この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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お待たせして申し訳ありません。

前回のあらすじ

パソコンが1000ドルしないで買えるんだって。凄くね?(ダイマ中)

前回の犠牲者
某アップルの創業者の一人でヒッピーZENおじさん

誤字修正。山田治朗様、五武蓮様、KJA様、sk005499様、Mr.ランターン様、アンヘル☆様ありがとうございました!


このゲームのない世界で

『全ての電子機器、いやそれだけではない。身の回りの物に全てマイコンが搭載され』

『手元にある端末だけでそれらを操作して我々は生活を送る事が出来る』

『20年で世界をそこまで持っていく。それがタクミの目標で、我々の理想だ』

『人生のたった20年を賭けるには上等すぎるリターンだろう? 歴史を作ろうぜ、諸君』

 

~ウィル・ゲイリー 電子ビジネスフォーラム1989会場での公演~

 

 

 

 ボッボッボッという特徴的な音が筐体から流れている。その前に座る一人の少女は硬貨を脇につけられたコイン入れに投入し、STARTのボタンを押す。四角い画面の中。上からドンドン落ちてくる敵をボタンを押して射撃を行い攻撃する。やる事は非常にわかりやすい。

 

 だが、簡易だからこそ燃えるというものだろう。1秒間に16連射もかくやと言わんばかりの連射によって瞬く間に迫りくる敵の隊列に穴をあける。相手は規則正しく横移動しながら壁にぶち当たれば前に進むシステム。ならばその間隔をこちらが弄れば簡単に対処できる。

 

 そして敵の攻撃を引き付け、射撃が当たらない場所まで前に進ませれば後は鴨撃ちと変わらない。これぞゲーマー秘伝が一つ名古屋撃ち。名古屋人が竹槍を持って宇宙人を撃退したという逸話から生み出されたこの秘儀は、ゲームの仕様という盲点を突いた最強の攻略法の一つである。周囲の驚愕の声を心地よく感じながら私はハイスコアを叩きだし、次のステージへ。トーチカが邪魔だな、穴を開けて固定砲台にしたろ。

 

『凄い……すでに歴代ハイスコアを更新している』

『流石はボス。あんな攻略法を見つけ出すなんて』

『だが、4面からは難易度が段違いだ。いくらボスでも』

 

 ふふふっ。4面以降は確かに名古屋撃ちが難しいステージ。ラストの速度が速いからな。だが、この超絶ボディの反射速度ならベイビーハンドを捻るがごとくよ。おりゃおりゃおりゃ!

 

 うん、何をしているかだって? 勿論ゲームをしているんだよ、自分とこで作ったゲームを。パソコン作成のための資金稼ぎにちょちょいとね。折角プログラミングの技術や当代最高峰って技術者集めて何やってるのかと思うだろうが、これもまぁ必要な事なんだわ。いつまでもボードゲームばかりって訳にもいかないしね。

 

 こういったゲームをガンガン作ってくれる会社が出てこないかなぁと思ってたんだけど京都の花札屋さんはまだその辺りまでは難しそうだからね。コピー機の借金抱えてても何とか企業を存続は出来ているみたいなのは良かったけどさ。うちの会社のミカン1も買ってくれたし近々何かしら来るかもしれないな。

 

 その為にもまずは指標を。電子ゲームは売れるんだ、面白いんだという物を一番技術力があって一番企業としての体力があるミカン(これ正式な会社名になりました)が示さないといけないなぁと考え、まずは前世でも散々コピー機が横行した例の超名作ゲームを再現してみた。

 

 年代的にはとっくに出てないとおかしいんだけどパソコン関連が10年遅れた影響か、それらしい会社が存在しなかったからね。これに合わせて最近のボクシング流行に乗った形でパンチ力測定マシーンなるものを開発している。インベげふんげふんだけだとやっぱりゲームセンターも寂しいしね。レースマシンや横スクロールシューティングゲームも欲を言えば欲しいけど、その辺りは新しいゲーム(玩具)にドハマりしたうちの開発陣が何とかしてくれるだろう。

 

『あ、ただしゲーム開発部とパソコン開発部は別の部署にすっからな』

『『『そりゃないよボス!』』』

『そりゃないよ、じゃねーよ! お前らこの3日ひたすらエイリアンフルボッコゲームやってるだけじゃねーか! 働け!』

 

 そう言ってブーブーと文句を垂れる大きなガキ共の尻を蹴り上げる。おいウィル、PC部門の統括やってるお前までゲーセン(ゲーム開発部)に籠ってるんじゃねーよあっちの部屋誰も居なかっただろうが。率先してお前がチームの仕事を放り投げてどうする。

 

『だけどボス、これは間違いなくとんでもなく儲かる代物だよ』

『わかってるよ。だけどこれだけ作るつもりはないんだ。こいつは会社の資金源、この資金を次のゲームとPCの開発に回すんだからそっちがしっかりしてくれないと困るんだ』

 

 恐らくその商売人としての嗅覚がこのゲームの途方もないポテンシャルを見抜いているんだろう。その感覚は得難いものだからそのまま保持しといて欲しいが、それよりも開発だ。どんどんPCの性能と使いやすいインターフェイスの開発を進めて行ってほしいんだから足踏みされても困る。

 

 ウィルには将来的にどこまで行くのか、ある程度の指標を話してある。恐らく20年も行かないうちにここまで行けるだろう、という程度のあやふやなもんだがな。彼の反応も現状の速度で発展するならあり得るとは言っていたが、だからこそ現状PC開発だけしか出来ないミカン単独では難しいんじゃないかとも懸念が出ていた。

 

 特にネットワークだ。あれは一企業が頑張ってどうこう出来る物ではないからな。そちらに関しては現状米国政府と各大学のお偉いさんを含めて話し合いを行っており、まずは国内で民間用のネットワーク網(まぁ、国の監視はある程度は入っちまうだろうが)を整備して見よう、という話に持って行っている。

 

 TVとかに何かで呼ばれた時にも『いまタクミこんなことしてます!』って元気よく専門用語をバリバリ話してるから、そこそこ世間でも話題にはなっているようだ。最近エイダが自分の番組を持ったとの事で初回ゲストとして呼ばれて行ったとき、『結局どうなるの?』『どこに居ても端末があれば連絡が取り合えるようになるんだよ』っていつものノリで話したのが一番わかりやすかったらしいのは、まぁ、あの人の聞き方が良かったんだろう。他の番組では完全に客寄せパンダみたいになってるからな。

 

『言ってる事の半分以上を理解できている人は稀でしょうがね』

『それで良いんだよ消費者は。分かる奴からの問い合わせはガンガン増えてるし十分十分』

 

 世間様に求めてるのは『正しい意味での』知名度だからな。現状、ミカンは私が趣味で始めた良く分からないコンピューターという分野の良く分からない企業ってイメージが強い。『黒井タクミ(わたし)』という看板があるからそこそこ知名度はあるがあくまでもそれはどういう企業であるか、ではなく『黒井タクミ(わたし)』の持つ会社の一つって意味合いが強い。

 

 前世の方でもコンピュータなんて2000年越えるまで良く分からない便利な物って印象だったんだから、まぁそこはしょうがない。とはいえそれを売りたいこちら側としては世間全般がその認識のままだと困るんだわな。

 

 何に使えるのか。どう役に立つのか。少なくともこの辺りをプッシュしていかないと物珍しさだけじゃぁあっという間に先は無くなってしまう。だからこその知名度アップだ。私はミカン1をただの最初のPCとして、要は実験作のような扱いで作ってはいないからな。そんな物は本当に好事家か同好の士か将来のライバルにしか売れないからだ。

 

 ああ、勿論それらに売れたくないという訳じゃない。ただ、世に広めるという目的がある以上一般的な層も取り込まなければ話にならないからな。という訳で私はまず自身の持つ最大の売りを惜し気もなく投入する事にした。

 

 このミカン1。初期の段階で私の歌が10曲ほど中に入っているのだ。勿論最初期のプレスで作った曲で、ボトムズ名義での物は一つも入ってない。まぁ、『SUKIYAKI』とかその辺りの歌だな。これらをレコードに比べれば圧倒的に少ないノイズで流す事が出来る。更に、ある物を購入すれば楽曲を入れ替える事も可能なのだ。

 

 そう……CDを入れ替えれば。

 

『1台売る度に500ドルの赤字ですか……』

『短期的に見ればね。長期的に見ればこれで十分以上採算が取れるさ』

 

 損して得取れって奴だ。オランダの某電子機器メーカーと日本の電子機器メーカーが最近なにやら動いていると知って接触してみれば案の定。レーザーディスクをすっ飛ばしてCDが開発されてるのには驚いたよ。

 

 勿論すぐさま両社に連絡を入れて一口噛ませてもらった。両社にとっても私は絶好の宣伝係だからな。何せCDの本領は音楽・映像媒体としての物だ。前世じゃ死ぬ間際まで新曲のCDなんて物も使われてた位だし、今世でどこまで生きるかは分からんが少なくとも2、30年は現役だろうことは間違いない。今現在レコード店では「ノイズなしでタクミの声が聴ける!」とかなんとかつけてCDを販売している筈だ。

 

 小型のコンピュータを開発しているって事も含めて伝えるとそちらにも興味津々だったし、そのコンピューターにCDの再生機能をつけると伝えると、目の色変えて組み込むためのプレイヤーは開発するって言ってくれた。しかもかなり値引きしてくれた金額でだ。普通に1000ドルはするだろうプレイヤーをお値段なんと500ドルでのご提供。ミカン本体が300ドルだったから総額合わせて800ドルという所だな。どっちも本来は倍の値段がするから互いに大赤字である。

 

 CDという分野にそれだけ賭けてるって事だろう。実際、後の歴史の流れを知る身としてはその着眼点が間違ってなかっただけに一流のビジネスマンの嗅覚って奴は侮れんわ。

 

『まぁ、その赤字分はこいつで稼げるだろうけどさ』

『間違いないだろうね。むしろそっちを中心に何故しないのかって思う位に売れると思うよ……』

 

 ポンポンと今月には販売予定のエイリアンフルボッコゲーム(仮題)を叩くと、ウィルは何度も頷いてゲームの筐体を触る。ウィルは技術者というよりもビジネスマンよりだからな。このゲームを作ると決めた最初の最初から賛成していたのはこいつとウォズくらいなもんだった。

 

 皆作ってる最中に「あれ……これヤバいんじゃね」的なノリになってたけどウィルとウォズは最初から最後まで「凄いものが出来る」って評価をしていたから、この二人をソフトとハードのツートップに据えたんだがね。技術に対する見方と嗅覚が凄いんだ。

 

 現在開発中のミカン2からは完全にCD-Rを使う事を前提に作成している。ミカン2からは値段を少し高めにしてギリギリ黒くらいにする予定だが、ミカン1と一部パーツで互換性もあるから1000ドル位では提供できるだろうし、その頃までにはネットワーク網の構築の話も進んでいるだろうしもう少し機能も増やせるだろうな。

 

 やっぱりパソコンはネットに繋がってなんぼだからなぁ。今のミカン1で出来る事は昔のワープロ位の事と、音楽を流すくらいしか出来ないし。色々追加したい機能はあるけど、そういった物はある程度PCが広まってから模索するべきだろう。

 

「とはいえこいつは早めに仕上げたいんだけどなぁ」

 

 パソコンを幾つかつなげて作業をしている3Dに見える『何か』の画面を見ながら、私はゲームの筐体を愛おしそうに撫でるウィルに視線を向ける。コンピュータ・グラフィクス(こいつ)を早い所実用レベルにまで引き上げれば、ゲームも映画も捗るんだがなぁ、おい。割とこっちはお前にかかってんだから頼むぜ、ホント。

 

 

 

「銀さああああん!」

「おお、お嬢。元気だったかい」

 

 東京国際空港に降り立った私は居並ぶマスコミをガン無視して迎えに来ていた銀さんの胸に飛び込む。銀さんの隣で両手を広げていたパッパが固まってるが無視だ無視。最近忙しいからって全然電話で話してくれない養父なんてぺぺぺのぺだぜ。時代はちょいワル短髪任侠系オヤジなんだよ。

 

「それ、その。本当に忙しかったんだ……すまない」

「良いんだけどさ。芸能事務所の社長なのにメディア王とかなんか言われて調子に乗ってるクロちゃんなんかさ。どっかの現地妻に愛を囁く時間はあるのにさ」

「待て、なぜお前がそれをおおおおお」

 

 ちょっとマジ力(ちから)でお尻を抓ると野太い悲鳴を上げてクロちゃんが倒れ込む。居る居るとは思ってたけどやっぱりか、高木さんの予想的中やな。妙にヨーロッパに足しげく通ってるみたいだってのは知ってたけどさ。吐けよ、さぁ。楽になるんだよさぁ!

 

「その、だな……一度、先方とも会ってもらいたいから……詳しい話は家で」

「あ、何マジモンで結婚考えてるの?」

 

 用意されていた車に乗り込むと、観念したのかパッパが軽い経緯を話してくれた。何でも以前ヨーロッパでの仕事の際に知り合った人と現在進行形でお付き合いを。しかもプレイボーイを気取っているパッパが割と真剣に清い交際を続けているらしい。思わず「嘘やん」とか言っちまったけどまぁ、肝心な所でパッパがヘタレなのはわかってたことだしね。そんだけ本気って事なんだろう。なら応援するしかないわな……娘としては。

 

 相手さんはオーストリアに住む結構良い所の女性らしく、先方にはすでに義理の娘が居る事を報告済。結婚も視野に入れて考えているが相手さんがまだ学生なので少し時間が欲しいと……うん。なんで10以上年下の人なのかな。かな。割と引いたんだけど。いや、恋や愛に年齢は関係ないけどさ。相手も身元がしっかりした人みたいだしおばちゃん五月蠅い事言いたくないんやけどさ。

 

「10歳位しか年違わない人をママって言わなきゃいけない側の気持ちを考えて欲しいんだけどそこんとこどうよ?」

「うぐっ……な、なあ銀二」

「いやこっちに振られてもな……流石に擁護できんぞ」

「銀さんは逆に早く相手を見つけなよ。もう30越えてるんだから」

「うぐっ」

 

 黙り込む大きな男二人にため息をついていると、車は懐かしの銀さんハウス……ではなく、パッパが最近購入したというマンションの地下駐車場へと入っていく。以前あんな事があった為、防犯対策の取れている建物を丸ごと購入。自社の社員なんかにも社宅として提供しているんだそうだ。最上階は丸々クロちゃんの自宅として使ってるんだがな。

 

 なんでここに来ているのかというと、現状の銀さんのお仕事がこのマンションの警備員兼住み込みの管理人という立場だからだ。これに関しては、正直私が悪いので銀さんにも黒ちゃんにも謝り倒すしか出来ないんだが。とある事情により、銀さんは長らく受け持っていたシノギである屋台村の管理を舎弟に譲る羽目になり、961プロダクションで職を得て糊口を凌いでいるのだ。

 

 事の発端は米国で出たとある記事だった。タイトルは『黒井タクミの知られざる素顔』。どこで調べて来たのか私の日本での生い立ちから黒井との出会い、米国に渡った後の活動などを書き綴った文面で、こんな生い立ちなのにここまで成功するなんて凄い、と言いたいのか普通の人間じゃない、と言いたいのか良く分からない内容だったのだが、この記事がとんでもない位の規模で全米を席捲した。

 

 特に両親に売り飛ばされそうになって逃げだしての下りが全米の奥様方のハートを鷲掴みにしてしまったらしい。今では黒井タクミは『アジアから来た凄いミュージシャン』から『アジアから身一つで出てきて成功を収めた悲しい過去を持つ凄いミュージシャン』扱いに変わったのだ。文面が伸びただけだろうって? それだけ世間が私に対してのイメージを固定化したって事だよ。これ割と馬鹿に出来ないんだよな。

 

 特に奥様方からのイメージアップはデカい。ロック系列のミュージシャンってのはどうしても反社会的というか、過去に起きた麻薬とのあれやこれやのせいで世間一般ではまだまだイメージが悪かったりするからさ。各家庭のご意見番である奥様方から同情的な物が目立つが、良いイメージを持ってもらえるってのはありがたいことなんだ。家族からの反対でミュージシャンを諦めるってのも多いからな。

 

 それに成り上がる為の一つの手段として認識してもらえるってのも大きかった。クロちゃんの力でTV局に渡りを付けられたのもあるが、傍から見れば身一つでアメリカに渡った小娘がたった半年でスターダムに駆け上がった訳だからな。私がスターダムに成り上がるまでの話を見聞きして、「だったら、俺も」となる奴は多いだろう。そして、そういうエネルギーがガンガン入ってくれば業界も更に盛り上がるってもんだろう。

 

 と、ここまでは良かったんだ。この話が何故、銀さんに飛び火するかというと。

 

 実は私がこの記事の少し後に出した自伝が原因だったりするんだな。うん。身体能力とか流石にそろそろ隠せない物が多くなりすぎたから一気に暴露しちゃおうと思ってさ。前々から準備してたんだけど良い機会だったから校閲をプロにお願いして、後ミノルちゃんの『タクミ語録』も幾つか使わせてもらって。

 

 ノリに乗ってかき上げたら100%事実しか書いてないけどめっちゃ派手な冒険小説みたいなのが出来上がっちまって、それを悪乗りテンションのままに発表したんだよね。身長は140cmだけど体重は60kg超えてるとか、バーベルを曲げられるとかも含めてね。

 

 結果、当初は「いやいやそんな馬鹿な」といった反応だったのが通っている大学の医学部チームが「身体データは間違いなく事実です」とか公表したもんだから凄い騒ぎになって、他に書かれていた本の内容も間違いのない事実なんだと認識される事に……なってしまったわけだ。

 

 銃弾を刀で切り落とす侍なんて書くんじゃなかったなぁ。いや、マジでやった時は本当に驚いたけどさ。お陰で銀さんの周囲を無闇矢鱈に騒がしくしちゃって、結局銀さんは長年の生業を手放す羽目になっちまった。信頼できる舎弟に任せられたから良いって言われたけどさ。こっちとしては責任しか感じない訳よ。

 

「本当にごめんね、銀さん。屋台……」

「ああ、気にするな、とは言わねぇが……子供の不始末を被るのも親の責任だしな。それにここは給料も良いし住んでる連中も良い奴らが多い」

 

 軽い口調でそう言ってくれているが、銀さんがあの屋台村に向けていた愛情は本物だった。それを笑って、受け止めてくれる。それがどれだけ凄い事なのか、かつて大人だった私は良く分かる。本当に凄い人ってのは、こういった人の事を言うんだ。

 

「それでお嬢。今回は骨休めに来たのか? お嬢ならいつでも歓迎だが」

「……うん、それもあるけど、今回はちょっと人に会う予定があるんだよね」

「人に?」

「うん。少年飛翔の編集長と、あと最近頑張ってる小娘への激励もあるし……それと」

 

 話をそらしてくれた銀さんに感謝をしながら、今回の来訪の目的を言葉にする。前々から探して貰っていた人物について、確度の高い情報が回ってきたのだ。

 

 以前からどうも、この世界では前世よりも知っている人が長生きだなぁと思っていたのだが。どうも血の気が多いせいか何なのか、早死にしている人が割と生き残っている事が最近分かってきたのだ。医療水準が劇的に上がっているとか、そんなわけでもない。寿命や病気で亡くなる人は極端に少ない……そんな印象を持った私は、もしかしたらと何名かの人間を探して貰っていたのだ。

 

 その中の一人。恐らく、現状詰んでいる日本のとある業界に息吹を吹き込める『可能性のある』人物の存命が確認された時、私は思わずこの世界には居なかったガッツさんの代名詞であるガッツポーズをとってしまった程喜んだ。何せ私の現状の小目標が一気に達成できる可能性もあるのだから。

 

「ちょっと福井までね」

 

 お土産は何が良いだろうか。もうすぐ90歳になるそうだし下手な物を持って行ってはいかんな。先程までの憂鬱な気分が吹き飛ぶその想像ににへら、と笑顔を浮かべながら私は日本での予定を脳内で組み立てる。

 

 特撮の父に会うんだ。しっかりとしたものを用意していかないと。

 

 

 

 とある一軒の家の中。敷かれた布団に寝かされた男性は、自分の手の中にある彼の宝物を愛おしそうに眺めていた。何故このようになってしまったのか。決して不幸ではなかった人生だった。生き抜いたという感情もある。

 

 だが、何故だろうか。もうすぐ90を越えるというのに、彼は、そう……燻っているのだ。

 戦後のあの混迷期から、ずぅっと。彼の心はいつもどこかで燃え足りないと悲鳴を上げ続けていた。

 

 それから40年。ついに来る時が来たのだと、彼は悟る。あの日の青年の言葉が蘇る。彼女とはもう一度きっと会えると。それが、今。やってきたのだ。

 

「……一郎、一郎か」

「どうしたい、父さん」

 

 ガラッと襖を開けて室内に入ってきた長男に顔を向け、彼は静かに言葉を紡ぐ。

 

「もうすぐ、東京から……お客さんが来る」

「東京から? そりゃあ、どうして」

「そのお客さんがきたら……必ず、私に通しとくれ……大事な。大事なお客さんなんだ」

 

 訝しそうに首を傾げる長男から目をそらし、彼は腕の中の宝物をそっと撫でる。その宝物……古い丸いフィルム缶に『ゴジラ計画』と盟友の手でタイトルが書き込まれたそれを、彼は愛おしそうに撫でつけた。友とは長らく会っていないが、きっと今も元気にしているだろうか。連絡を取るべきだろうか。そんな思案に暮れながら、彼……円城 英幸は来る邂逅を楽しみに待っていた。

 

 

 

 軋みながら鎖を引きちぎり、また一つ。歯車が回る音がする。その中心地で男は安堵の表情を浮かべ、女は歯がゆそうに唇を噛み締める。

 世界は正しい姿を取り戻しつつあった。




円城 英幸:元ネタは円谷英二。この世界では公職追放後、福井県で発明王として成功。その情熱は40年の歳月を経ても燻り続けている。






「私が神様なのに」
「なんであの子ばかりが」




「お前がそんなんだからだよ」

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