たんだってー。……あ、けど今大丈夫かな?」
「ぜ、全然大丈夫です!!今日は仕事少ないですし!!」
そう言いながら、石上は慌ててお茶を淹れる準備に走った。
「久々に自由登校で登校したけど……聞いたよ!ミコちゃん、生徒会長代理でやってるんだって?スゴいね!頑張ってるんだね~」
屈託の無い明るさ満点の笑顔で、ミコに話しかけるつばめ。
「は、はい……」
唐突なつばめの来訪に、ミコもまた、石上とは違った意味で困惑していた。
「ふむふむ、へぇ~……生徒会ってこんな感じのお仕事してるんだぁ。ミコちゃん、何か手伝える事あるかな?」
「い、いえその……石上が言った通り、今日はそんなに忙しくないので……」
「そっか、じゃあ手伝って欲しい事が出来たら遠慮無く言ってね!」
つばめにとって、ミコも文化祭実行委員会にて面倒を見た可愛い後輩の一人。眩しい笑顔を向けるのに、特に理由は要らなかった。
だが、ミコにとっては……その笑顔は眩しすぎた。
「つばめ先輩!紅茶用意出来ました、どうぞ!」
ウキウキを隠せない様子で、紅茶とお茶受けを持ちながら石上がテーブルにやってきた。
そのウキウキ気分を察したのか、つばめもフフッと笑いながらそれに応える。
「ありがとね。じゃあ頂いちゃおうかな……あっこのお茶美味しい」
「ですよね!?ちなみにそのハーブティーは……」
普段より浮き足立って饒舌になった石上が、つばめにやや熱く語りかける。
そんな2人の様子を、ミコはすっかり仕事にかかる手を止め、複雑な心境で眺めていた。
子安つばめ先輩。
石上が、片想いしている人だって知っている。
そして、麗ちゃんからはこんな事も聞いた。
『奉心祭の日に3年生の教室で、公開告白した』って。
結局、その結果はどうなったんだろう?
今もこうしている所を見ると、フラれた訳では無いように見える。
けれど、付き合ってるようにも見えない。
一体、どういう事なんだろう……
石上と、つばめ先輩。この2人の関係って……
石上が、ステラの人であると気付いてしまってからもうすぐ一ヶ月。
その間、ミコは何度も悩んだ。
もし、もし自分が。
石上に対して、ステラの人に密かに抱いてきた気持ちと同じ気持ちを抱く事になったとしても。
石上の方は、もう既にこの人の事を好きなんだ……
私は、どうなって欲しいんだろう?
石上と、つばめ先輩。この2人に、どうなって欲しいんだろう?
石上の事を考えてあげるなら、付き合う事になるのが一番かもしれない。
明るくて、美人で、性格も良くて、勉強も運動も出来る凄い人。
石上にはもったいないんじゃないかってくらい良い人。間違っても変な人なんかじゃない。
きっと、この人と付き合えれば、石上は幸せになれるのかもしれない。
――――だけど……――――
そう、今までなら。
石上が『ステラの人』であると気付く前までなら、こんな風に『だけど』なんて事は浮かばなかった。
石上が誰と付き合う事になろうが、そんな事は自分には関係無かった……はずだった。
けれど、今は。
何で、こうも心がもやっとするんだろう。
どうして、素直に祝福してあげる気になれないんだろう。
もし付き合う事になったら、今までの事は置いといて素直に祝福してあげるべき。
なのに、100%の気持ちでそれをしてあげる事は出来ない気がする。
自分の一部が、小さな声で囁いてる。
『それってウソなんじゃないか』って……
もし、つばめ先輩が石上の告白にOKを出したら。
私は、この人の事をどう思えば良いんだろう?
この人と付き合う事になったら、石上は。
中等部のあの時や、今もひっそりと見せてくれる、気遣いや優しさを……私に向けてくれなくなるんじゃないか?
そう考えると……心が、ざわつく。
未だ、自分の気持ちを認めきれていないミコ。
つばめに対して抱く複雑な感情の正体を察するには至れなかった。
しかし、子安つばめは気付いてしまった。
近くに座る小さな少女が、自分に向けている感情について……。
『コミュニケーション能力』!
近年、就活においても企業からよく求められる、人付き合いの上手さを測り知る事の出来る能力である!
だが、ひとくちに『コミュ力』と言っても、その定義は曖昧で掴みどころが無い。
例えば、どこかの書紀のように、自信満々に一切空気を読まず、別け隔てなくガンガン接してくるタイプも『コミュ力が高い』と言えるであろう。
だがそういったタイプは『他人の考えを読む』という事に長けていない為、得てして意図せず場をかき乱したり、相手を傷つけてしまう事もある。
だが、子安つばめはそういったタイプとは違う。
嫌味の無い自信が有るのはもちろんの事、相手の考えや感情を察する事にも長けており、
決して計算高く無く、その場において最も良い回答が出来る。
その為、交友関係が広がり、能力や容姿も相まって多くの人に好かれる。そういうタイプである。
もちろん、中等部・高等部でも、歳下への面倒見も抜群に良い人柄であり、悩む後輩の相談を受けた例も枚挙に暇がない程である。
そんな彼女にとって、傍に居る、複雑な表情を隠しきれていない可愛い後輩の感情を読み取る事は難しくなかった。
ミコちゃんの、この表情。
もしかして……ミコちゃんは?
思い当たる節、結構有る。
そういえば、私と優くんが一緒の時、大抵ミコちゃんも一緒に居て。
今思えば、その時のミコちゃんの表情って……。
「?つばめ先輩?どうかしましたか?」
少し考え込むような顔をしていたので、石上が不思議そうに声をかけてくる。
「えっ!?ああ何でもないよ、優くん。ゴメンね、ちょっとぼーっとしてただけだよ」
「そうですか、なら良かった」
つばめの言葉を疑う余地は無く、あっさりと信じる石上。
そしてまた、他愛のない雑談を始める。
そうしている内に、時は流れていき。
とうとう、下校時刻を示す鐘の音が校内に鳴り響いた。
それは、今日の生徒会業務の終わりを。
そして、ミコと石上の、生徒会長並びに副会長代理の期間の終わりを告げる鐘の音であった。
「あっ!もう下校時間だね!ミコちゃん、優くん!お疲れ様っ!」
つばめが満面の笑みで石上とミコを抱き寄せ、労いの意として2人の頭を撫でた。
「「つ、つばめ先輩!?」」
石上とミコが、同時に驚きと照れの入り混じった声をあげた。
「ふふっ、2人ともおんなじ反応って。仲良しだね」
屈託の無い笑顔で、2人をからかうつばめ。
「そ、そんなんじゃないです!」
「そうですよ!僕は伊井野とは別に!」
「ふふっ、ごめんね」
必死に抗議する2人を、悪戯っぽい笑顔で見つめるつばめ。
ほんと、最後の学年で。
また可愛い後輩が、出来たなあ。
けど、ひょっとしたら私の今後の行動次第では。
この2人が、もっとぎくしゃくしちゃう事になるのかもしれない。
――――そんな事になっちゃうくらいなら……
屈託の無い笑顔の裏で、つばめは、ある決意を固めたのであった。
かくして、ミコと石上の、代理による生徒会運営の日々は幕を閉じた。
片や学年1位をキープし続ける才女で、片や2期連続で生徒会役員を務める身。
4日間程度なら、藤原の珍しく気の利いたサポートも合わされば、代理の生徒会業務も不可能では無い事であった。
だが、ミコと石上にとっての真の波瀾は。
この後に、待ち受けていたのであった。
生徒会長代理を終えた、金曜日の夜。
ミコのスマホに、1件のLINEの着信が入った。
誰からだろう。ふと、ミコがスマホの画面を覗いてみると……
【やほー!ミコちゃん、生徒会長代理のお仕事、お疲れ様♪
どうかな?ミコちゃんが良かったら、お疲れ様会って事で一緒にお茶でもどうかな?】
文実の時に交換していた、つばめからの着信であった。
「い……一緒にお茶?」
唐突なお誘いに、ミコは動揺を隠せない。
しかし、返事を返さない訳にはいかない。
【ありがとうございます。けど、お疲れ様会って事は石上にも声をかけた方が良いですか?】
つばめ先輩と石上と自分で、3人でお茶会。その光景を想像する。
きっと、石上はつばめ先輩に終始デレデレしっぱなしだろう……
そんな姿を見ることになるのだろうか。もし、そうだとしたら……
だが、つばめから返ってきた返信は予想外の内容であった。
【ううん、今回はミコちゃんだけ。ちょうど明日がレディースデーでね、美味しいスイーツのビュッフェが出来るお店知ってるんだ!だから今回は女子だけ!どうかな?これくらいなら私、奢っちゃうよ♪】
疲れた脳内にドスンと入り込んでくる、『スイーツのビュッフェ』という言葉。
ミコが出した結論は、単純明快であった。
【行きます】
生徒会長代理の業務で疲れ切った後で、美味しいスイーツを食べ放題。
そんな、色んな意味で美味しいシチュエーションを、些末な悩み事で逃す大食い少女・ミコではなかったのであった。
そして、翌日・土曜日の昼。
「やほー!ミコちゃん、お互い早かったね」
待ち合わせの時刻の5分前。
ちょうど、2人は同じくらいのタイミングで店の前に到着していた。
「いえ、待たせちゃ悪いですから。……それより!」
「そうだね、早く入ろっか!」
ミコの、期待で待ち切れないといった表情に内心で微笑みつつ、つばめはミコと共に目当ての店に入店した。
「わあ……なんか、すごくオシャレな店ですね!」
店内は若い女性で溢れかえっており、時々彼女らの内の誰かの彼氏と思われる若い男性も散見している。
とても雰囲気も良く、店内には程良く甘い香りが漂い、更には長居するにも心地良さそうな音楽も流れている。
「でしょ?この前友達と入ってさ、すっごく良かったからミコちゃんも気に入ってくれると思ってね」
そう話していると、店員がやってきて席に案内された。
そして、数分後。
2人の着いたテーブルの上には、『女子が2人』にしては異様に多い量のスイーツの乗った皿が並んでいた。
勿論、その大半はこの小さな女子の身体の中に消えていくのである。
いったい、この小さな身体のどこに消えていくのか不思議ではあるが、ミコは実に美味しそうに、もりもりとスイーツを食べていた。
「こんなお店が有ったなんて……つばめ先輩!教えてくれてありがとうございます!」
食べたケーキのクリームを紅茶で流し込み、軽く口を拭きはしたものの、興奮はそのままにミコが元気良くお礼の言葉を述べる。
「どういたしまして!ふふっ、連れてきた甲斐が有ったね」
昨日の複雑そうな表情とは打って変わって、嬉しそうにスイーツを頬張る目の前の小さくて可愛らしい後輩に、つばめは自然と笑顔になる。
……けどね。ミコちゃん。
ごめんね、今日呼んだのは、労いたかったからだけじゃないの。
どうしても、聞いておきたいことが。確認しておきたい事が、有ったから。
多分、ミコちゃんにとっては凄くイジワルな質問をしなきゃならない。
けど、これはきっと、避けて通れない。
私のこれからの為にも。そして、ミコちゃんや優くんのこれからの為にも……
まあ、入ってすぐ聞く事は無いんだけどね!
しばらくは私も、このビュッフェを楽しもう。
自由登校とはいえ、大抵は新体操部に入り浸りで、身体もお疲れ気味だし。
ミコちゃん程じゃないけど、しっかりと美味しいモノを食べなくちゃ!
そうして、2人は美味なスイーツに舌鼓を打ちつつ他愛もない会話を重ねた。
「……で、マイメロのアニメが……」
「あっそれ私もちょっとだけ観たことあるよ!カワイイ顔して毒舌なのが面白かったよね!」
「生徒会室で勉強してたら、白銀会長が……」
「へぇ〜!会長ってそういう所有るんだ?意外だね〜」
「あっそうそう、去年のクリスマスパーティーの時イイ雰囲気だった○○君と△△ちゃんがね……」
「えっそうなんですか!?私全然気付きませんでした……」
ミコは元々コミュニケーション上手な方ではない。だが、子安つばめが聞き上手・話し上手な事で、
2人の会話は実に楽しげに、至って普通の女子高生同士の会話としてそのひとときが流れていった。
――――だが、楽しいひとときというのは、思っている以上に早く過ぎ去ってしまうのがこの世の道理である。
会話もひと段落した頃、子安つばめは決意を固めたような表情でミコに問いかけた。
「……ねえミコちゃん?ちょっと相談したい事が有るんだけど、良いかな?」
「えっ?はい、私で力になれるのなら、どうぞ!」
この僅かなひとときで、子安つばめという先輩がグッと身近に、より好ましく感じるようになったミコ。
ミコが実にチョロい、という事は否めないが、そうさせるだけの人間的魅力が子安つばめには有る事もまた事実だ。
「……うん、というか、ミコちゃんにしか聞けない質問かな」
自分にしか聞けない事?
いったい、どんな事だろう?
自分がつばめ先輩にアドバイス出来そうな事といえば勉強の事くらいしか無さそうだけど……つばめ先輩も学年7位だと聞いた。今更自分のアドバイスなど、この人には不要な気もするけど……
しかして、子安つばめの口から出てきたのはミコの予想の範疇外のものであった。
「ミコちゃん……優くんの事、どう思ってる?」
「…………え、ええっ!?い、石上の事!?な、何で、何で私に聞くんですか!?」
予想外かつ驚愕の質問に、口に含んでいた生クリームを吹き出しそうになるのをグッと堪えて飲み込むミコ。
「うん。奉心祭でね、優くんが私に告白した事……結構噂になってるから、知ってるでしょ?」
「え、ええ、まあ……」
「私、その返事を今まで保留してたんだ。優くんに聞いたら、来月末まで待ってくれるって言ってくれたから……」
告白したはずなのに、関係がいまいち変わってないように見えたのはそういう訳だったのか。ミコの頭の中で最近の2人の態度に関して合点が行った。
「優くんの事、あんまり知らなかったからね?待ってくれる間に、よく知ってみようとしたんだ。それでね……」
「……そ、それで?」
すーっとひと呼吸ついて、つばめが言葉を続けた。
「……OKしちゃおうかな、って思ってたんだ」
「え、ええっ!?!?」
石上には悪いが、どう考えても不釣り合いだと思っていただけに、驚嘆の声をミコは抑えられなかった。
「真面目だし、気配り屋さんだったから……彼氏にしたら、とっても優しくしてくれそうで、良いかもなあって思ってたんだ」
ここでミコは、つばめの言葉の不審さに気付いた。
今もさっきも、『思った』ではなく『思っていた』なのだ。
「けどね、最近気付いたんだ。私なんかよりずっと優くんの事よく知ってて。
優くんの方もきっとその人の事を大事に思ってるんだろうなあ、って人が居るのを」
「え、えっ!?」
「それでね、気付いちゃったの。私が優くんとお話してると、近くでその子が複雑そうな顔してるのをね」
ちょっと待って。
それって、もしかして……
「そ、それって、誰の事ですか?」
既に答えは分かっているような気はした。が、念の為に確認しておかないわけにはいかない。
つばめの方を見ると、優しそうな笑顔をこちらに向け、大きな目がじっとミコを見据えていた。
「……誰の事だと思う?」
無言のうちに、答えを言われているような気がした。
けど、違う。
私は、そんなんじゃない……
「ち、違います!私は、別に……」
しかし、ここでミコはハッと気付いた。
もし、つばめ先輩が自分の考えている通りの事を、自分に対して思っていたとしたら!
もし仮に、違う、別にそんなんじゃない、誰があんなだらしない不良の事なんて……と答えれば。
『(ふふっ……優くんを取られたくないからって思ってもない事を言って貶しちゃって。
ミコちゃん……お可愛いんだ〜)』
などと思われてしまうのでは?
しかし、逆に『実は……』などと答えようものなら!
『(ふふっ……やっぱり優くんの事そういう風に思ってたんだね!今までのは素直になれない照れ隠しだったんだ!
ミコちゃん……お可愛いんだ〜)』
などと思われてしまう!
もう、どう答えても『詰んでいる』のでは?
ミコの横顔に、ひとすじの冷や汗が流れる。
だったら……
「べ、別にそんなんじゃないです。アイツとは、ただの生徒会役員同士ってだけで……」
どうせ既に『あらぬ勘違い』をされているのであれば、余計な事は言わないでおこう。
そう思ったのだが……
「ふぅん、そっか!じゃあ、私がOKしちゃっても良いんだね?」
「えっ……は、はい……」
「良かった!ミコちゃんがひょっとしたら残念がるかもって、思ってたけど……私の勘違いだったんだ!ごめんね!」
ニッコリと微笑みかけるつばめ。
しかし、ミコはそのつばめの笑顔を直視出来ない。
「優くん、喜んでくれるかなぁ?あっ、じゃあさ……もし、優くんと付き合ってて悩んだ事が有ったら、ミコちゃんに相談しに来て良いかな?」
「えっ……えっと……その……」
つばめに問いかけられる度、段々とミコの返事の声が小さくなっていく。
どうして、ここですぐに『良い』と言えないんだろう。
もし、アイツがつばめ先輩とくっつけば。
つばめ先輩に見合う為にって、ますます勉強頑張りそうだし。
『彼女がつばめ先輩』という事になれば、アイツを泣くほど嫌ってる人達も、アイツの事を見直すかもしれない。
良い事づくめじゃないか。
なのに。どうして。
――――どうして、こんなにも心がモヤっとするんだろう……
『ステラの人』だったアイツが。
実は陰ながら私を気遣ってくれているアイツが、つばめ先輩とくっつく事を想像すると。
どうして、こんなに心が苦しくなるんだろう……
「どうすれば優くんと良いカンジにいちゃいちゃ出来るかとか……聞きに来ちゃって良いのかな?良いのかな〜?」
いたずらっぽい笑顔で、ミコの頬をツンツンしながらつばめが追い打ちをかける。
これでも、嫌味や恐怖を感じさせないのがつばめの人柄である。
「……ぅ……えっと……そ……の……」
今や、ミコの言葉は店内のBGMや周りの雑談の声でかき消えてしまう程小さかった。
頑なに『認めたがらない』ミコの頑固さといじらしさは、つばめから見ればとても愛らしく感じられた。
けど、このままじゃ話が進まない。
つばめはとうとう、ストレートに尋ねる事を選択した。
「……ミコちゃん。正直に答えて欲しいな。
優くんの事……好き?」
優しい笑顔と声の調子で、つばめは核心をミコに問いかけた。
「…………っ」
もはや、声にもならないうめき声のような何かが、微かにミコの口からは漏れるだけであった。
やっぱり、そうなんだろうか。
私は、今。
あの暗いヤツを。だらしなくて校則違反の常習者を。
……けど、実は見返りを求めない優しさを自分に向けてくれる、アイツの事を……?
いや、違う。そんなんじゃない。そんなんじゃないんだから。
学生の本分は勉強。将来の為の準備期間として、学力を研鑽する時間なんだから。
ちょっと、優しくされたからって、そんな……違う。違うんだから。
……けれど、もし。
ここでも、『絶対に違う』などと意地を張ったら。
それは、つばめ先輩と石上の仲を認める事に。
つばめ先輩と石上が、付き合う事を受け入れる事になる……
ミコの潤んだ眼から、一筋の温かい涙が流れた。
ダメ。ダメだ。
何で、こんな風になるの?
どうして、胸がもやっとして苦しくなるの?
乱れる思考の中、ミコは必死で自問する。
……そして、自答するのは簡単な事だった。
今思えば、あの日から。
アイツが『ステラの人』だと知った、あの日から。
ずっと、こう思っていたのかもしれない。
けれど、アイツはもう、この人の事が好きだから。
今更、自分がそんな気持ちになってもどうしようもない。
そんな事が、どちらかにバレでもしたら。
みんなの関係が、気まずいものになってしまう事になるかもしれない……
だから、自分にウソをつき続けてたのかもしれない。
そんなんじゃない。決してそんな風に思ってなんかない、って。
でも。でも……!
つばめ先輩は、本当に良い人。
石上には勿体無いくらい……いや、この人と釣り合う人なんて自分じゃ思い付かないくらい、とっても素敵な先輩。
そんな先輩が、こんな事を聞いてきたって事は。
きっとそれなりの覚悟を持って、聞いてきてくれたはず。
それに対して、ウソをつくのは……それこそ、失礼な事じゃないの?
いや、それ以上に。
もう、ウソをつきたくない。
この気持ちに。今の自分に。
――――もう、ウソをつきたくない。
真っ赤に染まった顔を、小さく震わせながら。
ミコは、万感の想いを……小さく頷く動作に込めた。
「……ふふっ、よく言えました♪」
ミコが小さく頷くのを見て、再びニッコリ笑顔になってミコの頭を撫でるつばめ。
「やっぱり、そうじゃないかと思ってたんだー……私のこういうカン、よく当たっちゃうんだ」
苦笑いしながら言葉を続ける。
「……もし、良かったらだけど。いつからなのかな?どういう理由なのか……聞いても良いかな?」
ここまで認めてしまったからには、もう隠す気は無かった。
ミコは、つばめに全てを話した。
中等部の一番辛い時期に贈られたステラの花とメッセージのこと。
最近、それを贈ってくれたのが石上だと気付いてしまったこと。
その事実を知ってから……ずっと、こんな気持ちを抱き続けてきたこと。全てを、包み隠さず話した。
この人なら、きっと笑わず、怒らず、全てを受け入れてくれるという信頼と確信を、ミコは持っていた。
全てを説明された後、つばめは頷きながら閉じていた目を開いた。
「……うん。優くん、お花に詳しかったもんね。『見返りの無い優しさ』かぁ……なんか、素敵かも。ミコちゃんの気持ち分かるなあ」
やっぱり、この人は全てを優しく受け止めてくれる。
この気持ちを、誰かに話した事など無かっただけに微かに不安に思っていたミコだが、内心ホッと安心した。
「…………良かった。ミコちゃんが、私の思ってた通りで。優くんが、やっぱり素敵な人で……」
「えっ?」
つばめの言葉の中に、ある種の不穏さをミコは感じ取った。
「OKしちゃおうかなと思ってたけど……こんな可愛い後輩が悲しんじゃうの、見たくないもんね。
それに、優くんも……私なんかより、ずっと優くんの事知ってて、想ってくれてる人の方が、きっと幸せになれるって……私、そう思うんだ」
ここまで聞いて、ミコはつばめの真意を理解した。
いや、理解してしまったと言うべきか。
「ちょ、ちょっと待ってください!もしかしてつばめ先輩……」
「ううん、良いよ。ミコちゃんを誘った時から、もしそうだったら、って決めてたの」
つばめは、ミコの言葉を遮り首を横に振った。
「あっ、ミコちゃんが悪く思う事は無いよ?確かに優くん、悪くないなって思ってたのは確かだよ?けどね、もっと好きな人が居るのなら……その人に譲ってあげても良いんじゃないかって、そう思ったのは、私の方なんだから」
やっぱり、思った通りだ。
子安つばめの真意は……
「素敵で、頑張り屋で、可愛い後輩。ミコちゃんみたいな娘になら、私も安心して譲れる」
そう言いながら、つばめは立ち上がった。
「ミコちゃんも、勇気を出して答えてくれたんだし……私、卒業しても応援するからね!相談にも乗れるよ!」
そう言うと、つばめは最後にとびきりの笑顔を見せた後。
「頑張ってね、ミコちゃん!」
手を数回振って、そのまま席を後にして行った。
後に残されたミコは、呆然とその背を見送る事しか出来なかった。
もしかして、自分はとんでもない事を、ある意味一番言ってはいけない相手に言ってしまったんじゃないか。
今、自分は……石上の片想いを、台無しにしてしまったのではないか?
そして、確かにつばめ先輩にはこう言われた。
石上をよく知る自分こそが、より彼に相応しいと……
でも、どこが?
自分なんて、どこを取ってもつばめ先輩には何一つ勝てない人間なのに。
そんな、そんな自分が。
つばめ先輩の代わりに?いったい、どうやって?
ミコの胸の中に、ウソをつき続ける事をやめた代償に対する後悔の気持ちが渦巻いていた。
……どうしよう。
つばめ先輩、私はどうすれば?
つばめ先輩の代わりだなんて、私……
私、できっこない。
こんな気持ちじゃ……私は、愛せない。
私は石上優を……愛せない。
こんな終わり方ですが、ここからがむしろ本格的なスタートです。
次回から、冒頭で3学期の顛末を触れた後、2人の2年生編が始まる予定です。