真鍋先生ごめんなさい…
こういう末路を迎える気はしていた。
アスファルトの上に敷かれた落ち葉の絨毯に背を沈ませながら丑嶋馨はぼんやりとそんな事を考えていた。
「……」
債務者の弟に刺された傷口から漫然と零れ落ちる血が丑嶋の臓腑を伝い、肌を伝い、着衣を伝い、アスファルトの上を伝い、染みていく。丑嶋馨という人間の命を地に還すかの様に。
(行けそうにねぇな)
不思議と恐怖はなかった、今日は丑嶋本人の誕生日だ。仲間達が馴染みの店でそれを祝ってくれる約束だったが、これでは無理だなと呑気な事を考えながら丑嶋は自身の死をあるがままに受け入れていた。
(うさぎ達は…もう大丈夫だろ、高田が面倒をみてる筈だ)
丑嶋にはもう、執念や執着、確執といった人が人生を歩む上で必ず出くわすであろうトラブルを既に解消してしまっていた。
鰐戸三兄弟、愛沢、肉蝮、飯匙倩、鼓舞羅、熊倉、神堂、獅子谷兄弟、そして滑皮。
丑嶋馨の短くも濃い人生に深く関わった者達の顔が浮かぶ。走馬灯にしては些か趣の悪いものだ、しかも半分以上は既に故人だ。冥土からのお礼参りとでも言う気が。
(目も見えなくなってきたな)
丑嶋の視界が白い霧の様なものに満たされていく、それは丑嶋の意識を包むように、やがて丑嶋の意識は彼方へと飛んで行った。
ここではない何処かへと。
「やりました陛下!召喚成功です!」
「おおっ!やったか!?」
異世界『ナーロウ』の辺境国『ショウゥガク=カン』の首都『スピィリッツ』に居を構える王城、その主たる国王の歓喜に満ちた声が王座の間に響いた。
王座の間に敷き詰められた赤い絨毯の上には白いチョークで魔法陣のようなものが描かれ、その周囲を黒衣のローブを着た魔道士達が取り囲んで居る。そして魔法陣の中心部から白い煙がもくもくと立ち込めていた。
「おい魔道士達よ!本当に成功したのだろうな!?」
「手応えはありました!」
「煙で何も見えんぞ!?」
口元に髭を蓄えた大臣達が召喚の成否を魔道士に問う、手応えというなんとも漠然とした答えに納得がいっていない様子だ。
「…!?煙の中に人影が…!」
王座の間を守護する若い騎士の一人が声を上げた。王座の間で騎士が私語など普段なら以ての外だが今は別だ、王と大臣達は魔法陣の中心、煙の奥を注視する。
「………」
魔法陣の中心に立つ丑嶋馨の姿が王座の間に居る全ての人間の目に止まった。
「召喚………成功だ!」
魔道士の一人が感極まったようで、絞るような声を上げる。
「伝承にあった、異界から訪れる救国の勇者!」
「言い伝えどおりに大きな眼鏡を身につけ黒い服を着て黄色の靴を履いている!」
魔道士が何やら古びた書物を懐から取り出し、栞を挟んだページにある『救国の勇者』の姿と目の前に現れた大男の服装を見比べる。
「本当に成功するとは…!」
「これで我が国は救われるぞ!!」
疑念から再び歓喜に満ちる王座の間の前、人々は身分も階級も忘れ喜びに肩を抱き合う。『救国の勇者』こと丑嶋馨を無視して。
「…なんだこれ」
未だ状況が飲み込めない丑嶋はただ呆然とその場に立ち尽くす。
「…?」
痛む筈の脇腹になにも感じない事を不審がる丑嶋は思わず債務者の弟に刺された自分の脇腹を手で触る。
ないのだ、何も。ある筈の刺傷も、触れれば必ず手に付着する筈の血も。何もないのだ。
ますます困惑する丑嶋を他所に王座に座る国王は声を張り上げた。
「救国の勇者よ!」
「…………え、オレ?」
この偉そうなオッサンまさか自分に声掛けてんのかと丑嶋はかつて獅子谷の兄に闇金『シシック』に誘われ、入社試験をクリアした直後にまだ未成年だった獅子谷の弟の右ストレートが鼻を掠めた時みたいな顔をしながら、偉そうなオッサンこと国王を見る。
「我が国を救い給え!!」
「………は?」
丑嶋馨の異世界冒険譚はあまりに不本意に、そしてあまりに唐突に始まったのだった…
異世界ものって最近流行ってるんでしょ?