「………」
丑嶋が異世界『ナーロウ』に転移してから早三日、自室として宛てがわれた城内の一室に丑嶋は居た。
広々とした室内には踏むのも躊躇われる程に豪勢な絨毯が敷かれ、触れるのもたじろぐ程に高価な家具が置かれ、その部屋の中央に陣取るように置かれた国王の勅命によりこの国一番の家具職人に不眠不休で作らせたというこれまた豪華な赤く大きなソファに丑嶋はいつもの黒いパーカーと黒いカーゴパンツとTimberlandのイエローブーツという普段通りの格好で置物の如く無言で鎮座している。
その服装と室内のインテリアの組み合わせは仮にも部屋の主だというのに決して交わることのない水と油の如く丑嶋を『異物』として浮かび上がらせていた。
「ウシジマ様!何かご不便はありますか?」
「私たちに何でも仰ってください!」
「…いや、ねぇよ」
「ウシジマ様…我々の様な下々の者にすら気を使って頂けなくとも…」
「いやマジでねぇんだけど」
「ウシジマ様…なんてお優しい!」
「………」
国王が丑嶋の身の回りの世話をさせる為に付けたウシジマメイド隊のメンバーが何やら言っている。
風俗にでも沈めれば数千万は稼げるのではないかという程の美少女揃いのウシジマメイド隊はこうやって約30分おきに丑嶋に何かすることはないかと訪ねて来るのだ。オマケにこの、なんと形容すれば良いのか。例えるなら修学旅行で東京にやって来てその自由時間に偶然芸能人を見かけた地方の中高生みたいなテンションだ、着いていけない。
就労に着くには些か若過ぎる、恐らく、いや確実に未成年だろうウシジマメイド隊。そもそも異世界なのだから『未成年』という概念も存在しないのではないか。
だとするとコイツらいくつだと丑嶋は暇つぶしに彼女らに聞いてみた。
「…なぁ、お前らよ」
「はい!?なんでしょうか!」
ようやくお役目が貰えると期待した表情で丑嶋を囲むウシジマメイド隊。ある者は胸元を強調するかの様に屈み、またある者は丑嶋の隣に座って丑嶋の腕に敢えて胸を当てる。訳を知らない者が見れば新手の風俗と誤解するであろう光景だ。
異世界に夢見る女に縁のないオタクやら童貞ならば泣いて喜ぶワンシーンだろうが元々丑嶋はその潔癖症故か性に関しては淡白な方だ、今だってこの腕を挟むように包む無駄に発育のいい胸を払い除けたい位なのだが相手は歳若い娘だ、幾ら暴力上等を地で行く丑嶋でも流石に手を挙げるのは抵抗があった。
「…お前らいくつだ?」
「はい?私たちの年齢ですか?」
「あぁ」
ウシジマメイド隊のメンバーたちはそれぞれ顔を見合わせると元気よく答えた。
「17歳です!」
「16歳です!」
「15歳です!」
「じゅ、14歳です!」
「13歳だよー!」
「…」
声変わりもしてないソプラノボイスの輪唱が丑嶋の鼓膜に突き刺さる、思わず脱力し天井を仰ぐ。もう30も間近になる男がこんな子供に世話を焼かれるのかと内心頭を抱えるた。
丑嶋はメイド隊の少女達の聞いてもいない好きな食べ物やら好きな異性のタイプやらスリーサイズやらの話を聞き流しながら自分がこの訳のわからない世界に飛ばされて今に至るまでを思い出していた。
「救国の勇者よ!我が国を救い給え!」
「………は?」
もくもくと立ち込める煙を纏いながら丑嶋は困惑の渦中にあった。
債務者の弟に包丁で刺され、柄崎との最後の電話を終えて力尽きて倒れた、そこまでは覚えている。ていうかそこまでしか記憶がない。
己の脇腹を突き刺したあの包丁の刃になにか毒のようなもの、それこそ幻覚をもたらす様な薬物でも塗られていたのか。ならばこの目の前に広がる珍妙な光景は死ぬ前の走馬灯の一種だとでも言うのか。丑嶋の推理はかなり強引なものだったがそれでも辻褄は一応は合う、いや合ったとしてもそれはそれで困るのだが。
(うさぎに囲まれてるとかなら良かったんだが)
仮に本当にこれが幻覚だとしたらもう少しまともなモノを見せてくれないかと丑嶋は周囲の喧騒を無視して、居もしないだろうし信じてもいない神を呪った。
「おい!おーい!勇者よ!ワシの声が聞こえぬのか!?」
王冠を頭に乗せた『王様』のステレオタイプなイメージをそのまま形にしたような『ショウゥガク=カン』の王が必死に丑嶋に声をかけ何かリアクションを求めるが当の丑嶋はそんな事どこ吹く風だ。
しかし何か行動を起こさなければ状況が好転しないのもまた事実。丑嶋はひとまず行動を起こすことにした。
「………」
「…?」
丑嶋はその場で身体を翻し国王や大臣らに背を向けた。丑嶋の行動の意図が読めない彼らは暫し丑嶋の黒く大きな背中を無言で見つめる。
「…」
「あっ…」
そしてその場から脱兎の如く駆ける丑嶋。どんどんと小さくなっていく丑嶋の背中と、丑嶋の真意に王が気がついた時には丑嶋の背中は随分と遠く小さくなっていた。
「お……追えぇぇぇェェェ!!!」
国王の怒号にも似た号令に騎士達は一足遅れて丑嶋の背中を追った。
丑嶋馨が異世界『ナーロウ』に召喚されまず最初に起こした行動は逃走だった。
「見つかったか!?」
「駄目だ何処にも居ない!」
「城の門は封鎖してあるから外には出ていない筈ッ」
(チッ…しつけーな…)
丑嶋は城内を騎士達に追い回され、隠れ、見つかり、また追い回されを繰り返す事数回目。やっとの事で追っ手を巻くと庭園らしき所に身を隠す事に成功した。
「はぁ……はぁ………はぁ…」
息を整えながら周囲への警戒を続ける丑嶋はふとある事に気がついた。
(葉が…枯れてねぇな、今は秋の筈だぞ?)
丑嶋が力尽きた場所には木々から落ちた枯葉が散り、冬の訪れを予感させる季節だった。しかし今はどうだ、木々には瑞々しいまでの彩りがある。
気温も暖かく、丑嶋が着ている黒いパーカーの内側は汗で肌に張り付いてしまっており、潔癖症の丑嶋には酷く不快だった。
(ますます意味がわかんねぇな…)
季節が変わる程に眠っていたのかと丑嶋は思うが、仮にそうだとしたら病院のベッドの上にいなければおかしい。ここは何処だ、家にしてはやたら大きい。屋敷と表現するのもおこがましい、まるで城だ。丑嶋はその様な場所に立ち入った事はなかったがこの広さはまさに城と形容するべき場所だろう。
そもそも周囲の人間の格好も妙だ、ゲームやらマンガに出でくるキャラクターの様な姿をしている。コスプレ特有の違和感もなく、寧ろ丑嶋がかえってこの場から浮いてしまっている。
(まずはこのバカみてぇに広い所から抜け出さねえと)
どうしたものかと思考を巡らせる丑嶋、走り回って疲れていた事もあったのだろう。彼は気づかなかった。
「あ、あのー…」
「!?」
背後から自分に近寄る存在に丑嶋は気づかなかった。
「あの、もしかしてさっき魔道士の人達が召喚したっていう勇者さま…ですか?」
「………」
丑嶋に声をかけてきたのは少女だった。硬直する丑嶋に少女はおどおどと話しかけてくる。
(…なんだこいつ?)
人間突然の事には咄嗟に対処することは出来ないものである、丑嶋もその例には漏れなかったようだ。丑嶋の驚きは少女の話の内容ではなく、少女の見た目そのものにあった。
ピンクと白を基調としたフリフリのコスチュームと
そして頭の上から生えた
「………うさぎ?」
うさ耳。
何とかここまで書けた…
作中の丑嶋の年齢とか季節とかのくだりは作者のでっち上げです。原作の初期に丑嶋が自分の年齢を23と言っていたのでそこから『洗脳くん』のラストシーンで6年後の丑嶋が描かれていたのでそこから単純計算で年齢を加算してます。