君は農地で暴れる魔物退治の依頼を終えて、トルリッカの魔道士ギルドで報告の後に報酬を受け取った。
「キミ、そろそろ夕食にするにゃ」
師匠は一路宿に戻るより先に、夕食の気分らしい。君も同じ気持ちだったので、そうしよう、と頷く。
空は飴色に染まり始めて、駆け足で暗くなるだろう。
師匠の意見も取り入れながら、今日は何を食べようかと決めあぐねていると、突然、君の周りが見覚えのある淡い光を纏いだした。
「またにゃ!?」
師匠の目には、空腹も相まって悲痛の色が宿っており、うっすら濡れていた──なんて心情を読みとっているうちに、完全に視界がホワイトアウトする。
次に気がつくと、眼前の見慣れない街並みの中に放り出され、立ち尽くしていた。
胡乱げな眼差しで一瞥し、通りすぎていく人々は、皆シックにまとめた服装をしている。そこに魔道士の装いの君は客観的にみて、とても浮いていた。
街の様子にしても。
クエス=アリアスの一般に比べて、過密なレンガ造りの建物群はやけに背が高く、全貌を視界に納めることは出来ていないが、煙突からもうもうと立ち上るいくつかの煙の存在を空に認めた。
──家屋の上、狭間の空を黒い影が通り過ぎる。
一拍置いて、今度は人影が二つ。危うさのない軽やかな身のこなしで屋根を蹴り、飛び越えていく。
「普通じゃない、きっとこの異界の手掛かりが得られるはずにゃ。キミ、追いかけるにゃ!」
師匠ならそう言うだろうと予見していた君は、懐からすでに取り出していたカードで自身の身体能力を強化する魔法を掛け終え、一蹴りで屋根に着地した。下からは、通行人の驚愕の声が微かに聞こえる。
間もなく銃声と閃光。みつけた。
戦闘をしているのは分かった。急いで追いつき、状況をみて加勢しよう。君は反射的に懐のカードを取り出し、いつでも防御障壁を展開出来る準備をしていた。
「にゃ!?」
家屋から別の家屋へ、屋根伝いにここまで駆けてきた君だが、一度だけ視認した黒い影の正体が物陰から多数飛び出してきたので、たたらを踏まざるをえなかった。
「キミ、魔力を感じるにゃ。十分気をつけるにゃ」
この異界固有の魔物なのだろう。つや消し紫の、いわゆるマットパープルな質感で、流線型のフォルム。目は無く代わりに大きな口が鋭利な歯をみせつけており、グルル、と喉を震わせている。
カードを取り出し、魔力が通う。
契約している精霊の問いかけに答え、詠唱で力を形作る。
そうして生成されたのは氷の茨。支柱には無数の氷柱針が並び、それは君を中心に半球状に展開され、周囲の空間を威圧する。
群れで現れた魔物たちもこれに警戒し、始めこそ様子を窺っていたが、次第に焦れて、接近してきた魔物を絶対に外さない距離まで引き付けてから氷柱針を射出し、その数を半分まで減らすことに成功した。
「キミにかかれば、こんな相手朝飯前にゃ!……うぅっ」
墓穴を掘って、空腹を思い出してしまったらしい。師匠には、もう少しだけ我慢してもらわなければ。
君はもう一枚のカードを懐から取り出し、肩透かしをくらう。
目の前に残っていた魔物たちの姿が、シャボン玉がはじけたみたく、忽然と消え失せたのだ。しばらく唖然としていると、屋根を渡って先ほどまで近くで戦闘していた二人組が来た。
「〈悪夢のかけら〉の相手をしてもらってありがとね。おかげて少し楽だったわ」
右手に銃を持っている変わった衣装の女性が、謝辞を述べてウインクする。
〈悪夢のかけら〉?
疑問符が頭に浮かんだが、きっとあの魔物をそう呼ぶのだろうと断定する。見かけて思わず駆けつけたけど、少しでも助けになれたのなら何よりだ、と君は笑顔で答えた。
「あらま、予想外。これも勉強代よ、ってここでのルールを教えに来たつもりが、ねぇ?あなた、〈メアレス〉じゃないのかしら」
君は〈悪夢のかけら〉も〈メアレス〉も初めて聞く言葉だと正直に答えると、ずーーっと黙って君を険しい目つきで睨んでいた少女の目が、カッ、と見開いた。
「あなた、さっき魔法を使っていたでしょ」
魔道士だからね、と引き攣った笑顔で答える。なんだか、さらに凄みが増した気がする。
「こっちがわたしの教え子で、師匠のウィズにゃ!」
「猫ちゃんが喋った!?」
「猫の姿でも、人間にゃ!」
「ルリアゲハ。きっとこいつ、人擬態級の〈ロストメア〉よ。いいから援護してッ!」
なんだこれ、凄く混沌としてきた。
意味がわからない固有名詞の連発に思考が停止し、誤解を解くことを放棄した君はウィズを抱き抱え、屋根から路地に下りて全力でダッシュした。
「逃がすかッ!」
「アンタは猪か、って。……ああ、もうっ!」
君はウィズを腕に抱いて、それはもう、がむしゃらに走った。「繋げ、〈秘儀糸(デュクトゥルス)〉!」だとか「修羅なる下天の豪雷よ、千々の槍以て降り荒べ!」だとか「ムギーテ・レーオニーネ・ディスペルガ・エト・プルウィアエ・ルトゥムクエ!!(雄々しき獅子の咆哮よ!砕いて散らせ!降る雨粒も泥さえも!!)」とか背後から聞こえたし攻撃されたし詠唱を暗記してしまったが、魔法障壁でなんとかしのぎ、黄昏時が過ぎて完全に夜となった頃には、執拗なまでに追っていた少女の姿は見えなくなっていた。
「酷い目にあったにゃ……お腹空いたにゃ……」
全力で街を走り回った君も、当然お腹が空いていた。とりあえず、何か食べたい。君は〈巡る幸い〉亭と書かれている看板(この異界の文字は読めないがご飯の絵が描いてある)をすぐに見つけ、ここに決めたとドアを開けた。
チリーン、と心地よいドアベルの音が鳴る。
「らっしゃっせーー」
……店を間違えました。
自然を装って出ようとする君は、しかし背後で「にゃー」と猫みたいに鳴く師匠の声を聞いて踏みとどまった。扉を開けるとき、待ちきれないと体を滑り込ませて先行した師匠は、あの少女の腕の中で抱き上げられていた。
「また会ったわね」
……君は逡巡する。どうしよう、二者択一を迫られている。
「何を考えているにゃ!?」
「あなた、さっきは悪かったわ。それと、怪我は無さそうで良かった。……それはそれで癪だけどボソッ。ご飯を食べに来たのよね。お代はいいから食べていきなさい」
少女は申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げた。君は奥の席に座るもう一人、ルリアゲハと呼ばれていた女性を見つけた。向こうも気づいていたようで、両手を合わせて意味深なウインクをする。相席者が他に何人かいるようだが、それを含めて君は少しホッとした。
〈ロストメア〉?の誤解が解けたようで本当によかった。
「ええ、これで仲直りね。……さておき、後で話を聞かせてもらうわ」
少女の凄絶な微笑は目が開くと、ずっと口が笑っていなかったことに気がついたのだった。
【間話1】
君は〈巡る幸(さいわ)い〉亭という文字が読めた。知らない町で直ぐに飲食店を見つけることが出来たこの巡り合わせは、まさに幸運と言えるだろう。
リフィル「らっしゃっせーー」
〈巡る災(わざわ)い〉亭と見間違えたらしい、と君は天に唾を吐いた。
【間話2】
リフィル「くっ、魔力を使いすぎて、もう貯金が……」
アフリト「いい薬になっただろうよ。なに、色をつけて返してもらうことになるが、魔力を貸してやってもいい。いかがかね?」
ウィズ「キミ、困ってる人を助けるにゃ」
──力が溢れる──
アフリト「おっほっほっほ。凄い魔力だねぇ、これなら高く買い取るよ」
リフィル「私達、親友になれると思うの魔法使い!」
ルリアゲハ「あんた……」
ラギト「現在進行で親友を失いかけているぞ〈黄昏(サンセット)〉」
ゼラード「俺達マブの友(だち)だよなッ!!」
コピシュ「……お父さん」
ミリィ「おわわぁー!?コピシュちゃんがそんな軽蔑の眼差しをしちゃ駄目っすよ!?」
途中で集中力きれた(^○^)
需要あったら続けます