「サカズキィ~、お前さん、ちゃんと家に帰ってるのかい~?」
ゴール・D・ロジャーの処刑から、まだそう日も経っていないある日のこと。
忌々しいことに、過去最高潮に膨れ上がった海賊の
サカズキを引き止めた同僚───ボルサリーノは、彼の目の下に拵えられている特大の隈を見るや、「おや~」と声を上げる。
「とんでもない隈が出来てるよォ~。もしかして、徹夜をしたのかい? 家に帰らないとサユリちゃんも寂しがるだろうに」
「帰ろうとしても、後から後から·····それこそ蛆虫のようにぼこぼこと海賊が沸いて出てくるんじゃア!!」
もう堪忍ならんと両手を振るって、全身から怒りを爆発させるサカズキの背後に火山の噴火をボルサリーノは幻視する。
───こりゃあ、相当キてるねェ~。此処に来てから方言は封印していはずなのに、それが出てきてるよ~。
ダンダンと子供のように地団駄を踏むサカズキは明らかに連日の睡眠不足で錯乱していた。
正しく、その隈が語るようにサカズキは徹夜をしているのだろうが、それも一日や二日の話では無いだろう。
『体力お化け』と恐れられている中将の中でも、特に体力値が振り切れているサカズキがこんなにも参っているのだ。下手をすると一週間はまともに寝ていないのかもしれない。
「センゴクさんに言っとくから、ちょっとは休んできたらどうだい~?」
「そんな呑気なことを言ってられる場合か」
ボルサリーノとて天竜人の後処理が色々と回ってきているのだが、流石にこの状態のサカズキを見捨てられるほど良心も捨てていない。
「まァまァ~、半日だけゆっくりしてなよ~。少し休養取った方が仕事も捗るってもんだ」
そして、ボルサリーノは尚もイヤイヤと駄々を捏ねるサカズキを最終手段だと言うように米俵のように肩に担いで彼の自室へと歩を進めた。
しかし、幾ら体力が低下しているサカズキと言えども、簡単に担げたからとそのまま大人しくはしてくれない。
全身を使って降ろせ降ろせと訴えてくるサカズキに手を焼きながらも、弱っているサカズキの攻撃なんて痛くも痒くもないと謂わんばかりにボルサリーノは廊下を悠々と歩く。
「お、オイ! ボルサリーノ!! こりゃ、何の真似じゃ!?」
「部下だけに飽き足らず、自分まで使い潰しちゃ元も子もないでしょうが。はァ、わっしも面倒な同僚を持ったもんだねェ~」
勿論、廊下にいるのはボルサリーノとサカズキだけではない。
続々と
そのため、ボルサリーノとサカズキの珍妙なやり取りまでバッチリと彼らには見られている。
───あの、サカズキ中将がボルサリーノ中将に運ばれている·····。
天変地異の訪れでも近いのか、滅多にお目にかかれないその珍光景に海兵達は目を奪われていたが、ボルサリーノの前からこれまたのらりくらりと歩いてくる男を見て、彼等はヒヤッと肝を冷やすことになる。
荒れているサカズキの前に、この男───クザンが現れたらどうなるか。
サカズキ達と付き合いが長い海兵ほど、その緊張感のボルテージは鰻登りであり、自分に被害が及ぶ前にとそそくさ撤退を図って行った。
「おや~、おやおや~? クザンがサボってないなんて珍しいねェ?」
「随分なことを言ってくれるじゃねェか。オレだってたまには働きますよ────ボルサリーノ、お前が担いでるそれは何だ?」
「ん~? ああ、サカズキのことかい? 」
「何がどうなって、そんな面白───いや、楽しそ───·····ゴホン。あれだ、あれ。なんて言うんだっけか·····まぁ、ボルサリーノなら分かるよな」
「おどれ、誤魔化すならもうちぃーっとまともな誤魔化し方をせんかい! バカタレがッ!!」
「うっわ、超怒ってんじゃんそれ。久々にオレ、サカズキの方言聞いたわ」
緩み切っている口元をクザンは隠す気もないらしい。
天敵の登場にサカズキの怒りが増々ヒートアップしているが、それをボルサリーノにどうどうと宥められる。
それがこれまた気に食わなくてサカズキは火を吹きまくるのだが、徹夜続きで思考もまともに働いていないサカズキなど、二人にしてみれば猫がじゃれてくるようなものだ。
中将になってからは今まで以上に肩を張って、全然こういうしょうもないやり取りを取り合ってくれなかったサカズキが、今日ばかりは相手してくれるとボルサリーノとクザンは愉快そうに顔を見合わせる。
すっかり背高のっぽの中将達の玩具扱いとなっているサカズキであるが、段々と怒り疲れて頭が酸欠になってきたようであった。
フラフラと頭を横に揺らして、ボルサリーノの背中をぼこぼこ叩いていた両手がくたりと動かなくなる。
意識朦朧とし、充電切れ間近のサカズキの様子には二人も流石にやばいと思ったらしい。
ボルサリーノとクザンは仲良く横並びになって、とうとう意識を飛ばしたサカズキを執務室に運ぶために廊下を闊歩し始める。
ただでさえ大柄な二人が廊下の真ん中を歩くものだから、他の海兵達が隅へと寄っていく。しかし、常に人から道を譲られる立場である彼らはそれを甘んじて享受する。
謙遜することも、奢ることも無く───そうされることが当たり前だと謂んばかりに歩く彼等からは、既に上に立つ者としての風格が漂っていた。
中将には収まりきらない───ゆくゆくは、海軍の最強戦力として仰がれることになるその器の大きさを示して。
「あ~あ、強制終了っぽいねェ~。よくまァ~、こんだけ働けるものだよ」
「そういや、コイツ。この前、家のローンがうんたらかんたらってセンゴクさんに連れていってもらった飲みの席でくだ巻いてたみたいよ。ガープさんもそれに滅茶苦茶ビビったって零してた。『まさか、おめェらの中から家のローンを気にする小僧が出てくるとは思わなんだ』つってな」
「それはわっしも思ったねェ~。わっしらは誰も所帯なんか持たねェ気がしてたんだけど、人生ってのは不思議なもんだよォ」
「それはオレも思ったなァ。出来てもボルサリーノかとオレは思ってたんだが、よりによって一番乗りがサカズキだったとは·····」
「サユリちゃんのプロポーズ大作戦。ありゃァ、傑作だったねェ~。思いの分だけ薔薇を買ってきたらって言えば、センゴクさんに借金したり」
「あったあった! それと、あれだ。女は、ロマンチックに弱いって話をしたら、その街一番のレストランとホテルを予約したってのもあったな」
「クザンが悪乗りし始めたから、ついわっしまでそれにノっちゃってねェ~。最後におつるさんから拳骨貰ったの迄バッチリ覚えてるよ~」
「ありゃあ、下積み時代の中でも一番面白ェ出来事だった。だってオレ、他の海兵のために、あそこの支部にその話を記した日記帳残してきてるもん」
しかし、その会話内容まで高尚なものであるかと問われればまた別の話である。
彼等もまだ三十路を差し掛かった、脂の乗っている真っ最中なのだ。
交わされる会話が少々下世話だとしても、こればかりは見逃してもらいたい。
「サユリちゃん、呼んでやるか。オレからの早めの誕生日プレゼントだな。仕方ねェから、サユリちゃんのあの柔肌にオレ自らがリボンを巻いてやろうじゃねェの」
「·····多分、そりゃア、戦争の幕開けだねェ。わっしはマリージョアにでも逃げておこうかね」
√√√
覚醒しきらない頭で目を見開いたら、最近特に脳裏に思い浮かんでいた人物の心配そうな顔が視界一杯に広がった。
───とうとう求め過ぎて、夢にまで登場させてしまったのだろうか。
薄らとまだ不明瞭な視界をどうにか鮮明にしたくて目を凝らす。
例え、夢だとしてもいい。
夢の中だけでも、彼女と至福なひと時を過ごせられるのならば、また起きてからも仕事に精を出せるだろうから。
柔らかな掌が頭を撫でる感覚がして、それが幻覚だったとしても構うものかとサカズキは目を緩めた。
「もう、本当に頑張り屋なんだから·····。倒れたから来てくれって、頼まれる私の気持ちになって欲しいよ」
どうやら、欲張りの自分は声まで幻聴として聞いているらしい。
相変わらず、人の顔を見る度によく怒る女だと思いながら、サカズキはすぐ近くにあった想い人の腹の中に顔を埋める。
感じる体温まで現実そっくりで、なんて再現度の高い夢だろうとサカズキは夢心地でその腹の柔らかさを堪能した。
「ちょっ·····サカズキ!? 此処には他の皆さんも心配して来てくれ───あ、そんなお気遣い頂いてすみません。この人、かなり疲れてるみたいで。あ、おかきまでありがとうございます。え、この煎餅も? 起きたら、ちゃんと食べさせますね。皆さん、亭主のためにわざわざ御足労頂きありがとうございました」
頭の上からサユリの慌てたような声が聞こえてきたかと思えば、何人かの吹き出すような汚い音も耳に入ってきた。
真に変な夢である。
登場人物はサユリ一人で良いのに、どうやら余分な人間までこの夢には登場しているらしい。
サカズキは漸くサユリの腹から顔を離して、もっとよく彼女の顔を見ようと起き上がった。
彼女の体温をもっと直に感じたくて、頬に手を添えれば「もう」と彼女は嘆息を吐く。それでも、彼女の自分を見る目は誰よりも甘くて、穏やかで優しく───気を張っていた体がグズグズに解れていくようだ。
その自分とは違う澄んだ瞳も、鼻梁の通った小ぶりの鼻も、花弁を合わせたような唇も───初めて見初めた時から、全く変わらない。
サカズキが何をしたいかを察するのはサユリの得意分野である。
カチンとサユリの指にはまった結婚指輪が、自分の胸元で揺れている対の指輪と重なって鐘のような音を鳴らす。
だから、ついあんなことを彼は口走ってしまった。
「結婚式、挙げたかったのォ」
ポツリと零したそれは、絶対にサユリの前では言う気のなかった奥底に仕舞われていたサカズキの本音であった。
予想外のサカズキの本音と直面したサユリはその場で固まってしまったのだが、それを好機と捉えたらしいサカズキの手が後頭部に回る。
そして、重なりあった二人の影がソファから伸びる。
何度も何度も、会えなかった時間の分を埋めるように落とされるキスにサユリは、頭の隅に転がっている疑問に蓋をして、今はこの幸せに酔いしれようと目を瞑る。
───嫁に来んか。
たった一言だけのそのプロポーズだけで本当に満足だったのと言っても、この人はきっと信じてくれないだろうが。
───私は、貴方と一緒になれて幸せなんだよ。たとえ、満足に家に帰ってきてくれなくても。留守番ばかりだったとしても、疲れた顔をした貴方を見るだけで積もっていた寂しさはいつも吹っ飛んじゃうの。
幸福で、甘い愛しい人との逢瀬。
制限時間付きのそれを惜しむように、サカズキから降ってくるキスをサユリは味わっていたが、段々と彼のもう片方の手つきが際どい所を攻めてくる。
「あ、あのサカズキ·····? それ以上は駄目ッ!! そろそろ起きよう! ね、起きなきゃ、多分、これから色々と大変な目に遭うよ!! ちょっ、今そこ触らない!!」
その後、夢の出来事だと思い込んで好き勝手やらかしたサカズキは、覚醒し切ってからそれが現実での出来事であったと漸く理解し、文字通りに顔から血の気を引かせた。
肌蹴た胸元を抑えながら状況を説明してくる自分の妻の前にあるテーブルには、見覚えのあるおかきと煎餅の袋が鎮座してある。どっからどう見ても、あれは上司達の私物だ。
これは完全にやらかしたとサカズキは、膝に上肘をつく。そのまま両手で顔を覆えば、完璧な懺悔のポーズの出来上がりである。
しかも、あの同僚共もこの場にいたというのだから、更に頭を抱えることになる。サカズキの脳裏では、意味深な顔をして自分を見つめてくる光人間と氷人間、それから大仏の顔と英雄の顔が浮かんでは消えを繰り返していた。
「あれェ~、サカズキ。もう逢瀬は良いのかい~?」
「よォ~、お前って家じゃア、あんなんになっちまうんだなァ·····あ、オレの顔が気に食わねェ? おいおい、八つ当たりするんじゃねェよ」
「おー、サカズキ。お前んとこの嫁さんはしっかりした人だな。嫁さんの為にも家のローン、ちゃんと返すんだぞ」
「サカズキ、子供が出来たらワシが鍛えてやるからの! なーに、心配無用じゃ。ワシゃあ、これでも子育て経験者じゃからの」
えへ、ちょっと燃え尽き症候群に陥ってたからもう一本書いちゃいました。
ってな訳で、更にキャラ崩壊しているサカズキ氏で今回はお送りしました、aikoさんって本当に凄い。
√裏設定
サカズキ
・このまま順調に赤犬になったら、家のローンは滞りなく完済出来る。マグマ人間になったサカズキを見たサユリの開口一番の台詞は「温泉とかも沸かせる?」であった。プロポーズの言葉は、一週間も海軍一丸となって考えた割には本番出てきたのが「嫁に来んか」だけ。その事をどこかで知ったクザンには生涯ネタにされ続けることになる。
サユリ
・元から人間辞めてたサカズキがとうとうマグマ人間になったとしても動じなかった肝の太い姉ちゃん。長いこと夫婦やってることもあってそろそろ子供が欲しいなと思ったり。因みに、サカズキの二歳年下だったりする。
ボルサリーノ
・どうしてもこの三人でいたら、仲介役になってしまうと戦桃丸に度々零して慰めてもらうのがルーチン。サカズキとサユリの焦れったい割にはトントン拍子で進んでいく仲には、結構度肝を抜かれているが顔には出さない。運命の人説を若干信じつつあるので、クマに度々聖書の教えを乞うている。
クザン
・サカズキを見たらちょっかいかけないといけないような気持ちになる困った人。特にサユリという分かりやすい弱点を見つけてからは、その傾向に磨きがかかった。多分、元帥を決めるためのあの戦いでもサユリの顔が過って思い悩んじゃう。
センゴク
・本当はサカズキのために結婚式を用意してやりかったのだが、その時はロジャーと白髭が大暴れしていたため、する暇が無かった。実はガープと同じくらい二人の子供を楽しみにしていて、密かに名前まで考えている
ガープ
・多分、サカズキは子供が生まれたとしてもガープにだけは子守りを任さないだろう。将来的にこの人の孫が海賊王を目指すことになるのだから、その決断は正しい。でも、ガープは稽古をつける気満々。