「ふぅ……」
朝のランニングを終え、一人でゴールドタワーをエレベーターを使って上がっていく。いつもなら芽吹のランニングに付き合うのだが……俺としたことが寝坊してしまったらしい。
「ちっ、朝の芽吹成分が足りん……ここ最近ずっと一緒だったからかクッソ寂しい…」
寝坊なんてもんをした自分に苛立ちながら、いつもより遅めに食堂へと向かうと山伏が、ちょこんっと一人で座りながら朝食を取っているのが見えた。
「よっす、朝早いな。山伏」
「鷹月…?楠は一緒じゃないんだ……珍しい」
「お前こそ、加賀城と弥勒さんは一緒じゃないんだな。にしても…俺が芽吹から離れるとか……ぐぅ…過呼吸になりそう」
「……朝からハイテンション」
「いや、こんなのまだまだ。芽吹が近くにいりゃ、もっと違うんだけどな」
「それより上があるの…?」
「なんで嫌そうなんだよ。あ、ここいいか?」
山伏が静かに頷く。本人の許可も取れたので、正面の席へと座る。山伏は相変わらず、何を考えているのか分からない無表情顔で食事を進めていた。
「なぁ、山伏」
「…何?」
「お前ってどこ出身?」
急な質問に、山伏は小首を傾げた。うーむ、こういう仕草がやたら似合うんだよな。小動物感ってのかな?
「…急にどうしたの?」
「山伏とは前々から色々話したいと思ってたからな」
「そうなんだ……徳島にいた」
徳島か…確か、加賀城は愛媛、弥勒さんは高知、俺と芽吹、亜耶ちゃんは香川。結構バラバラだな。
「不思議なもんだな。四国全部の出身者が揃うなんてよ」
山伏は黙々と食事をしているが、何気に俺の話を聞いているようで静かに頷いてくれる。ふと、気になったことをもう一つ聞いてみた。
「ご両親とかは、こんな御役目やることになんか言わなかったのか?」
「……親は、心中した」
「……悪かった」
「ううん、気にしないで」
知らなかったとはいえ、悪いことをした。あまりこの空気を持続させるのもどうかと思った為、すぐに違う話題を振る。
「ずっと徳島にいたのか?」
「小学校は神樹館」
「ほー、ん?それって、確かあれだろ?確かぁ……」
「二年前、勇者様がいらっしゃった場所ですね!?」
「うぉ!?あ、亜耶ちゃん!?っと……芽吹じゃないかぁ!」
「落ち着きなさいっての!たくっ、珍しく私に引っ付いてこないと思ったら、しずくと一緒に食堂にいたわけね」
ん?なんだ、芽吹から不機嫌な匂いがするぞ?これはもしかして……俺が山伏の所にいたから嫉妬している!?
「芽吹……お前もしかして嫉妬してくれてるのか!?だとしたら嬉し」
「何に対しての嫉妬よ。この馬鹿」
呆れつつ芽吹が俺の隣の席に座り、同じく亜耶ちゃんも「失礼します」と一礼して山伏の横の席に座る。
「何、ニヤニヤしてんのよ」
「悪い、芽吹が迷わず俺の隣に座ってくれて嬉しくて」
「なっ!?ふ、ふん……で、しずく。さっきの話聞かせてくれない?」
「…神樹館のこと?」
「しずく先輩は当時先代の勇者様と年齢が一緒だから、もしかしたら知り合いだったのではと…」
亜耶ちゃんの言葉に、山伏は静かに頷く。
「隣のクラス。だったから」
「やっぱり!驚きました、先代の勇者様の知り合いがいらっしゃったなんて」
亜耶ちゃんは感嘆しているのか溜め息をついた。その横では、芽吹が真剣な目でしずくを見つめている。
「ねぇ、どんな人だったの、先代の勇者って……?どんな人が勇者になれたの?」
「……」
まただ、芽吹のこの表情。焦っているようで追い詰められているかのような……俺には何故芽吹がこの表情をしているかの理由がわからない。
そんなことを考えている内に、午前の訓練開始のチャイムが鳴った。結局の所、それに遮られたことで芽吹は山伏から答えを聞けていなかった。
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そんなことがあった次の日、二回目の結界調査が行われた。新しく防人になったメンバーは最低限の事だけ教え込まれ、戦地へ投入されることになっていた。まともな訓練時間すら取れないほど、切迫してるらしいな、大赦は。
「……もう、人数十分いるよね?じゃ、私は帰りますぅぅぅぅぅ!!」
「とか言って、逃げ出さない辺りが加賀城らしいよな」
「雀、夕矢!隊列を乱さない!」
なんか、怒られてしまったが全然OKだ。芽吹に怒ってもらえるのはご褒美みたいなもんだしな。
「今回も、密集陣形で行くわ!目標地点までの到達予想時間は三十分。なんとしても、持ち堪えるわよ」
『了解!!』
「よし、芽吹。背中は任せろ」
「えぇ、普段の変態的行動はどうあれ、あんたの強さは信頼してるから」
「お、おう……そうかぁ、嬉しいなぁ……」
新しく入ってきた四人以外の防人メンバー(この、開幕速攻で何気にイチャイチャするのどうにかならないかなぁ…)
前回は壁のすぐ外の土壌を、持ち帰る任務だった為、壁の近くから動く必要性はなかった。だけど、今回は、かつて『中国地方』と呼ばれた地域へ向かい土壌の摂取と状態観測を行う。しかし、一筋縄でいけるはずもなく、前回にも見た白い化け物が俺達の行手を阻んできた。
「うぎゃぁぁぁぁ!!!来たーーーーー!!!助けてぇ!メブゥ!ユウゥ!!」
「護盾隊は、盾を展開!奇数番号は、星屑と交戦しながら護盾隊の負担を減らして!偶数番号は交代のために、盾の内側で待機!!」
護盾隊の防人達が盾を大型化させて組み合わせ、隊全体を覆う。これにより、星屑は突撃が阻まれる。移動速度は落ちるかもしれないが、これが一番安全性が高い。
だが、それだけでは押し切られる。だからこそ、俺や芽吹、そして他の隊長達は盾の外に出て星屑達を倒していた。
「悪いが、四国は今日も店じまいなんだ、さっさとそのアホ面ひっさげて元の場所へ帰りな!!化物!!」
「消え失せなさい…化物!!」
多少の負傷者を出しながらも、俺達は目標地点へと辿り着いた。相変わらず、そこも爛れた大地が広がっているだけだ。
「相変わらず、気持ち悪りぃ風景だな…」
「えぇ、ほんとに…最悪の景色よ…」
「……芽吹、大丈夫か?」
「問題ないわ、私の心配よりも自分の事を第一に考えたらどう?」
「俺の中じゃ、お前が一番なんだから、自分なんて二の次だっての」
「あっそ……総員、撤退準備!」
採取が充分終わった為、芽吹の号令で防人達は後退を開始する。すると、横に随分息を荒げた弥勒さんがいた。
「あの、弥勒さん。すごく息切れしてるんすけど、大丈夫ですか?」
「ぜぇー、はぁー……ふふふふふふ……こ、今回のお役目も実に簡単…でしたわ…」
「うひゃぁ〜すごい〜説得力皆無ぅ〜(棒)」
「す〜ず〜めぇ〜さぁーん?あなたの眉毛全部千本ほど抜いてあげましょうか?」
「弥勒さんは突出しすぎなんです。疲れているのなら、しっかり盾の中で休息を取ってください」
「いいえ、そうはいきませんわ!それでは、功績を立てられませんから」
芽吹の発言を、弥勒さんはキッパリと拒否する。疲労して、傷も負っているのに彼女の目には闘志が強く宿っていた。弥勒さんのこういう所をなんだかんだで俺は尊敬していた。
「ああああ!!!!ユユユユユユユウユウユウユウ!!みて、見てアレェ!!」
「いってぇ!?ど、どうしたんだよ?」
「な、なんか、いっぱい集まってるんだよぉぉぉぉぉ!!!」
加賀城が指差した方向には、星屑が何十体も融合していく姿が見えた。神官から聞いたことがある、完全なバーテックスは作れなくともその『成りかけ』程度のものなら出てくる可能性があると。
突然の事態に、防人のメンバーに動揺が走る。融合個体は撤退中の防人部隊の最後部に迫る。そこには、山伏がいた。
「芽吹!!」
「わかってる!!私達で、助けに行くわよ!!」
巨大個体の出現によって、部隊が混乱に陥る中で芽吹と俺が指示を出しつつ体制を徐々に立て直していくが、星屑が邪魔で山伏の所まではたどり着けないでいた。
「このっ!邪魔!!するんじゃねぇ!!」
弓を射りながら、近場にいるやつを屠りつつ…すぐに弓を折り畳み体をよじって胴回し回転蹴りを放つ。防人の性能的に撃破は出来ないが、相手を止めることはできる。
「今!!はぁぁ!!!」
「ナイスフォローだ。芽吹」
「わかったから!急ぐわよ!」
やっとのことで、最後部まで着くとへたりと座り込んでいる山伏に迫る巨大個体が見えた。
「夕矢!!」
「させねぇ…」
弓をすぐに射り、巨大個体に向けて放つ。しかし、それと同時に銃声が響き渡った。矢と銃弾によって化物の体には風穴が開いた。
「えっ?」
芽吹の困惑と疑問が込められた声が聞こえてくる。直後、巨大個体の体は横に裂けた、裂け目からは銃剣を肩に担ついだ少女が出てきた。その少女とは、山伏だった。どうやら、無事だったようだ…安堵し、無線で山伏へ喋りかける。
「山伏、無事か?」
『んぁ?無事に決まってんじゃねぇか!ウスノロが!俺がこんなデカブツに負ける訳ねぇだろ!』
「は?」
『うらぁぁぁぁぁ!!!このデカブツが、ナマスにしてやらぁぁぁぁ!!!』
瞬間にブツっと無線が切れる。すぐに巨大個体の方に視線を向けると、銃剣を使い、巨体を突き刺し、同時に銃弾を発射。突き刺し、撃ち、斬り裂く。普段の山伏からは想像できないほどの勢いで、連撃を叩き込み化物を屠っていた。
ポカーンと目の前の光景に、思考停止していた俺に芽吹が言った。
「…誰よ、あれ?」
もちろん、俺はその質問に答えることが出来なかった。
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二回目の任務終了後、私と夕矢はしずくのあの豹変ぶりについてを女性神官に問い詰めていた。
「あれは、山伏しずくのもう一つの人格です」
「もう一つの?」
「二重人格ってやつか」
「ええ、主に追い詰められた時などにそれが出てくるようですね」
「なるほど、しずくが『九』の番号だったのはそこも考慮してのことだったんですね。しかし、強くても連携行動が全く出来ていません」
確かに、今回防人達に犠牲者を出さずに帰還できたのはもう一人のしずくのおかげかもしれない。だが、巨大個体を倒したあと、夕矢や私の指示を聞かずに星屑と戦い出したりなど、戦うことを楽しんでいるようなかのような行動を繰り返した。
「あれでは、作戦行動に支障が…」
「心配するな、芽吹。またあいつが勝手な行動をしたら、俺が従わせてやる」
「それが、最善でしょう。メンバーを従わせるのも、隊長、そして、副隊長の務めですから」
それだけ言うと、神官は私たちに背を向けて立ち去っていった。
「ちっ、あんたに言われなくても分かってるっての」
「ほんとよ、言われなくても従わせるわ」
「俺も、協力するぜ。お前の支えになりたいからな」
「……真顔でそういうことほんと毎度毎度よく言えるわね」
「好きだからな」
「あー!はいはい、そうですか…」
少し顔が熱くなるのを感じながら、雑談をしていると、夕矢がスマホを自室に忘れたのを思い出し取りに行った為、一旦一人で食堂へと向かうことにした。
「なんだぁ?お前、怯えたツラしやがって」
「ひぃ!?しずく様ぁ、お許しを〜!」
「様とかつけてんじゃねえ、なんかあるならはっきり言えよ!」
「ええと、その…い、いつまでそのままなのかなって…」
「俺が俺で、何か文句でもあんのか?」
「ひゃ、ひゃい、何でもありません」
食道に着くと、しずくに土下座している雀の姿が見えた。このやりとりを見て、ため息をつく。今のしずくをこのまま放置するのは、良くない。
「雀、怯えすぎ。それで、しずくちょっといいかしら?」
「んだよ」
「め、メブゥ!助けに来てくれたの!?」
「あなたのその状態はいつまで続くの?」
「ガン無視!?」と半泣き状態の雀をいつも通りにあしらいしずくに問いかける。
「さぁね、久々に出られたんだ。しばらくはこのまま楽しませてもらうわ」
「そう」
「お前もその方がいいんじゃないか?あっちのしずくよりも、俺の方が強いし、なんならあの使えない副隊長よりも強いからな」
「使えない…副隊長?」
その言葉を聞いて、何故かものすごくイライラした。確かに、夕矢は変なやつだが、こんな言葉を言われるような奴ではない。
「確かに、あなたの強さは頼もしいわ」
「だろ?ただ、俺に指示はするな、俺は好きなようにー」
「でもね、今のあなたはこの部隊に不要よ」
「……あ?」
鋭い目が私の目を真っ直ぐ捉えている。怯まず、それを受け止める。変な奴とはいえ、幼なじみをバカにされて引き下がれないし隊長として生意気なメンバーを従わせなければならない。
「防人に必要なのは、連携し、集団で戦う力。身勝手に戦闘を繰り広げ、味方を危険に晒すようなただ強いだけの力は必要ない。故に指示には従ってもらうよ」
「俺は…自分よりも弱ぇ奴の言うことなんて聞かねぇし、小物には興味ねぇ」
「だったら、無理やりにでも納得させ」
「あれ?ユウ……?ひぃぃ!?ど、どうしたの!?ユウ、怖いよ!?」
後ろからの雀の叫び声に振り向くとそこには、明らかにキレている夕矢の姿があった。
「たくっ、忘れ物とりいって戻ってきてみれば……てめぇ、さっき芽吹に対してなんて言った?俺の耳がおかしくなけりゃ、芽吹のことを弱いだなんだの言ってた気がしたんだが???」
「ああ、言ったぜ?俺は弱い奴に、従う気はないってよ」
二人が睨み合っている光景を見ながら、頭を抱えた。こうなったら、夕矢は止まらない……実際、小学生の頃私をバカにしてきた連中を無傷で粛清していた事があった程だ。(流石に、先生に呼び出されていた)
唖然としていると雀が近くにきて、小声で話しかけてきた。
「ね、ねぇ、メブゥ…な、なんか大変なことになっちゃったよ?どうにかしてよぉ」
「正直、無理ね……夕矢はああなっちゃったら止まらないもの…」
「なるほど、愛故にってことですね?流石、重度の芽吹さん依存症」
いつの間にか近くに来て、耳打ちしてきた弥勒さんの発言に頭痛が更に増す中、目の前の二人は更にヒートアップしていった。
「は?山伏のもう一人の人格だか、知らんが覚悟しろよ?」
「んだよ、やるか?」
「お前には、芽吹の素晴らしさを教えると共に礼儀ってもんも教えなくちゃならんらしいな?」
「やってみろよ、副隊長さん?」
「はぁぁ……」
そんな二人のやり取りに、もう私はため息しか出てこなくなった。
小ネタ解説!
「悪いが、四国は今日も店じまいなんだ、さっさとそのアホ面ひっさげて元の場所へ帰りな!!化物!!」
上のセリフは、『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』にて地球へ襲来したエポニー・マウに対してアイアンマン/トニー・スタークが、言い放った台詞のオマージュ。
胴回し回転蹴り
映画「キャプテン・アメリカ/ザ・ウィンター・ソルジャー」での、バトロック戦の際にスティーブ・ロジャース/キャプテン・アメリカが使った格闘術のオマージュから取りました。
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んー、次の次は番外編書こうかな!!!メブと夕矢くんがもっとイチャイチャしてほしい。