この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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ちょっと短めですが昨日のだけだとちょっと不完全燃焼だったので

誤字修正。竜人機様、たまごん様、さーくるぷりんと様、yelm01様ありがとうございます!


このシンデレラなき世界で

「パッパ。さっきのテレビの企画なんだけど、あれどうなった?」

「うん? いや、まだ先方には返事を返していないが」

「そ。実はね、ちょっと一つ思いついたんだけどさ……」

 

 黒井の執務室に戻り、何かを尋ねたそうにしている部屋の主の視線を無視し続けて数十分。頭の中で一連の流れを組み立てながら新しいチーズケーキをパクつき、ある程度の道筋がついた段階でパッパに質問を投げる。

 

 まぁそれほど時間が経っていない事と、パッパもそれほど重要視している案件じゃなかったからか予想通り何の変化もない、という回答を受け、私は決断を下す。

 

「アマチュア、プロを問わずミュージシャンを募集して、毎回数組のバンドや歌手を歌わせるんだ。それを選ばれた審査員達……毎回ランダムで交代したりした方が良いかな……が一組ずつ点数を付けて、その週一番を競わせるんだ」

「……ふむ?」

 

 ギシリ、と椅子を揺らして黒井が興味深そうに私を見る。全米オーディションでも似たようなシステムを使ったから、パッパの頭の中でも何となく形が見えているのだろう。

 

 だが、これだけでは全米オーディションの二番煎じで終わってしまう。視線の中に続きを促す意思を感じ、私は再び口を開いた。

 

「で、週一番になった歌手かグループはチャンピオンとなり、次の週もチャンピオンの立場のままその週に参加した他のグループの一位と争い、どちらが真のチャンピオンかを決める。ここで新チャンピオンが登場するかもしれないし、チャンピオンが防衛に成功するかもしれない」

「続けてくれ」

 

 執務机に肘をつき、鋭い視線で私をパッパが見る。どうやら食いついたらしい。流石というか、この辺りの嗅覚の鋭さが彼の最大の武器なんだろうな。このシステムがどれだけの可能性を持っているのか、何となくだが理解しているんだろう。

 

 私の前世で第二次バンドブームの火付け役となったあの番組のシステム。イカ天の対バン審査方式をそのまま流用し、更に枠組みをプロにまで広げていく。

 

 アメリカに遅れてバンドブームが起こった日本では今が正に音楽の過渡期。だが、テレビの音楽番組なんて開いても大概はヒットチャート方式でお行儀よくひな壇に座った歌手やミュージシャンが司会とお喋りして自分の出番に持ち歌を披露するばかり。

 

 多分、結構な数の人間が思ってると思うんだ。もっと多く、もっと新しい音楽を。それじゃぁ物足りないってね。

 

「だから、対バン方式か」

「そそ。ガンガン新しいミュージシャンがガンガン新しい歌を出し、その中でも優れたミュージシャンが上に行く。そしてチャンピオンになれば彼らはまた翌週も自分達のアピールが出来る」

「無差別に募集する以上、事前にある程度の足切りは必要だろうが……」

「そこらへんはラジオと連動しても良いんじゃないかな。予選って形でさ。あ、明らかに演奏の形を取れてない連中はその前に弾かないといけないか」

「その審査は――」

 

 私の案にパッパもかなり心動かされたらしい。あーだこーだと互いに意見を述べあいながら、私たちは執務机の上にメモを置き、互いに懸念と改善策をかき込んでいく。

 

 こうして考えると、前のアイドルアルティメイト(笑)は惜しかったんだなぁ。アイドル達の優劣を競い合うってのは確かに目の付け所は良かった。こっちに火の粉飛ばさなきゃもっと成功してもおかしくなかったろうね。

 

「確かに、目的がどうあれ企画としては見るべきものがあった。分かりやすく優劣を見ている側に示し、判断を委ねる。より上位のミュージシャンには当然の様に注目が集まり、下位のミュージシャンは上へ行こうと更に試行錯誤を繰り返す形になれば……」

「ランキング制度とかも良いかもね。Dランクから一律スタートである一定の条件……例えばファンクラブ会員だとか売上だとかを満たし、数か月に一回条件を満たした者同士での昇格戦を行って、とかさ」

「――面白いな。目に見える目標があれば新人たちも奮起しやすいだろう」

「でしょ? その為の試金石にこの番組、使えるんじゃないかなって」

「少し時間をくれ。考えを纏めてみる」

 

 私の言わんとしている事を理解したのか。黒井はにやり、と口角を釣り上げてキーボードを叩き始めた。恐らく何かしらのアイディアが生まれたのだろう。集中し始めた彼の邪魔にならないように私はそっと机を離れ、部屋を後にする。

 

 思い付き程度の考えを付け足したんだが、随分と琴線に触れたようだ。あれは暫く部屋から出てこないだろうな。

 

 パッパ付きの秘書さんにこまめに水分を取らせるように伝えて廊下を歩きながら、さて。と一息つく。

 

 これで舞台のお膳立ては整った。後は人次第なんだが……もしかしたらもしかするかもしれない、かな?

 

「ま、細工は流々仕上げを御覧じろ……てか。準備は整えちゃるから、後はそっち次第だぜ? 幸姫ちゃん」

 

 つい1時間ほど前応接室の中で交わした会話。決意を秘めた力強い瞳に思いを馳せながら、独り言ちるようにそう呟き私は口元を緩める。

 

 そう。

 

 一時間前、私はこのビルの応接室で彼女と会話を交わし。

 

 美城 幸姫の引退報告を聞いたのだ。

 

 

 

 応接室のソファに座った美城 幸姫は、顔を俯かせたまま黙り込むように口を閉じていた。

 

「それで」

 

 私が切り出す様に言葉を投げると、彼女はビクリ、と肩を揺らして私を見る。

 

「何がどうなって舞に勝てる歌、なんて言葉が出たのか。教えてくれる?」

「……はい」

 

 努めて平坦になるように言葉を発しながら彼女の表情を窺う。

 

 そんな私の言葉に従うように幸姫は俯いていた顔を僅かに持ち上げ、ぽつり、ぽつりと言った様子で静かに語り始めた。

 

「現在の、業界内部の状態をご存じでしょうか」

「うん。パッパからね。舞の一強が続いてて新人が出てこなくなってる、でしょ?」

「厳密にいえば、ロックバンドやソロミュージシャンなどのアーティストはチラホラと出てきています。テレビ等に出てこないだけで」

 

 幸姫の補足になるほどと頷きを返す。その辺りはまあチラホラ出てきたライブハウスや地方のイベントなんかで活路もあるし当然っちゃ当然か。一時期の961はそっちに全振りして成果を出してたし。

 

 勿論、発信力的にテレビがメインストリームなのは間違いないがな。

 

 それに舞はあくまでもアイドルとして活動してるし、多少は棲み分けも出来てるんだろ。それでもやっぱり苦しいかもしれんが同じ枠組みではないだけマシなはずだ。

 

「まぁ同じアイドルって括りの連中からすりゃ堪ったもんじゃないだろうね」

「……」

 

 私の言葉に幸姫は何も言わずに、ただ小さく首を縦に振った。

 

 恐らく、目の前の彼女こそがその最大の被害者だろう。

 

 誤解を招かないように言っておくが、美城幸姫というアイドルは非常にレベルの高いアイドルだ。歌唱力、ルックス、ダンス。演技力も含めて全てが高水準で纏まっていて、そして何よりも努力家だ。

 

 弛まぬ努力という言葉があるが彼女はステージの度に何かしら新しい試みを行ったりと常に創意工夫を怠らず、また他者が自分より優れていると見ればそれを自分の中に取り込もうとする貪欲さも持っている。

 

 そのひた向きさに惹かれてファンになった者も多い。私も実を言うとその口だったりするしなんならファンクラブの会員だ。

 

 恐らく時代が時代ならその世代ナンバーワンと言われてもおかしくない。彼女はそんなレベルのアイドルなのだ。

 

「――でも、貴女じゃ決して舞に勝てない」

「……っ」

 

 だが、そんなレベルのアイドルですら前座扱いにしかならないのが、今の日高舞という存在だった。

 

 ごくごく単純な話なのだ。例えば幸姫ちゃんが全教科で100点満点中の90点を取るとする。大した数字だ。大概の分野では間違いなくナンバーワンと呼ばれるだろう。

 

 だが、舞はそれらに対して全教科で満点をたたき出してくるのだ。

 

 先ほど挙げた歌唱力、ルックス、ダンス、演技力。ルックスは兎も角として、他の3つに関して全てが10点も差を付けられれば結果は30点分も差が出てくることになる。

 

 ああ、あと一つ。持ち歌という項目を追加すれば5教科で計算がしやすくなるか。だが持ち歌という点からみても舞を担当している作曲家の武田蒼一は天才の部類だ。

 

 仮に私が100点満点の歌を提供できたとしても、彼が出してくる歌も同じように100点、悪くても90点以上のものになるだろう。結果、殆ど差を縮めることが出来ない。場合によっては更に広がる可能性もある。

 

 ――総合力に、明らかに差があるのだ。

 

「仮に、貴女が一歩。血のにじむような努力をして進んだとしても……舞はその半分の労力で3歩先に進むわ」

 

 感情を表に出さないように。淡々と言葉を口にしながら、私は語り続ける。

 

「私から楽曲を提供するのは構わない。けれど、舞の作曲を担当する武田君も天才よ。必ず今の舞に合った素晴らしい歌を作って対抗してくる。結局歌手自身の力が及ばなければ、そこで優劣がつけられてしまう」

 

 私の言葉に何の反応も返さない幸姫に視線を向けながら、私は少し呼吸を入れて。

 

「Vocal(歌唱力)、Dance(踊り)、Visual(風貌)。全てで差を付けられている貴方は、舞に決して勝てない」

 

 最後の言葉を、彼女に向けて放つ。

 

 この言葉が、アイドル美城幸姫にとって死刑宣告にも等しい言葉であるのは理解しながら。

 

「……そう、ですか」

「うん」

「そう……なんですね」

「うん」

 

 私の言葉を受けた幸姫は、大きく目を見開き。そして、震えるような声で何度も確認するように私にそう尋ね。頷きを返す私に感情が追い付いてきたのか。彼女の瞳から大粒の涙があふれる様に零れていき……やがて、決壊するように彼女は泣き声を上げた。

 

 

 

「菜々ちゃんに」

 

 すすり泣くような声だった。

 

「幸姫ちゃんのようなアイドルになりたいって言われて。嬉しかったんです。タクミちゃんや舞ちゃんと違って、幸姫ちゃんは誰かの為に歌ってる。歌える凄いアイドルなんだって」

「うん」

「私、頑張ろうって思ったんです。例え太陽のように輝けなくてもいいって。私の歌を好きだと言ってくれる、そんな人が居るんだって」

「うん」

 

 アイドルでも美城プロダクションの社長令嬢でもなく、ただの美城幸姫に戻った幸姫の頭を撫でながら、私は彼女の話に相槌を打ち続ける。

 

「でも、美城プロはもうアイドル部門を廃止する事にしてしまったんです」

「……幸姫ちゃんが居るのに?」

「日高舞に一度も勝てないから。存続しても意味が無いと、重役会で」

「……そっか」

「おじい様はせめて私が高校へ上がるまでは、アイドルで居させてくれると。だからそれまでに、舞ちゃんに……舞ちゃんに一度でも勝てれば、きっと」

 

 胸に抱く幸姫の声が、震える。処理しきれない激情を必死に抑え込むように、彼女はくぐもった声をあげる。

 

 泣いても良いんだとぽんぽんと背中を軽く叩きながら、私は嘆息するように天井を見上げる。

 

 現状、トップと大差があるとはいえ二番手だった幸姫ちゃんの引退。業界全体としてもこれはデカい。デカすぎる。舞が世界に打って出る前に、下手すれば日本のアイドルって分野は消えている可能性があるぞ。

 

 今から思えば、防波堤のような役割だったんだ幸姫ちゃんは。幸姫ちゃんが居るから、他のアイドルへの余波が少なかった。舞と組み合わせて潰れない、ただそれだけでも彼女の存在は非常に貴重なものだった。

 

 その幸姫ちゃんが居なくなればどうなるか。考えなくても分かり切った答えが返ってくる。

 

「アイドル業界、終わんじゃねぇかこれ」

「――終わらせません」

 

 ぽつりと呟く様に口に出した言葉に、胸元から否定の言葉が響く。

 

 強い言葉だった。先ほどまでのすすり泣くような声とは違う。涙や鼻水のせいで少しぐずっているが、意志の籠った声。

 

 私の腕を振りほどき、幸姫ちゃんが起き上がる。

 

「決して終わらせません。絶対に」

「いや、うん。そりゃ私もそうならないほうがいいと」

「絶対に、ですっ」

 

 私の言葉を遮るように、幸姫は言葉を放つ。

 

「初めて貴女の歌を聞いた時、胸が焦がれました。初めてミシェル・ジャクソンのダンスを見た時、心が躍りました。初めてマドゥンナの映像を見た時、胸がトキメキました! 音楽のすばらしさ、アイドルへの憧れ。そんな思いを胸に、私は、私たちはアイドルを目指したんです!」

「幸姫ちゃ」

「私は結局シンデレラにはなれなかったけれど……でも、シンデレラを目指す女の子達の夢を、閉ざしては……閉ざしてはいけないんです。絶対に」

 

 噛み締める様に言葉を発しながら、幸姫は私の肩を両手でつかみ、私に向かい合うように座る。

 

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった酷い顔だ。軽くしてきた化粧も落ちてしまってるし、髪だってぐちゃぐちゃになっている。凡そ人前に出てはいけない姿。普段の彼女を知る人間なら思わず目を見開いてしまうようなひっでぇ姿だろう。

 

 だが。

 

「お願いします、タクミさん! 私は灰被りのままだって良い。でも、後に続く子達の為に……私に、魔法をかけてください! 夢を、夢で終わらせないために!」

 

 決意と信念に燃える彼女の瞳は、これまでに見たどんな化粧や衣装よりも美城幸姫を美しく飾り立てていた。

 

「――オッケー」

 

 思わず、魔法をかけてしまいたくなるほどに。

 

 その日見た美城幸姫の姿は美しく――最高にかっこよかった。

 

 

 

 

『ふふっ』

 

 カチャリ、と受話器を電話に置き、数秒。堪らず、と言った様子で”キング”は微笑みを溢す。

 

 珍しい事だった。本当に珍しい……タクミが、自分に対して全力で甘えてきた事に上機嫌になりながら、彼女は怪訝そうに自分を見る可愛い妹に視線を向ける。

 

『ねぇ、アネット。タクミが近々、お客さんを連れてこっちに来るらしいわ』

『そうなんだ。お土産が楽しみね、姉さん』

『ええ。本当に……それとね、アネット』

 

 屈託なく笑う妹の姿に笑みを深めて――”マイケル”の愛称を持つ女性は、妹に一つの提案を出した。

 

『少しの間、日本でアイドルをしてみない?』

 

 

 

 

 チャイムを、震える指で押し込む。ピンポーンと鳴り響く機械音。どくどくと鼓動の音がうるさい。

 

 休暇だと言って東京から出てきて3日。ようやく決心がつき、家の前に立ち。そして、それでも動かなかった足を無理に動かして、彼はそこに立っていた。

 

 自分が無理を言って、ここに来たのだ。何も出来ずに帰ることは出来ない。

 

 託された時のタクミの瞳を思い出す。彼女は、何か言いたそうに。けれど、何も言わずに自分を送り出してくれた。

 

 【音無】と書かれた表札を見る。早くなる呼吸を落ちつけながら、彼――高木は再度チャイムに指をかける。

 

「はーい」

 

 少し甲高い声が家の中から響く。トン、トン、トン。床板を踏む軽い足音。

 

 ガラッと玄関が開き、そして――

 

「どちらさまですか?」

 

 柔和な顔立ちをした、緑色の髪をした少女だった。整った顔立ちの美少女と言えるが、芸能界に身を置く高木としては特段優れたと評価するほどではない。

 

 だが、その笑顔が。

 

「あ、ああ。失礼、私は高木というものだが……音無、琴美さんを訪ねてきました」

「……お母さんを、ですか?」

「お母、さん……?」

 

 何故か目を離せない、ずっと見ていたくなる彼女とそっくりなその笑顔が。

 

「はい! 音無琴美は私の母です。私は小鳥。音無 小鳥っていいます!」

 

 高木の目を奪って、離さない。




イカ天:いかすバンド天国の事。第二次バンドブームの火付け役ともいえる。たまとかはいか天出身のバンドですね。2年も放送してないって事に驚きを禁じ得ない。

音無 小鳥:ピヨちゃん。事務員なのに下手なアイドルより歌もうまいし楽曲も多い通称【最強の事務員】
ピヨちゃん主人公のスピンオフ、朝焼けは黄金色は最高の前日譚ですぞ!(ステマ)

音無 琴美:ピヨちゃんの母。原作アイマスだと高木と黒井、二人の男の道が違えた大きな要因。



クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



「お前さんが引き継いでからこっち。頑張ってるのは見えてたけどな。下界に手出しすぎだって」

クソ女神さま
「貴女だって独裁者をぶっ殺せとか言ってたじゃない」

「いや、あの辺はノリで。ラブ&ピースがモットーだからさ私」

クソ女神さま
「悪魔のくせに?」

「純正じゃないからなぁ」

クソ女神さま
「ああ、現地雇用組だったのね」

「地方公務員とか派遣みたいな括り止めて欲しいんだけど」

クソ女神さま
「似たようなものじゃない、私も昔はそうだったわ。味方に背後から刺されて死んだと思ったら神の末席に叙されてたのは笑ったけど」

「おたくの世界本当にひでぇな。なんか色々納得できるわ」

クソ女神さま
「どういう意味よ」

「そういう意味だよ」

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