誤字修正。エンラ様、マグマ大佐様、牛散歩様、たまごん様ありがとうございます!
「くにに かえりなさい あなたにもかぞくが いるでしょう?」
MC・ハマーン(ヘレン・バレル) 全米オーディション会場 唯一の日本人参加者への一言
『ああああああん! 悔しいくやしいクヤシイィィィィィィ!!!』
「知ってた」
『ムキィィィィィィ!!』
自身の控室に置かれたソファーの上でごろりと寝っ転がり、ジタバタと両手足をバタつかせるヘレンの姿に日本語でそう答えると、歯噛みしながらヘレンは更に暴れまわる。特大のフラグ立ててたもんなぁ。あんだけでかいと逆に折れるかと思ったがそうもならんかったらしい。
『20も半ば過ぎてムキィは無いだろムキィは』
『うっさいわね!』
そんなヘレンの姿に指を指して、マーシャはゲラゲラと笑いながら向かいの椅子に腰掛けた。お前ら仲良いな。
『ちょっとタクミ! なんであんなの日本から持ち出したのよ! ジャパンは鎖国してるんでしょ!?』
『そっちの国が要請してうん百年前に鎖国は解けたぞ?』
よいしょ、と椅子の一つに座り、ブーブーと駄々をこねるヘレンにそう返事を返す。日本語を勉強してるというから少しは日本の事を知ってるみたいだが、どういう学び方をすれば日本が鎖国したままだと勘違いするんだ。
その点を優しく指摘すると、ヘレンはつうっと斜め上に視線を向ける。
『……ふぅ。歴史に関しては私も不勉強だったみたいね。でも舐めないで頂戴。サムライ、ニンジャ、スキヤキ。私のジャパン知識は世界レベルなんだから!』
『お、おう』
叫びまくって落ち着いてきたのか。一つため息を付いた後にヘレンは指折り数えるように日本についての知識を語り始める。
並べただけでこいつは期待できんと分かる名称の数々に、少し引きながら頷きを返す。確かに世界レベルの偏った日本知識の数々だ。逆にこいつ日本について詳しいんじゃないだろうか。
『だいたい、まだ電話投票の集計は終わってないだろ。お前さんが勝ってる可能性だってあるんだぜ?』
『面白い冗談ね。私は自身の敗北を認めているの、次に繋げるためにね』
『……一応、冗談じゃないんだがね』
実際、ヘレンのパフォーマンスも決して悪くなかった。今回の参加者の中でも3本の指に入る出来だったのは間違いない。後は全国でこのオーディションを見ていた視聴者達からの電話投票次第で彼女にも優勝の目はある。
今回のオーディションの投票ルールは審査員票の割合が30、観客が20、そして視聴者票が50%を埋める。仮に審査員が10名でそれぞれが1位は舞だと言い、5000人の観客全てが1位は舞だと言っても、視聴者全てが1位はヘレンだ、といえば同数になるわけだ。
この視聴者の数は審査の締め切り時間までに電話をかけてきた人数によって決まるため、一概に何名から1位評価を受けたか、では計算がしづらいんだが……少なくとも可能性は0じゃない。仮に締め切りまでに電話をかけてきた人数が1人だけだったらその人の一位評価が50%になるんだから。
『というわけで本当に可能性はあるよ。審査員にもヘレンを推す人はいるかもしれんし』
『面倒なルールねぇ』
『票の格差の是正とかなんとか言ってたっけか。視聴者も参加してる感を出したいんでしょ?』
まぁ全部が全部一人に固まるなんて確率、万……いや億に一つくらいだろうけどな。普通に考えて趣味趣向によってバラけるだろうし、少なくとも電話回線の中継基地が全部ぶっ壊れるくらいの事が起きなければ起こり得ない話だろう。仮に投票者が百人居るとして、その全員が一人に投票するなんてほぼほぼありえない話だ。答えも100通りになるに決まっている。
ましてや今回の規模は全米規模。オーディションの運営もわざわざスパコン借りてきて集計するって息巻いてたからね。数百万くらいの参加は見ても良いかもしれん。
……改めて考えると本当にこのイベント、規模がおかしくなってる……なってない? 企画を作った時は米国版『スター誕生!』くらいの気持ちだったんだが動いてる人と物と金の規模が洒落にならん。
後追いで作られた欧州のオーディション番組も結構な勢いらしいしね。埋もれた才能がドンドン出てくるのは良いんだが……まぁ、うん。
新しい才能や複数視点からの投票。それらを引っくるめても多分今回の優勝は舞だろうなぁ。アイツの出来がヤバすぎる。
『「ALIVE」……ね』
作曲家、武田蒼一。間違いなく日本が世界に誇るべき才能が、日高舞のためだけに全霊を込めて作り上げた一曲。日本語の識字率が高くなっているこの世界の米国とはいえ、それをこの大舞台で選び、そしてぐうの音も出ないほどのパフォーマンスで歌いきった日高舞。
世界の舞台に、日本の若き天才達が殴り込みをかけてくる。その瞬間を見ることが出来たのは嬉しい限りだ。米国暮らしも長いけど、私も日本人だからね。
まぁ、歌いきった後に私とマイコー、マドゥンナを指差して「1,2,3。BANG!」なんてパフォーマンスやらかした時はこいつマジかと思ったけど。マドゥンナ爆笑してるしマイコーはなんか目がギラギラして怖くなるし。あいつには怖いものってのが存在しないんだろうか。
『あんなんやらかした後の演者は本当に可愛そうだったわ』
『次のグループもいい感じのアイドルユニットだったんだがな。なんか男のグループってのが珍しかった』
『男性アイドルグループってのは確かに新しい着想だったわね。調子が崩れてない時の演奏が見たかったわね』
マーシャの言葉にヘレンが眉をひそめながらそう答える。あれ多分裏路地の男の子たちだったんだろうが、演奏の順番が悪すぎたな。会場内の空気が変に高まっててそれにアテられてたように感じた。
決して悪くはなかったんだが、前評判や予選の演奏に比べたら劣るように感じたからね。舞の空気クラッシャーっぷりがよく分かる一幕だった。
『まぁそれでもなんとかなっちまう奴はなんとかしちまうんだがね。正直、仮にあのジャパンっ娘が居なくても一位になれたかは分からないでしょ』
『上位5組は初回でもいい線イケてる感あるわな。特にお前が今話題にした奴。アシッド・ジャズとかいうイギリスからの逆輸入品だろ』
マーシャの言葉にうん、と一つ頷きを返す。イギリスからの参加者という形でジー・ケーというアーティストが居るんだが、ステージ上を縦横無尽に踊りながらジャズを歌うパフォーマンスは圧巻の一言。舞の登場で変な空気になった後半のステージでは、ただ一組輝いていたと言っても良いかもしれない。
『イギリスの方で出れば楽に優勝できたんじゃないかしら。私とあの娘、二人に負けるなんて可愛そうに』
『いやぁ、あっちも魔境っぷりは変わらんからなぁ』
このアーティストがまたどっかで聞いたことある歌声してるんだ。多分私が知らないか別の名前で前世だとプレイしてた偉人じゃないかと睨んでる。
『思い出したら何故かラーメン食べたくなってきた』
『ああ。もう良い時間だからなぁ。結局来賓席の料理、ほとんど手つかずだったし』
『それならとっとと自分の席に帰ってご飯を食べてくれば良いじゃない……待って。タクミはなんでこんな場所に居るの? アナタはそっちのと違って私と接点はないでしょう』
『……あー、うん』
『く……くっくっ』
自分の控室をこんな場所呼ばわりしながら、ヘレンが聞いてはいけない質問をこちらに投げかけてくる。視線をそらして答えを濁す私を見て、そっちの呼ばわりされたマーシャは耐えきれないといった具合に含み笑いを漏らす。
笑うなよ。自分で言うのもなんだが情けなくてたまらんのだ。
『……え、なにこの空気』
『聞いてくれよヘレン。こいつなぁ、ハリウッドスターに熱烈に言い寄られて逃げ出したんだぜ』
『てめっ! マーシャ』
『なにそれ詳しく!』
雇い主をあっさり裏切るマーシャの言葉に、ヘレンが目を輝かせて椅子から立ち上がる。おいバカやめろ、色恋沙汰の空気で目の色輝かせるって女子かよ女子だったわこいつら。
いや、別に色恋の欠片もない話だから聞かれたってどうこうないんだけどね。かといって人に進んで聞かせたい話でもないというか我が身の不明を恥じると言うか。
まぁ、結局何の話かというと。
――ボトムズである。
『俺に、
『ふぁっ?』
招待客等が通されるVIP用の席には一流ホテル並の料理が用意されている。普段は舌鼓を打ちながらステージを見るのだが、今年は各参加者の熱演にアテられて食事が進まなかった為全ての演奏が終わるまでほぼ手を付けずに居た……のだが。
タキシードを着込んだその男は、決死の覚悟とでも呼ぶべき形相を浮かべて私の前に立った。そして第一声がこれである。各審査員や観客たちが表の集計を始め会場内がざわめきに包まれる中、私達の居る来賓席は彼の行動に別の意味でざわめきに包まれる事になる。
『分かっている。あの作品が世に出て何年も経っている。それなのに未だに映像化がされていないのは、演じるに値する奴が居なかったというのは理解しているんだ』
『わっつはぷん?』
『お、おいタクミ。すげぇ訛りになってる。落ち着け、そっちのあんたも』
『俺は落ち着いている!』
落ち着いてね―よ。思わず口から出掛けた一言を飲み込み、オレンジジュースの入っているグラスに手を伸ばす。落ち着け、素数を数えるんだ、1,2,3,4違うコレ整数だ。動揺しすぎ? いや動揺するだろ。なにせ目の前に立つ不審な人物、明らかに見覚えのある人だぞ。
具体的に言うと前世辺りで賭けボクシングで生計が立てられない落ちぶれたボクサーしたりベトナム帰りでワンマンアーミーしてた人だ。名前は若干違うし例の映画はこっちで見かけなかったけど、こちらの世界でも有力なアクション俳優に数えられている人物。
どう考えても一流のハリウッドスターさんなんだが、その彼は今わざわざ床に膝を突き、目線を私よりも下げて懇願するようにこちらを見てくる。どこにカメラがあるんだ、こんなくだらないドッキリ仕掛けたやつなで斬りにしてくれる。
私が混乱のるつぼにある中。何を思ったのか男、スタローンっぽい人はうんうん、と頷きながら口を開き。
『ボトムズだ』
と一言。
何が? とか言葉が出てくる前にスタローンらしき人は更に言葉を続けてくる。
『ボトムズを映画にするという話を耳にした』
『そういう話は一切無いんですが???』
『それも分かってる。君が世に出そうとするならきっとそれは万難を排したものとなるはずだ。機体の描写、特殊撮影技術、俳優、全てが揃わなければきっと君は動かない』
あまりにも自信満々な断定に思わず頷きそうになってしまうが違う、そうじゃないんだ。万難排して世に出す意思はあるけどそれはハリウッドじゃなくてアニメの話なんだ。なんなら現在進行系でスタッフ捜索してるし見つかったら日本でアニメ化しようと企んでいるんだ。
私が小さく首を横にふると、スタロー某は小さく笑みを浮かべて――自分を親指で指した。
『まず一つ。俳優なら、俺がいる』
『なにが???』
『俺以外に不死身の男、キリコを
『お、おう』
私の言葉に耳を傾けながらも、懇切丁寧に持論を展開するスタさん。いや、確かにあの技術はそういう非現実的な映像を実写化するのに大活躍だけど。大活躍させるために作ったんだが色々違うんだ。使いたいのはそこじゃないんだ。
『そして三つ。ゴジラは、素晴らしかった。あれこそが最後のピース。あの撮影技術を用いれば、イケる。あの作品を君が完成させたと聞いた時、俺は君の真意を理解できた』
『全然そういう意図は無かったんですが』
『頼む、タクミ! 俺に
ギュッと俺の手を取り、熱意を込めた眼差しでこちらを見てくるスタさんにそう告げるも、彼は分かっている、とばかりに微笑んで数回頷きを返してくる。絶対に分かっていないのがよく分かるリアクションである。
というかさっきから他の来賓の視線が痛い。扇とかで口元隠しながらヒソヒソマダムが話してるのが見えるんだよ。
『いや、あの、そろそろ』
『頼む!』
『ええっと』
『俺なら、キリコになれる!』
『そ』
『俺が、キリコだ!』
なんとか穏便にお帰りいただこうと努力するも、全力で押し込んでくるスタっぽいさんの勢いと間近に迫る男前にこちらの勢いはドンドン殺されていく。というか近い近い、もうちょっと離れてくれ、目の保よげふんげふん。
結局その後10分近く頼み込むスタ某さんの勢いに負け、もし仮に映画化する際は必ず声をかけると口約束を結び、私はマーシャに付き合うという名目でヘレンの楽屋に逃げ込んだ。
『という状況でな』
『ウwケwルwww』
『なにワロてんねん』
こっちは笑うどころじゃねぇんだよクソぁ! あのス某さんの勢いに負けちまって口約束しちゃったけどあれ、多分何も動きが無ければ自分で勝手に計画立てて動きかねないよなぁ、やるよなぁ……
私だって仮に! 仮にあの某さんと同じ立場だったら同じように考えたかもしれんからな。なんとなくどういう風になるかの想像が出来て辛い。この状況を回避する為にここ最近知恵を絞ってきたのに一気に前提がぶっ壊された気分だ。
『良いじゃねぇか、そのままハリウッドでやっちまえば。世の中にはハリウッドで自分の書いた作品を映画にしたいって奴、5万と居るだろ』
『その5万の中に黒井タクミは居ねぇんだよ』
マーシャの軽口にため息で返して、どうすっぺかねぇと天井を仰ぐ。
あの様子を見るに、なぁなぁで済ませることは出来ないだろうな。そんな事すれば本当に自分で出資金から何から用意してプロジェクトを立ち上げかねん。たまーにそういうノリで作った映画が出てくるのが映画業界の怖い所だ。というかそこまでされたら一ボトムズファンとしてオーケーを出さない選択肢はない。
……やる、しかないか。本当は時の流れに任せたかった。まだ鉄人も魔神も誕生していない世界で、あの作品を先に作ったらどう影響があるのかも分からない。だが。
『忙しいんだがなぁ』
『あん?』
次に日本に帰る時。捜索をお願いしてるボトムズスタッフの内見つかった人物を全員スカウトして、足りないアニメーターは手越さんなんかにも依頼して用意して……それでも。それでも足りない部分は、私がやるしかない。第一作はハリウッドだなんて言わせないためには……私が手を入れるしかない。
――作るか。ボトムズ。
『い、いや。しかしこっちにはこっちでやらなきゃ』
『ほー。お忙しい事で』
『ああ、忙しいよ。やりたいことが多すぎて身一つじゃ到底足りないわ。セブンだってこれから始まるタイミングで……頭痛い』
揶揄するようなマーシャの言葉に苦笑をこぼす。日本と米国にそれぞれ一人ずつ体が欲しいくらいだ。あっちにもこっちにもやりたいことがある。やらなきゃいけないことがある。
あんまり時間も無さそうだしな。やれることは、やれる内にやるべきだ。
『お前はもうちょい人を使うのを覚えたほうが良いな』
『そうとういろんな人に投げてるんだけどなぁ。誰かに任せた端からどんどんやるべきことが増えていく。働けど働けど暮らしは楽にならざりってか』
『なにかの格言?』
『そそ』
『さすがは大卒』
『大学しか行ってないけどね』
揶揄するようなマーシャの口調にそう返すと、マーシャはゲラゲラと笑った。小中高全部飛ばして大学に入った私の経歴は、まぁ有名だからね。違いない、と笑いながら頷いた後、ふぅ、と一つ息を吐いてマーシャはこちらに視線を向ける。
『ま、その忙しい要因、一つは潰してやるよ』
『あん?』
『元々アンタは音頭を取って後は出演者が自発的に。それがセブンの根幹だろ?』
マーシャの言葉に頷きを返す。そもそもこのセブンという番組は、基本的に参加者であるクリエイターの試行錯誤と、一つのドラマが作られる裏側を視聴者が覗き見るという、舞台裏を見るような楽しさがコンセプトになっている。
そうした面白さで視聴者を引きつけ、更に出演しているクリエイター達にも名前を売るというチャンスを、というのが私の考えだったわけだが。
『でも、あの連中全部が全部超オタク気質の凝り性共だぞ。どっかで手綱引かないとものすごい暴走しでかすんじゃないかと気が気じゃないんだが』
『なんでそんな連中集めたんだ?』
『お前も含めて才能溢れて燻ってる奴がそんなんばっかだったんだよ。暴走したらどうなるかって前科も目の前にいるしな』
『も、もうやらないから』
そうジト目で睨みつけると、マーシャはつぅっと視線を斜め上にそらした。声震えてるぞ、本当に大丈夫か?
『ま、まぁ話を戻すと、だ。要約すると、お前の心配は連中が暴走せず番組がちゃんと進行できるかって事だろ?』
『……あー、うん。まぁ、そうなる、か? 暴走してとんでもない事が起きるんじゃないかとしか考えてなかったけど』
『なんでそんな連中を集めたんだよ、本当に』
苦笑しながらマーシャはそう言って、ピッと右手の親指で自分を指差した。
『なぁタクミ。ここにお前の考えを知っていて、連中と気質が異なり、仕事だけはちゃんとこなすセブン参加者が居るんだが』
『仕事だけはってお前なぁ』
『私の目的は連中とは違うからな、スタンスの違いだよ……だから丁度いい。私とあの可愛らしい脚本家、あと面白いジャパニーズが居れば番組の進行と
言いながらコンコンと自分の頭を人差し指で軽く叩き、不敵な笑みを浮かべながらマーシャは言葉を続けた。
『使えよ。全部が全部お前だけで出来るわけじゃない。お前はむしろ、もっと人に頼るべきだ』
そう言って、笑顔を真顔に切り替えて。視線を向けてくるマーシャに、私は逡巡しながらも小さく頷きを返す。
言われなくても、頼っているつもりだった。特にパッパやみのりんと言った仕事の調整をしてくれる相手には全部を任せてると言っても過言じゃない。日米のアニメや漫画・コミックについてもその道の専門家に初動以外は全て頼っている。
だが、それでもまだ足りないと目の前の彼女は口にする。
『お前のやらかす事の規模を考えろよ。企画して後は投げるくらいで丁度いいんだよ、お前の場合は』
『いや、それは……』
『ボス』
迷う私に、少しだけ口調を強めて。マーシャは真剣な表情のまま、私の目を見て口を開いた。
『アンタは私の才能を惜しいと言ってくれた。仕出かした私をアンタは庇って懐に入れてくれた』
『……』
『アンタが心配するのも分かる。だけど……使ってくれ、頼むよ。私に、アンタに借りを返す機会をくれ』
普段のどこか茶化したような空気も、悪ぶった様子もなく。真っ直ぐに私を見るマーシャの視線を受け止めながら、私は開きかけた口を閉じる。
この言葉に、下手な言葉は返せない。
『……出来るんだな?』
少しの沈黙の後。私は確認の意思を込めてそう口を開き。
『――任せとけ』
その言葉にくっと口元を歪めて、マーシャはそう返事を返した。
もう少しヘレンと話すことがある、というマーシャを置いて一人、誰も居ない廊下を歩く。心なしか気持ちが軽くなった気がする。
「まさかマーシャにあんな事を言われるとはなぁ」
やりたいこと、やらなければいけないことばかりが先行して無意識の内に焦りが出ていたのか。雇用主としては少し情けないが、一個人としては嬉しい言葉だった。
この世界に前世の記憶を持ち込んで、色々とやってきた。音楽や漫画、アニメ、特撮映画。自分の趣味を楽しみたいがために動き続けた結果、たしかにこの世界には私が望んだ文化が、サブカルチャーが芽生えてきたと思う。
だからどこか、自分が動かなければ始まらないという有る種の優越感みたいな意識が、私の中にあったのだろうか。
セブンの件だって最初は確かに持ち込まれた話だったが、マーシャの言う通り企画と人員選定まで終えた後はそのまま投げてもいい話だったんだ。それをいつまでも私が主導して、米国から離れられない状況になっていた。
これは叱られてもしょうがないわな。漫画やアニメ文化を立ち上げた時みたいに早々の段階で責任者を決めてぶん投げるべきだったんだ、私は。
『あ……タ、タクミさん!』
「うん?」
『タクミさん、確保ー!!』
反省しないとなぁ、とうんうん頷きながら会場内に戻ると、私の席の辺りでうろちょろしていたスタッフらしき青年がパァっと顔を輝かせてこちらに声をかけてきた。なんじゃらほい、目を丸くしていると、青年は声を上げて周辺から仲間を呼び集め始める。
「え……え?」
気づけば十人近いスタッフに取り囲まれ、混乱している私を尻目にスタッフの中で責任者らしい人物が無線機に呼びかけながら指示を出し、私は女性スタッフに両腕を掴まれながらずるずると連行される宇宙人のように連れて行かれることとなった。重いとか言うな……いやあの、歩けるよ?
ヘレン・バレル 痛恨のフラグ管理ミス