この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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お久しぶりです遅れて申し訳ありません新しい仕事が忙しすぎて(ry
暇を見ては、暇を見ては!()更新していくので今後ともよろしくお願いします(震え声)

誤字修正、佐藤東沙様ありがとうございます!


この欲深き世界で

「一昨日きやがれバーロー!!」

 

 ガチャンと叩きつけるように受話器を置き、それでも胸の猛りを殺しきれず天を仰ぐ。ああっだの、うぅっだのと意味のない唸り声を上げ続けること数分。

 

 深く息を吸って、体の中に溜まった激情を息とともに吐き出す。

 

「落ち着いたかい」

「落ち着いてない」

 

 ギシリ、と部屋の片隅に備え付けられていたソファがきしむ。そこに座っている銀さんの言葉にそう返事を返して地面を蹴り、自身の座った社長椅子をぐるぐると回す。即席メリーゴーランドだ。回るぜ。

 

「みのりーん」

「石川さんはアメリカだろ。早く帰ってこいって嘆いてるみたいだぞ」

「そういやそうだった……パッパー」

「崇男の奴ぁはいま上海だ。安定期の内に行けってハネムーンに蹴り出したのはお嬢だろうが」

「oh...」

 

 銀さんの言葉に上海でハニーと社交ダンスってか!幸せになれよ! と言って飛行機に放り込んだ事を思い出す。あの男、長年待たせたくせに忙しいからってハネムーンの計画を一切立てていなかったのだ。流石にその体たらくでは新しいマッマにもマッマの実家にも無作法というもの。

 

 という事でエキサイトプロが所有しているボトムズのライブツアーの時に使用するプライベートジェットを貸し切っての世界一周旅行を進呈するぜ! 側面にメンバー4名の写真がプリントされたこの世に一機しかない逸品だ! と気合を入れて関係各所に連絡を取り、パッパの予定を無理くり調整してなんとか1月を確保したのが先月のお話。

 

 もちろん愛娘(笑)からの心づくしの贈り物を断るなんてねぇよな? おぉん? と凄んだりしながらパッパをふん縛り、縛った縄を苦笑するマッマにプレゼントしたのはいい思い出だ。いまの状況で仕事の連絡とか死んでもしたくないしやらない。

 

 みのりんは……結構長いことアメリカにいるからな。こっちの相談なんてされても困るだけだろ。こういう実務で困った時につい甘える癖はなんとかせんとなぁ。

 

「あー。高木さん……はもう新事務所だし。こっちのマネージャーさんは純粋にマネージャーさんだからなぁ。愚痴っても仕方ないか」

「純粋なマネージャーってのもおかしな話だがな」

「そだね。会社の規模が大きくなったんだし、一人に仕事を任せすぎるのも問題だよねぇ」

 

 みのりんなんか私のマネージメントにプラスしてエキサイトプロダクションの実質的な経営も担ってるからブラックなんてレベルじゃないくらい忙しい筈なんだけど、ちゃんとお休みは取れてるんだろうか。名前が黒井だからって会社までブラック経営にするわけにはいかん。

 

「……エキサイトプロから白井プロダクションに社名変更」

「そういう話でもないだろう」

「せ、せやね」

 

 私の呟きに銀さんが冷静な一言を返す。大事なのは中身だよな。うん。

 

「で。聞くだけなら俺に言ってくれても良いんだぜ。力になれるかは分からんが」

「あー、うん……」

 

 メリーゴーランドをしながらガリガリと頭をかいていると、銀さんがそう問いかけてくる。少し明るい声音な辺りかなり気を使われてるんだろう。

 

 馬鹿話で気が紛れたとは言え、実際問題いまも頭がカッカしてるから、愚痴の体で考えを整理はしたかったんだ。ここはお言葉に甘えるべきかと少し悩んでいると、ふとなんで銀さんがこの部屋に居るのかという当たり前の疑問が頭に浮かび上がってくる。

 

「そういえば銀さん、どしてここに居んの?」

「お嬢の部屋から叫び声がするって」

「あ、はいすんませんっした」

 

 ピピッと腕につけたビル管理の腕章を指差した銀さんの言葉に、メリーゴーランドを止めて頭を下げる。マスターキーを持ってる銀さんが呼ばれるような奇声上げてたのか。上げてたんだろうな。迷惑かけた子には後でお詫びしとかんと。

 

「で。結局どうしたんだ。俺も途中から聞いてたが、随分と熱くなってたろ」

「あー……うん。ちょっと、仕事というかなんというか。ね……」

 

 そこで言葉を切り、深く息を吐く。後々法務や営業にも話をしなければいけないだろうし、今のうちに――銀さんという心理的なストッパーが居る今のうちに、考えをまとめておくべきだろう。

 

 そう自分を無理やり納得させて、もう一度深く呼吸を行ったあとに私は口を開いた。

 

「つい先日、うちの訓練所に若宮一沙って子が入って来たんだよね」

「おお。聞いてるな。うららちゃんのグループに入るんだっけか」

「あ、もうそこまで話進んでるんだ。さっすがパッパ……と、話がずれたね。まぁ、その子が入ってきたのは良いんだ。なんなら私がスカウトした相手だし」

 

 そう口にしながら、本社で再び顔を合わせた時の若宮一沙の顔を思い浮かべる。どこまでも真っ直ぐに、お前に追いつくと語ってきたあの視線。ついつい口元がニヤけるのを感じながら、私は言葉を続ける。

 

「で、さっきの電話はその若宮一沙のスカウトの際……あの子と私が演った路上ライブが原因というかなんというか、ね……」

「ああ」

 

 口を濁らせる私に、銀さんはただ一言そう呟いて続きを促すようにこちらを見る。その視線に答えるためにもう一度息を吐き出し。

 

 あ、いやこれ端的に口にしたら目の前に居る人が白鞘抱えて突撃するわ、と口から出そうとした言葉にオブラートをかぶせて口に出す。

 

「さっきの電話はその時の演奏を。楽曲使用料を払えって電話だったんだよ」

「ほぉ、なる……ん?」

 

 私の言葉に頷こうとして、銀さんが途中でなにかに気づいたようにふと動きと言葉を止める。

 

 そうして少し考え込むような仕草をしたあと、銀さんは眉を寄せて私に視線を向けた。

 

「すまん、お嬢。俺ぁ法律の事はちんぷんかんぷんなんだがよ。路上で演るのには一々使用料ってぇのを払わねぇといけないのか?」

「場合によるかな。料金を取っているか、報酬を受け取っているか、営利企業が行っているか。大雑把な括りだけど、このどれかに該当してるなら楽曲使用料は発生するよ」

「なるほど……んん?」

 

 首を傾げる銀さんの様子に10分前の自分もああいう表情をしていたんだろうなぁ、と他人事のように感じながら言葉を続ける。

 

「今回の件に関しては三番目の営利企業の所だね。営利企業というかプロのアーティストである私が人前で演奏していたからって理論で料金が発生してる、らしいよ?」

「その言い分は大分苦しいように感じるんだが」

「苦しいねぇ」

 

 率直な銀さんの物言いに苦笑を浮かべて同意を返しておく。実際こんな理由で一々使用料取られてたら人のいる所で演奏する事自体が難しくなるしな。これ続いたらそのうち音楽教室辺りから使用料取るんじゃないだろうか。

 

「一曲一曲の使用料自体は大した金額じゃないから払っても痛くも痒くもないんだけどね。流石にこの理論をそのまま通しちゃうと後々困るから、法務部と相談して対処する予定」

「あぁ……そう、だな。前例ってなぁ厄介だからな」

 

 歯切れの悪い口調でそう返して、銀さんは考え込むように口を閉ざした。前例ってのはたしかに厄介なんだよね。たとえそれが間違っていると分かっても、過去はそれで解決したから、と押し通されちゃう事もある。逆に過去の件まで洗い出して清算する場合もあるけど、その時対処するよりは手間も時間もかかってしまう。こういう時、放置するってのは一番やってはいけないことだ。

 

 とはいえ、実を言うとここまでは正直まだ理解できる理論だ。若干……いや、大分苦しい無理筋な気はするが、まだ理解できる範疇の理論なんだよな。

 

 そもそも私の意識としては、私が歌っている曲の本来の持ち主は別にいるものばかりだ。だから、もし先程の連絡が私宛のものであったならば、特に考えもせずに支払っていた可能性が高い。一回の楽曲使用料なんて、最近都内にも増えてきたカラオケボックスで一曲歌うのとそれほど値段も変わらないしね。

 

 とはいえ、今回は話が別だ。大人しく払うなんて選択肢は、もうなくなっている。

 

 なんせ、今回の請求は私にではなく……私と一緒に演奏をしていた一沙あてに行われたものなのだから。

 

「……あ~。法務部に連絡しないと。これなんて言えば良いんだ」

「社長ってのも大変だなぁ」

「私ここの社長じゃないんだけどね?」

 

 私の愚痴めいた言葉に苦笑を浮かべる銀さんに軽口を返す。少なくとも銀さんにだけは細かい事情を伝えてはいけないだろう。あっちの事務所に突撃しかねん。

 

 とはいえ、腹の中で押さえられているとはいえ、私もまだ内心腹は立っている。私が居るから料金が発生する、は分かる。じゃあ私が人前で歌う時には毎回使用料が出てるのかとか色々言いたいことはあるがまだ分かる。納得は難しいが理解は出来る。著作権ってなんなんだろうな、とか頭に浮かぶけど理解は、出来る。

 

 だが、それで一沙に対して請求を、となるのは理解できるできないとかいうレベルじゃない。私に請求できないのは私が著作者になってるからしょうがないのだろうが、だからといって、ただ私の伴奏に付き合っただけの一沙に請求をかけるのは流石に駄目だろ。

 

 この判断を下して電話をかけてきた奴には著作権を守ろうとか、そういった意思はない。ただただ流れ作業のように集金できそうな所から金銭を回収する、それだけだ。それだけしか考えていないのが、透けて見えた。

 

 私も、たいがい俗な人間だ。欲に駆られるなんて日常茶飯事だし、それで手痛い目にもあったしいい思いをしたこともある。だから、こういった事が世の中には往々にしてあるというのも知っているし、人の欲求を否定するなんて事も出来やしない。

 

 出来やしないが――許せない事や、認められない事はある。彼らの存在が悪だなんて微塵も思っていないし、アーティストにとって彼らの存在は必要不可欠だとも思うがね。それでも、限度というものはどこにでも存在するもんだ。

 

 パッパが戻るまでの間は一沙についての連絡は私にくれ、と受付に頼んでおいて正解だったな。ボトムズの制作にも目処がたち、黒井ビルに詰めることが多くなったから目ぼしい奴に目をかける位の気持ちだったんだが。

 

 これ素通しだったらまかり間違って本人にまで連絡いくとか無いよな? 流石にマネージャーあたりがとめるよね? 

 

 ……不安すぎるから後で確認しよ。

 

 

 

『という事があったんだよ』

『どこの国も権利関係は大変ね。私も英欧の音楽関係者と話す機会が増えたからよくそういった話は聞くわ。お金が絡むから仕方ないのだろうけど。あ、そういえば英国のシドが連絡欲しいって言ってたわ。それで、確認した所はどうだったの?』

『流石に各自のマネージャーさんで止まるみたい。まぁ、担当にいちいちストレス与える理由もないしね……ってシドからの伝言をついでにするなよ』

 

 国際電話の雑音まじりの音声。ピーギャーという雑音が紛れるそれも一つのアクセントとして、私は彼女との会話を楽しむ。

 

 エイダ・デジェネ。人の意表を突くことが大好きだと公言する、米国有数のコメディアンにして世界屈指の名司会者。彼女とは時折時間の合う時にこうやって電話で会話をしている。これが結構良いストレス解消と情報収集になるのだ。

 

 なにせふと気づけば10数分エイダの話を聞き続けるなんて事もあるくらいに彼女の話はユーモアが溢れており、またこと欧米の芸能事情に関して、彼女以上に手広いアンテナを持つ人物は数少ないだろう。

 

 私が米国を離れている間の流行り廃りに関して、彼女の口から出てきた情報で間違っていたことは一度もなかったからな。

 

『米国だとどうなのかしら。今度エイダの部屋で話題にしてみるのも面白そうね。ねぇタクミ、事の次第が分かったら情報をくれないかしら。できればその電話を受けたシーンも再現したいんだけど。ああ、そうねこれは面白いわ。役者を使ってタクミが受けた電話のやり取りを再現するの。それをショートフィルムのように番組放送中に流して。そう、再現番組ってのはどうかしらこれならエイダの部屋だけじゃなくああ! そうだわ米国の著作権管理団体にも話を伺ってみましょう日本と米国の立ち位置の違いが』

『長い長い長い』

 

 エンジン全開とばかりに話し始めたエイダを苦笑いとともに押し留め、苦笑とともにそろそろ時間だと口にする。どっかでせき止めないと本当に一日中話続けるからなこの人。

 

 今日もなんだかんだ国際電話で1時間は話してるんだが、一向に疲れた様子が見えない。全米英欧のオーディションにも噛んでてしかも毎週放送の冠番組まで持ってるから相当忙しいはずなんだが。

 

『寝てるわよ? 移動中に』

『か、体に気をつけてね?』

『私よりタクミの方が酷いでしょ。いつ連絡しても貴女起きてるじゃない』

 

 その件に関しては最近怒られたんで今は横になるようにしてるんだけどね。眠ったら面倒だから眠らないけど。

 

 お互い体には気をつけましょうね、などという半分冗談みたいな言葉を交わしあい、そして話題は最後の。そして本題へと切り替える。

 

『で、エイダから見てどうだった?』

『そうね。端的に言うと』

『端的に言うと?』

 

 心底楽しそうなエイダの声に耳を傾けながら、米国から空輸されてきた新聞に目を通す。普段はお上品な論調のニューヨークのある新聞社のそれが、普段の姿をかなぐり捨てて購買欲を煽るような文句とともに体裁された一枚の写真。あるステージの上で、二人のアーティストが並ぶその写真に目を引きつけられながら、私はエイダの言葉を待つ。

 

『大金星』

『……ハッ』

 

 その言葉に。込められた意味に思わず笑い声をもらし、バサリと手に持った新聞紙を執務机の上に広げる。【クイーンVSマイ・ヒダカ】と銘打たれたそのライブバトル。決着がつかず引き分け(イーブン)であると下された審査に異議を物申すそれを眺めながら、私は一言、エイダに礼を言った。

 

 そうか。舞のやつは、そこまで行っちまったか。

 

 届いちまったか。世界の頂に。

 

『良いものを見たわ。“I will always love you”(私はあなたのことをいつまでも愛します)。あれ15の小娘が歌える歌じゃないわよ』

『なんか1月くらいアメリカ放浪してた時に惚れた男の事歌ったんだと』

『貴女の所のアーティストは生き方までロックなのね』

『あいつは割と特殊な部類だよ?』

『……アーハン?』

 

 電話越しになにいってだこいつ、と言いたげなエイダの言葉に視線を泳がせながら、あーだのうーだのと二の句が告げずにいると、電話先から苦笑が漏れ聞こえてくる。笑わないでくれ、反論が思いつかないだけなんだ。

 

 その言葉を口の中で押し留め、互いに体に気をつけるよう言葉にしてから電話を切る。少し心配そうな声音の「おやすみなさい」に少し口元が緩むのを感じながら、ギシリと椅子に体重を預ける。

 

 体重を預けて、ぼんやりとした視界の中。

 

「……そうか。届いたか」

 

 ふつふつと、体の奥の奥。おそらくは心という所から湧き上がってくる感情に揺られながら、私は独りごちるようにつぶやいた。

 

 日高舞は、届いたのだ。

 

 クイーンに。あのマドゥンナ・ルイに。

 

 口元が――口角が自然とつり上がっていくのを感じながら、そしてその心地よさを感じながら私は天井を仰ぐ。

 

 この胸を満たす感覚はなんだろうか。いつか来ると思っていた日が来た、それだけのことなのに。

 

 この胸を焦がす感覚はなんだろうか。いつか見たあの日。小さな縁日のステージで交わした会話が果たされる日が来た。それだけのことなのに。

 

 あいつの性格であるならば、次は決まっている。そう遠くない内に“マイケル”と舞のステージが決まるだろう。彼女は断らないだろうし、私も許可をする。

 

 そして、その結果がどうであれ。 

 

 今度こそ。日高舞(あいつ)と私は、同じステージに立つことになる。

 

「そうか……」

 

 ただ一言。胸の中の感情を、一言に込めて吐き出し。私は小さく右手を握りしめ。

 

「燃えるぜ」

 

 万感の思いを込めて、そう小さく呟いた。

 




クソ女神様とタクミっぽ(ry

クソ女神様
「欲は決して悪いばかりじゃないわ。生きようとする意思は欲から生まれるもの。それは、人間の最も強い感情よ」

タクミっぽいの
「どうした、急に」

クソ女神様
「まぁ、強い感情だからこそそれを制御できないといけないんだけどね。あの娘も人にしては上手く付き合えてたようだけどまだまだね」

タクミっぽいの
「きみ制御失敗してるの自覚してる?」

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