この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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流石に前話だけだとあれなので急いで書きました。
突っ込みどころが多いというのはほら。チートってことで(目そらし)

誤字修正。ハクオロ様、ひょっとこ斎様、みやとも様、竜人機様、kuzuchi様、ランダ・ギウ様ありがとうございます!


>FAQに曲名はOKとあったと教えてもらい確認。曲名を入れました。


この音楽のない世界で(6.1修正)

「違う! アニソンだッ」

 

 電話口で捲し立てるように黒井が叫ぶ。

 

「そうッ! アニメーション・ソング! 音楽だけなんてもう古い。視覚的に、聴覚的に大衆をぶっ飛ばす、そんな新しい歌の在り方だ!」

 

 いや、私はアニメの歌が作りたいんだけど。

 

 テンションをダダ上げして精力的に動く黒井さんの邪魔をする気もなく私は黙ってウォークマン(最新の音楽機材らしい)を起動し、自分で録音したランナーを聴きながら作曲に戻る。爆風スランプのヒット曲? いやいや勿論初代マクロスのEDに決まってるじゃないか。これがまた良い歌なんだわ。

 

 爆風スランプも嫌いではないがあのバンドの歌だと大きなタマネギの下での方が好きだな。この世界じゃ純粋に武道館としてしか使われてないっぽいからあの歌も出てこないのか。悲しすぎる。

 

 え、何をしているのかって作曲ですよ。過去に経験した物事をフルに思い出せるこのチートボディを使って過去の名曲やら何やらを洗いざらい書き記してます。横文字すらそうそう見かけないこの世界、流行りの流行歌に軍歌っぽいのが含まれてたりして草生やしてたんだけど、徐々に笑えない事態が明るみになってきた。

 

 これ、流行歌が古いんじゃなくて土台が出来てないんだ。ギターもなければベースもない。ドラムっぽい(むしろ太鼓?)のと、後は精々電子ピアノが話題になった位で楽器という物が全然日本に渡ってきておらず、それらを使って曲を作るという概念自体が存在しない。

 

 勿論今の時点でロックどころかギターが浸透してないのでフォークソングなんかもない。唯一の救いと言えるのはサブちゃんっぽい人やひばりさんっぽい人は居る位か。ジャズは、ある。というか舶来物の音楽はジャズばっかだな。これアメリカも大分ヤバいぞ。

 

「クロちゃ〜ん」

「誰がクロちゃんだ。どうした、タクミ」

「うん。ロックバンドのうた、ある?」

 

 開き直って以降は出来るだけ彼と銀さんには素の自分を見せている。下手に取り繕って余計なストレスを抱えるのも嫌だし、銀さんはともかくこの男は私にとって共犯者。少なくとも音楽の面に関して、私はこの男に遠慮するつもりはない。

 

 黒井に用意して貰ったレコードを流して貰いながら、私はメモを取る。こりゃビートルズは居ないな。まさかリアルに「僕はビートルズ!」せなあかんのか? 一つの音楽ジャンルを作り上げるのがどれ程大変か。せめてロックがある程度形になっていれば色んな曲が使えたのに、まさかの縛りプレイである。

 

 えっ、前世の曲を勝手に使うのかって? 著作権? その著作権持ってる人連れてきてくれたら全部投げたいわ。むしろ一人で良いから連れてきてくれよ切実に。手塚治虫でも良いぞ。

 

「クロちゃん、クロちゃ~ん」

「誰が……もういい。どうした、何かインスピレーションが沸いたのか?」

「あのさ、いまいちばんおんがくがスゴイのって、どのくに?」

「アメリカか、イギリス。欧州とも言われているがどう考えてもこの二国が最も勢いがあるだろうな」

「でも、もうなんねんもおなじおんがくばっかだよね?」

 

 そう尋ねると、黒井は顔を歪めて悔しそうに言葉を紡いだ。頂点であるのが長すぎて、他のレベルが低すぎて。色々と理由はあるが、米国の音楽分野の発展はプレスリーで終わってしまったのだと。

 

「米国のロックの歌手が麻薬に手を付けてという事件があったり、マフィアとの癒着だったりとマイナスイメージも大きかった。だが、それらはあくまでも一側面に過ぎない。それを一緒くたに囲んで棒で殴って、結局わが国ではロックは定着しなかったのだ。ギター等の楽器が高級なのもあるが、新しい事に踏み出そうとして出来なかった、そんな臆病な選択の結果が今の世界だ」

「ほかのくにもにたようなものだね」

「欧州は少しは頑張っているがな。英語圏の一強を崩せないのでは意味がない」

 

 一時期、日本ではロックミュージックの禁制まで出されていたらしい。70年代になってそれは解かれたが、成程。そらこうなるわ。50年代から70年代の最もロックが発展した時代に鎖国してたのだから。

 

 そして、他の国も似たような状況……ロックンロールを不良の遊び道具だと決めつけ、徹底的に潰したのか。アメリカが30年も同じ状態で足踏みしてるわけだ。他に敵も刺激もいない状況はさぞ温かろう。

 

 ここまで考えて、私の中で一つの方針が決まった。日本国内であがくのは意味がない。いくつか弾はあるが明らかにコスパに合わないし何より時間がもったいない。

 

 良くも悪くも日本は旧来の考えを大事にする場所で、この国を一気に動かすには相当強い圧力か権威が必要だ。そんなものは7歳児の未だ無名の私が持つわけもなく、黒井だって用意するのは無理だろう。

 

 ではどうするのか? 答えは簡単だ。黒船を用意すればいい。

 

「クロちゃん、アメリカにともだちっている? もちろん、げいのうけいの」

「ああ。一時期留学していた頃に知り合った人物が居る。今はどこぞのTVで……なんだ、何をやらかすつもりだ?」

「んっふっふ」

 

 30年も進歩のない音楽業界。聞けば少しずつだが業界の売り上げも減ってきているらしい。そりゃそうだ。30年と言えば赤ん坊が大人になって子供を産んでいてもおかしくない年月だ。

 

 それだけ長い間同じような歌ばかり聞けば人はそれを追いかけるようなことはしない。多少の曲調の変化などは勿論あるだろうがそれらも微々たるものだろう。だが、業界の最先端にあるという事実と後追いする連中の惨状がその状態を維持するように仕向けている。

 

 起こしてやろうじゃないか、アメリカの退屈な歌に塗れた民衆と業界を。目覚めた彼らはこれまでの食べ飽きた餌には見向きもせずに新しい曲を求めるだろう。当然その波は日本にもなだれ込む。

 

 何せその波の発生源は日本人なのだからな。そしてそんな波に飲まれた日本人がどう動くか。まぁ、間違いなく蜂の巣をつついたような騒ぎが起きるだろう。そんな未来予想図にほくそ笑み、私は満面の笑みを浮かべて黒井にこう宣言をした。

 

「スキやきをたらふくたべさせてあげるだけだよ」

 

 

 

 ボビーはラジオから流れる最近のビルボードチャートを聞きながらため息をついた。午後の眠気をぶっ飛ばすサウンドはどうやら聞けそうにもない。アメリカの歌謡界のレベルの高さは知っているし歌手たちの実力も非常に高いのも分かっている。

 

 だが、どいつもこいつもプレスリーの後追いばかりで似たような歌しか歌わないのだ。これ位ならジャズでも聞いて気分を落ち着けた方がマシだろう。

 

 そんな陰鬱とした気分を抱えた彼のデスクに、ジリリリリ、とけたたましい電話の音が鳴り響く。受話器を取り「私だ」と答えると、耳に入ってきたのは懐かしい日本の友人の声だった。

 

 確か今は日本の音楽関連で仕事をしているはずだ。有能で、強い野心を抱えた男。彼が日本人で、別の業種へと進んでいったことをボビーは学生時代に感謝した事があるほどに強烈な人間だ。

 

 何でも彼は今アメリカに来ているらしい。歌手志望の義理の娘に本場アメリカの音楽を見せる為だ、と話す彼の声には以前と変わらぬ野心が感じられた。

 

 閉塞した音楽業界に苦言を呈していた彼の秘蔵っ子と頭に思い浮かび、興味がわいたボビーはすぐに自身のスケジュールを空けて彼と彼の義娘に会う時間を作った。どうせ碌な仕事もないのだ。同じことばかりを繰り返すこんな日常に飽き飽きしていたのもある。

 

『やぁ、ボビー』

『久しぶりじゃないかタカオ。ついに日本を捨てたのか?』

『ハハッ。まだ足掻いているよ』

 

 眼鏡をくいっと持ち上げて彼は笑う。その笑みに学生時代から変わっていないとボビーは少し嬉しく思った。旧友との再会は存外に彼の陰鬱な気分を癒してくれたらしい。そして、ボビーは黒井の隣に立つ、小さな人影に目を向ける。

 

『タカオ、この娘が?』

『ああ。ボビー、この娘が私の義娘だ。タクミ、挨拶を』

『はい、パパ』

 

 黒井の言葉に頷いて、その小さな娘はぺこりと頭を下げた。小さい。恐らくまだジュニアスクールの、しかも低学年だろう。だが、すっと通った目鼻立ちに立ち振る舞いは年齢以上の姿をボビーの目に映し出している。昔、黒井に見せてもらった事の有る日本人形のような美しさを感じる少女だった。

 

『タクミ・クロイです。よろしく、ボビーおじさん』

『…あ、ああ。よろしく。ボビー・ブラウニーだ』

 

 小さな手と握手を交わし、ボビーは自分が今、緊張していることを自覚した。透き通るような声だった。瞬きの一つまでもが完ぺきに計算されているような仕草だった。黒井を見ると、彼は含み笑いを浮かべてボビーの様子を眺めている。

 

 ただ数回、言葉を交わしただけでボビーはこの娘を自身に会わせたがった彼の思惑を察し、そしてそんな彼と友誼を結んでいた学生時代の自分に感謝をしていた。

 

『すぐに詳しい話をしたい。タカオ、どこのホテルに泊まっているんだい?』

『ああ、~の通りにある~ホテルだよ。そうか、君のお眼鏡に適ったか』

『お眼鏡だって!? この娘と対面して何も感じないならそいつはメディア業界の人間じゃないさ! ただ話をするだけで絵になる人間なんてこの世に何人いると思うんだい!』

「ねらってやったからそこまでいわれるとはずかしいわ……」

 

 ぼそりと呟いたタクミの言葉は日本語でよく聞き取れなかったが、どうやら恥ずかしがっているのがわかる。これがヤマトナデシコか。黒井から聞いていた奥ゆかしい日本の女性像を思い浮かべボビーはにんまりと笑顔を浮かべる。

 

 歌手志望と聞いているが、彼女ならば少し演技を身に着ければ本流である歌劇等にも移れるだろう。あるいはハリウッドスターも夢ではない。しかも、アッという間にだ。彼女のマネジメントに思いを馳せながらボビーは足早に町を歩こうとして、よそ見をして足を止めた彼女に気付いた。

 

 その視線の先には、公園の端に腰掛けてギターを鳴らす女性の姿があった。まだ20代だろうか。ギターの音を聞きなれたボビーでも上手いと感じる演奏だった。タクミは彼女の演奏を聴きながら、小声で黒井に何事かを語り掛ける。

 

 彼は胸元から一枚のドル紙幣を取り出すと彼女に渡した。なるほど、チップを渡すのか。確かにこの演奏力ならばそれだけの価値はあるだろう。タクミの感受性を感じてボビーは笑顔を浮かべた。

 

 そして数分後にその笑顔は驚愕へと変わり、更に数分後。伴奏が終わった後に彼は涙を流してこう呟いた。 『私は歴史の一ページに今、立っている』と。

 

 

 

【黒井タクミの伝説 その1 タクミストリート誕生秘話』

 本場アメリカの音楽を見に父親の黒井崇男と渡米。父親の友人(後の米国での代理人、ボビー・ブラウニー氏)と会った場所近くで演奏していた女性ギタリスト(その後米国におけるタクミのギター伴奏を担うジェニファー・ヤング氏)の演奏に感動し、彼女のギターを伴奏にボビー氏に曲をプレゼントしようと歌いだした所、その歌声を聞いた観衆により通り一つを占拠する事態になる。

 

 この時の歌は彼女が目標とするアニメーションソングとは違う旧来のロックンロールやジャズ、カントリーと言ったジャンルの歌であったが、彼女の透き通るような歌声とアレンジは旧来の音楽を聴きなれていた民衆の耳を揺り動かし、たった一回の披露の筈が鳴りやまないアンコールの為に2時間にわたる野外ライブを開催する事になった。

 

 この時の観衆には後にタクミチルドレンと呼ばれる彼女の影響を受けて育ったミュージシャンが多数存在し、~市のタクミストリートと言えば音楽の聖地として今なお若きミュージシャンたちが集う場所として著名である。




黒井タクミ:主人公 芸名は匠をタクミと記載する。ちなみにまだスキ焼きしてない。

黒井崇男:タクミの悪だくみに悪乗りし日本での仕事を高木順二朗に丸投げして渡米。

ボビー・ブラウニー:米国のとあるTV局に務めるプロデューサー。後に退社し、米国におけるタクミの代理人となる。


クソ女神さまのやらかし
「プレスリーの曲良いけど、ちょっと不真面目だね。少し締めようっと」

「あれ。なんか、30年くらい進歩がない……?」

タクミさんのコメント
「ロックが弾圧されてるのにノビノビ曲が作れるわけねーだろ」

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