後編です。前編よりだいぶ短いですが話の区切りが(目逸らし)
7.13微修正入れました
誤字修正。路徳様、ランダ・ギウ様ありがとうございます!
「あいつの側に居ると、自分が時代を動かしているって錯覚しちまう」
「怖いやつさ、強くて、眩しくて……離れるのが怖くなっちまうんだ」
スリル・レディ(マーシャ・ムーア) セブン放映終了時のインタビューから抜粋
いくらなんでも長すぎる。
ザワザワとざわめく会場内の、あちらこちらでそう呟く声がする。
腕時計を見れば時刻はすでに8時を超え9時に差し掛かろうとしている頃合い。全ての演奏は30分近く前に終わって、今の時間は用意された食事を楽しみながらゆっくりと投票の集計を待つ時間、の筈だった。
だが、殆どの招待客が夕食を食べ終え――特別食べることが遅い人物などを除けば――供された飲み物を飲み終えても、未だに今回のオーディションの結果発表が始まらない。
用意されていたプログラムの時間割ではとっくに閉会している時間になっているのに、だ。
このまま発表もなくただただ時間を浪費するハメになるのでは。
なにかトラブルが起きているのでは。周辺を見渡すと同じ結論に達したのか、自分と同じように時計とプログラムを眺めて険しい顔を浮かべる人間の姿が見える。
『貴方……』
『ああ。まったく、折角の余韻が台無しだ』
不安そうな顔を見せる妻に仕方ない、と皮肉げな口調で首を横に振り、グラスに残っていたアルコールをグイッとあおる。お替りを要求しようとボーイの姿を探すも、近くに居るボーイは全て他の客に捕まっているようだ。
やれやれ、と深い溜め息をつきグラスをテーブルに戻す――
その瞬間。会場内に警笛のような音が流れ、ついで全ての電灯から明かりが消えた。
どよめきの声。ガタリ、とテーブルが揺れる音。
『貴方、電気が!』
『ああ、あ、お前、動くな! そのままじっとしているんだ』
妻が驚いて立ち上がったのだろう。動かないように口頭で伝え、つい浮かせてしまった腰を椅子に下ろす。先程、暗くなる前に警笛のような音がなった。アレがなんなのかは分からないが、よく見れば常夜灯のような物が幾つか、消えないまま暗く光っている。単に停電した、という訳ではなさそうだ。
ならば、すぐに明かりがつくだろう。時間が長引いている事だしこれもトラブル絡みだろうか。募るイラつきを噛み殺していると、頭上に有る一本のスポットライトから光がステージに向かって伸びていく。
どうやら何かしらの余興か。妙なトラブルでなくてよかった、と小さな安心感を覚えながらステージに目を向け。
ボンチッボン ボボボンチッボン
誰も居ないステージ上。スピーカーから流れ始める音。
ボボボンチッボン ボボボンチッボン
観客席からは、先ほどとは違ったどよめきの声が響く。聞き覚えのあるフレーズ。
ボボボンチッボン ボボボンチッボン
やがて舞台袖から現れる男女の姿。おそろいの白いスーツとシルクハットに身を包み、マイクを持つ彼らの姿にどよめきの声が強くなる。誰も彼もが知っている、偉大なアーティスト達。そんな彼らは楽器も持たず、打楽器を叩くような音を声で表現しながら舞台袖からステージ中央に向かって歩いていく。
ボボボンチッボン ボボボンチッボン ボボボンチッボン
彼らの先頭。ただ一人マイクを持ったまま歩き続けた一際小柄な少女はステージ中央に立つと深々とかぶっていた帽子を脱ぎ捨てる。
タックミー!
会場内から沸き起こるコールの声。いや、おそらくは自分も叫んでいたかもしれない。
先程までの陰鬱な気分は過ぎ去り、オーディションが始まった瞬間のような興奮が胸を駆け巡る。 衝動のまま、歌の名前のように立ち上がり、私は会場を覆う熱気の一部となって声を張り上げた。
会場内で自分に向けてコールを放つ人々に笑顔を向けながら、語るように、問いかけるように世界一豪華なバックバンドのボイスパーカッションに合わせてメロディを紡ぐ。
赤いナプキンをわざわざ肩に巻く奴、そっちは逆だと右肩を指で示す。湧き上がる歓声。
――本気で歌ってくれ。この曲を歌った本人の言葉が胸に木霊する。孫と祖父ほどの年齢差の、偉大なアーティストからの頼み。急な話。時間稼ぎというだけの頼まれ事。そんな気分で挑むには重すぎる頼み。
私の横に立ち、楽器の代わりに声で演奏する彼の視線。そんなものかと値踏みされているような錯覚。この業界を。いや、私の人生よりも長くプロの最前線に居続けた彼らからすれば私もまだまだ小娘だが、向けられた視線には侮るような気配は感じられない。
ヒリつくようなライブの空気と彼の視線。自然と釣り上がる頬。バクバクと鳴る心臓。胸の中をマグマのように荒れ狂う熱情と興奮。
良いね――良いぜ、爺さん。私を見たいんだな?
そんなに聞きたいなら。そんなに見たいんなら。マイクを下ろし、ニィっと笑顔を作る。両隣に立つおっさん達の驚いたような視線を感じながら。
私の全力を――!
「はー、気持ちえがった」
『いやはや』
『すげぇもん見たなぁ』
30分ほどの時間稼ぎが終わり、楽屋へと戻るとブワッと吹き出してきた汗をタオルで拭う。全力とはいえたんにでかい声出すだけだとただのジャイアンになっちまうからな。結構神経使うんだコレ。
でも、ひっさしぶりにでかい声で歌ったから非常に心地いい気分だ。急に拉致られて大御所どもに取り囲まれた時はどうすっべかと思ったがたまにはこういうのも良いね。
『こんだけ豪勢なバックバンドで歌ったんだ、もうちょっと感想あるだろ?』
『違いない。あ、そういやおめー俺の歌勝手にライブで使ったって聞いたぞ』
『あ、ごめんして。いっぺん満員のドーム会場のど真ん中でファンにもみくちゃにされながら「ジョニー・ビー・グッド」が歌いたくて』
『なんだそりゃ』
ゲラゲラと笑う大御所にこちらもゲラゲラと笑い返す。実際楽しかった。今後もああいうのやりたいなぁ。でも前世で言うところのJA○RACみたいなのが怒ってきそうだからあんまり他の人の歌って歌わないんだよね。私が歌ってるのが大体他人の歌だって? その通りだけどそこ突っ込まれるとその、困る。
そういえば歌の権利関係ってこの世界だとどうなるんだろうね。一度調べてみても……い、いやいかん。やりたいことを増やしすぎてついさっき怒られたばかりじゃないか。流石に今そんな話を出したらマーシャがマジギレしかねんぞ。
『と、とりあえずこんだけ会場の空気温めといたら良いよね?』
『は、はい! ご協力いただきありがとうございますMs黒井、この御礼は必ず……』
『ああ、うん。まぁそっちは事務所とお話して貰うということで』
揉み手して頭を下げてくるボビーおじさんの部下に「いいのいいの」と手を振って答える。どっちかというと今回はこのおっさんたちに巻き込まれたって感覚だし、ボビーおじさんから何かお礼してもらうって気分でもないんだけどね。
まぁスパコンがいきなりエラー起こして集計が大幅に遅れたってのは、まぁ緊急事態だろうからね。このオーディションの発起人としては多少手を貸す程度ならやぶさかでも……あ。こういう所が忙しさの原因になるのか。反省しよ。
『で、どうだった? 本気で歌ってみたけどさ』
平身低頭するボビーおじさんの部下に仕事にいけ、と促して楽屋から退室させた後。私は奥の方で座り込み、何かを考え込んでいたおじいさんに声をかける。
大御所だらけの臨時グループに私を呼び込み、あまつさえシンガー役まで割り振ったのは彼の発案だという。別にそういう仕事を振られる事には問題ないのだが、それが何故かという点には大いに興味がある。この人とは接点があるわけでもなかったしね。
『うん……うん』
私の言葉に爺さんは頷いて、少しの間目を伏せるとふぅっと小さなため息をついた。
『ありがとう、私の我儘を聞いてくれて』
『んにゃ、驚いたけど気持ちよく歌えたからいいよ』
憑き物が落ちたかのように朗らかに笑う爺さんに笑顔を向けると、爺さんは小さく頷きながら私の頭に手を伸ばす。
『なぁ、爺さん。理由を聞いてもいいかい?』
ぐしぐしと私の頭を撫でる爺さんにそう尋ねると、爺さんは「ああ」と答えた後。少し間を置いて、何かを懐かしむように、悔やむように笑顔を浮かべて話し始めた。
それはかつて彼が見た、天上のものとしか思えないような歌い手のお話。
真っ白な髪に燃えるような赤い瞳を持ち。
私によく似た誰かと彼は、何十年も前に出会い、そして――
クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場
クソ女神様
「彼の歌は好きだったわ」
タクミっぽいの
「唐突にどうした」
クソ女神様
「私のことが知りたいんでしょ?」
タクミっぽいの
「いきなり男の話が出るとは見抜けなかった、このry」
クソ女神様
「……そういうんじゃないけどね。私だって、この世界に対して……」
タクミっぽいの
「……えぇ」
クソ女神様
「もうちょっと反応あるでしょ?」