半月ほど働き詰めでようやく休みがもらえた……
誤字修正。竜人機様、キーチ様、名無しの通りすがり様、春鳥様ありがとうございます!
「超一流の俳優と超一流の制作陣が超一流の技術を持って映画を撮る。その作品が超一流の名作になるのは子供でも分かる理屈だが、その3つを用意したのが日本である事に私は驚きを感じている」
米国映画評論家 チャック・キース
「日本はタクミと安い商品だけの国ではなかった。この映画は一つの芸術です」
エイダの部屋 エイダ・デジェネ
「この才能が40年も日の目を見れなくなった原因を作ったのは、GHQ最大の罪と呼べるだろう」
NY新報記者 デヴィッド・スパロー
「帰してきなさい」
「迷子を保護しただけだから(震え声)」
ちみっ子と共に合流した私に対する義父の心温まる一言に、思わず中指をおっ立てちまいそうになる。
が。我慢だ。流石にちみっ子の前でFu〇kYouとかやらかす訳にはいかん。あ、でも右手が勝手にうご、ああっ!
「タクミ……さん。黒井社長もさっきまでは心配なされていたんですよ」
「どっかで絶対何かやらかしてるってね」
「信頼の方向ぅう!」
少しだけ困ったように眉を寄せる幸姫の言葉に、舞がにやにやと笑いながら一言付け足す。それ絶対に必要な情報じゃないよね? おい、ないよな?
「うわぁ、ほんものの幸姫ちゃんと舞ちゃんだぁ!」
私が四方八方からの口撃に歯ぎしりする中、ちみっ子は目を輝かせて幸姫ちゃんや舞の周りをちょろちょろと飛び回っている。あ、こら。舞に近づきすぎるなよ。こいつテンション上がると誰彼構わず噛みついてくる猛犬みたいな奴だからな。
「誰が猛犬よ誰が」
「おめぇこないだテレビの音楽番組で別事務所のベテランに噛みついてたじゃねーか」
「……記憶にないわね」
思わず悟空さっぽい口調で問いかける私の言葉に、舞はついっと視線を逸らしてそう答える。
覚えてませんじゃねーぞ。生放送で舞が生まれる前から活躍してるミュージシャンに「もうちょっと声量上がりません?」とか素で言いやがって。
向こうが爆笑して「タクミちゃん基準にされたら流石に無理だわ!」とか流してくれたから大事にはならなかったけど、高木さんの顔が青を通り越して白くなったんだからな。少しは反省しとけよほんと。
「お前の放送事故の方が迷惑度は大きかったがな?」
「学校でも流行ってたしね」
「記憶にございませんなぁ」
本日二度目の震え声で返事をしながらすっと目をそらす。あん時はあれだあれ。ほら、テンションが……さ。上がりすぎたんだよ……!
「でもでも、ななはタクミちゃんかっこいいっておもう! なりたいものは自分しかわからないって! ななもそうおもうもん」
「七歳児にフォローを入れられるとは」
不覚にも涙が出そうな心情である。というかうすうす感じてたけどこの娘、随分と受け答えがしっかりしてるな。舌足らずな口調で密かに自分の存在をアピールしてくるある種のアザとさ……少しの興味を覚えて、私はちみっ子に視線を向ける。
私から視線を向けられたちみっ子――安部菜々は少し首を傾げてこちらに視線を合わせてくる。物怖じしない態度といいこの細かく自分を良く魅せる動作といい、これ全部天然物ならかなりの逸材なんじゃないだろうか?
「なぁ、
軽い興味を言葉に乗せて私は菜々にそう尋ねる。
舞を初めて見た時ほどの胸騒ぎはない。だが、確かに感じる何か。その何かの答えが、あるいはこの返答ではっきりするかもしれない。
私の言葉にきょとん、とした表情を浮かべた後、菜々は「うーん」と両手を組んで考え込む動作を見せる。
暫く考え込んだ後、菜々は小さく頷いて口を開く。
「ななは、幸姫ちゃんみたいなアイドルになりたいです!」
満面の笑みを浮かべて答えた菜々の言葉。
その言葉に周囲で微笑まし気に会話を聞いていた大人組が驚きの表情を浮かべる中、私は「へぇ」と小さく頷いて視線を巡らせる。
彼女の言葉を受けた幸姫ちゃんは驚愕のあまり呆然とした表情を浮かべ――舞は片眉を上げて面白くなさそうにそんな幸姫ちゃんを眺めていた。
この娘、良い趣味してるわ。ちょっと唾つけとくかねぇ?
カタカタとキーボードを打ち込みながらテーブル脇に置かれていたカップを手に取る。熱々のココア。この甘さが疲れた脳を癒してくれるのだ。
というか私まだ14歳なんだけどさ。会社の執務室に缶詰状態で事務処理やらされるってなんかおかしくないかなみのりん。そろそろ日付が変わる頃合いなんだが?
「……管理職には残業代が出ないんですよね、うち」
「ボ、ボーナスに反映するから(震え声)」
目の下に隈を作ったみのりんのぼそり、とした呟きに思わず目をそらす。スペースウォーの発売からこちら、地獄のようなデスマーチを潜り抜けたみのりんのオーラは直視しがたい圧力を伴っている。
下手に触れたらヤバい。本能でそう悟り、私は話題を変えようと努めて明るい声で問いかける。
「そ、そういえば国外の方の販売もかなり凄いみたいだね!」
「京都の花札屋からスペースウォーの需要が満たせないと悲鳴のような報告が来ているんですが。それこそ矢のように」
「まぁ、日本はねぇ。そろそろマンハッタンファイトも来るからって言っといて」
「向こうの担当倒れそうですね」
あ、まだ向こう倒れてなかったのか。アメリカの方だと既にウィルが倒れて点滴打ち込まれてまた復帰とかやってるんだけどね。事前に500万台も用意してかつ日産10万台作れる工場施設を準備してたのにひと月持たずにパンクしちまった。
今は工場増設の真っ最中で、丁度良いので現在増設中の工場の造りをある程度機械の入れ替えがやりやすいようにして、そこの工場で今後のゲーム機やPC部品なんかのパーツも生産する予定だ。
まぁそこまでやっても、まだまだ米国内の需要すら満たせてないんだから洒落にならん。ミカン直営のゲーム喫茶なんか連日超満員。一人の連続プレイは5回までって制限かけてるのに終わった奴がまた数キロの列に並び直すからいつまでたっても待機列が切れないらしい。
というかこのゲーム機ーー筐体の名前は無難にミカンボックスにした――の売上だけでこれまでミカン社にかけてた投資分どころか
あんまり儲けすぎても妬みやら恨みやら買っちまうし。程々に社会に還元しないといかんなぁ、これは。
「まぁこれだけ売れたのも事前に貴方がアメリカ中に『うちで作るゲームすげーから!』と声高に宣伝してくれていたお陰でもありますがね」
「みのりんの言葉の刃が痛いよ。心に痛い」
「副音声を聞き取らないでください」
いやそれって内心そう思ってるって意……いや予想私の勝手な判断でみのりんを敵に回すのは(ry
「冗談は兎も角」
「あ、はい」
「現状、人、物、時間全てが足りてない状況です。エキサイトグループや961プロからの人員を回しても仕事が回りませんし、他の業種にまで悪影響が出てきています」
「あー、うん。そこは分かってる」
ポリポリと頬をかきながら手に持つ各部署からの嘆願――『いい加減人を増やせ』という悲鳴のような文章を眺め、小さくため息を吐く。
「事務経理やらは良いんだよ。ある程度の人材がすぐに集められるから。問題はコンピューターに関する知識を持った人間の少なさだ」
分野の発展が遅れているからってのもあるんだろうが、予想以上に人材の枯渇が早かった。恐らくコンピューター分野で最も進んでる米国でこれだと諸外国はお察し状態だろうな。
ミカン1の発売でかなり世間にアピールした筈だが、流石にそっから数年レベルじゃまだまだ人は育たない。人の成長の前に業界が発展しすぎてしまった。
民間で細々とコンピューターを作っている同業他社も存在する為、それらの買収を行ったり人員の出向をお願いしたりと色々手を打ってあるんだが。全体的に業種全体の人口が少なすぎて補充が利かないのだ。
このままでは今いるメンバーへの負担がデカすぎる。ウィルなんて近場の病院に担ぎ込まれまくったせいで向こうの看護師さんと懇ろになったとか自慢してたからな。笑えねぇわ。
こうなってくるともう、打てる手は少なくなってくる。腕を組み、何度目かのため息を吐きながら私は思い付きを口に出す。
「青田買い……しかないか」
「何か手が?」
みのりんの言葉に頷きだけ返して、手元のミカン2のキーボードを打ち始める。出来ればやりたくはないんだが、仕方ない。
「全米、いや、伝手のある国全部だな。ミカン1を用いてゲームを制作、それの出来で優劣を競うグランプリみたいなのをやろう。出場資格はミカン1でプログラムを組めることのみ。年齢・人種・出身は問わず。最優秀作品には賞金10万ドルとその作品のミカンボックスへの移植およびロイヤリティの授与」
「……全米オーディション」
「うん。やり方は違うけど人を発掘って意味じゃ同じかな。これは、という人はどんどんスカウトしちゃおう。後はそれに付属する形でミカン社社員絶賛大募集って広告も打っとこうか。認知度も上がるだろうし多少は集まりやすくなるかもね」
「すぐに手はずを」
私の話を聞き終えたみのりんはいてもたってもいられない、とばかりに立ち上がって部屋から去っていく。やっぱりあの人、根っからのイベンターなんだろうね。話が進むにつれ、ギラギラした視線を私に向けてきた。
でもまぁ、うん。あんまり突っ込んだ話までされなくて少しだけほっとした気分だ。
「未成年は出来れば雇いたくないんだけどなぁ」
年齢条項を含めず。それはつまり、未成年であろうと能力があれば参加しても良いという事だ。条件さえ合えば、私は彼らをスカウトする事になる、だろう。
使えるものはどんどん使わないといけない。企業の主としての私はそう判断している。
ただ――個人の……黒井タクミとしての私は、子供は子供で居られるうちは子供で居た方が良いと思ってしまうのだ。たとえ、いつかは大人にならなければいけないとしても。
キーボードを打つ手を止めて、テーブルに置かれていたカップを手に取る。
「大人になるのが早すぎても。良い事なんかないからなぁ」
温くなったココアを湿っぽい感情と一緒に飲み下し、「よし!」と気合を入れなおす。この事務処理が終わったらそのまま仮眠をとって日本にとんぼ返りだ。ついでに花札屋さんへの報告は私が行くか。人気商品の新作が出るんだ、泣いて喜んでくれるだろう。
「花札屋さんの担当さんが目の前で倒れた件について」
「当たり前だろうが」
解せぬ、とパッパの執務室で愚痴っているとさも当然の様にパッパに返された。解せぬ。
「門外漢の俺ですら今の熱狂ぶりを察してるんだ。現場で実際に流通を任されてる人間にそんな爆弾投げたらそうなるだろ」
カタカタと執務机に設置されたミカンを使いながら、パッパは視線を画面から移さずにそう口にする。いや、勿論分かってるんだよ? 向こうも余裕がないって。
だけどこれまでの付き合い……PCの方でもゲームの方でも花札屋さんは大事なお客だし、事前に話は通しとかないといけないしね。
それに米国の方で企画してる自作ゲームグランプリのね。日本側での開催の窓口になって欲しかったからそのお話もしないといけなかったのもあるし。
「ああ、石川が妙に興奮しながら言ってたあれか。コンピューター版の全米オーディション」
「まぁ大分やり方は違うけどね」
「人材発掘って意味なら確かにあれは素晴らしいイベントだったな。コンピューター版のジャクソンやクイーンズを探すのか」
まぁ今回はあの時と違って燻ってる連中というよりも今正に発展してる連中、若い世代を見つけるって意味合いの方が強い気がするけど……結果はそんなに変わらない、か?
音楽業界と違ってコンピューター分野はまだまだ新しい分野だからね。
「成程……そうだ。それで思い出したが、お前にテレビ局から嘆願が出てるぞ」
「嘆願て」
「お前への頼み事なら嘆願にもなるだろう。自分がテレビ業界からどういう目で見られてると思ってるんだ」
そう言ってパッパはキーボードから手を放し、机の引き出しから一枚の書類を取り出して机の上に置く。
そうなったの全部パッパからの依頼の結果なんだけどその辺はどうお考えなんでしょうかねぇ。いや、まぁいいけどさ。
で、ええと何々。
「『新しいスターを発掘したいので何か良い企画をお恵み下さい』?」
「もうちょっと違った文章だったと記憶しているが」
「要約するとそういう意味でしょ。え、何これ。なんで私にこんな依頼が来るわけ?」
「全米・全欧オーディションのヒットとそれによって見いだされたスター達の活躍」
ぼそり、と呟いたパッパの言葉に一瞬納得しそうになりいやいやと首を横に振る。あいつら私のこと黒光りするG並みに嫌ってる筈だぞ?
あ、いや待てよ。え、それってもしかして。
「それってさ」
「……ああ」
「大嫌いな私に縋りたくなる位に、なにかヤバイ状況って事? そして、パッパから話を降ってくるって事は961も無関係じゃない」
私の問いに、黒井は何も言わずに視線だけを私に向ける。何か言いたげな、だけど口にすることが出来ない。そんな雰囲気を感じて、何となくピンときた私は頭の中に浮かんできた単語を口に出した。
「――舞」
「……」
その言葉にため息を吐きながら黒井は瞳を閉じる。反応で正解だって言っちゃってるよパッパ。
しかし、そうか。あいつが出てる番組とかはチェックしたりとかしてたんだが。そうなってたか。
もう……日本じゃ舞には狭すぎる状況になっちまったかぁ。
「お前と直接ステージで競ったあの日」
黒井は眼を開き、私に向き直って口を開く。
「舞はあの日、一つ上の階段に上がった。日本のレベルをあそこで完全に逸脱したんだ」
「だろうね。舞台上で進化した。そうそう見るもんじゃないから驚いたよ」
「俺達プロデュース側の思惑を数段飛ばしであの娘は超えた。今のあの娘が何かの音楽番組に出れば、それは他のアーティストに対する蹂躙にしかならない。お前の影響で世界を見据えて活動している連中ならばまだいい。だが、他の数いるアーティストからすれば……」
黒井の言葉に頷き、そして私も小さくため息を吐く。無理だろう、な。比べるレベルにすら達していない奴らが殆どだ。
道理で最近、舞が出演する番組の出演者が幸姫ちゃんかベテランの歌手ばかりな訳だ。どこの事務所も潰される、と自分の所の新人を出そうとしないのだろう。
「いっそ、舞をテレビから遠ざけるしかないんじゃない?」
「勿論それも考えているが……彼女は961プロの若手トップだ。本人が凄すぎるから仕事に出せません、なんて事はやりたくないしさせたくない」
そりゃそうだ。本人はただ自分の全力を出しているだけ。それが単に他者を圧倒してしまっているだけなんだから舞には何の落ち度もない。
落ち度はないのだが……だからと言ってそのままにしていては他の新人が何も出来ずに腐っていってしまう、と。
「そっからなんで私の方に話が来るかなぁ」
「今の状況は舞一強だから引き起こされている問題だ。あの娘と並ぶ、もしくは迫るだけの才覚の者が複数いれば持ち直す……と、テレビ業界の連中は考えているらしい」
「全米オーディションの16傑みたいな人らが出てくればいいって? あの人たち全員、タイミングが違えば誰もがキングって呼ばれててもおかしくない連中だよ?」
彼ら彼女らは間違いなく頂点を取れる才能を持っている者達だ。ああいう機会がそれまでに無かったから一度に出てきただけで、本来であれば年に一組出てくれば御の字というレベルの人々なのだ。
それを簡単に複数人出せ、と。そんなん無理に決まってるだろ、としか言いようがない。
「まぁ……そうだろうな。すまん、この件は俺の方から断りを入れておく」
「ん、お願い。なんなら、舞の海外進出についてこっちのプロダクションでも動こうか?」
「そうだな……少し時期が早いが、もうそういう段階になったと思うしかないか」
私の言葉に黒井が頷きを返す。下手に受けて失敗しても責任取れないしね。幾つか時期的に思いつくネタはあるけど、正直舞と並べられる人間が出るかは期待できないし。
難しい話は終わりとどちらからともなく判断を下し、互いに空気を弛緩させながら椅子に座りこむ。しかしそうか、舞の奴もうそこまで来たか。
これはそろそろ下剋上仕掛けてくるかねぇ。
――prrrrr――
顔をニヤつかせながらやたらと突っかかってくる妹分の成長を喜んでいると、黒井の執務机の上の電話が鳴り響く。
お仕事大変だねぇとテーブルの上に置いたチーズケーキをパクついていると、電話中の黒井から見られている事に気付きそちらに視線を向ける。
「なに? このチーズケーキは渡さないよ?」
「違うわ。お前に来客だとよ」
「来客? 誰よ」
「……行けば分かる」
食べかけのチーズケーキを死守しようと体で庇う私に、黒井は呆れたような目で要件を告げてくる。はて、今日は来客の予定なんてあったか……? このままマンションに戻る予定だった筈だが、
チーズケーキを急いでかき込み、首を傾げながら黒井に言われた来客用の応接室に足を向ける。行けば分かると言われた以上知り合いなのは間違いないだろう。
軽い気持ちで応接室のドアを開け、部屋の中に目を向けて。
頭を地面にこすりつける様に下げる彼女の姿を見て、顔が真顔になっていくのを感じながら私は彼女に声をかけた。
「……幸姫ちゃん」
「恥を忍んで、貴女にお願いしたい事があります」
予想外の人物の、予想外の行動。混乱し黙り込む私に向かって、彼女――美城 幸姫は、少しだけ顔を上げ……
「日高舞に……彼女に勝てる歌を、私にください」
決意の籠った眼差しで私を見上げながら、幸姫はそう口にした。
クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場
「というか折角こっちに意識向けてくれててなんだがもうちょっとフランクに行こうぜ。互いに先は長いだろう?」
クソ女神様
「仮にも管理者としての職務を持つものが」
「出来てないじゃん。てかお前さんも無理しないで素の口調で話そうず」
クソ女神様
「……管理してるもん」
「お、その調子その調子」
クソ女神様
「貴方、本当になんなのよ。いつの間にかこの空間に居て、訳知り顔でちょっかい出してきて!」
「訳知り顔にもなるわ。ずっと見てたからな」