この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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また番外編で申し訳ありません(白目)
ちょっと駆け足気味に書いたので後ほど修正するかも

特に本編とは関係ないので飛ばしても大丈夫です

誤字修正、佐藤東沙様、竜人機様、雷小龍様ありがとうございます!


番外編  20 years later 2

 346プロダクションは古くは戦前から活動し、俳優や歌手、モデル。そしてアイドルといったタレントが多数所属している老舗の芸能プロダクションだ。

 

 TVや映画などの映像コンテンツ制作企画も自前で行うことの出来るその規模は業界内でも最大手であり、特にアイドル黎明期に設立されたアイドル部門は961プロ、765プロに匹敵する3強の一角と称されている。

 

 そんな346プロダクションアイドル部門の会議室では、アイドル部門の現状報告と今後の展望について会議が行われていた。

 

「つまり我が1課としましては、346プロの特色である多様な個性を生かして業界内部でのシェアを確保。第2,第3の安部菜々を生み出す事を目標としております」

「ふむ」

 

 大きなプロジェクターを背景に1課の課長はそう発言し、その言葉に手元にある資料を眺めながら美城常務が小さく頷きを返した。

 

 その反応を肯定と見たのか。1課の課長はここぞとばかりに現在企画されている計画を並び立てていく。

 

 放課後ティータイム、SOS団など勢いのあるガールズバンドの台頭によって到来した第三次ガールズバンドブーム。そんな時代の流れに乗る形で、楽器を使える、もしくは素養のある所属アイドルで構成されたアイドルバンド計画。ひな壇バラエティの増加に伴うバラドル需要への対応。動画サイトの発展に着目し、イマイチ地上波での波に乗り切れないアイドルたちの新規分野への挑戦、ネット需要の開拓。

 

 手堅さの中に新規分野開拓を混ぜ込んだバランス。最も人材を抱えている1課だからこそ出来る芸当だ。

 

 その企画の数々に他の課からの驚きの声が上がる中。

 

 プレゼンを受けている美城常務はうん、うんと頷きながら手元にある資料を眺め、やがて全てを見終わったのかトン、トンとその紙を整えた。1課の課長はその姿に手応えを感じたのか。口元を歪めて、小さく拳を握る。

 

 ――辣腕で知られるニューヨークの女傑。そう噂で聞いていたが、蓋を開けてみればなんてことのない物分りの良い女ではないか。この調子であれば今後も1課がアイドル部門の主導権を握ることはそう難しくは無さそうだ。いや、主導権だけではない。ゆくゆくは部門長の地位を、いいや。更に、その上を――

 

 若さと野心、そしてそれを支える才覚に恵まれた彼が輝かしい未来予想図を思い浮かべていると、資料をまとめ終えたのか美城常務がそれを机の上に置く。

 

 その姿に1課の課長は雑念を振り払うように頭を軽く振り、着席――

 

「それで」

 

 しようとした所で、怪訝そうな声に動きを押し留められる。

 

「肝心の柱となるプロジェクトが見当たらないのだが、1課としてのプレゼンはこれで終わりなのか?」

 

 動きを止めた1課長を不思議そうなに眺めながら、声の主――美城常務は、そう1課の長に尋ねた。

 

「……は?」

「うん? すまない、聞こえなかっただろうか。ここまでのプレゼンは理解したが、本命。柱となるプロジェクトが見当たらなかったのでな。判断を下すためにも、それを見せて欲しい」

「あ、いえ。ですから、1課のメインプロジェクトとしては」

「まさか」

 

 予想外の一撃を脳天に打ち付けられたかのような表情となり、慌てたように言葉を重ねる1課の長を。

 

「346プロアイドル部門の。最大の規模を誇る1課のメインプロジェクトが、2番煎じ狙いとは言わんだろうな?」

 

 一対の鋭い眼差しが、捉える。

 

「…………に」

「2番煎じが悪いとは言わん。ムーヴメントを起こした誰かの後を行くのは目ざといものであれば当然のことだ。私もこのプロジェクト自体を否定するつもりはないし良く練られたものであるとは感じている」

 

 視線を捉えたまま。引きつったような表情を浮かべる1課の長にそう告げて。

 

「だが、どこまで行っても2番煎じは2番煎じ」

 

 トン、と用意された資料を、指で弾く。

 

「後追いで漁夫の利を狙う。そんな心積もりで、1番(頂点)を担う誰かが現れるとは思えない。少なくとも……」

 

 そこで一度言葉を切り。何かを懐かしむように宙を眺めて。

 

「少なくとも、私が知る彼女達(頂点)は、舗装された道(後追い)しか走れない、なんて温さは持っていなかったがね」

 

 美城幸姫は固まったままの1課の長を見据えて、そう嗤った。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ガシャン、と音を立てて落ちた缶コーヒーを取り出す。冷たい肌触りが、少し心地良い。

 

「どうぞ、常務」

「ああ、ありがとう」

 

 購入したばかりのコーヒーを上司に手渡すと、彼女はそう礼を言ってコーヒー缶のプルタブを開き、口をつける。

 

 少しの沈黙。タバコの匂いが染み付いた休憩室にゴクゴクと一定のリズムで嚥下音が響き、やがてそれも消え。

 

「――武内くん」

「はい」

「いつから346は、ああいうお行儀の良い人材ばかりになったんだろうね」

「……ははっ」

 

 コーヒーを飲み終えた美城常務からの皮肉交じりの一言に、苦笑を浮かべて言葉を濁す。彼女が言いたいこと、皮肉の裏に混じった本音も察することは出来るが、一介のプロデューサーである自分にはこれが精一杯の相槌である。

 

 そんな自分の心中を察してくれたのか。美城常務は「……いや、すまないな。歳を取るとつい愚痴くさくなる」と苦笑いを返し、空き缶をゴミ箱へ捨てるために席を立つ。

 

 その後ろ姿に。往年のそれと一切変わらぬ立ち姿のこの人に歳を語られてもなぁ、と感想を懐きながら手に持ったコーヒーに口をつける。ほろ苦い冷たさが、今は心地よい。

 

「実際の所」

 

 そんな益体もない事を考えていると、ポスリ、と音を立てて美城常務が休憩室の椅子に腰を下ろす。ここからが、彼女にとっては本題なのだろう。

 

「上がってきた意見。各課のプロジェクトについては決して悪くはなかった」

「ええ。私も拝見させていただきましたが、どれも良く出来たプロジェクトだと想います。1課は豊富な人材をベースに、2課は尖った個性を武器に。それぞれがそれぞれの強みを生かしている」

「うん」

 

 彼女の言葉に自身の考えを織り交ぜてそう答えると、美城常務は満足そうな表情で頷いた。どうやら彼女にとって満足のいく回答が出来たらしい。

 

 そして、自身の答えが彼女にとって満足のいく答えだったというなら。ここから先、彼女が求めているだろう言葉もまぁ、予想が出来る。出来てしまう。

 

「そして、つまりは」

 

 深い溜め息を吐きそうになる気持ちを堪えて、美城常務に視線を向ける。

 

「どう努力しても、どう足掻いてもあのプロジェクトでは961プロの牙城を崩すことは出来ない」

「――うん。その通りだ。その通りに、なるだろうな」

 

 その言葉に満足したのか。美城常務は一度、二度と頷いて小さなため息を吐いた。

 

「目の付け所は悪くない。特にガールズバンドブームに対するアプローチは、積極的に行ったほうが良いものだろう。あの流れは十数年前のアイドル勃興に匹敵するメインストリームとなりえる。直感だが、少なくとも私はそう感じているよ。十数年前の流れの、ほぼ真ん中に居た人間としてね」

「そうでしょうね」

 

 美城常務の言葉に相槌を返す。黒井タクミと日高舞。未だに語り継がれる2つの伝説を、当事者以外で最も間近で見ていた彼女の、経験則に導かれた直感だ。これほど信用できるものは他にないだろう。私の相槌に、美城常務の視線がこちらを向く。

 

「もっとも……それが通用するかは――また別の問題だがね」

 

 自嘲気味にそう口にして、美城常務は口元を歪め。

 

「時代を彩る才能は、必ず居る。タクミさんが、日高さんがそうだったように。小鳥が、菜々が、若宮一沙がそうだったように。恐らくガールズバンドブームの火付け役となった二組が、そうであるように」

「……」

「そんな才能を。金メダリスト(・・・・・・)になるべくして生まれてきた才能を相手に、銀メダリスト狙いで太刀打ちできるわけがない」

 

 吐き捨てるようにそう口にして。自嘲するように苦笑いを浮かべると、美城常務は深く息を吐いた。

 

「346は一度だって王者だった事はないんだ。菜々という唯一無二の才能を偶々獲得できて、それに甘えて十数年。十数年の間、未だに菜々が346の代表をしている。961も765も世代交代が進んでいるというのに、だ」

 

 玲音(レオン)、日高愛、星井美希。美城常務の言葉に、つらつらと頭に並んでいく名前を思い浮かべる。超級の才能を腐らせることなく磨き上げた、新しい時代のアイドルを担う――金メダリスト(頂点)となるべく世に出た少女たち。

 

 ガールズバンドブーム、だけの話ではない。音無小鳥に続く形で世に出た竜宮小町、彼女らから始まった765プロ新世代の躍進。伝説の(日高舞)復帰とその伝説の後継者(日高愛)の誕生。日高舞を超えたとも言われるオーバーランク(玲音)アイドルの登場。

 

 そこまで考えを巡らせて、視線を美城常務に向ける。

 

「誰を考えたか当ててみようか。961なら玲音、は確実だろうな。それに舞さん……いや。この場合は愛ちゃん、かな」

「正解です。舞さんも含めて」

 

 顎に手を当てて自身の考えを述べた彼女に小さく拍手を送る。5年も日本を離れていたとは思えない。

 

 私の拍手に少し気が楽になったのか。先程までの渋面を和らげた美城常務は、「となると次は」と呟いて考え込むように口を閉ざした。

 

「765は竜宮小町、と言いたいが星井美希かな」

「竜宮小町もトップアイドルではありますが――ああ、確か三浦あずささんは」

「ああ。彼女のお母さんは私のマネージャーだったんだ。子供だった彼女をおぶった事もある」

 

 懐かしそうに目を細める美城常務に「なるほど」と相づちを返す。

 

「星井美希は、まぁ間違いないとは思っていたが。その様子を見るに正解、かな」

「はい。765プロは粒ぞろいですが、その中でも。彼女は紛れもない天才でしょう」

 

 それこそ、時代を動かすほどの。そう続けようとして口を閉ざす。

 

 視界の先にいる女傑が私の言葉にうなずきを返し。そして、小さく首を横に振ったからだ。

 

「『彼女はアイドルだ。そうとしか評せない』」

「――有名な言葉ですね」

「ああ。タクミさんが“マイケル”先生について尋ねられた時、とっさに出た言葉だ」

 

 そう口にして目を閉じ、少しの間をおいて美城常務は言葉を続けた。

 

「これと同じ言葉を、つい先日私は本人の口から聞かされたよ。765プロのあるアイドルについて、楽しそうにね」

 

 961やエキサイトプロダクション(自身の会社)ではなく他社のアイドルについて楽しげに語る。その場面が容易に想像でき、つい自身の口元が緩むのを感じながら、私は美城常務の言葉を待つ。

 

「日本ミカン社での仕事で日本に戻った時、だったかな。近隣を散策していたときに出会ったらしい。車いすで動いていたタクミさんを見かねて声をかけてきたそうだ。そのまま車いすを押してもらって、数時間ほど散策がてら話をしたそうだ」

「それは」

「その後の予定も大狂いだ。タクミさんも、相手の方もね。ついつい時間を忘れて楽しんだ、と悪びれもなく言っていたよ。もちろんその後、石川さんにこってりと絞られた、と愚痴ってもいたがね」

 

 言葉にしながらその情景を思い出したのだろう。美城常務は、くつくつと小さく笑い声をあげながらその場面を語る。

 

「『すっごい一生懸命な娘だった。歌うことが好きで、そして人に聞いてもらうことも大好きで。でも、好きなだけじゃ出来ないことも知ってて。だから、ずっと走り続けてる。走り続けないと願いは叶わないって、それだけで走り続けちゃう娘』」

「……」

 

 美城常務の口から“黒井タクミ”の言葉が紡がれる。まるで目の前にあの笑顔があるかのような錯覚に息を呑む私に、美城常務は苦笑を浮かべながら言葉を続けた。

 

「彼女について私も調べてみた。ライブや音源も聞いた。彼女が出演しているドラマやラジオも視聴できるものは確認したよ。彼女は“マイケル”先生とはタイプも違う、お世辞にも才覚に恵まれたという娘ではない。何でも出来た“マイケル”先生と違って彼女以上の歌を歌える人間も、ダンスを踊れる人間も、演技が出来る人間だっていくらでもいる」

「……」

「だけど…だけどだよ、武内くん。私は――私も思ってしまったんだ」

 

 そして、一つ呼吸を挟んだ後。

 

「彼女は。天海春香は、アイドルだ。それ以外の言葉が思い浮かばないほどに等身大の女の子の姿をした、アイドルだ。理想のアイドルだった」

 

 感嘆とも、悲嘆ともつかない息を吐いて。

 

時代を作る天才(黒井タクミ)にも時代を変えた天才(日高舞)にもなれなかった私は……私がなりたかったのは、あんなアイドル(偶像)だったんだって、ね」

 

 噛みしめるようにその言葉を口にして、美城常務は天を仰いだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「少し、脱線が過ぎたな」

 

 感情的な部分を見せてしまったのが恥ずかしいのだろう、照れくさそうに笑って、美城常務は自身の頬を伝う雫を指で払い席を立つ。時計を見ればすでに休憩時間も終わりに近づいている。

 

「ああ、そうだ」

 

 またあの会議室に戻るのか、と声には出さず憂鬱な気持ちでいると、休憩室のドアに手をかけた美城常務がふと気づいたかのように振り返り、こちらに声をかけてくる。

 

 はい、と一言返答を返す私に常務は少し考えるような素振りを見せると、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 

「私がニューヨークへ赴任する前。まだプロデューサーとして君がアイドル部門に来てすぐの会話を覚えているかな」

「……ええ。もちろん」

 

 忘れるわけがない、あの会話。中高とやんちゃ(・・・・)していた自分が己の夢のために道を変えた時、それを笑わずに、愚かと嘆くこともなく話を聞いてくれた。

 

 あの時の会話が。あの時、私の心を叩いてくれたあの一言がなければ、私はどこかで道を踏み外していたかもしれない。どこかで、大事なものを忘れてしまっていたかもしれない。

 

「3課が計画している“シンデレラ・プロジェクト”、だったか。まだまだ粗はあるが悪くないと私は思っている。あの時、君が心の中に浮かべていた答え――楽しみにしてるよ、『武丸くん』」

 

 私の肯定に美城常務は口元を緩め、そう口にしてドアを開ける。バタン、と扉が閉まる音。コツコツと彼女が歩き去る音を耳で聞きながら、すっかり温くなってしまったコーヒー缶を口元にもっていく。

 

 やんちゃ(役者)時代の芸名にはいい思い出がない。タクミさんのようになりたくて芸の道を選び、自分の演技ではそれが掴めない事を悟った5年余りの時間。それが無駄だったとは思わないが、苦い思いがあるのも事実だ。

 

 なにせ、私の演技では誰かを笑顔にすることは出来なかった。誰かを笑顔に出来るような演技が出来なかった。暴力的で、破滅的な演技しか自分には出来なかったのだ。

 

 それが良い、と未だに評価され、古巣である役者部門に今も帰ってこいと言われているのはありがたい。ありがたいが――

 

 くいっと両の頬を人差し指で押し上げる。

 

 初対面の折。厳つい顔立ちのせいで上手く笑えないと語った自分に、黒井タクミが施したおまじない。「なんだ、笑えてんじゃん」とけらけらと笑う彼女の姿を思い浮かべてくくっと息を漏らす。

 

 笑顔の力。見るもの全てに笑顔を浮かべさせる、幸せを生み出す奇跡のような力。確かにあると、幼い日。タクミのライブを見て、美城幸姫と日高舞のステージを見て確信した私の理想(アイドル)の姿。

 

 立ち上がり、飲み干したコーヒー缶をゴミ箱に捨てる。実りの少ない憂鬱な会議だが、得るものはある。実現するべき目標を思い返し、気合を入れ直しながら私は休憩室のドアに手をかけた。

 

 

 





――――――――――――――――――――――――――



「あのっ! 美城、幸姫さんですよ……ね?」
「……うん?」

 休憩室から会議室へと抜ける廊下の途中。気分と表情を切り替えた美城幸姫に、一人の少女が声をかける。

 振り返った美城幸姫の視線に、茶色いブレザー姿の少女は一瞬だけ身をすくませて視線を伏せた後。

「私、わたし……美城さんのステージに! “な音”を見て、わたし!」

 意を決したように顔をあげ。辿々しく勢いのままに。

「アイドルに! 貴女のような――誰かを笑顔にできるようなアイドルになりたくて、ずっと……!」

 島村卯月は、その思いの丈の全てをぶつけるように言葉を紡ぎ続けた。

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