一人だけ所帯を持ったサカズキ中将の話   作:賀楽多屋

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賀楽多屋からの遅めのホワイトデーです。



一人だけ所帯を持ったサカズキ中将の話

 オハラ討伐のバスターコールを受けて、海軍が所有する船の中でも一等機動力に優れたフリゲートに乗り込んだサカズキは、無事任務を全うしてマリンフォードへと帰ってきていた。

 

 機敏な動きでフリゲートをドック内に格納していく海兵たちの様子を見ながら、彼はすっぽりと被っているフードを更に深くして搭乗口から地面へと降りていく。

 

 サカズキには上司である大将センゴクへの報告が、まだ仕事として残っているのだ。

 

 それが終わるまでは家に帰ることが出来ないため、彼は自ずと早くなる足を自覚しないままセンゴクの自室へと足を早める。

 

 そうして、廊下を足早に歩いていると目前に同僚が壁に寄りかかって黄昏ているのが見えた。

 

 サカズキと同じくバスターコールへの出動命令が出ていたはずのこの男を彼は、ついぞ最後まであの地で見ることがなかったが、まさか強制司令までトンズラしたはずでは無いだろう。多分、サカズキの見ていない所で働いていたはずだ。

 

 サボり魔として既に悪名をマリンフォード内のみならず、世界各地に点在している支部にまで響き渡らせているこの同僚───クザンを忌々しげに視界に収めながらも、サカズキは自分が何故足を早めて急いでいたのかを思い出して、彼の前を素通りしようとする。

 

 だが、そんなサカズキの甘い目論見をこの男が見逃すはずがなく、長い脚を前に出すようにして往く道を阻んできた。

 

 クザンに邪魔される謂れが分からず、サカズキは面倒くさそうな目付きで背だけは高い同僚を見上げる。

 

「なんだ、クザン」

 

 すると、クザンはサカズキの声を聞くや、はァと片手で目を覆うや首をやるせなくゆるゆると横に振った。

 

 挑発しているようなクザンの態度に、サカズキのこめかみ上に青筋が浮かび上がるが、彼等は不幸なことにも長い付き合いだ。

 

 サカズキの怒りなど全くもって怖かないと言いたげに、クザンはかったるそうに口を開く。

 

「はァ~、すっかりまぁ、本部色に染っちゃってよ~。手間ェに公共語は似合わねェよ、サカズキ」

 

 クザンとサカズキが初めて対面した時は、バリバリの訛った言葉で話しかけてきたものなのだが、出世を重ねるうちにすっかりと都会人になってしまったらしい彼の口からはもう長いことその方言を聞いていない。

 

「魂を本部に売っちまったんだんなァ」と揶揄るクザンに、サカズキは一言「言ってろ」と舌打ち混じりにいなしていく。

 

 昔は、煽れば煽るだけサカズキは反応したというのに、今ではクザンのちょっかいにも塩対応である。

 

 可愛げすら無くなってしまったら、この男は本当に面白みのないただの朴念仁じゃないかとすらクザンには思える。

 

 ───とまぁ、時候の挨拶はこれぐらいにしてとクザンは伸ばしていた足を引っこめる。

 

 急に見晴らしが良くなった目前に、サカズキはクザンが何を考えているのかが分からなくて、顔を無意識に強ばらせた。

 

 そんなサカズキの反応に気を良くしたらしいクザンが、掛けていたサングラスを頭上に置いて視線を真っ直ぐに絡ませてくる。

 

 そもそも平和な愚痴を言いたくて、クザンがサカズキを待ち伏せしていたはずがないのだ。

 

 クザンは壁に寄りかかり直して、腕を組んだままサカズキと向き合い続けたが、その目には最早剣呑さだけが光っていた。

 

「助けを求めた人間まで、殺す必要があったのか?」

 

 クザンがサカズキに持ち掛けた用とは、先日のバスターコールのことであったようだ。

 

 あの大捕物には、やはりサカズキが見ていなかっただけでクザンも参加していたらしい。

 

 クザンの短い言葉に、思い当たりがない訳では無い。

 

 あの時、手早く下したサカズキの判断には彼の部下でさえも戸惑っていたものだ。だが、誰の謗りを受けようとも、サカズキがあの判断を後悔すること生涯ないだろう。

 

 ───船に乗って救命を求める生き残った島民達を、軒並み海の藻屑へと変えたということを、彼は未来永劫失策だったとは思わない。

 

 バスターコールが発動したのだから対象者は全て殲滅しなければならないのだ。それを全う出来ずにして、任務を遂行出来たと言えるだろうか。

 

 否、言えるはずがない。

 一時の情で判断を鈍らせていい位に、己はもう居ないのだから。

 

 だが、同じ位であるクザンは、サカズキのその判断に物申したいことがあるようだ。あの顔付きから鑑みるに、それはもう山のようにあることだろう。

 

 

 

 ───あれは、どうしたってやり過ぎだ。

 

 そんなクザンの声なき声すら聞こえてきそうで、サカズキはフッと口元に笑みを刷く。

 

「ほんにおどれは·····なまっちょろい男よのォ。それで中将だと言うのだから、笑かしよる」

 

 クザンの糾弾を受けてなお、くくくと喉から絞り出すような笑い声をあげるサカズキに、流石のクザンも頭にきたようで怪訝な顔つきになった。

 

「何がなまっちょいってんだ·····。オレたちゃ、市民を守るためにあるんだろ。それなのに、なんでその市民の助けを聞きもしねェ手前ェにそんなこと言われなきゃなんねェんだ」

 

「ほう、おどれは鼠の一匹もまともに殺せやしないのか。後に、世界に反乱を起こすだろう鼠が一匹でも世に放たれたらどうなるのかも分からずに、中途半端な情けをかけるってんだな」

 

 熱くなっていくクザンとは反比例的に、サカズキは落ち着いたらしい。

 

 突然、飛び出てきた懐かしい方言がなりを潜めたかと思えば、今度は事務的にクザンに追いうちをサカズキはかけ始めた。

 

 その情けのせいで、世界が滅亡の一途を辿った時、お前はどうするんだ。

 その責任をお前は取ることができるのか。お前に尻拭いは出来るのか。

 

 伸し掛るようなサカズキの言外の追求にクザンは反論しようと口を開くが、頭に血が上っていることもあって言葉が全く思い浮かばない。

 

「やるなら、徹底的にだ。灰だってオレは残す気がねェ」

 

 似合わない一人称と言葉遣いも相まって、増々サカズキという男がクザンには憎らしく思えてくる。

 

 ぐっと奥歯を噛み締めているクザンの肩を宥めるように叩いて、サカズキはもう話は終いだと彼の前を去っていく。

 

 正義のコートを肩からかけて、ひらひらと裾を翻し歩くサカズキの後ろ姿を眺めながら、クザンはしみじみと思うのであった。

 

「もう相容れねェよ·····サカズキ。正義ってェのは、そんな真っ直ぐなもんじゃねェだろうが·····!」

 

 

 

 √√√

 

 

 漸く、センゴクへの報告を終えたサカズキはバスターコールに行く前から待ち望んでいた自宅への帰還を果たして大層ホクホクとした顔であった。

 

 あまりにもそんな浮かれっぷりが表情に出ていたらしく、部下のジョナサンにまで「今日は、えれぇ機嫌が良いですね」と嫌味ったらしく言われる始末である。

 

 ちょっとのんびり屋であるジョナサンは、まだ書類仕事を残していることもあって残業コースが確定していた。

 

 それだけに、サカズキの機嫌の良い理由が簡単に推測できてしまうジョナサンは、妬みもあってサカズキにグチグチと文句を言ってしまうのである。

 

「オレはまだ、会えないって言うのに·····」と哀愁を漂わせて、ペンを手に取り残業を始めたジョナサンを置いて、サカズキはとっとと本部を退勤してきたのである。

 

 

 そして、何ヶ月ぶりかになる自宅前にやっと彼は立つことが出来たのだ。

 

 マリンフォードの住宅街にあるこの家は、サカズキが中将に出世した際にローンを組んで建てたものだ。

 

 木造の二階建てが多いこの辺りに馴染むように、サカズキが建てたマイホームも木造で、瓦屋根が一等立派である。しかも、この家には小さな庭までついていて、縁側からいつでも出られるようになっていた。

 

 かなりの回数の相談を大工達と重ねたこともあって、サカズキはこのマイホームの出来栄えにかなり満足している。

 

 だが、そんな愛しの家にもかかわらず、 世界規模での転勤が多い海軍に属しているせいで、彼がこの家で休暇を満喫した記憶は片手程しかない。

 

 そのせいか、我が家であるはずなのに玄関のノブを持つ手に力が入る。

 

 ガチャっと遠慮がちにノブを回して玄関へと入り込むと、そこにはニコニコとした表情を浮かべて、サカズキを出迎える女の姿があった。

 

 色白の背中に流れるような黒髪が美しい女性は、本部で寄せられるどの人間とも違う色を乗せた視線でサカズキを射抜く。

 

 この家に帰りたかった理由は、マイホームを建てたからだけでは無い。

 

 妻が待つ安住の地に一刻も早く帰りたくて仕様がなかったというのが、本当は理由の大部分を占めていた。

 

「おかえりー! サカズキ!!」

 

 そして、その女はサカズキの姿を見るやわっと両手を広げて抱き着いてくる。首周りに縋るように抱き着いた女は、サカズキが本当にこの場にいるかを確かめるように、何度も首筋に顔を埋めた。

 

「今回はすんごい長かったじゃない! どうせまた海賊とドンパチやってたんでしょ!? なんか硝煙臭いよ」

 

 そして、捲し立てるようにサカズキに言葉を投げかけるや女は、もうと片頬を膨らませて怒ってみせるのだ。

 

 遭遇してから百面相してみせる女の忙しない顔を見ていると目が回ってきそうで、サカズキはつい屈託ない笑い声を腹の底から響かせていた。

 

 仕事中では絶対に上げない笑い声を上げて、彼女以外には決して見せることの無い柔らかい表情を無意識にその顔に刻み、抱きついてきた女の背に両腕を回す。

 

「おどれは、変わらず賑やかじゃのォ。一人でもそうわーわーと喚いておるのか」

 

「そんな訳ないじゃない。普段は淑やか~に中将の若奥様をさせてもらってますもの」

 

「そない上品なものじゃなかろうが。バカタレ」

 

 たわいないやり取りも、約一年ぶりだと思えばそれはとても大切のように思えてくる。

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 

 を額を突き合わせて済ました二人は、どちらからともなくまた笑い始める。互いに会いたくて仕方がなかったんだと言葉無くして告げる。たったそれだけのやり取りが、こんなにも心地よかったことすら忘れかけていたのだと自覚して。

 

 だが、そんな事が相手に伝わることも気恥ずかしくなってきて、サカズキはふいと女から顔を逸らす。

 

 しかし、長年連れ添った妻には全てお見通しなのだ。

 

 密かに照れてるらしいサカズキを瞬間に見破った女は、えいっとサカズキが深く被りこんでいたフードを取っ払う。

 

「相変わらず不審者みたいな格好してるんだねー。家では着流しでウロウロしてるのに」

 

「じゃかましいわ。ワシゃ、頭に何かないと落ち着かんのじゃけェ」

 

 悪戯してくる妻の頭をコツンと軽く小突いて、サカズキは靴を脱ぐ。

 

 そして、さぁ風呂だ風呂だと海軍コートを脱ぐために、寝室へと彼は足早に消えていったのだ。

 

 久しぶりの再会なのに、甘さもへったくれもない自分の旦那に女はもうとまた片頬を膨らますが、まだこの家に一桁しか帰ってきないサカズキが家の勝手を分かるはずもないと思い出して、慌てて援軍するために寝室へと女も入っていく。

 

 そして、そこで早速上半身裸になっているサカズキを見つけて、女はみるみる間に目を吊り上げていった。

 

「コラー! サカズキ! 前も言ったけど、傷を放置するなって言ってんでしょ!? なんで、いつもいつもボロ切れで帰ってくるかなー!?」

 

 彼女がサカズキに怒ったのは、服をそこら辺にほっぽり出しているからではない。あのヒラヒラした海軍スーツはキチンと箪笥の中に仕舞われていた。

 

 こう見えてこの男は、几帳面な所があるのだ。

 そのため、パーカーもちゃんと畳の上に畳まれて置いてある。

 

 では、何故女がサカズキに怒声を上げたのか。

 

 その理由は、サカズキの上半身に刻まれた数多の傷跡を見つけたからである。

 

「喚くな、サユリ。傷口に響くけェの」

 

「なーにが傷口に響くよ!? やっぱり、ボルさんの言う通りだね。私が目を離したら途端に傷まみれになるんだから」

 

「·····おどれ、ワシが仕事しちょる時にボルサリーノと会っとったのか」

 

「あのね、人をあたかも不倫妻にしてくれないでくれますー? アンタがクザンさんと年甲斐なく飲み比べした時にした忘れ物を届けてくれたの!!」

 

 待ちに待った主の帰還のせいか、今日のサカズキ邸は珍しく人の声で賑わっているようだ。

 

 治りかけの傷から、今まさに膿みそうになっている傷までを取り揃えているサカズキの上半身を、ブツブツ言いながら手当する女───サユリ。

 

 そんな彼女の人差し指に嵌っている結婚指輪は、少し黒ずんできていた。

 

 それは、手当をされているサカズキも同じこと。

 

 普段は職務中に無くすのが嫌だからと首からぶら下げている結婚指輪は、正直サユリの物よりずっと血や泥を被り続けているせいもあってか汚れ切っている。

 

 だが、二人は互いのそんな結婚指輪の状態に気づいてなお、買い直そうとは言い出さないのだ。

 

 サカズキがまだ海軍の常識に疎く、海軍将校になることを目指して日々研鑽を絶やさなかったあの頃に、少ない給料で買い揃えたそのシルバーリングは、古びた見た目と同じくらいに二人の思い出が詰まっている。

 

 サユリにぷりぷり手当をされながらも、サカズキはこの束の間の幸せに、猫のように目を細めていた。

 

 家に帰った時ぐらいは海賊のことも、それこそ職務である海軍のことすら忘れてのんびり妻と黄昏たい───そんな幸せボケした願いを抱いているだなんて、決して仕事仲間にバレてたまるものか。

 

 ずっと待ち望んでいたこの団欒が、無視していた心の引っ掻き傷すら癒してくれるようで────だから、まだサカズキは頑張れる。

 

 妻と───いつか見ることになるだろう子どものために、この世界から海賊という悪を殲滅する。

 

 自分の子供くらいは、海賊なんて言う暴力が蔓延っていない世の中でのびのびと育って欲しいのだ。

 

 自分と同じ道を───我が子にだけは、辿って欲しくないのだと。

 

 だが、この一時だけは。

 そんな願いも少しだけ忘れて、幸せな時間を噛み締めたい。

 

 もしかしたら、次は訪れないかもしれないから。

 だから、妻との時間を堪能させて欲しい。

 

 

 

 しかしそんなサカズキの願いも虚しく二人の憩いの時間は、一匹の電伝虫によって邪魔されることになる。

 

「プルプルプル·····プルプルプル·····」

 

 箪笥に仕舞ったはずの海軍コートから鳴り響くのは、聞きなれた虫の鳴き声だ。

 

 妻に甘え切って、傷の手当までしてもらっているサカズキのその時の心境とは如何程のものであったか。

 

 仕事から帰ってきたばかりの夫に、仕事先が呼んでいると酷なことも言いづらいが、サカズキがなかなか電伝虫を取る気配がないため、仕方なくサユリは彼を促しにかかる。

 

「サカズキ、電伝虫が鳴ってるけど·····」

 

「寝惚けて鳴いとるけェ。気にせんでええ」

 

 上司、同僚、はたまた部下にまで仕事の鬼と言われているサカズキが、とうとう職務を放棄した瞬間であった。

 

 普段は何に置いても仕事優先のサカズキが、珍しく駄々を捏ねた姿があんまりにも奇妙であったからか、サユリはつい笑い声を噛み殺せずアハハハッと大笑いしてしまった。

 

 それ程に、仕事に参ってるのかと思い至れば、サユリはサカズキの重い腰を追い立てて風呂場へと彼を先導する。

 

 上司であるセンゴクから、今日やっとウチに帰せるから手厚く出迎えてくれとサユリは言われていたのだ。

 

 そんな彼の為に張ったお湯は、まだ冷めきっていないだろうか。

 傷口にお湯は染みるだろうけど、妻の愛ある鞭だと思って文句言わずに浸かってもらわなきゃねと密かにサユリは企み────そして。

 

 その後、二人がどんな風にして休暇を過ごしたかは、また後日に語るとしよう。そろそろ二人を解放しなければ、それこそ馬にでも蹴られそうなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




深夜にaikoを聞いていたのが、そもそもの間違いでした。
ふと、サカズキ氏の推しの輪を広げたいならラブロマ書けばいいじゃんとか思ったのがいけない。

√以下、裏設定
・サカズキ
大佐の時にサユリにプロポーズして、中将に位が上がってから漸く念願のマイホームを購入。プロポーズの際には、クザンとボルサリーノにも沢山助言してもらったが、どいつも女心に疎かったため結局つるに背中を押してもらう形で成功させた。多分、子供が生まれたらゼファーみたいな末路になりそうな気がする。

・サユリ
本作のオリヒロイン。海賊に襲われていたところをサカズキに助けて貰ってから何やかんやあって交際をスタートさせたが、三ヶ月経たずにサカズキからプロポーズされたりして、年内に嫁入りすることになった。普段は一人寂しく家で、サカズキの帰りを待っている。

・クザン
バスターコールを終えてくさくさしている。この頃から、修正不可能なぐらいにサカズキとの間に溝が出来た。多分、海軍そのものにも不審を抱き始めている頃合でもあるかも。

・センゴク
個性豊かな後輩にとても手を焼いている。英雄と持て囃されている同僚にも嫌気が差しているが、腐れ縁が全然切れてくれない。おつるちゃんだけが天使。
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