この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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連続更新最終。幸姫編終了です
お願い!シンデレラで少し修正入れました
ラストは、やっぱりこれが入れたくて……!()

誤字修正。物理破壊設定様、たまごん様、竜人機様、燃えるタンポポ様、KAKE様、さーくるぷりんと様ありがとうございます!


このシンデレラが生まれた世界で

 演奏が終わり、舞がステージの上から降りていく。

 

 静まり返った場内。いっそ清々しい程に音が消えたその中、唐突に観客席の最前列から拍手が鳴り響く。

 

「っ、あ。チャンピオン、素晴らしい熱唱ありがとございましたー!」

「舞ちゃんすごーい!」

 

 その拍手に正気を取り戻し、司会の明日茂さんぽはマイクを手に舞への賛辞を贈る。

 

 飲まれていた。高々13歳の小娘の歌に。その事実に愕然としながら、さんぽは舞台を降り、ただ観客席を見つめる少女に目を向ける。

 

 時代の節目に現れる存在。それまでの全てを古臭いと叩き潰し、地均しするように潰していく才能の塊のような怪物。その存在をさんぽは知っていた。

 

 黒井タクミ。彗星の様に現れ、日本芸能界の全てを破壊し新生させてしまった本物の怪物。お笑いという別分野に居た自分すらもその激動に飲まれたのは記憶に新しい。

 

 そこから、まだ数年しかたっていない、今。

 

 ここでまた来るかと、さんぽは唾を飲み込んだ。これまでも漠然とした予感を持っていたが直接見てさんぽはそれを確信した。

 

 タクミを初めて見た時と同じ感覚。彼女はタクミから数年遅れで生まれた怪物なのだ、と。

 

 自分が時代の節目に居るのだと改めて思い知り、そしてそんな激流の中でどれだけ有望なアーティスト達が潰えていくのか。

 

 さんぽが悲観的な考えを思い浮かべた時、助手である菜々は常と変わらぬ笑顔のまま拍手を打ち、そして次に演奏をするローブ達に向き直る。

 

「では次はローブさんたちのえんそうです! がんばってくださいね!」

「あ、ちょ。菜々ちゃんまってぇな」

 

 菜々の言葉に表情を営業用の物に切り替え、さんぽが司会進行を始める。

 

 今は仕事中。切り替えはしっかり行わなければいけない……だが。

 

 彼らの演奏を聴いて、その実力が本物であることも確信して。それでも、ぬぐい切れない不安。

 

 今の日高舞に、ぶつけても良いのか。これだけ有望なアーティスト達を。力づくでも止めるべきではないのか?

 

「だいじょうぶですよ、さんぽさん」

「……菜々ちゃん?」

「だいじょうぶです」

 

 さんぽの疑問の声に繰り返す様に答え、笑顔のまま菜々は歩いていくローブ姿の彼等彼女らを見送る。

 

 彼女は知っていた。黒井タクミや日高舞。彼女たちがどれだけとんでもない存在なのか。

 

 彼女は分かっていた。まだ幼い彼女には言葉で詳しく説明するなど出来ないが、彼女たちの前に立つという事がどういう事なのかを。

 

 彼女は理解していた。一度倒れてしまった者が再度立ち上がる事がどれだけ困難なのか。折れてしまった者がまた前を向くことが、どれだけ難しいのかを。

 

 だから彼女の存在を知った時、その在り方に惹かれたのだ。何度倒れても、何度折れても立ち上がり。前よりももっと前へと進もうとするその姿に。

 

 だから彼女に注目し、だから彼女をもっと好きになり。そして、気づけば憧れていた。夢を見ていた。

 

 黒井タクミのように時代を壊すことも、日高舞のように時代の先駆けになることもできない美城幸姫に。

 

 彼女の背中に見える誰か。自分以上の何かに怯え、それでも前へ進もうとする灰被りの少女たちの姿を見てしまった時。彼女たちの足跡に気付いてしまった時。

 

 自分の為ではなく、誰かの為に歌える。そんな、そんなアイドルの姿を知ってしまった時。

 

 そうなりたいと。強く願ってしまった時。

 

 彼女は自分にとって憧れの、シンデレラとなったのだ。

 

 だから……だから!

 

「がんばって! 幸姫ちゃん!」

 

 灰被りのローブを脱ぎ捨てたシンデレラの背中に、菜々は大きな声でエールを送る。

 

 魔法の鐘が鳴り響く中。

 

 シンデレラの舞踏会(ステージ)は、始まった。

 

 

 

 ステージの上に立ち、自分の周囲がやけに静かな事に美城 幸姫は気付いた。

 

 いや、違う。聞こえているが、気にならない、そういう状況なのだろう。

 

 緊張しているのか……勿論している。だが、今までにステージで味わったことのない感覚に戸惑いを覚えながら彼女は周囲を見る。

 

 自分の左手に立つアネット・ジャクソン。”マイケル”先生の妹。抜群の身体能力とプロポーション、そして甘い歌声。私などよりも余程高い才能を誇る……それこそいつかは一人で舞とだって張り合えるだろう少女。

 

 この為だけに日本語を覚えた努力家の彼女。彼女の自らに対する自信と自負、そして何よりも仲間を……家族を思う熱いハートには何度も励まされた。

 

 自分の右手に立つ音無 小鳥。彼女には最初から最後まで驚かされ続けた。最初は彼女を高木さんが連れて来た時。例え素質はあろうと完全な素人。一年に満たない期間で舞と張り合う舞台に立てるとは思えなかった。

 

 それが数か月で意識が変わり。半年が経つ頃には背中を預ける大切な仲間へと成長してくれた。

 

『ごめんね、幸姫ちゃん。一人で舞と張り合える。そんな魔法は私でもかけることは出来ない』

 

 小狡い手段だと眉を落として自分に語り掛ける魔法使いの言葉を思い出す。

 

 Vocal(歌唱力)、Dance(踊り)、Visual(風貌)。その3つで差をつけられているから勝てないのなら……それぞれで舞に匹敵する何かをもつ3名ならば勝てるかもしれない。

 

 ユニットを組み、たった一人の強敵とぶつかる。彼女が私たちに施した最初の魔法。

 

 そして、そんな最初の魔法の効力を発揮させるために用意された第二の魔法。

 

『タクミから聞いているわ。時間はない……まずはNYのクラブで歌ってもらいましょうか。勿論今から』

『hai.マドゥンナよ。よろしくね、子猫ちゃん』

『おし、じゃあ声量鍛える為に走ろう。最初は軽くフルマラソンから』

 

 間違いなく世界最高と言える実力者たちの傍での厳しい……厳しすぎる訓練。約一名少し違った気もするが、体力だけは有り余るほどについた……気がする。

 

 それでもなお。これだけやってなお、たった一晩。誤魔化せるのはこのステージだけとまで言われた付け焼刃の魔法。

 

 それで十分だった。

 

 シャーンッ!

 

 背後に控えるドラムからの自己主張。そちらに目を向ければ、今日の為だけに時間を割いてくれたドン・ジョヴィのメンバーの姿がある。

 

 いつでもイケるぜ、と笑顔で楽器を持つ彼等の姿に笑みを浮かべ、ピースサインを送り前を向く。

 

 自分たちのデビューの準備もある中、彼等には沢山助けられてきた。いつか日本にライブに来た時は必ず恩を返さなければいけない。

 

 だが、その前に。

 

「アネット、小鳥」

「OK」

「はい!」

 

 共に戦う二人に声をかける。遠くなっていた音の中。二人の声だけがやけに鮮明に聞こえてくる。

 

 視線をずらし、先に舞台を降りた舞を見る。

 

 観客席からこちらに視線を向け、少しだけ驚いたような表情を浮かべる彼女に笑顔を向ける。

 

 そんな顔で見られたのは、初めてだよ。舞ちゃん。

 

 唇だけを動かし、幸姫はマイクを握る。

 

 この日に歌う為だけに作られた曲。私が、私たちがシンデレラになる為だけの曲。

 

 夢を夢で終わらせない為に。明日を夢見るアイドルたちの道しるべとなる為の。

 

「聞いてください。『お願い!シンデレラ』」

 

 歌を歌おう。

 

 全てのアイドルの為に。

 

 アイドルを夢見る、灰被りの少女達の為の歌を。

 

 

 

お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない

動き始めてる 輝く日のために

 

 幸姫のソロから始まり、アネットが加わり、そして小鳥が加わる。始まりは一人だった、そして一人、また一人と連なり、今の三人がある。

 

エヴリデイ どんなときも キュートハート 持ってたい

 

 歌いながら手で小さなハートマークを作り、小鳥は天真爛漫と言われた笑顔を振りまく。

 

 決して他の二人ほど際立った美貌という訳ではない。けれど、何故か目が離せない魅力を持った不思議な少女は自分のパートを歌い終えるとともにひょいっとステップをして幸姫に抱き着いた。

 

ピンチもサバイバルも クールに越えたい

 

 そんな小鳥の悪戯に困ったような笑顔を見せながら、しかし決して焦らず。幸姫は落ち着いた声音の歌声で彼女から受け渡されたバトンを引き継ぎ、そしてアネットにウィンクを送る。

 

アップデイト 無敵なパッション くじけ心 更新

 

 そんな二人のやり取りを面白そうに眺めていたアネットが燃えない筈がない。ダンスに、歌声に情熱を込めて、彼女は自分のパートを締めくくる。

 

私に出来ることだけを 重ねて

 

 そして、三人の歌声が束なり

 

魔法が解けない様に リアルなスキル

巡るミラクル 信じてる

 

 一つの旋律となってシンデレラの舞踏会(ステージ)を駆け巡る

 

お願い! シンデレラ 夢は夢で終われない

 

 そこに込められた願いを

 

叶えるよ 星に願いをかけたなら

 

 そこに込められた思いを歌に込めて

 

みつけよう! My Only Star まだまだ小さいけど

 

 光り輝く明日を夢見て右手を天に伸ばし

 

光り始めてる 輝く日のために

 

 明日を生きる灰被り達にこの歌を届ける為に

 

また笑って

 

 灰色のローブを脱ぎ捨てたシンデレラ達の

 

スマートにね

 

 たった一夜限りの舞踏会は

 

でも可愛く――進もう

 

 終焉の鐘の音と共に……静かに、終わりの時を迎える。

 

 舞台の上に立つ――一人の少女(シンデレラ)の夢と共に。

 

 

 

 

 彼女たちのステージが終わった時。会場内は、再び静けさに包まれていた。

 

 つい先ほど、チャンピオン……日高舞が歌い終わった時と同じように。

 

 いや、それは正確ではないだろう。

 

 ただただ言葉を失うしかなかった舞と違い、今の静けさは、そう。

 

 余韻に、浸っているのだ。

 

 会場内、ほぼすべてが。

 

 思わず口角が上がる。予想以上、だった。正直、ここまで仕上がるなんて思っても居なかった。

 

 口火を切るように手をぱんぱんと叩き拍手を送る。我に返ったかのようにさんぽさんがマイクを……あ、マイク落としてるじゃん。拾い直して慌てて進行を始めている。

 

 商売道具を落とすなんてまだまだだね、さんぽさんも。

 

『ね? マイケル。マドゥンナ』

『……悔しいわ。今、あそこに自分が居ない事が』

『アネットを押しのけて私が入れば良かった』

『おいおいお二人さーん?』

 

 若干本気でステージに行こうとする二人を押しとどめながら、私はステージに視線を向ける。

 

 いや、うん。色々冷静さを保とうとしてるけどさ。実際私もあっこに突撃したい心境なんだよね。

 

 それやったら色々ご破算だから我慢してる。我慢できてる。この半年の苦労を思い出して……必死に自分を押し殺して軽口叩いてるんだよ。

 

 まぁ、うん。

 

「幸姫ちゃん、今までありがとう……良いステージだったよ」

 

 惜しみなく。気持ちを込めて拍手を送る。

 

 例え結果がどうあれ。きっと、きっと今日の貴女のステージを見た誰かが。

 

 貴女の後に続いてくれる。

 

 

 

「いやぁ、これは素晴らしい勝負になってきましたね!」

「はい! けっかがたのしみです! しんさいんさん、がんばって!」

「これどんな点数つけても納得貰えない奴だよね!?」

 

 テンション高く審査員を煽る菜々に悲鳴のような声を上げる審査員達。いつもの【な音】の光景。彼らのやり取りに観客たちが苦笑を漏らす中、ただ一人。

 

 舞だけは一切笑顔を見せずに幸姫の顔を凝視していた。

 

 その感情は何なのだろうか。今まで、彼女の中に無かったモノであるのは確かだ。

 

 舞にとって幸姫は、ほどよく張り合ってくる手ごたえの無い相手、という印象しかなかった。他の有象無象とは比べ物にならないし良く一緒に仕事をするから遊び相手の一人として認識する程度の。

 

 何故かやたらとタクミに気に入られているだけの、いつかはどこかで消えていく。そんな奴の一人だと、思っていた。

 

 思っていたのだ。

 

「さぁ、結果発表です!」

「じゃじゃじゃん!」

 

 結果発表。優劣を決める瞬間。幸姫から意識を戻し、審査員達の付ける点数を舞は凝視する。

 

 ――そんな事をするのも、初めての経験だった。

 

 【な音】の防衛戦は5人の審査員がそれぞれ2点ずつを持ち、計10点を互いに奪い合う形式になっている。

 

 仮に接戦となり5点5点となった場合は防衛側のチャンピオン有利となりチャンピオンの勝利となるのだが、基本的に辛口の審査員達はきっちりと決着をつける事を好み、半年以上の放送期間中同点となった事は一度もなかった。

 

 今日。この日までは。

 

「審査結果は! な、なんと! 5対5! 同点での決着となります! よってチャンピオン、日高舞の勝利です!」

「しんさいんさんたちのくろうがしのばれますね~!」

「君、それどこで覚えてきたん?」

「がっこうです!」

「あ、うん」

 

 赤い点数が5.青い点数が5.

 

 その数字を見た時、舞は自身の鼓動が跳ね上がるのを感じた。

 

 恐怖ではない。勿論喜びでもない。これは、そう。

 

 怒り――

 

「―――っ!」

 

 叫びだしたくなるのを抑えて、舞は必死になって心を抑え込む。自分はプロだ。プロのアイドルが怒りに我を忘れ、仕事場でわめき散らすなんてあってはならない。

 

「いやぁ、最後の防衛線にして最強の刺客が現れましたねぇ」

「ええ。もっと前に来て欲しかったですね」

「せやね!」

「せやせや!」

「あ、こら。関西弁は移るから真似せんとき?」

「はーい」

 

 表面上をなんとか取り繕い、大きく深呼吸をして勝利者インタビューを受ける。落ち着け。これでタクミと同じステージに立つことが出来る。

 

 それに、自分は負けなかった。それだけは間違いないのだ。舞はそう思いなおし、心を落ち着けようともがく。

 

 勝利者インタビューを終えたさんぽ達がすっと隣に立つグループへマイクを向ける。

 

敗北者にもインタビューをするのか。これまで気にも留めていなかったその事実に今気づき、舞は荒れ狂う心を押さえつけながら彼女たちの言葉を耳にする。

 

「まさかローブの中に幸姫ちゃんが居るとは思わへんかったわぁ。惜しかったねぇ?」

「ええ。まぁ、健闘した方だと自分では思っています」

「ななは幸姫ちゃんのがすきですよ?」

「君、幸姫ちゃんファンやからやろがい! しかし今回は残念やったけど、次回は」

「あ、いえ……それが」

「うん?」

 

 耳にして、しまった。

 

「実は……高校進学を機に、引退する事になりまして……これが最後のステージになるんです」

「……ぇ」

 

 隣に立つ幸姫の言葉に思わず声をあげ、呆然と目を見開きながら。

 

 舞は、幸姫へと視線を向ける。

 

「――うそでしょ」

「……いえ、本当です。私にとって、これが引退のステージになります」

「うそ」

「いえ、ほん」

「嘘!」

 

 食い入るように叫びながら、舞は幸姫の肩を掴み、自分に向き直らせる。

 

「ちょ、舞ちゃん」

「何よ引退って! こんなステージして、私に見せつけておいてさよならって事!?」

「……舞ちゃん」

「どっからどう見ても今回のステージはあんたの勝ちじゃない! 勝ち逃げする気!? あんた、こんなのを見せつけといて、私から逃げるの!?」

 

 止めようとするさんぽの手を振り払い。舞を見つめる幸姫に視線をぶつけて、彼女は叫んだ。

 

 自分の中で荒れ狂う感情が何なのかも分からず。ただ、激情の赴くまま。

 

「ちょっと、あんた!」

「うるさい、私に触れ」

「舞!」

 

 周りに居たスタッフや演者達に囲まれ、それでもなお言いつのろうとする舞に向けて。

 

 観客席の最前列から、叫び声が響き渡る。

 

 その余りの声量に。響き渡る声が誰のものなのかを理解するがゆえに静まり返る会場内に、溜息をつきながら叫び声の主がろくに偽装できてない変装を解いて舞台へと上がる。

 

 変装を解いた少女……タクミは彼女の為に空間を空けてくれた演者達に軽く謝罪を入れながら舞台の中央……舞と幸姫の元へと歩いていく。

 

 二人の前に立った彼女は、小さくため息を吐き……そしてぐいっと舞の頭を掴み、自分の胸元に押し付ける。

 

「お前が今日、負けたのはな」

「……」

「自分の前に立つ相手を、見なかったからだ」

 

 抵抗する余力もなく頭を抱えられた舞は、その言葉に小さく、頷きだけで返事を返した。

 

「もう二度と演れない。そんな相手と出会う事ってさ。世の中にはいっぱい、いっぱいあるんだよ」

「……」

「だから、さ。一緒に音楽をやる時は、もっと相手の事を見てやれよ。これが最後かもしれないって思いながらさ」

「………ん」

「一人で演るより二人で、三人で演るのが楽しんだ。相手に自分の気持ちをさ、音に乗せてぶつけるんだ……そうだろ?」

 

 尋ねるようなタクミの声に、周囲に居た演者達が一斉に声を上げる。

 

 中には「ハロー!」と大きな声を上げて「馬鹿、それはタックミーが呼びかけてからだ!」と叫び返される奴もいれば、「思ったよりも、小さい」「でも重いんだってね」等と失礼極まりない事を言っている奴もいる。

 

「幸姫ちゃん。引退……ごめん、おめでとうとはファンとして言えないわ。お疲れ様」

「ええ、ありがとうございます……本当に、お世話になりました」

「うん。ごめんね、中途半端な魔法で」

「いえ。勝負の土俵に立たせてくれた。それだけで、十分すぎるほどです」

 

 頭越しに行われる会話。幸姫がこの場に立っているのはタクミの仕業だと判明した。だが、不思議と怒りの気持ちは湧き上がってこなかった。

 

 たとえ誰かが何かをした所で、ステージの上に上がれば条件は同じ。その上で、自分は敗北したと思い込まされた。

 

 それが、全てだった。

 

「なぁ、舞」

「……ん」

「私とステージ、一緒にしたいんだって?」

「……ん」

「おっけー。なら、お前が好きな時に言いな。いつだって相手してやるよ……全力で」

 

 その言葉に返事を返さず。舞は、ぐしゃぐしゃになった顔をタクミの胸元にこすりつける。

 

 気を利かせたカメラがあっちを向いている間に会場から抜け出し、控室に戻るまでずっと。

 

 舞はタクミの胸に顔を埋めて、タクミはそんな彼女の頭を撫でながら。

 

 二人の怪物は寄り添うように歩き、人々に背を向けて去っていった。

 

 そして――

 

 

 

【美城幸姫 引退!】

【有終の美を飾るフィナーレ!】

【美城プロ、アイドル部門廃止を撤回!】

 

 世の中に幸姫の引退とそれに付属する諸々の情報が錯綜する中。

 

「ほんとにいいのか、おい?」

「ええ。ちょっと考える事も出来たしね。あんたとのステージはお預けだわ」

 

 一人のアイドル(怪物)が、世界に向けて飛び出そうとしていた。

 

「まずはアメリカ。”キング”と”クイーン”には良くもやってくれたと挨拶しとかないと、ね?」

「アネットにもよろしく言っとけ。あの娘はもう少し育てばお前とタメ張るぞ」

「んーん、面白そうな娘ばっかりね、世界って」

「ま、小鳥はお前とはなんか持ってるものが違うからな。張り合っても面白くねーだろ」

「そう? あの娘可愛いじゃない。ピヨピヨ」

「弄ると面白いね」

 

 旅行鞄を片手に、軽快な仕草で。

 

 今、世界に日本の誇る最強のアイドル――日高舞が飛び出していく。

 

「戻ってきたら、その時は」

「あいよ。ま、そっちには度々行くから」

 

 口約束に過ぎない。だが、決して破られないそれを互いに交わして。

 

「じゃ、ね」

「ああ。また」

 

 怪物は、怪物に見送られて日本を去る。

 

 そして、また二匹がこの地で見えた時。

 

 その時は――約束を果たす時となるだろう。




「お願い!シンデレラについて、ですか?」
「ごめんなさい。あれについてはあんまり言葉にしないようにしてて」
「だって、あれは幸姫さんの」
「美城幸姫が、後に続くアイドルの為に歌った歌ですから」

~音無 小鳥特集 ”事務アイドルの業務日誌”より抜粋~




クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場



クソ女神さま
「色々言いたいことはあるけど……私も下界に手を出す手段が潰えてしまったわ」

「それでも夢とかお告げとかはまだ出来んだろ? 頼むから大人しくしとけよ?」

クソ女神さま
「わかってるわよ。私だって人間が死ぬ覚悟決めて殴り飛ばしてきたら少しは考えるわ」

「あー、うん。相手の気持ちに応えるのは立派だと思うよ?」

クソ女神さま
「あの娘のお陰で多少は文化ってものも芽生えているし、功績は理解してるわ」

「だからって神にするとか斜め上の回答するなよ? フリじゃねーぞ?」

クソ女神さま
「え?」

「え?」

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