この〇〇のない世界で   作:ぱちぱち

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前回のあらすじ

198X年世界は緩やかな停滞の中にあった。華やかな文化は消え、人に活気はなく、少しづつ身を蝕む閉塞感に希望すら死滅したかのように見えた。

だが、ロックは死滅していなかった!(CV千葉)



音楽が一段落?したので新しい分野に手を突っ込む話。


追記
前回の被害者:手塚治虫。学生時代、医者になるか漫画を書くか悩む時に思考を誘導され医学に専念する事になった。


このコミックのある世界で

『タクミ・クロイ嬢が世間を騒がせた謝罪と称する全州ツアーから帰ってきた』

『事の発端はニューヨークのとあるイベント会場にて行われた一大オーディション番組だ。この番組に審査員として出演していたクロイ嬢は審査中、余りの感動に舞台に乱入。自らもパフォーマンスを行い会場どころか全米を沸かせてくれた』

『クロイ嬢はその次の日に行われた記者会見にて「むしゃくしゃしてやった。今は反省している」と会場での自分の行動に反省のコメントを残し、その場で全米50州全てを回って謝罪すると発表』

『全米各地のTV局による全面サポートにより実現したこの夢のようなツアーは一週間前。ハワイでのツアー最後のコンサートを終えて終わりを告げた』

『数日の休養を挟んで米本土に戻ってきたクロイ嬢は「まさか全州で歌う事になるとは思わなかった」と取材陣にジョークを飛ばし、歌の才能だけでなくユーモアのセンスも示してくれた』

『彼女が楽曲提供をした新しいスター達の活動も順調。活気に沸く米音楽界の火付け役となり、全州ツアーという偉業をも成功に収めたタクミ・クロイの次の動向に注目が集まる』

 

〜ニューヨーカー新報 1986年 夏の一面〜

 

 

 

 高級感溢れるホテルのとある一室。その中で二人の男女は張り詰めた空気の中、互いの瞳を真っ直ぐ見据えて見つめ合っていた。

 その光景は随分と奇妙だった。何せ二人の年齢差は祖父と孫娘程に開いている。実際に女の方はまだ年齢が二桁になっているかどうかも分からない少女だ。

 そんな少女に対して老人は一切の手心もなく圧力をかけ、それを少女は平然とした顔で受け止めていた。いや、額に汗を浮かべる老人の姿を見るに、むしろ圧力をかけているのは少女の方かもしれない。

 

スッ

 

 そんな緊迫感漂う空気の中。少女……今や全米に知らぬ者なき伝説を残した歌手、タクミ・クロイは持ち込んだアタッシュケースをテーブルの上に載せ、それを向かいに座る老人……スタン・M・リードは視線だけを下げて見詰める。

 タクミ・クロイは静かに語り出した。

 

『ここに50万ドルがある。全てが思い通りになる額よ』

 

 タクミはジュラルミン製のアタッシュケースのロックを外し、ケースを開けて中身を彼に見せる。内容を見た瞬間に、リード氏の喉がゴクリと唾を飲み込むのが見えた。顔色が変わったリード氏の様子に深い笑みを浮かべてタクミは言葉をつづけた。

 

『ただ一回。ここでイエスと言えばこのお金は貴社の物になる。決断は、貴方の右手に任せよう』

 

 そう言ってタクミはアタッシュケースを閉じ、ロックをかけて自身の手元に戻した。視線がアタッシュケースを見ている事を確信しながら、タクミは右手を差し出して最後の言葉を口にする。

 

『さぁ、この右手を取るか取らないか。はいかイエスで答えて欲しい物だね』

『じゃあノーだ』

『えええええええええぇぇぇ!?』

 

 パシーン、とタクミの右手をリード氏が引っ叩いた。

 

 

 

『硬った!』

『硬ったじゃねぇわ乙女の柔肌を! てめぇ爺どういう了見だコラァ!』

『どういう了見もあるか! 50万ドル払うからスパイダーマンにレオパルドンを出せって足元見てるんじゃねーぞ!』

『金がねーって泣きついてきたのはどこのどいつだオルルァ!』

 

 互いの胸倉を掴み(私は長さが足りないためスーツの腹辺りだが)どなり合う私と爺。その怒鳴り合いに席を外していたパッパとジェームズさんが室内に飛び込んできて呆れた様な表情で私と爺を羽交い絞めにして引きはがす。ちょっとパッパ。またかってなんだまたかって。

 

「言いたくもなる。会う度に子供みたいな喧嘩をして」

「わたしタクミちゃん9さい。あの爺さん60越えてるの」

「お前を実年齢で見てる奴なんて居ないよ」

 

 呆れた様な物言いのパッパに私は思わず黙り込む。それはそれでショックだぜパッパ。

 まあいっか、いつものお遊びは終わったしここからはパッパも交えたお仕事の話だ。うん、明らかに本気だったって? 遊びに決まってるじゃん。この爺さんとはいつも最初はこんな感じで旧交を温めてるんだ。まだ出会って1年経ってないけど。

 

 この爺さんはスタン・M・リード。この世界におけるスパイダーマンを初めとした数々のマーブル・エキサイトヒーロー(この世界だと社名が少し違った)達の生みの親だ。前世におけるスタン・リーに相当する人物だと思うんだが、見ての通りの強烈な爺さんだ。

 

 以前、私は彼等の会社に郵送で漫画持込をした事があるのだが、その際に返事をくれたのがどうもこの爺さんだったらしく、それ以来結構な頻度で是非アーティストにならないかと誘われているのだ。

 

 余りにも熱心に、情熱的に誘ってくるもんだからつい私も気を良くしてゲフンゲフン。元々繋ぎを作りたい相手でもある為一度会ってみようという気になり、世間がオーディション大会で忙しく動いている中、ニューヨークのとあるレストランで私達は初めて顔を合わせたのだ。

 

 勿論会って5分で大喧嘩だったがな。相性が悪い訳じゃ無いし嫌いでもないんだが、互いに折れて相手に合わせる性格じゃない上に、内容がガッツリ互いの譲れない部分にぶつかるからさ。

 

 私はレオパルドンを出したい。スタン爺さんは出したくない。というかデザインの秀逸さは認めるから別作品として仕上げ直して欲しい。勿論それを認められない私はそれを拒否し、スパイダーマン本編にロボットを、という構想を否定するスタン爺さんとモロに主張がぶつかり合う。そして私達は毎回出会うたびに取っ組み合いになるんだよね。毎回私が勝つけどさ。ふんすふんす。

 

「老人に腕力で勝って偉ぶるな。銀さんに報告しておくからな」

「ごめんなさい!」

 

 こんなんバレたら説教確定じゃねーか! 銀さんの説教は、こう。ヤバいんだよ本当に怖いから。次の瞬間に切り捨てられてそうな位凄い圧力があるんだ。初めてやらかした時に二度と怒らせないって心に誓ったからね。

 やっぱ本職の人は凄いわ。チートで身体能力が勝ってても全然勝てる気しない。あ、爺笑うんじゃない!

 

『いや、失礼。僕もつい年甲斐も無くムキになってしまった。何故かこの小娘相手だとあんまり年の差を感じないんだよなぁ』

 

 顔は笑っているが目はマジ。こんな事を会話に混ぜ込んで言ってくるからこの爺さん相手だと私もつい気を入れてしまうんだよね。ただ、本気で意見をぶつけ合って取っ組み合いになった相手ともまたこうして膝突き合わせて真剣に話し合える人でもあるから、その才能と相まってクリエイターとしては破格の人だと思う。

 ただノリで生きてる所のある人だから、マジで50万ドル用意したら勢いでうんって言わないかな、と思ってたのは内緒だ。

 

『では改めて。本日はお越しいただきありがとうございました。マーブルエキサイトコミック、発行責任者(社長)のジェームズ・ポンドと申します』

『ボンドじゃないんですね』

『ハハハ。同じイギリス生まれだからよく言われるけど、残念な事に彼ほど色男じゃないな』

 

 温和な顔立ちの紳士風な男性だ。この爺さんに無茶ぶりされていつも困ってるんだろうな、可愛そうに。よし、おばちゃんが一肌脱いでやるか。

 ねぇねぇ良い商品がありますよシャチョさん。レオパルドンって言うんですがどうですかね、このフォルム。男の子の夢と希望が詰まっていると思いませんか? そう。まさに貴社のコミックにふさわしい出立ですよね。わかりますよ、私にはわかります。貴方は今心が動いている。出してしまっても良いんじゃないかな、と思っているんでしょう?

 

『アタッシュケースをチラつかせるのを止めろ。むなしくないのか』

『私は、レオパルドンにスパイダーマンを乗せるためなら何だってやってみせる。そう、何でもだ!』

『その情熱は素直に尊敬するがね』

 

 苦笑するスタン爺さんに頬を膨らませて答える。遊び心もロマンも分かってくれるのにこの爺さんは本当にツレない。

 

 さて、今回私が何をしているのかというと平たく言えば趣味と実益を兼ねたビジネスだ。前回の持込失敗を機に私はコミック業界に対してある程度の調査を行い、この分野に対する考えを改めた。

 

 音楽の時は壊滅しているロックを軸に名曲とチート歌唱力を武器に戦った。これは音楽業界がある程度爆発する素養を既に秘めていた、未発展の部分を多く抱えていたから出来た事だと私は思っている。

 私という起爆剤が必要な湿り具合だったが、一度火が付けばたちどころに連鎖爆発だ。現に今がそうなのだから。

 

 さて、ではコミック業界についてだ。この業界で仮に同じ事を行ったとしてどうなるか。

 

『まぁ間違いなく一過性のトレンドで終わるだろうね』

『ですよねー』

『君のアイデアと作品は確かに目新しいし魅力的だ。そのままウチの会社で扱っても恐らく4、5年は食えるレベルで採算が取れるだろうが、そのまま流れをつかめ無ければ落ち込む事になるだろう。今のウチみたいにね』

 

 断言するようなスタン氏の言葉に私は頷いた。この世界においても全米の2大コミックス扱いされている彼らだが、その現状はもう1社であるDMComicsの圧倒的な勢いに押されている状況だ。いや、DMComicsというよりは同業他社に、と言った方が良いのか。

 勿論彼等だって黙って押されっぱなしというわけじゃない。この年代にも勿論名作は生まれている。それらを作って世に出してヒット作になれば当然収益が上がるし、その収益で会社は潤うだろう。だが、作品を作ったとしても必ずヒットするとは限らないのが世の常だ。仮にヒットしても流れを掴み損ねればあっという間に売り上げは鈍るし、流行している間は潤っていてもそれはずっと続くわけではない。

 

 これは音楽業界でもそうだが、音楽業界とコミックの制作陣では採算がとれる度合いがまた違ってくるのだ。どうしても販売での収益がメインになる出版社と違って、音楽業界は売れている間はTV等のメディアへの露出やライブ等での収益もあるからな。アーティストにも金が回ってくる機会が多いんだが、コミックの作家たちとなるとこれが難しい。一作作るのにも結構な時間がかかる上に、苦労して作品を作ってもそれで手元に入ってくる金が僅かばかりというアーティストも少なくはない。作った作品に対する報酬しか彼等は受け取ることが出来ないのだ。

 

 アーティストだって人間だ。ヒット作を生み出したのに自身に入ってくるお金が少ないと思えば当然会社にたいして不満を漏らす。だが会社側は少しでも利益を確保しなければいけないと報酬を渋る。マーブルエキサイトコミックスが現状のように困窮してしまっているのは、こんな状況を続けてしまった結果引き起こしてしまったDMComicsや独立他社への人材流入が原因であり、70年代後半から80年代にかけて有力ライター達を次々に失った彼等は、今更ながらに自分たちが大きな失敗をしてしまった事に気付いた。そしてそこから学ぼうとし、軌道修正を行おうとして……力尽きようとしている。

 

『で、にっちもさっちも行かない時に君と出会った。何とかならないかな?』

『真っ直ぐ聞いてくるねぇ』

 

 頬杖をついてため息をつくスタン爺さんにこちらも頬杖を突きながら答える。その率直さは嫌いじゃないが、うん。やっぱりこの状況じゃ私が単独で何とかするというのは不可能だな。予想通り一時的に金をぶち込んでも急場しのぎにしかならんし、ライターやアーティストとして参加しても焼け石に水にしかならん。何よりもそんな時間は私にはない。歌手としての本業もあるし、何より個人的な理由で私はコミックにだけ注力するわけにもいかないからだ。

 

 だが、それはそれとしてこの状況は私にとっても非常に大きなチャンスでもある。アメコミ界隈は確認する限り前世の年代通りに近い……勿論多少、他の分野に足を引っ張られて進んでいない物もあるが……発展を遂げている。これはつまり、大きなテコ入れをしてしまえば他の分野を牽引する事の出来る存在になるのではないか、という事だ。勿論、文化的な意味で。

 できうる限り影響力を残したまま、できうる限り手を入れずに発展を遂げさせる。これに成功すれば、時間的な意味で巻き返しを図れる可能性があるのだ。

 

 そして、その為の鬼札を私は今手元に持っている。

 

『ねぇ、ジェームズさん、スタン爺さん』

『うん? もしや本当に何ぞ手があるのか?』

『何でもいい、藁にもすがる思いなんだ』

『オッケー。なら巻き込んだげる。パパ、お願い』

『……少し待て』

 

 二人の返事に私は引きつらせるように口角を上げて笑顔を浮かべ、パッパに声をかける。私の言葉に苦い顔をしたパッパは自身が持つ鞄から書類の束を取り出し、パッと紙の内容を確認してから二人の前にそれを置いた。この計画についてパッパは反対の立場だからな。苦い顔をするのもしょうがない。

 『ダズミースタジオ買収計画』と銘打たれたその書類に驚愕の表情を浮かべる二人を見ながら、私は笑顔を浮かべたまま右手を差し出して声をかける。

 

『さぁ、ここから先はこの右手を取ってからのお話だ。はいかイエスで答えて欲しい物だね?』

 




ここに50円があるってやりたかったけど流石にアタッシュケースに50円入れて持ってきても殴り合いにしかならないので断念。元ネタは嘘喰いのマルコです。

ちょっとコメディ調を意識しましたがトムとジェリーっぽくならなかった。無念です。

ちなみにレオパルドンに拘ってる主な理由は戦隊ロボが出せないからです。レオパルドンで色々な失敗とノウハウの蓄積があったとタクミは覚えていたのですが、細かい部分を覚えて無かったので。作った後に色々検証しようと考えてたんですが、その前で詰まったのでどうするかって所ですね。
勿論カッコいいから好きって感情もあります()



クソ女神様のやらかしてなかった日記

クソ女神
「片腕を失うほどに頑張って戦ったのにその後も不幸続きなんてかわいそう! 生活を安定しさせてあげないと!」

「この人、安定したらわき目もふらずに紙芝居ばっかり書いてる……」

タクミ
「残当」

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