この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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お久しぶりです。遅くなって申し訳ありません。
不勉強な部分が多いと全然話が進みませんね(血反吐)

結構飛び飛びだったり大事なことをぼかしたりしてると思いますがすみません深い描写まで書くとどこまで伸びるか分からないので、コンピュータ部分は知りえる限りで後はぼかしてます。
作者の力不足です……申し訳ない

誤字修正。佐藤東沙様、キーチ様、N2様、KJA様、GN-XX様、五武蓮様、鳥が使えない様、Paradisaea様、sk005499様ありがとうございます!


このパソコンのない世界で

「代り映えのしない世界だったわ。私が生まれてから大きくなるまで」

「けど、あの娘が出てきて、たった1年ちょっとで全部ぶっ壊しちゃった」

「だから私、あの娘大好きなのよね。次に何が出るか分からないって、とっても素敵な人生だと思わない?」

 

~エイダ・デジェネ 『エイダの部屋』 第1回放送の際の挨拶より ~

 

 

 

 そこは随分とせまっ苦しい部屋だった。元々はそこそこ広めの部屋だったのだろうその部屋は、部屋中にコンピューターらしき機械が乱雑に置かれており、それらを数多のケーブルが繋ぎ合わせている。

 

 部屋の中では複数人の不健康そうな顔色をした白人の男性が画面をにらみつけるようにカタカタとキーボードを叩き、時折コーヒーを啜り何かの作業を行っている。

 

 彼らはこの大学でコンピューターを専門に研究を行っている学者の卵と研究員たちだ。普段は大学で使用しているコンピューターの計算能力を引き上げる為に様々な開発を行っているのだが、この日は少しばかり様子が違っていた。彼らが触っているそれは大学で使用しているコンピューターとはまた別の。それもかなり毛色の違うシステムの代物だったのだ。

 

『……クレイジー』

 

 ポツリと一人の研究員が言葉をこぼした。同意するように数名がうぅむ、と唸り声の様な声を上げている。今現在、世界のコンピューターはより早く、より正確な計算を行う事を前提に開発が進められている。

 

 だというのにこのコンピューターは、はっきり言って性能が悪い。それこそ、このコンピューターのCPUを数十台組み合わせても、現在大学で使っているコンピューターの性能には満たないだろうレベルだった。

 

 現在のコンピューター開発分野でははっきり言って見向きもされないような代物だ。それは、このコンピューターを触った事の有る者なら誰でも理解できることだった。

 

 だが、こいつの真価はそんな所にはない。

 

 このコンピューターの真の価値は、その値段と量産性にある。お値段たったの数百ドルで、曲がりなりにもコンピューターとしての機能を有している。桁の短い計算ならあっという間に出せるだろう程度の処理能力もあり、文章を打ち込み、修正し、端末さえあれば印刷すらできる機能もある。そしてなによりも打ちやすいキーボードがついている。

 

 みかんのような奇妙なマークのついたその劣化……いや、その言葉は正確ではないだろう。彼らの女神が在学1年目にして作り上げたその成果を劣化なんて言葉で言い表せば、そいつはすぐさま三角のフードで顔を隠した、肩を赤く塗った男たちに連れていかれてしまう。

 

 そう、性能を落とし込み、量産性と使いやすさを追求したそれは、例えるならば……パーソナル。個人用に既存のコンピューターの機能を維持したまま量産性を追求し、性能を個人用に落とし込まれて作成された……パーソナルコンピューターと名付けるべき代物だった。

 

 そして何よりも……

 

 カチリ、とキーボードを押し込む。すると、コンピューターの脇についているスピーカーから、澄んだ音が響き渡り……少し経つと、彼らの女神の歌が流れ始める。

 

『スピーカーは満点だな』

『おい、点数で表すなよ。完ぺきって言葉なら使っていい』

 

 同じ部屋に詰める男同士。彼らは互いにだけ分かる共感を持ってゲラゲラと笑い始める。今日も一日が始まった。

 

 

 

 おっすオラタクミ。12歳になったぞ。え、11歳はどこ行ったって? 大学通ってのんべんだらりとスカウトやって、たまの休みにボトムズやってる位だから特に言う事が無いんだよな。年に2回デカいライブやって……あ。いや。

 

 そういえばあったわ、結構重要なイベントが。ライブ会場は大学近くで行ったんだが、そこで一緒に即売会的なイベントをやったんだよね。自分らで作った歌や漫画とか物品あったら持ってこいって感じでさ。

 

 うん。私がやろうとしている事としては結構大きなイベントの筈なのに、なんで頭から抜けてたのかって言うとだな。割とスタートした瞬間に私の思わない方向に進化しちゃって、切っ掛けは兎も角私が行ったって感覚がないんだよね。

 

 というのも、まず前提としてここ1年の間に、アメリカ全土で結構な規模の創作ブームみたいなのが起きてるんだな。私が種を蒔いてあっという間に実った音楽関係もそうだが、ありがたい事に毎週放送しているX-MENのアニメが結構な高視聴率で続きも催促されてる位にヒットしてるのが大きい。

 そこに後追いみたいな感じで他のアニメスタジオもTV番組を作り始めて、現在は毎週3つか4つ、隔週でも同じくらいの頻度でTVアニメが放送されている。

 

 この流れのおかげで漫画やアニメってのに興味を持つ人が増えて、持ち込みがかなり多くなったとスタン爺さんから電話で言われてね。ピーンと来たのよ、これはチャンスだって。ついでにジャーマネ(超最新言語だゾ!)の石川女史……ミノルちゃんに「ライブやろ?」って三日に一回位言われるのに飽き飽きしてたってのもある。

 

 アメリカは無駄に土地が余ってるし、大学の近くにもだだっ広い荒野みたいな場所があったからさ。その辺りにステージとかをドーンって設置して、ラジオやTVで「ライブやるよ! あとクリエイター支援に作品発表会やっから持ってこい! 見るぞ!」って感じに宣伝をしたんだ。

 

 何事も初めが肝心だし、前世では同人即売会にライブイベントくっつけてやるのなんて結構ある話だったからな。こっちは流石にまだ即売会って感じじゃなくて趣味の発表位になりそうだけど。

 

 まぁ、流石にいきなりの話だしライブの方は兎も角、発表会の方は初回はそんなには来んやろうと。雨に濡れたら不味いもんも結構あるだろうし、即売会の方で使う為の雨除けにプレハブみたいなのも私が自費で建てといて、原っぱに車止める感じの緩い集まりを私は想定していたんだ。

 

 後は参加費に5ドル位貰っとくか。100人くらい来れば御の字やろうなぁその金で皆でバーベキューでもすっかとかさ。ライブ見終わった奴がそっちに行って、新しい趣味の開拓をとか考えてたんだけどね。あくまでも初回はライブのオマケで、予算に足が出ても問題ない位に私は想定していたんだけどね。

 

 まさか初回から、そっちの方も数千人規模で集まるとは見抜けなかった。この黒井タクミの眼をもってしても……!!

 

「こんなイベントの形があるなんて……世界は広いわ」

「うん、そだね」

 

 戦慄、と言わんばかりの表情を浮かべるミノルちゃん。そして全く別の意味で戦慄の表情を浮かべる私。ライブが終わった後、約束通り持ってきた作品を見ようと発表会の方に赴いた私を待ち受けていたのは、数千人もの人々の持ち込んだ作品と期待の視線だった。

 ライブで3時間歌いきった後だぞちょっと待てよってなった私を許してほしい。こんなん誰でも弱音吐くだろ。

 

 でも約束は約束だからな、仕方ないね、次は絶対にこんな約束はしねぇ、と何度も固く心に誓いながら、私は半日かけて全ての作品や物品、演奏を目にし、耳にし、そして途中から振り切れたテンションのまま近くの町で食材を買い付け、肉をむさぼりながらでっかい炎を囲み、ついでにマイムマイムを踊って一夜を明かした。

 

 正気に返ったミノルちゃんに「スケジュール!!」とめたくそ怒られたけど後悔はない。途中から取材に来た記者連中もマイムマイムしてたしいいやろ。実際次の月の音楽関連雑誌の記事では、何故かライブの事と同じくらいのページ割いてこの同人発表会を褒めちぎってくれてたし、結果オーライじゃないかな。何の雑誌か分からなくなるような内容だったけど。発表されてたトーテムポールを載せてどうする気だったんだあいつら。

 

「全然、全く、オーライじゃありません。結局冬も同じ規模でやる羽目になったんじゃありませんか」

「そ、そっち専門の管理組織つくったから」

 

 目を泳がせる私にミノルちゃんがはぁ、とため息をつく。この人、本当に大事な事は真っ直ぐ目を見てド直球で正論をぶつけてくるんだよな。

 

 パッパ辺りは正論をぶつけて来るけど若干歪曲した表現で来るから、ここまで真っ直ぐ来られるとちょっと目をそらしたりつい引いてしまったりする。この辺りパッパよりも私のコントロールが上手いのかもしれん。

 

 まぁ、危惧する事も尤もだし、この件は流石に私も反省した。この夏の陣――適当に名付けたら本当にこんな名前で周知された。正式名はサマーファンフィクションフェスタってついてるんだけど誰もそう呼ばない――での経験を元に半年の間にきちんとした建物とついでにこの辺りは冬に結構雪が積もったりするらしいから、ライブ会場周辺の整備と併せて屋根もつけたりと大規模な開発を行った。

 

 流石に一個人が資金を持つには無理無茶無謀過ぎたので、大学がある州の政府と交渉して資金を引き出したり工事を行ったり色々やって、それらの折衝をミノルちゃんに任せて私は大学生活を満喫したりと大変忙しい日々を送り、気付けば一年が過ぎていたのだ。

 

「私を犠牲にして満喫した大学生活は楽しかったでしょう?」

「うん、ありがとう助かった! その分ボーナス凄かったでしょ?」

「……年収の数倍が一気に振り込まれてた時は手が震えたわ」

 

 働いた分には正当な報酬がないとね。今回は私が大学の方で動けない分ミノルちゃんをこき使った迷惑料も兼ねているので結構な金額を支払ってる。2回のビッグイベントが大成功に終わってるし、そこでの物販やらの収入に比べれば微々たるものだから寧ろもっと渡しても良かったくらいだ。

 

 冬の陣も大盛況だったよ? ちゃんと管理組織が機能してくれてたから何とかなったけど、初回の4倍くらい人来てたしね。まぁ、初回の盛況っぷりを見てそうなるだろうなぁとは思ってたんだけどさ。

 

 何せ、オタクって分類の人間にとってあれは正に麻薬みたいなイベントだからな。これはどんな分野でもそうなんだが。

 基本的に、私も含めたオタクってのはある特定分野に関しての知識エリートみたいなもんだからな。自分の好きな物を知りたい、極めたいって人間はその分野に対してひたすら精通していく。そして、ある一定以上の知識をため込んだ時にふと思うんだよ。

 

 この知識を誰かに伝えたい。話したい。共感が欲しい。

 仲間が欲しい、ってな。

 

「次の夏は、更に倍くらい来るかもね?」

「建物の増設は行ってるわ。まさか、前回あれだけ大きくスペースを使えるようにしたのに手狭になるなんて……」

 

 ため息をつくミノルちゃんの言葉に苦笑を浮かべる。多分、この規模でも収まらなくなる気がする。場合によっては次位から、イベントの開催を数日に分けて、ジャンル分けする必要すらあるかもしれないな。まさかコミケ規模に数回で達するとは思わなかった。

 

 いや、それだけ何かを作るという創作の趣味に目覚めた人間が多いと、今は喜ぶべきだろうか。

 

「準備委員会の人員は出来る限り増やしてね。お給金は私のポケットマネーから出しても良いから奮発して。熱意のある人を集めて欲しい」

「ちゃんと利益の出ているイベントですから、そちらからお金を出します。変に財布を緩くするのは、貴女の悪い癖よ?」

 

 窘めるような声音にごめん、と返事を返す。意識していなかったお説教だ。確かにお金を動かす術が出来てから、ちょっと大雑把になっていたかもしれない。最近は自分の財布の中なんて眺める事が無いから、金銭感覚が麻痺してるのかもしれないな。

 

 お金は大事だ。特に、これから数年は大赤字になりうる分野に大金をぶち込まないといけないからな。余分な出費は押さえなければならない。家計簿でもつけるべきだろうか?

 

 頭の中で幾つかのプランを考えながら、私は椅子に深く座り込む。夏季休暇を利用して西海岸までやって来た私は、これから重要な相手のスカウトを行わなければいけないのだ。

 

 大学に入学し、1年余りコンピューターについての知識をこのチート脳に刻み込んだ私は途中である結論に達した。この分野、早めに誰かに任せるべきだ、と。仮にこちらに私が本気で尽力すれば恐らくは本来の歴史に近い発展をすることは出来るかもしれないが、その代わりに私は他の分野に手を出す機会を一気に失いかねないのだ。

 

 アイデアや発想こそが力となるこの黎明期のコンピューター業界。未来の知識を持ち、大体の事は解決できるスペックの私が居ればさぞ早く進歩するだろう。実際にすでに結構なオーパーツを作って、ほぼパソコンと呼べるような物を作成してある。後はこいつを発展させていけば90年代には対応できるだろうって代物がもう出来てるからな。

 

 何しろ開発者をスカウト出来た上に現物を知ってるからな。早かったぜ? 本来なら10年前にパーソナルコンピューターを生み出した人物だからな。

 電卓を作っていたその人にいきなりアポをとった時は詐欺か何かかと思われたらしいがそこはそれ。電話口で一曲歌ったら信じて貰えたから、それ以降はスムーズに話が進んだ。知名度ってのはやっぱり強いな。信頼性が段違いだ。

 

『それだけが理由じゃありませんがね、ボス。ボスの話を聞いて、未来を感じたんですよ』

『本当に? 初めて会った時にライブTシャツ着てサイン色紙出してきたのは誰だっけ?』

『……そんなお茶目なおじさんも居ましたな。はてどこに行ったのか』

 

 今まで黙って車のハンドルを握っていた男の少し言い訳がましい言葉に揶揄を込めて返すと、男は降参とばかりに片手を上げる。その様子にミノルちゃんが苦笑を浮かべる。

 

 彼の名はスティーブン・ウォズバーン。私が出資したコンピュータ関連の企業、【ミカン】の最高技術責任者だ。まぁ、彼含めてまだ4、5人しか居ない小さな会社だがな。

 

 この組織に所属する彼ら彼女らは私が所属する大学の関係者だったり、またはウォズバーンさんの知り合いだったりと色々な所からかき集めてきたコンピュータオタクどもだ。

 

 私がやりたい事を語ったら馬鹿にする事も無理だと諦めることも無く目を輝かせて「やりたい!」と叫ぶ愛すべき馬鹿どもだが、技術だけは一級品の腕っコキ達。こいつらなら安心して技術面を任せられる。

 

 ああ、例のヒッピーおじさんがアメリカに居ないこともウォズバーンさんから直接確認した。何でも高校生の時、いたずら電話を掛けまくってたらいきなり「仏の啓示を受けた」とか言い出して日本に渡って禅の修行を積み、現在は世界を巡って禅の教えを広めているらしい。

 

 私が言えた義理じゃないだろうが、ロックにすぎるだろ推定ジョブズ=サン。

 どんな世界でも、何か突き抜けちまう奴は突き抜けちまうんだろうな。シドも30超えてからロックの道を志して嫁さんにばちくそ怒られたって手紙に書いてたし。当たり前だって返しといたわ。

 

『さ、着いたよボス。ここが会合の場所だ』

『あんがと。ふへー』

 

 オアシスと描かれた看板の小さな飲食店の前に車をとめる。随分とこじんまりとした、如何にもどこにでもあるような飲食店だ。何でもここはウォズバーンさんが若い頃から参加している、近隣のコンピュータ好きが集まる会合の二次会が行われる場所らしい。

 

 私にスカウトされた後は暫く忙しくて会合に参加出来なかった為、久しぶりに顔を出したいといい休暇を申請してきたウォズバーンさんに「絶好のスカウト機会じゃないか連れてけ」と駄々を捏ねてくっついて来たのだが。

 

 ウォズバーンさんが太鼓判押してる人が何人も居るって話だけど、その割には随分と辺鄙な場所だなぁ、と思いながら私は促されるままに室内へと入る。

 

 店のドアをくぐり抜けた先。こちらに向く視線が最初にウォズバーンさんを見て、そして、こちらに向き……一気に熱を帯びる。うんうん、結構良く見る光景だ。こうなるから最近は買い食いとかも出来ないんだよなぁと席を立ちあがる面々に両手を上げて「ハロー」と声をかける。

 

 左から右へと視線を動かす。うん、最近健康志向に目覚めたのか老若男女問わず体を鍛える傾向にあるアメリカで、この店内は変わらずピザとコーラで出来た奴とヒョロっとしたむしろもっとピザ食えよって連中がひしめいていた。逆にこれは期待できそうだな、こいつらガチモンだわとうんうん頷きながら面々に笑顔で挨拶をして……

 

『ははは、初めましてタクミ。お、うん。まさか。ここで、そんな……君と会えるなんて。ハハッ』

『あ、…………うん、ありがとう。お名前は?』

 

 金髪の……恐らく30前半だろうその男性の姿に一瞬目をぱちくりとさせた後、ほとんど意識せずに私は相手の名前を尋ねていた。デジャブというか、面影がある。恐らく、私はこの人物を知っている。流石にもう10年以上前の前世の記憶……しかもこの感覚からすると、もしかしたらこの人物を見たのは前世でも死亡するよりかなり前かもしれない。

 

 だが、記憶の端からはそれ以上の情報が上がってこなかった。恐らく、私が彼を見たのはもっと若い頃か……もしくはもっと老いてから。だから、思わず私は彼の名前を尋ねたのかもしれない。この記憶の隙間を埋めたいと私の頭が動き始めている。

 彼は私の問いかけに慌てたように周囲を見回し、囃し立てるように羨ましがる周りの空気に押されるような形で、半笑いを浮かべながら自分の名前を告げた。

 

『え、ええぇっと、その。ゲイリー、僕はウィル・ゲイリーというんだが……』

「……そう。やっぱり!」

 

 彼が自分の名前を答えた瞬間。

 私の中で、途切れ途切れになっていた記憶が繋がり、線となる。眼鏡をかけていない。恐らく差異はそこだけ。でも、それが大きな差異になったのだろう。彼のイメージは笑顔と眼鏡だったのだから。思わず英語を使う事も忘れて私は喜びの声を上げた。

 

『ねぇ、ウィル。貴方、私と一緒にこない?』

『え? え、ええ? いや、その、僕は、仕事も』

『きっと世界を変えられるわ。私達なら!』

 

 これで揃った。ハードとソフトはすでに用意している。問題はそれらを売り出す才覚。この世界でもそうかは分からないが、彼は私が知る限り世界一商売が上手く、諦めの悪いソフトウェア開発者だ。

 

 彼とウォズバーンが組めば、5年でパソコンが世界中を駆け巡る事が出来る!

 

 私たちのやり取りを興味深そうに見ていた周囲の面々の視線に気づき、私は一つ息を吸い、一つのプレゼンを行った。今自分たちが開発している機械……パーソナルコンピューターの開発。誰もがコンピューターを一つ手にする時代の到来。そして……

 

『すべての家に、会社に、出先だっていい。それらの場所が数多のネットワークを介して繋がっている、グローバルな情報通信網。そこにパソコンから簡単に、誰だって、いつだってアクセスをして、世界中のどこにだってリアルタイムでつながる事が出来る』

 

 私の言葉に、その店の中の人間は……恐らく店長だろう人物すら……笑いもせずに、真剣な表情で聞いてくれている。現状では荒唐無稽にしか思えない言葉だろうそれらは、しかし、私の中で確かに存在する、ありえる未来予想図の一つだった。足りないイメージを情熱と言葉で埋めて、私は自身の理想を語る。

 

 きっと将来的にはパソコンももっと小さなものになる。使いやすさを追求すれば当然のことだ。いつかは手のひらサイズにまで落とし込まれ、道端でラジオを聞くようにネットワークにつながることも出来るようになる。私はそうなると知っている。けれど、そんな夢物語を信じてくれるような奴はそうそういやしない。

 

 でも私は欲しいんだ。あれが欲しいんだ。だから語り掛けているんだ。そしてこの世界に私の過去世への残滓を刻んで、刻み続けて、そうすれば……いつかは、私はあの穏やかな日々を……取り戻す事が出来る筈だから。

 

 プレゼンを終えた私の姿に彼らは暫く声もなく佇み、やがて……拍手となって返答が返ってくる。小さく礼を言い、もっとも聞かせたかった相手……ウィルを見ると、彼は必死に手をごしごしと服でこすり、そして右手を差し出してきた。

 

 苦笑を浮かべて彼の右手を握る。年の割には柔らかい指だった。そういえば仕事をしていると言っていたがこれは事務仕事だろうか。埒もない事を考えていると、彼は必死の表情で自分の考えを纏めているのだろう、呼吸を整えながら、顔を赤くして口を開く。

 

『よ、よろしく、お願いしますボス。せ、世界を変えましょう。僕たちで!』

『うん!』

 

 彼の言葉に笑みを浮かべて、私はぎゅっと彼を抱きしめる。途端にヒキガエルのようなうめき声を上げるウィルにあ、やべっと力を抜きながら、私は大声で笑い声をあげる。

 

 歯車の回る音が、またどこかで聞こえたような気がした。




夏の陣・冬の陣:現地の人からは『ナッノジーン』『ヒュノジーン』と呼ばれてる。

スティーブン・ウォズバーン:元ネタはジョブズに騙されてピンハネされても笑って「俺は25セントしか貰えなくても手伝ってたよ!」と言い切れる凄いカッコいい人。

ウィル・ゲイリー:元ネタは慈善事業化の人。




クソ女神さまのやらかし日記()

クソ女神
「まぁ、この子! いたずらで色んな所に迷惑をかけて。そんな事をしたら駄目でしょう、反省しなさい!」

クソ女神
「改心させたのは良いけど何で禅? あれ、なんでブッディストに?」



タクミ
「あんたより仏様だと思ってた方がありがたく感じたんじゃね?」

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