ちょっと短いのと彼女が戻ってきただけで終わってるのは申し訳ない
またどっかで続き書くと思います
あ、この話は前話のシンデレラが生まれた世界でを読むと面白かもしれません()
誤字修正。sugarmaple様、たまごん様、竜人機様ありがとうございます!
そこは執務室と呼ぶにはかなり異質な部屋だった。
部屋の主を中心にするよう作られた間取り、と言えば良いのか。中央に据えられた上品な執務机を囲むように置かれるスピーカーとディスプレイ達。
全方位から画面を中央に向けて作られたそこは、部屋に主がいる間常に世界中で発売されている最新のMVが流されている。
聖徳太子もかくや、と言わんその環境の中。
カタカタと机の上に据えられたPC、最新のミカンを操作していた部屋の主は、ピクリ、と眉を上げて斜め後ろにあるディスプレイに目を向ける。
『――良い出来でしょ?』
『ああ。聞き覚えのある声だと思って意識を向けていたが。やはり君だったか』
ソファに座っていた来客の言葉に、机に向かっていた主はふっと表情を緩めてPCから視線を彼女に向ける。
そこに座っている女性は、褐色の肌を持つ非常に美しい女性だった。ジーンズにボトムズとロゴが入ったシャツという随分とラフな格好だったが、何故かこういった衣装が彼女にはよく似合う。
『あら。自分の会社のスターの楽曲なのに知らなかったって? 随分と怠慢な支社長さんね』
『私はもう支社長ではないよ。それに、実を言うと事前に聞かせて貰おうと君のプロデューサーにお願いをしてみたらけんもほろろに断られてね』
『それはしょうがないわ。だって、私が秘密にしてッてお願いしてたもの。昨日発売よ、餞別に持って行って』
その言い草に苦笑を漏らしながら、部屋の主……いや、今日からは元・主になるのだが……は彼女から手渡されたCDを手に礼の言葉を述べる。
「ありがとうアネット。最高のプレゼントよ」
「日本でも元気でね、リーダー。ピヨによろしく」
遠く
穏やかで、和やかで。少しだけ寂しさを感じながら。二人の別れはそうやって交わされ、そうして彼女は旅立った。
懐かしき故郷。日本へと。
日本 某日 346プロ本社
「あーんもう! プロデューサーさんのバカァ!」
「はい、申し訳ない限りで……」
とある日の昼下がり、346本社ビルの一階で甲高い叫び声が響き渡る。
いきなりの事に何事かと視線を向ける周囲の人々。そちらに視線を向ければ、彼等にとってはよく見知った顔の人物が、よく話題になる人物にキャンキャンと抗議している場面が目に入る。
ああ、いつもの漫才か、と8割方の興味がそこで喪失され、残った2割。どちらとも親しい間柄の人々はまた何があったのかとひそやかに聞き耳を立てる。
「もう飛行機が着く時間ですよ!」
「ええ。急いで車の手配を」
「それに、今回は小鳥ちゃんも一緒に行くって約束――小鳥ちゃん、来てますっけ?」
「……いえ。申し上げにくいのですが」
「…………急ぎましょ」
「はい」
何かを察したような空白の時間。
諸々頭に思い描いていた出来事を隅に追いやり、キャンキャンと吠えていた――346プロが誇るトップアイドルにして日本アイドルとしてはトップの芸歴を誇る、生きたアイドル史とまで呼ばれる女性。
安部菜々(17歳120か月オーバー)は自身のプロデューサーを従え、どんよりとした空気を纏ったままビルの車寄せへと足を向ける。
「はぁ……幸姫ちゃんに怒られるぅ……」
気落ちした様子でそう口にしながら外に出る菜々の言葉に、偶々ビルに入ろうとしていた一人の少女が「えっ?」と彼女を振り返るが菜々は気付かない。
タイミングよく――恐らくはかなり急いで――回ってきた車両に慌てて乗り込みながら、彼女は空港……ではなく。765プロ本社へと向かうよう運転手へ伝える。
急発進するように出ていく車両を、振り返ったまま見続けていた少女――島村卯月は、自身の大先輩にあたる菜々の言葉を頭の中で何度も思い返しながら咀嚼し、理解し。
「ふ、ふえええぇぇぇ!?」
キャパシティーが足りず、ビル前で盛大に崩壊する事になった。
「ピヨッピヨッピヨ~」
「お、ピヨちゃんご機嫌だねぇ」
「え、そう見えちゃうかなぁ? うふふ」
「うわ、本気でご機嫌じゃん。どしたの?」
鼻歌交じりにミカンのキーボードをカタカタと叩く事務服を着た女性に、ソファに座った少女達が声をかける。
ここは765プロ本社ビル。
新興ながら複数人の超人気アイドルを抱える、今やアイドル部門だけならば961や346と並んで業界トップと呼ばれる企業である。
「ちょっと貴方達。先輩の小鳥さんに」
「ああ、良いんですよ律子ちゃん。ふふっ、実は長い事外国に行ってた友達が帰ってくるんです」
声をかけてきた双子――双海亜美と双海真美の言葉に上機嫌に返答する事務服の女性、音無小鳥は彼女たちに小言を言おうとソファから立ち上がった後輩の秋月律子にそう言って、自身が上機嫌な理由を話し始める。
「5年も前に米国に行って、それから帰ってきてなくて。長い事会えなかったから、嬉しくってつい」
「ふーん。ピヨちゃんの友達って事は、その人も芸能人なの?」
「5年前に……誰だろ。私達も知ってる人ですか?」
「あー。業界人だけど、今はもう芸能人じゃない、かなぁ。多分二人も知ってる人だと思うよ。リーダーの事は」
傍で聞き耳を立てていた星井美希と天海春香の言葉に、少し考えて今の彼女の立ち位置を思い浮かべて小鳥はそう返答を返す。
少し考える必要があったのは、何だかんだで彼女は引退した後もテレビに呼ばれたりしていたからだ。もしかしたらタレントとかその枠に入るのではないかと頭の中を過った為でもある。
「……リーダー?」
「うん。まだ、私や社長が961プロに居た頃に、ね」
耳慣れない言葉に律子がそう問い返す。この765プロでも……いや。アイドル業界全体を見渡しても最も古い時代から現役最前線に居続けた彼女、音無小鳥がリーダー等と呼ぶ相手に心当たりが無かったからだ。
いるとすればそれこそ346の永遠の17歳か、引退時期もあるがアイドル黎明期をかけた天才・日高舞クラスの人物でなければ。いや、小鳥が961プロに居た時代なら自分が知らないグループが存在したかもしれない。
大穴としては近代サブカルチャーの祖も思い浮かんだが、彼女は後にも先にも自身のバンド以外と組む事がなかった事で有名で候補からは外れるだろう。そもそも彼女はアイドルではないと律子は思っている。
答えが気になった律子が口を開こうとした。
まさにその時。
「小鳥ちゃああああん!!!」
「ピヨッ!?」
ビリビリとビルすらも揺らす大音声。カタカタと小気味よくキーボードを叩いていた小鳥は思わず硬直してマウスを取り落とし、ガチャリ、と音を立てて床に落下する。
ドタドタと階段を駆け上がる音。慌てたような女性と男性の声。それらが換気の為に開けていた扉から漏れ聞こえてくる度に、何故か加速度的に悪くなっていく小鳥の顔色。
やがて事務所のある階に到達したのか。近くなってくる音に合わせて小鳥は立ち上がり――
「ちょっと小鳥ちゃん!幸姫ちゃんのお迎え今日ですよ!!?」
「ごめん、日付、日付間違って覚えてましたぁぁ!」
扉の向こうから現れた女性――安部菜々の言葉に、倒れ込むように小鳥は頭を下げた。
久しぶりに踏む日本の土に感慨を覚えながら、女性はウォークマンのイヤホンを耳から外した。
迎えに来る友人たちからの謝罪と遅れる旨の連絡に苦笑を浮かべながら、周囲に目をやる。人間観察は彼女にとって一つの趣味だった。誰かを常に見るとかそう言った類のものではない。周辺の人々の身なりや格好、嗜好品。
その時代、その場所の流れを見るのに、歩いている人間の観察程便利な物はないと彼女は思っている。最初は仕事に備えての事だったが、今ではすっかり趣味となってしまった。
ふむ、あの携帯は見たことが無い。日本独自の物だろうか。おっと、あれは随分と古い格好だな。古典バンドのファンだろうか。イヤホンをしている人間が多い。未だに音楽の分野は盛況なのか。ああ、アイドルTシャツ。懐かしい、アメリカでは見ない顔のグループだ。そして――
「久しぶりね」
「ええ。お元気そうでなにより」
遠目から見てもすぐにわかってしまう。陳腐な言い方になるがオーラが違う。そう言った単語でしか表すことが出来ない存在感を持つ人物が、世の中には居る。
芸能界という人材の坩堝に居ながらそうそう見る事の出来ない、そんな人物。彼女が知る限りでも恐らく10本の指で数えられるかどうかというその存在感を、目の前の人物は微塵も隠さずに自身の前に立った。
交わした言葉は2、3言。彼女達にとっても偶然にすぎる邂逅は唐突に始まり、唐突に終わる。
「じゃぁ、飛行機の時間だから」
「ええ……次はどちらに?」
「アメリカよ。久しぶりにアネットと遊びたくなったからね」
「入れ違いでしたか。お気をつけて」
「……なんなら、またあんたとも遊びたいんだけど、ね?」
一拍置いて語られる本音か冗談かの区分けが着かない言葉に、彼女は苦笑を浮かべて首を横に振る。
もう彼女が引退してから20年にもなる。昔取った杵柄で目の前の存在と勝負が出来るとは思えなかったからだ。
20年前でさえ、二人の仲間に助けられてようやく互角の判定をもぎ取ったのだから。
「そ。ま、気が変わったらいつでも教えて。どこに居ても飛んでいくわ」
「ええ。覚えておきましょう」
「そっちに隠れてる二人にもよろしくね。また遊びましょうって言っといて」
「――ええ。薄情者の二人にもそう伝えておきます」
苦笑を続けながらそう口にすると、少し先の柱の陰から「ピヨッ!?」「ちょ、小鳥さんバレ、バレちゃう!?」と騒がしい声が響く。思わず笑いだす彼女――日高舞に申し訳なさを含んだ苦笑いを向け、軽く頭を下げておく。
彼女が昔行った所業のせいか。同年代のアイドル達にはそれこそ
まぁ、彼女にとっての魔法使い曰く。彼女との戦いを通してそういった視点も芽生えた、との事だったから、その前からの彼女を知るあの二人を安心させる事は難しいかもしれないが。
テクテクと歩き去っていく日高舞の背中から視線を外し、彼女は未だに騒ぐ二人組――よく見れば傍に随分と体格の大きな男。あれは、確か武内だったか、の姿もある。
やれやれ、と座っていた椅子から立ち上がり、二人の方へ向かう。久方ぶりに会う友人たちの変わらぬ姿につい微笑みを浮かべながら、彼女――美城幸姫は二人に声をかけた。
「ただいま、二人とも」
「「おかえりなさい! 幸姫ちゃん(リーダー)!」」