この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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連続更新頑張ってみる等

誤字修正。sk005499様、竜人機様ありがとうございます!


このシンデレラなき世界で2

「次のミュージシャンは、こいつらだい!」

 

 マイクを握った少女……いや、幼女とすら呼べる年齢の小さな女の子の声に合わせ、ステージ上の演出装置が動き出す。シルエットのみで次に出てくるバンドの姿が現され、そして噴出される煙。奪われる視界。

 

「エントリーNo.3番。ドラムロールなら任せろ! ゴリゴリゴリラーズの登場です!」

「うわぁ、ゴリラさんだぁ!」

「うほうほ!」

「いやそこは日本語でええやろ!」

 

 司会者を務めるコメディアン、明日茂さんぽの軽快な突っ込みにゴリラの着ぐるみを着たミュージシャン達が頭をかくようなコミカルな仕草で答える。

 

 司会助手を務める少女……安部 菜々はそんなさんぽやゴリラーズ面々の仕草などお構いなし。着ぐるみを引っ張ったり、抱き着いたり、飽きたら審査員席に向かって話しかけたりと自由気ままに行動している。

 

「いやいや菜々ちゃん菜々ちゃん、ほらこっち来てこっち」

「あ、はーい!」

「お、言う事聞けたなよしよし良い子……ちゃうわい!」

「きゃ~~!」

 

 さんぽの鋭い突っ込みに菜々が半泣きになりながら頭を抱えてしゃがみ込み、そんな菜々を元気づける様にゴリラ達が自慢のゴリラ芸で菜々を慰めに掛かる。

 

「さんぽさん、そろそろ時間押してるよ!」

「これ僕が悪いんですか? ああ、はい。ほらゴリラメンズはさっさとステージに移動してください」

「あの、ゴリラーズです……」

「日本語喋れるんかい!」

 

 審査員から巻きの申請を受け、司会がそれに答えて出演者をぐいぐいとステージに押しやっていく。仮にもゴールデンタイムと言われる時間に放送されているとは思えない緩さ。まとまりのなさ。

 

 まるで文化祭の催し物のような、気安いムード。図ったように出てくる強烈なキャラクター達。

 

 そして。

 

「お、予想よりもかなり良いバンド感」

「ゴリラさんって、えんそーできるんですね!」

「なんでも彼等全員プロらしいで」

「ゴリラがです?」

「ゴリラが」

 

 ある程度の審査を潜り抜けた実力あるミュージシャンだけがテレビ画面に映る事が出来、更にその中からしのぎを削ってチャンピオンを生み出す対バン審査システム。

 

 それがこの番組。ナウい!音楽広場――通称【な音】の特徴であり、人気の秘訣でもあった。

 

 

 

 思った以上に早く人気が爆発してしまったぞ。どうも、黒井タクミです。

 

 テレビ画面内できゃっきゃうふふと暴れるミュージシャンと何故か助手の菜々、それを必死にコントロールしようとするさんぽさん、もっとやれと囃し立てる審査員。

 

 とんでもないカオスっぷりなのに2週目放送の時にはすでに視聴率30%、半年経った今では平均視聴率40%の怪物番組へと成長しちまった。

 

 いやだってマジで面白いんだもん。娯楽の無いこの世界、バラエティーとかもなんか似たり寄ったりなんだがこの【な音】は違う。

 

 本来はボケと本人が公言している通りメイン司会のさんぽさんは素晴らしいギャグセンスを持っており随所の言葉で笑いをさらってくれるんだが、そんなさんぽさんすら度々突っ込みに回らざるを得ないくらい出てくるバンドがぶっ飛んでる。

 

 最初の週に妖怪ロックやらねずみ男やらとんでもない個性派が出たせいか。真面目なバンド7割、色物バンド3割の比率で毎週物議を醸しだす連中が出演しており、突っ込みすぎたさんぽさんの為に突っ込み専用ドリンクが番組内で用意される始末。

 

 そして何よりもそれらを良い味に仕上げてくるのが司会助手という名目で画面に居るちみっ子、又の名を破壊屋(クラッシャー)菜々である。

 

「成程、高校の同級生で結成したんですね」

「はい、タックミーのSUKIYAKIを聞いて――」

「すき焼きたべたいですね~!」

「うん、お腹減る時間やね菜々ちゃんでも今は」

「あ、本当の曲名は『上を向いて歩こう』で」

「まだそれ行くん!?」

 

 狙っているのか狙ってないのか。重そうだったり難しそうな話になると飛んでくる彼女の言葉に一気に話の流れがぶっ壊れていく姿についたあだ名が破壊屋(クラッシャー)

 

 視聴者や出演者は彼女の口がいつ開かれるのか、今か今かと身構えて待っているそうだ。

 

 勿論世界観や事前の入りに拘るバンドだとそれをやられたら堪らないので、たまに『菜々お喋り禁止マスク』という喋ってはいけない時用のマスクを着けて画面に出てきたりもする。

 

 大体の出演者はむしろ菜々にしっちゃかめっちゃかかき回されて喜んでるらしいから、めったに見る事はないがな。

 

「菜々をスカウトしたのは、大正解だったな」

 

 小さな子でありながら大人相手にも物怖じせず、独特ながら自分なりの世界観を持ち、周囲の様子を見て自分が望まれる振る舞いを行える察しの良さも持っている。

 

 純粋なアイドルとしてはまだまだ未知数だが、バラエティー番組などを主戦場とするバラドルとしてなら、もしかしたら既に業界トップなのではないだろうか。少なくとも舞や幸姫ちゃんよりは向いてるだろうな。

 

 まぁ、本人は961よりも美城プロ……幸姫ちゃんの後輩になりたかったようなんだが、美城はアイドル部門の縮小を既に宣言。現存のアイドルももう幸姫ちゃんしか残っておらず、新規の採用も募集していない。

 

 そして、幸姫ちゃんが高校進学と共に引退すれば、アイドル部門は消えてなくなる。そんな状況だから、菜々には申し訳ないが状況が変わるまで、という条件で961に来てもらった。

 

 というか菜々の奴、妙に常識的な所があるからな。早めにスカウトしとかないとどっかで普通のOLとか目指して20前くらいでやっぱりアイドルになりたいとか一念発起、バイトをしながらアイドル目指して幾年数、とかになりそうなんだよ。

 

 テレビ画面の中では演奏が終わったゴリラ達に引っ付く様に菜々がゴリラの真似をしながら審査員達の前にやってきている。おい、ゴリラ達困惑してるぞもっとやれ。

 

 ―prrrrr―

 

「っと」

 

 ガチャリ、机の上で鳴り続ける受話器を取る。プラスチックを自ら加工して作り上げたスコタコをそっと左手で机の上に戻し、受話器を耳に当てる。

 

「ハロー?」

 

 電話機越しに聞こえる苦笑の声。ライブではほぼ間違いなく受ける掛け声は、どうやら電話対応でも問題なく機能するらしい。

 

『ああ、うん。連絡ありがとう、そっちはどう? ああ、良い感じなんだ。うん、そうだね。そろそろ頃合いだから、後はそちら待ちだったよ。うん、ありがとう。じゃあ、1月後にはこちらに帰ってきてもらうね』

 

 開いた左手でメモを取りながら英語で会話を行い、報告と相談。そして頼みごとの結果を聞いた私は礼を返して電話を切る。

 

 準備は整った、か。

 

 受話器を取りダイヤルを回す。発信先は黒井。

 

 何度かのコール音の後、ガチャリという音と共に「私だ」と低い声で黒井が電話に出る。

 

「ああ、パッパ。幸姫ちゃん達の準備が整ったよ」

『――わかった。なら、来週から予定通りに』

「うん――舞を【な音】に出演させて」

 

 これだけ準備をしても、恐らく2割って所だろうか。だが、0から2割までは引き上げる事は出来たのだ。

 

 曲も用意した。ステージも、衣装だって準備した。

 

 後必要なものは、舞台に上がり――やり遂げるという強い意思。

 

「ああ……だけど」

 

 ギシッ、と座る椅子に体重を預け、天井を見上げる。

 

「やっぱり寂しいなぁ」

 

 ファンになった人が引退するというのは、やっぱり辛いよ幸姫ちゃん。

 

 

 

 

「さぁ、結果を見てみましょう!」

「ましょ~!」

 

 ドロドロドロドロ、とドラムの音と共に会場内の照明が暗くなり、審査員席にスポットが集まる。チャンピオンと挑戦者、彼等の戦いの為にだけ行われる演出。

 

「結果は! 10対0でチャンピオン、日高舞の防衛成功です!」

「うわー、舞ちゃんすごーい!」

 

 ワアアアア! と歓声を上げる観客たち。舞は右手をひらひらと上げてその歓声にこたえながら、挑戦者達に目を向ける。

 

 確か新進気鋭のロックバンドだったか。演奏もボーカルもそこそこだったが、上を目指そうという気概を感じる見どころのある連中だった。

 

 自分の視線にも真っ向から視線を返し、いつかは喉笛を噛み千切ろうと狙っている。肌にビリビリとくるその気迫に居心地の良さを感じながら、舞は視線を移し――それ以外の連中を見る。

 

 視線を向けた先。他事務所に所属するアイドルだったか。彼女は明らかに安堵した様子で自分達の対バンを眺めていた。その隣に立つ着ぐるみを着たバンド連中はのほほんとした様子で帰り支度をしていた。その隣も、その隣も、その隣も。

 

 イラつく。

 

 魂かけて、音楽をしにこいつらはここに来ているのではないのか?

 

 テレビという大きな舞台で、自分を、自らの歌を、演奏を世の中に知らしめようとやってきたのではないのか?

 

 少なくともこの番組が始まった当初の参加者たちは、その全てが己の音楽こそが最高だと。俺の歌を聞け、という気迫を持ってこの番組に臨んでいた筈だ。

 

 テレビ画面越しにそれを感じ、黒井や高木にこの番組に出たいと直談判した事を今も彼女は覚えている。

 

 だが、実際に許可を取り、ようやく出演できたと思ったら他の出演者たちはこの体たらくである。毎週見るべき連中は居るには居るが、それらもまだまだ発展途上の者ばかり。

 

 舞を痺れさせる様な参加者は、4週目を迎えた今でも姿を見せなかった。

 

「4週連続防衛、おめでとうございます!」

「あ、どうも」

「来週も舞ちゃんとあえる~! やったー!」

「あんた幸姫のファンでしょーが」

「え、舞ちゃんのうたもななは好きですよ?」

「歌だけってオチ?」

 

 すっかり顔なじみになったさんぽや菜々とのバカ話がてらの優勝インタビュー。これが来週で終わるというのも少し寂しくもあるが、舞は内心でこの番組に見切りをつけていた。

 

「所で、5週連続で防衛に成功したら」

「ああ、そうか次で。ええ、勿論5週連続防衛に成功したらスポンサーが叶えられるお願いをなんでも一つ、叶えますよ!」

 

 寂しくなるわぁ、と嘆き仕草を見せるさんぽに菜々が「あ、目薬」「ちゃうわい!」と茶々を入れる。それらを尻目に、舞の頭の中はすでに5週防衛を成功した、その後に思いを馳せていた。

 

「……タクミ」

 

 961がメインスポンサーであるこの番組でのお願いなら、それは叶うだろう。なんならすでに黒井には話を通してあるし、高木も消極的にだが賛成してくれた。

 

 あの日。屋台村で初めてステージに上がった、あの日。

 

 あれから……もう5年が経つ。

 

 8歳だった私は、今年13歳になり。そして、恐らくだが。

 

 遥か遠くだった彼女の背中に今、自分は触れられる所までやってきた。

 

「やくそく、だからね」

 

 ぎゅっと右拳を握りしめ、舞は自分の控室へと向かう。

 

 5年で超えるという宣言を、彼女の前で誓った約束を果たす時が来た。

 

 

 

 

「次のミュージシャンは、こいつらだい!」

 

 菜々の言葉に合わせて鳴り響く音楽。登場口を照らすスポットライトに煙。

 

 実際に生で見る【な音】の会場は、テレビ画面越しよりもよりリアルに……文化祭っぽく感じる。

 

 これ狙ってやってるんならスゲーな、マジで。前世で高校生だったころとか思い出すわ。こっちじゃまだ15だけどさ。

 

「……うそ」

「あれ、タックミー?」

「それに、両隣のあの人たち」

 

 観客席の最前列に陣取る私に後方からの呟くような声が聞こえる。ちっ、うるせーな。マスクにサングラスまで掛けてるのになんでバレ……あ、レッドショルダーロゴシャツ着たままだったわいっけねぇ!

 

『隠す気、なかったでしょ』

『まーね?』

『ふふっ。茶目っ気はいつまで経っても抜けないわね?』

 

 ブロンド美人と黒人の美人に挟まれる。やだ、私ってばハーレム……女だけど! とばかりに3人並んでいちゃつきながら演奏を眺める。んー、勢いはよし、だけどまだまだ結成から日が経ってないな? 互いの息がつかめてないね。

 

『新人アーティストやアマチュアアーティストの発掘には、良いシステムかもね』

『アメリカでも検討する?』

『いや、アメリカだとオーディションがあるでしょ。もうあれ、完全に権威みたいな扱いになってるし』

 

 あそこでの優勝はスターダムへの登竜門、とまで言われるレベルだからね。実際に毎年優勝者は大金とプロデビューを果たし、かなりの確率でヒット作を飛ばしてる。

 

 まぁ中には明らかに一般受けしないせいで優勝を逃して、何故かプロデビュー後にハジケたって奴もいるがね。あれ多分マリリンげふんげふんなんだろうなって。

 

『さて……来た、か』

 

 等とバカ話をしていたらお目当てのグループの番がやってきた。

 

 全身をローブで身を包んだ3人の歌手と、5人の楽器奏者達。

 

 その姿を見た菜々が「ヒェッ」とかガチビビりして周囲に笑いを振りまいているが、うん。まぁあれは怖いわな。どこの邪教の使徒だよ。衣装考えた奴だれだ……あ、私だ。

 

 まぁ、演奏はすげぇから見た目の異質さを補って余りあるだろう。歌う曲目は『Hail Holy Queen』。聖歌をアレンジした名曲だ。

 

 本来ならば合唱でこそ栄えるこの歌をあえて3名の歌姫とフルバンドで賄いきった、一流のプロだけに許された遊び。分かる奴はすぐにわかるようで、審査員の目はマジになってる。

 

 私も思わずノッて手拍子を入れてしまい、カメラがこっち向いた時は「あ、やべ」と思った。まぁよく考えたら今日この場に居るのは番組サイドにも知らせてたし、舞がうるさそうって事以外は特に問題はないか。

 

『あの素人の子、面白く仕上がったじゃない』

『でしょう? 付け焼刃だけど、一晩の魔法には十分だわ』

『いや、二人にはマジで感謝だわ。無茶言ってごめんね?』

 

 私の頭の上でやりとりされる言葉の応酬に思わずペコリ、と頭を下げる。

 

 今回のこれ、本当に二人には関係のない話だったからね。忙しい二人を私の我がままに付き合わせてしまったのだ。何べん頭を下げても足りない位だろう。

 

『良いわよ。報酬は貰ってるし……それに、面白い子を教えてもらったしね』

『それにあの3名にここまでお膳立てが必要な相手……マイ、ね。前から興味はあったもの』

『……今回の結果がどうあれ、舞は多分そっちに移る事になるかな。日本じゃもう、あの娘には狭すぎる』

 

 二人との会話をしている内に、演奏は終わり。最後の組だった事もありそのまま王者への挑戦者が決定し、無事にローブを着た謎の8名は舞への挑戦権を得ることが出来た。

 

 まぁ、ここまでは分かり切っていた事だった。

 

 問題はここから。ここまで準備しても、舞にねじ伏せられる可能性はある。

 

 頑張れよ、幸姫ちゃん。

 

 

 

 

 【な音】の防衛戦ではまず先攻と後攻を決める必要がある。この決定権は王者側にあり、基本的にこれまでの王者は後攻で迎え撃つスタイルを好むものが多かった。

 

 これは、番組側としてもありがたい事で、やはりオオトリを飾るのは王者というのが盛り上がるのだが、舞の場合はまた違う考えだった。

 

「いつも通り先攻で」

 

 相手の音を自分の音が塗りつぶしてしまう。それはフェアじゃない。傲慢に過ぎる自負心だが、彼女は本気でそう考えていたし、彼女の演奏を聴いて心折れずに演奏が出来る相手じゃなければ競う価値もない。

 

 そしてその考えの元、彼女は5週目まで防衛を重ねてきたのだ。

 

 出演者の音はチェックしている。今回の相手は奇抜な格好だが音は本物。競う価値はある。だから、彼女は普段通り、いや。少なくとも先週以上に気を入れてステージに立ち……観客席の最前列を睨みつける。

 

 目が合い、そして視線を交わす。たった数瞬のやり取り。それが、その為だけに自分は今日、ここに立っているのだと再確認して。

 

「『あなただけ見つめてる』」

 

 日高舞は、たった一人の為にマイクを握る。

 

あなただけ見つめてる

 

 忘れた事は無かった。

 

出会った日から 今でもずっと

 

 5年前のあの日。

 

あなたさえそばにいれば

 

 あのステージの上で交わした約束を。

 

他に何もいらない

 

 約束を果たしたと。

 

夢の High Tension

 

 果たしに来たよと、言いたくて。その想いを歌に込めて。

 

 日高舞は、歌を歌った。

 

 誰の為でもなく。自分の為に。自分と、タクミの為だけの歌を。

 

 

 

「……小娘」

 

 賭けに勝った。そう確信を抱きながら、彼女はじっとステージの上で一人歌う舞を見る。

 

 悲しそうな瞳で歌う少女を見つめながら……タクミは深く、椅子に座りこんだ。




「彼女との出会いで始まり、彼女の歌で終わった。それが私の、アイドルとしての人生だ」
「結局、私達がシンデレラになれたのか。それとも灰被りの少女のまま終わったのか」
「その答えはきっと、君の中にある」
「あのステージを見てくれたという、君の中に」

~美城 幸姫~ 346プロ社屋。とある新人プロデューサーとの会話より



今回の小劇場は延期になりました。
後編急いでかきます(白目)

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