この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳ありません。
今回、前半部分に大分エネルギー取られた為少し短くなりました(土下座)

誤字修正。KJA様ありがとうございます!


このゴジラが生まれた世界で

 ギィ、と音を立てて車輪が回る。

 

 太陽は天高く上り、小春日和といった暖かな陽気の中。老人と、彼の乗った車椅子を押す少女はゆっくりとした足取りで道を行く。

 

「小学生の頃」

 

 片道数分ほどのその道を。

 

「近所にあった古い映画館……私が大人になる頃には老朽化して取り壊されちゃった位に古い設備の場所でした」

 

 普段の何倍も時間をかけて、ゆっくりと。

 

「父ちゃんに手を引かれて。買ってもらったジュース……コーラだったかなぁ」

 

 ぽつりぽつりとした口調で少女は語る。

 

「ちびちびと舐めながら見たんです。白黒画面で」

 

 かつての世。そして、今に繋がる世界での話。

 

「ゴジラを、見ました」

「……うん」

 

 少女の言葉に、時折頷く様に老人は言葉を返す。

 

「怖かった、ですね。初めて見た時は。真っ暗な映画館の中だってのもありましたけど、怪獣が、沢山の人たちをどんどん薙ぎ払っていくのがとても怖かった」

「うん……ゴジラは、自然の怒りの象徴だ。それは、人にとって畏怖するものであるべきなんだ」

「ええ」

「人は、畏れを忘れてはいけないんだ。忘れてしまえば、どこまでも傲慢になってしまう」

 

 少女と老人はぽつり、ぽつりと会話を交わす。

 

 少女の話す言葉は、まるで空想の中のような信じられない内容のものであったが、老人にはそれが本当にあった事なのだと理解できた。

 

 何故かはわからない。けれど、それは間違いなくどこか別の世界の、そして自分自身の行った事であるのだ、と。

 

 だから。

 

「それを、覚えていて欲しい。君は恐らく……いや。君は――タクミ君自身が人である事を、忘れないでくれ」

 

 だから、つい。言葉に出してしまったのだろうか。

 

 自分の口から出た言葉に少しだけ老人は驚いたような表情を浮かべて、恥ずかしそうに「すまない」と続けて口にする。

 

「何を言っているのかなぁ、私は」

 

 ぽりぽりと頬を掻きながら、老人はそう言葉にしながらふと空を見上げる。

 

 どこまでも広がる青空。

 

 こんなにも穏やかな気持ちで空を眺めたのは、いつ以来だろうか。

 

「綺麗だ……」

 

 呟くようなその言葉は風に乗り、少女の耳にだけ届いて消えていく。

 

 ――撮影所の入り口が、近づいてきた。

 

 

 

 

「……英ちゃん」

「明くん。すまんなぁ、迷惑をかけた」

「いいさ……良い仕事をしたと思ってる。本当に……最後に一緒に出来て、良かった」

 

 目の下に濃い隈を作った黒川監督はそう言って、大事そうに抱えていたフィルム缶を円城さんに手渡した。

 

 円城さんが倒れた時点でほぼ完成していたとは聞いていた。そして、それから3日。

 

 今の今まで寝る間も惜しんで必死に編集をしてくれていたのだろう。

 

 色濃く感じる疲労の痕。彼に付き従ったスタッフたちもそうだ。誰も彼もが目に隈を作り、自身の仕事を全うしたという自負と達成感を織り交ぜたギラギラとした視線をフィルム缶に向けている。

 

「映写室は」

「準備できている。いつでも流せる状態だ」

「ありがとう。そうだな……見れる人は映写室に来てくれ。映画は、沢山の人で見る物だろう」

 

 円城さんがそう言ってうっすらと笑みを浮かべると、周囲に居たスタッフたちが歓声を上げて駆けだした。恐らく撮影所内に居る他の人間に声をかけに行くのだろう。

 

 何せ、この撮影所で1年近くも試行錯誤した上で生み出された作品のお披露目だ。関係した人物にとっては多少眠くても見たいに決まってる。

 

「円城さん」

「ああ。先生、分かっていますよ……もう少しだけ、勘弁してください」

 

 苦言を弄するように間先生が円城さんにそう声をかけるが、円城さんは眉を寄せてぺこり、と申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 次はない。恐らく目を閉じればそのまま意識が戻ることはないだろう。

 

 そう円城さんは間先生と一郎さんを説得し、ここに居る。

 

 自分の人生の集大成が、ここにあると言って。

 

 

 

 それは、かつて見た二度の”ゴジラ”とは似ても似つかない出来栄えだった。

 

 東京映画が誇る名優や961プロダクションの力をフルに使ってかき集めた俳優達は小さなワンシーンですらも力を抜かずに熱演し、有り余る資金力を使って用意した撮影器具は厳しい監督達の要望に応えてそれらを余さず高い精度で映し続けた。

 

 現場を離れて久しい円城さんの技術は、今なお通じる物だった。吹き飛ばされる電車やビル街に車。襲い来る災害に歯が立たない自衛隊。緊急出動する米軍の姿を、彼はミニチュアキットや小道具、特殊メイクで再現しきった。

 

 そして。采配を振る黒川監督はそれら全てを生かし切り、映画という形を作り上げていく。

 

 人、物、金。これら全てを結集して作り出したその作品は、戦争を経験した世代の演じる前世”ゴジラ”とも、円城さんが個人で作成した”ゴジラ”とも全く違う出来栄えとなっていった。

 

 

 だが、それは確かにゴジラだった。

 

 

 映写室の中に寿司詰めのようになりながら、私達は無言で画面を見続けていた。話を聞きつけた今日は来ていなかった俳優たちも集まってきて、どんどんと部屋の密度が上がる中。それでも私達は、じっと映画を見ていた。

 

 主演の芹沢博士役を務めた青年俳優は、静かに涙を流していた。時代劇などでも主演を演じた事のある彼は当初、特撮映画等という物に出る事に乗り気では無かったそうだ。だが、実際に撮影が始まり、現場の熱度を知り。そして今、自分が演じた青年の死に涙を流している。

 

 元婚約者役の女優はただ静かに画面の中の自分を見ていた。元は歌手からの転向組で961プロから出向してきた彼女は、初めの内は現場の空気、本気度に面食らい、そしてこれが俳優の世界なんだと学んだという。彼女にとって、この映画はある種の転換点となったそうだ。

 

 この場に居る誰も彼もが、自分なりの思いを抱えてゴジラを見ている。

 

 ゴジラが、彼等の中で確かに息吹いている。

 

「タクミ君」

 

 エンドロールが流れる中。隣に座る円城さんのポツリと呟くような声に、私は顔を見上げる様にして彼を見る。

 

「これが、私の――私達の、バトンです」

 

 画面から目をそらさず。意識だけをこちらに向けて、円城さんは囁くような声で私に話しかけた。

 

「円城さ」

「私を……見つけてくれて、ありがとう」

「……円城さん」

 

 消えていく。

 

 急速に萎んでいく円城さんの命の灯を感じ、声を上げようとした私を征するように円城さんは言葉を重ねた。

 

 しょうのない子だなぁ、と言うように彼は眉を寄せながら微笑みを浮かべて、言葉を口にする。

 

「私は、幸せだ。最後の最後で、バトンを渡せたのだから」

 

 エンドロールが終わり、室内が暗闇に包まれる中。

 

「だから、後悔だけはしないで欲しい」

 

 そう言いながら、円城さんは満面の笑みを浮かべて、私を見る。

 

「私の人生は、決して間違っていなかったんだ」

 

 ――そして。

 

 それが、私が聞いた円城さんの最後の言葉だった。

 

 

 

 

 たまにふと、考える事がある。

 

 何故、私はここに居るのかと。この世界に存在しているのかと、考える事がある。

 

 前世での私はしがない一般人だった。多少ロボ物が好きで、何なら死ぬ間際までフィギュアの作成を行ってそれが理由で死ぬ位しか特徴的な所のない女だった。ああ、喪女って意味なら一般とは言い辛かったか。

 

 20代の頃はそれなりにあった人付き合いも30を超え、40に差し掛かると途絶えていき。職場と家を往復する毎日を送る、そんな毎日を送るだけ。それも良いかと思って、多分死ぬまでこうなるだろうなと思っていたら予想より早く事故ってくたばった。

 

 そんな、大したもんじゃない、どこにでもいるような女だった。

 

『タクミさん、今の心境を』

『亡くなられた円城さんとの関係について』

『映画についてコメントを』

 

 黒い喪服を着た私を取り囲む取材陣。それらを無視するように俯き、車の中に乗り込む画面の中の私。

 

 まるで異次元の存在のような姿。前世での私とはかけ離れた”私”の姿。年々増していく違和感はあのへんちくりんな魔術師もどきのお陰か無くなっていたが、それでも感じてしまう誤差のような感覚。

 

 私をこの世界に落とした奴は、何故私を選んだのか。何故、私だったのか。

 

「――――ミ」

 

 円城さんの葬式は、本人の希望もあってか家族と一部関係者のみの小規模な物にとどまった。だが、私と黒川監督、その他著名人が参加した事で取材陣に囲まれてしまい、ご覧のあり様だ。

 

「―――クミ」

 

 これで良かったのか。もっと別の方法があったんじゃないのか。何度も何度も考えて、でも。私は――

 

「おい、タクミ!」

「ふぇ? ででででっ!?」

 

 グイっと耳を引っ張られる感覚。最初に驚きを、次に軽い痛みを感じて悲鳴を上げながら引っ張られている方向を見上げると、黒井とその後ろに居る銀さんの姿。

 

「なにすんだい、乙女の柔肌を」

「随分と頑丈な柔肌だな」

「カッターくらいなら肌通らないんだよねぇ」

 

 つんつんと自分の肌を指で差しながらそう言うと、黒井はあぁ、と小さく。若干引いたような視線を私に向けてくる。おっとマジで失礼だな?

 

 いや、例の魔術師もどきがやらかした件の副産物というか、ますます頑丈に、強力になる体という凡そ現代人が必要としない物を手に入れてしまったんだよね。これ、大人になったらもっと固くなるのかな。そろそろ乙女の尊厳なんてレベルの体重じゃないんだけど。

 

「まぁ、そんな事はどうでもいい」

「おい」

「実際それがお前にとっての適正体重ならしょうがないだろう?」

 

 まぁ、そうなんだけどさ。私だって女の子なわけで、やっぱり抱き着いた相手の第一声が「固っ、重っ!?」なのは結構心に来るんだよ。実際。

 

「お前も、そういう言葉が出る年齢になったんだなぁ」

「もう13だしねぇ」

 

 しみじみとした黒井の言葉に昔を思い返し、笑みが浮かんでくる。初めて会った時はそう、まだ蛇を笛で操って日銭を稼いでいたんだったか。

 

 懐かしい日々。屋台村での出来事を思い出すと、沈んでいた心が少しだけ上向いたような気がする。あの頃は毎日大変だったが、それはそれで充実した日々を送っていたのだと今更ながらに思ってしまう。

 

「お前が何を気にしているのかは分からんが」

「うん」

「辛いなら、休んだっていい。なんなら遊園地にでも行くか?」

「ぷっ。似合わないよ?」

「……偶には父親らしいことをしないとな」

 

 私の苦笑に少しだけ目を泳がせながら、黒井はそう口にする。

 

 惜しいなぁ。これで面と向かって目を見ながら言ってくれればヘタレのクロちゃんなんて古参のアーティストに呼ばれないのに。

 

「やかましい。というか、え。そんな風に呼ばれてるの、か?」

「ジェニファーさんとか」

「…………oh」

「……お疲れ」

 

 真っ白になって崩れ落ちる黒井の姿に可哀そうになったのか。銀さんが一言、そう言ってぽんと肩を叩く。本当に仲がいいな、この親父ーズ。

 

 いや、まぁうん。何だかんだ女性を口説き落とせるって事は知ってるし。というかオーストリアの例の方はいつ紹介してくれるんだよ。おばちゃんずっと待機してるんだがな。

 

 え、ソ連崩壊の影響で暫く会えないかも? ソ連崩壊してたのとか全然知らないんだけど。

 

 民衆が盛大に中指を突き出してクレムリンに行進してた……あ、どうやらここマジで私の知らない世界線ですね。ははっ。

 

「……舞浜、行こうか」

「……そだな」

「お前らなぁ……」

 

 親子そろって遠い目をしながら宙を見上げ、体育座りになって黄昏る私達二人に銀さんがため息を吐く。

 

 まぁ、何だかんだで働き詰めだったし、ダズニー社とはダズニースタジオ買収以降もそこそこ付き合いあるし、円城さんの死からもう数週間。気落ちしたままだと円城さんにも怒られてしまうだろうし、ね。

 

 偶には家族と一緒に、年齢相応の遊びって奴もするか。あ、そだ。舞でも誘ったろうかな、後は幸姫ちゃんとか。捕まると良いんだけど。

 

 あー、でもよく考えたらこの世界の遊園地初めてか。どんな乗り物があるのかねぇ。こいつは楽しくなってきたぜ!

 

 

 

 なーんて浮かれてたからだろうか。

 

「ねぇねぇタクミちゃん! あのぬいぐるみさん、かわいいね!」

「おー、まぁぬいぐるみっつか着ぐるみだけどな」

 

 歩くドナル〇ダックを指さしながら笑う幼女にうんうんと頷きつつ若干の訂正を入れておく。間違った知識は後の恥っていうからな。なんかこいつ自爆多そうな顔してるし。

 

 うん、何をしてるのかって? 迷子になったパッパ達を探してたら同じく迷子だった幼女を保護したんだよ。いや、背丈がないって本当に混雑してる所だとヤバいのな。前世だとこのくらいの年齢の頃は160超えてたから全然意識してなかったわ。

 

 え、お前がハグレたんだろって? そうとも言うかもなぁ。いやぁ、迷子センターとか流石に恥ずかしくて行けないから探してるんだけどちょっと心折れそうだわ。携帯、早く世に出て来ねーかな……いや、いっそ作るか?

 

「タクミちゃん、どうしたの? おなかいたい?」

「いや、その言葉が心に痛かったわ。どうするか考えてたんだよ。お前の両親もこの近くに居たんだよな?」

「うん!」

「あー。ならやっぱ迷子センター行った方が良いかな。覚悟決めるかねぇ」

「タクミちゃん、迷子なの?」

「断じて違う」

 

 キリッとした顔でそう返し、はたと気づく。覚悟を決めたとはいえそういやこの娘の名前を聞いていなかったのだ。やたらとテンションが高い上にウサギの耳みたいな面白い帽子つけてっから服装で分かるかもしれんが、流石に効率が悪すぎる。

 

「取り合えず迷子センターいってお前の両親に呼びかけんとなぁ。お前、名前は?」

 

 少しだけ腰を落として彼女に語り掛ける様に尋ねると、幼女は満面の笑顔を浮かべながら、大きな声で名乗りを上げた。

 

「ななはなな! あべなな、ななさいです!」

「ななが多いわ!」

「ふぇー!?」

 

 つい叫んで返した私は悪くない、はず。




「英ちゃんは本当に幸せ者だと思うよ」
「誰かに志を繋げられる。これほどうれしい事が、世の中にあるかい?」

~黒川 明~ 【書籍 盟友、円城 英幸】にて




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場


クソ女神様
「人が求める幸せとはなに?」

「哲学かな? 私の言葉で言うなら、長時間ゆったり座れる椅子に座って楽な姿勢でポップコーン喰いながらコーラをガバガバのんでアニメ見るのが幸せだね」

クソ女神様
「流石に不健康に過ぎるのでは」

「おっとマジレス来ちゃったかぁ」

クソ女神様
「私の現代知識は貴女と変わらない筈なのに、それでも理解できない事が多すぎる」

「知識とさ。実際に味わうってのはまた違うもんさ。現物見ないで本読んだって空の青さはわからないし、美味しい料理の味だってわからない。そんなものだろ、どこの世界も」

クソ女神様
「まぁ、貴方には確かに母の気持ちはわからないかもしれないわね」

「お前今全世界の喪女を敵に回したからな?」

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