この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳ありません。
言い訳になるか分かりませんが、この作品始まって以来ってぐらいエネルギーを使いました。
面白いかどうかは別なんですが、この一月ひたすら考えてこの形になりました。楽しんでいただければありがたいです。


このアトムのない世界で

「黒夫ちゃんがこんなに可愛い彼女を連れてくるなんて」

「……婆ちゃん、黒井はそんなんじゃないって」

 

 ギシッ、ギシッと床を軋ませながら前を歩く老婦人の言葉に、心底嫌そうな顔を浮かべて間黒夫が答える。んだコラ文句あっかと言いたいんだが、猫を数十枚被ってにっこにこの表情を崩すわけにもいかず黙って黒夫の隣を歩く。

 

――しかし、これは凄いな。

 

 家の様子をちらちらと眺めながら、内心そう一人ごちる。自宅と診療所が一緒になっていると事前に聞いていた為、普段お世話になっている間医院と同じような造りだと思っていたのだが。いや、内部の構造自体は、それほど違わないのかもしれないな。

 

 ただ、家の周囲から内装に至るまでを埋め尽くすように描かれた、まるで生きているかのようなキャラクター達の姿が、全くといって良いほど印象を変えてしまうんだ。

 

 そのキャラクター達の配置も良く考えられている。進行する方向に合わせて少しずつストーリーが進むように配置されているらしく……恐らくお気に入りだと思われる西洋の剣士のような姿の少女の話は、診療所の玄関から一番奥の民家部分まで続いていた。

 

「照れなくても良いのよ。お爺ちゃんも喜ぶわ。黒夫ちゃんは少し真面目すぎるって、心配してたもの」

 

 少しだけ後ろを振り返りながらそう語る老婦人の言葉に、確かに、と一つ頷き並んで歩く黒夫を見る。運動系の中学生らしく短く整えられた髪に年齢の割にやたらと強い視線。

 

「……な、なぁ。一度『俺は、クソ真面目な男だ』って言ってくれない?」

「嫌だ」

 

 つい口から垂れ流された願望を、黒夫はちらりと目線を送っただけでそう断った。

 

「ふふっ」

 

 そんな私と黒夫のやり取りをどう思ったのか。黒夫の祖母は小さく微笑んで、とある部屋の前で立ち止まった。そこまで続いていたキャラクター達の物語も、全てここで終焉を迎えている。文字通り、この家の一番奥まった場所に、その部屋はあった。

 

 トントン、と黒夫の祖母がドアを叩く。数秒待つも返事がない様子に老婦人は少しだけ苦笑を浮かべて、ガチャリとドアを開けた。

 

「お父さん。入りますよ」

 

 老婦人の言葉に返事はない。ただ、開けたドアの中からカリカリ、カリ、と何かをペンで書くような音が小さく聞こえてくる。老婦人の様子から、恐らくこれは日常的な事なんだと判断し、私はドアの中を覗き見る。

 

 僅かに見える背中は、思ったよりも小さかった。そのベレー帽を被った人物は少し前のめりになって机に向かい、何かしらをカリカリと書き続けている。恐らく先ほどの声かけも、ノックの音すらも聞こえていなかったのだろう。

 

「お父さんたら、また。黒夫ちゃんが来ましたよ!」

「……ん、ああ」

 

 声を張った老婦人の一言にようやく気付いたのか。緩やかな動作で、ベレー帽を被った男性が振り返る。メガネをかけた、柔和な顔立ちの初老の男性。

 

「おお、黒夫か。よく来たね……そちらは」

「うん。爺ちゃん、ただいま。こっちは友達」

「……は、初めまして。黒夫君の友達の、黒井タクミです」

 

 記憶の中にある顔と表情そのままで、手越治氏はにこやかな笑顔を浮かべた。

 

 

 

「タクミちゃん、か。こんなに可愛い子を連れてくるなんて、黒夫も隅に置けないなぁ」

「ただの友達だよ」

「あはははは……」

 

 作業部屋の中。近所の子供たちが良く遊びに来るという事で部屋の中に用意されたテーブルに腰かけ、手越氏は向かい合わせに座る孫を笑顔を浮かべて構っている。恥ずかしそうにする黒夫もそれほど嫌がっているようには見えず、家族仲は良好なようだ。

 

 羨ましい話だなぁ、と二人の様子から目をそらしてテーブルに視線を落とす。テーブルの上には数枚の紙が置かれており、近所の子供が書いたのだろう落書きと、何故か使い込まれた様子のペンが置かれていた。聞くところによると、漫画に興味を持った子に絵のかき方を教えたりしているそうだ。

 

「実は去年の内に医院は長男に譲ったんだ。今は悠々自適に、好きな漫画を描いて暮らしているよ。子供たちに教えるのは、良い気分転換って所かなぁ」

 

 テーブルの上の落書きに微笑みを浮かべながら、手越氏はそう語る。前世での彼を知る私からすればとんだ英才教育だ。それこそ大の大人が大枚叩いて受けたがってもおかしくはないレベルの。そんな益体もない事を私が考えていると、隣に座っている黒夫が何かに気づいたように声を上げた。

 

「え。もしかして新しい漫画、あるの?」

 

 その声は、これまでの落ち着いた声音を一切感じさせない少し甲高い年相応な声だった。心なしか目も輝いているような気がする。

 

「ああ。読むかい。診療所の待合室に置いてあるよ」

「うん!」

 

 手越氏の言葉に勢いよく黒夫が頷いた。凄まじい食い付きである。歳の割に落ち着いた奴だと思っていたのだがこういった所は年齢相応だなぁ。などとおばちゃん風にうんうん頷いていたら、黒夫は何を思ったのかテーブルの上に置かれているお茶をグイッと飲み干して席を立った。

 

 っておいおいお前が行ったら私一人になるだろうが。流石にあってすぐの人と二人きりは気まずいんだよ。若人の勢いは予測がつかねぇなぁと合わせて席を立とうと腰を浮かそうとした。

 

 そのたった一瞬。

 

「お前さんに祖父は任せる。頼んだぞ――タクミ」

 

 頭上から感じた圧力に私の動きは止まる。思わず彼の顔を見上げ、私は息をのんだ。顔に走る手術痕。一部だけ肌色の違う顔。半分だけ白く染まった髪……そして、静かな、けれど有無を言わせない声音と視線。

 

 見間違いかと目を瞬かせて再度しっかりと彼の顔を見ると、そこに居るのは私の知る間黒夫の姿だった。その顔には手術痕なんかどこにもない。ただ、じっとこちらを見るその視線に気圧され、私は無意識の内に首を縦に振った。

 

「じゃあ、爺ちゃん。また後で」

「ああ。ありがとうな、黒夫」

 

 私の返事に満足したのか。ふっと笑顔を浮かべて黒夫はにこやかな顔を浮かべて部屋から出る。その様子を見ていた手越氏は「ふふっ」と小さく笑い、私に語り掛けてくる。

 

「良い男でしょう。自慢の孫です」

 

 誇らしげにそう口にする手越氏に、咄嗟に顔に笑顔を張り付け直して頷きを返す。

 

「本当に……将来が楽しみですね」

「孫よりも年下の貴方にそう言って貰えるとは」

 

 私の返答に手越氏は愉快そうに笑い声をあげた。いや、割と本気だからね。たったの一瞬とはいえ、そこそこ修羅場をくぐってる私が気圧されたんだから。あんな感覚マンハッタンのギャングぶっ潰しまわった時でも感じた事ねーぞ。

 

「さて……黒夫が気を利かせてくれた事ですし。そろそろ本題に移りましょうか」

「ええ。そうですね」

 

 私の様子にくすくすと微笑みを浮かべた後。何かを懐かしむかのように私の顔を眺めながら、手越氏は口を開く。

 

 彼が語った内容は……一人の男の人生だった。

 

 

 

 その男は、子供の頃から漫画が好きだった。小学生の時初めて漫画を描いて以来、漫画を描くことは彼にとって食事や睡眠と同じように当たり前の行動の一つだった。漫画を描きすぎて勉強しておらず、高校に落ちた事もあった。運よく医学生になる事が出来たが、その後も彼は当然のように漫画を描き続けた。それは彼にとってごく自然な事だったからだ。

 

 やがて、彼は自身が描きためた物語を新聞等に投稿し始めた。勿論最初はそれほど有名ではなかったが、彼の漫画はどうやら面白かったらしい。次第に人気を持ち始め、やがて彼は知人と共に長編ストーリー漫画を赤本として出版し、それは大阪で大ベストセラーになる。彼は学生でありながら関西でも有数の漫画描きとして知られるようになった。

 

 勿論医学生である以上勉学にも励んでいたが、彼の漫画が人気になればなるほど彼は多忙になり、次第に勉学と原稿の両立が出来なくなっていった。最初の内は睡眠時間を削るなどして時間を捻出していたが、やがてそれでも間に合わなくなっていき――決定的な決断を、彼は迫られることになる。

 

「まぁ、単純な事です。このままでは単位が取れない。恩師にそう言われたんですね」

 

 ぼんやりとした目で手越氏はそう言った。その視線は私を見ているようで見ていない。何か、恐らくは遠い過去の情景を思い起こしているんだろう。

 

「彼は悩みました。当然でしょう、漫画は彼にとって生活の一部です。でも、医師になりたいという情熱もその時、彼の中ではとても大きなものになっていたんです。とても苦しかった。何度も何度も自問自答を繰り返して……そして」

 

 苦渋に満ちた表情で『彼』の事を語る手越氏の目が、私を見据える。

 

「そんな時です。貴女が現れた」

 

 手越氏の表情にはすでに苦悩はない。何かを振り切ったかのような清々しさだけを残しながら、彼は私の知らない『私』の話を始めた。

 

「まるで炎のように逆立ち揺らめく白い髪。透き通るような肌。そしてただ見るだけで相手の全てを射抜くような、見透かされるような視線。超越者と呼ぶべき存在……会話の内容は思い出せないが声も覚えている。同じだ。君と、同じ声だった」

「……手越さん。私は」

「ああ、分かっているとも。君ではない。君じゃないんだ、あれは」

 

 首を縦に振りながら、視線だけを私に固定して。手越氏は静かに言葉を放つ。

 

「君からはあの存在から感じられた、自分が圧倒的上位者であるという自負も傲慢も感じない。いや……違うな。君は人として私を見ている。それだけであれとは別の存在だと確信できるよ」

「あー……褒められ、てるんですよね?」

「勿論」

 

 微妙に生暖かい視線を受けながらぽりぽりと頬をかいていると、手越氏は少しだけ苦笑のような表情を浮かべ再び口を開く。

 

「君をテレビで見るまでは夢だと思っていた。まぁ、そういった存在と出会って、ね。会話の内容は覚えてないが、医師になると決意したんだ。多分、そう促されたんだろうね。一度決断した後は早かったよ。漫画の仕事を学業を理由に断って、医師一本に絞った。集中した後はトントン拍子に学業も上手くいってね。大きな病院での勤務も経験したし、30過ぎには小さいながらも医院を構えることが出来た。妻にも、子供にも恵まれて。そして自慢できるほど立派に育った孫もいる。幸せなんだ、間違いなく。一かけらの疑いもなく彼は……私は幸せなんだ」

「……はい」

 

 一言だけ相槌を打ち、続きを待つ。穏やかな表情のまま語り続ける彼の視界に今、自分が居るかは定かではない。ただ、先ほどまでの彼と黒夫の会話を目にしていたから相槌を打った。そうしなければいけないと思ったから、私は彼の言葉に頷いた。問いかける様に自らの幸せを語る彼を、否定してはいけないと感じたのだ。

 

「……だがね。ふと、思ってしまうんだよ」

 

 視線だけを交差させあう長い沈黙の後。手越氏はテーブルの上に視線を落としながら、ぽつりと呟いた。

 

「あの時、もし。このペンを取ることを選んでいれば……私はどうなっていたのかとね」

 

 テーブルの上に置かれていたペン。それを見ながら手越氏の顔は少しずつ感情を失っていく。

 

「君ならば知っているのだろう」

 

 そこにあるものは、もはや表情とは呼べない。

 虚無――それだけが、その顔に残ったものだった。

 

「私は――僕は、いったいなにを失ったんだ」

 

 その抑揚のない声音に込められた思いの重さ。それは、静かな叫びだった。この言葉に込められた絶望は、私が思っていた以上の深さと熱が込められていた。たったの数秒で理解してしまった。これは……私では、駄目だ。その確信に唇を噛み締める。

 

 彼の嘆きも絶望も、私では癒すことが出来ない。私の言葉では軽すぎて、彼の心の中までは入れないのだ。

 

 もしも可能性があるとすれば、それは家族からの言葉だろう。だが、この問題は家族すら踏み込めない位置にある。あの存在を知っている者同士でしかこの会話は成り立たないのだ。

 

 黙り込む私をただただ手越氏は静かに眺めている。彼は待っている。それがどんな答えであろうと……それを受け取らなければ、彼は前に進めないのだから。

 

 その沈黙の重さに心が折れそうになった。つい俯いてしまった私の視界に、子供たちの落書きと、黒夫が残した湯呑が映る。

 

 その湯呑を目にした時、私の頭に黒夫の言葉が過った。今、私は何をヘタレていたんだ? 

 あのクソ真面目な奴が、わざわざ祖父を頼むなんて言ったんだ。私は、頼まれちまったんだ。

 

 なら、気張るしかないだろうが! 

 

 思い切り右手で自分の顔を殴りつけ、心の中に居たへたれ女(黒井タクミ)をぶっ飛ばす。ごづん、と重い音と衝撃が頭蓋に響く。飛びかける視界の中、今度は気付けに左の頬を張り飛ばす。今は寝ている場合じゃないんだ。次は、行動の番だ。

 

「紙とペンをお借りします」

 

 口の中に広がる鉄の味を無視して、返事を待たずにテーブルの上に置かれたペンを握る。数十枚の紙束はちと少なく感じるが、何とかなるだろう。

 

「……その紙は、子供たちが」

「大丈夫です。使うのは、隅だけなので」

 

 少しだけ感情の色が灯った手越氏にそう言葉を返し、私はペンを走らせる。クソッタレの体は私の思い通りに指と手を動かし、過去最高の速度で私は小さな小さな絵を落書きが描かれた紙の隅に書き綴る。

 

――私の言葉では、駄目だ

 

 20枚に渡るそれらに次々と絵を描きながら、私は自身の頭の中にある情景と絵の流れをリンクさせる。

 

――いや……この世界の誰の言葉でも彼の心にはきっと届かない

 

 頭の中にメロディを浮かべながら、私は……

 

――それなら持ってくるものなんて

 

「一つしかない」

 

 書き終わった紙をまとめ上げて、私はそう呟いた。

 

 手越さん、貴方への返答を私は持ちえません。

 だからこれは私の答えではない。全く違う人生を歩んだ貴方の、一つの始まりを、『彼』からの答えとして貴方に贈らせて頂きます。

 

 貴方の物語は、ここから再び始まる。

 そんな時に”歌う”歌は、きっとたった一つ。

 この歌を――貴方だけに捧げます。

 

「空をこえて」

 

 絵を描いた紙束を手越氏に向け、私はゆっくりと隅だけをめくるように動かす。

 

「ラララ 星のかなた」

 

 歌に合わせる様に、ゆっくりと。少しずつ。

 

「ゆくぞ アトム」

 

 めくられたページは、まるでアニメのように動きだし。

 

「ジェットのかぎり」

 

 一人の少年ロボットを映し出す。

 

心やさし ラララ 科学の子

 

十万馬力だ 鉄腕

 

「……アトム」

 

 私が紙束をめくりきった時。手越氏は静かにそう呟いた。

 

 そっと紙束をテーブルの上に戻しながら、私は口を開く。

 

「私の知る全く別の1963年。日本で初めて作成された長編アニメーションシリーズがありました」

 

 静かに語る私の言葉を、手越氏はじっと聞き続けた。鉄腕アトム。当時、すでに漫画家としての名声を得ていた別の世界の手越治……手塚治虫により制作された、人と同等の感情を持った少年ロボット、アトムが活躍する物語。

 

 この世界では廃れて久しいアニメーションという存在が、世にどれだけの影響を与えたのか。手塚治虫という人物がどれほど偉大であったのか。自らが知りえる『彼』の軌跡を、私はすべて手越氏に語った。

 

 この世界に生まれ落ちて、前世の事をここまで語ったのは初めてかもしれない。長い時間の一人語りは、『彼』が亡くなった日……1989年の話まで続いた。

 

 病床の中。最後まで漫画を描きたいと言い続けて亡くなった、全く別世界の自分の話。それをすべて聞き終えた手越氏は、私が作成したパラパラ漫画の鉄腕アトムを手に取り、ゆっくりと自分の手でめくり始めた。

 

 何度も、何度も。自分の手で。涙で濡れたメガネを気にもせず、彼は鉄腕アトムを見続けていた。

 静かに席を立ち、私は部屋を後にする。

 彼と『彼』の語らいを、邪魔するわけにはいかないからな。

 手越氏の向かいに座るベレー帽を被った誰かの姿を思い浮かべながら、私は頬を撫でる。

 腫れてるなぁ、これどう誤魔化そうか。

 

 

 

「先ほどは、お恥ずかしい所をお見せしました」

「あ、いえ。こちらこそ、途中で席をはずして」

「気を使わせて申し訳ない……もう、十分話せました」

 

 雑に貼られたシップを撫でながら、私は頭を下げる手越氏に頭を下げ返す。理由をどう誤魔化すか思いつかなかったので素直に「気合を入れるために殴った」と伝えたらめちゃめちゃ怒られたんだよね、黒夫に。

 

 それでも一応応急処置してくれる点、こいつ本当にくそ真面目な奴だなぁと内心ニヤニヤしましたがね。いつかあの台詞を言わせてやると固く心に誓いながら、目の前で若干目を赤くしたままの手越氏を見る。

 

 どうやら、彼の中での心の折り合いは取れたのだろう。その晴れやかな表情を見る事が出来ただけで、今回の大阪行は正解だったと確信できる。

 

 ふぅ、と安堵のため息をつき、さて。と気合を入れなおす。本番はむしろここからだからな。一ファンとして、そして黒夫の友人としての行動はここまでだ。ここから先は欲望一直線で行かせてもらうぜ!

 

 何せこの方の助力を得られれば日本での長編アニメ作成に弾みがつくなんてもんじゃねーからな! 仮に漫画だけでも十分すぎる。ストーリー漫画の原点とまで言われたこの方の連載が来れば、ただでさえ上り調子の飛翔は文字通り飛んでっちまいかねない勢いを得られる筈だ。

 

「ああ、黒井さん。所で今後の漫画家としての活動なのですが」

「シャァ来た! 週間飛翔はいつでも貴方の漫画をお待ちしています!」

「新しい雑誌を起ち上げるという事は出来ませんかね」

「ええ、勿論です! 新しい雑……新しい雑誌?」

 

 予想外の単語に目をぱちくりとさせながら思わず聞き返すと、手越氏は「ええ」と一つ頷いて口を開く。

 

「週間飛翔は素晴らしい漫画雑誌だと思います。週刊漫画雑誌というだけでも革新的なのに、連載している漫画の質も高い」

「で、ですよね」

「それだけに、惜しい」

 

 眉を寄せながら、手越氏は小さくため息をついた。

 

「たった一つの週刊漫画雑誌。つまりそれは、競争も内部だけでしか行われないということです」

「……ああ、そういう事ですか」

「ええ。競争相手が外に居ない集団は劣化も早い。早晩質が落ちていくでしょうね」

 

 言われてみれば確かにそうだ。競合相手が居ない現状は、週間飛翔の一人勝ちという事になる。それはつまり、気を張って質を維持する理由がないという事でもある

 

 顔をしかめた私に、手越氏は「そこで」と笑顔を浮かべながら提案を話し出した。

 

「私の知り合いの元漫画書きが数名。赤本で鳴らした実力のある人物です。それに出来れば週間飛翔で連載枠が取れずに燻っている人物が居れば2、3名回していただきたい。出版社は小野島出版さんが良いかもしれませんが、大阪支部か何かがあればそこを拠点にしましょう。東西に分かれての漫画合戦。夢があるじゃないですか」

「あ、え、その。ちょ、ちょっと待ってください」

 

 捲し立てるように計画を話し続ける手越氏を慌てて押し留め、頭の中で今出てきた情報を整理する。

 

 新しい雑誌を起ち上げるのは、成程、理に適っている。このままでは折角良い形で発展してきた漫画業界が、競争力を失ってしまうかもしれないのだから。その雑誌を手越氏を中心に作成するのも良い。

 

 であるならば、問題は一つだ。

 

「その。言いにくいのですが、週間飛翔はすでに大人気雑誌です。手越さんやお知り合いの方は兎も角、飛翔内部での競争で劣勢な漫画家を集めても競争相手として成り立つか」

「問題ありませんよ」

 

 私が言いにくそうに疑問をあげると、彼はなんだそんな事かとばかりに笑みを浮かべる。

 

「なんせ私の漫画が一等面白いに決まってるんですから」

 

 なんの気負いもなく。さも当然であるかのように。

 かつての世界で漫画の神と呼ばれた男は、不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。

 

「……あはは、さ、さいですか」

「大体ねぇ、週間飛翔のあれ。あのサイボーグなんたらですよ。あんなのは漫画じゃ」

「て、手越さん落ち着いて」

「私は落ち着いています! そういえば先ほどのアトム。あれは僕ならもっと上手く」

「嫉妬の神までそのまんまかよちくしょう! く、黒夫、助け逃げるなぁあああ!」

 

 そそくさと診療所の方へと去っていく黒夫の背中を追いかけ、背後からはヒートアップした手越さんに追いかけられ。

 私たちのドタバタ劇は、買い物から帰ってきたお祖母さんが雷を落とすまで続くのだった。結局数時間逃げ回る羽目になったよ、ちくしょうめ。

 

 

 

 

 

 

とある警官の証言 【黒井タクミの軌跡 名作ゲーム・マンハッタンファイト作成秘話』

 

セントラルパーク付近を巡回していたレイモンド巡査はこのときの様子をこう語っている

「今でも良く覚えてるよ。妙にもこもことした日本の服……たしかどてら、だったかな……を着た一人の少女が、夜な夜な騒いでいた若いストリートギャングの集団の前に現れてね」

「胸に、そう。ローマ字でタクミと書かれていた。もちろん気付いたよ、ここは彼女の街。ニューヨークだ……だからその時、自分も相棒も慌ててその場に駆け寄ったんだ。結局間に合わなかったがね」

「確か……そう。『テメーらがうるさくてレポートが進まねぇだろうが!』だったかな」

「カセットでガンガンに音楽を鳴らす若い黒人やスパニッシュの連中に向かって。凄い啖呵だった」

「……え? 『殺されると思ったか?』って……黒井タクミがですか?」

「…………ん~~~」

「やっぱり貴方たちはワカってない。黒井タクミという人物を――」




週間少年日曜、発刊決定

手越治:ペンネームは手越治虫に。タクミの口から聞いた別世界の自分に嫉妬し、全てのキャラデザだけ聞き出した後はオリジナルでストーリーを練っている。週間日曜の連載作品は3分の1くらい手越氏の漫画になる予定。

間黒夫:途中で一瞬だけ異世界にぶっ飛ばされた彼っぽくなった。多分今回で出番は終わり。




クソ女神さんとタクミっぽいのの小劇場


クソ女神さん
「何やかんやあって神魔の争いは大分前に小康状態になったの」

「聞きたくねぇっつってんだろうがぶん殴るぞ」

クソ女神さん
「……人に殴られたのは初めてだったわ。凄く痛かった」

「タクミさん思いっきりグーで行ったからな。久々にワロタ」

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