「黒井には感謝しかありません」
「彼女を表舞台に立たせるには、彼が居なければどれだけ時間がかかったか」
「……え、彼女を見出した時どう思ったか、ですか?」
「月並みですがね……世界が変わる。そう、確信しましたよ」
「まさかあんなにあっという間とは思いませんでしたがね」
~765プロ密着取材 高木社長へのインタビューにて~
話をしよう。あれは数週間前……いや、数か月前だったかもしれない。
すでにバラエティーにはこの娘、と言われる程にバラエティーアイドルとしての才能を開花させている彼女、安部菜々さんは小さいがとある番組に出演した。
「ななはーじつは宇宙人さんだったのですぅ!」
番組の企画か何かで宇宙人っぽい衣装に身を包んだ菜々。その姿の滑稽さと彼女が着けているから滲み出る可愛らしさとでスタジオが微笑ましさで平和になった時。
司会者が振った話題が、全ての始まりだった。
「へぇ、宇宙人さんなんですね! どこの星から来たんですか?」
「ななはウサミン星からやってきたんです!」
――全ての始まりだった。
「つまりあれか。ピヨは巻き込まれたわけな」
「ピヨォ……」
「まきこんだんじゃないです! ぴよちゃんはめーよウサミン星人なんですよ!」
「名誉(笑)」
ちょっとそのまま1階ロビーで立たせとくのは流石に不味いと判断し、事情聴取の為に元遊戯室へと二人を誘いお話を聞いてみれば。
成程、大分迷走してるってのは良く分かったぞ。
「その恰好はなんだ。テレビの時の奴そのまま使ってるのか?」
「はい! あ、でもちょっと違うかも。二人になるからって、デザイナーさんが」
勿論迷走してるのはこいつらじゃない。テレビ業界と……あと、恐らくだがファッション業界もこれ大混乱してるんじゃなかろうか。しかもそれぞれ全く別の理由で全く別の方向に。
業界側の方は簡単だな。ここ数か月でやたらと目につくようになったグループやらユニットやらを組んだアイドルが増えてるから、こいつらのタッグもその延長だろう。
まぁ、連中の気持ちはわかる。
――舞に対抗できた。その一事でユニットアイドルを神聖視してもおかしくはないだろう。
実際にアイドルにユニットを組ませるのは決して悪い手じゃない。長所を多く魅せ、短所を数で覆い隠す事が出来る。前の世界の90年代以降、ピンアイドルが消えてアイドルと言えばユニット、という流れになったのもその辺りが大きかったんだろう。
とはいえ、だ。安易に考えて適当に組ませても長続きするわけはないんだが。
そこまで考えて、菜々と小鳥に目を向ける。
「……それ、本当に961所属のデザイナーが考えたのか?」
「はい!」
「そうです……うぅ、恥ずかしい」
「あー。ピヨ、お前の恥ずかしがりとかテンパり癖は知ってっけど。今回はその通りだ、それは恥ずかしい」
「ええ!?」
「ええ、じゃないが」
抗議するように立ち上がる菜々にぺチン、とデコピンを食らわせ二人の格好を再度見る。
全身タイツの進化版のような恰好。流石に綿か何かでボディラインは隠してるっぽいが傍からみりゃガキが銀色の全身タイツを着てるようにしか見えん。これ前の世界なら事案とかうるさく言われかねんぞ?
しかし、この格好を見る限り。あれだな、ファッション業界とかその辺りは全然興味なかったけど混乱しまくってるのかね。舞台衣装とかドレスはそんなに古く感じなかったから全然気づかなかったわ。
そろそろ騎士鎧みたいな肩パットつけたアナウンサーが出てきそうなノリだな。
「取り合えず着替えてきな。そのまんまじゃ流石に恥ずかしいだろ」
「あ、はい……あの」
「ん?」
「菜々ちゃん……さっきから動かなくて……」
「……菜々ーっ!?」
結果はただの脳震盪で済んだが、勿論私はパッパと銀さんにしこたま怒られた。め、めちゃめちゃ手加減してた筈なんだが……ぐすん。
『それはタクミが悪いわね』
『うるさいやい』
電話越しに話すマドゥンナの軽い笑い声。このアマ、私の苦境を楽しんでいる。いや、まぁ私が10割悪い案件なんだが。壊れ物を扱うように優しくタッチしたつもりだったんだよ、私は。
『そっちじゃないわよ。ファッションの方』
『ええ……(困惑)』
『だって、
『そっちかい』
日本のファッションが別次元すぎると愚痴っては居たけど、どうやらそちらが彼女的には気に食わなか……いや、それ私悪くないよね?
私、ライブとかで使う衣装は全部デザイナーさんにお願いしてるし、自分で服を買った事なんて一切ないんだが。
『……本当に年頃の女の子、なのよね?』
『待って。悲しくなるからその声音待って』
からかうような口調が鳴りを潜め、マドゥンナから心配するような気配を感じ通話だというのに私は視線を宙にそらした。
いや、しょうがないじゃないか。これでも前世ではそこそこ身なりは気にしてたんだけどさ。この世界では私、一桁の年齢から外歩いたら人だかりができるような状況になってまともに外出なんかできなくなったんだ。
たまに買い物に行くって言ったら必ず数人のSPさんと恐らくそれ以上の警備の方々が隠れて付いて来てるのが分かるんだから、仕事以外で外に出るってのがどれだけ億劫か。
それこそ円城さんや手越さんのスカウトくらいの事じゃなきゃ独り歩きなんかしたくはない。
『……OK、今度NYに戻ってきたら、一緒にショッピングに行きましょう。後輩たちも連れて派手にね』
『……お願いします』
大名行列みたいな買い物になりそうだなぁ、と想像しながら電話越しに頭を下げる。日本人特有の動作である。
『まぁ、事情は分かったけど。ファッションリーダーってのはね、タクミ。その人のセンスがあるのは勿論大事だけど、それ以上に求められるものがあるのよ』
『……なにそれ』
『とっても簡単よ。貴方なら着せられた衣装でも同じようになるから……ふふっ』
問い返す私にマドゥンナは面白がるように笑いながら、その言葉を口にした。
『この人のようになりたい。そう思わせる魅力――カリスマ。貴方以上に影響力のあるアーティストは日本に居ないじゃない。なら、貴方が口火を切るべきよ……そうでしょ?』
黒井タクミのメディア嫌いは有名な話だ。いや、メディアというよりも日本のマスコミが、だろうか。
彼女が故国のメディアに受けた被害を考えればそれは妥当とも言えるものだった。
日本に存在する、もしくは日本にも窓口のあるメディアにとっては、彼女が日本に居る間は公の場に、それこそテレビ画面等に映る事は本当に特殊な事例でしか起こりえないと考えられていた。
それこそ義父の要請や日高舞と美城幸姫の戦いの時のような事が無ければ、彼女は日本の表舞台には立たない。
そう思われていた。
少なくとも、昨日までは。
【黒井タクミプロデュースの新規アイドルユニット、始動!】
【伝説再び】
【テーマは宇宙!?】
その日の朝。朝刊の一面を彩るのはどれもこれもタクミ、タクミ、タクミの文字。
それも当然だろう。出不精な彼女の情報は本当に少なく、また仮に彼女が取材を受けるとしたらそれは海外のメディアばかり。日本に居るのに日本のメディアが彼女の情報を得るのは、幾重にもかかったフィルターを通り過ぎた後になるのだから。
彼女が何かをしているのは、彼女が何かを終えてそれを世に公表するときのみ。最も美味しい時期には一欠けらもご馳走を得ることが出来ない。それが今までの黒井タクミと日本メディアの関係だった。
だからこそ、彼等の動きは速かった。彼女が行う新しい何かに、今度こそ乗り遅れないように。関心が無いわけではない。ただただガードが固すぎて近づけなかった彼女の情報を少しでも多く得ようと彼らはエサに飛びついた。
そして……今回に限り、それは正しかったと言える。新規プロジェクトに関する記者会見。その進行を行うのは、プロジェクトリーダーの……黒井タクミ。
メディア各社はこぞってその記者会見へ記者を送り込んだ。彼女が動くとき、それは世界が動くときと言っても過言ではないから。
「なんだ、あれは」
それは、今回も正しかった。
ぽつりと誰かが呟いた言葉に周囲の記者が内心で頷きながら、彼等は目を凝らした。自分が見た者がなんであるのかを理解できなかったからだ。ある者は眼をこすり、ある者は眼鏡がおかしいのかとしきりにレンズを拭き始める。
「えー、お集まりいただき感謝します。ども、黒井タクミです」
会見用にセットされたマイクを手に、彼女が喋りだした。この声、この態度。間違いなく黒井タクミだ。
――だが。
「本日は961プロから新しく発足される新時代のユニットについて発表と――皆さん、静粛にお願いします」
「あ、あの! 失礼ですがお聞きしたいことが!」
「……まだ会見始まってすぐなんだけど。なんですか?」
眉を顰めるタクミに、最前列に座る一人の記者が手を上げる。本来ならばマナー違反どころかすぐに退室させられてもおかしくない行動。
だが、室内のざわめきが収まらないのをどう思ったのか。タクミは気だるそうな表情を浮かべたまま質問を促した。
「そ、それでは……タック……く、黒井さんのその、格好は……?」
「――ああ。ただのおしゃれですよ」
記者会見という場にはふさわしい格好を。日本と言う国ではテレビが発達した後もそういったマナーであるとかが残っていた。公の場であればスーツや着物と言うある種の一般常識的なものを選ぶのが必然だった。
だからこそ、彼女のその姿は際立ったとも言える。
皮のジャケットに黒いシャツ。ジャケットに合う色合いのレザースカート。それこそアメリカから渡ってくる映画でしか見ないような服装をした、自国出身のスーパースターの姿。
何よりも、その頭上。ミュージシャン・タクミを知る民衆が一般的にイメージするポニーテールはそこになく。
「それに…そ、その髪型は……?」
「普通の髪型でしょ」
前髪を高く上げて横の髪を後ろで纏める、俗にいうポンパドゥール・リーゼント。
普段のエネルギッシュな魅力をそのままに、更にワイルドな印象を与えるその姿。CDジャケットやライブでは見る事の出来ない黒井タクミの姿に、その美しさに集った記者たちはそれ以上の言葉を発する事が出来なかった。
少なくとも、日本国内でこのような格好をする人間はほぼ居ない。それこそファッション誌のモデルを含めても、だ。そして、仮に同じ格好をする人間がいたとしてもこれ以上の素材はまず存在しないと断言できる。
騒然とする会場内。まだ殆ど話しても居ないのに場が勝手に盛り上がっている事実に怪訝そうな顔を浮かべるタクミ。
実のところ、タクミとしても別に奇をてらってこの格好をしたわけではないのだ。彼女の脳内では90年代の日本だとこういう格好が流行ってたな、位の感覚。会見とはいえアーティストならこんなもんだろ、という考えで彼女はこの場に立っている。
だが、彼女は失念していた。
「……凄い。これが、世界レベル」
この世界の文化が、やたらと歪な発展をしていた、という事を。
これがNYの街中であればここまで際立つことも無かったかもしれない。だが、ここは日本。まともなサブカルチャーが発展しなかった日本の90年代である。当然ファッションレベルもお察しの状態だ。
「NYのモデルだってここまで……」
「おい、写真を、1枚でも多く写真を撮るんだ!」
「は?」
そこに洗練されたファッションを着こなすスーパースタァが現れればどうなるのか。
今までは殆ど表に出てこず、出てきても手錠をはめられていたりライブだったりしたために起こらなかった。そしてタクミも別に自分の格好に頓着しない性質だったために気付かなかった。
だが、マドゥンナから指摘され。多少は時代に合わせた格好をするかと彼女が身なりを整えたためにそれは一気に表面化してしまったのだ。
つまり――
「明日の朝刊はこれだ! ニューウェーブ現る! 時代を先取るファッションスタァ!」
「はぁぁぁぁ!?」
60~70年代で止まっていた日本のファッションセンスに20年ほど先取りした着こなしをぶん投げてしまったわけである。
一瞬で記者会見会場が撮影会場へ切り替わった事に唖然とするタクミを尻目に、各社のカメラマンたちは続々とシャッターを切り、呆然とするタクミの姿を撮り続けた。
彼女が正気に返るまでの3分間は『空白の3分』と呼ばれ、後にこの時に撮影された生写真は一部の好事家達の間で非常に高値で取引される事になるのだがそれはまた別の話。
「いやいやパンクロックファッションは70年代からある由緒正しい」
「パンクロックって最近アメリカで流行ってる最新の音楽だよな」
「ガッデムそうだった!?」
記者会見ならぬ撮影会が終わり。結局碌な発表も出来ずに終わってしまった記者会見だったが、最低限これから売り出す二人組ユニットについての情報を流すことは出来た。
いや、本当になんでこんな事になったんかね。あれか、あの前列の記者はヤンキースタイルになんぞ恨みでもあったんか。圧力でもかけて
「まぁ、ある意味注目度は増したんだ。それに幸か不幸かお前のお陰で日本のファッション誌も刺激を受けたのかガンガン最新モデルの服を出してるし、お陰でモデルの仕事も増えた。それと、あの銀色のあれは没になった」
「……パッパもダサいって思ってたんだね」
「……デザイナーに、私が直接言うのも気が引けてな」
私の言葉にそっと目をそらしてパッパはそう呟いた。まぁ、うん。立場上パッパが言うのはヤバいわな。そのデザイナー首くくりかねんぞ。
パッパもなんだかんだ数年前までアメリカに居たんだし、やっぱり違和感デカかったんだろうね。そういえば家の中以外だといつもスーツだったし。スーツしか外で違和感なく歩ける服が無かったのかな、これ。
それはともかくとして、だ。一先ず最低限の情報は流したし、あの二人ならこのままデビューさせてもそこらの有象無象じゃ相手にならないだろうが……それだけじゃちともったいない。
幸姫ちゃんが去り、舞が旅立った日本アイドル業界。間違いなく暫くの間はあの二人がこの業界を引っ張る事になるからだ。
それにあの二人は私がこの業界に引っ張り込んだようなもんだからな。菜々には幸姫ちゃんの後を継ぐって是非応援したい目標もあるし事務所が変わる前にある程度餞別を渡してやりたい所だったのだ。
これからの時代に必要な二人のアイドル。そんな二人に渡すべき物。私が用意できるもの。
――20年先でだって歌える、誰かの記憶に残る、そんな歌。
「宇宙人がテーマ、というのは変わらないんだな」
「ああ。そこは菜々のたっての願いでね。ウサミン星人だっけ。あいつ、予想以上にそれに拘りがあるみたいだ」
「そうか。うん、良いんじゃないか。これまでに居なかった、全く新しいキャラ付け。バラエティー向きの性格の彼女にはぴったりだろう。しかし、そうなると小鳥くんも?」
「いや。小鳥はまた別だな。あいつはピヨコ星人とでも名乗らせようかなって」
「……その心は?」
「ウサミン星は電車で東に一時間らしい。小鳥は事務所から徒歩5分だろ?」
「成程。それは別の場所にしておいた方がいい」
くつくつとパッパと私の笑い声が執務室の中に響く。設定をもっと練ればいいだろうって? 良いんだよ。このエセっぽい感じ。軽いノリがむしろあの二人には合ってるんだ。
「それじゃあユニット名はどうするんだ? 私はてっきりウサミン星人ズにでもするのかと」
「……ネーミングセンスは、これパッパの素かなぁ……」
「……?」
「ああ、いや。そうだね。一つ、考えてる物があるんだ」
怪訝そうな表情を浮かべるパッパに頬を引きつらせながら、私はここ数日考えていた名前を思い浮かべる。
あの二人は、それこそ全く違う性格をしている。積極的で、幼くて、けれど自分を魅せる事に長けた菜々。明るくて、どこかおっちょこちょいで、けれど何故か目が離せない小鳥。
だが、そんな二人に共通していえる事が一つある。
「あの二人は、タイプにするんなら同じだからね」
菜々は幸姫ちゃんを。小鳥は母親を。目指すものがあって、そしてそこへと足を止めずに進む事の出来る芯の強さ。
全く違うようで、よく似た二人。だから、一緒くたにするなんて勿体なさすぎるだろう。
そう。同じ宇宙人同士でも……
「二人のユニット名はね」
全く違う二つを掛け合わせる。そんな意味を込めて。
「エイリアン×エイリアン。良い名前でしょ?」
その名を口にして、私はパッパに向けて微笑んだ。
クソ女神様とタクミっぽいのの小劇場
「まぁ、死んだの事態は私のミスだったがね。まさか死んだ後にここまでクソつまんねぇ仕事やらされるとは思ってなかったが」
クソ女神さま
「つまるつまらないの問題ではないと思うけど」
「おっと優等生発言ありがとよ。だがよ、世の中必要だからってだけでやれる奴しかいないわけじゃない。それは、お前さんも理解したろう?」
クソ女神さま
「……そうね」
「何を求めるのかは人次第。それをはき違えてお前さんは現世用の肉体を失った。もっと別の方法を取っていれば、そんな事は起こらなかったかもしれない。向こうさんも穏便に済ませてくれたかもしれない」
クソ女神さま
「……次は負けないわ」
「取り合えずもっと穏便な手段最初に持ってくるようにしとこうな? 次があるかわからんけどさ」