この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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遅くなって申し訳有りません!

誤字修正。路徳様、T2ina様、ギアスター様、nobu様、たまごん様ありがとうございました!


このアニメーターのない世界で

天使のような歌声とは彼女の歌を指すのだろう。

自身の歌声を稚拙と称して恥ずかしがっていた彼女に私は惜しみない賞賛を送った。それを聞いて彼女が浮かべたはにかむような笑顔を私は今も鮮明に思い馳せる事が出来る。

恥ずかしがるべきはむしろ私の方だった。彼女の前で得意げに歌手志望である等と嘯いた少し前の自分を殴りつけてしまいたかった。

いつか彼女に聞かれても恥ずかしくない歌を。

たった一時間にも満たない彼女との逢瀬で、私は己の人生全てを賭けてでも挑戦するべき目標を見つけたのだ。

 

 

 

~スティーブ・E・キング~ 自伝【スタンド・バイ・ミー】より抜粋

 

 

 

 テレビ画面の向こう側には別の世界が有る。

 

 幼少の頃。それこそ5つか6つという頃の私は本気でそれを信じていた。

 

『音響担当マーシャのやらかし(・・・・)に始まり独壇場で先週のセブンは終わりを告げた。佳境を迎える第一作『反逆』の完成を前に制作班のセブン・メンバー達は競争を加熱化させていく。一方遅れている戦闘技法ガン=カタの完成の為、脚本を脱稿したジョーンの元を尋ねたウッチー・春龍コンビは――』

 

 ナレーションを担当する女性コメディアンの声を流し聞きながら、画面を見る。画面の中では幾つかのグループに別れた若者達が、互いに切磋琢磨しながら一つの映像作品を作り上げる姿が映し出されてた。

 

 映像作品を作ろうとする、その一連の流れ自体を一本の映像作品として扱う。初めて見る手法だが、これの仕掛け人があの娘であると聞いた時は「ああ、なるほど」と納得を覚えてしまった。あの娘ならこれくらいはやる。そういう不思議な信頼感が、あの娘の名前には有る。

 

 ――人は自分が知らないことを見るのが好きだ。特に隠されている、普通なら見ることも出来ないような世界の話が。この舞台裏を眺める感覚は、なる程確かに心くすぐられるような、不可思議な高揚感を見るものに覚えさせるのだろう。

 

「面白いわね」

「嬉しいね。お前さんからそう言われると」

 

 ガチャリ、とドアを開けた人物にそう言葉を投げかける。不意をつかれた筈なのに彼女は特に動じる事もなく部屋の中に入ってくると、空いている椅子に腰掛けてテレビ画面を一瞥する。いま映っているのは何かと話題のマーシャ・ムーアだ。

 

 共演者と喧々囂々とやり取りを交わすマーシャの姿にふっと彼女は口元を歪める。

 

「この娘が今のお気に入り? 自分の会社の新人が大きな舞台に立つのに、激励もしなかった社長さん」

「面白い奴だろ?」

「そこは同感」

 

 私の言葉にケラケラと笑顔を浮かべて、彼女は――タクミは私に視線を向ける。

 

「雰囲気変わったね。すごく落ち着いて……見違えたよ。行方不明の間になにかあった? 例えば彼氏が出来た、とか」

「おばさん臭いわね。それアネットにも言われたんだけど分かるもんなの?」

「…………え、嘘マジ?」

 

 きょとん、とした顔を浮かべるタクミについ出てくる笑いを噛み殺し、ふぅ、とため息を吐いて目を閉じる。

 

 初めて会った時。なんて綺麗な眼をしている人なんだと思った。

 

 どこまでも続くような一面の荒野。風を切る感触。香る草と土の香り。彼の背にしがみつき、馬に揺られて走った感触。振り返った彼の、キラキラと光る瞳。私に向ける優しい眼差し。

 

 瞼の裏に鮮明に浮かぶ彼の姿を眺めながら、タクミの言葉に返事を返す。

 

「こいつの子供なら産んでも良いかなって。そういう奴には、会ったわ」

「予想よりも重いんだが」

「誰かを愛するって重たいものでしょ。今は……私にもこんな感情があるんだって、毎日が新鮮よ」

 

 言葉にする。そう、愛、というものなんだろう。この感情はきっと、そういう名前をした、何よりも尊く輝かしいモノのはずだ。

 

 なにせ。

 

「ステージに立つアンタを見た時と、同じかな」

「あん?」

「ふふっ」

 

 何を言ってるんだ、と言わんばかりに眉を顰めるタクミに苦笑を返し、テレビのリモコンを手に取る。面白い番組だが、今は眺める気分になれない。

 

 テレビの向こう側に広がる世界。それを私に認識させた本人は今、テレビの向こう側から目の前にやってきて、目を白黒させながらこちらを見ている。

 

 幼少期の私にとって、テレビの向こう側の、キラキラとした世界には彼女が映っていた。彼女が居たから私はそこに興味を持った。興味を持ち、きっと……憧れを抱いて。

 

 だから私はあの神社で、タクミに声をかけることが出来たのだろう。だから私は今、この国にいるのだ。沢山の嬉しいことも、沢山の悔しいことも。勝利も敗北も、出会いも別れも。情熱や怒り、寂しさ――愛だって。

 

 全部アンタが居たから、知ることが出来た。

 

「日本に帰るのね?」

「ああ。ちょっと、やりたいことがあってね」

「そう」

 

 だから、多少の浮気は許してあげるのが良い女の度量という奴だろう。

 

「でも――」

 

 とはいえ、だ。

 

「アンタが居ない内に、この国の天辺もらっとくわよ?」

「はっ。すげーぞ、あの二人は」

「上等。その次は――」

 

 私の笑顔に嬉しそうに口元を歪めて笑うタクミに、そう言って笑顔を返す。

 

 日高舞(わたし)はただ置いてけぼりにされるような女じゃない。

 

 アンタの不在の間にそれをきっちり、証明してあげる。

 

「――遅くなったけど。優勝おめでとう、舞」

「ありがとう。あっちでも頑張って。タクミ」

 

 

 

 

 

 カリ、カリカリカリ

 

「遠近法……遠近法……」

 

 その部屋は少し異質な作業部屋と呼ぶべき場所だった。一つの壁を埋め尽くすように置かれた画面、画面、画面の山。映っている映像はまちまちだが、全ての画像が誰かしらが歌を歌っている姿を写している。

 

「デッサン……デッサン……」

 

 その中心、少し斜めに作られた天板のテーブルに紙を載せ、カリカリと私はペンを走らせる。ブツブツとうわ言のように言葉を放ちながら白紙に向かう姿は傍から見れば異常者にしか見えんだろうが、やってるこっちは真剣だ。

 

 一枚の紙の上に一つの風景を封じ込める。思い通りに右腕を動かすことが出来るチート臭いボディという、他者に比べれば圧倒的に恵まれている条件で、なお苦戦を強いられる作業。これが単なる一枚絵ならここまで苦戦しなかったのだが、僅かに変わっていく風景の演出となると話が変わってくる。

 

 ただ風景を描写するのではなく、風景の変化を意識し絵の中に風情を加える。

 

「…………だめだ!!!」

 

 これがまた、中々に難しい。本日何度目かのお手上げポーズを浮かべて、背もたれにもたれかかる。

 

「描写は上手い。背景だけなら及第点かな」

「うおっと。手越先生、いつの間に」

「ノックしたけど返事がないからね。根を詰めすぎて倒れてないか心配したよ?」

 

 背後から覗き込むように私の描いた背景画を眺めて、手越さんはそう口にする。彼が入ってきた事にまるで気づかなかった。少し集中しすぎていたか。

 

 手越さんは私の作業内容に満足気に頷くとチラとテレビデオの群れに視線を向け、手に持ったコーヒーマグを私に差し出してくる。

 

「君はどうにも正確に物事を捉えすぎている。漫画家には向いてないが、風景画なんかは一度コツを捉えればすぐに上達するだろうさ。漫画には使えないだろうがアニメなら活躍の場もある」

「漫画の部分が大事なんで二回言ったんですね」

「当然だろう? 僕は漫画家だからね」

「ここはアニメ製作所で貴方は所長の筈なんですが」

 

 ニコリ、と本当にいい笑顔を浮かべる手越先生にそう返すと、彼はピューピュピューと口笛を吹いてそっぽを向いた。それで誤魔化すつもりがあるのだろうか。あるんだろうなこの御大。

 

 受け取ったマグに口をつけてずず、と啜る。カフェオレか。ミルクと砂糖多めが好きだと奥様に伝えていたんだがありがたい。足りなくなった糖分が補給されていくのが分かる。

 

「脚本の方はもう完成したんだって?」

「ええ。元々大まかな話はCD作成の時に書き出してたので、後はアニメの尺に合わせて仕上げました」

「まぁ、ウチもアトムの一期制作が終了したし手は空いてたけどね。まさかあれをアニメ化したい、と君が言い出すとは思わなかったよ。アメリカじゃなくこっちで」

「……ええと」

 

 手越さんの言葉にポリポリと頬を掻いて視線をそらす。現在放映中の鉄腕アトム第一期の制作が終了し、手が空いた手越さんのアニメ製作所昆虫プロダクションにボトムズ制作の依頼をしたのが先月。

 

 それから一月の間にボトムズの一期分の脚本を纏め、キャラクターや機体のデザインをアニメ化に合わせて練り直し。テレビアニメの流行に伴い、という名目でアニメ制作スタッフの募集を大々的に行い、アニメ制作に興味がある人材を集めてその中からこれはと思う人物に声をかけ。

 

「で、依頼人は足りない穴は自分で埋めらぁ、とアニメーターの修行を始めたと。控えめに言っておかしいよね?」

「私の脳内映像をアウトプットできる技術があれば解決するんですがね」

「君、拘るところは本当に意固地になるよね」

 

 手越さんの言葉にぴゅーぴゅぴゅーと口笛を吹いて誤魔化しておく。自分でも理解しているんだ。この世界は前の世界とは違う。どうしたってズレが出てきてしまうし、完全に同じ作品なんてそうそう出てくることはないのだと。

 

 だが、それを理解していても納得できるかは話が別。しかもなまじっか優れた記憶力があるせいでコマ割りまできっちり覚えてるから諦めるに諦めきれない。

 

 かつてと同じ作品を、かつてと同じ姿で。長年押し込めてきた欲求が、タガが外れたように体を突き動かしている。

 

「それが自覚できてるなら、まぁ良い。好きにやりなさい」

「……良いんですか?」

「ただの暴走なら全力で止めるがね。自覚できている暴走はね、暴走とは言わないんだよ」

 

 そう口にしながら手越先生はトレードマークのベレー帽に手をかける。

 

必死(・・)になっている若き創作者の背を押すのも、年長者の努めさ。頑張りたまえ、タクミくん」

「ワプ」

 

 パサっと音を立てて視界を覆うベレー帽に驚きの声を上げると、手越先生は笑い声を上げる。

 

「ああ、そうだ。黒井社長から結婚式について相談が有るから、一段落したら来てほしいと連絡があったよ。おめでとうと言うべきかな」

「ああ、了解しました。ありがとうございます」

「なに。しかし、彼もようやく結婚か。お相手さんは外国のお嬢さんなんだって?」

「オーストリアの名家だとか。そちらの事情はよく知らないんですがね。お相手さんとは今度初めて会うんですよ、私も」

「それで、君とそう年齢も変わらないと」

「大学を卒業したばかりらしいですね。恋愛結婚だそうです」

「凄いね」

「はい」

 

 色々な感情が籠もった称賛とも驚愕とも取れる手越の言葉に、つうっと視線を横に滑らせる。30後半で当時大学生の女の子を口説き落とすメディア王がいるらしい。パッパの人柄を知ってる人間が一斉に「あのヘタレが!?」と声を張り上げた珍事だ。

 

 私の反応に何かを察したらしい手越さんはコホンと咳払いをすると、わざとらしく部屋の中に視線を巡らせ始めた。

 

「しかしすごい部屋だねぇ。私なら気が散ってしょうがない。全部の歌を聞き分けてるのかい?」

「まぁ大体は。意識を薄く伸ばして聞いてると言うかなんというか」

 

 テレビデオで埋め尽くされた壁に視線を向ける手越先生に、手元のリモコン群を手に取る。そういえば帰国してすぐ挨拶に来た幸姫ちゃんが、この画面の群れを見てなんか感動してたっけな。いつか自分も同じことをとかなんとか。

 

 さてさて現状流れてる中では……うん。5番のリモコンに手を伸ばし音量を上げると、見知った声が室内に広がっていく。

 

空になりたい自由な空へ 翼なくて翔べるから、素敵ね

 

「で、特に注目する歌があったらこうやって音量を上げてチェックしてます。ピヨの奴、声量が出るようになったなぁ」

「おお、音無小鳥くんか! うちの孫もファンなんだ。明るくて可愛らしいいい娘だねぇ」

 

 『空』。高木順二朗が親族と共に立ち上げた新設芸能プロダクション、765プロに移籍後初めてリリースした小鳥の、有る種デビューシングルとも呼ぶべき楽曲だ。

 

 961プロ時代のように万全とは言えない環境の中で作成されたこの一曲は、宣伝こそそれほどされなかったが、元から知名度の高い小鳥の歌という事もあり少しずつ人気が出始めている。

 

「日本に居るアイドルじゃピヨか菜々かってくらいですから……え、あの仏頂面がピヨのファン? マジで?」

「うむ。私も漫画の中でアイドルを描く際は彼女を参考にしているんだ。見ていると元気が出てくるというかね」

 

 聞き捨てならない単語が耳に入った気がしたが手越先生は私の質問に気付かずにウンウンと何度も頷いていつの間にか手に持っていたメモ帳になにかしらの羅列を書き出し始める。ネタ帳とかいう奴だろうか。

 

 こんな些細な瞬間にも常にネタを考えてるとは、やはりこのレベルの漫画家は凄いな。色々と。

 

「そういえば彼女は元々961プロダクションに居たんだったか。同時に安部菜々くんも美城プロダクションに移籍してしまったしやはり芸能界という華やかな舞台の裏側には魑魅魍魎が! 強い光の裏側にはまた深い闇も存在する!」

「あの二人は元々移籍を前提に961プロに居ただけなんで。聞いてないな?」

 

 手越さんはブツブツとつぶやきながら狂ったようにネタ帳にペンを走らせ続けている。こちらの声も届いていないし、これは落ち着くまで時間がかかりそうだ。

 

 温くなり始めたカフェオレを啜りながら、小鳥の映るテレビ画面に視線を向ける。画面の中の小鳥は歌い終わった後、司会の芸人に弄られながら自身に用意されたひな壇の席に戻っていく。

 

「一人でも問題なし、か。成長したねぇ」

 

 決して自分から前に行くタイプではない。だが、時折振られる話題にも大過なく応答できているようだ。小鳥はアイドルを始めた状況が特殊だった上に、バラエティ特化とも呼ぶべき相方(菜々)が居たせいで961プロでは歌やパフォーマンスへ特化する形での指導を受けていた。

 

 ソロになった後、その辺が悪影響にならないか少し心配だったんだが……どうやら小鳥なりにソロ活動への適応は出来ているらしい。

 

 画面の中、輝くような笑顔を見せる小鳥の姿を少しだけ眺めた後、ギシッと音を立てて作業机の椅子に座り直す。

 

「――頑張るか」

 

 煮詰まっていた感情が和らいでいくのを感じながら、口元に苦笑を浮かべてペンを手に取る。成長を続ける後輩の姿に触発された、なんてのは柄じゃないが、私にだって意地くらいはある。

 

 取り敢えず一枚書き上げたら、パッパに連絡を取るか。色々複雑な所もあるけど、家族が増えるのは素直に嬉しいしね。

 

 

 

 

 そして迎えた結婚式。

 

 身なりの良い紳士淑女達で埋まった厳かな空気が漂う教会の中、最も近しい親族としてバージンロードを歩き、最も祭壇から近い席で黒井と義母となる女性の誓いの言葉を聞き、二人の口づけに拍手を向けながら、思う。

 

 ゆったりとしたお腹にさわらない作りのドレス。予定より前倒しで執り行われた挙式。何かと気遣うように新婦を支える黒井パッパの姿。

 

 ――大学卒業のお祝いのためってちょっと前に渡欧してたな。そういえば。

 

「弟か妹かなぁ! 家族が増えるよ、やったね崇男ちゃん!」

「バカ、やめろ」

 

 退場する際、すれ違いざまにそう声をかけるとパッパはビクリ、と肩を揺らした後、震える声を残して式場を後にしていった。

 

 家族が増えるのは嬉しい。本当に嬉しいんだ。色々複雑な所はあるけどな。

 

 日本に帰ったらOHANASHIだな。うん。




クソ女神様とタクミっぽいののグダグダ小劇場



タクミっぽいの
「もうちょっとこう、だな。相手の立場にたつというか。手助けしたいとか、そういう気持ちに嘘がないのは分かるんだがね」

クソ女神様
「相手の……たとえば?」

タクミっぽいの
「いちいち手出ししないってのが大前提だけどね。迷った時に誘導するんじゃなくやりたいことを軽く後押ししてやるくらいが良いんじゃないかな。ケースバイケースだが」

クソ女神様
「あの娘の義父みたいにやりたいことをやるのが正しいのね。確かに私の目線から見ても彼は優秀な男だったわ」

タクミっぽいの
「そこ例に出しちゃう?」

クソ女神様
「子孫を残す能力が有るのは貴種として重要な才能よ?」

タクミっぽいの
「重要かもしれないけど言いたいのはそこじゃないんだよなぁ」

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