伊井野ミコは告らせたい~不器用達の恋愛頭脳戦(?)~   作:めるぽん

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これより原作に先駆けて、2人の2年生編が始まります。


第6話 石上優は進みたい

【新年度】!

 

及第点を取れなかった者を除き誰しもに訪れる、次の学年へと進むステップである!

第68期生徒会の面々も、当然の如く全員無事に新学年へと歩みを進める事となった。

 

だが、そこに至るまでにはいくつかの出来事が有った。

 

まず……石上の淡い初恋が、終わりを迎えた事。

卒業式の日、自分では告白を未だしていないと思い込んでいた石上は、意を決して子安つばめに改めて告白した。

つばめの方は、返事の催促なのかな、と考え、特に変に思う事はなかった。

それに、つばめの方も奇しくも丁度同じタイミングで、奉心祭での告白の返事をするつもりでいた。

結果は……石上の意に沿う事は出来るものではなかった。

つばめは、本当に申し訳無さそうに謝意の言葉を重ねた。

優くんが嫌いなワケじゃない。本当に悩んだ、今までの告白で一番悩んだ。

けれど、今は新体操に集中したいという私のわがままを許して、と……

 

石上は、精一杯の笑顔でその答えを受け入れた。

ある程度は、想定していた事だ。

いやむしろ、嫌いなワケではないという言葉が貰えただけ充分なのかもしれない。

自他共に認める観察眼を通して見れば、つばめ先輩のその言葉に全くウソが無い事は理解出来たからだ。

 

しかし、石上の中の時間は、この時より止まってしまった。

 

3年生の卒業式の日から3学期までの終業式の約2週間、石上は誰が見ても分かる程無気力な状態で学園生活を送った。

授業や、生徒会の業務はきちんとこなしていた。だがその姿は明らかに、いつもより更に覇気が無かった。

 

そして2つ目に、その初恋の結果とは裏腹に、期末考査の成績は上々のものであった事。

石上の順位結果は97位。同学年にして1位であったミコから勉強を教わった事が功を奏し、前回から格段に順位を上げる事が出来た。

かつてかぐやから提示された50位以内は遠かったが、1年全体199人の中では、『上半分』の順位に入る事が出来た。

これはかつて最底辺に位置していた石上にとっては、大躍進と言えた。

もちろん、ミコも5回連続・そして1年度通じての1位を獲得。トップの座を確固たるものとしてみせた。

 

だが、3つ目として……その見事な記録を残してみせたミコの方も、明らかに元気を失ったまま3学期を終えた事。

しかも、3/10の卒業式までは普通でいた石上と違い、

2月の末から、ミコはずっと元気を失っていた。

もちろん、勉学や試験・風紀委員の活動は普段通りこなしてみせた。

不器用な正義を貫き通そうとしてきた彼女は、周りから煙たがられ辛い思いをした事も何度も有る。

今また辛い何かに当たってしまったところで、彼女の勉学や正義のタガが緩む事は無かった。

 

だが、ふとした時、少し気を抜いた時に。

伊井野ミコの表情は、悔悟の念に苛まれたような辛い表情となるのであった。

月の始めに有った、尊敬する藤原千花、そして石上の誕生日も……祝う気にはなれなかった。

自分には、そんな資格は無い。

どんな顔をして、他人を、石上を……祝えというんだろう。

 

重く辛い空気のまま、2人は特に何も無い春休みを過ごし。

そして休みが明け、新年度、そして新学年を迎えたのである。

 

クラス替えでは、新3年生組は(かぐやの念願叶って)全員同じクラスに。

そして、ミコと石上もまた、同じクラスであった。

貼り出されたクラス構成の掲示を見た瞬間、かぐやと白銀が人知れず独りで歓喜していたのは言うまでも無い事であるが、

ミコもまた、石上と同じクラスになった事をちょっと喜ばしく思っていた。

 

だが、それはほんの一瞬。

すぐに、別の気持ちがミコの脳内を襲った。

『自分に、喜ぶ資格なんて有るんだろうか』と。

 

いや、自分には無い。

そんなつもりは無かったとはいえ、あんな事をした自分には……

 

そして時間が流れ、昼時。

新年度最初の生徒会メンバーの集まる時がやってきた。

 

「今年度もよろしくお願いしますー!」

 

生徒会のムードメーカーにしてカオスの塊・藤原千花の快活な声が響き渡る。

 

「今年はかぐやさんも同じクラスですね!みんな一緒になれて嬉しいです〜」

 

そう言いながらニコニコ笑顔でかぐやに擦り寄る藤原。

 

「ええ、私も『藤原さんと』同じクラスになれて嬉しいです」

 

「そうだな、同じクラスだとやはり話しやすくなるし、良い事だ。俺も嬉しいぞ、『藤原書紀と』同じクラスで」

 

……この2人が、本当は誰と同じクラスになれて嬉しいのかは今更言うまでもない事である。

 

だが、そんな嬉しそうな新3年生組とは裏腹に。

 

「……石上くんもミコちゃんも、去年度末から相変わらずですねー」

 

新2年生組となった石上とミコは、2人とも明らかに元気が無かった。

 

「……ええ、まあ」

 

暗い調子の声で、石上が返す。

 

「いつもの言葉のナイフはどうしたんですか……っていうか、その髪!今までも長過ぎましたけど、休み明けてますます長くなってませんか!?」

 

藤原の言う通りである。元々、長めの前髪を携えていた石上であったが、

去年度末を境目にますます伸びており、今やよく覗き込まないと目が見えない程に前髪は伸びていた。

 

「まあ、石上くんは仕方ないのかもしれないですけど……」

 

石上の失恋は、藤原達も既に聞き及んでいた。

子安つばめへの恋心は既に生徒会のメンバー全員が知っており、『知っていた上で温かく見守っていてくれた事への義理』として、石上の方から顛末を聞かされたのだ。

 

「……ミコちゃんも、いったいどうしちゃったんですか?」

 

「……すみません」

 

何度か聞かれたが、ミコは決して理由を答えなかった。

いや、答えられなかったという方が正しいかもしれない。

真実を告げたら、いったいどんな目で見られるか。

石上が、どんな思いをしてしまうか。

本当の事を言ってしまったせいで、とんでもない結果を産んでしまう。

真実というものが時折見せる残酷な顔が、ミコの脳裏に焼き付いていた。

ウソをつくのは、得意ではない。そんなミコには、口をつぐむ事しか出来なかった。

 

「まあ、俺達には力になってやれない事も有ろう。だが、業務に支障が出るようなら遠慮無く言うんだぞ?俺達なら充分代わってやれるからな」

 

「……いえ、そこは大丈夫です」

 

心配をかける白銀に対し、声に暗い影を帯びた石上が返事を返す。

そう、現に去年度末からこの状態が続いているが、別に石上もミコも、生徒会役員として割り当てられた業務は平常通りこなしていた。

石上は会長やかぐやへの恩、ミコは持ち前の生真面目さが理由で、仕事を疎かにする事は無かった。

単純に、明らかに元気が無い。2人の異変は、傍から見ればそれだけであった。

元から明るい方ではなかったこの2人。

だが、この2人の異変は生徒会室の中にどこかよどんだ雰囲気をもたらしていた。

 

「そうか、分かった。だがな、石上、伊井野」

 

白銀が、石上とミコが向くのを待って一旦言葉を切る。

 

「何か俺達に頼りたい事があるなら必ず言ってくれよ?俺達はお前らの味方だからな」

 

白銀の隣で、かぐやと藤原が優しい顔でゆっくりと頷いた。

かぐやは、「(特に、石上くんはね)」と心の中で文章を完結させた。

子安つばめへの奉心祭での告白は、自分が道連れ欲しさにけしかけたからではないのか。

自分と白銀は上手く行き、石上はそうはならなかったという事実に対して、かぐやは彼女なりに引け目と責任を感じていた。

 

「……じゃ、失礼します」

 

石上は申し訳程度の量の昼食を摂り終えると、重そうな足取りで生徒会室を後にした。

 

「……石上くん、早く立ち直ってくれると良いんですけどねー」

 

『天敵』である石上に元気が無いのもそれはそれで寂しさを感じる藤原が、心配そうに石上の出ていった後の扉を見つめる。

 

「……俺達の思っている以上に、アイツの心の傷は深いのかもしれんな」

 

組んだ両手の上に顎を乗せ、深刻そうに考え込む白銀。

 

「……………………」

 

ミコは何も言えず、その場でどこか申し訳無さそうに座り込む事しか出来なかった。

 

 

 

その日の放課後、午後。

石上は、自習室でひとり勉強していた。

 

石上の心は、失恋とは別に、もうひとつの理由が大きな傷を付けていた。

『また、努力が報われなかった』。

 

何度か言われている通り、彼の人生は『失敗』の連続。努力というモノに対して、半ば諦めのような感情を抱いていた。

試験勉強の方は確かに順位を大幅に上げる事に成功した。

かつて最下位スレスレの位置に甘んじていた事を鑑みれば、そこは充分な成果と言えよう。

石上が勉学に励んだ理由と目的の半分は、これまで自分の勉強を見てくれたかぐややミコの顔を立て、順位アップという結果を以て報いる為。

つまり、目的の『半分は』達成出来ていた。

だが、もう半分、そして彼にとって肝心要であった、もう一つの理由。

『子安つばめを振り向かせる』。これを、成し得る事が出来なかった。

石上優は、義理堅い人間である。彼女への片想いが散った事で、自分の想いを知っていながら茶化さず見守っていてくれた生徒会の面々に対しても、申し訳無さを感じていた。

相談に乗ってくれた(酷い言われようをされたが)かぐやに対しては特に、である。

 

今もこうして勉強しているが、それは決して、来たる1学期中間テストで更なる順位アップを狙うという熱意が有ってやっているワケではない。

ただ、一心不乱に苦手な何かに取り組みたかっただけの事である。

そうしている間は、色んな事を忘れられるから。

暇が有れば、色々な想いが胸に訪れては苦しい想いをしてしまうから……

 

ここ最近はミコからの勉強会の誘いは無いが、石上も誰かに付き合う気分では無かったので特段気にしてはいなかった。

理由はよく分からないが、アイツも何故か1ヶ月ほど前から元気が無い。

ついぞ好きな相手の心を掴む事が出来なかった自分が、いったいどうやって心を読み手助けをしてやれるというのだろう?

僕には、アイツを助けてやれる力なんて無い。

一緒に居れば、アイツが変な噂をされてしまうというデメリットのみが発生する。

石上は、後ろ向きな思考ゆえにミコを避けていた。

 

ところが。

 

「……隣、良い?」

 

よく聞き覚えのある声が背後から聴こえてきたので振り向くと、そこには。

勉強用具を両腕に抱えたミコが、憮然とした表情で立っていた。

 

「……分かってるのか?僕なんかと一緒に居れば」

 

「それはどうでも良い。気にしてたら勉強なんて出来ない」

 

石上の了承を待たずして、ミコは石上の隣に座った。

 

「……ほら、そこ間違ってる。間違ったまま勉強してても、正しく覚えられないじゃない」

 

石上の隣に座ったミコが、英単語の綴りの間違いを指摘する。

 

なんで、僕に絡んでくるんだろう。

もしかして、ここ一ヶ月元気の無い事と何か関係が有るのか?

 

唐突に現れ隣に座ってきたミコに対し、理由を聞く気にもなれなかったので自らの脳内で思惑を探る石上。

だが、その考えはたちまち消え失せた。

 

結局、つばめ先輩の心を得ることは出来なかった僕が。

女子の心を分かろうなどとする事がおこがましい。

 

石上は、言われた所を無言で修正しつつ、自分からはミコに話しかける事は無かった。

 

ミコが来た理由は、ただ1つ。

新学年に進級しても、未だ元気の戻らぬ石上を励ます為である。

 

だが、やはり事ここに至っても、どういう言葉をかけるべきなのかミコには分からなかった。

 

石上を励ましたいのは確かだ。

失恋して落ち込んでる石上を見るのは、何だか辛い。

 

けれど、そもそもこんな自分が、どんな言葉をかけてやれるというのだろう?

どんな顔をして励ませというのだろう?

 

自分が、子安つばめに想いを明かさなかったら。

石上の片想いは、『片想い』で終わってしまう事は無かったのかもしれないのに。

石上が落ち込む事になったのは、自分のせいだ。

なのに、そんな自分がどうして石上を励ませられようか?

『励ましたい』というのも、自分が罪の意識から逃れたいだけの免罪符的な行為に過ぎないのでは?

 

励ましたい。けれど自分には励ませられない。

ミコもまた、石上に声をかけられず、

2人の間には、もはや気まずいを通り越して痛々しい程の沈黙が流れていた。

聞こえてくるのは、石上がカリカリとペンを走らせる音のみ。

近くに居るはずの2人の間には、お互いが醸し出す暗い空気が見えない壁を成していた。

 

石上は、鈍感な人間ではない。

最初にミスを指摘して以降、何も言って来ないミコが、何かを言いたそうにもじもじしている事は分かっていた。

だが、敢えて聞くことはしなかった。

今の自分には、何を言われても答えられる気はしないから。

追い払う気も起きない今、黙っていてくれるならその方が有り難い。

隣で半ば置物と化しつつあるミコを尻目に、石上はひたすら黙々と勉強を続けた。

 

そして時間は流れ、自習室内に下校時刻を示す鐘の音が鳴り響いた。

 

石上は、手早く片付けを済ませ、鞄を肩に掛けた。

あれから結局ミコは石上に何も言って来なかったが、今の石上にはそれで構わなかった。

 

そうして、自習室を後にしようとしたが……

石上の足が、ピタリと止まった。

構う気はしないが……これだけは言っておかないといけないかもしれない。

のろのろと片付けをするミコに、石上が声をかける。

 

「なあ、伊井野」

 

「な、何よ?」

 

石上がこのまま出ていくと思っていたミコは、石上から声をかけられ少し驚く。

 

「……どういうつもりか知らないけど、こんな僕に構ってもお前には何一つ良い事なんて無いから。お前の為にも、生徒会の仕事以外で僕に関わるな」

 

自分を卑下しきった石上の言葉に、ミコはショックを受けた。

 

「なっ……そんな……」

 

ミコが何か言いかけるのにも構わず、石上はくるりと背を向け、その場を後にした。

 

これ以上、自分に絡んで来ても評判を落とすだけだから突き放す。

石上なりの、不器用な気遣いだった。

そしてそれは、ミコにも充分分かっていた。

分かっていたからこそ……ミコはとても悲しくなった。

石上がそんな気遣いをしてくる事が、ミコには悲しかった。

 

 

そして、新学年を迎えての最初の土曜日。

進退窮まったのを感じたミコは、とうとうある人物に相談する事を決意していた。

この人に相談する事が、果たして本当に良い事なのか。むしろ、悪い事ではないのか。

ミコは確信を持てないでいた。

だが、もうこのままではいられない。

自分も苦しいし、石上があそこまで落ち込んで自分を卑下している現状も、なんとかしたい。

そう決意したミコは、自宅にある人物を招き相談を持ちかける事にした。

その人物とは。

 

指定した時間が近付き、自宅で一人そわそわしているミコの耳に、玄関の呼び鈴の音が聞こえた。

 

「はい、今開けます!」

 

ミコが小走りで玄関扉に行き、内側から鍵を開ける。

玄関扉が開いたその先に居たのは。

 

「こんにちは!ミコちゃん、お邪魔するね♪」

 

石上の片想いの相手『だった』人物にして、ミコの想いを唯一知る人物、子安つばめであった。

 

「来てくれてありがとうございます。どうぞ入って下さい」

 

緊張した面持ちで、つばめを迎え入れるミコ。

 

「わあ……綺麗なお家だね。ミコちゃんが頑張ってお掃除してるの?」

 

「えっと、私も少しはやりますけど、殆どは家政婦さんがやってるんです……あっ、これどうぞ」

 

そう言いながら、用意していたお茶菓子をお盆に乗せて出すミコ。

 

「ありがとね、ミコちゃん」

 

目の前に置かれたお茶菓子をひと口味わうつばめ。

 

「……それで、ミコちゃん?相談があるって言ってたけど……」

 

つばめは、回りくどいのは好きではない。これまでのミコを見て、恐らくミコの方からは、なかなか切り出しそうにはないと踏んで、早々に自分から切り出す事にした。

 

「ミコちゃんが私に相談って事は……やっぱり……優くんのこと?」

 

ミコは恥ずかしそうに、小さくコクリと頷いた。

 

「やっぱりそっか!ミコちゃん達、2年生になったけど……あれからどうかな?」

 

つばめからしてみれば、まずは軽めに……という感じで聞いた質問であった。

それだけに、ミコが数秒間何も答えずに。

そして、その大きな潤んだ目から涙を零す事は予想していなかった。

 

「えっ!?ど、どうしたのミコちゃん!?」

 

何かまずいことを聞いてしまったのかとつばめが慌てる。

 

「……どうしたら」

 

「えっ?」

 

「どうしたら良いのか、分からないんです……っ!」

 

涙と共に、ミコの激情と言葉が溢れ出した。

 

「アイツ、落ち込んでで……私のせいで……!励ましたい……けど私のせいなのに!私なんかが、どうやって励ませば良いのか分からなくて……!」

 

「お、落ち着いて、ミコちゃん?ゆっくり、ゆっくり話そ?」

 

泣き出したミコを、つばめは優しくなだめようとする。

 

しばらく泣きじゃくっていたミコだが、つばめの優しい呼びかけに次第に落ち着きを取り戻し、ひとつひとつ最近の悩みを打ち明けていった。

 

石上が、失恋してから落ち込んでいる事。

何とか励ましてやりたいが、自分がこの前つばめに想いを打ち明けた事がきっかけで、石上の恋が終わってしまった。

つまり、石上の恋を台無しにしたのは自分なのに、その自分がどういう顔をして励ませば良いのか分からない事。

……こんな自分に、石上を好きになる資格など有るのかという事。

ひとつひとつ、言葉を絞り出すように悩みを打ち明けていった。

 

全てを話し終えた時、ミコは苦しい想いを一人抱え続ける事からの解放感を僅かばかりに感じた。

 

「そっか……今、そういう風になってるんだね」

 

目を瞑って何度も頷きながら話を聞いていたつばめが口を開く。

ミコは、解放感と同時に僅かばかりの不安感も覚えていた。

場合によっては、『あなたが石上を振ったから今苦しい想いをしている』と責めているように取られてしまうかもしれない。

つばめが優しく包容力のある人物である事は理解しているつもりだし、だからこそ相談を持ちかけたのであるが、

それでも僅かながらミコは不安感を持っていた。

だが、そのつばめが身体を小刻みに震わせ、

先程の自分と同じく、涙を流して抱き着いてくる事は全く頭には無かった。

 

「ゴメンね!ミコちゃん!ゴメンねぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

「ちょ、ちょっ、つばめ先輩!?」

 

つばめの完全に予想外のリアクションに、ミコが慌てふためく。

 

「ミコちゃんも!優くんも!良い子過ぎだよっ!ミコちゃんなんか、人が人ならここは『やったあライバル脱落!』って喜んでも良いところなのにっ!」

 

「わ、私はそんな風には喜べません!」

 

この時、遠くに居た某校副会長が風邪でもないのにくしゃみをしたのはどうでも良い余談である。

 

「ゴメンね!私、逆に2人に辛い思いさせちゃって……ゴメンね!ゴメンね!」

 

「つ、つばめ先輩、どうか落ち着いて下さい……」

 

つい先程までこうして泣いていたのは自分であったはずなのだが、逆にすっかり落ち着いて立場が逆となった事に戸惑うミコであった。

 

「……うん、取り乱しちゃってゴメンね」

 

泣き止んだつばめが、次第に冷静さを取り戻していく。

 

「……けどね、ミコちゃん。私が優くんからの告白を断ったのは、絶対ミコちゃんのせいじゃないんだからね?」

 

「で、でも……」

 

自分が想いを吐露しなければ、子安つばめと石上優は結ばれて、石上は幸せに満ちていたはず。

ずっとその事実を帳消しにしてしまった事が、ミコの心に重くのしかかっていた。

 

つばめは大きくひと息付くと、ゆっくりと話し始めた。

 

「この前、言わなかったから私も悪いけど……告白された時は、断るつもりだったんだよ?優くんの告白」

 

「えっ?」

 

この前は『OKしようと思ってた』としか聞いていなかったので、ミコは面食らう。

 

「付き合って惚れ込んじゃったら、体操の方がおざなりになりそうだし、大学も微妙に遠いからプチ遠距離になっちゃいそうだし……ね。

けどね、それだけの理由で断るのも申し訳無いっていうか、優くんの事よく知らないまま返事するのもどうかなぁと思って、優くんに確認して3月まで待ってもらって。

その間に、断るのも申し訳無いし、優しいからそんなに後悔もしないだろうからって事で、OKしようかなぁ……って。そんな程度なんだよ?

だから、ミコちゃんが自分を攻める必要なんて無い。他の人がどうであれ、最後に『断る』って結論を出したのは、私なんだから」

 

うつむくミコの頭を撫でながら、つばめが苦笑いする。

 

「優くんをフっちゃった私は、もう優くんを元気付けてあげられない。だから……ここはミコちゃんが、優くんを励ましてあげて?」

 

「で、でも!どうやって……」

 

自分には、目の前に居るこの包容力溢れる先輩のようには振る舞えない。

子安つばめの代わりなど、到底自分には務まらない。そう考えていたが。

 

「……ミコちゃん、無理して『私の代わり』になろうとしてるでしょ」

 

ミコの心情を読んだかのように、つばめがズバリと言い当ててしまう。

 

「えっ!えっと……その……は、はい……」

 

胸の内を暴かれた事に動揺を隠せないミコ。

 

「私なんかの代わりになろうとしちゃ駄目だよ?ミコちゃんはミコちゃんなんだから。それに……」

 

「……そ、それに?」

 

「優くんと過ごしてきた時間は、ミコちゃんの方が長いでしょ?」

 

――――そうだった。

その間の関係は、決して芳しいものでは無かったけれど。

石上の事を見てきて、共に居た時間は……

自分の方が、つばめ先輩よりも……

 

「だから、ね?ミコちゃんの気持ちをそのままストレートにぶつければ、優くんはきっと受け止めてくれると思うんだ」

 

――――そうだ、そうだった。

自分は、何を悩んでいたのだろう。

これまでも……巧いセリフの紡げない不器用な自分を、アイツはそれでも受け止めて優しくしてくれた。

全てとまではいかないにしろ……アイツは、自分の気持ちを汲んでくれる。

 

私が励まそうとする意志を持ちさえすれば、アイツはきっと分かってくれる。

 

先程まで困惑一色であったミコの表情が、固く決意の結ばれた表情へと変わった。

 

「……分かりました。つばめ先輩、私、頑張ります」

 

ミコは、つばめに向かって小さく、しかし確かに頷いた。

 

「……そうだよ!ミコちゃんならやれる!応援してるよ!」

 

ミコの決意の固まった表情を見て、つばめは安堵し笑顔になった。

 

「じゃあ!もうちょっと具体的に優くんに何て言うか考えてみようか?

例えばさ、『私が付き合ってあげるから元気出して』とか!?」

 

「告白っ!?」

 

「だって優くんさ、意外と行動力有るよ?

ミコちゃんが励ますより先に、新しい恋とか見つけちゃったら、ひょっとしたら先にその人に……」

 

確かに、石上は妙な所で行動力が有る。

突然性に合わないはずの応援団に志願したり、奉心祭でつばめ先輩に公開告白してみせたり。

 

もし、つばめの言う通りの事になってしまったら!

 

『(はあ?悪いけど伊井野……僕もう好きな人が居るからな……

けど、あのお前が僕の事を好きだったなんてな……今までの態度はまさかのツンデレだったワケか?

これがまさに『周回遅れ』ってヤツか……へえ……へえええぇ……)』

 

って事になりかねない!

 

「た、確かにそうかもしれませんけど……」

 

「でしょ!?じゃあ一緒に良い案を考えよっか!例えばね……」

 

そうして2人の女子は、良い案を考えるという名目で他愛のない女子会トークを繰り広げるのであった。

 

 

そして、2日後の放課後。

 

昨日と同じく、石上は自習室でひとり勉強をしていた。

正直なところ、来たる中間考査へのモチベーションはあまり無い。

『半分より上』の順位なら、もう客観的に見てもマシな方の順位と言える。

そして、もう努力と成果をアピールして気を引きたい相手も……居なくなってしまった。

 

しかし、暇を持て余しているとふとした瞬間に悪い考えばかりが浮かんで、死にたくなってくる。

だから嫌でもこうしていないと、自分はまた、あの引きこもっていた頃に逆戻りしてしまうような気がして。

こうして、勉強を続けている。

 

そんな石上の隣に、今日もまた……

 

「……隣、座るわよ」

 

昨日と同じく、またもミコが石上の隣へと着席した。

 

「あ、あのね石上。その……」

 

今日は手元の勉強内容ををちらりとも見てこない。今日こそ、何か言うつもりなんだろうと石上は身構えた。

いったい、どんな事を言われるのやら。

『失恋くらいでいつまでクヨクヨしてるのよ、だらしない』とか?

『いくら何でもその前髪は長すぎる、校則違反だ』とか、か?

石上の脳内には、暗い考えばかりが浮かぶ。

 

だが、ミコの方はといえば。

 

「あの……その……っ」

 

続く言葉を、出せずにいた。

実のところ、結局何を言えば良いのかを考え付けられなかったのだ。

あれからつばめと話し合ったミコだが、結局自分の中で『コレだ!』と思うようなものは出なかった。

 

「……?」

 

石上が、不審の目をこちらに向けてくる。

いつもより更に覇気の欠けた目ではあるが、こちらの考えを見透かしてきそうな視線は相変わらずである。

 

慌てるミコの脳内に、妖しげな考えが首をもたげてくる。

 

どうせなら、本当に。

いっその事、昨日つばめ先輩が最初に言ったように……?

 

でも、そんな。

いきなりこの場面で、告白なんて……

無理だ。自分には無理だ。

そもそも今落ち込んでいるところに告白などすれば、つばめへの失恋を待ち掻っ攫おうとしていた泥棒ネコのようなものだと思われてしまわないか?

 

しかし、では何と言えば?

結局、またそこに行き着くのだ。

ミコは、結局言葉を続けるに窮してしまった。

 

――――と、そんな時。

 

「……うわ、石上じゃん」

 

「ハァ?コイツ進級出来たの?マジテンサゲなんだけど〜」

 

同じ2年生の、ちゃらけた雰囲気の女子2人が、石上とミコの目の前に近付いてきた。

 

「てゆーかさ、センセー達も何考えてんの?こんなキモストーカー野郎進級させるとかさあ」

 

「生徒会役員だからじゃね?何でコイツが選ばれてんのか知らないけど。何か弱みでも握ってんの、お前?」

 

棘だらけの言葉を、無遠慮に容赦なく向けてくる。

 

「ちょ、ちょっと貴女達!いきなりそんな……」

 

突然の暴言に驚いたミコが、品の無い言葉を遮ろうと割って入る。

 

「なに伊井野?良い子ちゃんはお呼びじゃねーっての」

 

「そうそう、ウチら石上に言ってるだけだし?

てゆーか何今更勉強頑張っちゃってんの?お前なんか最底辺がお似合いだったのにさあ」

 

「アレじゃね?コイツあのつばめ先輩に告ったらしいじゃん?『つばめ先輩に見合う為だー』とか言って張り切ってたんじゃね?」

 

「えぇー、そマ?無いわー、石上なんかがいくら背伸びしても『月とすっぽん』ってヤツ?マジキモみがヤバいっての、ギャハハハ……」

 

これが、落ち込む人間にかける言葉か。

隣で絶句していたミコの怒りが、沸々と沸いてきた。

こんなの、許せない。

何も知らないくせに……的外れな事を!

 

「ちょっと!いい加減に……」

 

小型犬の如く怒るミコが勢い良く立ち上がり、無礼な2人に反論を以て食ってかかろうとした、その時。

ミコの目の前に、それを制止する手がスッと上がった。

 

隣を見ると、石上が左腕をミコの前に伸ばしていた。

 

「……お前らの言う事、全部正しいわ。僕は無価値でキモくて背伸びすら出来ない何1つ取り柄の無いゴミ。お前らの言う通りだわ」

 

石上は、ため息をつきながら言葉を続ける。

 

「だからこうして、隅っこで目立たないようにしてる。そんな僕に構うのなら、まあ良いからいくらでも言ってくれ。事実だから否定しない」

 

この手の、性根の曲がった人間達にほぼ共通して言える事であるが。

嫌がれば嫌がるほど逆に愉快がり責め苛んでくるが、

逆に本人が認め、開き直ると逆にそれ以上言う気がしなくなるという天の邪鬼な性質を持っているものである。

 

突然現れたこの2人も、例外ではなかった。

 

「……チッ、まーいいわ。確かにお前なんかに構ってたらキモいのが伝染りそうだし」

 

「キモ上はせいぜいウチらの目に入らないところでキモく生きてな」

 

三流じみた品の無い捨て台詞を吐きながら、2人の女子生徒は去っていった。

どんな場所にも、癌のようなモノは存在するものである。

 

2人が去ったのを見計らって、石上は隣で立ったままのミコに対し、面倒そうに言葉をかける。

 

「ほら、僕なんかと一緒にいるとああいう連中が沸いてくる。お前も嫌だろ?何の価値も無い僕に構って勉強時間減らして、次の中間考査で順位落としたりしたら嫌だろ。だから、もう離れろ」

 

ミコに、それを受け入れる事は出来なかった。

何でなの?どうしてなの?

何も悪くないアンタが、あそこまで言われて、その通りなんて認めて。

間違ってる。そんなの間違ってる。

アンタは、何も価値のない人間なんかじゃない。

アンタに、私は辛かった心を救われたの。

アンタが……そんなに自分を卑下する事なんて、しなくていい。

 

「……あのね、石上」

 

「?」

 

「あ……アンタにだって……その……

良い所くらい、有るわよ」

 

青天の霹靂とも言うべきミコからの言葉に、石上は目を見張った。

 

その場に、しばらく沈黙が流れたが、

その沈黙を破ったのは、呆然としながらも確かめずには居られなかった石上の言葉だった。

 

「……どんな所が?」

 

去年は、確かに『何も良い所が浮かばない』などと憎まれ口を叩いてきた、あの伊井野が。

いったい突然、どういう風の吹きまわしだろうか?

 

石上の問いかけに、答えにくそうにもじもじしていたミコであったが、

やがて、少し頬を赤く染めつつこう答えた。

 

「こ、ここ最近は勉強頑張ってるでしょ?

そ……それに。たまに、本当にたまにだけど!

ちょっと、ちょっとだけ……

や……やさしい……でしょ」

 

顔を真っ赤にしながら、渾身の勇気を振り絞って出した、微かな声。

だが、石上の耳にはしっかりと届いていた。

 

「も、もう!何言わせるのよ!

とにかく!いい加減に元気出さないと、会長達にも迷惑がかかるでしょ?出来るだけ早く、立ち直りなさいよ!

それじゃあね!」

 

早口でまくし立て一気に言い終えると、ミコは早足で自習室を後にした。

 

その場に残された石上の心情は、他人どころか本人すらよく分からない状態であった。

 

だが、その目は不思議と……ここ最近かかっていた、黒いもやがすっきりと晴れていたように見えた。

 

――――翌日、2-Aの教室――――

 

「はぁ……」

 

自分の席で、伊井野ミコはひとり大きなため息を吐いていた。

昨日石上にかけた言葉が励まし足り得ているか、ミコにはその確信が無かった。

結局、その場の勢いで言ったような事しか言えなかった。

あんなので、石上への励ましになったんだろうか。

自分は、この先もこんな感じで石上へかける言葉に対し四苦八苦し続けるのであろうか?

ミコは、内心で頭を抱えていた。

 

そんな時、教室の扉がガラリと開き。

一人の男子生徒が入って来て、ミコの後ろの席へと座った。

 

その男子生徒は、春休みの間に伸び過ぎた長い前髪……ではなく。

全体的にこざっぱりとした短髪を携えていた。

 

「…………だ、誰?」

 

その姿を目の当たりにしたミコが、唖然とした表情で問いかける。

 

「ベタな反応すんなよ。石上だよ石上」

 

「だ、だってアンタ……」

 

「何だよ、僕が髪切っちゃいけないのか?」

 

「そ、そういう訳じゃないけど……!」

 

慌てふためくミコに反論する石上の姿は、もはや昨日までとは違い暗い影を落としてはいなかった。

 

「大体、お前が昨日言ったんだろ?『落ち込みっぱなしじゃ会長達にも迷惑かかる』って。その通りだと思ったからな。それに……」

 

「……それに?」

 

「…………やっぱ、何でもない」

 

「何よ!?」

 

言葉に窮した石上が、クルリと顔を背けた。

 

本人を目の前にしては、言う事は出来なかった。

こんな自分を評価してくれる人間が身近に居るのに、落ち込みっぱなしでは申し訳無い。と……

 

伊井野ミコは、嘘が下手だ。

自分が腹ペコなのに、四宮先輩に対してお腹鳴らしながらバレバレの嘘を言いつつ弁当を分けてあげようとしたりとか。

本当に真正直で、笑えるくらい嘘が下手だ。

 

そんな伊井野が、絞り出すようにして言ってくれた、昨日の言葉。

自分には分かる。あれは、嘘偽りのない言葉だと。

 

またも『失敗』してしまった、こんな情けない自分の事を、真っ直ぐに評価してくれる人間が居るのなら。

いい加減……前を向いて先に進まなくては。

 

子安つばめに『お断り』された、あの日。

あの時つばめにかけられた言葉を、石上は思い出した。

 

『(でもね……優くんの側には。私なんかよりずっと優くんの事知ってて、ずっと優くんの事を見てくれてる人も居る……そんな気がするの。

もし、そういう人が居たら……優くんの優しさを、その人に向けてあげてほしいな)』

 

果たして、つばめの言い残した『その人』が、自分の前に座るこの少女の事なのかどうかは、自分にも分からない。

だが……コイツが、自分を評価してくれている以上。

自分が、立ち止まったままのワケにはいかない。

 

ひとり密かに決意を固めた石上は、もう昨日までのような、他人の視線を遮る為の長過ぎる前髪も無く。

その目にはもう、暗い影を宿してはいなかった。

石上優と、伊井野ミコ。2人の本当の高校2年生の生活が、ようやく始まろうとしていた。




髪を切った石上のイメージは、中学時代と同じ髪型をイメージしています。
石上の新たな一歩の決意の表れなので、多分この先はずっとこの髪型で行くと思います。
ミコが落ち込んでいた間に過ぎた石上の誕生日(3/3)ネタは、3年生編にて扱う予定です。
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