この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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遅れて申し訳ありませんでした!
そして今回あんまり進んでない!次の話は早めに上げます(白目)

誤字修正、佐藤東沙様、かがむあおい様ありがとうございます!


この足りないものばかりだった世界で

「今までに何回も聞かれた質問だよ」

「彼女について僕が知ってることは、このカメラの向こうの皆とそう大した違いはないさ」

「あれ以降彼女は僕を訪ねてこなかったし、僕も彼女に会おうとは思わなかった」

「けれど、そうだね。ただ一つあるとしたら」

「確かにあの時。あの場所で、僕とタクミは語り合った。多くのことは話さなかった。たった数時間の会話だけれど」

「不思議な感覚だった。彼女は僕が語らなかったことも理解してくれたし、僕も彼女が語らなかったことを理解できた」

「心でつながるというのかな。あの感覚だけは、何度聞かれても言葉にして伝えられないんだ」

 

ジョン・ウィリアム・レノ ~英国チャリティーコンサート会場でのインタビューにて~

 

 

 

 

 壁に並べられた写真に手を触れる。

 

「その写真は、僕がグラマー・スクールに入るときのものだよ」

 

 若かりし彼の姿を眺めていると、少しだけ恥ずかしそうな声でジョンさんはそう説明してくれた。微笑で礼を返し、その次の写真に視線を向ける。

 

 先ほどの写真より少しだけ成長したジョンさんの姿。手にはギターを持ち、数名の仲間と気恥ずかしそうに笑顔を浮かべていた。その次の写真では、一転して暗い表情を浮かべた彼の姿。その次の写真では神学校を卒業したのか、少しだけ明るい表情で学友らしき人たちと写真に写っていた。

 

「グラマー・スクールに居たとき、育ての母が亡くなって。いろいろ考えた時、神学校に入ろうと思ったんだ……決して君のせいではないさ」

 

 それほど信心深いほうではなかったけれど、とはにかみながら言って、ジョンは私の頭に手を添えた。私の表情に思うところがあったのだろう。

 

 私は彼の言葉に答えず、次の写真に視線を向ける。

 

 大きな教会で経験を積んでいるのか、今よりもびしっとしたスーツ姿で写真に写る彼。結婚したのだろう、女性と二人で写真に写る彼。建てられたばかりなのか、真新しいこの教会の前で奥さんと二人写真に写る彼。赤ん坊を抱きあげた奥さんを、幸せそうに抱きしめる彼。

 

 孤児院を開いたのか、子供たちに囲まれる彼と奥さん。余所行きの服を着た少年と礼服を身にまとった奥さんと写真に写る彼。どこかの学校の制服を身にまとう子供と写真に写る、少し年を取った彼と奥さん。学士帽をかぶった息子さんの肩を抱く彼。

 

 指でなぞる様に写真を触っていく。写真に写されたジョン・レノという人物の半生に触れていく。

 

 私の知らない彼の人生を、私はいま、みている。

 

 私が触れた写真について彼なりの言葉で説明してくれるジョンさんに相槌をうちながら私たちは歩みを進め。

 

「……これ」

 

 最後の写真の前で足を止める。

 

 ごく最近撮られたのだろう。ジョンさんは古びたギターを手にもって、どこかのパブのカウンターに座って笑顔を浮かべていた。彼の隣には少し童顔気味なベースを担いだ紳士が彼に何かを語りかけていて、その様子を大きな鼻をした紳士と細長い顔の紳士が楽しそうに眺めている写真だった。

 

 写真に触れる手が震える。

 

「ああ。それか」

 

 気恥ずかしさを言葉ににじませながら、けれど同じくらいに嬉しそうな感情を滲ませて、彼は口を開いた。

 

「君の演奏に影響を受けてね。昔、グラマー・スクール時代の友人に連絡を取って、バンドを組んだんだ。みんな僕と同じように君の楽曲のファンで……この時はポールが『イエスタディ』は最高の楽曲だと主張してたのを僕がやんわりと宥めたんだ。『抱きしめたい』は最高だろってね」

「あは……どっちも良い曲じゃん」

「そうかもしれないけど、譲れないものがあるんだ。年寄りには」

「全然若いよ。みんな」

「よく言われるよ。君に言われたなら、少し自信につながるかも……年寄りの冷や水だと笑うかい?」

 

 尋ねるような彼の言葉に、ぶんぶんと首を横に振って応える。

 

 言いたいことが。伝えたいことが沢山あるのに、言葉にできない。この光景を、年老いた彼らが一つの写真に写る光景を見ることが出来たというのに、私の役立たずな口は動きを止めて、零れそうな涙を堪えるために歯を食いしばることしか出来なくなっている。

 

 こんなにも伝えたい言葉があるのに。思いを言葉にすることが、これほど難しいことなんて思ったこともなかった。

 

「そんなこと、ない」

 

 絞りだした声。我慢しきれなくて零れ落ちた涙を拭って、私は言葉を続ける。

 

「とても……とてもすてきだとおもうよ」

 

 言葉を飾ることもできず、ただ浮かんだ言葉を口にする。誰にでもできるような事を言葉をつっかえさせながらようやっと、私の口はその一言を告げた。

 

 言葉に返答はなかった。ただ、頭の上に乗せられた彼の掌の熱は。

 

 生涯、忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 義父の執務室のソファに寝ころんでテレビをつける。流れていく番組を眺めながら、頭の中ではぐるぐると思考を回しながら、時間だけが過ぎていく。

 

 カタカタと発売されたばかりのミカン3のキーボードを叩く音がする。義父である黒井には長年啓もう活動をしていたため、彼は日本でも有数のPC通な経営者だ。当然彼の影響下にある961プロ系列の企業は全社で業務用のミカンシリーズを使用しており、米国と共同で行っているネットワーク化の波にも乗って業務効率化を推し進めている。

 

 ちらりと彼の執務机に視線を向けると、画面に向かって真剣な表情を向ける義父の姿が目に映る。少し老けたか。出会ってからそろそろ10年。互いに年を取ったもんだ。

 

「…………」

 

 こみ上げてきた感情が口から漏れ出そうになる。一つ息を吐き、それを口の中で噛み殺す。衝動のままに喋ってしまえば後悔する。それだけは分かっている。

 

 もう一度息を吐いて視線をテレビに向ける。自分の中での決着はついている。後は、言葉で伝えるだけ。それだけが、それだけの事が今の私には難しい。

 

 歩んできた10年の思い。それが今は、とても重い。

 

「タクミ」

 

 テレビとキーボードを叩く音だけが流れる部屋の中で、だからその言葉は強く響いた。言葉に促されるように視線を黒井に向けると、彼はミカン3のディスプレイに視線を向けたままの姿勢だった。

 

 ちらりとも私を見ずに、彼はそのまま言葉を続ける。

 

「引退するのか?」

 

 私の想いを代弁するように。

 

 その言葉とともに、キーボードを叩く音が止まる。視線はディスプレイに向けたまま、黒井は手を止めて、そして私の言葉を待っている。

 

「引退は……」

 

 引き出されるように言葉を口にし、一緒くたに胸の内から突き上げてくるような感情に翻弄される。唾をのみ、息を吸って、吐き出す。たった一言を言うべきなのに、言葉にすることが出来ない。

 

 自分の口が自分の思うとおりに動かないなんて初めての経験だった。

 

「引退、する」

「……そうか」

 

 絞りだすように答えた私の言葉に、黒井は今日初めてこちらに視線を向けた。テレビの音をBGMに私と黒井の視線が混ざり合う。

 

「…………そうか」

 

 少し困ったような顔をして、くしゃりと顔をゆがめて、黒井は再度そう口にした。悲しいけれど、仕方がない。そんな感情を自分に無理やり納得させようとしている、そんな顔だ。

 

 10年の付き合い。生父母よりも長い付き合いだからこそわかる彼の表情の機微に、私の口は再び動き始めた。

 

「黒井タクミがやるべき事はこの10年で終わったと私は思ってるんだ。停滞した流れをぶち壊す起爆剤になったと自負してるし新しい流れの源流を作った。この流れはよっぽどのことがない限り止まることはないし」

「タクミ」

「――もし止まるとしたらそれは新しい流れが出来て、今の流れが陳腐化したときだと思う。それなら歓迎するべきだと」

「タクミ」

 

 流れるように動く私の口を、いつもより少しだけ低い声で黒井がせき止める。勢い良くしゃべり続けていた口は数回パクパクと動いた後、言葉を発することが出来なくなって閉じた。

 

 勢いが途切れたら、しゃべれなくなる。そう思って、しゃべり続けていたんだが。口をもごもごとさせていると、黒井は大きくため息をついて椅子から立ち上がる。

 

「お前の気持ちは分かった。いつかはどんなアーティストでも身を引くのは、避けて通れないことだ。会社としてはお前という柱が急になくなるのは痛いが、お前のこれまでの貢献を考えれば無理に引き留めるなんて事は出来ないし、したくはない」

 

 会社としては、という部分を強調しながら黒井はそう口にする。

 

「だが」

 

 少しの間のあと。目を閉じて、深く呼吸を繰り返した後。黒井はそう前置きを置いて、言葉をつづけた。

 

「一個人として。黒井タクミのファンである黒井崇男としては文句をつけたい」

「……あー」

 

 私の視線にまっすぐ答えてそう口にする義父の姿に、気恥ずかしさを覚えて視線を逸らす。私の人生で銀さんの次に長い付き合いの相手で、仕事の関係上銀さん以上に共にいる時間が多かった相手だ。一緒に二人三脚でどうしようもなかった何もない世界に風穴を開けた仲間で、義父で、運命共同体と言ってもいい間柄だった。

 

 本人には口が裂けても言えないけれど。義父という関係じゃなかったとしても、親友だと胸を張って言える相手だ。

 

 そんな相手が、まっすぐにこちらを見つめて、君のファンだと口にする。デビュー前、口説き文句と共に口にされた時とは違う。年月の重みを伴ったその言葉には、この百戦錬磨の黒井タクミと言えどもムネキュンを感じずにはいられない。

 

 そう心の中で冗談を吐いて平静さを取り戻し、義父に視線を向けなおす。私が落ち着くのを見計らっていたのか、黒井は私が彼を見ると一つ頷いて、また口を開いた。

 

「お前が思っているよりもお前は大したものなんだよ、タクミ。ボトムズのライブを待っている人間がどれだけ居ると思う? レッドショルダーだけじゃないぞ。ボトムズのファンは全世界中に居て、お前達が自分の国に来るのを待っている。待ちきれなくて米国に渡った人間がどれだけ居ると思う? この5年、米国への一時渡航や旅行者の数が10年前の10倍になったんだ。10倍だぞ? もともと数千万人規模だったのが10倍の、数億人規模になったんだ。地球上の1割以上の人間が、お前達のために米国を訪れているんだ」

「お、おう」

「ボトムズファンだけじゃない。一アーティストの黒井タクミだってそうだ。お前が個人で出したアルバムやシングルはどれもミリオンヒットを達成しているし、個人の売り上げとしては“キング・マイケル”に次ぐ第二位。ボトムズの楽曲を除いた数字でこれだ。お前が世に出した楽曲まで含めれば昨年度のレコード・カセットテープ・CDの年間売り上げの7割は埋まると言われている」

「あ、あの……」

「それだけじゃない。どんな音でも音程でも口から発することが出来る、そんな化け物じみたアーティストがほかに居るか? 過去の名曲をお前にカバーしてほしい、という依頼がどれだけあると思ってるんだ。お前と一緒に演奏をしたいという陳情が俺に来るんだよ、お前じゃなくて俺に! それを俺がどれだけ苦心して断っているかわかるか? どうしようもない案件だけお前に振ってるだけで、お前に向けての依頼は! なぜかエキサイトプロじゃなくて俺に来るんだよ! これは愚痴だがっっ!」

「マジすんません」

「そしてなによりっ!」

 

 ダンッと黒井が机を叩く。トレードマークとも言える黒いサングラスが机の上から落ちて、カラン、と乾いた音を立てた。

 

 フルフルと全身を震わせながら、一息に言葉を並べ立てたからか荒い息を吐きながら握りしめて叩きつけた拳を持ち上げて。彼はゆっくりと握り拳をほどいて、自分の顔を手で覆った。力が抜けたように、トスンと小さな音を立てて彼は椅子に身を預けた。

 

「なにより…………お前が。お前の口から、お前の役割が終わっただなんて。そんな事を、言わないでくれ」

「…………」

「お前が、黒井タクミが考えていた理想なんて私だって分かってる。何度も聞いたからな。お前が言いたいことは、恐らく正しいんだろう。誰か一人が全てをやるなんて本当は間違ってる。切っ掛けを起こして、そして切っ掛けから物事が始まって、進んで、そして発展していくのが自然なんだ。お前という切っ掛けを元に、世界は進んだ。この10年で、驚くほどに。10年前、俺たちが想像したものよりも遥かに濃密に、急速に世界は進んでいった。もうこの世界は、俺の想像なんかじゃ思いも及ばないんだろう。そして、その世界を見出して10年かけてこの世界の源流となったお前が、いつまでも自分が頂点に居続けたらその流れがいびつになるんじゃないかと。そう感じたとしたら……そうなのかもしれない」

 

 だけど違うと。そうじゃないんだと。

 

 そんなものが大事じゃないんだと。両の掌で顔を覆い隠したまま、彼は震える声でそう口にする。

 

「世界だとか、役割だとかなんてどうでもいい。俺は、俺たちはお前の歌に惚れ込んでファンになったんだ。お前の歌に魅せられてお前の手を取ったんだ。私も高木もボビーもお前の歌に夢を見せられたんだ。お前となら新しい世界が作れると思ったんだ。ジェニファーもニールもキャロルさんも、お前と一緒だから世界をアッと言わせるバンドになったんだ。“キング”も“クイーン”も皆お前が。いいや違う、彼らが世に出る機会をお前が作り出したんだ。だから――」

 

 涙声になりながら。たどたどしい言葉遣いになりながら。せめてもの意地か泣き顔を掌で覆い隠しながら。

 

「だから――自分の役割が終わったからなんて、寂しい理由でやめないでくれっ」

 

 それでも黒井タクミの義父は。黒井崇男は、その言葉を言い切った。

 

 決して格好よくはない。大の男が涙を流すなんて、と口うるさい人間が見れば言ってしまうような光景かもしれない。

 

「……うん、わかった」

 

 けれど、私にとっては。

 

「ありがとう、お義父さん」

 

 黒井タクミにとっては。

 

「私、引退するね」

 

 何よりも欲しかった。背中を押してくれる、支えてくれる言葉だった。

 

「私がプレイヤー(歌手)としてやりたいことはあらかたやったから、引退する。ボトムズも解散はしないけど、無期限休止かな。ジェニファーさん達がなにかやりたいって時に一時復活くらいは良いけどね」

「……ああ」

「見込みのある子に楽曲提供はこれからも続けるから音楽から離れるつもりはないかな。というか今の所私が見出した子ほとんど成功してるしこっちのが向いてるんじゃない? 新世代の才能にちょいちょいちょっかいかけてその子らの武道館ライブの外野席で腕組んでこいつらはワイが育てたムーヴとか面白いよね。後方腕組み師匠枠ってやつ?」

「なんだそれは」

 

 鼻声のまま、義父が噴出したような声をあげる。おっと、少しは調子上がってきたか? まだまだこっからだぜ黒井さん。

 

 なんせあんたは私をこの世界に引っ張り込んだんだ。このなにもかもが足りない世界をぶち壊すために、相棒として私の隣に立って一緒に進んできたんだ。

 

 たとえ私が引退するからってその関係は解消されるわけじゃない。むしろこれからは私も同じフィールドに立つ場面が増えるんだから、以前よりも濃厚な関係になると言っていいだろう。

 

「音楽関係は、あとは権利とかかな。あの著作権問題クソむかついたから私の楽曲は発表日から5年たった楽曲は著作権フリーとかにしちゃダメかな。それか楽曲カバーはOKとかさ」

「良い訳あるか。楽曲の著作管理なんて専門団体が必要なレベルの難事なんだぞ」

「じゃあそれ作っちゃおうか。私の名前で作詞作曲されてる奴は新しく管理団体立ち上げよう。エキサイトプロに所属してるアーティストも一緒に管理すればまぁ分かりやすいでしょ。運営費は私のポケットマネーから出そう、どうせほっといても税金で持ってかれるだけだし。米国税金高いのね」

「米国は州にもよるがな。まぁ、金持ちほど高く取られるのは基本だろう、じゃない。おい、タクミ」

「アニメも漫画もひとまずは片が付いたから、後は現場に無理をさせない体制を整えないとね。どちらも体を壊すクリエイターが多いから。まずはクリエーターがまともに生活できる収入を得られるようにしねーとな。金がないから無茶をして体を壊す負のループに落ちるんだ。どっちも人員が足りないんだから今いる人材とこれから入ってくる人材は大事にしないとね!漫画家の方は出版社側が契約してる漫画家の住居とか食事を支援する形とか取れないかな。収入に関してはどうしても才能にかかわる部分があるから、芽が出ない漫画家はほかの漫画家のアシスタントとか食べていける仕事を紹介して。アニメーターはやっぱ会社に入る金を増やさないと日本だけの放映だと放映までに予算が中抜きされるってなんだ馬鹿じゃねーのやっぱ海外に販路を見出すっきゃねぇわ幸い米国アニメの海外輸出は堅調だしこの販路に相乗りするのが楽だわな日本のアニメを世界の主流にしちゃるぜガハハ勝ったなガハハ」

「落ち着けバカ娘」

 

 呆れたような声で黒井がそう口にする。少し目元が赤いな。が、デキる義娘であるタクミちゃんは義父の恥ずかしい情報をスルーするデキた義娘である。大事なことなので二度言った。

 

 晴れやかな気分だ。とても、とても晴れやかな気分だ。ジョンさんと会話して、うじうじしていた自分がバカみたいだ。そうだよな、やりたいことがあったから私はやり通したし、見たい光景があったからパッパは私の手を取ったんだ。私たちは自分たちの利益のために手を結び、そしてその結果が今なんだ。その結果の一つが私の引退であろうと、それはなにか御大層な理由をつけないと出来ないことじゃない。私がそうしたかった。それ以上の理由はいらない。

 

 あの日のことを思い出す。何もかもがないと知り、あまりのショックに寝込んで、目覚めたあの日。やってやると思ったじゃないか。全部、自分の手で取り戻すと誓ったじゃないか。

 

 だから私はここまで来れた。音楽もアニメも漫画もそのすべてに手を出した。人材発掘にコンピューターやゲームにだって手を伸ばした。そしてたった10年で、私が見たかった景色の大部分はもうこの手の中にある。

 

 自分の掌を見つめる。小さな手だ。前世の同年代だったころより少しだけ小さいだろうか。

 

「ねぇ、義父さん」

 

 目の前に座る義父の机に歩み寄り、彼の机の上にその手を差し出した。

 

 怪訝そうにそれを見る義父にクスリと笑いがこみ上げてくる。唐突すぎたかな、でも。まぁ、いいか。彼に奇妙な目で見られるのは、この10年ほどでもう随分と慣れてしまった。

 

「私はあの時と違って随分と大人になってしまったけど」

 

 そう前置きを置いて、少しコホンと咳ばらいを一つ。喉の調子を整えて、あの日、あの時の私を喉に宿す。

 

「ねぇ、とうさん。わたしとあなたの10ねんは、あなたのおめがねにかなった?」

 

 初めて会った日。自分は君のお眼鏡にかなったかと尋ねた義父を思い出す。今よりもずっと若く、ギラギラとした視線をサングラス越しに向けてきた彼の姿を思い出す。

 

 あの時は見上げるほど大きな相手だった。今は、椅子に座っているとはいえ彼を見下ろして、こうして手を差し伸べている。

 

 私の意図をくみ取ってくれたのか。義父はプッと小さく噴き出した後、私の右手を取りこう答えた。

 

「ああ。勿論…………はなまるだよ、タクミ」

 

 ぎゅっと握りしめられた手が、熱い。

 

「夢のような――10年だった」

 

 そう夢見るような表情を浮かべて義父は。黒井崇男は、朗らかな笑顔を浮かべた。




「義娘と出会った時が、私の人生のターニングポイントだった」
「あの娘はきっとそんな事はないと。自分なんかいなくても変わらなかったというかもしれない」
「だが誰が見たってあの娘は世界の歌姫だし、私は彼女をたまたま見つけた幸運な男だった」
「その評価に思うところがないかだって? ナンセンスな質問だ」
「もちろんあるさ。私は世界一幸運で、そして幸せな男だよ」

黒井崇男 ~961プロ創立20周年式典のインタビューにて~




クソ女神様とタクミっぽ(ry


クソ女神さま
「……………」

タクミっぽいの
「だんまりは詰まらんぜ。どうせここは誰も来ないし、誰も見ていない。出ていくわけにもいかないんだ。仲良くしないとな?」

クソ女神さま
「……………………意地が悪いのね」

タクミっぽいの
「悪魔だからな」

クソ女神さま
「クソ悪魔。この身が万全であれば討滅してあげたのに」

タクミっぽいの
「負け犬の遠吠え気持ちいいね^^」

クソ女神さま
「そうね。負けたわ。無様に負けて、ここにいる。失敗したわ……失敗したのね、私」

タクミっぽいの
「そうだな。なにもかもに失敗して、無様にぶっ飛ばされて。それが今のお前だよ。ようやく認められたな?」

クソ女神さま
「クソ悪魔」

タクミっぽいの
「^^」

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